第一話【 聖剣への誓い 】
『ガタッ!』
整備されたアスファルトの上では快適な帰路であったが、俺の生まれ育った水無月家は人里離れた山道の途上にあり、さすがの近代的な自動車であっても勝手が悪く、その乗り心地はまさに最悪であった。
俺は退魔師家の名家・近衛邸で行われたお披露目の儀の翌日の早朝、当主の近衛一成の手配により、近衛家専属の専用車で帰路につくことになった。行きはともかく、帰りの安全は主催者側にも相応な責任が応じる、対面的な問題なのではあろう。
『ガタガタガタ・・・!』
「んっ・・・」
再び大きな揺れに小刻みな振動が続き、後部座席を同じくする美少女の寝息が静かに漏れた。昨日のお披露目の儀によって、俺だけの巫女となった中川桜である。
よほど疲れていたのであろう。肉体的にも・・・そして精神的にも。この揺れの中でも桜には起きる気配がなかった。それも無理からぬことではある。彼女はまだ十二歳という年齢でありながら、見知らぬ遠い土地に赴き、これから従うことになる剣士(俺)への不安があり、その見知らぬ男である俺と一夜を明かせねばならなかった、とあれば・・・
再び車が揺れて、彼女の小柄な身体が俺にもたれかかる・・・爽やかな香りが鼻腔につき、それだけでも俺の鼓動は激しく高鳴ってしまう。改めて桜が絶世の美少女であり、巫女の中でも格別に可愛い巫女と意識せずにはいられなかった。
本当に・・・こんな美少女が俺のような男の巫女になって、本当に良かったのだろうか?
巫女が剣士に仕えるということは、恐らく巫女にとっても一生に一度のことではあろう。唯一に例外として、剣士が巫女を残して早逝した場合があるが、剣士の死因が戦死であった場合は、恐らく巫女も護り手を失い、その戦場を脱することさえ困難となろう。また剣士の死因が病死であった場合、大抵、巫女も歳を相応に重ねており、そのまま退魔師を引退するケースが多い。
それだけに・・・
正直、桜のような絶世の美少女が俺の巫女となって嬉しくないはずがない。だが、俺の知る限りの巫女の中でもとびっきりの美少女とあっては、やはりどうしても気後れしてしまうのだ。
「んっ・・・」
小さく柔らかい唇から吐息が漏れる。
一度だけ触れたその唇なだけに・・・変に意識するな、というほうが不可能であった。
昨夜、お披露目の儀を終えた俺と桜は、接続したばかりの霊線を安定させるという名目で、一つの部屋で一夜を明かすこととなった。客室には固有結界が敷かれており、恐らく同日にお披露目の儀を終えた他の剣士と巫女たちは、今頃激しく肌を重ねて、一夜限りの契りに燃えていることであろう。
『そなたの巫女は十二歳じゃが、今宵だけは相手の年齢も、世間の目も全て、気にする必要はないぞぉ〜♪』
俺にとって主筋にも当たる近衛家の当主は、そう言って俺を焚きつけた。確かに一般的に十二歳という少女と性交をすれば、それは完全な犯罪であっただろう。だが、それはあくまでも一般的な法律の問題であって、その少女が退魔巫女であった場合には、退魔師界の法と理が優先とされる。
つまり・・・俺が今ここで、この美少女巫女を押し倒して性交を強いたとしても、誰一人として俺の行動を咎めることはできないのだ。
ただ近衛一成が俺を焚きつけた最大の理由は、この宛がわれた客室の全てにカメラが設置され、その全ての部屋で巫女の処女喪失シーンがモニターされるからではあろう。
(けっ、エロじじいがぁ・・・)
もっとも、俺にもそう言えた義理ではないが・・・近衛一成に向ける俺の冷ややかな視線には、もはや初めて拝謁が許された際の、敬っていた気持ちの欠片さえ既に残されていなかった。
「・・・」
俺に告げられた近衛の言葉、そしてあからさまなまでに並べられている布団の意味を、桜も理解はしていたのであろう。彼女は真っ赤に染めた表情を俯かせたまま、布団の上へと座り込んでいる。
今、ここで俺が桜を押し倒した、としても、桜は抵抗さえしなかったことだろう。なんとなくではあるが、彼女は恐らく「巫女は剣士に抗ってはいけない」という教育を受けてきたのではないだろうか?
もっともその考え方は古来より間違ってはいない、とされている。特に俺たちのように結社の裁定によって組むことなった剣士と巫女は、見も知らぬ男女であることが多い。そのため、どちらが主でどちらが従であるかをはっきりさせておかなければ、退魔師として致命的な欠陥を抱える恐れがあるからだ。
「・・・」
俺は無意識のまま、桜に近寄り、その小さな肩に触れる。途端に『ビクッ』と強ばる小柄な身体・・・やはり、相当な緊張と恐怖を強いられているのであろう。
「だよな・・・」
俺は一度だけ深呼吸をすると、強ばる表情の美少女に優しく微笑んだ。
今日、顔見知りで組んだ他の巫女や剣士たちとは異なり、俺と桜は初めて出逢ったばかりの関係なのである。それに俺の考え方は現在の主流になりつつある「あくまで巫女と剣士は同格である」という考えに一致している。
周りは周り、俺たちは俺たちだ。
「そう、急ぐことはないさ」
「こ、光一様・・・?」
桜は布団の上に座ったままの姿勢できょとんとする。
(あぁ〜やべぇ。無意識のまま肩に触れちまったけど、本当にこのままの勢いに任せて、押し倒してしまいたくなる)
俺は桜の、発育が開始されたばかりであろう、僅かに膨らむ胸。くびれのある腰。短い赤を基調としたスカートから覗ける生足。白くて瑞々しいばかりの白い肌に・・・その、何気ない仕草の一つ一つに・・・
『ゴクッ・・・』
相手はつい先月までランドセルを背負っていた少女である、と解っていながらも、桜には男を惑わす・・・少なくとも、俺を無意識に欲情させる凄まじい魅力だけに満たされていたのだ。
「ぅ・・・」
途端に桜はぽろぽろと涙を流した。恐らく極度の緊張を強いられたまま、俺の巫女に選ばれた、というだけの理由で同室に押し込まれたのだから、彼女の境遇からすれば当然のことであっただろう。
暫くして桜は泣き疲れたのか、「先に休みますね」と俺に囁くように告げ、荷物の鞄の中から寝間着を取り出す。
「はぁ・・・」
俺は自分の選択に、そしてその桜の立ち直りの余りの早さに、唖然とした溜息をついた。
(でも、まぁ・・・こんなもんか)
極力、着替えは覗かないように心掛けたつもりであったが、それでも脱衣と着衣する際の衣擦れの音だけはどうしようもない。そもそも退魔剣士はいずれも五感に優れており、それは見習いである俺の聴覚も例外ではないのだ。
そして、小さな衣擦れの音・・・桜の細い脚首から、するりと抜け落ちるような音が・・・(汗)
「それでは、おやすみなさい・・・」
桜は布団の上に身を横たわらせた。
寝間着は薄いピンク色の白衣のような装束で、本来なら腰に巻かれるはずの帯さえもされていなかった。
『ゴクッ・・・』
思わず、再び唾を飲み下す。俺の聞き間違いでなければ、今の桜はあの装束の一枚だけで、その下には何も穿いていないはずだ。つまり、あの装束を少しずらすだけで・・・いや、見る体勢の、視界の角度を変えるだけでも・・・
「zzz・・・」
よほど疲れていたのであろうか。既に彼女は寝付いているようで・・・今なら、桜に気付かれずにこの絶世の美少女おマンコが直に見放題とできよう。
み、見たくない、って言ったら嘘になるよな・・・
凝視していた一点に思わず手を伸ばし・・・
だが、俺はそんな自分の強烈な欲望に頭を振った。
桜は見も知らぬ俺の巫女になってくれたばかりの少女である。そんな彼女に感謝こそすれ、寝込みを襲って辱めるような行為を・・・恩を仇で返すような真似がどうしてできようか?
俺は着の身着のまま隣の布団に横たわり、自身の邪な願望を断ち切る思いで消灯する。
これは翌日になって解ったことであったが、桜はこの日、一睡もしていなかったのである。もし仮に俺がその気になって、桜の身体に覆いかぶさってきても決して抵抗はしない、という彼女なりの意思表示であったのだ。
その意味では、やはり俺も桜も、お互いのことをまだ良く理解していなかったということであろう。
そんな美少女に肩を貸して、その寝顔を覗き見ると・・・惜しいことをしたかな? と思わなくもなかったが・・・まぁ、剣士見習いである俺と、その巫女となってくれた桜には、それこそこれから長い歳月の時間を共有することになることだろう。
そうさ、焦る必要はない・・・焦る必要は・・・
『ガタッ!』
車体が跳ね上がり、断続的に揺れた。それに伴いまどろみの中にあった桜が次第に覚醒する。
「んっ・・・あ、すいません。光一様・・・」
「いや、別に気にすることはないさ」
桜の瞳に驚きが、そして表情には恥じらいが浮かんだが、今では眩しいばかりの笑顔が向けられている。昨夜、俺が蛮行に及ばなかった、ということで、どうやら彼女の信頼を勝ち取ることができたようだ。
「すいませんね、ここらでよろしいですか?」
俺は運転手の言葉に頷く。
どうせ、すぐには水無月家の本邸に長々と続く階段地獄の始まりだ。
「と、いうことだ。桜、疲れているとは思うけど・・・」
「はい、光一様。私なら大丈夫ですよ」
俺は後部座席から降りると足早に反対側に回り込んで桜の小さな手を取り、その際に昨夜から思っていたことを口にしてみる。
「そのさぁ・・・その光一様って、様付けはやめてほしいかな」
「えっ?」
「俺はそんなに偉くねぇぞ!?」
エロく、はあるかも知れないが・・・
俺は桜に向けて苦笑しつつ、運転手から俺と桜の荷物を受け取った。剣士として普段から鍛えていることもあり、この程度の重量ならなんてことはない。
「俺も桜、って既に呼び捨てにしているんだから、桜も光一、で呼び捨てにしても一向に構わないぞ?」
俺は桜から霊力の供給を受けている立場であり、有り体にいえば、没落寸前の退魔師家である水無月家に来て貰ったのだ、という負い目さえあるぐらいである。なのに、その桜が俺なんかに様付けではあべこべではないか。
「そんな・・・」
「まぁ、呼び方はおいおい考えるとして、だ。桜は、俺の家・・・水無月の家の窮状は知っている?」
「父様から・・・あ、いえ。中川の当主から、少しだけお伺いしました」
「そっか」
俺は笑いながら先に歩を進め、桜は礼儀正しく運転手に一礼してから、俺の後についてくる。さすが巫女見習いとして育てられてきただけのことはあり、十二歳の少女とはいえ、山登りの足取りはしっかりとしたものだった。
(父様と呼び、改めて自家だった当主と呼び直すか・・・)
その辺りに桜の覚悟の一端を垣間見た気がしなくもない。
だから、俺が支えて・・・剣士としても護ってやらなければ、と思う。
水無月家へ通じる長い階梯を登りつつ、大きな正門の前に立つ。昨日、俺がここを出立したときには、まさかこれほどの美少女を連れ帰ることができるとは思いもしなかったが・・・
「あ、桜、少しそこで待ってて・・・」
俺は水無月家に張り巡らされた守護結界に触れ、彼女が俺の巫女であることを、そしてこれから水無月の家で暮らすことになることを認識させる。でなければ不審侵入者としてロックされ、最悪の場合には、警告された後に守護結界から攻撃されかねない。
「もう大丈夫・・・」
そこで正門の扉が開き、門下生の幼馴染であり、親友であり、そして悪友でもある男と鉢合わせする。
「よう、光一! 可愛い巫女さん、貰えてきたか?」
「なんだ、裕二か」
俺は一息入れて、桜を紹介しようとする。
「彼女が俺の巫女になってく・・・ぐへぇ!!」
本当に首の骨が折れたのでは? と思うほどの衝撃が俺を襲う。
『おい! ちょっと待てぇ!!』
尚も裕二は俺の首を締め付ける。
ま、まじ・・・このヘッドロックは・・・く、苦しい・・・!
この軽薄そうで暑苦しい男の名前は荒川裕二。この近所に住む富豪の道楽息子で、退魔剣士を目指す水無月家の門下生でもある。もっとも可愛い巫女が欲しい、という不順な動機のせいか、剣の腕も霊力もまだまだではあるが。
『こ、こんな可愛い子が・・・お前の巫女さんだとぉぉ!?』
(パン、パン!)い、息が・・・ま、まじぃ、首に決まっとるからぁ!
『お、俺が今まで見たことある巫女さんの中でも・・・一番やないかい!』
・・・そ、それは同感する。だ、だから・・・
『それが・・・お前だけの巫女さんだと・・・そないなこと、皆が許しても俺が許さへんでぇぇ』
「あ、あの。光一様の巫女となります、中川桜、と申します」
「ほわぁ〜。桜ちゃんかぁ〜、ええ名前やぁ〜」
途端に裕二は俺を解放し、桜の方へと振り向く。
(さ、桜、サンキュー・・・)
俺は荒々しく、そして大きく息を吸って、改めて生きていることの素晴らしさを実感する。
「俺はこいつの親友で、荒川裕二や。よろしくなぁ」
・・・その親友とやらに危うく絞め殺されるところであったがなぁ。
裕二は手を差し出し、桜は驚きながらも応手する。
(あいつ、今日は絶対に手を洗わないな・・・)
再び、裕二は俺の方に振り返り・・・
「学食、一年間や。お前のおごり。それで許したるわ・・・」
「な、なんで俺が・・・お前に奢らなきゃならんのよ」
「あのなぁ。これからお前は、この桜ちゃんと一緒に暮らすやんかぁ。そんぐらい俺に施しても絶対に罰は当たらんぞぉ?」
うっ。凄い論法だが、思わず納得できそうで怖い。が、確かに裕二が語ったように、これから桜のような美少女と同棲することになる。しかも唯一の身内である爺ちゃん、水無月光源も離れにある別邸とあっては・・・
結局、俺は裕二の論法の前に白旗を上げ、学園の学食売上に一年間、貢献することが決まってしまったのだった。
俺と桜が住むことになる水無月家の本邸の前には二つの道場があり、その二つ目の道場に、朝倉刹那が他の門下生と一戦を交えていた。
「あの方・・・」
俺は頷いた。
「うん。強いよ・・・」
あの長身から繰り出される斬撃は鋭く、剣の腕だけをとれば、その技量は見習いである俺の上をもいくかもしれない。これまでの対戦成績においても、俺の白星を数えたほうが早いぐらいである。
「刹那さんは、あと・・・霊力だけなんだよ・・・」
そう、門下生にとって一番の最大な難関は、霊力を身につける・・・精霊の存在を感じ取り、力を借りられるようになることであろう。こればかりは言葉だけでは説明しづらく・・・結局、理解することもできず、数多の門下生たちが見習いとなる前に脱落していってしまう。それが常であった。
「おっ、光一か。お帰り・・・」
「刹那さん、ただいま」
俺は頭を下げて、桜に紹介する。
朝倉刹那。地元の府大に通う大学生だが、その若さで70人に及ぶ門下生からも慕われる剣豪でもある。そして幼少の頃から水無月家の道場に通い、俺とはその頃からの付き合いで、まさに俺にとっては兄貴分的な存在であった。
「中川桜、と申します。よろしくお願いします」
「よろしくな、桜ちゃん」
タオルで汗を拭い、爽やかな笑顔を見せる。
「何か困ったことがあったら、俺に・・・じゃなくて、光一の奴にじゃんじゃん言ってあげて」
「ありがとうございます」
俺は苦笑しつつ、道場にいる他の門下生たちにも挨拶を交わし、俺の巫女となってくれた桜を紹介する。どの門下生も彼女を前にすると顔を真っ赤に赤らめ、早くも桜は水無月家の面々と打ち解けることができたようだった。
「さて、住居となる本邸が目の前だけど・・・」
桜と二人で住むには明らかに大きな屋敷ではあるが、退魔師家にとって必須の本堂、中庭、中庭の上空に吊るされた初夜郭、本道場などが備わっている。
「早くあの場所で、桜と・・・降臨儀式を迎えたいな・・・」
と、初夜郭と呼ばれる一室を見据えると、つい本音が洩れて、桜を赤らめさせてしまったが・・・
「そ、その・・・私も・・・」
かすかな、聞き逃しそうな小さな返答に俺は思わず振り返ってしまった。すると途端に真っ赤に熟して俯く、桜。その何気ない仕草を一つとっても、とても愛しくて・・・
思わず抱きしめてしまいたくなり・・・手を桜の背中に回そうとしたその矢先のことであった。
「フォフォフォ・・・降臨儀式かぁ・・・」
「じ、爺ちゃん!?」
俺は飛び上がって、桜との場所から緊急脱出する。
俺よりも背が低くなってしまった爺ちゃんこと、水無月光源は、今年で六十八歳になる老人である。だが、かつては名の馳せた退魔剣士の一人であり、こと短期決戦だけに限定すれば、俺は無論、刹那さんでも圧倒する実力を今でも備えている。
「若いもぉんが夢を持って、そりゃ、いいことじゃてぇ・・・」
その言葉に俺は無論、桜も真っ赤になってしまって反論することもできない。
降臨儀式とは、退魔巫女が新たな巫女を出産することができる儀式であり、その降臨儀式の間だけ、退魔剣士は現役の退魔巫女と性交を・・・セックスをすることが許されるのである。
「あ、挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。今度、光一様の巫女となれました、中川桜、と申します」
「ふぉふぉ、いやいや・・・こちらこそ遠路ようこそじゃあ。光一のやつは、もうマせたエロガキで、巫女殿には大変申し訳ないが、ここは一つ。こやつの面倒を見てやってほしい、と、こちらからお願いするところじゃわぁ」
俺は桜の手前、爺ちゃんのそんな物言いに憤慨し、明らかに反論する構えを見せた。
ほぉう、と爺ちゃんの目に光が迸った。
「では、本棚の七段目にあるその裏側。参考書のカバーがかけられた机の上にある書籍。ベッドの下に隠してあるモノ・・・全部、燃やすぞぉい?」
「!!!!」
「一昨日は確か、巫女少女を舐め舐め嬲るとかいう、タイトルの動画で・・・モグモグ・・・」
俺は慌てて爺ちゃんの口を手で封じたが、既に後の祭りのようであった。
「・・・」
うっ。
背中にとても冷たいものが流れ、その視線がとても怖くて、もはや振り返ることなどできそうになかった。
「まぁ。孫を許してやってくれ。こやつには物心つく以前から剣を握らせ、剣士となる道だけを強いてしまった、その反動なのじゃろぉうって。確かにスケベではあるが、根は真っ直ぐで優しい孫なんじゃよ」
「い、いえ。こちらこそ、改めてよろしくお願いします」
こうして爺ちゃんの取りなしで桜との関係は修復できたわけであったが、完全に俺がムッツリであることが露見してしまったわけである。もう、間違っても爺ちゃんには逆らってはいけない・・・
俺は改めて桜と本邸に赴いて屋敷の中を案内した。無論、俺の部屋も案内することになり、当然の如く爺ちゃんが指摘した数々のコレクションたちは、桜の手に没収されることで落ち着いていた。
とりあえず早めの夕食となり、桜がその食事係を引き受けてくれた。
俺はその間、屋敷の中心となる居間で待つことになり、仏壇を開けて伏せてあった写真立てをそれぞれ立ち上げていく。
「それは・・・?」
「ああ。俺の両親、そして俺の姉さんだよ・・・」
水無月家の退魔師が全滅した先の大戦・・・それは全国各地で繰り広げられた、まさに退魔師にとって負けられない激闘の日々であった。特に魔王(当時はそう呼ばれていた存在)が最前線にあったという、東北地方がもっとも激しい激戦地とされており、桜の父親である中川将臣も己の片腕と従えた退魔巫女(桜の母親)を失うという傷跡が刻まれたのであった。
「お姉さんまで亡くなられていたのですか?」
俺は頷くことができなかった。
写真にあるその姿は、まだ桜とそう変わらない年頃の少女であり、何も知らない彼女が疑問に思うのも無理はない。俺の姉・・・腹違いの姉ではあるが、水無月志穂は十二歳という若さの退魔巫女見習いのまま、とある退魔剣士に仕え・・・初陣を迎えてしまったのである。何故なら・・・その退魔剣士が迎える巫女は、俺の姉で三人目だったのだ。
「・・・」
戦地で回収された姉の遺体には、明らかに剣士から性的な暴行を受けたであろう傷跡が痛々しくも残っており・・・
確かに剣士には巫女の身体を『聖杯』と称して、その身体を自由にする権利が認められている。それは退魔師結社が定めた掟であり、だからこそ桜も、昨夜は見も知らぬ俺なんかのために、身体を委ねなければならなかったのだ。
だから俺にも、その剣士の行いそれ自体を咎めることは許されない。
だが・・・
俺が許せないのは、結界内ならともかく・・・何故その剣士は、姉の想いを踏みにじってまで、結界外でそのような所業を行った、その軽薄さと軽率さであろう。
「父さん、母さん・・・そして、姉さん」
俺は写真を一心に見据えたまま、隣に立つ桜を紹介する。
「彼女が・・・俺の巫女だよ」
「あ、桜と・・・」
「桜・・・」
「は、はい」
名を呼ばれた彼女は、戦死した姉とそう変わらない、あどけない表情を俺に向けた。俺は姿勢をそのままに目を瞑り、胸の前で構えた両手に意識を集中する。そして精霊たちの力を借りて、自らの武器を具現化する。
「こ、黄金色の剣・・・!?」
門下生が最後に難関とするのは、霊力を感じ、それを身につけることにある。そして見習いが最も困難とする、と言われているのが、本来ならば・・・この武器具現化であった。
この具現化に初めて成功したとき、爺ちゃんはこの長剣に『聖剣』との銘を与えてくれた。その爺ちゃんの鑑定眼は正しく、後日に剣士見習いとして結社に登録される際、結社自身がこれを『聖剣』と断定しているのだ。
あの伝説の騎士王だけに許されたという、エクスカリバー・・・と。
俺はこの『聖剣』の柄をゆっくりと見据えた。
だから、俺はこの剣に誓おう・・・
・・・桜。君だけは俺が命ある限り、絶対に護ってみせる・・・と。
桜との同棲生活が始まり、俺は彼女の完璧な外見だけではなく、何をさせても優秀といえる桜の存在に舌を巻かずにはいられなかった。
「成績は断トツの学年トップ・・・料理は和・洋・中のジャンル問わず、プロ顔負けの腕前・・・気立てよく誰と問わず優しい人柄・・・その上に、あの可憐さ・・・」
校庭のグランドを眺めながら、裕二が気の滅入るようなことを挙げていく。
控えめな性格で大人しいものの、巫女見習いということもあって、一般レベルでは運動も決して苦手ではない。唯一、東北生まれなだけに体力的な心配が懸念され、今もこうして見守ってはいるのだが・・・
・・・それも俺のせいではある。
桜が水無月家に来てからというもの、炊事に洗濯、掃除、昼は学業をきっちりとこなし、その上に巫女修行をも欠かさない、ともあれば・・・
「そりゃ倒れるわ・・・」
「頼むから、それ以上は言わないでくれ・・・」
机に突っ伏しながら、俺は裕二の言葉に反論さえできなかった。
「ま、確かに誰でも、恋人にしたい、No.1に桜ちゃんを推すわなぁ」
「・・・」
桜が東洋学園に入学してきて、その桜フィーバーの熱狂ぶりは一ヶ月が過ぎようという今でも衰えることを知らない勢いである。自宅の郵便受けには、桜様宛と・・・あからさまなラヴレターが連日の如くに届くし、一緒に帰ろうと思ったときは、大抵、男子生徒から告白されている真最中だったりもする。
『桜は俺の巫女だぁぁぁ!』
『他のヤローは近づんじゃねぇ!』
『俺と桜は一つ屋根の下で暮らしているんだぞぉ〜!』
と、何度、叫びたかったことか・・・
一応、学園関係者だけには桜との同棲生活を通達してある。若い男女が一つ屋根の下で暮らす、ともあって、とても良い顔はされなかったが・・・退魔師という法でそう定められている以上、教師たちもそれを認めざるを得ないところであった。
一方で一般人である(荒川や一部を除く)生徒たちには、俺たちの関係を伏せておくことにした。と、いうのも・・・例年に比べて今年の入学式からして異常であり、それも当然ではあろう。美少女の巫女たちの中でも、とび抜けて絶世の美少女である彼女の存在が騒がれないはずはなく、俺はついに彼女との関係を公表できぬまま、現在を迎えてしまっていたのであった。
「ま、そのうち愛想を尽かされて・・・」
「な、何をバカなぁ(動揺中)・・・」
「でもさ、桜ちゃんがお前の巫女っていう、たったそれだけの関係じゃん」
裕二の戯言にダラダラと汗を流しながら、俺はゆっくりとそれを拒絶する。
俺と桜には常時、霊的な回線によってつながっており、一度霊線を接続してしまえばたとえ巫女自身がそう望んでも、おいそれと解除できるような容易なものではない。
つまり、俺はあのお披露目の儀によって、桜の未来の全てを受け取ったのだといっても過言ではなかった。
「ああ、俺はお前が羨ましいし・・・何より、桜ちゃんが不幸すぎる・・・」
「裕二・・・貴様、俺に恨みでもあるんかぁ?」
さっきから散々、人を嬲り者にしやがって!
「もち。それとも全校生徒にぶちまけようかぁ? お前と桜ちゃんは同棲していて、しかも家事の全般任せた結果、倒れさせちゃいましたぁ〜とさ」
いずれは知られることではあろうが、そんなことが今知れ渡ったりすれば、間違いなく俺は全校生徒の半分以上、全男子生徒からの憎悪を一手に引き受けることになるだろう。
「あいつのようにはなりたくあるめぇ?」
まるで汚物を見るような視線で、裕二は一人の男子生徒を蔑む。
「間藤のやつか・・・」
間藤圭一。俺のクラスメイトであり、恐らくこの学園で最も嫌われている、超アニオタである。どこが? と問われれば、学園の全員が全部と答えるであろう。何処の学園にも大抵一人はいるものである。
裕二はこの間藤のことを心底毛嫌いしており、それは教師を含めた校内に広く知れ渡る事実である。事あるごとに裕二が殴り、一方的に間藤が殴られ、俺が仕方なく仲裁する。こんな構図が日常化しており、そのおかげで間藤から慕われているようだが、正直、俺としても関わりたくないのが素直な気持ちだ。
「っーことで、桜ちゃんのパンチラ写真とまでは言わないから、寝間着でも、寝顔でもいい。俺に桜ちゃんの生写真を、俺だけの生写真を一枚くれ!」
「・・・お前なぁ・・・」
俺は頬杖をつきながら、独り言ちる。そもそもこいつとは、年間による学食の提供で手を打っているはずなのだが・・・
「・・・」
荒川の要望は不可能ではない。基本的に桜は、俺の行いに対して「嫌」とは絶対に言わないのである。以前、脱衣所に仕掛けておいた盗撮のカメラに桜はすぐに気づいた様子であった。だが、敢えて桜は・・・
俺は翌日、盗撮した事実を桜に打ち明けて、謝罪すると同時に告げたのだ。嫌なら嫌と言って欲しい、と・・・
それでも桜はこれまで一度たりとも「嫌」とは告げず・・・まさに忠実な巫女として俺に仕えてくれている。そのため無理をしていることも告げず、倒れるに至ってしまった。
俺はふと校庭に視線を落とした。あのクラスの中から桜を見分けるのは、もはやとても容易なことだった。それだけ俺は桜にぞっこんなのであろう。
「んっ・・・?」
霊線がそれを伝えたのか、ずっと横を向いていたはずの桜が、すぐに俺の視線に気づき、眩しいばかりの笑顔で俺の名を呼んだ。
『光(こう)ちゃん』と・・・
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