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第一章【運命の邂逅】
（２）
モンゴックの市長マードックは、四十七歳という年齢ながら、事実上、アースティア西部一の都市の市長に上り詰めただけはあって、十分な見識と申し分ない才覚、そして、極めて精巧な判断力を持ち合わせている男でもある。
この繁栄の一途を辿るモンゴックも、かつて先の大戦では魔族からの襲撃によって、他の町や村と同様、一時は深刻な被害を蒙っている。それから一年足らずで、ここまで復旧させたその手腕と指導力は、彼の特筆するに値する功績だろう。
そして、このモンゴックに滞在していた勇者一行と、カルロスを乗せた馬車が、その市長の邸宅に到着したのは、日が赤く空を焦がしたような、夕刻以降の事であった。
「我が屋敷によくいらして下さいました」
市長マードックは複数の部下を連れ立ち、表社会で君臨するに相応しい君子顔で、勇者一行を歓待した。そして部下や侍女に命じて、丁重に屋敷内に案内するよう通達する。
「長旅でお疲れでしょう。我が屋敷を我が家と思って、誰に気兼ねせず、御寛ぎくださいませ。その間に、ささやかなながら、宴の準備をさせましょう」
マードックが私室に戻ると一息ついて、カルロスを確認する。彼は本来マードックの部下ではなく、使者の任に着くはずもなかったが、カリウスの要望ともあって、臨時的に市長付きとなっている。
カルロスは寡黙のまま、端末を操作し、いくつかあるモニターの画面の一つに、これから彼女が案内されるだろう客室の様子が映し出された。
マードックの部下が先行して、彼女を豪華な一室を披露する。盗撮されている事に気付く事は、まずないだろう。カルロスも念入りにチェックして、それは確認済みである。
「まだ小娘だぞ」
マードックがソファーに身を沈めて呟く。
当初、カリウスの要望を耳にした時は、めずらしい彼の欲望を知って、協力的な姿勢も見せたが、実際にその彼女を見据えて、さすがに罪悪感に再悩まされたのであろう。
「・・・・・・」
カルロスはそんな市長に一瞥しただけで、寡黙の姿勢を貫いた。
確かに彼女は・・・・・・パッフィー・パフリシアは、アースティアの至宝と称えられるだけはあって、可憐な少女である。後、二、三年もすれば、カリウスでなくても、大抵の男が彼女に欲情を憶えても不思議ではないだろう。だが、彼女はまだ十五歳であり、あまりにも幼い。
マードックの知る限り、カリウスが童女嗜好主義とは思えなかったし、彼がモンゴックに根を下ろして十余年、女性との浮世の噂も耳にした事はなかった。
故にマードックが部下の報告から、カリウスが勇者一行を罠にかけ、彼女を犯す・・・・・・と聞かされた時、二重の意味で驚きを禁じえなかった。
「本当に・・・・・・」
だが、マードックはそれ以上、反論する気はなかった。
マードックは今回のカリウスの欲望に協力的であったが、徹底的に利用する腹でもあった。パッフィー・パフリシアがカリウスの毒牙にかかり、レイプされたところで、彼女には可哀想だとは思うが、実質的に彼には失う物はなく、後日にカリウスに服従するにしても心象はいいだろう。
また逆に・・・・・・勇者一行にロンバルディアが討伐されても、マードックには別に困らないのだ。むしろ、自分を屈服させようとする闇組織が壊滅してくれるのだから・・・・・・その時は、また改めて勇者一行を歓待するだけである。
つまり、この事態がどっちに転ぼうが、マードックとしては損失なく、まさに彼にとって勇者一行、様々だろう。
そんなマードックの思惑も、カルロス・・・・・・カリウスに至っても、承知の上であり、こちらが成功をおさめる限り、また絶対的に協力者であり続けるであろう事も熟知していた。
モニター画面に、従者の案内によって室内に入室した少女が映し出される。
そのモニターを遮断して、カルロスがようやく口を開いた。
「・・・・・・決行日は明後日になりそうだ」
早急な決断にマードックは驚きを禁じえなかった。前々から恭順する準備は終えてあり、後は形式的な公表を残すのみの段階であったから、期日的には問題はなかったが・・・・・・そもそも、何を基準にして日程を定めたのだろうか、マードックには解らなかった。
「そうか・・・・・・明後日か」
物静かに読みかけの本を閉じて、立ち上がった。
誰もいない私室から部下を呼び寄せて、ガンドルフと主だった幹部を呼ぶように告げたカリウスは、一枚の地図を・・・・・・そこにはモンゴックの倉庫地帯が記され、配置する人数や指揮する者の名前などが記されている。
決行日が明後日ともあって、カリウスの動きは素早かった。
まず、ロンバルディアと友好のある別組織にも呼びかけ、傘下勢力を含めて、その動員数は二千人も凌駕しそうな勢いで膨れ上がった。
また剣や槍だけではなく、火器や重火器の手配も怠らない。相手は何と言ってもアースティア大陸の英雄として崇められている勇者一行である。どんなに兵力を集めても、決して大げさとは言えないだろう、相手だ。
決行日が明後日という事もあって、駆けつけてきた幹部たちは騒然となって、思うところを披露する。
「特にここの一階は要塞化してあります。勇者一行が二階に到達できたとしても、それは既に勝敗が決しているのでないでしょうか」
「だが、ここの二階が最後の砦・・・・・・」
ガンドルフもさすがに唸っている。この二階が突破されれば、後はカリウスと彼女だけが立ち入る事が許される三階・・・・・・便宜上、晩餐室と名付けられた部屋だけである。
この二階に詰めるのは、ガンドルフを含む精鋭中の精鋭であるが、勇者一行を相手に不安がない、と言えば嘘になるであろう。
「まぁ、異論は色々とあろうが・・・・・・俺も二階に詰める。もし勇者一行が到達できたとしても、ここが勇者の限界点となろう」
カリウスにはこの部屋内での戦闘に、少しも危機感はなかった。もしくは微塵も見せなかった。その揺るぎない自信に、多くの部下は安堵の溜息を漏らしたが、唯一、ガンドルフだけは不安を拭えずにいた。
急速に闇社会が活発化し始めた。ここ最近、新興勢力とはいえ、目覚しい勢いで台頭してきた、アレックスの組織が叩き潰され、またそれが勇者一行の手によってであり、更に勇者がモンゴックに逗留しているとあっては、闇に生きる者にとって、それは当然の反応だったかも知れない。
「とにかく今は息を潜めて、勇者一行を遣り過ごそう・・・・・・」
「アレックスの後を追う必要はないだろう・・・・・・」
そこに新たな風が吹いた。
「闇の眷属カリウス起つ」
「勇者一行を破り、その勇者の眼前で・・・・・・」
「聖女を・・・・・・パッフィー・パフリシアを・・・・・・」
その新たな風は勢いよく闇のネットワークを駆け巡り、一夜にしてモンゴックの闇社会に知れ渡った。奇行とも、無謀な挑戦と罵る者も少なくはなかったが、その情報に興味を抱かなかった者は皆無であった。
そしてその風は二日後、別の形に変えて、市長マードックの邸宅にも届く手筈になっていた。
「遂にカリウスが動き出した、との事です・・・・・・」
予め任命しておいた部下の報告を食堂で受けた。勿論、勇者一行もその場にあり、彼らの耳にも届くように・・・・・・である。
「市長、そのカリウスとは？」
一行の最年長者たる人物、イズミが問いかけた。
「あっ、これは失礼を・・・・・・それは私から説明します・・・・・・その街の、いや、アースティア随一の闇組織ロンバルディアを束ねる当主で、極めて冷酷で残忍な男の名です。そのカリウスがどうやら、麻薬を大量に仕入れたがため、闇に携わる者達が港付近に集い出しているらしいのです」
「ムムッ、麻薬とは・・・・・・また市民に・・・・・・」
市長は額を押さえて、部下の報告に苦渋の呻きを漏らす。この場合、市民を思う気持ちは本物であり、また真摯にこの問題に頭を悩ませていた事実もあって、誰の目にも、それが演技とは思えなかっただろう。
内情を知っている、この部下以外には・・・・・・
「無辜の民を苦しめるなんて・・・・・・」
パッフィーの瞳に静かな悲しみと憤りが表されていた。彼女は滅びたとはいえパフリシア王家の出身であり、民衆を思う気持ちが強く、民衆の苦難は自分の事のように苦しくなる性質だった。
他の者も彼女同様の思いであった。また麻薬＝犯罪 闇＝悪 という簡単な図式が、報告の中の会話に隠されていた事もあり、彼らの憤りは市長の・・・・・・ひいては、カリウスの思惑の内であった。
パッフィーが一行を見渡して立ち上がろうとした時である。
「だが、嫌な予感がする・・・・・・」
慎重論を唱えるそれはめずらしく、アデューであった。
一昨日、サルトビに指摘された事もあったが、つい先日にアレックスという闇組織を討伐し、壊滅せしめたばかりである。
「急に怖気ついたか？ アデュー！」
対立するのは、またアデューとは反対にめずらしくはあるが、サルトビであった。別にアデューからの対抗意識よっての発言ではなく、彼には彼なりの考えが・・・・・・理由があった。
「聞いたように、カリウスはこの都市の影の支配者。この前成敗したアレックスのような小者とは違って、闇の社会の代表だ」
闇社会＝悪だと率直に思えてしまう辺り、彼らの誠実さと潔癖さを物語るが、それだけに若さも否めないだろう。しかし、名目が麻薬取引と聞きつけた以上、闇＝悪と決めてしまったのは、致し方のない事だった。
「そんな相手に尻込みしたら、この先、悪党が自由気ままに街を徘徊する世の中になっちまうぜ！」
それこそ、暗黒の時代の到来である。
最年長者にして纏め役のイズミは、どちらの主張も解るだけに、慎重に思案していた時・・・・・・
「悪を見逃してはおきませんわ」
パッフィーがアデューを説得する。
「アデュー、騎士道大原則・・・・・・」
それはかつて彼が口癖のように、また自らに言い聞かせるようにして、公言していた言葉であり、彼の根底にある行動指針でもある。
「騎士たるもの、悪を決して許してはならない・・・・・・でしょう？」
パッフィーは可憐な表情に微笑を綻ばせる。
四人一行に微笑みが洩れ、こうして方針は決まった。
それが彼らを誘き出す罠であり、カリウスにパッフィー・パフリシアを晩餐させてしまう、それを観賞させるためだけに整えられた舞台だと、知る由もなかった。
そしてこれが・・・・・・一行の最後の夕食になる事も・・・・・・
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