【 第十六話 】
『拙者が本格的に参戦できないはずがない』
さて、まずわたしについて説明をしなければなりませんね。
何故ならば、わたしには一人称が多数存在しますので、「わたし」「わたくし」と申し上げたのなら、それは『槇島沙織』としてのわたしであり、「拙者」「吾輩」と申せば、それは『沙織・バジーナ』の言葉になりますゆえ。
とりあえず拙者が京介氏より連絡を・・・相談を頂いた、その日に遡らせて頂きますゆえご容赦のほどを・・・
『すまない、こんなことを相談できる義理ではないのだが・・・』
『いえいえ。構わんでござるよ・・・』
拙者はまずまずの上機嫌で京介氏を歓迎しました。何故ならば、京介氏の妹である『きりりん』氏は渡欧され、拙者に夏コミ向けの小説を寄稿してくれたのは
嬉しいのですが、その後は多忙のようで音沙汰もなく、京介氏とあやせ氏と『黒猫』氏は、それぞれ三角関係を初めており・・・
拙者はまさに蚊帳の外、という扱いでございましたゆえに。
というか、メンバー全員で拙者を苛めているのかぁー、と叫びたい心境でもありましたが・・・
それだけに毎日チャットルームに入室しても虚しく、途方に暮れていたところに京介氏が入室してきたのでござる。それだけでも狂喜乱舞したい気持ちでありましたが、何やら相談とあり、ここは吾輩の存在をもっとアピールする絶好の好機とばかりに張り切っておりました。
『それで京介氏。それがしに相談したいこととは何でござろうか?』
それで拙者は京介氏より、この一カ月の間に起きた出来事を初めて知ることができました。
『なるほど・・・僅か一カ月の間に、凄まじいことになっているでござるな』
以前に京介氏から、あやせ氏と黒猫氏の二股をかけていることは伺っておりましたが、まぁ、次から次へと色々なことが起きているものですな。
『軽蔑してくれて構わないぜ・・・』
『いえいえ。この一件で京介氏だけを責めるのは、筋違いというものでござろう』
『そうか?』
少し考えれば京介氏もおかしい、と思うはずでしょうが・・・これを自己責任と捉える辺り京介氏の美点ともいえますな。
そもそも京介氏があやせ氏と黒猫氏と付き合い始めたのが、新春の『オタクっ娘あつまれー』のあのオフ会後のことであり、約一カ月前のこと。その僅かな間に性行為まで及んでいたことも含めて、両方が妊娠したとあれば、両者とも意図的に望んでいた、としか思えませぬぞ。
『まぁ、拙者から言えることは、相変わらず・・・女垂らし、女殺しぐらいですな〜』
京介氏が侮蔑されることを望んでいたようでしたので、これぐらいは言わせて貰っても構わんでござろう。しかし、相変わらずのM体質ですな〜。
『反論の余地もねぇ・・・』
『とりあえず相談をされた手前、拙者の方でも色々と調べてみるでござるよ』
『すまねぇ・・・』
チャット終了後に拙者も知り合いの弁護士など話を持ち掛けて、色々と骨を折ったのでござるが、これは到底に他人ごとではなかったゆえ。我がサークルの存亡もかかっていたのでござるからな。
まず失踪認定された重婚例、そして国内ではもっとも多い内縁(愛人同棲)関係、そして最後の選択肢として、海外における重婚・・・
海外・・・イスラム圏内で認められた重婚には、いくつかの条件とデメリットが存在しており、それはおいおいと説明することにするとして、やはり最初に問題となったのが・・・妻帯者たちを養えるだけの収入、もしくは資産というところでした。
京介氏は一介の大学生であり、貯金もされているでしょうが・・・さすがにこの条件を満たすことは不可能であったでしょう。
「それでは・・・にん」
その条件を満たすためには・・・
「・・・それでは、京介さん。わたくしとも結婚いたしましょう?」
わたくしはその返答も得られないまま、告白を続けました。
「あやせさんや瑠璃さんほどではないにしても・・・少なくてもわたくしは京介さんを敬服しておりますわ」
「そ、そうか・・・」
「何より・・・わたくしの趣味を容認してくださっています」
そのわたしの告白には嘘偽りはありませんでした。これまでに実家からの要請で幾人かの縁談を薦められ、その機会を設けられてきましたが、『槇島沙織』はともかく、誰一人として『沙織・バジーナ』としてのわたしを受け入れてくれる異性はございませんでした。
まさにわたしにとって京介さんは稀有な存在でしたの。
「そんなんで・・・お前、俺と結婚してもいいのか?」
「まぁ。軽い気持ちでこんなことを申し上げませんわ、わたくし」
頬を染めて俯く。
素顔を見せていること、何よりも、そんな自分が京介さんに求婚していることのほうが恥ずかしかったのですが・・・勿論、そこには色んな打算がありました。
「わたしは以前に痛感したことがございます・・・と、京介さんにも以前にお話ししたことがございましたね」
『友達というものは、永遠にそばにいてくれるものではありません』
その現実をまざまざと突きつけられたのです。
わたしが『オタクっ娘あつまれー』のサークルを創設するきっかけともなった『小さな庭園』の崩壊。中心的存在であった姉の脱退に伴う崩壊劇を前に、途方に暮れるような想いでした。
だから、わたしは『オタクっ娘あつまれー』のサークルはそうはさせまいと尽力を尽くしてきたつもりです。ですが、それも所詮は友達の集い。十年・・・二十年もずっと一緒にいられる、そんなことは不可能なことでしょう。
それが・・・友達、という枠である限りは・・・
「もし、京介さんとわたくしが結婚すれば、あやせさんや瑠璃さんとも同じ妻となり家族となります。そしてきりりんさんは京介さんの妹でもありますし」
家族というものはその人の一生に付きまとうものですから。
「京介さんは二人に責任を果たし、わたくしのサークルは永遠に継続されて、とっても素晴らしい考えだとは思いませんか?」
「・・・・」
京介さんはまだ思案顔です。
ここでわたくしの想いを遂げるためには、もうひと押しといったところでしょうか。
「では・・・京介さんには、酷い仕打ちをしてくれました、わたくしへの責任も果たして頂きましょうか・・・」
「はぁっ? お、俺、沙織になんかしたか・・・?」
酷い話ですね。もう忘れてしまった、のでしょうか。でも、わたしは忘れていませんよ。こう見えてもわたし、かなり根に持つタイプなのですから。
「京介さんは沙織・バジーナと名乗ったこのわたしを見て、あのときこう言いましたよね・・・ブーッ!!ゲホッゲホッ!! と・・・」
「お、おまっ、それはあんときの・・・」
たとえそれが初対面だったとはいえ、京介さんが示した反応を絶対に忘れてあげませんわ。
「ええ。わたくしの乙女の心はざっくりとえぐられてしまったのですわ」
わたくしは笑顔で微笑む。
「乙女の心を傷つけた責任・・・果たして頂けますわよね?」
こうして後日、黒猫氏とあやせ氏への説得を兼ねて、両者を呼び出したのですけれど・・・
「なーなー、四人までなんだろ〜ならあたしもいいじゃん」
どうしてここに加奈子さんまで居るのかが謎ではあります。さしずめあやせ氏に無理やり付いてきたのでござろうが・・・
まだ頭に包帯を巻いたあやせ氏の姿は痛々しく、いつも澄ましている黒猫氏も重婚することに唖然としている様子でござる。にんにん。ちなみに今日のわたくしの姿は真っ白なワンピースを纏った御嬢様風スタイルです。
「いいじゃんいいじゃん〜加奈子だけ仲間外れなんて酷過ぎぃじゃねぇ?〜〜なー、キョスケぇ〜〜」
その間、加奈子さんだけが口を動かし、やかましいこと他なりませぬ。
「まぁ、三人も四人でも構わないわ・・・さすがに重婚しようとする沙織の考えには驚かされたのだけれど・・・」
とは、黒猫氏。
「加奈子、アイドルの夢はどうするの?」
「もち辞める。京介の嫁になれんなら、たいしたことないじゃーんwww」
と、あやせ氏の疑問にも断言。
コスプレアイドルではなく、普通のアイドルとしても順調に階梯を駆け昇っていた人物の言葉だけに感嘆の極みでもありました。
「では・・・とりあえず、加奈子さんも交えて説明いたします・・・その上でまだ加奈子さんが京介さんとの結婚を望まれるのなら、改めて申し込んでみるべきでしょう」
そもそも、拙者もまだ黒猫氏、あやせ氏から承諾を得られたわけでもなく、加奈子さんの参入を咎めるべき資格さえありませぬゆえ。
「最初に重婚が認められている国、イスラム圏内では、一人の男性に対して、四人までの妻帯が許されています。勿論、その男性にはその配偶者を養える収入、もしくは相当な資産、という条件が求められていますの」
故にもし京介さんが、あやせさんと瑠璃さんとの重婚を求める場合には、この条件を満たすためにも、わたくしとの結婚が必要不可欠となる。そのことを二人に・・・加奈子さんも含めて三人に告げる。
「それから、京介さんにはこれが一番の問題点となると思われるのですが・・・このイスラム国で重婚姻を推し進めた場合、京介さんはその後に新しい妻を付け加えることも減らすこともできません」
そう、この国では重婚が許されている代わりに、死別を除いて離婚することができない法なのでした。それは京介さんだけの問題ではなく・・・例えば、京介
さんとひとたび重婚をすれば、その後に京介さん自身が不慮の事故で他界したとしても、残されたわたしや瑠璃さん、あやせさんに加奈子さんは、再婚すること
が叶わなくなるのです。正確には・・・イスラム圏内における再婚、ではありますが・・・これは伏せておいたほうが宜しいでしょうね。
「それでも、加奈子さんの考えは変わりませんか?」
「変わらねーっ〜の。むしろ、ここで加奈子だけ除け者にされたら、いっしょー恨むかんなぁ〜」
ええ。除け者にされる気持ちは痛いほどに理解できますよ。
「それから名目上は平等、ということになっておりますが、あやせさん、瑠璃さんが上位となり、加奈子さんはわたしと同じ三番目となりますが・・・」
「・・・し、仕方ねーじゃん・・・」
渋々ではありましたが、その条件でも加奈子さんの気持ちは変わらないようでした。本当に京介さんは女垂らしなんですよね、全く・・・
「俺はあやせにも、黒猫にも男の責任を・・・最低でも責任は果たしたい。そのために沙織と結婚することも厭わないし、それでも加奈子が俺でいい、って言ってくれんなら、俺には断る理由はない・・・」
京介さんは深刻な表情で全員を見渡す。
「はっきりいって全員の一生に関わってくる・・・だから、もう一度、考えてみてくれ」
「私はさっきも言ったように構わないわよ・・・二人が三人、三人が四人になるだけのことよ。それに・・・今の私なら、この前の絵よりももっと素晴らしい理想郷を描けるような気がするわ」
京介氏から聞いた黒猫氏の『新運命の記述・改訂版』。それにおける黒猫氏の理想の世界。そこにはあやせ氏と黒猫氏がおり、拙者の生霊でも人面猫(←黒猫
氏ぃ〜憶えていなさい)が描かれていたという。きっと今度の絵には、拙者の姿と加奈子さんの姿が加わっていることでござろう。
「あやせさんは・・・構いませんか?」
「・・・」
この時点で唯一に加奈子さんの婚姻を認めていなかった彼女は、まだ深刻な表情のまま思案顔を続けていました。
「・・・でも、桐乃にささやかな・・・復讐をするためにも、加奈子も一緒のほうが・・・」
ほうほう。これは意外な言葉が・・・
「面白そうね、それは・・・どういうものか、私にも聞かせて頂戴」
「あやせぇ〜あたしも絶対それに協力するぅ〜からぁ〜」
「・・・・」
あやせ氏から語られる、きりりん氏への復讐の内容。それはとても微笑ましいものでしたが、同時にもっとも効果的な、とてもささやかな復讐とも言えるのでしょう。
「ちょっと待ってぇぇぇ!!」
と、顔色を変えたのは京介氏。まぁ、この話の流れからして当然なのでしょうが。
「そ、それは俺が殺されかねぇぞ!? ま、まじ・・・洒落にならんわっ!」
「あらら。わたくしたちと結婚できるなら、なんでもやるって覚悟を示したくれた京介さんの言葉とは、とても思えませんね・・・」
うっとりとした表情で京介さんが以前に漏らしてくれた言葉を口にして、その場にいる女性陣の全員が微笑んだ。
「それではこれより京介さんは、近日中にわたくしたちの両親と顔合わせして頂くことになりますが・・・さすがに何も言わずに京介さんと引き合わせるのは、京介さんの負担が余りにも大きいことでしょう」
ただでさえ結婚を前提にして両親に引き合わせるのである。その上に重婚姻ともなれば、まとまる話もまとまるはずがないことでしょう。
「・・・ですから、各自でそれぞれ両親に説明して、説得させた上で引き合わせる、という流れにしましょう」
「あたしンチはダイジョーブ〜〜両親とは仲悪いしぃ、姉貴はきっと大笑いして祝福してくれそぉ〜www」
「わ、私の家も・・・たぶん、大丈夫よ・・・」
「わたしは説得させて見せます・・・」
こうして日本では稀有な、四人の花嫁候補が結束しましたの〜♪
ある者は多忙な両親に頭を下げて懇願し、ある者は悪鬼の如くに恫喝し、ある者はさらりと許しを得て、そして、わたくしは・・・
煌びやかなドレスを翻し、手にするはこの前通販で購入した、PGMウルティマラティオ・ヘカートII・・・某アニメでも活躍した全長1380ミリ、重量13.8キロ、50口径の対物狙撃中『アンチマテリアル・スナイパーライフル』のモデルガン。
目指す標的は悠長にサロンで応客中ですの。
その標的まで素早く駆け寄り、わたくしはエイムしました。黒光りする銃口から標的の額まで、僅かに2センチ。この距離で外すことはありませんわ。
「さ、・・・」
「お父様。一つ、沙織にお願いがありますの・・・」
思わずトリガーにかける指にも力が入りました。
「聞いて頂けます〜♪」
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