【 第十三話 】

 『私と京介が普通に結婚できるわけがない』

 

「ねぇ〜ねぇ〜、ハンドルネームは黒猫さんだから、黒猫氏と呼ぶねぇ〜」

 私を室内に招き入れた来栖彼方は、早々に上機嫌だった。また独特の口調からして、私の数少ない知己である沙織に似てもいた。

「あたしのことは、『かなかな』って呼んでねぇ〜」

 ・・・撤回。この人はメルルもどきの姉、スイーツ三号の姉だわ。

「ん〜つれないなぁ〜黒猫氏は・・・さおりん氏に聞いた話とちょっと違うかなぁ〜」

「それは沙織のこと?」

「そうそう。彼女とはね、あたしが以前所属していた『小さな庭園』ってとこで知り合ってねぇ〜まだかおりん氏が居たあのころは楽しかったなぁ〜」

「その話なら、沙織に聞かされたわ・・・」

 正直、怒りを覚えたわ。

 確かにサークルのリーダーである槇島香織(沙織の姉)が脱退し、サークルが衰退していったのは当然の論理ではあろう。だが、沙織はそれが悲しくて、哀しくてサークルの存続に尽力したのだ。無力だった、とは沙織の言だが、少なくとも存続を願ってはいたのだろう。

 だが、彼女らはそんな沙織を置いて去ったのだ。

『友達というものは、永遠にそばにいてくれるものではありません』

 後にそう悲しく告げるしかなかった、そんな彼女を・・・



「・・・今日、わざわざその沙織経由で、私を呼んだ理由をお聞かせしてもらえますか?」

「はにゃ!? う〜ん、もっと黒猫氏とはお話ししたかったけどぉ〜〜しょうがないねぇ〜〜それじゃ、本題いくねぇ〜」

 『メルルもどき』こと来栖加奈子に入れてもらったコーヒーを啜り、その姉の言葉を待つこと数秒・・・並大抵のことなら驚くことに値などしないし、正直、いい話であったとしても、既に断るつもりでいたわ。

 でも、彼女が告げた言葉は、十分に私の度肝を抜く一言だった。

「あたしのトコでアシスタントやらない?」

「・・・・」

 正直、何を言われたのか、理解できなかったわ。

 そもそも私は来栖彼方という人物も、その職業も、その経歴さえも知っていなかったのだから・・・

「にゃはぁ〜、あぁ〜〜ごめんねぇ。これ、あたしの名刺ぃ〜」

 名刺を受け取って唖然とする。

『月見里がんま』

 ・・・知っている名前だった。いや、崇拝している・・・私にとっては神にも匹敵する人物名だったのだ。私がこよなく愛す作品であり、これまでにも二次創作などでよく題材としていた、マスケラ(MASCHERA〜堕天した獣の慟哭〜)の原作者。

「・・・ナイトメアちゃんの作品は全部、見たよ・・・」

 と、言って私のサークルで出版した『神聖黒猫騎士団』の全冊が机の上に並べられていた。ときには五冊しか売れなかったうちの一冊(京介たちと共同で制作し、完売した、その前の冬コミ用の同人誌)が目の前にあった。

「展開とかは、ん〜まぁ、ともかく・・・黒猫氏がどれだけ、この作品を愛してくれているのかぁ〜よぉ〜く、分かったかなぁ〜」

 凄く嬉しかったよぉ〜とまのびする口調でしゃべってくれているが、自身が作った二次創作物を原作者に読まれた、という衝撃に、これ以上にないまでに私を狼狽させた。

「ご、ごごご、ごめんなさい!!!」

「なんで謝るかなぁ〜〜まぁ、あたしも一時期、同人誌作って、コミケしてたから気持ちは分かるよぉ〜」

 私はそれでも頭を下げ続けた。

 二次創作とは、根底となる原作を模範としつつも偽造し、ときには原作者の考えていた世界を盗用することに他ならない。悪く言えば「盗作」と言っても過言ではなかった。

「・・・・」

 この人が夏コミで私のことを『可愛いナイトメアちゃん』と評した理由が今更ながら分かる気がする。なんてことはない、この人はあの作品の生みの親そのものなのだから。

「それでぇ〜どぉーかなぁ〜。できればぁ〜週に二、三回ぐらい通って貰えると助かるかなぁ〜〜、えっとねぇ〜第四期までの制作は決まったんだけどねぇ〜三期放送直前ってときに一人ぃ〜倒れちゃってねぇ〜」

「・・・・」

「まだ何処にも所属してない、って話だしねぇ〜うちでキャリアを開始させるのも、きーっと黒猫氏のためになってくれると思うなぁ〜〜」



 アニメの三期が延期になってしまったのは私も知っていた。

 でも、まさか自分のような人間があの作品に関われるとは思ってもみなかった。す、凄く光栄なことだと思う。少し前の自分であったのなら、間違いなく二つ 返事で了解していたことだろう。これまでに費やしてきた努力、そしてことマスケラに対する愛着心、その二つはこれまでの自分の人生が捧げた原動力であった のだから・・・

「す、少し・・・考えさせてもらって・・・いいですか?」

「うん。勿論だよ〜〜」

「・・・・」

 週に三回。

 今年、上の妹の日向が中学生になり、家事の負担は大幅に軽減されることになるだろう。あの子も根はしっかりしているし、料理や掃除のコツなどはこれから教えていけばいい。

 問題は・・・ようやく付き合うことができた京介だ。

 まして今は・・・彼と交際する彼女は、私だけではない。

 家事の負担が軽減されても、ここで大幅に時間を費やせば・・・京介は私との関係を清算し、向こうに行ってしまう恐れ・・・いえ、現実に彼と彼女は、既に一線を越え、大きなリードを許してしまっている。

 私は丁重に一礼して、部屋を辞去した。





 『新運命の記述・改訂版』

 それは昨夜のうちに作り上げた一冊であり、実はこれの前には、京介と再び付き合える際に作成した『新運命の記述』が存在する。残念ながら、そちらは昨日の京介とのデートで大幅な修正を余儀なくされて、既に暗黒の魔界(つまりゴミ箱)に葬り去ったわ。

 まさか、あやせがあれほど性急にことを運んでくるなんて、完全に想定外のことだった。確かに彼女も私と同じくして、初恋を失恋というかたちで塗炭の苦しみを味わっているだから、今度こそは・・・という想いは分からないわけではない。

 でも、彼女は焦らなくても・・・良かったのだ。

 京介はどちらか、といえば、あやせ側の・・・つまり、私や沙織、桐乃と違って、一般的な人種なのだから、ゆっくりと外堀を埋めていけば、おのずと彼は彼女へと傾倒していったことだろう。

 また、我が家が千葉市の借家であったころは彼の近所でもあったのだけれども、今は松戸市の社宅に転居したこともあって、互いの家の距離面でも私の不利は否めないのだから。

 もしあやせが焦らず、外堀から埋めていくようにしていってくれたら、私はかつて京介と付き合っていたという優勢を活かしつつ、その後は均等に調整してい くだけで良かった。そして運よく、私が高校を卒業した時点で三角関係が継続されたままであったのなら、そのときこそ私がようやく勝負に出られる好機を迎え ていたはずだった。もっとも・・・そのときにはもう、京介の心はあやせに傾倒していたころなのでしょうけど・・・

 ここでもう一つ。私と京介だけの交際だった場合・・・この場合は、きっと長くは続かなかった、と思う。かつての私は言ったのだ。「共通の話題もなく、いつか飽きられてしまう」と・・・そのときの京介の答えは「なら、共通の話題を見つければいい」だった。

 この時点で彼は気付いていないのだ。

 私と付き合うということだけで、彼は既に無理をしているのだと・・・

 そうならないためにも、私にはもう一人・・・あやせの存在は必要だった。かつてその位置に桐乃が居てくれたように・・・



 だが、あやせは京介と寝た・・・二人が性交に及んだことは、昨日の彼女の雰囲気からでも明白だった。

 正直、自分の認識の甘さを呪ったわ・・・

 ええ、認めましょう。あやせの放った一手によって、私は完全に追い詰められてしまったことを。私には彼女ほどに、他者の目を惹きつける容姿はなく、小柄な身体も貧相なものでしかない。こんな身体では、私がどんなに頑張ったところで完璧なる美少女に勝てるはずもなかった。

「これが、私に残された・・・唯一の希望・・・」

 私は京介に最初に見せるであろう、理想とする未来の絵を描きながら、溢れる涙を堰き止めることはできなかった。この一枚の絵は『五更瑠璃が高坂瑠璃になれず、新垣あやせが高坂あやせとなって、それでもこの三人で生活をしている』というもの。

「ふふっ、『妻』なんてそんな称号の栄誉なんか、あやせにくれてやるわ!」

 私は精一杯の虚勢を張った。で、なければ・・・とてもじゃないけど、やっていられないもの。

「し、仕方ないでしょう・・・」

 それでも、私は涙を流す。

 私なんかには一生、五更の姓が相応しいの・・・

 もう私なんかには、高坂の姓を得る機会は完全に失われてしまった、のだから。

 だから、私は涙を流し続けた。

 今日だけは・・・今夜だけでは、どんなに泣いたとしても・・・きっと恥ではないのだから、と。



 その私に残された唯一の道、そのための最初の一手が、『先輩とラブホテルに行く』である。これを書いた直後は赤面して硬直し、ぷるぷると身体を震わせて 悶えさせたものだったのけれど、もうこれしかなかった。あやせが身体を張った以上、私もこんな貧相な身体であっても、それに対抗するしかない。

「・・・・」

 私は指で数えながら、明日の・・・いえ、もう今日ね。自身の身体の周期を数えていく。何度数えても間違いない・・・今日は考えられる限りでも、一番の危険日・・・排卵日の当日だった。





 私はベッドの上で京介と唇を重ねた。本当は立ったままで重ねたかったのですけど、私と彼との身長差、という現実が・・・私のそんな甘い幻想を打ち砕かれてしまった。

 京介と初めて口付けをする私のファーストキス。まさかこうして、本当に京介と唇を重ねる日が来るなんて・・・それだけにそれが濃厚なものを求めてしまっていた。お互いの舌が絡み合って、私は京介の唾液を欲した。



「今日は大丈夫な日よ。だから避妊なんて考えないで頂戴・・・」

 私は自ら吐いた嘘で京介に微笑んだ。

 こうして京介に抱かれれば、私はこの人の子を妊娠することだろう。でも、例え妊娠できた、としても・・・それで京介の人生をどうこうしようとは考えない。何故なら、あくまでも私がただ京介との子を産みたいという、私の我儘なのだから。

 それだけに・・・嬉しかったのだ。

 京介が久しく私の名前を呼んで、私のことを『愛している』と言ってくれたことに。

「あ、あんまり・・・見ないで・・・頂戴・・・」

「とっても綺麗だぜ! 瑠璃のここ・・・」

「・・・ば、莫迦・・・んっ、そ、そこは・・・」

 京介に触れられている・・・この人に私の膣内を見られてしまっている、というだけで、非常に激しい羞恥心が私を襲った。まして、そこに唇を這わせて私の体液を啜られたら、それだけで私の精神はどうにかなりそうだった。

「くぅ・・・んっ・・・」

 全身が異常なまでに熱かった。思考までが痺れるように、まるで溶かされるように。自分では見えようもない身体の中を・・・膣内まで。きっと私の身体は良 くはない。運動は苦手だったし、胸の大きさは妹の日向にも、とうとう抜かれてしまっている。あのあやせにはきっと遠く及ばないことだろう。

「・・・・」

 だから、私は懸命に堪えよう、と思った。せめて京介の求める行為を妨げることはないよう。そんな私でも、京介のあれを見たときに、思わず愕然としてしまった。あれが私の身体に納まるとは、物理学的に不可能だとも思った。

 ぜ、絶対に無理よ・・・わ、私の身体に、それは・・・大き過ぎなくて!?

 それがいよいよ私へと宛がわれる。

 血の気の引いた表情が自分であっても分かってしまう。

「・・・大丈夫か?」

「へ、平気よ。少し驚いただけよ・・・」

 かなり控えめな表現だった、と思う。

「私のことは気にしないで頂戴・・・そ、そうね。私は初めて・・・だから、痛がるかもしれないのだけれど・・・京介は私なんかに構わず、そ、その行為を続けて頂戴・・・」

 今、私が一番に怖いのは破瓜される痛みではない。

 この欠陥の身体なだけに、京介を受け入れられないかもしれない、という恐れ。もしくはその苦痛を表してしまって、京介が断念してしまうかも、ということのほうが、私には遥かに恐ろしかった。

 だから・・・

「も、もし・・・あなたが私の意思に反して行為を疎かにしたら・・・そうね。部室での瀬菜への言動やその他諸々、あることないこと・・・全てあやせに教えといてあげることにするわ・・・」

 彼女の持つ深淵は、さすがの私でも計り知れないものがある。

 きっと興味津々にして、きっと私の期待通りに反応するだろう。



 痛い、なんてものではなかった。



 昨夜のうちにネットなどで調べたりもしたのだけれども、そんな生易しいものではなかった。言葉も出せないほどの激痛。切り裂かれるような痛撃。

 こ、これが・・・破瓜!!?

 だが、これによって・・・あやせには遅れをとったものの、あの桐乃でさえも果たせなかった一線を、私も越えることができた達成感というか、充実感があった。私は今、京介を受け入れているのだと・・・

 いざ性交が始まると、私は既に泣いていたのだと思う。それでも懸命に京介の体にしがみつき、何度も何度も彼の唇を求め続けた。

 私の身体が小さい、からだろうか・・・

 京介から解き放たれたそれを受け止めたとき、私は確実に身籠れることを確信できてしまっていた。勿論のこと確証なんてなかったのだけれど。それでも二度、三度と京介を受け止めるたびに、この時を迎えられたことを嬉しく思ってしまう。






 翌日、私は頂いた名刺の電話番号から連絡をつけ、昨日の有り難い申し出を受け入れることにした。例え京介の子を身籠れることができた、としても、私には経済的な余裕はない。

 私の家はあやせの家とは異なり、経済的な面で厳しく、とてもではないが私の出産費用を捻出するのは厳しい。それでも出産することを望むのであれば、私自身で工面しなくてはならない。その意味でも、今回のお誘いは非常に有り難いものだったのだ。


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