第一章【運命の邂逅】

(3)

 日が沈んだモンゴックの中心街から、人込み外れた港の倉庫・・・・夜の帳が訪れようとする時刻とはいえ、夜には夜の顔も見せるモンゴックにおいて、唯一、騒音と人影に無縁な場所であろう。
 まさに非合法な取引を行う場所とすれば、この一帯ほど、うってつけなところがないだろう。
 この整えられた舞台で、大陸の英雄の一人であり、またアースティアで【聖女】と崇められたパッフィー姫を犯す事は、カリウスの名声とステータスを高めるであろう、疑う余地はなかった。
 カウリスの脳裏に、腹心の声が響く。
 (勇者一行が動き出したよ、兄さん)
 (予定通りだな)
 自然と微笑が洩れた。
 勇者一行を誘き出す策は他にもいくつか用意してあったが、それはどうやら徒労に終わったらしい。
「まぁ、机上の空論など、そんなものか・・・・・・」

 モンゴックの街の南東は海に面しており、倉庫地帯を通過する陸路は、大きく分けて北と西だけである。そこからはいくつかに分岐されて、あらゆるルートから防衛拠点に到達できるが、倉庫地帯への侵入路はこの二箇所だけに限定される。マードックの邸宅の方角から北が有力であり、戦力もそちらに大きく振り分けてある。
 カリウスやガンドルフにとって最大の誤算は、当初見積もっていた二千の兵力が、その五倍の一万近くにまで跳ね上がった事である。これは今まで疎遠であった組織や、予想外にも敵視していた組織が、これを期に、ロンバルディア傘下に踏み切った事が挙げられる。
 確かに闇の最大手であるロンバルディアに、この経済都市モンゴックの完全支配権を確立させた場合、もはやこれに対抗できうる組織は、皆無に等しいだろう。アースティアに現存する大国、バイフロストやエタニアでさえ、迂闊に手出しできない勢力を誇りえる。そして何よりも、勇者一行の・・・・・・特にパッフィー・パフリシアを陵辱する、という情報によって、傘下に踏み切った組織も少なくはなかった。
 まさに今、闇に関わりある者全てが、ロンバルディア・・・・・・当主カリウスの動向と、勇者一行との結末に注目していた。
 カルロスの報告から二分遅れで、マードックの邸宅に伏せてあった部下からも、勇者一行の出発と、憲兵隊の出動が伝えられた。
 俄かにその場に戦慄した緊張感が漂う。
「いよいよ、主演女優が一行に連れられて、こちらに出発しましたね」
その重苦しくなった空気の中、ガンドルフに次ぐ、重鎮のファリスの巧妙な言い回しが、周囲の笑いと空気を和ませた。
 ファリスは今年で二十歳、ロンバルディアでも若手の部類に入る。その若さでロンバルディアの幹部に名を連なる理由は、個人の才覚もさる事ながら、広大なアースティアの世界でも数希少なリュー所持者である事が挙げられるだろう。
 カリウスが一同を見渡し、防衛体制を宣告した。
「ガンドルフ、戦闘指揮は任せる」
「はっ!」
 個人としての戦闘力において、また部隊を指揮する能力においても、ロンバルディア内でガンドルフに勝る人物は数少ない。カリウスは魔法を使う際、詠唱で部隊指揮など取れようもないし、カルロスもこの場にいない以上、それ以外に選択の余地はなかった。
 ガンドルフの防衛指揮の下、防衛拠点を中心に配置された重火器やソリッドが次々と機動していく。防衛兵力一万、稼動されたソリッド二千機という、その光景はまさに壮観である。
「特にギザーの換装、怠るなぁ!」
 最新鋭機・ソリッド、ギザー・・・・・・
 ソリッドとは、リューを擬した人工人型機動兵器の名称で、さすがに本家のリューには及ばないものの、この一年でソリッドの性能は大幅に向上し、その中でもこのギザーは最新鋭機という事もあって、これまでにないパワーとスピードを誇る。そして最大の売りは、各種バックパックを取り付ける事によって、近接、砲戦、機動の三タイプに、用途に応じて武装を換装できる汎用性であろう。
 このギザーが計二十四機、各要所に配備されている。


「かなりの大人数だ・・・・・・さすがは闇の元締めってところだな」
「そうか・・・・・・」
 偵察してきたサルトビが、市長からもらった倉庫地帯の地図を一行の前で広げて説明する。もっとも大半は、市長の受け売りではあったが・・・・・・
「侵入路は北と西。どちらか、と言えば、西の方が手薄だが・・・・・・退路を断つには、やはり両方から侵入した方がいいだろう。先に北から俺とアデューが・・・・・・そして更に、手薄になった西からパッフィーとイズミが侵入するのはどうだろう?」
 サルトビの提案にアデューは同意する。
「首尾よく突破し、カリウスがここから出てくる前に押さえられれば、上々だな・・・・・・」
 イズミは二人の強さを知るだけに、その提案に依存はなく、市長から教えられていた、カリウスがいるであろう拠点を、指で叩いた。
 イズミはその挟撃案を憲兵総監ウェンに伝え、憲兵隊もその提案に賛同を示した。
「そうですな。あのロンバルディアと事を構える以上、当主カリウスだけは絶対に逃せられませんからな」
 憲兵隊を指揮する憲兵総監ウェンは、カリウス、カルロスと同期の三十七歳で、実直な武人肌の、堅実な人となりを感じさせる青年である。
「では、我々も部隊を二分し、早急に戦闘準備を整えます」
「アデュー・・・・・・」
 提案を聞き終えた途端、パッフィーは急速に不安に駆られた。戦闘に備えて長い髪が邪魔にならないようにツインテールとし、胸に組まれた指先には、無言の彼から受け取った指輪が填められている。
「へ、心配するな、パッフィー・・・・・・アデューの野郎は俺が護ってやるから」
 漆黒の瞳に揺るぎない自信を見せ、いつもの口調で諭す。
「お、お前に護られなくても・・・・・・」
 そのサルトビの言葉に不満があったアデューだが、彼は彼なりに彼女の不安を取り除こうという意思が明白であり、先に折れて苦笑した。
 愛用の剣テンペストを掲げ、
「それじゃ、行くぜ・・・・・・リューナイト、ゼファァァ――」
 人型機動兵器リューを召還する。

 リューの中のリュー・・・・・・リューナイト。ボディは澄み切った青、頭部と肩が鮮やかな赤、腹部と関節部分は白、大剣と大盾を所持する騎士を擬した機体が、アデューの背後に聳え立つ。
 このトルコロールの機体は、初代勇者ラーサーからギルツの手を得て、アデューの手に託された、アースティアでも最高の性能を誇るリューナイトである。
 リューナイトに搭乗したアデューの手に、リューナイトが持つ大剣と大盾が握られる。
 ソリッドとリューの違いは、大きく分けても三つ。
 前者のソリッドは完全な機械であるのに対し、後者のリューには、その機体そのものに意思が存在する点が挙げられるだろう。乗り手と供に機体も成長し、ソリッドと同じエネルギー源である、ミストルーンを自動吸収する。
 次に大きな違いは、後者のリューは普段、それぞれの鍵(基本的には剣や杖などの武器等)に収納される。
 最後の大きな違い・・・・・・前者の操作は搭乗者の操縦する事によって稼動するが、後者のリューは搭乗者の動きをトレースする事によって機動する。即ち、ソリッドは搭乗者の操縦技術によって左右され、リューは搭乗者の身体機能によって左右すると言って、過言ではないだろう。それによって、リューの方は前者には到底及ばない緻密な動きを再現でき、ソリッドでは到底得られる事が叶わない圧倒的なパワーとスピード、防御力を誇るのである。

 涼やかな漣だけが漂ったのどかだった一帯に、途端に戦端が開かれたのと、ほぼ同時に、北の入口に配属していた部隊が壊滅した報告が届く。
「始まったようだな・・・・・・」
 その報告を聞いたガンドルフは侵入者に対して、惜しみなく戦力を北に割いた。
 ガンドルフの背後からカリウスが物静かな姿勢を崩さず口にした。
「さすがは大陸に名を馳せる、勇者一行・・・・・・と言ったところか?」
「憲兵隊も、ほぼ総動員した模様」
「フッ、マードックの奴も忙しそうだな」
 皮肉を含めた苦笑がカリウスから洩れた。もっとも先方にしても、あらゆる布石を惜しまず、どちらに転んでも甘い汁を吸うための知恵なのだろうが・・・・・・
 勇者一行が二手に分かれ、西からも侵入してきたという報告が防衛司令官ガンドルフの耳に届いたのは、北からの侵入者が拠点近くまで取り付きそうな頃であった。
「ほぅ、粋にも大胆に・・・・・・そして、健気にもこちらの退路を断ったつもりのようだな・・・・・・誘き出された事も知らずに」
 こちらは退く気など毛頭ないのだが・・・・・・

 開戦してから二時間の時間が過ぎようとしていた。
 供に侵入してきた憲兵隊は多くの被害を払ったが、カリウスの拠点前に取り付く事ができた。
 アデュー達勇者一行は、拠点近くで合流を果たし、手傷一つ負ってはいなかったが、さすがに疲労の色は隠せなかった。
「どうやら・・・・・・奴さんが逃げ出す前に、拠点前を押さえられたようだな」
「これも勇者様達のおかけであります」
 憲兵総監ウェンが最上礼を持って報いる。
 さすがは大陸に名を馳せた英雄だ、と、心から称賛を述べた。如何に英雄とはいえ年端もいかぬ少年少女であり、大の大人だけで構成された憲兵隊が多大な犠牲と損害を出している中、彼らは無傷であり、そして彼らは常に最前線に身を置いていた、この戦いの最功労者だ。
 称賛すると同時に、忸怩たる思いに駆られる憲兵総監であった。
「ここは広大に建造された倉庫ですが、既に裏口も閉鎖してあります。とうとうあのカリウス一派を追い詰める事ができました」
 だが、ここからが憲兵にとって、またアデュー達にとっても正念場であったのだった。建物内は完全な要塞化と化しており、そこに詰めている人間もかなりの使い手だった。ロンバルディア連合の精鋭部隊である。
 憲兵隊は幾度なく突撃を試み、それと同数の撃退を味わった。アデューとサルトビに至っても、一度ならず、何度も斬り込みを図ったが、結果は芳しいものではなかった。
「くっ、さすがにここまで抵抗されると、厳しいぜ」
 黒とグレーを基調としたサルトビの機体、爆裂丸は三度目の突撃時に被弾を受け、イズミ騎乗のバウルスに癒しの奇跡を施されるが、確かに彼の語るように、このままでは自分たちだけではなく、憲兵隊の損害が増すばかりだ。
「このままじゃ、一向に埒が明かない・・・・・・」
 本来ならば、まだ先の事を考えて温存して起きたかったが、現状の戦況ではそうも言って居られない。これ以上、増援が増やされる前に、ケリをつけるためにも、リューナイトは・・・・・・アデューは手にした剣を突き出した。
「リューパラディン! ロード・オブ・ゼファ――ァ!」
 リューナイトが手にしている大剣の鍔の形状が変化し、リューの五体を中心に鮮やかな緑の古代文字で画かれた魔法陣が包み込む。
 トルコロールの機体が、神々しい金色と銀色の鎧を纏い、澄み切った蒼のマントを靡かせる。
 リューの階級転位・・・・・・機体性能が大幅に向上にされるが、これによって搭乗者の体力を著しく消耗させる、まさに諸刃の剣である。
 アデューがリューナイトにクラスチェンジを強いるなど、先の大戦の末期、対魔王ウォームガルデス戦以来と・・・・・・かなり久しく、憲兵総監をはじめ、憲兵やロンバルディアの抵抗勢力さえ、その先の大戦の英雄たる真の姿に、震えるような感動と、戦慄する恐怖を憶えた。
「パッフィー、一気にいくぞ」
「はい」
 彼女のリューメイジも、青と赤を基調としたウィザードに転位する。
 こうして、ウェンの苛烈な叱咤で憲兵隊が突撃し、パッフィーの強力な魔法によってようやく橋頭堡を築き、アデューとサルトビ、イズミが同時に斬り込む事によって、ようやく一階を占拠する事ができた。
「バ・・・・・・バカな・・・・・・」
 その一階の戦闘を観戦、督戦していた指揮官が唖然とした呟きを漏らす。
 その凄まじい性能・・・・・・パラディン、ニンジャマスター、ウィザード、ハイプリーストの圧倒的な戦い様に、ガンドルフ、ファリスといったリューの乗り手達でさえ、愕然とせずにはいられなかった。
 (勝った!)
 だが、カリウスが初めて勝利を確信したのは、実にこの時であった。
 確かに、先の大戦の英雄として名に恥じぬ、相応しいリューの乗り手達である。正直、その性能以上に、一行の連携にも舌を巻く。だが・・・・・・勇者一行がロンバルディアを・・・・・・カリウスに勝つには、一階で憲兵隊が全滅しようとも、転位するべきではなかったのだ。

 そう、階級転位は何も、勇者一行だけの専売特許ではない。このカリウスの駆るリューも、そしてカルロスの・・・・・・なのだから・・・・・・



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