【 第七話 】
『わたしが惹かれたお兄さんを忘れるわけがない』
あのときの雰囲気は最高でした。
お兄さんと二人だけで会うのは、わたしが告白して・・・そして振られてしまったあの日以来のこと。
だから、毎日、妄想の中で会話しているはずのこの人に会うのには、多少の勇気が必要でしたが、それでも再告白できたとき、手応えのようなものを感じていた。
お兄さんの携帯に、『黒猫』さんからのメールが届く、そのときまでは・・・
初めて訪れることになった秋葉原の街で、『オタクっ娘あつまれー』の新メンバーに加盟させてもらえることになったわたしは、みんなより一時間ほど早く集合地に到着していた。
もっとも、そんなわたしよりも『沙織・バジーナ』さんこと、槇島沙織さんが既に到着していたのですが・・・
あ、はははっ・・・
今日の彼女のスタイルはチェックのシャツにジーンズ、頭にはバンダナを巻き、そしてグルグル眼鏡の典型的なオタク型ファッションで、如何に秋葉原の街とはいえ、わたしのような服装の人間が声をかけるのは、さすがに躊躇われました。
そういえば・・・まだ大好きな桐乃がオタクだと知らなかったころに、一度だけ黒猫さんと一緒に歩いている、今のスタイルの彼女を見かけたような気がしなくもない。
当時の黒猫さんは、黒いドレス・・・いわゆるゴスロリドレスのコスチュームで、まだオタクへの拒絶感が強かったわたしには、如何にも近寄りがたい存在ではあったが、それは彼女の可憐さを否定するものではなかった。
そして、この沙織・バジーナさんに至っても、その素顔なる美貌は、わたしが知る限りでも、本格的にプロのモデルに勧誘されたこともある桐乃と比較しても、勝るとも劣らないものだった。
「これはあやせ殿、お久しゅうござる・・・京介氏の独り暮らし記念パーティ以来でしたかな?」
「そうですね。お久しぶりです、沙織さん」
わたしは唐突なお願いも兼ねて一礼した。
「冬コミのときは申し訳ありません・・・折角、売り子として誘ってもらっていたのですけど・・・」
当時のわたしの精神状態は・・・それどころではなかったのだが、結果的には折角のお誘いを無下にしてしまったこと他ならないだろう。
「いやはや。事情は色々と『きりりん』氏、黒猫氏から聞いておりましたし、何より、『神聖黒猫騎士団』の団長たる黒猫氏も冬コミに参加できるような状態ではありませんでしたしなぁ〜」
わたしと黒猫さんが失恋したのが、ほぼ同時期の十二月中旬のことであり、誘われた冬コミの直前のこと。わたしは無論、黒猫さんもまた、当時はそれどころではなかったのだろう。それは自分にも当てはまることだけに、気持ちは痛いほどに分かってしまう。
同じ男性を好きになって、わたしと同じように失恋したのだから・・・
「あ、わたしのことは、是非あやせと呼んでください」
「了解でござるよ・・・それよりも立ち話もなんですし、集合時間まで時間もありますゆえ、とりあえず店内でお茶でもしましょうぞ」
「はい。よろしくお願いします」
と、慇懃に一礼したわたしだったが、集合場所に指定された喫茶店とは、『プリティガーデン』といういわゆるメイド喫茶であり、まだオタクでもないわたしには、かなり敷居の高い障害ではありましたが・・・
ただ、この『プリティガーデン』で、沙織さんや黒猫さん、桐乃、そしてそれを見守っていたお兄さんが初めて一同に会した場所でもあることを知らされると、ここに集うことにした理由にも納得できないものではない。
むしろ、今では・・・何故、わたしはそのときに居なかったのだろう、と思うほどの心境の変化を遂げていた。
「さて、一昨日の電話でもお話しましたが、基本的にサークル参加資格などはありませぬ。お互い好きな趣味を主張し合い、存分に語り合い、それぞれ楽しむことが、このオフ会の趣旨であります」
来る、来ないも自由参加であり、それはオタクではない、わたしにとってとても有り難い条件でした。
「・・・しかし、あのあやせ氏がメンバー入りを希望してくれるとは、いやはや驚きの境地でありますなぁ〜」
「ここには、大好きな桐乃や・・・桐乃のお兄さんも在籍していますから、きっとわたしにとっては特別なんです・・・」
「左様でござるか。にんにん・・・」
そこでわたしのほうからも、沙織さんに頼みごとをする。
「実は・・・桐乃のお兄さんに相談したいことがありまして・・・それほど長い時間はかからないと思いますけど、お兄さんと少し席を外させてもらっても構いませんか?」
「なるほど、京介氏に・・・勿論、拙者は構いませぬぞ」
沙織さんは快く了承し、その内容に追及してくることもなかった。
そして、桐乃が店内に現れ、わたしの顔を一瞥すると、わたしがここに来ている理由の全てを分かっている、そんなような顔を見せてくる。
「新メンバーって、やっぱっ、あやせだったんね〜」
「やはり桐乃には、お見通しですか・・・」
「もちっ。新メンバーの連絡があって、超ぅー分かったんだから」
「あ、あっ・・・え、えっと・・・」
「もうすぐ兄貴もさぁ、来るから・・・頑張ぁっ!」
そんな親友にからかわれながら、その桐乃に遅れて入店してきたお兄さんの姿にわたしは完全に舞い上がってしまっていました。
わたしの想像の世界や夢の中で、何度も、それこそ毎日のように会っていたはずなのに、本物のお兄さんを見てしまった途端、わたしは全身が沸騰したように熱くなって、身体だけは氷のように硬直してしまったのです。
このとき、桐乃が手を引っ張ってくれていなければ・・・わたしは、この数か月の悪夢、絶望のような真っ暗な日々に恐れをなして、再告白する気さえ削ぎ取られていたことでしょう。
・・・そう、この数か月の間は・・・
―昨年の十二月。
黒猫さんが振られる、その数日前のこと。
わたしは生まれて初めての告白をお兄さんにし、そして振られてしまった。そしてそのお兄さんが選んだ相手は、わたしの親友であり、そして彼の妹だったことは・・・納得できる部分と納得できないことでもありました。
桐乃は親友です。わたしにとっては掛け替えのない無二の親友であり、モデルの仕事に慣れなかったころ、初めて声をかけてもらったときから、わたしは桐乃が大好きでした。
それからクラスメイトになったこともあり、わたしたちの親密度は急速に高まり、初めて桐乃の御宅にお邪魔したとき、桐乃のお兄さんと初めて挨拶を交わし
ました。わたしは一人っ子でしたし、兄妹に憧れていた部分はあったのでしょうが、リビングの一件は始めから事故なのだと分かっていましたし、初めからお兄
さんの印象は良かったのです。
そしてわたしと桐乃の関係を揺るがす、あの一連の事件。
桐乃にとってわたしの存在は、オタクのような趣味にも劣るようなものだったのか、と誤解して、まさに絶縁的な関係にまで陥ってしまったとき、わたしたちの間を懸命に取り持ってくれたのが、お兄さんでした。
自ら、嘘という泥を被ってまで・・・
・・・一人、自分だけを悪者にすることによって。
その優しい嘘に、わたしがどれだけ救われたことか。
今の桐乃ともっと仲良くなれたのも、それは間違いなくお兄さんのおかげであり、次第にわたしの中ではお兄さんの存在がとても・・・とても大きな存在になっていたのです。
セクハラなんて最低です、変態っ! 死ねぇぇぇ・・・って、何度、お兄さんに嫌がったことでしょうか。何度そのたびにハイキックを見舞ったことでしょうか。
・・・もう数え切れません。
でも、わたしの心境は・・・いつからか、お兄さんにならいい・・・お兄さんからセクハラされることを何処か期待していた、そんな自分が存在していたのだと、今なら理解することもできます。
『結婚してくれ』
それは公園でお兄さんがわたしに言ってくれた言葉。
もし、このときにこのプロポーズをお受けしていたら・・・お兄さんにとっては本当に冗談だったのかもしれないのですけど、わたしがもっと素直に、もっと早く自分のお兄さんへの感情に気付いていたのなら・・・
きっとあんな想いは・・・しなかったのでしょう。
新年になり、お兄さんの彼女となった桐乃は、まさに上機嫌であり、それまでと同様、いつも、そう・・・いつもお兄さんの話ばかりをしていた。ただし、振
られたわたしを思い労わってのこと。きっと桐乃はわたしを気遣ってくれていたのでしょう。絶対にわたしだけには言わないのです。
・・・・。
桐乃は親友だから、これまでにもたくさん、お兄さんのことを聞かされていたから・・・応援したい、という気持ちに嘘偽りはなかった。でも、その一方でどうしようもなく、恨めしくて、悔しくて・・・二人の関係に納得できない自分がいたのも、また事実でした。
「・・・・」
桐乃とお兄さんは兄妹であり、この二人の関係がどれだけ親密になったとしても、二人が結ばれる・・・結婚することはない。でも、わたしは曲がりなりにも、お兄さんにプロポーズされたのだ。
大好きな桐乃。親友である桐乃。羨ましい彼女。
想いが募るお兄さん。毎日、夢見るお兄さんとの一時。
次第にわたしは・・・夢と、現実と、そして、わたしのなかの妄想との境界線が曖昧になってしまったとき・・・いつかわたしは、お兄さんに繋がっていない
状態の携帯に話しかけていたり、そこで色んな場所を誘ってみたり、実際にデートの約束を取り付けたわけでもないのに、お兄さんを待っているようになってし
まっていたのでした。
―バレンタインデー。
初めて自分の手で作った本命チョコ。大好きな桐乃に渡したことのあるものよりも、ずっと気合を入れて、絶対に喜んで貰える! と、確信できるほどの会心作でした。
それを持って、良くお兄さんと会った公園へ。
雪が降っていました。今年一番の大雪らしい、本当に真っ白な世界。その公園のベンチに座りながら、来るはずのないお兄さんをずっと待ち続ける。
お兄さん・・・大好きです。
お兄さん・・・
気が付いたときは、病院のベッドの上でした。
風邪を拗らせて、肺炎になりかけていたらしく、母はとても心配し、普段は多忙で家にも寄り付かなかった父でさえ、議員という大事な仕事を押しのけてまで、お見舞いに駆けつけてくれました。
心配してくれる両親を安心させようと微笑んだわたしでしたが、わたしの精神状態は既に深刻なまでに病んでいました。尚も圧しかかるような失恋したショッ
クを払拭するように、モデルのスケジュールを一杯に埋める一方で、わたしが妄想と夢の中でお兄さんと会う時間も、それに比例して増えていったのですから。
想像の中で、お兄さんはわたしにセクハラをしてきます(してくれます)。いっぱい、いっぱいエッチなことを強要してくるんです。それを懸命に拒むわたしでしたが、結局は許してしまうんです。そしてそれを喜んでいる自分が確かに存在しているのでした。
い、いいじゃないですか・・・
そっ、その・・・大好きなお兄さんなんですから・・・
いつからでしょう・・・
妄想の中でお兄さんと会い続けているうちに、実際に・・・大好きな桐乃からでも、お兄さんを奪いたい・・・と、思うようになったのは。
べ、別にいいじゃないですかぁ・・・
わたしだってお兄さんのことが大好きなのですし、き、桐乃だって・・・お兄さんと黒猫さんの交際をぶち壊して、黒猫さんからお兄さんを奪ったのですから。だから、わたしがお兄さんを奪った、としても、桐乃にはそれを責めるのはお門違いというものでしょう?
そんな深刻なまでの精神状態から立ち直ったのは、久しく連絡がなかった親友である、その桐乃からの電話であり・・・彼女に告げられた内容、その二人の関係の詳細でした。
・・・お兄さんが・・・今、フリー!?
それを知った瞬間、わたしの心の中はお兄さん一色に染まり、大好きだったはずの桐乃の存在さえもありませんでした。
それからすぐにお兄さんの予定を聞き、今日、こうして再び・・・お兄さんと再会できたのでした。恋は盲目ですね。初めてお会いしたときは、優しそうなお兄さん、という印象でしたのに、今は・・・
幸い、黒猫さんはまだ到着しておらず、わたしはお兄さんに告白する好機と思いました。もう今のわたしには迷いはありません。『結婚してくれ』とわたしに言ってくれた言葉、あの好機を逃したが故に、この数か月のわたしがあったのですから・・・
「あれからもっと、もっーとお兄さんのことが好きになっています。もうあのときのことがトラウマになってしまっているぐらい・・・」
実際にトラウマものですよ?
「あ、あやせ・・・」
「お兄さん。お願いです・・・わたしと付き合ってください!」
雰囲気は・・・いえ、お兄さんの心を掴んだ手応えはありました。今度はきっとお受けしてくれる、そんな自信めいた雰囲気が確かにあったのです。
懸命に強請って譲り受けた、桐乃とお揃いのヘアピンをしてきた甲斐があったように思います。
お兄さんの携帯に、黒猫さんからのメールが届けられるまで・・・
・・・・。
それだけにこのときのわたしの無念は、きっと同じ男性に告白して、同じく失恋した黒猫さんにもきっと分からないことでしょう。
一瞬・・・本当に一瞬ですよ? 本当にぶち殺してやりたくなりました!
いらいらします。
本当に殺されたいでしょうか?
お兄さんと一緒に戻ってきたときの、黒猫さんの瞳、表情から・・・わたしは確信せざるを得ませんでした。
やはりあれは、『敵』(同性)なのだと。
それも相手はかなりの強敵です。同性のわたしの目から見ても、小柄で肌も色白く、顔立ちは綺麗に整っていて、左目の下には泣き黒子(いいなぁ〜)があっ
て、とても可憐な存在ではあります。何より、一度はお兄さんと付き合って・・・お互いを好き合っていた、という優位と実績もありますから。
正直、仕切り直しとなると・・・どうしても、わたしの不利は否めないのです。
オフ会では会話に混ざれないわたし。
桐乃や黒猫さんは一体、何に、いえ何でこんなに熱く語り合っているのでしょうか? 正直、理解に苦しみます。
「・・・・」
こんなことなら、アニメやゲームとか・・・もっと情報を仕入れておくべきだった、と常々思います。そんなわたしに沙織さんや、お兄さんが気を遣ってくれたのでしょう。
「そうか・・・まぁ、個人の好き嫌いもあるからなぁ・・・」
「お兄さんはどういったものを薦めてくださいます?」
もし、ここでお兄さんが例え『エロゲー』を薦めた、としても、わたしはそれを受け入れるつもりでした。も、勿論、わたしはエロゲーが好きになったわけで
もありませんし、今でも完全には嫌悪感を抱かずにはいられません。ただ親友である桐乃を理解する意味でも、そして、お兄さんがお薦めしてくれるというので
すから。
そして、帰路。
桐乃と一緒に電車に乗り込みながら、改札口で別行動となったお兄さんの後ろ姿をわたしはどうしても目を離すことはできませんでした。
「あやせ〜〜。兄貴に言ったぁ?」
「・・・う、うん。今の気持ちは・・・伝えられた、と思う」
「そっか・・・」
うんうん、と頷いて微笑む。
「んじゃ、次はあっちの番だね〜〜♪」
「ど、どうして桐乃は・・・わたしだけに教えてくれなかったの?」
暗に黒猫さんには黙ってて欲しかった、のだと桐乃に告げた。
分かってる。今、自分がどれだけ醜い、酷いことを言ったか・・・
ホームに待っていた電車が到着し、わたしたちは一緒に乗り込む。幸い、春休み中ということもあって、今日は学生の姿はなく、電車内は比較的に空いていて、わたしと桐乃は並んで座席に座ることができた。
「ごめんね。あたしはあやせにも・・・黒猫にも、本当に悪いことをした、と思っている・・・またあたしには、あやせも黒猫も、どちらも大切な親友だと思ってる。だから、どちらにも兄貴と付き合うチャンスは与えたかった」
「桐乃・・・」
「だから、あたしはまだ兄貴ことが好きだけど・・・もう反対はしないし、どちらも応援したい、って思ってる・・・」
「・・・・」
その桐乃の言いたいことがわからないほど、わたしも子供ではないし、それはお兄さんがわたしに教えてくれたことでもある。桐乃は桐乃であり、桐乃の大切
なものは、桐乃にしか決められないのだと。そしてそれを否定する、ということは、既にそれはわたしの大好きな桐乃ではないのだ、とも・・・
「桐乃・・・正直に、答えて・・・」
「うん、いいよ・・・」
「わたしに勝ち目は・・・ある・・・かな?」
桐乃は微笑む。
「あやせはもっと、自分の容姿に自信を持ったほうがいい、と思うよ」
「そ、・・・そうかな?」
「あたしの知り合いの中でも・・・あやせはダントツじゃないかな?」
そ、それは褒め過ぎだよ、桐乃。
わたしは頬を染めながら俯いた。
「素顔の沙織さんや・・・黒猫さんだって、その・・・」
「そうだね。・・・実際、あたし、あの二人に妬いたこともあったし・・・」
桐乃が留学してアメリカから帰国してきたとき、お兄さんと黒猫さんは同じ高校という、先輩と後輩として関係を更に進展させていた。そして二人は親密になっていき、付き合っていくことになった。
沙織さんはお兄さんの『一人暮らしおめでとうパーティ』の場で、誰がお兄さんのお世話をする、という一件で、わたしと桐乃の共通の友達である加奈子や黒猫さん、お兄さんの幼馴染であるお姉さん(田村先輩)が争う中で、本格参戦した遣り取りがありました。
それから家の近くまで一緒に帰宅し、わたしは家に、自分の部屋へと到着した。それまでは、最近(お兄さんと付き合うことになった)桐乃とは、少し疎遠になっていた・・・ということもあって、会話は一掃に弾んでいた。
荷物を机に置いて、一つ溜息。
荷物の中には今日、お兄さんが薦めてくれたゲーム(近日中に本体も買わないと・・・)や、アクセサリーなどが入っている。
「わたしにしては・・・ちゃんと、伝えられた・・・と、思うんだけどなぁ。あのタイミングで、黒猫さんからメールって・・・」
今頃はきっと、その黒猫さんからも告白されているんだろうなぁ〜、お兄さん。そしてそのまま、向こうと付き合う・・・って、ことはない・・・ですよね?
もし・・・お兄さんが、わたしからの告白を断り、黒猫さんと付き合う・・・ということになった、と、したら・・・わたしの精神は耐えられるだろうか?
たぶん・・・いえ、絶対に無理っ!
前回はまだ、お兄さんの選んだ相手は桐乃・・・お兄さんの妹だった。お兄さんはシスコンで、変態で・・・と、色々と自分に言い訳することができた。でも、今度は違う。今度ばかりは何も言い訳することができない。
お願いです、お兄さん。
黒猫さんは一度、お兄さんと付き合えたのでしょう?
だから、今度は・・・わたしと。
それから数日後・・・
ちょうどモデルの仕事を終えて帰宅したところに、わたしの携帯が鳴った。
液晶に表示された相手の名前は・・・高坂京介とあり、お兄さんだった。
「こ、こんばんは。お兄さん」
『おう。この前は・・・その、すぐに返事できなくて、保留にしてしまってすまなかったな』
「い、いえ・・・その・・・」
胸の鼓動が嫌にも高まる。
桐乃にも言われていたはず・・・確率は五分五分くらいだと。
でも・・・
『それでな・・・あやせ』
「は、はい!」
この流れは・・・
セクハラですか? セクハラですか? セクハラですよね? セクハラなんですよねぇ!?
と、何処か期待してしまっていた・・・わたしでした。
『直接会って返事したいんだが・・・あやせのほうの都合はどうだ?』
お兄さんに会えるのなら、いつでも・・・と、答えたいわたしだったが、残念ながら、この春休みはほとんどモデルのバイトで埋めてしまっている。まして一モデルでしかないわたしには、一度決まった撮影のスケジュールの変更や調整を要望できる権限はありません。
・・・はぁぁ、失敗ですね。
お兄さん、セクハラもしてくれませんでしたし・・・
二重の意味で落胆してしまいました。
「そうですね・・・三十一日の午前中、だけでしたら・・・何とか」
『いや、それで十分だ・・・』
そ、そうですよね。
告白の返事を・・・もらうだけなんですから。
『俺の通っていた高校、弁展高校なんだけど・・・その前に『エコーズ』という喫茶店があるんだが・・・』
「分かります」
数年前まではレストランだった店舗を改装して喫茶店にした、雰囲気が割と良いお店であり、桐乃や加奈子とも利用したこともある。
『そんじゃ、そこに、十時ぐらいで・・・』
「分かりました」
お兄さんとの通話が途切れても、わたしは暫く動くことさえもできませんでした。胸の鼓動が高まって、異常なほどに興奮していて。
良い返事だと・・・期待して、いいですか?
・・・お兄さん?
そうすれば、お兄さんの恋人はわたしとなる。かつては黒猫さんがいて、そして桐乃が手にして、そしてわたしとなる名称、『彼女』。そうなればその場を二度と、誰にも明け渡すつもりはない。
一生、束縛してあげますよ・・・お兄さん。
・・・だから、なのでしょう。
とてもショックなことでした。
お兄さんとの約束の場所に意気揚々と辿り着いたわたしは、お兄さんの前にいる黒猫さんの姿を見かけたとき、何故!? どうして!? そんな疑問のそれ以上に怒りを覚えました。
「何でお兄さんの元・彼女さんが、ここにいるんですかぁ!!」
わたしの糾弾に目を逸らす、お兄さん。
「ご、ごめんなさい。少し席を外させてもらうわ・・・」
黒猫さんは顔を青褪めさせて、動揺しているのが手に取るように分かりました。瞳には涙を浮かべさせていて、泣いていたようにも思えなくもない。
「・・・・」
「そのな、返事は黒猫と一緒のほうがいい、っと、思ってな・・・黒猫には、あやせの事情に合わせて、来てもらったんだ・・・」
そ、そんな・・・
わたしは思わずたじろぎました。ぐにゃ〜と立っている感覚も曖昧です。
それを考えるのがとても怖かった、ということもありますが、お兄さんの電話から今に至るまで、良い返事だけを想定していたのですから、猶更のこと。
気が付いたら黒猫を追うように、わたしも化粧室に入っていました。
その鏡の前に居た黒猫さんの様子からしても、お兄さんから良い返事をもらっていたとは思えません。
黒猫さんと二人、お兄さんの前に着席する。
「・・・・」
わたしも黒猫さんも蒼白するばかりで、何一つ口を開くことを躊躇っていました。何かをしゃべってしまったその瞬間、途端にお兄さんの口から、最悪な返事が飛び出してきてしまいそうで・・・
それは隣にいる黒猫さんも同様であったでしょう。
ここには数日前までお兄さんの彼女だった桐乃がいない。加奈子もいない。わたしたちの中では最後に告白した、というお姉さん・・・お兄さんの幼馴染の姿もなかった。
「黒猫・・・あやせ・・・」
まるで絞り出すようにお兄さんが口にし、テーブルに両手を付けて、頭を擦りつける。
『すまん』、っと。
そのとき、わたしはもう・・・
・・・死にたい、と正直に思いました。
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俺妹・終わらない明日の
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