第七話『二つのトライアングル』(視 点・冬馬かずさ)

 

 南末次駅。



「懐かしいね、ここも・・・

 この通学路も、さ」



 改装工事もあったり、その全てが昔通り、

 ってわけじゃなかったけど。



 そこはあたしが三年間も通い続けた駅であり、少し歩けば、『峰城大学』の敷地の一角に『峰城大付属高校』がある。

 もっとも、あたしは欠席する(サボるとも言う)日も多かったけど。

 そして現在は春希が一人暮らしするマンション(一時的、その隣室にあたしも住んでたけど、な)があり、そして雪菜の実家の最寄りの駅でもあった。



 明日には春希や雪菜が帰国する。

 東北におけるコンサートツアーを終えたあたしは、次の目的地に向かうまでの僅かなオフの期間を、この懐かしい場所で過ごしていた。



 さきほどから何人の人間と擦れ違っていた。

 ・・・大丈夫、あたしだってバレてない。

 今のあたしは眼鏡をかけて、髪型も変えてあった。

 ・・・実はお気に入りだったり、もする。



「雪菜に怒られそうだけど、なぁ・・・

 でも、これくらいは、さ・・・いいだろ?」



 ・・・理由は、春希に選んで貰ったものであり、

 彼が買って与えてくれたものだから。





「ここだね・・・喫茶店『マリオン』」

 そこは、とある人物との面会を望んだ際に向こうから指定された場所。何でも彼女には色々と都合が良い場所だということだった。



「あら、冬馬かずささん?」

「えっ?」

 あたしの名前を呼んだ、その声の持ち主に驚きを禁じえなかった。

 それが面会の約束を取り付けた人物であった、のにも関わらず・・・

「本当に会いに来てくれたのね・・・」

「は、はぁ・・・」



 メイクを落としているとはいえ、やはり現役の歌手というだけあって、とても綺麗な女性だった。

 まだまだその容姿に衰えはなく、むしろ若々しくて、まだ二十代前半・・・あたしらと同世代だと言われても違和感がない、それほどに。

 『緒方理奈』・・・当代でも随一であろう国際派の歌手であり、そんな彼女があたしを知っていたことに戸惑いを憶えずにはいられなかったんだ。



《からんからん》



「冬弥くん、コーヒーを二つね」

「あ、理奈ちゃん。解かった・・・」

「それから奥のテーブルを使わせて貰うわよ?」

「うん。今は空いてるから・・・お店、休業中にしたほうがいいかな?」

 国際派の彼女が入店している、なんて知れたら、きっとこの喫茶店には入りきれないほどの客とマスコミの連中が押しかけてくることに違いない。

 その対策としては、これも仕方のないことだろう。

「そうね・・・そうして貰おうかしら?」



 あたしはそのマスターを見て、「あれ?」と思った。

 ・・・何処かで見たような、そんな気がしたのだ。

 えっ、と・・・あれ、何処だっけ?

 そんな前のことじゃなかったような・・・

 う〜ん・・・



「それじゃあ・・・かずささんで宜しいかしら?」

「ええ・・・」

 あたしはそのマスターから視線を戻して頷いた。

 ・・・・。

 こんな伝説的なような人物から名前を呼ばれる日がくるなんて、な。

 あの二人が帰国したら、さり気無く自慢してやろう。



「えっ、ほ、本当にあの、冬馬かずさぁ!?」

 『マリオン』の店内には、先日発売されたばかりのシングル『時の魔法/届かない恋』が流されており、その店主の手にはそのシングルのジャケットがあっ た。

「えっと、来店の記念に・・・

 後でサインいいかな?」

「え? あ、はい・・・」

「冬弥くん、いくらかずささんが若くて美人だからって、

 妻の目の前でデレデレするなんて・・・

 酷いんじゃないのかしらね?」



 あっ、この人、緒方理奈さんの旦那さんだったんだ。



 『藤井冬弥』・・・

 かなり不思議な印象を抱かせる男性だった。

 春希とは違って貫録があって、そのうえに愛嬌のある笑顔があって、傍目からではあの『緒方理奈』には到底に釣り合わないはずなのに、とても良く似合って いる夫婦に思えるのだから。

 ・・・まぁ、釣り合わないのに、良く似合っている夫婦の実例を、あたしも身近にいるのだから、見慣れてもいるんだけど。



「ねぇ、お話の前に聞きたいことがあるんだけど、

 ・・・いいかしら?」

「は、はい・・・」

 彼女のその笑顔に思わず引いてしまった。

 なんとなく、その笑い方が雪菜に似ているようで・・・

「・・・・」

 ・・・と、いうか。

 画面で見た『緒方理奈』は、常に毅然としていて、こんなふうに愛想よく笑うなんて、全くの予想外のことだった。

 もっと傍若無人で、かなり取っ付きにくいイメージだっただけに、そのギャップが激しくて・・・



「それでは、この『開桜グラフ』の記事・・・

 ほんとのことかしら?」



 テーブルの上の彼女の手には春希のとこの雑誌が置かれてあり、そしてあたし自身が暴露した記事が記載されているのにも関わらず、あたしは苦笑いを浮かべ なければならなかった。

 ・・・・。

 そこには五年前に『峰城大付属軽音楽同好会』が初めて結成された経緯から始まり、そしてあの『付属祭ライブ』の日に、春希を雪菜に奪られてしまったこと を暴露してあった。



 ―あたしのほうが先だったんだ。

 ―春希と会ったのも・・・

 ―春希を好きになったのも・・・

 ―春希とキスしたのも・・・



 でも、春希が選んだのは、あたしではなく、雪菜だった。



 まぁ、当然か。向こうは周囲にイメージされた『ミス峰城大付』ではなく、それ以上に魅力的な女の子だった『小木曽雪菜』だったんだから。

 そしてそんな結果を受け入れられなかったあたしは、卒業と同時に渡欧していく。母親と一緒に暮らせる、という理由を名目にして・・・あたしは雪菜から逃 げてしまった。

 この辺の詳しい諸事情は、あの杉浦記者のほうが解かったもので、記事の内容は曖昧にぼやかされている。

「ええ、全部、本当のこと・・・です」

「若いって、凄いわね・・・

 奪われて、奪って、そして取り返されたって・・・?」

「あっ・・・」

 あたしは赤面せずにはいられなかった。

 解かる人には解かってしまうものらしい。

「〜〜〜〜」

 ・・・・。

 それは卒業の際、春希を諦めきれなくって、でも懸命になって探してくれていた春希が嬉しくって・・・



 その五年後、あたしと春希は、フランスのストラスブールで会った。

 あたしはオフを兼ねたバカンス。

 春希は海外出張で・・・偶然に。

 ・・・・。

 そこから五年越しに再結成するまでの、あたしたち『三人』の軌跡が、大まかにではあるが『開桜グラフ』に書き記されてあった。





「それで、私に・・・話がある、ってことでしたわね?」

「はい、実は・・・」



 あたしが『緒方理奈』に面会を申し込んだのは、昨夜の・・・あたしが所属する『冬馬曜子オフィス』から、現在、彼女が所属しているプロダクションを介し てのことだった。

 そして今、店内に流れている『峰城大付属軽音楽同好会』の『時の魔法/届かない恋』が流れていること・・・そして彼女が、『軽音楽同好会』のあたしを 知って貰っていることからも話は早かった。



「えっ、『sound of destiny』を・・・?」

「はい」



 あたしは今年の十二月に『峰城大付属軽音楽同好会』によるライブを行う予定を告げ、その楽曲の中には、『緒方理奈』の代表曲でもある、『sound of destiny』の使用をお願いにきていたのだった。



「こちらが五年前、あたしたちのライブ・・・『付属祭』という学祭のライブのものなんですけど・・・」

 あたしは付属高校に赴いて手に入れていた、当時のDVDを彼女に手渡した。

「・・・では、冬弥くん。映してみてくれる?」

「あいよ・・・へぇ〜♪

 五年前の軽音楽同好会の、ね・・・」

「あ、あくまでアマチュアレベルですので・・・」

 過度に期待されても困る。

「そ、そのあたしたちの演奏は8トラック目の、

『sound of destiny』は二曲目になります」

「そう。楽しみね〜♪・・・」

 あの『緒方理奈』が優しく微笑んでいた。が・・・その視線はやはりプロというものであろう。真剣な眼差しが幾分にも含まれていた。



 あたしたちの『付属祭ライブ』の開幕は、まず『三人』の出逢いの原点でもある、『white album』から始まる。

 そのイントロから上がっていた歓声は、幕が上がったところで大歓声へと変わっていく。

 まずは、旧姓『小木曽雪菜』の華やかなステージ衣装に。

 そしてその圧倒的なまでの歌唱力に・・・

 ・・・・。

 ピアノではなくキーボードとはいえ、一通りの楽曲に慣れていたあたしは当然として、ギターの春希も、ヴォーカルの雪菜にしても、この『white  album』には深い思い入れがあり、その中でも特に好きだったという理由もあって、演奏の出来は決して悪くはない。



 ・・・悪くはない、はずだった。



「えっ?」

「っ・・・」

 《カシャーン》とガラスが割れた甲高い音が耳につく。

 驚いたのは『緒方理奈』であり、そして思わず手にしていたグラスを落として割ってしまっていたのは、彼女の夫である『藤井冬弥』であった。

「わ、悪い、悪い・・・」

「・・・・」



 この『white album』が流れている間、『緒方理奈』は怖いほどに無言のままだった。ただ集中してDVDの画像に見入っていたわけではなく、時 折に意味ありげな視線を旦那に向けていたが・・・



 続いてヴォーカルの雪菜によるマイクパフォーマンスのMCによって、メンバー紹介が始まり、あたしは担当していたキーボードからベースへと楽器を移行す る。

 そして雪菜の『sound of destiny』の合図に合わせて、アップテンポな演奏が流れ出していった。



「ねぇ、かずささん・・・別にカバーするのも、ライブで演奏するのも、一々私に許可を得る必要はないわよ?」

 彼女の持ち歌の前奏が始まると、彼女のほうから問いかけてきた。

「あっ、はい。『日本音楽著作権協会(JASRAC)』には、『冬馬曜子オフィス』からライブ使用の許可を申請して、受諾の認可は得てあります」

「なら、問題ないんじゃないかしら?」



 ・・・・。

 確かに『日本音楽著作権協会』へ申請し、使用料を含めた条件を満たしていれば、わざわざその楽曲の歌唱者にまで許可を求める必要はなかった・・・のだ が。



「いえ、うちのヴォーカルはちょっとしたことでも、すぐにモチベーションが低下してしまい、そのモチベーションが低下してしまう、と・・・その、かなり声 質が落ちてしまいますから・・・」



 事実、雪菜はちょっとした(特に春希に関わる)ことで動揺し、メンタル面においては、少なからず不安が残る。

 ヴォーカルはバンドの顔。

 その雪菜に万全を期して貰うとするのならば、たとえ些細な諸事でも煩わせるわけにはいかなかった。



「開き直ってくれれば・・・

 まぁ、この通りなんですけど、ね・・・」

「そ、そう・・・」



 画面はちょうど春希の、早弾きによる超難度、ギターソロが始まるところだった。

「うん、いいんじゃないの?」

「あ、ありがとうございます・・・」

 あたしは素直にお礼を口にした。

 こんなふうに、あたしが感謝を口にするなんて、どれくらい久しぶりなんだろう。

「別に『sound of destiny』だけに限らなくて、『ガラスの華』でも、『Powder snow』でも、『CALL FROM EVE』でも何でも、私の持ち歌でいい んなら・・・好きなのを使って構わないわよ?」

「・・・・」

 それは現役トップ歌手からの、ありがたい言葉には違いなかっただろう。



 画面はいよいよ、あたしたちのオリジナルとなる『届かない恋』の初お披露目となった舞台へとなっていく。



「あ、一応・・・あたしたちにもオリジナルというか、この『届かない恋』の他にも『時の魔法』がありますし・・・『white album』に 『sound of destiny』」で、四曲は確保してありますから」

「あら、でも・・・『white album』は・・・」

「偶然、『森川由綺』に会えまして・・・

 彼女からも許可を頂けましたから」

 ・・・・。

 まぁ、あれを許可、と言っていいのか、は微妙なとこだけど。



「「えっ!?」」



 そのあたしの発言に、『緒方理奈』だけでなく、『藤井冬弥』の二人が揃って驚きの声を上げる。



 ・・・えっ、あれ・・・?

 ・・・えっ?



 あたしはその時点になって、何故・・・

 『藤井冬弥』に・・・

 『緒方理奈』の旦那に見覚えがあったのか、

 を思い出していた。



 で、でも・・・

 ・・・この人が・・・な、何故?







「それじゃ、かずささん。

 ライブ・・・頑張ってね」



 最後の『緒方理奈』は完璧な笑顔だった。



「今日はとっても楽しかったわ」

「あっ・・・」

 現役トップ歌手から手を差し伸べられる。

 そして確実にあたしたちの・・・

(この時点では、まだあたしだけだな・・・)

 十二月にライブを行う、

 その明確な理由までも、彼女は見抜いていた。



「・・・だから、次は『音楽祭』で会いましょうね」



 そう、あたしたち『峰城大付属軽音楽同好会』が『音楽祭』にエントリーされるのには、『時の魔法/届かない恋』だけの、その一枚のシングルでは心許な かった。

 話題性は・・・まぁ、今のところは大丈夫だと思うけど。

 やはり曲数と実績がどうしても足りない。



「・・・はい、その時はよろしくお願いします」

 あたしは差し出された手を受け取る。



 それは社交辞令の挨拶であり、

 決意表明の証でもあり、そして・・・

 あたしたち『三人』の挑戦状であったかもしれない。



 そう、『峰城大付属軽音楽同好会』の・・・







 《からんからん》



 あたしは退店してから、ゆっくりと出てきたばかりの『マリオン』に振り返らずにはいられなかった。

「・・・・」

 『森川由綺』との偶然の出会いを語りながら、何故か居心地の悪さを痛感せずにはいられなかった。そしてほぼ同時に、何故『white album』が流 れたときに、『藤井冬弥』の落ち着かない態度と、その旦那を見つめていた『緒方理奈』の視線の意味に気が付いてしまった。



 ・・・そっか。

 こっちでも・・・三角だったんだ。



 勿論、詳しい内容が解かるはずもなかった。

 当時のあたしはまだ小学生になったばかりのころだし、

 何より、あたしにはピアノだけしかなかった時代だ。

「・・・・」

 ただ、彼女が・・・

 ・・・彼が『森川由綺』に会うのか、

 どうかは気になってしまっていた。



 ・・・・。

 たぶん・・・あたしの境遇にも、

 きっと無縁なんて思えなかったら。







 ――それは北海道の予行演習(リハーサル)を前日に控えた、あの日のことだった。





「はぁ・・・」

 あたしは目の前の女性・・・恐らくは『森川由綺』の後について、彼女のアパートまで着いていく。



 はぁ・・・

 なんでこうなったんだっけ?

 ま、いっか・・・



 ・・・・。

 そういえば・・・彼女の最後に聞いた曲は『Powder snow』が最後であり、その後、アイドルであった彼女の活躍を耳にしたことはなかった。

 あたしがつい最近まで、海外にいた、ってこともあるんだろうけど。

「・・・・」

「・・・・」

 無言のまま、部屋のドアは開けられた。

 これって、入っていい・・・ことだよな?



 はっきり言って・・・予想外だった、というか・・・

 モニター越しに見る『森川由綺』とのギャップというか、

 彼女の身に纏っている雰囲気そのものが、

 余りにも違い過ぎていたんだ。

 でも、これって、いったい・・・?



「・・・・」

 そこはほぼ何もない、部屋だった。

 ・・・あたしの部屋よりも殺風景だぞ。

 ・・・・。

 その部屋には・・・全く、と言っていいほどに、生活感がなかった。

 本当に生活するのに必要最低限のものがある、っていうだけで・・・アイドルって華やかなイメージがあるだけに、ましてあの『森川由綺』みたいな、清純派 系だった彼女が、こんな質素な生活をしているとは、意外に過ぎるものだった。

 テレビやラジオなんてものはなかった。

 そもそも、この部屋には電気さえ通ってなかった。

 一応、水道は出るみたいだけど・・・

 ・・・・。

 繋がれてもいない電話機の前に膝を抱えて座る彼女。

 そしてベッドの上に置かれてある、一つの写真立て。

 きっと彼女の恋人であろう、そんな人物と『森川由綺』が一緒に写っているツーショットだった。

 ・・・・。



 勿論、その時点ではあたしだって、その男性とは数日後・・・都内にある喫茶店の『マリオン』で会うことになるなんて、思いもしなかったよ。



「あ、あの・・・」

「・・・・」

 全く焦点の合っていない瞳が向けられる。

 本当にその瞳は虚ろで、テレビで見た彼女とは似ても似つかないものだっただろう。

 だから、あたしは・・・

「ほ、本当に・・・『森川由綺』、さんですよね?」

「・・・・」



 返事はなかったけど、彼女はゆっくりと頷いた。

 やはり、本人に間違いはないようだった。



 ・・・でも、これって、どゆこと?



 ・・・・。

「え、と・・・あたし、ピアニストで、冬馬かずさ、って言います」

「・・・・」



 ・・・・。

 一応、それなりに知名度は得ていたつもり、と思っていたけど、やはり知らない人には知られていないのであろう。



「・・・で、あたしはもう一つ、『峰城大付属軽音楽同好会』っていう、バンドをやっているんですが・・・」

「・・・?」

 まぁ、こちらはまだ発足したばかりだから、まだ世間一般にまで知れ渡っていなくても仕方がなかったかもしれない。



「それで今度、あたしたちはライブを行う予定で・・・

『white album』を使わせて、貰おうと

 思っているんですけど・・・」

「・・・ホワイト・・・アルバム・・・?」



 それは紛れもなく、あの『森川由綺』の声だった。

 ・・・・。

 でも・・・

 きょとん、として唖然としている彼女。

 確か・・・彼女の持ち歌であり、

 それもデビューソングのはずなんだけど・・・

「あ、えっと・・・」

 さすがのあたしもこの反応は想定外であり、ただ戸惑うばかりだった。

 そのとき、あの『森川由綺』があたしに告げる。

「・・・そんな歌、も・・・あったね・・・」

「・・・・」

 見た目は十代なのに、もうボケているんだろうか、この人は・・・なんて失礼な考えが頭をよぎったが・・・さすがにそれを公言するのは憚られた。

 ・・・そう。

 この目の前にいる『森川由綺』は・・・

 さっきからのあたしの違和感は、この『森川由綺』が、全盛期だった十五年前のあの当時と、全く変わらない容姿でいたことであった。

 恐らく誰もが・・・『森川由綺』の娘です、なんて言われても、きっと信じてしまうことだろう。それぐらいに若々しく、童顔であったことからして、あたし なんかよりもずっと年下に思えてならない。

 そんな彼女が・・・元清純派系アイドルだったはずの『森川由綺』の言葉とは思えない呪詛が吐かれた。

「っ・・・」



 あんな、歌なんか、存在しなければ、良かった・・・



 ・・・なんて、さ。





 ・・・少なくとも、あの歌を大好きだと公言する、春希と雪菜には到底聞かせたくない言葉だった。







「・・・さて、帰ったら練習しない、と」

 懸命にサポートしてくれている美代子さんにも悪い。



「っ・・・」

 ・・・でも。



 思わず身震いをせずにはいられなかった。

 あの『森川由綺』の姿が・・・

 絶望の底に陥っている、あの痛々しい姿が・・・

 十年後のあたしではない、って・・・

 ・・・誰が断言できるだろうか?



 この五年間、春希だけを想って生きてきたんだ。

 春希だけしか愛せなかった。

 それが遠い異国の地であっても・・・

 そしてそれは、きっと、これからも・・・





 ・・・・。

 ごめん、雪菜・・・

 あたし、あたしさ・・・

 ・・・やっぱり、春希のこと・・・



 ・・・ごめん。


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