【 第八話 】
『俺の妹が再び留学をするわけがない』
一日に二人の美少女から告白される。俺のこれまでの人生を振り返ってみても、こんな日が来るとは予想さえできるはずもなかった。
桐乃と別れてから、まだ二日と経っていない。
「しかし、まいったな・・・」
それは贅沢な悩みだとは思う。実際に思う。あやせは俺の知る限りでも絶世の美少女であり、彼女に告白されるまで、邪険に扱われていた日々でもあったが、それは俺のせいでもあろう。
『黒猫』も・・・俺の初めての彼女であり、容姿だけならば、俺には勿体無いほどの美少女だったし、彼女と付き合った去年の夏は、俺にとって決して忘れることができないものだった。
「ただいまー」
結局二人の告白に対して、返事を保留にしたまま、俺は帰宅してしまった。
「うげっ、今日もカレーかよ・・・」
玄関にまで漂うこの匂いは間違いあるまい。
うちのお袋は簡単にお手軽にできる、っーそんな理由で、すぐにカレーを作りたがるのだが、連日続けられると困ったものだぜ。少しはあやせや黒猫を見習えってんだ。
とりあえず荷物を置きに二階へ向かう階段に足をかけたところ、自室から出てきたのであろう桐乃の姿があった。
「ちょっと、邪魔っ!」
「へいへい」
俺は溜息をついて、階段の道を譲った。
と、二日前まで恋人であったはずの妹だったが、その関係も(親の目もあるわけで・・・)実は家の中ではこれまでと変わりなく・・・ん〜、まぁ、それ以前よりはずいぶんマシか。
少し前までなら、存在そのものまで無視されていたからなぁ〜俺は。
「へへっー、ありがと」
こうして生意気ながらに感謝の言葉を言ってくれるだけでも、数年前の俺たちとしては、大きな変化ではあろう。
「・・・で、黒いのにも、告られたぁ?」
「やはりお前か・・・」
「きっしし・・・あたしとしては、可愛い妹たちがいる黒猫がお薦めなんだけどねぇ〜〜」
だったら、あやせには黙っておけば良かったものを・・・
と、心の中で思いながらも、二人の親友に対して片方だけを尊重するような器用な生き方をできる妹ではない、ということは、俺も良く知っていることだった。
飯を食べながら・・・
風呂に入りながら・・・
ベッドに寝そべりながら・・・
俺は可能な限り、あやせと黒猫のことを考えた。
この二人の美少女、どちらかと付き合える・・・それはとても魅力的な話であった。そもそも平凡的な俺なんかには、勿体無い話ではあろう。
だが、そのどちらかを選べ、と言われたら・・・
「・・・難しいな」
まず容姿で比較するとすれば、どちらの美少女も拮抗しているが、俺の理想的な見地から、あやせに軍配が上がるだろう。黒猫よりも背は高く、理想的なプロポーションといい、端整な顔立ち。俺の知る限りの中でも絶世の美少女なんだから、そりゃ完璧だろ。
「桐乃と同様現役の学生モデルなんだから、あやせに何を着せても、きっと似合うだろう、しな・・・」
次に料理の腕。
俺はこれまでに両者の料理を振る舞ってもらっている。黒猫にはデートのときとか、一人暮らしを開始したころとかに弁当を作ってもらったりしていたのだ。
いっぽうのあやせには、桐乃からの頼みで、一人暮らしをしている間、家事全般の世話を請け負ってくれたりもして、調理の腕も素晴らしい、の一言に尽きるだ
ろう。
「ほぼ拮抗しているが、僅かに黒猫のほうが上かな・・・」
そこはやはり普段から、多忙な両親の代わりに家事を請け負っている者に一日の長があるだろう。
だが、その黒猫にも大きな欠点がある。
「あいつ、俺に草ばかり食べさせたがるんだよなぁ〜」
これまでに全く肉系がなかった、というわけではないが・・・
・・・こうして考えると、あやせと付き合ったほうがいいのかな?
・・・俺?
次に・・・性格を比較してみよう。
はっきり、言う。これは・・・ど、どちらにも難があり、だっ。
黒猫はいわゆる厨二病ってやつで痛い言動が多々とあるし、こちらが少し迫るだけで真っ赤になって俯く癖に、手が出せない状況と分かると急に高圧的な態度になったりもする。
正直に言って、少し・・・めんどくさい。
だが・・・あやせは・・・・
『ぶち殺されたいんですかぁ! 変態! 変態! 死ねぇぇぇぇ〜〜』
「・・・っ・・・」
背中に冷や汗が・・・
い、いかん・・・トラウマになってるわ。これ。
まぁ、誤解(?)される俺も悪いちゃ悪いんだが・・・黒猫よりもめんどくさいような気がしなくもない。
「でも・・・最近、トゲドケしい性格も丸くなって・・・」
欠伸をしながら、時計を見る。
そろそろ寝るか・・・
二人のことは早急に答えを出さなきゃならない、としても、明日一日ぐらい熟考してもいいだろ。
・・・おやすみ。
だが、俺の安眠は『バチン』っという音と、頬を張られた痛みで破られてしまった。
「んだっ!?」
最悪の目覚めだぜ。ジンジンと頬が痛い。
襲撃者の正体は隣室の妹、桐乃であり、俺の体に馬乗りしていやがる。
以前にも・・・こんな状況があったような・・・
「人生相談、あるって・・・忘れた?」
この光景にデジャブを感じるのは当然でもあろう。
「い、いや・・・」
「・・・じゃあ、憶えていたのに、あんたは寝てたんだっ!?」
光る牙むき出しの恐ろしい形相で睨み付けてくる。
あ、焦るなっ・・・今、下手に返答したら、こいつは間違いなくキレる。絶対にキレる。これまでの経験からして、俺はそれを断言できた。
「す、すまん・・・色々と、だな・・・考えていたら・・・」
「それ、あやせと黒猫のこと?」
俺はゆっくりと頷く。
すいません。ずっとそればかりを考えてて、こいつとの人生相談があったことなど忘れてました。
「なら、いい・・・」
珍しく桐乃がそれだけで怒りを引っ込めた。馬乗りしていた体勢から、俺のベッドの上に移動して座り込む。その代り、とばかりに布団を持って行かれたが。
「悪い、それだけで頭が一杯だったんだわ・・・」
「そう・・・」
俺から奪った蒲団を羽織るようにして、視線を逸らす。
「それで・・・どっちにするの?」
「・・・まだ迷ってる・・・」
「はぁ!?」
途端に眉を逆立たせ、まくし立ててきた。
「あ、ありえないしょ! あんたどんだけ優柔不断なのっ? ヘタレなの?」
「・・・」
「はっきり言う。あやせも、黒猫も、あんたなんかには勿体無い、それぐらいの美少女があんたのことを好きだって言ってくれたんじゃん。迷う必要なんてない、そんなの二人に失礼でしょ!!」
・・・耳に痛いぜ。
「その二人だから、迷っているんだよ・・・」
「ちっ。どっちもあたしにとって大切な親友なんだから、その、傷つけたり泣かせたりしたら、いくら兄貴でも殺すからねっ!」
おいおい、どんだけ無茶言ってくれてるんだよ、この妹様は。
まぁ、こいつらしいっていえば、こいつらしいが・・・
「まぁ・・・明日一日、どっちを選ぶか、熟考するわ・・・」
幸い、明日は何の予定もない。
その一日をかけて、俺はどんな答えを出すべきか、迷うに迷ってみるつもりだった。
「そう・・・」
「なぁ、もしかして・・・」
「なによ?」
「これが・・・人生相談か?」
「・・・違う」
だが、桐乃は否定したあと、俯いたまま黙り込んでしまった。
時だけがゆっくりと過ぎていく。
まぁ、明日は何の予定もない。いくらでも待つとしよう。
「兄貴・・・」
「おう」
「あたし・・・そのね・・・」
「・・・」
桐乃はとても言い辛そうに言葉を紡いでいく。
「もう一度・・・海外に行こう、って思ってる・・・」
「・・・」
そういえば、去年の今ごろだったか・・・
桐乃は陸上を本気でやってみたい、ということで、自分のモデルなどで稼いだお金で海外留学をし・・・そして挫折している。確かに俺の妹は凄い。学業、モ
デル、小説、陸上・・・そのいずれでも全力で、他を圧倒する実績があった。それを単に才能といえばこいつは怒るだろうが、だが、それ以上に努力家であった
ことを俺は認めている。
そんな桐乃が初めて挫折した。それが『世界の壁』といえばいいのか、それとも陸上だけに努力、特化した才能の前に屈服した、というべきか。その際に発せられた妹のSOSに、俺は妹を迎えに行ったのだが・・・
「・・・いつだ?」
「明日・・・」
ぶっ。
そりゃ、急すぎるだろう。
「り、陸上じゃ・・・あたし、ダメだったけど・・・折角、モデルとして声をかけられているわけだし、あたしも、その・・・やってみたいって思ってたし・・・」
「そうか・・・」
俺は頷いた。
それは桐乃が帰国したばかりのことだったか。こいつは藤真美咲という化粧品の女社長に声をかけられており、是非欧州の本部に迎えたい、と言ってもらった
経歴がある。そのときはまだ帰国したばかり、ということもあって、俺がこいつの彼氏役として、偽装デートをしたりもしたわけだったが。
今となっては懐かしい思い出ではある。
「今度は向こうに行っても、ちゃんとみんなに連絡は入れるし、何かあればすぐに帰国するつもり。勿論、向こうで納得がいく実績を得られるまで、二、三年は頑張ってみるつもりだけど・・・」
一度この妹様が決めたことだ。
もう俺なんかがとやかく言う資格はない。
「それに、まだ兄貴のこと・・・」
「お、おい」
暗くて良く見えないが、頬を紅く染めて俯いたような桐乃。
ここでそれを言う?
「ううん。もう、兄貴があやせ、もしくは黒猫と付き合うってことには賛成なの。あの二人なら・・・ね。だから、兄貴と別れてすぐ、あの二人にはことの顛末を伝えたりもしたから・・・」
妹ながら、できた妹である。
そのおかげで俺は究極の選択に迫られている、ってわけでもあるが・・・
「でも、実際に兄貴と一緒に居るところを見ちゃうと、もしかすると・・・あたしはまた・・・我慢できない・・・暴発しない、っていう、自信ない・・・」
「桐乃・・・」
「もし、あたしが約束を違えて・・・兄貴との関係をまたダメにしちゃったらさ、あたし・・・もう、顔向けできない・・・」
「・・・」
「だ、だからさ。これはいい機会だって思った。あたしだけでなく、あやせや黒猫、そして兄貴にも・・・」
「そうか・・・だが、寂しくなるな・・・」
俺は正直に気持ちを吐露していた。
まるで暴風雨のような存在の妹であっても、時折ムカつくような言動である妹であったとしても、俺の妹であることには変わりはなく、そしてそれだけに居なくなってしまう・・・なれば、寂しさもひとしおだろう。
「ほんと?」
「ああ・・・」
「そっか・・・ならいい」
桐乃は笑顔を浮かべて立ち上がった。
「次に帰国するときは、兄貴は彼女持ちだから、どっちを選んだのか、楽しみにしておく・・・あたしとしては、可愛い妹たちがいる黒猫が最終的にはお薦めなんだけどね〜」
「もしかすると、結婚しているかもしれないぞ?」
「うわっ、キモ・・・まだどっちか決められないヘタレのくせして、もうそんな未来図まで語れるなんて・・・キモいよ、あんた・・・」
「うっせー・・・」
苦笑しつつ、俺たち兄妹の間にあったこの二年間を語り合った。
その締めくくりに、というわけではなかったが、俺は右手を桐乃に向けて突きだす。
「頑張れよ・・・」
「うん・・・」
コツっ、と小さな右手が合わさる。
それは桐乃の・・・我が妹の『人生相談』の終了を告げるものだったのかもしれない。
こうして俺の妹は、再び世界へと躍り出た。今度は挫折することなく、大成して戻ってくる、そんな確信めいた気がしていた。まぁ、俺の予想なんてあまり当たらないもんだが・・・この妹に限っては、その限りではない。
その見送りをした空港の帰り道、俺に突きつけられていた究極の選択に着手していた。
俺とあやせが一緒に居た時間はそれほどに多くはない。彼女は妹の親友であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから、まぁ当然ではあろう。桐乃に関して
の相談を請け負ったり、桐乃と麻奈実の険悪な関係を改善すべく共謀したり、あやせの頼みで加奈子のマネージャを務めたようなこともあったが、彼女との記憶
が、俺の独り暮らしだったころに集約されるのも致し方のないことだった。
俺が帰宅するたびに、あやせはクマさんエプロンをして出迎えてくれた。俺が勉強に専念できるように、家事全般を請け負ってくれてたな。桐乃に頼まれたから嫌々と言いながらも、毎日、毎日・・・
あやせと付き合えば・・・そして、結婚すれば、きっとあんな雰囲気になるのだろうか?
「・・・」
包丁を片手に見つけ出されたエロ本を差し出されたこともある。いや、今どきの年頃の男なら、仕方のないことだろう。だからあやせと付き合うということになれば、エロ本やアダルトDVDなどはタブーだ。見つかれば、それこそ俺の命が危ぶまれる。
だが、あやせと付き合ったから、といって・・・彼女がエッチをさせてくれるとは思えない。何度か想像してみたりもしたが、そのつど撃退されてしまう結末しか思い浮かばないのだ。
「あやせ・・・こいつは深刻なマイナスだぜぇ?」
ただ・・・そう。いつからか、あやせの俺への態度が変わったのだ。家事全般をお願いしていた共同生活のうちにか、あのストーカー事件の後にか・・・もしくは、それ以前からだったか?
黒猫こと五更瑠璃。
最初に会ったときは、本当に分かりにくい、実に可愛げのない少女だった。あくまで・・・性格的には、だが。それが・・・彼女が俺の後輩となったときから、次第に見解が変わっていった。
超がつくほどの恥ずかしがり屋さんで、それでいて頑固なほどに意地っ張りで、意外と・・・優しいんだよな。
そして告白されて、俺は黒猫と付き合った。
生まれて初めての彼女であり、あんときのモチベーションはまじにヤバかったな。一晩中興奮して眠れなくて、興奮のあまりに壁ドンしてたら桐乃に怒られてさ。
「・・・」
あの夏、黒猫と最後のデートとなった、お祭りの花火。
そして唐突に突きつけられた、別れ・・・
黒猫は俺に黙って転校し、彼女の住んでいた近所の家は、表札は外されて、もぬけの空だった。まぁ、あれは桐乃の本音を引き出すための思惑であって、彼女の目指す理想郷までの一つの段階に過ぎなかったのだが。
だが、あのときの空虚な絶望感は今でも忘れられない。
黒猫とのエッチを想定してみる。
はっきり言う。あいつに胸はない・・・絶壁ってわけじゃないが、貧乳の部類に入ることは間違いないだろう。またあの小柄な身体でもある。
「・・・・」
それはそれで、まぁ・・・いいんだけど。
問題は、黒猫と付き合ったところで、そう簡単にエッチは許してくれない、ということだろう。手を繋いだら数秒で失神するような女の子だぜ?
結局、答えが出ないまま、俺は自身に期限を設ける意味でも、あやせに電話をしていた。
『こ、こんばんは。お兄さん』
「おう。この前は・・・その、すぐに返事できなくて、保留にしてしまってすまなかったな」
『い、いえ・・・その・・・』
優しいな、あやせは・・・
うちの妹は「優柔不断」だの、「ヘタレ」だと罵倒していた、というのに。
やはり、あやせは変わったなと思う。どこがどうって上手く表現はできないが、出会ったころに比べると落ち着いた、というか、一段と大人しくなった、というか・・・
「それでな・・・あやせ」
『は、はい!』
「直接会って返事したいんだが・・・あやせのほうの都合はどうだ?」
思わず、流れ的にセクハラ発言をしそうになったが、まだどちらとも決められていない以上、迂闊な発言は控えておこう。なにより、あやせとの関係が良好的
になったのは、セクハラを控えてからのような気がする。むしろ敢えてセクハラ発言を捏造させるような節もあるからな、こいつは。
『そうですね・・・三十一日の午前中、だけでしたら・・・何とか』
「いや、それで十分だ・・・」
明後日なら、それまでに決断する時間が十分にある。
「俺の通っていた高校、弁展高校なんだけど・・・その前に『エコーズ』という喫茶店があるんだが・・・」
『分かります』
「そんじゃ、そこに、十時ぐらいで・・・」
『分かりました』
おやすみなさい、お兄さん。という言葉を残して通話が途切れた。俺はそのあやせからの就寝の挨拶の余韻に浸りながら、黒猫へメールを送る。
「これで期限は決まった、と・・・」
まだ時間はある。これで決められなかったら、まさしく昨夜・・・いや、まだ今日の早朝か。桐乃に言われた通り、「優柔不断」「ヘタレ」と言われてもしょうがないだろう。
その不本意な言葉を取り消させる意味でおいても、俺は決断をしなければならない。
あやせか・・・
黒猫か・・・
・・・だが、結局、全く決められませんでした。すんません。
約束の期日の朝を迎えても、俺はまだどちらも選べていない状態で、桐乃が言ったように、俺は真正の「ヘタレ」だった言われても反論する余地は残されていなかっただろう。
時計を見れば、もう九時になっている。
「やべっ、遅刻するわけにはいかねぇ・・・」
まだ二人への返事は決まってなかったが、もうなるようになれ。今の俺の正直な心境を二人に伝えるまでだ。もしかすればその場で良い案が生まれるかもしれないだろう。
俺は数日前に卒業した高校(もう母校と呼ぶべきかね〜?)に向かい、目の前にある喫茶店の前で、後輩の赤坂瀬菜と黒猫が立っていた。この赤坂瀬菜はクラスメイトだった赤坂浩平の妹であり、ゲーム研究部の後輩でもある。
その瀬菜の向こうには黒猫が立っていた。
気を遣ってくれたのか、それとも本当に集合時間が迫っていただけなのか、は定かではなかったが、瀬菜は早々に校内へと向かっていく。
瀬菜を見送ったあと、俺の視線は自然と黒猫へと向けられる。
今日の黒猫は感慨深い、この高校に通っていたいころの制服に、今日も俺のリクエストに応じて(レンズに度のない)眼鏡を着用してくれていた。正直に言おう・・・すげっー似合っている。できれば俺と一緒に登下校したときからお願いしたかったぐらいだぜ。
「黒猫、おまえ・・・その制服・・・?」
「な、なにかしら・・・」
「・・・懐かしいな」
この高校を卒業するとき・・・最後の挨拶もかねてゲーム部に顔出ししたとき、俺は確かにこの制服姿の黒猫を思い返していたのだ。まるでこいつに『―先輩』と、呼ばれたような気がしてな。
「い、以前、あなたがもう一度見たい・・・って、言ってくれたから・・・」
「そうだったな・・・まぁ、新しい高校のセーラー服のおまえも、すっげー似合っていたけどなぁ〜」
そう。今の黒猫の制服は黒を基調とした赤いリボンのセーラー服で、綺麗な黒髪と真っ白な肌の彼女にあれ以上に似合うものはなかっただろう。
「そ、そう・・・な、なら、今度は今の制服を着てきてあげるわ・・・」
「・・・・」
な、何か変な誤解をされたような気がしなかったわけでもないが、このまま立ち話をしているのも気まずく、俺はまだ明確な回答を出せないまま、黒猫を店内に誘った。
「・・・・」
着席して、とりあえずコーヒーを頼んで以降、この無言の間がなんとも気まずい。まだあやせの方が到着しておらず、彼女の到着を待っている、といえば聞こえはいいが、ただ単に俺が優柔不断なだけだろう。
俺の座席からもう一人の待ち人の姿を捉えた。
今日のあやせはノンスリーブの薄紫色のワンピースに白いワイシャツを身に纏い、桐乃の髪型と対になる艶やかな髪には、彼女にとっては宝物だと主張する例のヘアピンが付けられていた。
俺が片手をあげて挨拶をしよう、とした矢先のことだった。
「何でお兄さんの元・彼女さんが、ここにいるんですかぁ!!」
あやせ、そういうお前はなんで到着早々、キレ気味なんですかね?
ただあやせには・・・いや、黒猫にも、二人同時に呼んだことを言ってなかった手前、確かに俺にも落ち度はあっただろう。
「ご、ごめんなさい。少し席を外させてもらうわ・・・」
「・・・・」
「そのな、返事は黒猫と一緒のほうがいい、っと、思ってな・・・黒猫には、あやせの事情に合わせて、来てもらったんだ・・・」
あやせはその俺の言葉に衝撃を受けて立ち揺らいだが、俺自身も自分の言葉に唖然とするしかなかっただろう。まだ明確な答えも出せていないのに、二人同時に呼んでどーするのよ、俺・・・
気が付いたら、あやせも蒼白させて黒猫のあとを追う。
「・・・・」
俺って・・・バカ!?
もしこの場で片方と付き合うことが決断できたとして・・・もう片方に何て言うよ・・・い、言えるわけねーじゃんかぁ!!!
『いくら兄貴でも殺すからねっ!』
や、やべ・・・やばいぞ、京介。こ、これは間違いなく、俺の人生における最大の危機だ・・・
これを桐乃に知られたら、あいつは間違いなく、渡欧早々に帰国してでも俺を殺しに帰って来るだろう。ま、まぁ・・・本当に殺されることはない、にしても
それに匹敵する(世間的な)致命傷は免れないだろう。うちの妹は一度やると決めたら、まさに頑固一徹・・・やり抜くタイプなのだ。
二人が揃って対座するが、そのどちらも顔色は決して良くはなかった。
俺もこれが逆の立場だとしたら、きっと同様のことだっただろう。
か、覚悟を決める・・・しか。
「黒猫・・・あやせ・・・」
名を呼ばれた彼女たちが身を強張らせる。
「すまん・・・」
俺はテーブルに両手を付き、頭を擦りつけた。これまでにも色んな人(特に年下の女の子)に頭を下げてきた、いかにも安い頭だったが、今ここで謝罪する気持ちはこれまでにない真剣そのものだった。
「・・・俺には、その・・・どちらにも悪い返事ができないっ!!」
俺はこのとき、確かに悩み抜いた末、正直な気持ちを吐露していた。
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