第四話【 降臨儀式 】
退魔師家が主催とする『降臨儀式』の開場は、開催する退魔師家によってまちまちではあるが、ここ高山家が主催となる今回は正午からの開場となり、高山家の外門前では既に行列が並ぶほどの盛況さであった。
街中や駅前などにも張り出されたポスターには、『高山家主催・降臨儀式』との銘が打たれ、『降臨儀式』に望む二人の・・・高山静馬(19)と水野雫(18)の容姿が掲載されていた。
「・・・静馬さんも儀式の主役のはずなんだけどな・・・」
まぁ、この場合・・・巫女である雫さんの方が大きく扱われるのは、致し方のないことであったかもしれない。
ちなみに男の入場料は立ち見だけで二千円。指定座席有り(食事付き)ともなると壱万円からとなる。俺は助産師に任命された桜のおかげもあって来賓客扱いとなり、その座席は最前列の・・・中庭の上空に吊らされている処女郭が最も見やすい位置取りでもある。そのS席に分類される価格を見て、思わず儲けた、と思ってしまうのは俺が庶民的な性分だからだろう。
俺は来賓席にいた近衛家の当主に頭を下げた。水無月家の俺にとっては主筋に当たる人物であったし、何よりも桜という巫女を俺に与えてくれた恩人といっても過言ではない。
「そなたの巫女も早ぉ、儀式を挙げられるとよいのぉ〜」
「はぁ。ですが俺は見習いで・・・桜もまだ十二歳ですから・・・」
退魔師結社が定めた『降臨儀式』に望む条件は、巫女が退魔巫女に昇格していること、そして退魔師が十六歳以上であること。今はそのどちらの条件にも俺たちは達していないのが現状であった。
「ふむ」
俺の回答に近衛家の当主は口元を扇子で隠した。
「そなたが望むのなら、特例を与えて貰えるよう、結社に取り計らってやっても良いぞよぉ〜♪」
「ほ、本当でありますか?」
俺は驚き喜びつつ・・・と、同時に警戒もした。絶対に何かあるな、と思っていたが・・・近衛家の当主は俺の予測を裏切らなかった。
「ただし、巫女の身の万が一のことに備えて・・・処女郭の中を監視させて貰うことになろうがのぉ・・・」
俺は思わず「ふざけるなぁ!」と、殴りつけてやりたい衝動に駆られた。(勿論、そんなことをすれば水無月家は一巻の終わりであろうが・・・)桜の身を案じるようにかこつけて、要は桜の破瓜される場面を覗き見ようとする魂胆が見え見えであった。
「では、桜や当主である祖父とも相談してみることに致します・・・」
俺は頭を下げて表情を隠すと、一刻でも早く、この不快な人物から離れることにした。
俺はその中庭を迂回するように回り込み、高山家の本堂にある剣士待機所に足を踏み入れた。
その間にも『降臨儀式』の前祭となる催しは続けられており、既に中庭には一般の観衆によって埋め尽くされ、指定座席のほうでも満員御礼という状況であった。
「大成功のようですね、静馬さん・・・」
「そ、そんな緊張させることを言わないでくれよ、光一くん」
俺は苦笑しつつ、静馬さんと共に本堂を散策することになった。こちらは『降臨儀式』とは全く関係ない施設や建物ともあって、まさに無人のような静けさである。
俺と静馬さんはふと、中庭に浮かぶ処女郭を眺め見ていた。
今、本堂から処女郭に渡れる道はない。固有結界を張られた処女郭に巫女である雫さんが入り、その巫女の霊力が極限に高まったときに初めて、本堂までに橋が架かり、処女郭に剣士である静馬さんを迎え入れることができるのだ。
「・・・」
いずれは俺も、桜から橋を架けられて・・・俺にも渡ることが許されるのであろう。そしてその時はきっと・・・
たぶん、無茶をするんだろうなぁ・・・
まだまだ当分先の話ではあったが、俺は内心でにやけずに居られなかった。
「そろそろ、桜ちゃんの出番だね・・・」
俺は無言のまま頷いた。時刻は夕方の六時であり、出し物の大取りとなる桜の舞が披露されることになる。俺はその桜の舞を、この本堂の正面から見届けたかった。
俺のためだけに舞ってくれる、と約束した桜の舞を・・・
「!!!!!」
「こ、光一くん・・・!?」
「・・・」
その場におけるその誰もが、昨日の俺が受けた衝撃を覚えずには居られなかった。隣にいた静馬さんは無論のこと、観衆の誰一人として声を上げることさえ躊躇われたほどに・・・
俺は思わず、抱き締めてしまったけどな・・・
その桜と同棲して見慣れている俺でさえ、思わず抱き締めてしまったほどである。突然に今の衣装を身に纏った桜を見れば、その誰もが息を飲むのは当然のことであっただろう。
それほどに桜の姿は・・・赤を基調とさせた着物姿は、かつて京の街で最も可憐でもっとも儚い姫とも謳われた人物を彷彿させるものであっただろう。
そして・・・桜の舞と歌が始まる。
最初の出だしは緩やかに・・・右手にある扇子から舞い上がる光は風の精霊の力によるものであろう。彼女の澄み切った声が広く観衆に届けられるのも、その精霊の恩恵ではあり、退魔師としての知識に欠ける一般の人々が見惚れてしまうのも無理はない。だが、次の桜が行った行動の光景には、俺を含めた退魔師関係者、その全員が唖然とせずには居られなかった。
「ど、同時併行霊・・・!?」
精霊の属性というものには相性があり、基本的に火は水と、風は土との相性がどうしても悪いものだ。相容れないものと言ってもいい。だが、今の桜は同時に複数の・・・時には全ての精霊の属性を共存させて駆使している。
「桜ちゃんはまさか、一人で・・・あれを・・・東北の生誕祭を再現させるつもりなのか・・・」
本来、今の桜が披露する舞と歌は、琴葉という少女と、綾香という少女の三人で構成されたものに違いない。故に受け持つ精霊もそれぞれ分担したことであろう。それを桜はたった一人で再現させていく。そして多くの観衆を・・・俺を含めた全員を魅了させていった。
それに伴い、桜の歌にもいよいよ熱が篭もっていく。それは巫女たちがそれぞれに仕えるたった一人の剣士への想いを綴った悲哀歌であり、それはまるで実際に桜が俺に問いかけているのか、と思ったほどだ。
いや、確かに・・・俺のために舞い、俺のためだけに歌ってくれと頼み込んだのは俺本人であった。しかし・・・これほどの巫女に想われるだけの価値が本当に俺にあるのか?
桜の視線が俺に向けられるたびに、俺は何度でも自問自答を繰り返す。
「凄い・・・」
桜の舞が終わった時に誰もが賞賛の言葉を惜しまなかった。同時並行霊という技術的なことだけではなく、その誰もが純粋に桜の舞に、桜の歌に感動していたのであった。それだけに無論、中庭の会場からアンコールの声が沸き起こったのも当然のことであっただろう。メインとなる『降臨儀式』までは30分以上の休憩時間を差し引いても、確かにもう一曲ぐらいの時間はあろう。
「無理だ・・・」
俺は思わず呟いていた。
桜はあの一曲に全身全霊をかけて、まして三人分の構成をたった一人で行ったのである。無論、その疲労は通常の三倍以上となり、汗を染み込ませたあの衣装でもう一度舞えというのは、十二歳の少女には余りにも酷というものであった。
「光一くん、行ってあげなさい」
「はい!」
俺は静馬さんに言われたからではなく、その場を駆け出していた。本堂を駆け抜けて階段を飛び降り、中庭に降り立つと群れる群衆を掻き分けていく。今更に俺が駆けつけたところで、この群衆を黙らせることは不可能であろう。だが、だからこそ今、不安に怯えている桜のもとに行く意義がある。
「桜!!!」
俺は中庭の最前列までたどり着き、これ以上の前進を阻もうとする警備員を殴り倒していた。事情と謝罪は後で説明するとして、とにかくにも俺は自分の巫女の名を呼んだ。
「こ、光ちゃん!?」
「来い、桜」
俺は両手を広げ、俺の指示に従って舞台から舞い降りた小柄な少女の身体をしっかりと受け止めた。そんな俺たちを囲もうとする警備員たちは唖然とし、数多の観衆も騒然とせずには居られなかった。左腕で桜の身体を抱き締める一方、そんな彼らに向けて右腕を突きつけ・・・俺は自らの剣を・・・黄金色の剣の『聖剣』を具現化させた。
これで彼らにも俺が桜を護るべき剣士であることが認識されたことであろう。
俺の闘志に反映して『聖剣』の剣身が微光する。これ以上、俺の桜に近寄るようなものなら、俺は躊躇いもなく斬る! そんなつもりだった。
まさに一触即発の空気の中・・・
と、途端に観衆から歓声と拍手が巻き起こった。
へっ?
思わず俺は唖然としてしまったが、観衆らにはこれが桜の舞台の続きであるように思われ、俺の具現化させた『聖剣』もそのデモンストレーションの一環として受け取られたようであった。
「光ちゃん、ありがとう・・・」
俺の服にしがみつくように桜は顔を埋め、俺は突き上げていた剣を下ろして再び桜に向き直る。
「いや、その・・・凄かった・・・」
「ん?」
「桜の舞・・・俺も感動した・・・」
それ故に観衆も追加舞踊を渇望したのであり、その気持ちだけは俺にも理解できなくはない。が、今の桜には立っていることさえも辛いように思われ、俺は以前から夢に見ていた一つを実現させることにした。
・・・お姫様抱っこである。
「こ、光ちゃん!?」
「何も、言うな・・・」
これは、男だって恥ずかしいんだぞ・・・
「う、うん・・・」
桜も真っ赤に顔を染めてまま黙って俺の首筋に腕を回し、中庭の観衆が盛大な拍手と共に道を開けてくれた。時折、左右から口笛や激励、あからさまな羨望が送られ、俺たちはいっそう顔を赤くした。
尚・・・後になって俺は、駆けつける際に殴りつけた警備員から、散々に怒られたのは当然のことであった。
桜はこの後、着替えて退魔巫女見習いの助産師として処女郭の近くにおいて控えていなければならなかったし、その処女郭に向かえる拝殿は『降臨儀式』の期間中、男子禁制の施設でもある。
「もう大丈夫か?」
俺の疑問に桜は微笑んで頷いた。儀式の終了までは助産師も休憩となり、それまでに桜も体力を回復させることができるだろう。俺は名残惜しそうに桜の身体を下ろすと、少しだけ戸惑わずには居られなかった。
今がチャンスか?
「ん、光ちゃん?」
「あ、いや・・・何でもない」
俺は思わず苦笑しつつ一歩引いて、その考えを振り払った。できればもっと時間的に余裕あるときに渡したかったし、余り考えすぎると桜とつながった霊線が伝えてしまう恐れもある。
俺が足早に桜のもとを離れて自分の座席に辿り着くまでにも、先ほどの一幕もあって周囲(退魔師関係者)から冷やかされずに済むはずもなく、主筋である近衛一成も微笑を絶やすことはなかった。
だが、さすがにメインとなる『降臨儀式』・・・その儀式に望む退魔巫女、水野雫の姿が一日ぶりに公然の前に現れると、その誰もが息を飲んで静観としていた。
確かに・・・真っ白な白装束を身に付け、『降臨儀式』に望む雫さんは、一昨日に見たときよりも綺麗で、美しく思えたものである。それだけにこれが桜ならば、きっと・・・と、無粋な考えをしてしまっていた。
雫さんが処女郭へと続く空中廊下を渡り、暫くして『固有結界・降臨儀式』の結界が処女郭に展開されたのであろう。処女郭の外壁から僅かな微光が放たれていく。それは夜空の中だけに、いっそう眩しく見えるものであった。
こうして雫さんの霊力が極限に高まるまでの間、俺たちには豪勢な食膳が運ばれ、祝い酒が無料で配される。無論、俺は未成年であり、その場合はジュースとなるのだが・・・
そしていよいよ、本堂に向けて虹色の橋が架けられる。
雫さんの(霊力が優秀な巫女ほど時間を要する)霊力が極限にまで高まった証明であり、退魔剣士を迎え入れる準備が整った合図でもあった。
(静馬さん・・・)
俺は虹色の橋を渡り、雫さんが待つ処女郭へと進む剣士を羨望する眼差しで見据えていた。俺もいずれは桜と・・・『降臨儀式』を行うことになる。そのとき俺も静馬さんのように、冷静でいられるだろうか・・・
その静馬さんが処女郭に辿り着くと同時に虹色の橋は消え去り、唯一に開放された結界の入口も、剣士の入室によって完全に閉ざされた。
あの『固有結界・降臨儀式』は退魔師界でも最高位の結界であり、一度閉ざされてしまえば、そこはまさに二人だけの世界・・・楽園であって、何人の力をもってしても邪魔することはできない。
まぁ、誰もそんな無粋な真似はしたくないだろうけど・・・
あ、訂正・・・斜め横にいるこいつ(近衛一成)は邪魔しそうだな。
俺は苦笑しつつ助産師として控えている桜の姿を見つけ・・・自然と視線が重なり・・・俺も無言のまま頷いていた。
ああ、俺たちもいずれは・・・きっと。
と、その際に処女郭の外壁が少しずつ白桃色に染まり・・・次第に、ゆっくりとその色合いが濃くなっていく。
雫さんの身体が感じているんだ・・・
『降臨儀式』における処女郭は、その儀式に望んだ退魔巫女の状態に応じて処女郭の内外の色が変化していく。巫女の身体は儀式中、霊力を極限にまで高めたその結果、高熱の昏睡状態となり、通常の状態では「白」で、巫女の身体が感じ始めると「白桃色」から次第に「桃色」へ、と・・・
そして、処女郭の外壁に「真紅」の点が・・・
遂に雫さんが静馬さんに処女を捧げた証であり、次第に「真紅」の点が次々と付着し・・・二人の性交が無事に始まった証明でもあった。
『ドドォーン!!』『トドォーン!』『ハバァーン!』
と、号砲のような花火が次々と打ち上げられ、皆、手にした盃を掲げて祝杯を挙げていった。
「おめでとうございます。静馬さん・・・雫さん」
俺も呟くようにして、自分のグラスを掲げた。
既に処女郭は「真っ赤」に染まり、それはまるで、雫さんが純潔を捧げた際の鮮血・・・二人が結ばれた証と思えてならなかった。
基本的に『降臨儀式』には時間の限界はない。それまで性交おろか性的な接触さえも抑制されてきた剣士が限界を迎え、その剣士が満足するまで続けられていく。剣士が処女郭を退出するまで、誰にも邪魔はできずに、誰もが静観して、その誰もが宴(酒宴)で二人の未来を祝うのである。
ちなみに、これまでの最長記録は九時間。沖縄の剣士がそのタフネスぶりを発揮し、およそ朝方まで巫女の身体を離さなかったらしいが・・・さすがのタフネス退魔剣士でも足腰がガタガタだったという。
そして次々と様々な料理や果汁酒、酒からデザートなどといったものが運ばれ、宴は静馬さんが処女郭を退出するまでの間・・・およそ四時間に渡って繰り広げられた。
処女郭から退出してくる静馬さんの発汗を凄まじく、支えてあげなければ真っ直ぐに歩けないほどの状態で・・・私は思わず支えてあげなきゃと思ったほどである。
「中川さん! こっち!! 早く!」
「は、はい」
「う、うん・・・僕よりも、雫を頼むよ・・・」
擦れ違う際に静馬さんは、体をグッタリとしながらも私に告げ、私はゆっくりと頷くと処女郭に・・・生まれて初めて『降臨儀式』直後の処女郭に入ることが許された。
「えっ!!」
そこは私の知っている場所とは明らかに違っていた。高山家の処女郭だからとか、そんな次元の話ではなく・・・私が最初に感じた違和感は、まず何と言っても・・・
「あ、熱い・・・」
この熱さだった。ここに立っているだけでもびっしょりと汗をかき、あっという間に体力を奪われていくことであろう。そしてこの見慣れない景色。室内が真っ赤な世界に染まり、これが『降臨儀式』なのだと改めて実感をさせてくれる。
「気をつけてね、非常に高温だからね・・・」
「は、はい」
初めての助産師ということもあって、周囲は懸命に慣れない私をサポートしてくれて、私は処女郭の中心部に・・・真っ赤な鮮血によって染まった装束を乱せていた雫さんに・・・静馬さんに愛された姿を目の当たりにする。
「さ、桜ちゃん・・・わ、私・・・」
「し、雫さん!?」
「よ、良かったぁ・・・あ、愛されて・・・」
同郷の先輩である雫さんは薬指に填められた指輪、そして全身に残っているのであろう、静馬さんに愛されたという余韻によって号泣していた。その痛々しいまでの雫さんの姿こそ、静馬さんに愛されたという証でもあり、指に填められた指輪も含めて、私は羨ましいとさえ思えてならなかった。
私も・・・光ちゃんから、こんなにも愛して貰えるのだろうか?
私の身体が他の巫女に比べて劣っているのは自覚するところである。私には全くと言っていいほど胸はないし、背は低く・・・小柄であり、今、この場にいる他の巫女たちの中でも、一番に子供っぽい身体であった。
だが、そんな不安を抱いている余裕はなかった。
少なくとも今は・・・
『降臨儀式』で剣士との性交を終えた退魔巫女は、このまま・・・この処女郭で出産をすることになる。
「中川さん、上座の方から霊丹水をお願い!」
「はい!」
「幼い貴女には辛いとは思うけど、頑張って・・・あ、そこのタオルを濡らして。早くお湯を沸かしなさい、貴女はベテランでしょ!」
私はただ指示に従っているだけでも既に汗だくとなっており、次第に足取りも重たいものになっていく。それなのに先輩たちはテキパキと動き、指示は的確に早く、私の体力の心配までしてくれていた。
「これを飲みなさい、水分はこまめに補給しないと・・・倒れるわよ!?」
先輩が持ち込んだ冷たく冷やされていた霊丹水を勧められ、私はそれを一気に飲み干した。今はお上品にゆっくりと飲んでいられる状況じゃない!
そしていよいよ、新たな巫女となる生命の誕生の瞬間を迎える。
「さ、桜ちゃん・・・」
雫は苦しそうに私に向けて手を向けてきた。
「同郷の後輩なんでしょう? 握ってあげて・・・」
「は、はい・・・し、雫さん、頑張って」
今の私には激励することしかできない。先輩たちのようにテキパキと動くことも、巫女の誕生の手助けも、ましてお産の苦しみを変わってあげることも、それを理解してあげることもできなかった。
私はそんな無力な自分に涙して、雫さんの熱い手に僅かな水滴を零した。
そして・・・遂に先輩の巫女が、新たな生命の存在を取り上げる。それはまさしく静馬さんと雫さんによる愛の結晶であり、私たち巫女にとっても大切な後輩の誕生でもあった。
出産という一大事業を終えた雫さんは、静馬さんの腕に抱かれて、高山家の関係者に囲まれて拝殿の奥の間へと運ばれていき、私たちも助産師もそれに続いていく。
「最後まで良く倒れずに・・・頑張ったね、中川さん」
「!?」
一番の先輩である退魔巫女にそう言われて、私は思わず泣いてしまった。全然、自分で考えて動けなかったのに、そう言って貰えたことが嬉しくて・・・溢れ出す涙はしばらく収まりそうになかった。
「光ちゃん、大丈夫?」
「ん、ああ。このぐらいの荷物なら軽い、軽い・・・桜の身体よりも、軽いんじゃないか?」
それは・・・ひ、ひどい。
静馬さん、そして雫さんとの挨拶を終えて、光ちゃんと私は大きな荷物を抱えて帰路につくことになった。その荷物の中には、雫さんから着付けて貰った衣装までが入っており、余りにも高価な衣装なのでさすがに断ったのであったが、私の舞に対する、ささやかなお礼ということで譲り受けることになってしまったのである。
「さ、桜・・・ごめん、冗談だよ・・・」
それは解っていますぅ〜
ただ光ちゃんのその言葉は・・・巫女の身体は精霊たちに護られており、基本的に過剰に摂取したものは精霊たちによって消化して貰うことで、肥満とは無縁の存在である。故に私の体重が他の巫女たちよりも軽い、というそれは、私の小柄な身体を指しているわけであり・・・
「桜・・・桜てばぁ・・・」
そんな光ちゃんとは、しばらく口を聞いてあげません!
「桜・・・」
私の手を取り、相対させられる。
・・・光ちゃんにそんな顔をされたら・・・もう拗ねられないじゃない。
「桜・・・」
「?」
私は立ち止まって首をかしげる。
すると掴まれていた私の手には、小さな箱のような物を渡されていた。
「光ちゃん、こ、これって・・・」
「今の水無月家の収入じゃ、それほど高価なものは買えなかったけどな・・・」
「・・・」
青く光輝くそれは、本物の宝石を載せた指輪であった。
『降臨儀式』の前日、私が雫さんに衣装を着付けて貰っている間、光ちゃんは静馬さんと一緒に出かけて、その際に購入してきたのだという。
「・・・」
「結婚なんてものはさ、紙切れ一枚のもので・・・その・・・」
「・・・」
「だ、だから・・・そいつを今、桜の左手の薬指に填めさせて欲しい」
こ、こんな・・・光ちゃんは、本当にこんな私なんかで・・・いいの?
あの雫さんだって、五年近くも静馬さんにお仕えして、『降臨儀式』を経て初めて、指輪を填めさせて貰えたのである。その雫さんが涙してまで喜んでいたそれを・・・
「・・・」
光ちゃんの彼女にして貰ったのにも関わらず、何もしてあげられていない。『降臨儀式』したって、私にはまだその資格はなく、かなりの年数を光ちゃんには待たせることになろう。
そしてその待たせた挙句が、きっと、こんなちっぽけな身体でしかないのに・・・
光ちゃんはそんな私の手を取り、私の薬指に填めてくれる。
私は何も言えなかった。嬉しくて、嬉しくて・・・何も。何も考えられず、そしてただ泣くばかりで・・・
「ごめんな、こんな安もんで・・・」
「・・・」
私は懸命に頭を振った。感涙で言葉一つ出せなかったが、これほどまでに嬉しい驚きと、プレゼントは他にはなかった。私は本当に嬉しそうに左手の薬指に填められた指輪に触れ、懸命に一つの言葉を口にする。
「う、嬉しぃ・・・い・・・よぉ・・・」
と。
光ちゃんの巫女であることが嬉しかった。
巫女でありながら、光ちゃんの彼女にもして貰い・・・
こんな未熟で小さい巫女でもいいのなら、本当に光ちゃんの物であってもいいのに。
それなのに・・・
指輪を貰えたことよりも、光ちゃんのその気持ちがとても嬉しかった。
この光り輝く指輪が、私の幸福を物語っているようでもあった。
光ちゃん・・・
だが・・・私は知らなかった。
この指輪を填めて貰った私が・・・
他の男に抱かれることになる、その日がもう間近に迫っていた運命に・・・
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