【 第十話 】
『わたしがエッチなお兄さんを誘惑するわけがない』
・・・作戦は完璧でした。
今日一日モデルの仕事で埋まっていたこともあり、わたしは父が良く利用するホテルに予約を取り付けて、お兄さんに渡したスケジュールにはわざと書き込ま
ず、深夜撮影をでっち上げることで、お兄さんと宿泊することができました。
これで明日の朝まで、お兄さんと二人きりです。絶対に間違いが起きないはずがありません。まして今日のわたしは超がつくほどの危険日。運悪くお兄さんに
膣内出しなんてされてしまったら・・・お兄さんの赤ちゃんを身籠ること確実です。
そしたらきっと、お兄さんは責任をとって・・・
わたしがここまでの行動に踏み切ったことにはいくつかの理由がありますが、その中でもとりわけ、お兄さんの元・彼女である・・・いえ、わたしと二股され
ることで再び『彼女』の座に返り咲いた、『黒猫』さんにあるでしょう。
恋焦がれていたお兄さんと付き合うことができる。
それはこの数か月、絶望の日々だけでしかなかったわたしにとって、まさに夢のようなことでした。もう絶対に醒めないで欲しいほどの夢なんです。
・・・・でも・・・
そう。ただ、それを喜んでばかりはいられません。
お兄さんはわたし以外にもう一人。かつての彼女である黒猫さんとも付き合うことになり、予断は全く許されない状況でした。
いつかお兄さんは、わたしではなく、黒猫さんを選ぶのではないか?
そんな不安が常に付きまといます。
親友である桐乃が言ってくれたように、容姿ではたぶん、わたしも負けていないと思いますが・・・恐らく、いえ間違いなく、彼女のほうがお兄さんを理解し
ていることでしょう。僅かな間だった、とはいえ、やはりさすがお兄さんの元・彼女だったことはあります。
それだけにわたしは恐怖を憶えるのです。
それは数か月前、そう、わたしがお兄さんに振られたあの日よりも少し前のことでした。お兄さんに一人暮らしの引っ越し祝いを称して、早朝、包丁を差し上
げたあの日。わたしは後に、共にお兄さんに二股されることを容認することになる黒猫さんと、お兄さんの部屋の玄関で鉢合わせしました。
そのとき、黒猫さんは言ったのです。
『私はあの女の親友よ。あの女の望みを最もよく知る、一番の味方よ。私は京介が近親相姦上等の鬼畜だったとしても何ら問題なく愛せるし、桐乃が望むのなら
一番など喜んでくれてやるわ。翻ってあやせさん、あなたはどうなのかしらね。仮に桐乃が兄を異性として愛してしまったとき、受け入れてあげることができる
のかしら?』
わたしは黒猫さんのその主張を「有り得ません」と断言しました。お兄さんのことはともかく、桐乃はわたしの親友であり、よく知るその彼女がお兄さんを異
性として愛することがあるわけがない、と確信していました。
ですが、結果は・・・それ以上は語る必要はないでしょうが、現在、お兄さんの元・彼女は・・・桐乃なんですから、わたしは黒猫さんに負けたのです。
もし次に、お兄さんが理解力のある黒猫さんを選んだのなら・・・
わたしに残るのは、この数か月間の絶望の再来です。いえ、ひとたびお兄さんの『彼女』にしてもらえたこともあって、きっとそれ以上のものとなるのでしょ
う。それを想像しただけでも、わたしは・・・と、とても生きていける気がしません。
わたしはようやく付き合ってもらえるようになったお兄さんを離したくはありません。後悔もしたくはありませんでした。では、どうすればよいか・・・考え
た末に思いついたのが、お兄さんに抱かれて、お兄さんの赤ちゃんを身籠ることでした。
信頼して最初にデートすることを許してくれた黒猫さんには、悪いことをしたな、と思わくはなかったのですが、わたしはお兄さんを、親友であり大好きな桐
乃にも、そして黒猫さんにも奪われたくはありませんでした。
「今日はマネージャーとして付き合わせてしまったので、わたしが驕ります。お兄さん、好きなものを頼んでください」
「い、いや、仮にも俺は年上なんだし・・・少しは彼氏面させてくれって」
ホテルのレストランでメニューを見ながら、そんな遣り取りを繰り返す。そんなお兄さんとの空気はこれまでどれだけ夢見てきたことでしょうか。
結局、お兄さんに奢られてしまいましたが・・・
「それで深夜撮影は何時からなんだ?」
夕食を終えて部屋に戻ってきたお兄さんは、最初に腰掛けた椅子に座り込んだまま、それ以上は動いてくれようとはしませんでした。
・・・そんなに今のわたしには、魅力ありませんか?
そんな紳士的なお兄さんも大好きなんですけど、お兄さんに何もされないというのも、わたし的にはかなりのショックなんですよ。
「十二時の予定ですけどぉ・・・まだ連絡はありませんし、もしかしたら中止になるかもしれませんね」
「そ、そうか・・・そんときはまだ電車やタクシーもあるし、帰るか?」
しまった、と思いました。それなら一時、二時ぐらいって言っておけば良かったでしょうか。もっとも、もともと深夜撮影なんてわたしのでっち上げであり、
そんな予定なんて最初からなかったわけですから・・・
「お、お兄さんも今日は疲れたでしょうから、折角ですから泊まっていきませんか?」
「そ、そうだな・・・」
それでもお兄さんは苦笑しながら、椅子から動こうとはしません。
お兄さん・・・本当に『ヘタレ』なんじゃないですかっ!?
出会ったころを思い出してください!
あ、あんなにセクハラとエッチを求めてくれたじゃないですかっ!!
し、仕方ありませんね。少し作戦を、へ、変更しますか・・・
「しかしさ、モデルの仕事って、結構大変なのな・・・」
「そ、そうですか?」
「ああ。今日一日、あやせの仕事ぶりを見ていて思ったよ・・・」
確かに今日の撮影の件数は多かったのだろう。お兄さんに告白して、失恋してしまったため、めい一杯にスケジュールを組んでいたのですからね。
「お金を稼ぐの、ってのも、やはり大変なんだなってさ」
「でもお兄さんのマネ姿も様になっていましたよ?」
「そ、そうかぁ?」
わたしの素直な賞賛にお兄さんが微笑む。
「そうそう。以前さ、あいつ・・・桐乃さ、モデルで稼いだ金で携帯ゲームの課金に六万もつぎ込んでてさ。はっきり言ってバカじゃねぇ〜って思ったけ
ど・・・」
「!!」
ここだ、と思いました。
「・・・」
「でもさ、それはあいつが汗水垂らして稼いだ金であって、親の脛を齧っている俺なんかがとやかく言える筋合いなんて、なかったんだな・・・」
「・・・」
わたしは不機嫌そうな顔を試みました。少しふてくされ気味にお兄さんを見詰めます。要はお兄さんに『わたしより黒猫さんのほうが可愛い』と言われたよう
に思えば、そう難しいことではありません。
「あ、あやせ・・・ど、どうした?」
お兄さんはすぐにわたしの仕草に気付いてくれました。良かったです。今のわたしはお兄さんを見ていると、今のお兄さんの『彼女』はわたしなんだ、って無
意識に幸せを喜んでしまうんですから。
わたしはそんな無意識な感情を押し留めて、お兄さんに告げた。
「今、桐乃のことを考えてましたね?」
「あっ、いや・・・こうしてさ、働いて、あいつもお金を得ていたんだなぁ〜って、ね」
「そうですか・・・でも、お兄さん!!」
「んっ?」
「それは浮気ですよね?」
「なっ、浮気って・・・き、桐乃、妹のことだよ?」
お兄さんの言いたいことは分かってますよ。
だから、今はそこに付け込ませて頂きますっ!
「世間一般では、それで言い訳できるのでしょうけど・・・お兄さんと桐乃は違いますよね? 桐乃はお兄さんの・・・前の彼女ですよね?」
「・・・は、はい・・・」
「浮気、認めますよね?」
「い、いや、これと・・・」
「浮気、認めないんですかぁ!?」
少し語気を強めてお兄さんに詰め寄りました。
畳み掛けるのなら今しかありません。
「お兄さん、シスコンの変態ですから、すっごく嬉しそうに・・・昔の彼女の話をわたしの前でして、今の彼女であるわたしを傷つけました」
「・・・はい、すんません・・・」
「浮気・・・認めますね?」
「・・・はい・・・」
「では・・・お兄さん。浮気したんですから、責任取ってください」
「あ、あやせ?」
「・・・責任取って、わたしと結婚してください・・・」
「ちょっ、それっ・・・」
お兄さん焦ってます。焦ってます。
「し、仕方ないですね。それは素直に認めたお兄さんに免じて、今回だけは許してあげます」
お兄さん、まさか今、黒猫さんのことを考えませんでしたか?
「その代わり、お兄さんにお尋ねします。正直に、答えてくださいね」
「・・・はい・・・」
「お兄さんは・・・わ、わたしと・・・したい、ですか?」
「えっ? ええっ?」
「わ、わたし・・・お兄さんの彼女、ですし・・・その・・・」
わたしは上目使いをしてお兄さんを見詰める。
こらこら。お兄さんっ! 視線を横に逸らさないでください。
「言ってください。キスだけですか? もっと正直に言ってください。お兄さんはわたしにプロポーズしましたよね? わたしたちは結婚を前提に付き合ってい
るんですよね?」
わたしはゆっくりとお兄さんの顔に近づいていく。
「だから、いいですよ・・・お兄さんになら、わたし、身体も・・・許しますから」
「あ、あやせっ・・・んっ・・・」
初めてお兄さんの唇と触れ合った。わたしにとっては初めてとなる、ファーストキス。妄想の世界なら幾度なくとして、ずっと憧れていた瞬間でした。
唇を重ねながらお兄さんの身体に抱きつき、ゆっくりとベッドに誘導されていくわたしの身体。まだ中学校を卒業したばかりのわたしです。経験するには少し
早いかな、という気がしなくもありません。でもお兄さんを黒猫さんや桐乃に奪われるくらいなら、わたしだって覚悟を決めて身体を張ります。
・・・そのくらいの覚悟でなければ、きっと、お兄さんはいずれ・・・
「は、初めてですし・・・今日は大丈夫な日ですから、そのまま、そのままでもいいですよ?」
「い、いや・・・だがな、避妊ぐらいは・・・」
「お、女の子のわたしにここまで言わせたんですよぉ〜、は、恥を掻かせないでくださいねっ」
わたしは再びお兄さんの唇を奪って、共にベッドに倒れ込む。
ふかふかのベッドの寝そべり、その上にお兄さんがいる。ものすごくドキドキします。お兄さんの手が衣服越しとはいえ、わたしの胸に、股間に触れていき、
お兄さんと初めて会ったころのわたしなら、きっと卒倒していたことでしょうか。
「・・・っ・・・」
スカートの中から下着を下ろされて、お兄さんに見られていることを自覚するともう羞恥心で卒倒しそうでした。そして徐にわたしのそこに指で触れるお兄さ
ん。その唇で触れられたときは気が変になりそうな気分です。
初めてのわたしの痛みをせめて和らげよう、と前座してくれている。知識としては知っていたのですが、お兄さんにそこを舐められるなんて・・・
「あやせ・・・濡れているぞ・・・」
「い、言わないでください、へ、変態・・・お兄さんは・・・本当に、変態です・・・」
濡れている自覚はありました。お兄さんと唇を重ねたときから、身体を触れられて、わたしの身体は感じて・・・私の身体はお兄さんとの繁殖行為を求めるこ
とができたんだな、って・・・
「が、我慢できなかったら・・・言ってくれなぁ・・・」
「だ、大丈夫です・・・」
いよいよ結合のとき。
お兄さんも初めて、ということを知らされたとき、桐乃と結ばれていなかった、という安心感よりも・・・お兄さんの初めてになれる、という喜びにも似た幸
福感で一杯でした。
だから、どんな痛みでも、耐えられ・・・
「うぐっ・・・いっ、い・・・」
・・・耐えられませんでした。ごめんなさい、お兄さん。
仕方ないじゃありませんか。痛い、とは聞いてましたが、想像していたのと全く別次元のものなんですよ。
「あ、あやせぇ・・・」
「お兄さん、わ、わたしに構わずに・・・」
わたしは瞳に涙を浮かべながらも、お兄さんに行為の続行を求める。女の子ならば誰もいつかは体験するものであり、わたしのクラスメイトの中には既に経験
を済ませた娘もいます。彼女たちにすれば、わたしや桐乃などは遅れている、ということになるのでしょうし、そんな彼女たちを蔑視していたような気がしま
す。
でも、好きな人と結ばれたい、という気持ちは理解できました。
だから、そんな彼女たちには負けたくはない、という思いも・・・
わたしはお兄さんの体に抱きついて、なんとかお兄さんの全てを受け入れることができました。わ、わたしの膣内がお兄さんだけに満たされて、細胞の一つ一
つが悲鳴をあげているようでもあります。
避妊具も付けずに、本当にお兄さんと直接触れ合っている。繋がっているのだと感覚だけで認識できました。とても痛くて、とても嬉しくて・・・
「あ、あやせ・・・もっと力を・・・抜けっ・・・」
「む、無理です・・・お兄さん、わ、わたしなんかに、か、構わずに・・・どうぞ・・・い、いいですよ・・・」
そのお兄さんとの行為が再開され、短くはなかった、と思う性交が終わったとき、わたしにはその間の余りにも激痛が酷過ぎて記憶にありませんでした。ただ
終わったときに、膣内に・・・子宮に満たされた確かな感覚、まだお兄さんを受け入れているような曖昧な感覚だけを残して。
―翌朝。
わたしは目を覚ますとまず時刻を確認し、続いて隣で眠っているお兄さんの表情を確認。とてもぐっすりと眠っていて、静かな規則正しい寝息です。それも仕
方のないことでしょう。
昨日は朝早くからマネージャーとして一日中付き添って貰って、一緒に過ごせた夜には、わたしは合計にして三回も、お兄さんに抱かれることを求めたのです
から。
「・・・・」
わたしはお兄さんを受け止めた下腹部に触れ、瞳を閉じました。勿論、まだ生命の息吹などは感じられませんでしたが、きっと間違いなく妊娠できた、と思い
ます。
お兄さんを起こすことなく、昨夜は激しく求め合ったベッドから抜け出し、予め用意してあった私服に着替えました。朝食はルームサービスを利用するとして
も、これから起床するお兄さんにコーヒーぐらいは作っておいてあげますか。
室内に香ばしいコーヒーの匂いによって満たされ、それによって覚醒したお兄さんがゆっくりと身を起こします。
「あ、おはようございます、お兄さん」
「お、おはよう、あやせ・・・」
「今、コーヒーを淹れますので、もう少し待っててくださいね。こっちには着替えを用意してありますし、まだ撮影するまで時間ありますから、ゆっくりしてい
てくださいね」
わたしはお兄さんにコーヒーカップと今度は嘘偽りのないスケジュール表を一緒に乗せたトレーを手渡した。
「うげっ、今日もぎっしり、だなオイ」
「ふふっ・・・」
仕方ないじゃないですか。
そのスケジュールを組んだときは、まだ当時のお兄さんは桐乃と付き合っていたんですから。
「今日は夕方で撮影は終わりますけど・・・どうします? お兄さん。き、今日も宿泊していきませんか?」
「って、ここにか?」
「はい。当然じゃないですか」
わたしは顔を真っ赤に染めて俯きました。
「・・・・」
勿論、お兄さんとまた宿泊するともなれば、間違いなく昨夜のように身体を求められて、濃密な夜を過ごすことになることは明白です。そして今のわたしには
それを拒む理由はありません。
ごめんなさい・・・
わたしは心の中で可憐な少女に詫びる。
わたしは可能な限り、お兄さんを溺れさせるつもりでした。お兄さんと身体を繋げる回数とその既成事実は、お兄さんとの関係をより強固なものにしてくれま
す。
もう誰も、わたしとお兄さんの間に入り込む隙間を与えないためにも。
そのためだけに、わたしは今日も抱かれるのですから・・・
だから・・・さようなら、黒猫さん。
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