第五話【 誤解 】


 日曜日の夕方ということもあって、普段よりも駅前は日帰り客や行楽客で混雑しており、そこにたくさんの子供たちが修学旅行のお土産に何を買おうとかで、騒がしいばかりの喧騒に拍車をかけている。
 そんな喧騒を掻き分けて、俺と桜は手を繋ぎながら歩いていた。本来ならば大きな荷物(二泊三日分の着替えや、桜が舞で着用した衣装など)で俺の両手は塞がっていたはずなのだが、桜も自分の荷物だけでも持つよ、と言い出し、お互い空いた手を握り合っているのが現状であった。
「修学旅行か・・・」
 俺らと・・・正確には桜と、さほど変わらない年齢の少年少女たちを見て、俺とふと気になったことを口走る。
「そういえば、桜は何処に行ったんだ?」
「ん? 修学旅行?」
「ああ。俺、東北の方は余り詳しくないからさ・・・」
 ちなみに俺の世代の東洋学園初等部における修学旅行は・・・京都・奈良であった。何で修学旅行が県内なのか、よく解らんが・・・(涙)
「私は会津若松だったよ?」
 それを羨ましく思えてしまうのは、俺が恐らく京都生まれであるからだけではないだろう。
「今でも若松城とか、白虎隊で有名だよな。羨まし過ぎるぞぉ・・・」
「光ちゃん・・・」
「それに俺も桜と一緒に修学旅行に・・・」
 行きたかった、と言おうとして・・・今まで、桜から東北のことを聞いていなかったような気がする。特に現在では、東洋学園において学園随一の人気の高さである。当然、一人や二人ぐらいは・・・
「そのさ、今まで聞いてなかったけど・・・京都に来る前にさ・・・誰かに告白とかされなかったのか?」
「えっ? えっと・・・」
 途端に言葉に詰まる桜の様子に、俺は絶対的な確信をして手厳しく追求することにした。なんとなくではあるが、今ここで聞いておかなければ、絶対に今夜は気になって、眠れなくなる・・・そんな気がするのだ。
「剣士命令だ。答えなさい」
「もぉ〜・・・」
 と、俺の伝家宝刀(少なくとも桜には効果てきめん)を抜き、穂積伶人という、俺よりも一つ年少の見習い剣士の存在を聞き出すことに成功した。十三歳にして見習い剣士・・・俺と余り変わらない時期に昇格しているだけに、その実力もなかなかのものであろう。
「クールで冷静沈着。それでいて女生徒にモテモテ、と・・・いけ好かない野郎だな」
 俺的には、その(聞いた限りでは、お互いに刺激し合える、良い意味での)好敵手である、桜の腹違いの兄の中川佑樹を支持する。
 ただこちらも琴葉という、桜と並び称されるほどの絶世の美少女巫女を得ていながら、伶人という奴と人気を二分している、ということだが・・・
 はぁ〜。
 何で俺も、桜の居る東北の退魔師家で生まれなかったのだろうか・・・

「それで、その穂積って奴とは、どんな感じだったの?」
 もし他の女生徒だけでなく桜までも、その穂積とやらに惚れていた・・・好感を抱いていたとしたら、正直、やるせない気分になっていたことに違いない。
 俺は桜の過去に嫉妬しているんだな・・・
「べ、別に好き、とか言われたわけじゃないし・・・そもそも私、伶人先輩とは、あんまり会話したこともないんだよ?」
「へぇ〜〜」
 俺は明らかに疑うようにして、目を細めて桜を見据えた。
「ほ、本当、なんだからぁ!!」

 その桜の言葉に偽りはなかった。
 そもそも桜の生家である中川家は、十二師家(全国でも十二家に数えられる、退魔師家でも名門)の南部家に所属しており、同じ南部家でも、どちらかといえば瑞穂家(琴葉の生家)と懇意な関係にあった。
 まぁ、桜の腹違いの兄、中川佑樹が瑞穂家に婿入りが決まっているぐらいだしな。
 そしてその瑞穂家と穂積家の間には、古くからの因縁があるらしく、自然と中川家も穂積家とは疎遠となっていったのは、当然の流れであっただろう。

「それに、私だってね・・・光ちゃんと一緒に金閣寺とか銀閣寺とか見たかったし、私のクラスにだって光ちゃんのことを・・・それを聞かされるたびに、不安になったり、光ちゃんの巫女、というだけで申し訳なく思ったり・・・これも光ちゃんが・・・」
 相当溜め込んでいたみたいだな・・・
 普段から大人しく控えめな性格だったそれだけに、その反動なのであろう。普段の桜と同一人物とは思えないほどにまくし立ててくる。ただ意外だったのは、俺が思っていたよりももっと早い時期から、桜に想われていた、という事実だった。
 こんなことなら、もっと早く告白しておくべきだったよな、俺。
 もし、もっと早く・・・桜に告白をして恋人になれていたとしたら、桜もこれほどまでに溜め込むことはなかったことだろう。何よりこれまでの土曜日や日曜日。デートと称して、色んなところに連れて行くこともできたはずだったんだ。


 後に俺は・・・残された桜の日記を見て、このことを生涯に渡って後悔することになる。だが・・・この時の俺は、そんな深刻なまでに移り変わっていく状況にも気付かずに、俺の巫女である桜との日常が永遠に続いていく、と思っていた。
 そう・・・思っていたんだ。


 桜は晩御飯の買い出しがあるということで、俺は桜の荷物を受け取り、烏丸高辻の交差点で別れて帰路に着く。およそ三日振りの帰宅である。
「ふぅ〜・・・やっと着いたぁ・・・」
 さすがに疲れたな・・・
 もはや見慣れた水無月家の外門に辿り着いたとき、傍に桜が居ないということもあって、つい本音が漏れてしまった。普段から鍛えていることもあり、体力的な疲労はそれほどでもなかったが、やはり初めてとなる『降臨儀式』に参列が許され、緊張していたのであろう。
 ただ確かに精神的な疲労は感じていたが、気力だけは充実していた。少なくとも・・・もう二日前になる金曜日の、登校した時の俺に比べれば・・・
「・・・」
 すれ違う門下生たちと会釈を交わして、俺はその場に足を止めた。
 そうだよなぁ。俺は二日前、こんなところで桜を抱こうと・・・性交を強いろうとしたんだよなぁ。
 もしも仮に、あの時・・・あのままの勢いに任せて桜を犯してしまっていたとしたら、桜には当然に巫女能力を失わせてしまっていたことだろう。勿論、その後は、その責任を取るつもりではいた。
 勿論、一般的な意味での・・・
「責任か・・・」
 桜の巫女としての素質。真摯なまでの姿勢。そしてひたむきなまでの努力に対して、何と・・・まぁ、軽い言葉であろうか。
 桜は一度も『降臨儀式』を行うこともできず、退魔巫女にもなれず。一時の俺の欲情によって、その全てを奪い去られてしまうところであったのだ。
 そんな桜に対して、俺はどう責任を取ってあげられるというのであろうか?
 婚約? 指輪? 結婚?
 桜を一生幸せにする?
 桜の巫女としての人生を奪った、この自分が、か?
「無理だ・・・」
 どんな言葉で飾ろうとも、そんなことで自分の罪は償えない。

 俺は後一歩で、とてつもなく恐ろしい現実を桜に強いていたのだと自覚せずには居られなかった。

「おぅ、光一。戻って来おったか・・・」
 暫しの間、そこに立ち尽くしていると、別邸を住居としている爺ちゃんが通りかかるところであった。
「ただいま、爺ちゃん」
「それでどうであった。高山家の降臨儀式を見学してきた感想は・・・」
「それはもう、大盛況でさ・・・俺もさ、感動して・・・」
 今、静馬さんたちの『降臨儀式』を思い出すだけでも、俺は胸の高鳴りを、あの興奮を思い出させずには居られなかった。まさに一日がかりのお祭りと言っても差し支えないだろう。
「俺も、早く降臨儀式を行いたいよ・・・」
 勿論、桜と・・・
 その桜以外の巫女と『降臨儀式』を迎えたい、とも思わないほどに。
「そうじゃろうぉ、そうじゃろうぉ・・・まぁ、こんなところで立ち話もなんじゃ。色々と報告を受けなければなるまい」
「それじゃ、一端荷物を置いてくるよ」
 俺は住居である本邸の玄関を開け、およそ三日ぶりの帰宅を果たすと、そのまま荷物を置いてから爺ちゃんの後を追いかける。そして今一度、さっきの場所を見下ろして立ち止まった。

 あの時とはもう状況は違う・・・桜はもう俺の巫女であるだけじゃない。俺の恋人となり、今では婚約(心の中では既に妻に)した間柄でもある。

 そうだ、今まだ焦る必要はないさ。
 焦る必要は・・・



「今日は何を作ろうかな・・・」
 今晩の晩御飯の献立を考えるのも、私にとって一日の楽しみの一つである。特に光ちゃんは食いしん坊の腹ペコ大王であり、好き嫌いがないということも作る側にしたら、楽しみの十分なスパイスとなっているのだろう。
「おいしょ、よいしょ・・・」
 ただ・・・コンビニやスーパーの棚と違って、デパートの棚は嫌いだった。特にその最上段は、背の低い私への嫌がらせにしか思えてならない。しかも周囲には踏み台もなく、ただ一人でピョコピョコ跳ねているのは、滑稽でしかなかったことだろう。
「えっ?」
 そんな私の背後からスッと、太い腕が伸びていく。それは光ちゃんの倍・・・いや三倍はあろうかという、大きな大人の腕だった。
「これか?」
 私はコクコクと頷き、その大きな人から商品を受け取る。
「あ、ありがとうございます」
 と、お礼を言うのと同時に、相手の人物が退魔剣士であることを私は理解せずには居られなかった。
 ただ、剣士の方にしては、その霊力の強さが・・・

 退魔剣士といっても、その霊力の高さは人それぞれである。私の今思い浮かんだ退魔剣士の中では、光ちゃんがB評価と、なかなかに優秀な剣士です。
 雅哉兄さんがD、佑ちゃん(腹違いの次兄)もD。雫さんの退魔剣士である静馬さんでさえC評価であり、光ちゃんに匹敵する霊力の持ち主(剣士)は、(あくまでも私の知る限りでは)穂積先輩ぐらいであろう。
 だが、目の前の退魔剣士は・・・S!!
 およそ巫女クラスに匹敵する霊力の高さである。

「貴様の剣士はどうした・・・?」
 こ、光ちゃんの知り合いなのかな?
「光ちゃんなら荷物があったので、先に帰っています」
「・・・そうか」
 その退魔剣士は淡々として呟いていたが、私は何故かホッ、としていた。本当に何故だか解らない。でも・・・この人と光ちゃんを会わせてはダメ。そんな気がしてしまうのである。
「この街からは高い魔力の波動を感じる・・・貴様も巫女であるのなら、剣士から離れないほうが身のためだ」
 魔力・・・それは霊力を操る退魔師にとっては対極に位置する力であり、主に魔族や妖魔などが用いる力である。
 つまり、この退魔剣士は・・・この京都に魔族、もしくは妖魔が復活していることを示唆していた。
 その忠告と同時に、一通の手紙が私に差し出される。
「水無月光一に渡せ」
「あ、はい・・・」
 受け取った手紙に差出人の名前はなく、宛先となる光ちゃんの名前は力強く達筆である。恐らくはこの人の直筆であろう。
「あ、あの貴方様の・・・あ、あれ?」
 名前を訪ねようとして私が顔を上げた時には、その退魔剣士の姿は目の前になく、歩幅が大きいからであろう、既に私の視界からもその背中が小さくなっていた。
「・・・あ、あれ・・・」
 その背中が見えなくなって、私は自分が震えていたことにようやく気がついた。
 別に威圧されたというわけでもないのに・・・
 ただ日本人離れした高い背丈も、がっちりとした筋肉だけによって包まれ、無造作に伸ばされた長い髪から覗けた眼光は鋭く・・・ただならぬ雰囲気を醸し出していた。
 これまでに様々な退魔剣士を見てきたはずの私であったが、あの人物ほどに異様だった剣士は、およそ初めてのことであった。


「えっ・・・」
 買い物を終えて、水無月家に戻る途中・・・私の使役する精霊たちが揃って警告を鳴らした。
「・・・?」
 ま、間違いない・・・み、見られている、よね?
 そこで私は、あの剣士の言っていた言葉・・・「魔」の存在を感知する。その姿が見えるわけでも、どれだけの数かも定かではなかったが、明らかに水無月家が監視されているのは確かなようであった。
 な、なんで水無月家が・・・?
 現在、水無月家には退魔師家に関わらずに退魔師はなく、退魔師結社からもそして恐らく、魔族(妖魔)からも、取るに足らない存在であっただろう。
『貴様も巫女であるのなら、剣士から離れないほうが身のためだ』
 あの退魔剣士の忠告が私の脳裏に蘇る。
 こ、光ちゃん・・・
 初めての『魔』という存在に震えが止まらなかった。
 父様から話には聞いていたけど・・・これほどまでに禍々しい、歪な存在であったなんて・・・聞かされるのと、実際に感じるのとでは全くの別物であると思い知らされる。
 こ、光ちゃんは・・・無事、だよね?
 私は慌てて水無月家の結界内に入り、荒れた息を整えるよりも早く、霊線だけを頼りに自らの剣士を・・・愛しい人の姿を探し求めていく。あの退魔剣士の忠告もあって、今は特に光ちゃんの傍に居ないと不安であった。



 俺は爺ちゃんこと水無月家の当主兼長老に、高山家での『降臨儀式』における全ての出来事を包み隠さずに話した。処女郭の色が刻々と変わり、静馬さんと雫さんが結ばれたこと。桜の素晴らしかった舞。その桜に誰からも奪われまいとして、先駆けて求婚したことなど。
 高山家の『降臨儀式』で・・・処女郭の灯す色によって、その巫女の状態を表している。それだけに俺は興奮もしたし、結ばれていく二人の儀式に感動もしたのだ。
 だからだろう・・・
 俺は別邸での報告を終えて、本邸に戻ると水無月家の処女郭に足を向けていた。俺が生まれて間もなく、水無月家の退魔師が全滅となり、それ以来、ここは一度として使われたことがなかった。

 処女郭の広さはだいたい、世間一般的な居間の広さとそう変わらない。今は灯が入っていないため、ただ薄暗いだけの一室ではあったが、『降臨儀式』やその他の儀式においては、退魔師家が管理する霊脈の力によって、灯りが灯されることなる。また灯りの色合いや映し出す壁面も、結界によって様々で、『降臨儀式』のように巫女の状態に応じて変わるものもあれば、剣士や巫女の結合部だけをクローズアップする、グロテスクな儀式(結界)もあるらしい。

 また本堂の方角には上座となる一席があり、『降臨儀式』においては、退魔剣士はその上座から処女郭に入室する。剣士と巫女の関係が主従とされる由縁でもあろう。
「これが・・・退魔剣士に許される、その光景か・・・」
 その目下となる下段には、少し大きめの・・・真っ白な寝台が設けられ、巫女はこの寝台の上で剣士を迎え入れることになるのだ。
 高山家の雫さんが、静馬さんを迎え入れたように・・・

 俺は昨夜、桜から聞かされた処女郭の・・・『降臨儀式』が終焉したばかりの処女郭における感想を呟く。
「熱くて・・・真っ赤な世界か・・・」
 静馬さんと結ばれた雫さんは、真っ赤に染まった寝台の上で感涙していたのだという。日常では性交は無論のこと、性的な接触さえも厳禁とされる巫女の宿命なそれだけに、その気持ちは男の剣士である俺でさえ理解できなくはない。
「・・・」
 俺もいつか、ここできっと桜を・・・
 だが、その俺たちが『降臨儀式』を行えるまでには、後四年の歳月が(近衛家の当主に頼めば、特例を認めて貰えるということだが・・・)かかる。桜の十六歳を待たなければならないのだ。
「・・・」
 それまで、耐えられるかな・・・俺。

『こ、光ちゃん・・・!』

「さ、桜!!?」
 俺は弾かれたように顔を上げた。桜とつながる霊線が彼女の不安と困惑を伝えてきたのだ。
 俺は即座に踵を返すと処女郭から駆け出し、拝堂に降り立とうとしたところで、不安を一杯に溜め込んだような表情の桜と遭遇する。
「こ、光ちゃん・・・ここに、居た・・・」
「桜!?」
「よ、良かった・・・」
 俺は震える小柄な身体を正面から受け止めた。俺の胸の中で安堵する美少女の身に何が起きたのか、と、戸惑わずには居られなかった。
「ぶ、無事か・・・?」
「う、うん・・・」
 だが、桜のこの怯え方は尋常ではない。
 俺は小柄な身体を優しく抱き締めて、とにかく桜が落ち着くのを待った。
「こ、光ちゃん・・・急にごめんね・・・」
「い、いや・・・」
 桜のような美少女に抱きつかれて嬉しくないはずがない。カップルが遊園地に行った際に、お化け屋敷に入る野郎の気持ちにも似ていただろう。
 そんな不謹慎な考えが頭を過ぎったが、こんなことでも考えていないと、場所が場所なだけに・・・このまま桜を処女郭まで連れて行き、寝台に押し倒してしまいたくなる。
「・・・」
 尚も潤んだ瞳に不安そうな表情を浮かべて俺を見上げてくると、自然と俺の腕は小柄な身体を強く抱き寄せ・・・
 い、いかんだろう・・・俺。
 さっき、後悔したばかりじゃないか・・・
「さ、桜・・・そ、その・・・」
「・・・」
 桜もその瞳を伏せて、懸命につま先を伸ばして・・・どちらからというわけでもなく、俺は霊線をつなげたお披露目の儀以来となろう、桜の唇を奪ってしまっていた。
 ただ唇と唇を触れ合わせる、児戯にも似た口づけ・・・だが、それだけでも桜の霊力は著しく消耗されていることであろう。なのに、俺の舌先が桜の唇に触れると、彼女は無抵抗なまま俺の舌を口内に受け入れていく。
 これで・・・これで、桜の不安が少しでも和らぐのなら・・・


「それで何かあったのか?」
「・・・う、うん。実はね・・・」
 そこで俺は、この水無月家周辺から魔の力・・・恐らくは使い魔であろう、その存在を知り得たのだった。
 俺たち剣士が気付かなくても、剣士より霊力に優れた巫女が魔の力に敏感であるのは当然のことであった。
 まして桜の霊力は・・・
 桜は常に同郷の琴葉、綾香という巫女と比較する。確かにその二人は、退魔巫女となった雫さんでさえ認める優秀な巫女たちであろう。また桜自身、下を見るのではなく、上を見続ける姿勢は素晴らしいことだとは思う。それが桜本人をより成長させた秘訣ではなかっただろうか。
 ただ俺が疑問に思ったのは・・・一つ年長の二人が桜よりも優秀なのは、仕方のないことであった。では、二人が桜の年齢・・・十二歳のころと比較したら、どうであっただろう?
 その俺の推測が正しかったことを、雫さんは無言のままに頷くのであった。
 だが、如何に巫女として優秀である桜とはいえ、まだ十二歳の少女でしかなく、彼女が初めてとなろう『魔』の存在に不安を抱き、酷く怯えたとしても不思議ではない。
「桜・・・」
 俺は一段と力強く、小柄な身体を抱き締めた。
「大丈夫だ・・・俺がいる」
「こ、光ちゃん・・・」
「君は、俺が護る・・・」
 俺は優しく微笑み、桜もようやく安堵してか、ゆっくりと頷く。
 桜を護る。それは桜を巫女として迎える際、亡き両親と姉の前で、自らが手にする『聖剣』に誓ったのだ。
「魔族か・・・」
 監視するそれが使い魔、となると・・・恐らくは妖魔ではあるまい。
「しかし、良く気がついたな・・・」
「それは・・・退魔剣士の人が、ね。忠告してくれて・・・」
「退魔剣士?」
 だ、誰だ・・・
 俺は記憶の中から、桜の語る人物像を探し当ててみたが、該当する退魔剣士は皆無であった。勿論、俺が全国の退魔剣士を知っているはずもなく、ただの通りすがりの退魔剣士かもしれないだろう。
 だが・・・
「俺に?」
「うん。その人が光ちゃんに、って・・・」
 桜はスカートのポケットから一枚の手紙を取り出し、俺に差し出してきた。そこには確かに『水無月光一』と宛名されており、少なくとも向こうは俺の存在を知っているのであろう。
 しかもそこに差出人の名前はなく・・・・



 お、思わず・・・光ちゃんにキスを強請っちゃった。
「はわわ・・・」
 私は自室に戻るなり、自分のとったそんな大胆な行動に、今更ながら赤面せずには居られなかった。今でも心臓の鼓動が高鳴り続けている。はしたない女の子と思われてしまったかもしれないだろう。
 でも、やはり光ちゃんに抱き締めて貰えると安心する・・・
 その光景を今一度思い浮かべて、私は再び赤面するのであった。
 とりあえず夕食の支度をする前に、入浴を済ませようとして・・・タンスの棚を開けたとき、何も入っていない状態に私は唖然とする。
 あ、あれ・・・
 その下の棚にも、干してあったはずの下着までもが無くなってしまっていることに気がついた。
 こ、光ちゃん・・・かな?
 ここ近年、鍵の発達によって押し入り強盗がめっきりと減った現在、もっとも疑わしき人物は、同棲する人物となろう。まして水無月家は結界によって護られており、部外者の侵入はまず困難なものになるとあっては・・・
「・・・」
 私は自らの胸に触れて、深い溜息を吐いた。同郷の琴葉ちゃんや綾香さん、同級生の香澄ちゃんや同学年の奈々ちゃんと比較しても、余りにも発育されていない、それは・・・私がもっとも気にしている部分である。
 水無月家に訪れた際に没収した光ちゃんのコレクションにおいても、そう。それはいずれも胸の大きい女性だけであり・・・まるで光ちゃんから『ブラするほど、桜には胸はないだろう?』と、言われてしまったような気がする。
 くすん。
 それにショーツも・・・
 でも、光ちゃんがそう望むのなら・・・仕方ない、よね・・・
「ただ荷物の中にあったものまで取らなくても・・・あれ、まだ洗濯してないから・・・汚いし・・・」
 もし光ちゃんに臭いでも嗅がれてしまったら、嫌われないだろうか・・・

 とりあえずバスタオルと寝巻きだけを手にして一階に降りると、光ちゃんはまだ居間のほうに居る様子であった。
 あ、手紙を読んでいるのかな・・・
 その内容が気にならない、と言えば嘘になるが、必要とあれば私にも教えてくれるだろう。そのまま脱衣所に行き、やはり洗濯機の中の一枚も無くなっていることを確認すると、今、身に付けている最後の一枚をそこに放り込んだ。
 正直、下着を取られてしまったことにはショックであったし、明日から下着を着用しないで登校、生活をしなければならない不安もあった。
 でも・・・
 こんな小柄で色気もない私なんかの身体・・・その下着にまで、光ちゃんは興味を示してくれた、とあっては少し複雑な心境でもある。

 入浴を終えて、さっぱりした気分で脱衣所に戻ったとき、確認する意味で洗濯機の中を覗いてみると・・・
「・・・」
 それが光ちゃんの・・・私の剣士の意思であるのなら、私はそれに従うべきであろう。特に、今はまだ何もしてあげられない身とあっては・・・



 とりあえず桜には、水無月家の結界内ならひとまず安心だと宥めて、夕食の準備の前に入浴したいという要望に頷き、俺はいつでも桜の傍に居られるように、自室ではなく居間で手紙を開封した。
 これ、なんかの挑戦状みたいなんだよなぁ・・・
 直筆な上に達筆な筆跡ということもあり、俺がそう思ってしまうのは無理からぬことであった。
 え、と・・・何々・・・

『水無月光一に告げる』
『汝の巫女が狙われている。大切に思っているのなら護ってやるが良い』
『巫女から一時も離れるな! 負けるな! 油断するな!』

 先ほどの話と重ねてみれば、この京都の街で魔族が復活を遂げ、桜の生命を狙っている・・・ということであろう。それならば、水無月家周辺に使い魔が放たれた理由とも一致する。
「魔族に・・・俺の桜が・・・」
 狙われた理由には恐らく桜の、巫女としての素質にあるのだろう。魔に属する側にとって、あの年齢であれだけの霊力を身に付けた存在は、まさに脅威でしかないはずだ。
 だが、実際にどうやって桜の身を護る?
 幸いにして明後日には終業式であり、それから一月半に渡る夏休みとなる。その夏休み中、桜には極力にして外出を控えて貰い、それでも外に出る際には必ず俺を同伴させて貰う必要があるだろう。
 魔族に狙われている、と知れば・・・桜もこの提案を受け入れてくれるはずだ。
 それとも・・・水無月家に居る間も、常に俺の目の届く場所に居させるべきだろうか?
 今、その桜は風呂場に居るんだよなぁ・・・・
 先ほどの、この腕の中で抱き締めた小柄な身体のぬくもりが思い出されて、思わず唾を飲み込んだ。また常日頃から桜の目が気になって、(自慰も含めて)禁欲していたせいもあっただろう。
 俺は足音を忍ばせて、ゆっくりと脱衣所の扉を開けていく。
 既に桜は入浴を済ませ、寝巻きに着替えようとしているところであったが、湯上りの美少女の着替え、というのも・・・これはこれでそそられるものである。
 あ、やべぇ・・・勃っちゃった。
「・・・光ちゃん!」
「!?!?」
 な、何故にバレたぁ!?
「ごっ、ごめん・・・わ、悪気はなかったんだぁ」
「み、見たいなら・・・も、もっと開けても、いいよ・・・」
「・・・と、とにかく、ごめんよぉ〜〜」
 俺は慌てて居間に駆け戻っていく。
 桜の着替えを見たくない、と言えば嘘になるが・・・それで股間を大きくしている、自分の情けない姿だけは桜に晒したくなかった。
 居間に駆け戻るなり、先ほどの手紙を読み直すことで股間の怒張を鎮めることに努める。


 何故、俺はこの時点で大きな勘違いをしていたのだろう。
 この手紙の持ち主は、俺への警告に対して、一字として『魔族』とは書いてなかったのであるから・・・それだけに魔族だけではなく、全ての可能性を警戒していれば、恐らく未然に防げた出来事もあったはずなのに・・・

 その間違いにさえ、気付いていれば・・・


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