【 第十二話 】
『俺と黒猫が一緒にラブホへ行くはずがない』
「京介ぇー、おめーもコーヒーでいいかぁ〜?」
「おう、サンキューな」
俺は今日、『黒猫』の付き添いで来栖加奈子・・・正確には、加奈子の姉である来栖彼方のところに来ており、付き添いに過ぎない俺は居間にて、こうして
コーヒーを振る舞って貰っていた。
「しっかし、京介が姉貴の知り合いだったなんて驚きだぜぇ〜」
「それは俺も同感だっての・・・」
ほんと、加奈子の姉が沙織の師だったことには驚かされたもんだぜ。
俺は淹れたてのコーヒーを啜りながら、加奈子の姉、来栖彼方と黒猫がいる隣室を一瞥した。黒猫も沙織の師である来栖彼方に何故呼ばれたのか、分からない
様子であったが・・・
「でさー、ほんとーに京介は、あの野良猫とも付き合っててさー、それ、あやせも承知ってほんとーなのかよぉ〜?」
「・・・ま、まぁな・・・」
「たくっ、桐乃のやつ、吹かしていやがったのかよぉ〜〜」
やべぇ。これバレるのも時間の問題じゃね?
「なーなー、ならさ〜加奈子とも付き合ってもいいんじゃね?」
「・・・・」
「なーなー、いーじゃーん、キョースケぇー」
正直に言えば、俺も加奈子のことは嫌いじゃない。
出会った頃の印象こそ最悪であったこいつだったが、加奈子には加奈子なりに美点があり、こいつに感心させられたことも少なくない。あやせの頼みでこいつ
のマネージャーをしたこともあり、異性に対する恋愛感情は別にしても、性格は気が合いそうな気がしていた。
「おまえ・・・あやせを説得できる?」
「うん、無理www!」
即座に断言。
まぁ、即断する気持ちは分からないでもないが・・・
「まぁ、あたしもさ〜最近ずーと忙しくってさ〜あんまあやせや桐乃とかと付き合い悪かった、つーのもあんだけどさ・・・」
確かに三人ともつい最近まで中学生であり、元クラスメイトでもあったのだが、いずれもモデルであり、アイドルであったわけだから、それぞれが多忙であっ
たのは事実であろう。
「見た感じ、あやせのやつはずっーと暗い、ダークネスな雰囲気だったし、桐乃は逆に、うぜぇーってほどに元気だったからさー、てっきり京介は桐乃と付き
合ってんかぁ〜って思ってたのにさぁ・・・」
結局、この話題に戻るのね・・・
「お、おめー、なぁーに顔を真っ赤にして、目、逸らしてぇんのぉ? 加奈子に付き合って、って言われたからぁ〜に照れてんのぉ?www」
クソガキ超うっぜぇ〜っうかね、お前のろりろりな見てくれは、まったく俺の好みじゃないから!
しかし、こいつ髪の毛を下ろすと・・・結構・・・まぁ、コスプレとはいえアイドルで人気を博しているだけのことはある。正直、初めて見るツインテールで
ない加奈子はかなりの美少女だったんだよ。
「お待たせ・・・どうしたの?」
「い、いや・・・それより、話は終わったのか?」
「ええ」
黒猫が俺の問いかけに頷く。
隣室から居間に現れた黒猫だったが、途端に機嫌を悪くして玄関へと向かっていく。
「おい、黒猫!?」
あいつ、何怒ってるの?
「では、黒猫氏。また会いに来てね〜〜。あ、そっちのボーイフレンドくんも是非、今度遊ぼうよぉ〜」
「はぁ・・・」
俺は手を振る彼方さんに曖昧な返事をしながら、黒猫に続いて辞去する。加奈子は玄関まできて見送ってくれたが、黒猫はそそくさと退出していき、それに俺
も続いた。
「・・・あなた、メルルもどきにも告白されていたのね?」
暫くして、ぽつりと黒猫が呟く。
「・・・まぁな・・・」
「まったく・・・困った人・・・」
「ん、でも、ちゃんと断ったぞ?」
今年の正月ライブで告白されたこと。当時は(桐乃と)付き合っていたこともあり、その場で断ったことなど。俺と加奈子の間にやましいことは一つとし
て・・・ないはずだった。
しかし、黒猫もあやせも、すぐに疑うんだよな・・・
「私が無条件でなんでも許すなんて、思わないで頂戴・・・あやせとのことは私にも思うところがあったから・・・」
「へいへい・・・」
黒猫はそれで機嫌を良くした、ということはなかったが、とりあえず加奈子のことに関しては引き下がってくれたようだった。ただ何ごとかぶつぶつと呟いて
いるが、正直、後ろにいる俺には何も聞き取れない。
「それで、今日はこれからどーするか?」
「・・・そ、そうね・・・」
俺の言葉に黒猫が急にそわそわして、ゆっくりと振り返る。
「あなたがあやせとデートしている間・・・こんなの作ってみたの」
黒猫が鞄から取り出したのは、黒い表紙のノート。以前に彼女が破り捨てた『運命の記述』を彷彿させるものだった。
「おおっ! それは・・・」
「『新運命の記述・改訂版』よ・・・」
これには黒猫がその日に俺と行いたいことが書き記されており、最後には彼女の望みの世界が描かれていることになっている。特にこれまで交際経験に乏し
かった俺にとって、大変に助けられたものだった。
「・・・とりあえず先に、今の私が理想とする未来の世界を見せてあげるわ」
「おう」
前『運命の記述』には、俺と黒猫が、そして桐乃が幸せそうに微笑んでいる絵であった。またテーブルの下に描かれていた「人面猫」に関しては、当人のため
にも誰だか伏せておくとしよう。
「・・・これよ」
俺は見せられた一面には、まず俺と思われる人物、この手前で座っているのは黒猫、そしてこれは・・・あやせか? テーブルの下には、また如何にもという
べき「人面猫」が描かれていた。俺が幸せそうに笑っており、黒猫とあやせの二人が言い争っているような構図だが、どちらも怒っている、というよりも、じゃ
れている感があった。
「どう?」
「いや、どう・・・って言われてもな・・・」
そう答えるしかなかった。
「まずこれが俺だろ・・・こっちが黒猫で、こっちはあやせだよな?」
「そうよ」
「で、テーブルの下の猫が沙・・・例の人面猫で・・・」
「ふふっ」
黒猫も当時のことを思い出したのだろう。
「前回は桐乃も黒猫も、そして俺も幸せそうに笑っている光景だったが、これは何故、二人で何を言い争っているんだ?」
「さぁ? これが分からないようなら、まだまだね」
黒猫は微笑して『新運命の記述・改訂版』を一旦閉じた。
とりあえず、現在の黒猫が理想する未来には、俺と黒猫、そしてあやせが揃っている、ということだけは憶えておこう。後はその日、その日の黒猫の要望を聞
き続けていれば、いずれはあの絵のような光景になるのであろうから。
「それで、今日は・・・何がしたいんだ?」
「それは、あ、あなたが開いて・・・で、でも開いていいのは、とりあえず、最初の1ページだけよ・・・」
「おう・・・」
俺は黒猫から黒いノート『新運命の記述・改訂版』を受け取り、今日の黒猫の要望を確認する。最初の1ページ目っと、そこには・・・『先輩とラブホテルに
行く』と記されており・・・
「ぶっ!! おいおい・・・」
日中の真昼間から何を考えているんですか? このエロ猫さんは・・・
「おまっ・・・一体、なに考えて・・・」
「あら、あなたは妹とラブホに入れるくせに、どういう了見なのかしら?」
「そ、そういう問題じゃねぇぇ! っていうか、何故、お前がその話を知っている!?」
ち、誓って言うが、俺は何もしてない。た、確かにあんときは(妹の小説の取材とやらで)ラブホには入ったが、決してやましいことはしてなかった。そもそ
も俺と妹の間には肉体関係はないっ! その一線を越えていたら、まじで洒落にならん!!
「桐乃が自慢していたから、よ・・・」
「あ、あの野郎ぉ・・・」
今度帰国したら、みっちり報復してやろう。
絶対に・・・ああ、絶対にだっ!!
「分かったわ。なら言い直してあげる・・・それでは兄さん、一緒にラブホに行きましょう」
「違うぅー!!」
俺は周囲の目も関わらず、絶叫する。
本当にあんときはやむなし、だったし、どう間違ってもあいつが「兄さん」と言って俺を誘うわけがないっ!! 絶対に、だ!!
「俺の妹は絶対にそんな台詞は吐かんし、俺は黒猫を結婚もできない妹なんかにはしたくねぇぇ!!」
「そ、それは・・・ど、どどど、どういう・・・い、意味なのかしら・・・」
途端に真っ赤になって俯くエロ猫さん。
自分からホテルに誘っておきながら、激しく動揺するなら、最初から書かなきゃいいだろうに。本当にこいつは・・・
「・・・たくっ、柄にもないことを書いて、人をおちょくりやがって・・・冗談にもほどがあるぞっ・・・」
「・・・でも、抱いたんでしょ・・・」
えっ、と俺が弾かれる。
「あやせは抱いたんでしょう? あなたは・・・」
「な、な・・・」
「昨日のあなたとあやせの様子を見れば、一目瞭然なのよ・・・もし、それが分からないようなら、二股を容認した私は末恐ろしいほどの間抜けだわ・・・」
俺は何も言えなかった。
正直、昨日の俺とあやせの間には、おいそれと知られるようなことはなかった、と思う。が、その手に関しては特に鋭敏な黒猫のことである。些細な出来事や
空気で察知できたとしても不思議ではなかった。
「それに一度は失恋を味わった者同士ですもの・・・それだけに、あやせの気持ち、そう行動を決断した気持ちは痛いほど分かるわ・・・」
俺と黒猫は千葉市から電車で移動し、黒猫が住む松戸市との中間にある幕張駅にて降りた。どちらの地元を避けたのは、やはり世間の目を恐れたからだ。大学
生である俺ならいざ知らず、黒猫はまだ高校二年生。小柄な体格からして中学生にも見間違われるかもしれない。
「やめるのなら・・・今のうちだぞ・・・」
「へ、平気よ・・・私のことは気にしないで頂戴・・・そ、それより心配なのは・・・あなたが、私なんかの貧相な身体に・・・欲情できるか、どうか」
「あー、それは心配いらねぇ〜っの・・・」
こいつとて忘れたわけであるまい。
黒猫に告白されて、初めて付き合ったあの夏。俺はこいつの身体に触りたかった。胸に触れたかった。そしてその、色々と・・・想像したのだ。
「忘れたのか、あんときの部室でのやりとり・・・」
「あのときの京介と、今のあなたは別物ですもの・・・」
「そうか?」
あれから自分が変わった、と言われても余りピンとこないのだが・・・
ラブホテルの前。もっとも外装は普通の建物であったが、料金の形態や部屋の取り方などはおよそそれと変わらない、オーソドックスなものだった。こんな建
物の前で立ち止まってるわけにもいかず、俺と黒猫は白昼堂々建物の中に足を踏み入れた。
部屋を決め、いざ室内へ・・・と進む中。
「あなたはあやせと寝たわ・・・つまり、基準があやせになってしまったの」
「・・・」
「私の身体は・・・胸は小さいし、スタイルだって・・・身体だって小柄なせいで、あやせには到底及ばないもの・・・」
時々、黒猫は自分のことを卑下する傾向があり、時折、そのネガティヴぶりにはイラっとするときがある。こんときの俺がそうだった。どんだけこいつは自分
を過小評価しているんだ!? もっと自分の容姿に自信を持て、とも常々思う。
だから、室内に入ったとき、俺は乱暴なまでに黒猫の身体をベッドに向かって放り投げてやった。
「少しは目が覚めたか? なら、はっきり言ってやるっ!」
俺は自虐的に唇を歪めた。
「お前と付き合ったとき、めちゃくちゃ愛おしかった。お前の家でマスケラを初めて見たあの日もめちゃくちゃ意識した! そしてまたお前に告白されて、あや
せとのことで悩んで答えを出せなかったときも・・・何度も何度も、お前を抱きたい、って思ったんだよ・・・」
余りにも最悪な告白だった、と思う。だが、そこには嘘偽りは一つとしてなく、俺は正直にありのままを口にした。あのときの夏に、そして今現在でも、黒猫
の存在は愛おしく、そして常に護ってやりたい、と思う一方で、めちゃくちゃにしたい、って思ってしまっていた、もう一人の自分がいることを・・・
「俺は黒猫を・・・瑠璃を愛している・・・」
「なっ、なっ・・・」
「だから・・・嫌なら、やめるのなら、今のうちだぜ?」
俺はできる限り、優しく微笑んだ。
正直、ここまできて据え膳になるのは哀しかったが、黒猫との関係がもっと拗れるのも嫌だった。現に俺はあやせを抱いてしまったのだ。その件に関しては俺
も言い訳はしたくない。
あやせと宿泊する、って聞いたときには思わず期待した自分がいたし、何よりも、あやせのことが好きだった。あーなれたらいい、と思ってた自分が確かに存
在するのだから・・・
その上で黒猫を愛していたのだと自覚して、瑠璃を抱きたいのだと告白すれば、自分でも何て身勝手な言葉だと思わなくもない。
そう・・・俺は・・・
あやせが好きで・・・瑠璃を愛していたのだ。
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