第四話・裏【 交わされた密約 】
ここは儂が滞在する水無月家の別邸であり、本邸と比較すれば、小さい建物であったが、老人が一人で暮らすには十分に過ぎよう広さは保てている。またここまでは他の門下生たちも訪れることは少なく、刹那から弁明を聞くにはもっとも最適な場所でもあるといえよう。
「まぁ、まずは頭を上げよ・・・」
儂は自らが注いだ茶を啜って、ひたすら頭を垂れ続けている刹那に視線を向けた。まぁ、それも無理はあるまい。孫たちの留守を見計らって、その住居に侵入していた、とあっては・・・
「ふむ。では、まぁ、とりあえず・・・話は聞いておかねばなるまい」
茶器を下ろして、刹那に視線を落とす。
「刹那よ・・・あの時間、我が孫たちの住居に入って、何を行っていたのか、正直に申すが良い」
「い、言えません・・・」
刹那は何一つ弁明もせず、額を床につけた。
つまり、全面的に悪事を働いたと認めるのであろう。
「では、これは光一の巫女である、桜の下着じゃなぁ?」
今現在、この水無月家に所属する人物の中で、女性の・・・しかも明らかな少女の下着を着用している人物は、たった一人だけに限られよう。それを刹那が所持していた時点で、儂にもおおよその検討はついていたのだが。
儂から見た朝倉刹那、という若者は、まず特筆すべきところはやはりその冴え渡る剣技の技量にあっただろう。そう、剣技だけをとれば、見習いである光一をも凌ぎ、霊力の素養さえ整えば、今すぐにでも見習いに・・・いや、退魔剣士にもなれよう、まさにそれだけの逸材であった。
まぁ、その前に・・・巫女を与えてやらねばならないが・・・
また他の門下生からの信任も厚く、光一に限ってはまさに兄のようにさえ慕っているほどである。もし今回のことが露見でもしようものならば、光一は無論、この水無月家全体にも、さぞ大きな衝撃が走ることであろう。
「ふむ・・・さて、どうしたものかな?」
今、ここで刹那を警察に突き出すことは容易いことである。住居不法侵入及びに窃盗。罪状もしっかりしており、刹那本人もそれを認めているからこそ、黙秘を続けている様子である。
だが、やはり何といっても、儂にはその若さで身につけたあれほどの剣技の才能が惜しかった。今の水無月家には70名に近い門下生がおり、見習いは光一の一人だけである。しかも光一は直系・・・巫女の派遣や戦闘による指揮権などにおいては有利とされるそれも、道場の評判的にはマイナス要素にしかならない。
直系なのだから、まぁ、至極当然のことだと・・・
その点、この刹那を見習い、ないし退魔剣士に育て上げれば、他家の水無月家を見る評価は大きく変わることであろう。
儂はその刹那と比較して比重にかけることになる、一方の中川桜の姿を思い浮かべてみた。
なるほど。確かに巫女としての素質には申し分がない。いや、十二歳という年齢を鑑みれば、歴代でも恐らくは・・・中川将臣がどれほど手塩にかけて大切に育ててきたのか、桜の素朴な性格からも伺えよう。
だが、その中川家も名家とはいえ、格別に格式が高いというわけでもなく、まして十二歳とあっては、まだ降臨儀式の一つも行えないという、小娘に過ぎない存在でしかない。
少し前までなら、光一もいたく気に入ったようであったし、儂も長い目で見ていくつもりであったのだが・・・つい先日、高山家の高山静馬が退魔剣士に昇格し、様々な事情がそれを許さなくなりつつあったのだ。
先の退魔戦争・・・およそ全ての退魔師が駆り出された、この大きな戦争における勝利は、その全ての退魔師家が被った夥しいかぎりの損失の上になりたっている。この水無月家においては全ての退魔師を失ってしまうという、目も当てられない惨状であった。
それでもまだ全国各地を見渡せば、同様の退魔師家はまだ多かった。この京都に限っても水無月家の他に、高山家、荒木家などなど・・・
ただこのときの一つの誤算は、水無月家に残された巫女見習いである志穂が結社の選定により、すぐに退魔巫女に昇格できたまでは良かったが、その在任期間はおよそ数ヶ月にしか及ばなかったことだろう。
そして昨年までには次第に多くの退魔師家が盛り返し、その当時では水無月家の他には、高山家だけとなってしまった。だが、その高山家も今春に十九歳となる退魔剣士を育て上げ、すぐさま降臨儀式の申請を行うなど、着々と復興の兆しを見せ始めている。つまり、この関西では唯一に、この水無月家だけが退魔師が居ないという事態に陥ってしまった。
それだけに儂は、もはや心穏やかというわけにはいかなかった。
更に・・・儂の寿命である。
どうやら肺を煩わせてしまったようで、医者の見立てでは後一年も持つか、どうか・・・という診断であった。まぁ六十八歳まで生きてきたこの我が身である。現世に何の未練も残してはいなかったが、それでも残して逝くことになる光一のことや、水無月家の窮状だけが心残りであった。
「刹那よ・・・」
「はい・・・」
「返事をしたからには、まずは面を上げよ・・・」
この別邸に着いてから、初めて刹那は面を上げ、儂の視線を受け止めた。
「そなたの覚悟と決意を訪ねたい」
そうだ。そのまま儂の目を見よ・・・
「そなたは桜をどうしたいのじゃ?」
「そ、それは・・・」
「何故に桜の下着を所持していた?」
「・・・」
今の儂にはこの水無月家を救済できる名案が思い浮かんでいたのだが、その案を取るにしても、まずは刹那の考えと決意の硬さを確かめておかなければならなかった。
「今ここにおるのは儂だけじゃ・・・誰も聞いてはおらんし、今からこの場でのお主の発言は、儂が墓場まで持っていこうぞ?」
「・・・」
「本邸を出る際に、そなたは一体何を考えておったのじゃ?」
「し、正直に・・・申し上げます」
儂は頷き、声を出さずに微笑する。
まだ霊力が身についていない刹那には、儂の霊術である暗示から逃れられるだけの術はない。これにより後は、とくと刹那の胸のうちを聞くことができよう。
「中川桜を・・・レイプしたい、と思っておりました」
「ほぉう」
儂は思わず唇を歪ませずにはいられなかった。
光一だけではなく、まさか刹那までがそこまで、あんな小娘なんかに執着しておったとは・・・それは儂の予想外の範疇であった。
「レイプ・・・強姦じゃなぁ。それでどうする? 強姦して終わりか?」
「勿論、膣内出しして、孕ませ・・・できれば、光一から寝取るつもりでありました」
「あ、そいつは無理な相談じゃわぁ」
儂はあっさりと刹那の欲望にダメ出しを与える。
「桜にはまだ初潮が訪れておらんのだぞ・・・いくら膣内に出そうが、あの小娘が孕むものか・・・く、くくくっ」
儂は苦笑しつつも、だが、光一から寝取るという気構えは気に入っていた。実際にそう上手く寝取れるのか、どうかは刹那次第となろう。
それから刹那の計画を耳にして、いよいよ儂も決断を下すときがやってきたようであった。無論、刹那のような逸材と、子も孕めぬ小娘とでは、どちらに天秤が傾くか・・・迷うまでもなかったのだが。
まして・・・
儂は一枚の退魔師スクロールを、まだ未契約であったそれを取り出した。
退魔師スクロールとは退魔師同士によって結ばれた契約であり、ここに記された条件と内容によって締結された契約は、如何なることがあろうとも不履行不可避となる、絶対強制誓約書である。
そこには紛れもなく、光一には新たな巫女が与えられる一文があり、また見習いであっても、元老院に『降臨儀式』を容認させるという、特例までが与えられた文面であった。
儂は刹那への暗示を解き、自我を回復させてやってから、唖然とする刹那に告げた。
「良かろう。そなたに桜を抱かせてやろう・・・いや、違うな。桜のほうがお主に抱いて貰える、のであったな・・・」
儂は言葉を間違えたのではなく、正確な言葉に言い直したのである。
「ほ、本当に・・・桜を抱けるのでありますか?」
刹那は身を乗り出して、儂の投じた餌に食らいついてきた。この勢いなら、桜を寝取るためなら、何でもすることであろう。
「ただし、光一から寝取れるか、どうかまでは保証せんぞ?」
「それは解っております・・・私に抱かれることで巫女という立場から解消され、それでも光一への想いがあるというのなら、私は潔く身を引くことに致します」
儂は苦笑しつつ、頷くようにして表情を隠した。
なんという皮肉な出来事であろうか・・・刹那はまだ知らないのであろう。今の桜は光一の巫女である同時に、恋人となり・・・今、まさにこの瞬間、プロポーズをされ、事実上の妻になったという事実を・・・
まぁ、精霊を使えない刹那には、当然のことであっただろうが・・・
儂は上々の首尾に満足しつつ、刹那に二つの条件を出した。
「一つは儂の指示には絶対に従うこと・・・」
「わ、解りました。光源様は俺の師であり、桜の『聖杯』を与えてくれる恩人でもあります。どうして逆らえましょうか?」
「よろしい」
儂は刹那の言葉に頷き、二つ目の条件を提示していく。
「では二つ目の条件は、儂の死後のこと・・・残されていく光一を支えてやって欲しいのじゃ。無論、桜を寝取ったという負い目はあろう、がな」
儂はすぐさま、刹那に指示を与え、まず本邸から桜の下着を全部、回収させることにした。下着が全部盗まれた、ともあれば、桜はまず光一を疑うことになろう。
またこれが光一にも発覚すれば、その場合には、儂が刹那の泥を被るつもりでもあった。老い先短い老人の悪戯、とすれば、まぁ、白い目を向けられる程度で済まされよう。
儂にとって巫女とは、あくまでも道具に過ぎない。それは実の孫であった志穂も同様であり、光一の巫女である中川桜とて例外ではない。いや、如何にどれだけの素質があろうと、どれだけ外見が良かろうと、まだ『降臨儀式』の一つも成せぬような未熟な巫女など、道具以下の存在でしかない。
ならばせめて、桜の身体を道具として扱うしかあるまい。それこそ無駄のない有効活用であり、剣士の道具であろうとした桜にとっても、本望というべきことになろう。
「どうやら、やっと水無月家の再興が見えてきた、のぉ・・・」
儂は天井を見上げ、水無月家の輝かしい未来図を思い浮かべていく。
刹那はもうすぐ見習いとなり、すぐにでも退魔剣士となれる実力の持ち主である。それはすなわち、水無月家にも待望の退魔剣士が誕生し、かつての威厳を取り戻すことができよう。
光一も新たな巫女(しかも名門十二師家の御令嬢)を迎える手筈は整うことになり、また、これを糧にして大きく成長することができるであろう。
そうなければ、きっと儂も・・・何を思い残すこともなく、光一やその新たな美しい巫女や、刹那らに囲まれて天寿を全うできよう。
ただ一人・・・
たった一人だけの・・・
桜、という安過ぎる犠牲によって・・・
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