第四章 武闘大会



                

 太鼓の音が、低く、大きく鳴り響いていた。カタパルトから打ち出された火薬玉が上空で破裂する景気のいい音も聞こえる。そして、途切れる事なく、群衆のざわめきが潮騒のように流れている。
 大きな祭りででもあるのだろうか、アルファース王国の首都は、常とは異なる浮かれた空気を漂わせていた。
 もっとも騒がしく人が群れ集っているのは、都市の中央部近くにある、大きな円形闘技場だった。入場料の銀貨1枚を支払って闘技場内に入っていく人の流れの隣で、香具師が景気のいい声を張り上げている。
「さァさァ皆さんお立ち合い。こいつを見なきゃ損するよ。アルファース王国の再統一と新王の即位を記念して、スカリー陛下が開催する、大・大・大武闘大会! 名のある戦士がごっそり参加する一大企画だ。御代は見てのお帰り、ってワケにゃいかないが、面白いのは保証付き。会場のあちこちに置かれた水晶球に試合場の様子が映し出されるようになっていて、後ろの席でよく見えない、なんて事は一切ない。これを見ないで何を見る。入った入った。ちょっとセテト様にお願いしときゃ、出てくるときにゃ、大金持ちだよ。
 さァさァ皆さん、お立ち合いったらお立ち合い。世紀のイベント、大武闘大会だよ……」
 入口の側には出場選手の組み合わせ表が張り出してあり、その前も人だかりがしていた。表は二枚あり、どうやら男性と女性で分けられているらしい。
「男性部門、ただ今一番人気は騎士アルシャルク。女性部門はレオスリックの王女戦士ディアーネ。二番人気は、戦士タムローン、聖堂の聖騎士ロクサーヌ。三番人気は……」
「一回戦の目玉はこいつだ! 男性部門、ローラン対エルサイス。実力は五分、どっちが勝つかは神のみぞ知る! 同じく、タムローン対ラッフルズ。どちらも独自の剣の使い手だ。どっちの腕が勝っているのか、目が離せないぜ。女性部門、イレーヌ対ルフィーア。剣対魔法の勝負、距離を置けば魔法、接近戦では剣が有利。勝負慣れしたイレーヌがどうやって接近戦に持ち込むかがポイントだ。一回戦大穴は、男性部門アルシャルク対シグールド二十対一、女性部門ディアーネ対カリーン三十二対一。賭けるだけ無駄だ、やめときな! もっとも、当たりゃ一度で大金持ちだがね」
 賭札を売る売り子が声を張り上げる。どうやら、一戦毎の勝者の賭け、それぞれの部門の優勝者の賭け、優勝者と準優勝者を同時に当てる賭け、男女の優勝者を同時に当てる賭けなどが行われているようだった。見物客はここで賭け札を買うことも、闘技場内で買うこともできる。ただし、対戦が迫り、胴元が賭を締め切るまでである。特に、優勝者の賭けは開会式が始まるまでしか受け付けていなかった。
 闘技場の中は、興奮した人々のざわめきが空気を熱していた。間もなく正午。開会の時間である。
 低いドラムの連打から、トランペットのファファーレが高らかに吹き鳴らされた。ざわめきが静寂に取って代わられる。
 貴賓席中央、新王スカリーが前に出て、高く宣言した。
「これより、大武闘大会を開催する! 長く身内の争いで民には迷惑をかけたが、皆この度の催しを楽しみ、日頃の憂さを晴らし、明日への活力を蓄えてくれ! 我が趣旨に賛同し、大陸でも名うての腕利きが集まってくれた。噂の腕前をとくと披露してくれることであろう。尚、この大会では大魔導師として名高いガンダウルフ師に全面的に協力をいただいている。全力で戦う選手の様子は会場の各所に設けられた大水晶球に映し出され、手に取るように観戦することができよう。
 この度の大会で、新たなるアルファース王国を築き上げる第一歩を刻もうではないか!」
 水晶球は音も伝えるらしく、会場中でスカリー王の言葉が響き渡った。彼の臣民たる観客達は、拳を振り上げ、大声を上げて賛意を示した。単に武闘大会に興奮して熱狂しているだけかもしれないが、スカリーにとってはそれでもよかった。楽しみを与えてくれる者を民は支持する。この大会がスカリーの主催するものである以上、民衆の支持はかなりの率で彼の元に集まることになるだろう。
 スカリーの開催の言葉に続いて、進行係が大会のルールを説明する。
「……手はどのような武器を用いることも許され、また、どのような魔力を用いることも許される。勝敗は対戦相手の死・気絶等の戦闘不能状態、または敗北を認めることによって決する」
 予想以上に過激なルールに、観客は熱狂の怒号を上げる。それを煽るように、進行係は続けて発表した。
「それでは早速、第一試合を行う。まずは男性部門第一試合、対決するは、タムローンとラッフルズ!」
 いきなりの好カードに、観客の興奮はいやが上にも高まっていった。

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 女性には珍しく斧を構えた美貌の女戦士と、真紅の鎧に身を包んだ流麗な女騎士が、それぞれの武器を擦り合わせて左右に別れた。優勝候補の一人・王女戦士ディアーネの戦斧の一撃を、聖騎士カサンドラが受け流したのである。まともに受け止めていたら剣を傷めるどころか、折られていた可能性もある。ディアーネの鋭い斬撃をさりげなく受け流す実力は相当のものと言えた。
 しばし睨み合ってから、今度は赤毛の騎士から斬りかかった。サイドステップを繰り返し、何度もフェイントをかけながら胴から斜め上に斬り上げる。剣尖の疾さに押され、ディアーネは跳び下がり、剣の軌道から身をはずすしかない。
 フォロースルーが終わらないうちに、ディアーネは気合いと共にカサンドラの懐に飛び込んでいった。今度はカサンドラが慌てて間合いを取る。
 二人は再び睨み合いに入った。
 高度な攻防に、観客は惜しみなく声援を送る。その声援は水晶球を通して、闘技場内に設けられた選手控室にも響き渡った。
 その部屋には窓がなく、音は内に籠っていた。四囲の壁で反響する音は、観客の歓声だけではなかった。濡れた音、何人もの娘の喘ぎ声。
 逞しい男達が、美しい女達を好きなように犯していた。女達は皆一様に首輪を着けられ、男達の命令に諾々と従って、逆らう様子がない。見れば、その半数は兜や手甲を着けた具足姿である。彼女達は、この武闘大会の女性部門に出場している選手なのだった。
 たいていの娘は、複数の男に奉仕させられている。褐色の肌の女戦士は、手首を背中で縛り合わされ、口と菊門に男を迎え入れている。銀髪の豊かな肢体の美女が、向かい合わせに座り込んだ男達のそそりたった肉柱で前と後ろを貫かれ、自分から上下に跳ね上がって、我を忘れて嬌声を上げている。土色の髪のエルフ娘は、張り形を与えられ、命じられるままにそれで自らの肛門を慰めながら、舌と唇で男達の快楽に仕えている。長い黒髪と波打つ褐色の髪をそれぞれポニーテールにした二人の女戦士は、男に跨って尻を振り立てつつ、豊満な乳房を揉み合わせて、一本の陰茎を刺激している。しかも、四つの肉の塊からはみ出た先端を、二人して奪い合うように舐めしゃぶっている。
 この広い空間の中の女達は全員、年端も行かない美少女から妖艶な美女まで、無残な淫戯を強制されていながら、抵抗する素振りすら見せず、心から悦んでいるようだった。
 水晶球に映し出された試合の映像は、クライマックスに差しかかろうとしていた。女戦士と女騎士が、残りの体力を注ぎ込んで、最後の攻防を演じている。
 打ち込む。かわす。受け止め、反撃する。動作は流麗で無駄がなく、洗練された戦闘技術の応酬は観客を熱狂させる。声援の盛り上がりと共に、二人の戦いも一気に盛り上がっていく。
 その様子に目を留めた男の一人が、別の一人に声をかけた。
「どうやら、決着がつきそうだぞ。次は誰だ?」
「まず男性部門の二回戦第二試合があって、その後女性の二回戦第二試合――グロリアとロリエーンだ」
「よし。その二人には用意させよう」
 生意気そうな金髪のエルフ少女と、落ち着いた雰囲気の褐色の髪の女が凌辱から引き出され、肌を濡れた布で清められ、身だしなみを整えられて、それぞれ反対方向にある通路へ、首輪の鎖を引かれていった。
 ほどなく、水晶球の映像が試合の決着を伝える。赤毛の聖騎士の剣を跳ね飛ばし、王女戦士の斧が白い喉元に突きつけられる。
『ディアーネ姫の勝利!』
 審判の宣告が観客の叫びを圧して勝者を告げた。
 ディアーネは観客の声援に手を振って応え、上げられている落とし格子をくぐって闘技場から立ち去る。カサンドラも立ち上がり、反対方向の落とし格子に消えた。
『では引き続きまして、男性部門の二回戦第二試合を行います。対するは、ドワーフ戦士ゴルボワと、氷の魔術士リンク!』

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 湧く観客の声を背に、ディアーネは通路の入口に立っていた。その横を、今名を呼ばれたドワーフ戦士がすれ違っていく。それを追うように、通路から二人の人影が現れた。男が一人、女が一人。女は黒革の首輪を着け、金具に繋がった鎖を男に引かれている。ロリエーンである。
 男はロリエーンの首輪を外すと、それをディアーネの首に巻いた。誇り高き王女戦士は、されるがままになっている。白い首筋が、首輪の黒さを引き立て、その存在を強調していた。
 首輪を着けられたディアーネは、命じられるまでもなく、自分から四つん這いの姿勢を取る。男は頷き、栗毛の美女を通路の入口へ導きながら、からかうように言った。
「勝った褒美に、またしばらく可愛がってやる。嬉しいか?」
 言われたディアーネは、頬を上気させ、呼吸を軽く乱して答える。
「はい、嬉しいです、御主人様……。どうぞ、ディアーネをいっぱい、可愛がってくださいませ」
 男は四つん這いのディアーネの背後に回り、尻を突き出した格好の娘の腰布をまくり上げた。

「首輪を着け、這いつくばっただけで濡れているじゃないか。本当に淫乱だな、お前は」
「は…はい、ディアーネは淫乱な牝犬です。恥ずかしいことをされるだけで、欲情してしまうんです」
「王女戦士だとか紹介されていたようだが、こんな淫乱女、王女でも戦士でもあるわけはないな」
「はい。ディアーネは、王女でも、戦士でもありません…」
「それじゃ、お前は何だ?」
「……奴隷です、御主人様。ディアーネは、王女戦士などではなく、淫らで卑しい性交奴隷なんです。御主人様の快楽にお仕えするため――犯していただくためにだけ、生きているんです。酷い目に遭わされるだけで感じてしまっているいやらしいディアーネを、どうぞ、御主人様がご満足くださるまで、存分に罰してください」
 自己卑下の言葉を吐くディアーネの瞳が潤んでいるのは、哀しみのためではなく、欲情の故だった。
 もはや人間ではなく、単なる品物となってしまった少女の模範的な回答に、男は満足そうな嘲笑を見せた。
「よし、その殊勝な態度に免じて、望み通り、思い切り罰してやろう」
「ああ…有り難うございます、御主人様……」
 ディアーネは嬉しそうに、甘えた微笑みを返す。
 男は、完全に奴隷に堕ち切った娘の鎖を引いて、通路を戻っていった。かつては確かに、王女として暮らしていたはずの美しい家畜は、現在の身分に相応しい四つ足で、おとなしく主人に引かれていった。

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 ディアーネが試合場を去るのに少し遅れて、敗者たるカサンドラもディアーネとは反対側の落とし格子を潜った。黒髪の、整った顔立ちの若い魔術士が、次の試合のため彼女の隣を通り過ぎる。
 通路の入口に立ったカサンドラは、はっと息を呑んで立ち竦んだ。そこには首輪を着けたグロリアと、その鎖を取った主人たる男が立ち、彼女に視線を向けていた。
「何を突っ立ってる、カサンドラ。こっちへ来い」
 横柄な口調で男が命じる。カサンドラはびくりと身を震わせ、おずおずと男の前に立つ。男はグロリアの首輪を外し、それをカサンドラに着け替えた。誇り高き聖騎士は、そっと目を閉じ、微かな慄きと共にそれを受け入れる。
 この瞬間彼女は、つい今しがたまで持っていた、炎のような闘争心も、好敵手と剣を打ち合わす闘士としての悦びも、神聖な使命に賭ける聖騎士の誇りも、そのすべてを失った。今このときから、彼女は再び、性交目的に育成された奴隷の身に堕ちたのである。いや、闘技場で剣を戦わせていた間も、実は奴隷の運命から逃れ得てはいなかったのだ。彼等の手に落ち、快楽に身を委ねて生きる人生を受け入れたときからずっと、カサンドラはもはや聖騎士ではなく、淫欲の鎖に繋がれた、男達の愛玩物に過ぎなかったのではないか。
 カサンドラが自らに問うそれは、疑問ではなく、事実の確認でしかなかった。彼女は自分自身の認識と男の命令に従い、彼女を人間として見ていない男の目の前で、着ていた鎧、具足、鎧下、衣服、下着などをすべて脱ぎ捨てていった。その際も、見物人である男の目を楽しませるべく、恥じらいを持ち、それでいて淫らな動作を心掛ける。『主人を楽しませること』、特に『主人を性的に楽しませること』が至上命令として彼女の意識に刻み込まれていたからである。
 刺激的で、この上なく背徳的なストリップショーが終わると、神聖なる秘石の守護騎士は、一糸まとわぬ姿を、彼女の所有者の一人である男の目に晒していた。以前の彼女を知る者が見れば、目を疑う前に正気を疑うような光景である。気が強く好戦的で、少々正義感が強すぎ、あまりに誇り高いが故にともすれば高慢とも見られがちな、気品ある聖騎士の面影は、もはやどこにも見出せなかった。
 命令されるまでもなく彼の足下に這いつくばった性奴を見下ろして、男は責めるように問いかける。
「お前は何だ、カサンドラ?」
 何度もなされた質問である。答えも一つのもの以外はありえなかった。
「……奴隷です、御主人様」
 豊かな肢体の美女は、僅かに間を置いて決められた答えを返す。
 男は続け様に問いを発した。
「お前のこれまでの人生は偽りだった。そうだな?」
「はい、偽りでした」
「なぜ偽りだったのだ?」
「私は――カサンドラは、奴隷になるために生まれてきたからです。愛玩奴隷となって御主人様の快楽のために御奉仕することこそ、カサンドラが持って生まれた運命だったのです。ですから、カサンドラが真の天命に目覚める前の人生は、幻影にしか過ぎなかったのです」
「それでは、お前を奴隷にしてやった俺達は、お前にとっては恩人ということになるな?」
「はい、御主人様方は、カサンドラを奴隷という、生まれ持った真の運命に導いてくださった恩人でございます。心より、お礼を申し上げます。この御恩は一生忘れず、常に感謝と御奉仕の念で接することで、僅かなりともお返ししたいと思っています。ありがとうございました」
「お前は、奴隷として生きられて幸せか?」
「はい、御主人様。カサンドラは奴隷となるべくこの世に生を受けた、淫らで卑しい、発情した牝犬にも劣る女です。御主人様方の熱意あふれる御調教のおかげで、人生の本道に立ち返ることができ、これに勝る悦びはありません。これからはずっと、淫乱奴隷のカサンドラを飼ってくださる御主人様に御仕えし、汚辱と快楽にまみれた、素晴らしい奴隷の幸せを満喫したく思っています。奴隷の魂を持って生まれたカサンドラは、生まれて初めてそれに相応しく、卑賤として、畜獣として扱っていただき、この上なく幸せです」
 カサンドラの答えは淀みがなく、気品を感じさせる唇は、ためらいなく、無残で卑屈な奴隷の回答を紡ぎ出した。一言一句この通りでなくとも、これと同じ主旨の答えを返すようにと、鞭と快楽とで体に刻み込まれているのだった。問答はいつもこれと同じわけではなく、カサンドラは定型の質問に対してそれぞれ決まった答えを返すよう教育されていた。
 精神的な調教のために時折行われる問答が型通りに済むと、男は靴の爪先で、跪いたカサンドラの秘所を嬲り始めた。
「あっ…」
 カサンドラは思わず身を震わせ、声を上げてしまった。屈辱の呻きではなく、快感の喘ぎである。自分の言葉で自分自身を辱めさせられ、奴隷である自分を否応なく認識させられるだけで、聖騎士だったはずの娘の性感は、どうしようもなく昂ってしまっていた。頬が上気し、乳首と陰核は興奮を示して堅く盛り上がり、陰唇からはあとから蜜が湧き出てくる。今の彼女は、誇りを踏みにじられ、屈辱を与えられることで性的興奮を感じるように、念入りに精神を方向付けられ、肉体を変容させられてしまっていたのである。仕込まれた返事を強制されるまでもなく、カサンドラは、自分がもうまともな生活はできない体に変えられてしまっただろうことを思い知った。
 奴隷として、男達の性の玩具として生きる以外の道は、もはや存在しないのだ。靴先で女の部分をこじられるだけで、こらえる術もなく甘い声を上げながら、かつて聖騎士だった赤毛娘は、心の底からそう確信するに至った。おそらくそれは、正しい確信であったろう。自由になろうとする意志をなくした者に、不遇の身の上から救い出してくれる手は、決して訪れはしないのだから。
 無残な奴隷の快楽に身を委ね、浅ましくよがる哀れな奴隷娘に、男は冷ややかに声をかけた。同時に、爪先の蹂躙も止まる。
「負けたな、カサンドラ」
「は、はい…」
 びくっと肩を震わせた赤毛の美しい奴隷女は、それだけ答えるのが精一杯である。どのような罰が与えられるのか……。それを考えると恐怖が心を塗り潰すが、同時に体の芯が甘く痺れていく。カサンドラはますます、自分が性交用の奴隷として完全に調教され尽くしているのだということを、逆らいがたい事実として認識せざるを得なかった。
「この闘技場の中でだけ、お前は人間のような姿でいることを許された。試合に負けたお前は、その権利を失った。お前はこれから一生、首輪を着けたままで生きるんだ。人間の装いをすることは、もう二度とあるまい」
「えっ……」
 男の言葉に、命令されるままに衣装を脱ぎ捨ててしまったカサンドラは、激しく後ろ髪を引かれる思いがした。主人の命に逆らおうとは思わない。カサンドラの調教は主人に対する絶対的な忠誠心を植え付けられるところまで進められている。だが、以前のような装束を着ること、華美に装うこと、それによって一瞬でも奴隷の身を忘れることは、心を涼風が吹き抜けるにも似た心地好さがあることを、闘技場に立つことで彼女は知った。もうそれを味わうことはできない。もはや一時も、奴隷である自分を忘れることは許されない……。男の言葉は冷酷に、カサンドラにそう告げていた。それならば、もう少しだけでも、もはや失った、聖騎士としての姿を味わっておくのだった。――そういう後悔が、奴隷でしかない姿になった娘の心を襲っていた。
 痛烈な悔恨に苛まれているカサンドラに、男が問いかけた。
「――嬉しいだろう?」
「えっ?」
 寸時、カサンドラは質問の意味を測りかねる。
「奴隷として生きられて幸せだと言ったじゃないか。これからは、片時も奴隷以外の身なりをすることはない。いつも奴隷でい続けることができるんだぞ。どうだ、嬉しいだろう?」
「は……い…嬉しい…です。御主人様」
 奴隷の答えを返すカサンドラの声は、限りなく苦かった。
 冷笑を見せてカサンドラを引いていこうとした男は、上気して虚ろなグロリアの表情に目を留めた。誇り高き聖騎士が言葉で辱められる見世物に、すっかり当てられてしまったらしい。男は邪悪な笑みを浮かべ、放心する魔術士にわざとらしく問いかけた。
「どうした? グロリア」
「え? あ、あの……」
 グロリアは目に見えて狼狽える。
「具合でも悪いのか」
 様子を見るような素振りで、さりげなくあちこちに触れると、それだけでグロリアは過剰な反応を示した。
「あ! あ、あっ!」
「何だお前、興奮してるんじゃないのか?」
 からかうように男が指摘すると、グロリアは真っ赤になって誤魔化した。
「ち! 違います、大丈夫ですから…!」
 言っていることに脈絡がない。相当に惑乱しているようである。
 男達の調教は、肉体は徹底的に開発するものの、精神的には、よほど極端な場合を除き、絶対的な服従心を植え付けるだけで、羞恥心や本来の性格は可能な限り手をつけない方向で進められる。グロリアは殊更優しく、慎み深く、羞恥心の強い方だった。他人が辱められているところを見て興奮してしまったなどとは、羞恥から、またカサンドラの心情をおもんばかっても、彼女の口から認められるわけはなかった。
 男は意地悪く笑うと、グロリアの手首を背中でがっしりと固定し、四つん這いのままのカサンドラに命令を発した。
「カサンドラ、この女をもっと素直にしてやれ」
 瞬時ためらってから、カサンドラはグロリアの前に立ち、服の上からそっと女魔術士の体を愛撫し始めた。赤毛の女奴隷は、震える獲物の胸や腹に、触れる程度に手を乗せて、静かに掌を這わせ、指先で微妙に圧力を加える。ささやかな刺激に、グロリアは過剰な反応を示した。控室では、何本もの男根による凌辱から引き剥がされてきたのである。性的興奮の嵐の余韻が、グロリアの体の芯に抜き難く残っており、限り無く鋭敏になっている皮膚感覚は、何でもない接触も濃厚な愛戯に変えた。カサンドラの手の動きは次第に速く強くなり、形を自由に変えて乳房を弄び、尻肉を鷲掴みにして揉み潰し、ローブの上から股間に指を食い込ませていく。好き勝手に蹂躙される茶褐色の髪の女魔術士は、為す術もなく快感の渦に呑まれた。
 我を忘れてねちっこい愛撫に溺れるグロリアに、男がもう一度問いかけた。
「カサンドラが酷いことを言われているのを聞いて、欲情したんだな?」
 性奴であるグロリアには、この快感に抵抗することはできなかった。グロリアは泣きながら肯定する。
「はっ、はい…っ。グロリアは、カサンドラさんが奴隷扱いされているのを見て、欲情してしまった、はしたない女です。あ、ふあぁん」
「『女』じゃないだろう。『女』は人間を指す言葉だ。お前は『めす』だ。そうだな?」
「あっあ…、はい、グロリアは『牝』です……牝の奴隷です。牝犬です」
 自虐の言葉を紡ぐうちに、グロリアはこれまで以上に興奮していった。膝から力が抜けていくグロリアをカサンドラは支え、唇を奪った。
「ん、んん…」
「ふうっ、んむっ」
 奴隷達は激しく舌を搦め、互いを高め合う。
「それでは、牝に相応しい格好になるがいい。服を脱げ。全部だ」
 グロリアの手首を解放し、男はそう命じた。逡巡するグロリア。
「でも、次の試合が……」
 グロリアはちらりと鉄格子の向こうを見た。二人の選手が、武力と魔力の粋を尽くして戦っているはずである。こういう戦いであるから、いつ決着が着いてもおかしくない。そうなればすぐに名を呼ばれる。
 男は重ねて命じるが、グロリアは迷うばかりである。舌打ちした男は、命令する相手を変更した。
「カサンドラ、脱がせろ」
「はい、御主人様」
 即答して、全裸の性奴は素早くグロリアのローブに潜り込む。
「あ、やめ……っ……! ……っ!」
 制止の声は中途で途切れ、抑えようと動いた手は宙を泳いだ。グロリアの衣服は次々と床に落ちていく。抵抗を排除するために淫戯を用いているらしく、グロリアの膝は震え、背筋は弓なりに反らされていく。やがて最後の一枚を剥ぎ取ったカサンドラは、勢いよくローブを捲り上げた。
「ああっ!」
 ローブと靴以外すべて脱がされてしまったグロリアの、カサンドラほど豊満ではないが、均整の取れた裸身が露になる。カサンドラは捲り上げた勢いで、ローブも脱がしてしまう。

「跪け」
 ここまで来るとグロリアももはや逆らう素振りは見せず、従順に男の足下に膝をついた。男は自らの半ば勃起した陰茎を取り出すと、奉仕するよう奴隷達に身振りで促す。赤い髪と茶色い髪の見目よい家畜は、深く頭を垂れ、声を重ねて主人に伺いを立てた。
「御主人様、グロリアに――カサンドラに、御主人様のものに奉仕させていただいて、よろしいでしょうか」
「いいだろう、許してやる」
「ありがとうございます、御主人様」
 きれいに声が揃う。主人の許しを得て、娘達は男の股間に顔を寄せる。慣れ切った動作である。二人は巧みに舌と唇を蠢かせた。男の一物は見る間に隆々と猛っていく。主人に奉仕しながら、奴隷達の表情はむしろ陶酔していた。頬を染め、目を半ば閉じて、陶然と一本の肉茎に奉仕する美女達。観る者がいないのが惜しまれるほど、淫靡な光景だった。
 口唇での奉仕の仕方をみっちり仕込まれたらしく、その技巧は巧みだった。男は何の指示も出さず、女達の好きにさせている。やがて昂ってくると、男は興奮の滲む声で命じた。
「よし、顔にかけてやる。お前達、寄せるようにして胸を持ち上げるんだ。こぼさないように、顔と胸で全部受け止めるようにな」
「はい、御主人様」
 奴隷達は従順に言われた通りの姿勢を取った。そうしてみると、二人のスタイルの違いが際立つ。戦闘訓練を積んだカサンドラは筋肉質で、腰回りや腕回りもあまり細くない。そのかわり、胸や腰には標準以上の肉がついていて、体の線をまろやかで女らしいものにしている。左右から寄せた胸の肉は、彼女自身の掌にも収まらず、こぼれ出さんばかりである。一方グロリアは、魔術士という仕事柄か、筋肉らしい筋肉は全くついていない。腕や首、腰、足首などは、細すぎるほど細い。肉付きは標準であるが、その細さのために標準以上に豊満であるようにも見える。だが乳房を寄せると、カサンドラなどよりは明らかに肉が少ないのがわかる。それでも、男性のものを挟んで刺激することが何とかできそうなくらいはあるようだ。
 グロリアとカサンドラは、跪き、乳房を持ち上げたままの格好で、引き続き男のものに舌を這わせる。ほどなく男は腰を引き、二人の顔を狙って汚液を放った。異常なほど多い白く濁った汁が、彼女達の顔面で弾け、伝い落ちて汚していく。奴隷娘達は、身震いし、悩ましく吐息をついて、大量に放たれた精をすべて受け止めた。汚され、辱められているという意識が、彼女達の中に巣食っている被虐を悦ぶ感覚を刺激しているのである。
 白い粘液は二人の美貌に粘りつき、筋を作って伝い落ちて、顎からぼとぼとと滴っていった。乳房を寄せて作った窪みに、たちまち小さな白い池ができる。カサンドラのそれはまだ容量に余裕があったが、グロリアの方は溢れ出す寸前だった。――大量の射精は、ガンダウルフの強精剤の常用による副作用だ。
「グロリア、手を放していいぞ」
 一瞬迷って、グロリアは胸の肉を持ち上げていた手を放し、力無く脇に垂らした。白い滝が、胸の谷間を伝って体の前面を流れ落ちていく。
「あああ……っ」
 熱く、ねっとりとした濁流の感覚に、グロリアはわなないた。人間の胴回りほどもある巨大な熱い舌に、腹を舐め下ろされている……。そんな錯覚に彼女は襲われていた。
「ひ……!」
 粘つく流れが秘部に達したとき、グロリアはそれだけで、軽い絶頂に達してしまった。快感の波が背筋を駆け上がり、寸時意識が途切れる。意識が戻ると、グロリアは後ろ手に縛られ、仰向けに転がされていた。体の前面は精液に汚されたままであるから、意識を失っていたのは十秒前後であろうか。
「カサンドラ、かけてやれ」
 赤毛の奴隷は精液に汚された美貌を頷かせ、膝立ちでグロリアの胴を跨いだ。
「……?」
 当惑するグロリアにかまわず、カサンドラは、自分の胸の窪みに溜まった白い粘液を、下になった細い肢体のみぞおち辺りを狙って注ぎかけた。
「あああ………い、いや……」
 白い滝に打たれて、グロリアは弱々しい拒否の声を発して悶えた。言葉を表情が裏切る。今しがたの性感を再び掻き立てられ、グロリアは熱い吐息を漏らす。
「ぐちゃぐちゃにしてやれ」
 命令を受け、カサンドラはぼおっとなっているグロリアに覆い被さっていった。
「あ、何……?」
 状況を呑み込めていないグロリアをよそに、カサンドラはグロリアとぴったり膚を合わせると、肌を上下に激しく擦り合わせ始めた。
「っ! あああっ! なっ、何、これ、なにっ…! す、すごいぃ!」
 初めて味わう刺激に、控え目な女魔術士は、おとなしやかな仮面を脱ぎ捨てて乱れ狂う。乳房と乳房が揉み合わされ、乳首が絡み合うのも心地好かったが、滑らかな腹の皮膚同士がぬるぬるとぬめり合うのが、何とも言えない悦楽をグロリアに教えた。密着した肌の間で精液と空気が激しく掻き回され、たまらなく淫靡な音を立てる。カサンドラは、大量の白濁液を潤滑油にして、過激なまでにグロリアの裸身の上で肌を滑らせ続けた。呼吸も満足にできずによがり狂うグロリアは、先刻までの幻想に未だ捕われていた。巨大な舌がグロリアの裸体を舐めしゃぶり、貪り、味わっている……。

「っあっ…! ぐちゃぐちゃになるうっ……!」
 理性はあっという間に溶け去り、グロリアはたちまち大きな絶頂の波にさらわれた。
 男に命じられ、カサンドラはグロリアの脚を大きく開いて折りたたみ、露になった恥丘に跨るようにして、下になったグロリアの裸体に覆い被さった。男の前に、奴隷達の下腹部が遮るものもなく晒される。供されたこれをどう扱うのも男の自由である。哀れな性交奴隷に逆らう権利はない。
 著しく興奮しているがまだ絶頂に達していないカサンドラは、腰をもじつかせ、勃起し切った陰核をグロリアのそれに微妙に擦り付けている。イッたばかりのグロリアは、たまらず快楽の悲鳴を上げる。すぐにそれはくぐもったものになった。堕ち切った聖騎士に唇を奪われたからである。首を振って逃れようとする線の細い女魔術士の口腔に、カサンドラは無理やり舌先をねじ込み、グロリアの舌を捕らえて絡み合わせる。すぐにグロリアも我を失い、自分から舌を絡ませていった。
 男は貪り合う二人の背後に膝をつくと、不意打ちに肉の槍でカサンドラの菊座を抉った。
「………!」
 カサンドラは悲鳴を上げかけるが、キスに酔ったグロリアが逃がしてくれず、くぐもった呻きにしかならない。男は委細かまわず抽送に移る。カサンドラは身悶えた。後ろもたっぷりと調教を受け、試合前にも犯されていたが、何の下準備もない侵入である。ほぐれていない括約筋を無理に押し広げられ、激しい痛みがカサンドラを襲った。裂けなかったのは、彼女達の奉仕によって、男の肉茎が唾液に濡れていたからに他ならない。
 男はカサンドラの締め付けを堪能すると、素早く引き抜き、間を置かずにグロリアの菊門に突き込んだ。
「あひィっ!」
 カサンドラの舌を搦め取ることに夢中になっていたグロリアは、突然の凌辱に悲鳴を上げる。悲鳴に甘いものが混じり込んでいるのは、つい先程まで数人がかりで犯されていたので括約筋がほぐれていたためである。ようやく唇を解放されたカサンドラは荒い息をつく。
 男は、目の前に据えられた、凌辱を待っている四つの陰部を蹂躙し尽くした。二人の陰唇と肛門を、次々に貫く。人間そっくりの姿をした二匹の家畜は、濡れそぼった膣を待ち兼ねたもので埋められて、代わるがわる、遠慮なしに欲情し切った嬌声を放った。
 突き入れられる度に腰が動き、重なった乳房が揉み合わされ、乳首が、陰核が擦れ合う。混じり気なしの性の愉悦に二人は陶酔していた。
 互いに愛し合うことも忘れた二人は、ただ折り重なって、されるがままに感じるだけだった。その姿は、男の凌辱に反応するだけの奴隷人形でしかない。
 男は二人の持ち物を味わい尽くすと、最後にグロリアの胎内深くに肉棒を突き入れ、たっぷりと精を注ぎ込んだ。
「あ……あ…っ」
 グロリアは惚けたような悦びの表情を浮かべ、かすれた喘ぎを上げてそれを受け入れる。
 まだ快感を極めておらず、物足りなそうな表情のカサンドラは、男の命令を受け、不満足を押し殺して従った。主人の命令は、何を置いても優先させられるべきものである。従わなかったりしたら、どんな罰を課されようとも、それは当然の報いであるのだ。
 カサンドラは白い汁で飾られたグロリアの顔を舐め、清めていく。首の辺りまでを舐め取ってしまうと、濡れた布で胸から腹にかけてをおざなりに拭う。この布切れは、脱ぎ捨てられたグロリアの肌着を水桶に浸けたものだった。
 凌辱の余韻に浸り切っているグロリアは、人形のようにされるがままになっていた。起こされ、背中を拭かれ、素肌の上から直接ローブを着せかけられる。蕩けたような目をしてへたり込んでいたグロリアの目に光が戻る。鉄格子の向こうから、一際大きな歓声が轟いたからである。
 戦士と魔術士の長い戦いに決着が着いたのだった。勝者は氷の魔術士リンクである。ゴルボワの打ち込みをリンクが氷の障壁を作り出して防いでから、戦いは膠着状態に入った。ゴルボワが魔法を使う者と戦い慣れていなかったことは明らかである。魔術士相手に戦士が勝とうと思えば、接近戦で攻め続け魔法を使う隙を与えないのが最良の手段であるのだ。もっとも、リンクもゴルボワの戦士としての反応と膂力、ドワーフとしての頑健さを高く評価していたようである。下手な魔法はかわされるか通用しないかだろうし、大掛かりな魔法はさすがに時間がかかるため、その隙に攻撃されたら為す術がない。結局リンクは簡単な術で地面の表層のすぐ下に氷を張り、間合いを取って殊更に大きな術に入って見せ、突進したゴルボワが氷に足を滑らせたところに完成させた術をぶつける、という策で勝ちを収めた。しかし、そのための駆け引きに、かなり大きな時間を費やしての勝利だった。
 勝利者の宣告の後、進行係が次の試合の選手を紹介する。
『では引き続きまして、女性部門の二回戦第二試合を行います。対するは、エルフの魔法戦士ロリエーンと、土の魔術士グロリア!』
 慌ててグロリアが立ち上がる。と、素肌が直接ローブの布地に擦れて、その下に一切身に付けていないことを知らされる。
「えっ…」
 あせって見回すと、自分の着ていた肌着が、濡れてぐしゃぐしゃになっているのに気付いた。泣きそうな顔で男を見上げると、男は人の悪い笑みを貼り付かせて顎をしゃくった。
「呼んでいるぞ。行けよ」
 グロリアは諦めて、そのままの姿で、上げられた鉄格子をくぐって闘技場へ足を向けた。
「――勝負は見えたな」
 男は、グロリアが声の届かないところまで行ってしまってから呟き、カサンドラの鎖を取った。四つん這いになった優秀な赤毛の性奴を引いて、男は今度こそ控室へ続く通路に入った。

                5

 試合開始の声を、グロリアは聞き落とした。擦れた乳首が堅くなってきて、布地の上から隆起が見えてしまうのではないかと冷やひやしていたため、現状に集中していなかったのである。
 はっと気付くと、エルフの少女の放った矢が目の前に迫っていた。
「く……!」
 慌てて身をかわす。闘技場全体が巨大な結界に覆われ、魔法や武器の直撃を受けても致命傷を負うことはないとはいえ、当たれば確実にダメージとなり、戦いが不利になる。もちろんそれらは観客の知るところではない。大怪我をしたり死んでしまったりしては、この後の目的に差し支えるというので、スカリー等がガンダウルフに依頼して取られた処置だった。
 グロリアは頭を振って雑念を払い、術の詠唱に入る。負けたカサンドラが散々な目に遭うのを見てきたばかりである。それに巻き込まれた身としては、もう一度あんな目に遭うのは遠慮したいところだった。
 地の精霊が呪文の命に従い、ロリエーンの足下の地面が固さを失う。だが、その『乾いた泥』に足を取られるより一瞬速く、金髪のエルフの細い肢体はそこから跳び退いていた。自然の精霊と意を通じ合う術はエルフ族も心得ている。精霊の動きを感じ取り、間一髪地を蹴ったのである。
 だが、魔術に関してはさすがにグロリアが本職である。地の精霊使いは、立て続けに術を用い、大地は千変万化に応えて、ロリエーンを寄せ付けなかった。ロリエーンは弓を持っているが、それでも距離を置いて戦えばグロリアに分がある。ロリエーンは弓を捨て、腰に佩いた剣を引き抜くと、思い切ってグロリアに突っ掛かっていった。
 しかし、それこそグロリアの思う壺である。まず、最初にかけた『地盤軟化』の術をかける。速度を上げて駆けてくるロリエーンにこれをかわすことはできない。まともに突っ込んだ。
「しまった…!」
 足を取られたロリエーンがほぞを噛む。必死に抜け出そうと足掻く。少しずつ抜け出すが、遅い。グロリアは稼いだ時間を使って、長い呪文を唱える。大がかりな術で一気にけりをつけてしまおうという心積もりである。ロリエーンは術が完成する前に抜け出そうと、全身の力を振り絞った。
 ロリエーンの脱出速度は思ったより速かったが、グロリアは冷静に、それでも自分の魔法が完成するほうが少し早いと見て取った。
 グロリアはリラックスして、呪文の最後の一節に取りかかる。
 それが、途切れた。
 ローブで肌を擦られて鋭敏になった皮膚感覚が、内腿を突然伝い落ちる生暖かい感触に、過剰に反応したのである。
(あ……)
 ぶるっ、と身を震わせる。その正体に思い至り、グロリアは頬を紅に染める。胎内深くに放たれた彼女の主人の精が、激しい動きに負けて溢れ出してきたのだ。羞恥のあまり、一瞬言葉を失う。ローブに染みてこれが明らかになったりしたら、もう他人の顔が見れない。
 僅かな停滞だったが、呪文は途絶え、練り上げられつつあった精霊力は虚しく散じていく。慌てて次の呪文に移ろうとするが、もはや手遅れだ。
 勝機は去った。剣を構えたエルフ娘が、グロリアの眼前に迫る。それをかわすことは、もう不可能だった。

                6

 忠実な愛犬のように、四つん這いで主人に従う美しい赤毛娘が導かれた場所は、控室ではなかった。控室のすぐ近くの、目立たない扉である。今まで彼女は、そんな扉があることすら気付いていなかった。
 そこは倉庫のようだった。左右の壁に、木箱や檻がいくつも積み上げられている。頑丈な鉄の檻が無造作にしまわれているところは、いかにも闘技場らしいと思わせる。
「遅いぞ」
 突然声をかけられ、カサンドラははっと体を堅くする。暗がりに男が二人立っていた。
「済まんな。牝犬の躾に少々時間を食った」
 カサンドラの鎖を引いた男はそう答え、男達の方へ歩を進める。彼等もカサンドラの主人だった。一人が、手に持っていたものをカサンドラの目の前に放る。
 黒光りするそれは、革製の衣装のようだ。これを着ろということらしい。確認するように視線を向けたカサンドラに、男は頷いて見せる。
 乳房と陰部を淫猥に強調した服だった。頬を染めつつ、カサンドラはそれを着る。彼女の心の中には、まだ聖騎士としての誇りがわずかながら残っていた。ほとんど形骸と化してはいたが、それは奴隷に堕ち切った美女の挙措に羞恥をまとわせ、男達の劣情を煽るには充分なものだった。
 淫らな衣服をまとうと、今度はやはり黒革の長手袋とストッキングを手渡され、彼女はこれもおとなしく身に着ける。そしてその上から、手首と足首に黒革の幅広のベルトが巻き付けられた。首輪と同様に、鎖を取り付けたりする金具が付いている。似たような金具は、服の各所にも付けられていた。
 男達は、すべて着終えたカサンドラに命令する手間をかけず、三人掛かりで押さえ付け、望む姿勢を作っていく。革のベルト、鎖、金具などでがんじがらめにされ、彼女は小さく足を折り畳んだ窮屈な姿勢に固定された。膝の間に両手を通して、手首の枷の金具を足首のベルトに繋ぎ、四分の一ヤーム(四十センチ)くらいの短めのシングル・バーで閉じられないようにする。首輪の金具に着けた細い革ベルトでそのシングル・バーを巻き、限界まで引き絞って固定する。首輪には細目の鎖も繋がれ、乳房の間を通って下がり、股間を巻いている。折り畳んだ状態の膝全体を締め付ける革布の金具に付けられた革紐は、背中に回り、服に付いた鉄の環を通って下に向きを変え、鎖の末端に結ばれている。縮め、開いた膝を、伸ばそうとしたり閉じようとしたりすれば、紐が引き絞られて鎖が秘唇に食い込む仕掛けだった。
 息苦しさに身じろぎしたカサンドラは、身をもってそれを思い知った。
「くゥうん……」
 鼻にかかった、犬のような鳴き声が洩れる。鎖が敏感な部位を擦り上げる苦痛は、解消されていない欲情を胎内に飼う今の彼女にとっては、純粋な快感に等しかった。
 口を大きく開き、涎を垂れるままにしている性の奴隷に、男の一人は、用意していた箝口具を噛ませる。
「んんっ…!」
 言葉を発するのを禁じられたことに気付いたカサンドラが抗議するような声を立てるが、男達は取り合わず、置物も同然と化した彼女を三人で担ぐ。何となく不穏な空気を感じたカサンドラは無意識に抵抗しようとするが、身動きは股間の痛みで報われるため、どのような動作も、始めるより早く封じられてしまう。

 カサンドラは、転がしてある檻の一つに入れられた。鍵がかけられ、もはや盗賊でも脱出は不可能と思われる状況に置かれる。カサンドラの入れられた檻の傍らに、木箱が運ばれた。木箱の蓋が開けられたとき、カサンドラは、蓋に貼られた札の文字を読み取ることができた。
『カサンドラ/元ルビーの聖騎士
 肉体開発度A/精神調教度B/従属度A/技巧A――完全調教済
 Aランク性交奴隷――優良物件
 二回戦第一試合にて、ディアーネ姫に敗れる』
 少しの間、その文字の羅列の意味が、聡明な聖騎士の意識には入ってこなかった。文を目で追ってもその内容が飲み込めない。
 文章の表すこととその示唆するものが一気に理解されたのは、男達がカサンドラの檻を持ち上げ、木箱に入れようとしたときだった。
 愕然として、カサンドラは目線だけで周囲を見渡した。
 それではこれは、この檻と木箱の山は、彼女達のためにこそ用意されたものなのだ。そしてその半分は既に埋まっている。一回戦で敗れた娘達が、彼女自身のように、がんじがらめに拘束されて、檻と木箱に二重に梱包されているのに違いない。そしてそれは――。
 『商品』の、荷造りなのだ。
 檻は木箱の内径にぴったりとはまり込み、元からサイズを合わせて作られていることを推測させた。木箱に滑り込ませた檻の上から、男が木箱の蓋をかぶせていく。カサンドラは絶望の呻きを上げて、急速に細くなる光の筋を見つめていた。
 それは彼女にとって、抵抗を諦め、男達の望むままに、『商品』として売られていくことを容認する過程なのだった。

                7

 大会の一日目が暮れた。この日は二回戦までが行われ、二十六名からいた女性選手は、八名にまで数を絞っている。男性部門も、大会前の予選を突破し、選りすぐられた三十二名に及ぶ選手達が、同じく八名に減っていた。たった一日で、実に四十二試合が戦われたことになる。闘技場ではこの一日の間、剣戟や魔術の轟きが絶えることはなかった。
 翌日、残った八名が二人ずつ戦い、勝利を収めた四名がもう一戦、準決勝を行う。決勝戦は三日目に繰り越しだ。その代わり、戦車競争や槍投げ・弓比べなどの競技が予定され、観客を飽きさせないよう配慮されていた。
 男女の武闘大会決勝は、大会の最後に予定されている最大のイベントなのである。
 暮れかけた町は、楽しげな空気に包まれていた。大会に便乗した旅芸人達が集って広場で芸を見せる。食べ物や飲み物の屋台も押しのけ合うようにして軒を並べ、威勢のいい声で客引きをしている。辻々に置かれた振舞い酒の樽から、陽気に笑いながら男達や娘達が酒を酌む。
 長い内乱が終わり、平和が来ることを祝って、あちらこちらで乾杯の音頭が上がる。
 そんな中で、屋台の一軒も並んでいない、静まり返った一画があった。武闘大会の準備と実行のためにと、一般の使用が禁止された路地である。資材の搬入・搬出、大会の委員や役員の出入りなどがその主な用途だった。
 遠くの方で、わぁっと人々が沸き返るのが聞こえる。見事激戦を勝ち抜いた十六人が、目抜き通りを行進して民衆の歓呼に応えているのだろう。彼等は少し回り道をして迎賓館へと向かう。外国からの大会への招待客等を迎えて、今宵舞踏会が催されるのである。彼等はゲストとしてその舞踏会に招かれているのだった。その途上で、大会を勝ち抜いた英雄を間近で見る機会を人々に提供しようという配慮らしい。
 だがこの一画は、そんな喧噪とは一切無縁だった。貧乏籤を引いた兵士が、不審な者が近寄らないように通用路に目を光らせている。
 微かに軋んで、通用門が開いた。兵士が誰何の声を上げる。中から現れたのは、荷役の馬に引かれた荷車である。馬を引く男は兵士に手形を見せた。この日用いられた資材のうち不要なものを運び出す旨の許可が書かれた手形を確認し、兵士は荷車を通してやる。
 何に使ったのか、妙に数の多い木箱を満載した荷車は、馬を引く男の歩くのんびりした早さで闘技場を後にした。その道が、パレードよりもずっと早く迎賓館の近くを抜けることができるという事実に注目したものは、誰一人いなかった。


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