第三話【 無垢なる想い 】


『ガタンガタン、ガタンガタン』
 定期的に小刻みに揺れる電車の中で、俺と桜は学園の制服のまま丹後半島にある高山家の屋敷へと向かっていた。そこの嫡子である退魔剣士、高山静馬さん(19)と巫女の水野雫さん(18)による『降臨儀式』が明後日に催され、助産師の補充という形で、俺の巫女であった桜が選出されたのである。当然、その桜の剣士である俺にも、『降臨儀式』に立ち会うことが許され、初めて儀式を目の当たりにすることができる、ということもあって俺の気分も上々であったのだが・・・
「たく、あのおっさん・・・完全に疑いやがって・・・」
 だが、駅に着いた早々に俺たちは学園制服ということもあって、危うく補導されるところであった。慌てて退魔師結社が発行する、退魔師(見習い)証明書を提示することで解放されたが・・・とんだ場所で時間を無駄にしたものである。
「そもそも、要請メールが急過ぎるだろう」
 俺の苛立ちは尚も収まらず、さきほどまで『降臨儀式』の立ち会いを許されたことで、感謝していたはずの結社にまで八つ当たりする始末だった。
 まぁ、予定していた巫女見習いが交通事故(命に別状はなし)だったのだから、仕方がないといえば仕方のないことであったのだろうが・・・そのおかげで俺と桜は学園を早退し、本邸に戻る間も惜しんで駅に直行したほどなのだ。
 確かに『降臨儀式』は明後日の正午から開始とされるが、その前日・・・つまり明日には、巫女である雫さんは世俗から完全に隔離されることになる。
 そのため正式な挨拶を交わすためには、今夜中に高山家の屋敷に到着しておかなければならず・・・


「この高山静馬さんって、光ちゃんのお知り合いですよね?」
「うん。よく合同訓練とかで会ってたし、前回の昇格試験でも一緒で・・・」
 途端に俺は桜に申し訳なくなって口を噤んだ。何故なら、静馬さんは先の試験で見事に合格を果たし、退魔剣士になった一方、俺は自身の剣技不足によって不合格となったからである。
「・・・光ちゃん?」
「ごめんなぁ、桜。次こそは必ず、俺も受かるから・・・」
 俺は情けなく頭を下げた。
 巫女見習いが退魔巫女に昇格するには、巫女本人が、ではなく・・・あくまでも見習い剣士が昇格試験に合格する必要がある。ちなみに霊力査定においては(桜の霊力供給のおかげで)見事に基準値をクリア。学科においても桜は満点に対して、俺も及第点ギリギリを確保しているので、前回の落第点は紛れもなく俺の実力不足のせいだったといえるだろう。
 こうして考えてみると、剣士って結構大変なものである。剣士の成功如何で巫女の立場が確立されるのであるから。まして巫女が優秀ともなると、そのプレッシャーは正直、半端ないものとなろう。
「今日の昼に告白したばかりなのに、俺って情けねぇな・・・」
「そ、そんなことないからぁ!」
 つないでいた小さな手から力が暖かく伝わってくる。同乗者たちから、ちらっ、ちらっと視線を感じるのは、俺と手を握り合って隣に座っている桜が余りにも可憐であるからであろう。
「光ちゃんは今でも凄いし・・・」
 懸命に励まそうとしてくれているのであろう。
 確かに十四歳である俺が、今年中に昇格試験を合格しようものなら、それは退魔剣士史上最少年記録の更新ということにもなろう。それは俺が密かに自信とする自負でもある。
 だが・・・
 俺はちらりと隣の美少女巫女を盗み見た。
 ならば俺より二歳年少の桜はどうだ。およそ十二歳とは思えぬほどの巫女の素養を示している。彼女は常に幼馴染の琴葉ちゃんやら、綾香さんといった巫女たちと比較して謙遜をするが、俺には桜以上に可憐かつ優秀な巫女が存在するとは到底に思えなかったのだ。
 いずれ会ってみたいものだな・・・勿論、そのときは桜を連れて。
「それで静馬さんって、どんな方なの?」
「ん、そうだな・・・基本的には温和で、いつもニコニコとして・・・怒っているところを一度も見たこともないかな?」
 もっとも俺としても、それほど静馬さんに会ったことがあるわけではない。ただ俺と出会ったころの静馬さんは、俺と同じ境遇・・・退魔師が一人も居ない退魔師家の直系であり、それだけに他の門下生にはない独特の空気を身にまとっていた。
「そう・・・良かったぁ・・・」
「?」
 だが、桜は胸をなでおろすように微笑んだままで、その理由を語ることはなかった。恐らく聞けば答えてはくれるのであろうが・・・


 高山家は水無月家と同様、近衛家に属する退魔師家であり、静馬さんが退魔剣士に昇格したことにより見習い剣士はいなくなり、門下生は五十名程度と、規模だけでいえば水無月家より格下である。だが、設備に限っては水無月家にも負けない施設が整っており、何より・・・水無月家には居ない退魔師がいるということが、両家の評価を大きく分けることであろう。
 会見の場とされた部屋も古風だが、立派な一室であり、俺と桜は姿勢を正して並んで座り、退魔剣士昇格と同時に、高山家の当主の座に着いた静馬さんに頭を下げた。
「この度はおめでとうございます」
「おいおい、光一くん。君までそんなに畏まらないでくれよ」
 静馬さんは温和なまでの笑顔に知的な目元が印象的な、俺より五つ年長の十九歳になる退魔剣士である。見習い時代は俺と同じ境遇(退魔師の居ない退魔師家の直系)ともあって、合同訓練では刺激を受ける存在でもあった。また俺が静馬さんを親しみ易く感じるのは、その人柄もあるのだろうが、何より兄貴分である刹那さんと同年齢であることが挙げられるかもしれない。

 その静馬さんは笑顔を崩すこともなく、俺たちを迎え入れてくれた。そしてその静馬さんの背後に控えている女性こそが、静馬さんの退魔巫女、雫さんであろう。
「まだ光一くんにも紹介はしていなかったよね。彼女は僕の巫女の・・・」
「水野雫と申します。よろしくお願いしますね、水無月光一様」
 透き通ったような声が印象の美少女が一礼する。年齢は確か十八歳になったばかりであったと思うが、見た目はもっと若く・・・恐らく巫女の成長からして彼女は、この若さをずっと保ち続けることになるのだろう。絶世の美少女である桜と比較するのはさすがに失礼というものであろうが、それでも俺の知る巫女の中でも相当な上位であろう可憐さではあった。
「・・・そして、久しぶりだね、桜ちゃん」
「お久しぶりです、雫さん」
 桜も笑顔のまま挨拶を交わす。
 これには俺どころか、静馬さんまでも驚いたようであった。
「君たちは知り合いだったのかい?」
「ええ、同郷で一緒に修行をしました巫女仲間です。まさか、この遠い地で同郷の巫女に再び会える日がくるなんて、思いもしませんでしたけど・・・」
 あ、なるほど・・・
 俺は車内で静馬さんの人柄を訪ねられて、桜が安堵したその理由をようやくにして理解したのであった。
 と、途端に俺の腹が『グゥ〜』と空腹の鐘を鳴らす。思わず赤面してしまう俺であったが、とにかく高山家に急いでいたこともあり、夕飯を食い損ねたことが大きく響いていた。
「ふふっ。とにかく、急な呼び出しとなってすまなかったね、光一くん。今からじゃ、たいしたお持て成しもできないが・・・雫、お願いできないか?」
「はい、静馬様」
 俺は情けなくも頭を下げた。
「あ、私も手伝います」
「いや、桜さんも我が家のお客様であることに変わりは・・・」
 そこにチョンチョンと雫さんが静馬さんの肩を叩いた。
「違いますのよ・・・」
 それから耳打ちするように囁かれ、静馬さんも真面目な面持ちのまま何度も頷いていく。俺はその光景に茫然としつつ、俺の背後とあって真っ赤に顔を染めている桜の表情には、ついぞ気がつくことはなかった。



 やはり、私の夢を覚えていてくれているのであろう。
 私は雫さんと一緒に厨房に立たせて貰い、敢えて一つの膳を全て任せてくれるのは、そのせいに違いなかった。
「桜ちゃんは、あの頃から少しも変わらないのね」
「えっ?」
「やっぱり今でも、自分の剣士には、自分だけの手料理を食べて貰いたいのでしょう?」
 ボッ、と正鵠を射た言葉を前に私は赤面をせずには居られなかった。
 その夢を口にしたのは、私がまだずっと幼いころのことである。それなのに雫さんはそれを覚えていてくれたのであろう。故にここ三ヶ月、光ちゃんより早起きして朝御飯を作り続けてきていた私の理由でもある。勿論、炊事だけではなく、掃除や洗濯も巫女にとっては大切な仕事に変わりない。
「それに・・・今日は、特に・・・」
「ん?」
「・・・」
 こんなことを雫さんに相談して良いのか正直、迷ってしまった。


 私や雫さんだけに限らず、退魔師結社からの選定によって剣士に仕えることになった巫女にとって、一番の最初に覚悟しなければならないのは、その剣士の道具として扱われることであろう。
 どんなに理不尽な要求であろうと、どんなに恥ずかしい要望であろうとも、仕える剣士がそう望むのであれば、それに応じるのが巫女というものである。少なくとも私はそう思っている。
 だが、私は今日・・・光ちゃんの、仕えるべき剣士の要望を拒絶してしまったのだ。ましてこれまでに受けた恥ずかしい要望は、せいぜい脱衣所に仕掛けられたカメラぐらいで・・・それぐらいなのに、私は恐れて拒絶してしまったのである。
 巫女生命を途絶えさせることになっても、光ちゃんに純潔を捧げられるのであれば・・・私の想いは満たされる。だが、巫女でもなくなった私に何が残るのであろうか? そんな私が光ちゃんに何をしてあげられるのか・・・
 光ちゃんの道具であるべきだ、と思いつつ、光ちゃんに惹かれていく自分の想いに負けて、巫女でありながら・・・その自分の立場と役割を怠ったのであった。

 不忠と罵られ、処断されても文句は言えなかった。仮に今の水無月家に新たな巫女を呼ぶ力がなくても、私は光ちゃんの要望を拒絶してしまった、巫女あるまじき不忠な巫女なのである。
 だが、そんな私に光ちゃんは・・・巫女であることを許すばかりか、私の想いまでも汲み取ってくれたのである。道具であるべき私の想いを・・・道具には決して許されない、私なんかの想いを・・・

 私は光ちゃんの告白に号泣し、この日ほどに生まれてきて良かった、と思ったことはなかった。


「ど、どうしたの!? 桜ちゃん!!」
 い、いけない・・・それを思い出していただけで、私はぽろぽろと涙を零してしまっていた。慌てて雫さんがハンカチを渡してくれたが、一度流れてしまった涙は止めようもなく流れ・・・
 私は咽びながらも、もはや涙の説明と相談をもちかけるしかなかった。

「そう。そんなことが、今日一日にあったのね・・・」
 雫さんは嫌な顔を一つせず最後まで私の話を聞き入れて、尚も咽ぶ私を抱き留めてくれた。
「ごめんなさい、雫さん・・・こんな相談・・・」
「ううん、桜ちゃんの話を聞けて良かったわ・・・それにね、私も決して他人事ではなかったからね・・・」
 雫さんは誇らしげに左手の薬指に填められることになろう、その指輪を見せてくれた。
「私もね、静馬さんの巫女となり、そして次第に惹かれて・・・まぁ、四六時中一緒に居るんですもの・・・当然の流れなんでしょうね」
「・・・」
 私と雫さんは確かに似た境遇であったのかもしれない。同じ東北の出身であり、結社の選定で巫女に選ばれ、この京の地に赴き、次第に剣士との恋に落ちていく。そしてこの場合、私と雫さんに恵まれたのは、共に仕えることになった剣士の為人・・・光ちゃんと静馬さんの人柄であろう。
 巫女は剣士に与えられた道具であって、必ずしも恋人ないし、籍に入れなければならないという定めはない。むしろ私や雫さんの状況のほうが極めて異例なのである。
「だから桜ちゃん。退魔巫女になって降臨儀式を迎えられるまで、剣士を・・・一人の男を待たせるのは、正直、心苦しいとは思うけど・・・」
 私は頷くしかなかった。
 そう、今の私には光ちゃんのためにできることは少ないのである。ならばせめて、光ちゃんの望むことは何でも受け入れるべきであろう。
「静馬さんでも待ってくれたのですもの、桜ちゃんの光一様だって、きっと待ってくれるわよ・・・」
「・・・」
 でも待たせても、私の身体は他の巫女に比べて・・・背はかなり低いし、胸だってその・・・小さいし、とてもではないが、光ちゃんを喜ばせる要素を何一つ持ち合わせていないのが現状である。
「桜、別に俺を待たせても、全然心苦しく思う必要は全くないが・・・飯は極力急いで貰えると助かるかな?」
「こ、光ちゃん!?」
 私は真っ赤になって思わず絶句してしまう。
「雫さん、遅くなってすいません。静馬さんとのご結婚、おめでとうございます」
「まぁ、それは降臨儀式を終えてから、ですけど・・・光一様。立ち聞きはあまり良い趣味とは思えませんけど?」
「すいません、もう腹減って・・・」
 光ちゃんは苦笑しつつ、既に視線は膳の上に乗せられた料理に向けられていた。



 こうして四人分の料理が運び込まれ、雫さんはきっちり、俺だけには桜の手によって作ってくれたものを配膳してくれたようだった。
 四人による食事は、それぞれの立場が異なるにしても非常に楽しかった。そして話題はやはり、明後日の・・・それは同時に静馬さんと雫さんにとっては結婚式に他ならない、『降臨儀式』に集約されていくことになる。
「それでね、桜ちゃんに一つお願いがあるの・・・」
「はい?」
 『降臨儀式』の開場は正午からで、そしてその儀式のメインとなる『降臨儀式』そのものは、日が暮れかかった十九時ごろとなるのが常である。それまでの間、来場してきてくれた観衆や迎賓客を楽しませるために、各退魔師家ではそれぞれ色々な出し物を行うことになる。
 ある退魔師家では精霊までを用いた演劇を三部作で行ったり、ある退魔師家では武器具現化を利用して、真剣による剣舞・・・もしくは実戦を披露したりしたという。
「そこで、昨年の聖誕祭で桜ちゃんが舞った舞を、明後日の儀式の、出し物の大取りとして披露して貰えないかしら?」
 桜の・・・舞?
 そういえばお披露目の儀において、近衛家の当主がそんなことを言っていたな、と思い出す。確か東北生誕祭史上でも、もっとも盛況であったとか・・・
「東北では大好評だったらしいじゃない?」
「そ、それは、琴葉ちゃんと綾香さんが居たからで・・・」
 桜は慌てて両手をそれぞれ振った。
「確かにね、あの二人は後輩の巫女たちの中でも飛び抜けて素晴らしかったわね・・・でもね、桜ちゃん。貴女もあの二人に決して遜色しないぐらい、素晴らしい巫女なんですから、もっと自信を持ちなさい」
 それは俺も同感であった。桜の同年代で桜以上の巫女はまず存在しないことであろう。それは剣士である俺が保証するところである。そして少なくても、俺には勿体無いほどの巫女でもあるのだから、と。
「で、でも・・・」
「まぁ、桜ちゃんには・・・桜ちゃん本人に頼むより、光一様にお願いすればいいのかしら?」
「お、俺?」
 急に話を振られて、戸惑わずには居られなかった。
「ええ。光一様も桜ちゃんが昨年に舞った舞を是非見てみたい、とは思いませんか?」
 俺はちらっと桜を見る。その潤んだ瞳には、明らかなまでに断ってください、と称えているようであったが・・・俺として、その・・・やはり見てみたい、という気持ちの方が強く・・・
「衣装は私の方で用意致しますので、光一様。如何でしょうか?」
「それは是非、俺も見ておきたいとは思いますけど・・・」
 桜から恨めしい目が俺に向けられる。
「では、決まりよね・・・桜ちゃん?」
「もう・・・光ちゃんの・・・ばぁかぁ」
 と、拗ねるようなそんな桜の表情と言葉はとても可愛くて、俺としては微笑むしかなかった。

 静馬さんの御好意で、高山家の離れにある別邸そのものを借りて、俺と桜はそこで寝泊りすることになった。およそ水無月家の本邸で同棲する俺たちであったから、二人きりでも何ら問題はないはずなのだが・・・ここでの一番の問題は、一つ屋根の下だけではなく、一つの部屋による寝室ということにあっただろう。
 無論、明後日の『降臨儀式』の前にして、この別邸に固有結界を張れるだけの余力は高山家にもなく・・・これは俺の精神力が試されているのか? というような状況であった。
 俺と桜は並ぶように手を握り締めて、二つの布団のうちの一つに入った。無論、俺は桜との性的な接触は自重したし、桜の方もある程度は襲われるだけの覚悟はしていた、と思う。
 これは明日・・・睡眠不足だな、と思っていたのも束の間、俺と桜は一つの布団の中で熟睡することになって・・・



 翌日、日頃の習慣であろう・・・私は光ちゃんよりも早く目が覚め、大胆にも一つの布団で熟睡してしまっていた自分に、まず赤面せずには居られなかった。
 もし光ちゃんに襲われていたら・・・
 その可能性を思い浮かべてもみたが、それは光ちゃんの人柄からして容易なことではなかったことだろう。まして私のような身体である。
 やっぱり魅力・・・ないよね?
 巫女としては嬉しくも、一人の女の子としてはやはり哀しい・・・かな。

 着替えは昨夜のうちに雫さんの私服を借り、厨房に入って朝御飯の支度をしつつ、光ちゃんの目覚めを待つ。それはおよそ普段と変わらない光景であり、私の幸せな時間の一時。
 それから『降臨儀式』を前日にして、私は正午には隔離されることになる雫さんに付き添い、光ちゃんが約束させてしまった舞の衣装を着付けて貰うことになった。
 光ちゃんは光ちゃんで、静馬さんと二人、街中へと出掛けていった。何か買いたいものがある、とか言っていたけど・・・

 その二人が高山家に戻ってきたのは正午過ぎの、既に雫さんが世俗からの接触を一切断ち、祭殿の中に篭ってしまった後のことであった。
「お帰りなさい、光ちゃん・・・どうかな?」
「・・・」
 私は雫さんに着付けて貰った衣装を披露する。
「本当は、もっと地味な、本来の衣装の方がいい・・・えっ!?」
 突然、光ちゃんに抱き締められ・・・私は唖然とするしかなかった。しかもいつもの光ちゃんと違って力強く・・・まるであの時の、地震で抱き締められた際の雰囲気に似ていた。
「ごめん・・・ごめんな・・・」
 懸命に謝罪する光ちゃんが何に対して詫びているのか、私には解らない。ただ力強く抱き締められているだけである。それだけに今の私は、もしあの時のように迫られたら、今度はちゃんと光ちゃんの巫女として、光ちゃんの全てを受け入れよう・・・そして光ちゃんの巫女として、その最後の役割を全うしよう、と心に決めた。
「解っている・・・大丈夫だ。でも・・・桜が・・・すごく綺麗で・・・」
「こ、光ちゃん・・・」
 交錯した光ちゃんの熱い視線に、私に迫る光ちゃんの唇。例え霊力貯蔵量が減ることになっても構わない・・・私は瞳を伏せて、唇に確かな感触が・・・
 だが、見開かれた視界には、光ちゃんと私の唇の間には、光ちゃん自身の手によって遮られていて・・・直接に唇と触れ合うことはなかった。
「とても綺麗だ、桜・・・とても・・・ま、まるで・・・」
「ん?」
「・・・」
 再び、光ちゃんの手のひら越しに唇を重ねる私たち・・・
「桜・・・それで舞うんだよな?」
「う、うん・・・」
「なら、俺のためだけに舞ってくれ・・・桜の心の中だけでいい。俺のためだけに」
 私は光ちゃんだけを見つめて・・・ゆっくりと頷いた。
「うん。光ちゃんのためなら、私・・・」
 静馬さんと雫さんの結婚式ともいえる『降臨儀式』だから、ということで最終的には舞うことを承諾した私であったが、これが光ちゃんのためだけに舞うというのであれば、私は喜んでこの大役を引き受けていたことであろう。
「私の舞と歌は、光ちゃんだけに捧げます・・・」
 私は光ちゃんだけの巫女であり、巫女は剣士の要望を叶えるものである。
 なら、私が光ちゃんの要望を受け入れ、例え万人が見つめる舞台の上であったとしても、私は一人の・・・光ちゃんのためだけに舞おう、歌おうと心に決めるのであった。

 そう、光ちゃんのためだけに・・・
 私の大切な剣士のためだけに・・・


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