翌日、ガウリイはいつもの時間よりかなり遅く、朝食を食べに食堂に向かった。
 心の中の整理がつかず、重い気分のまま階段を降りる。
「なにしてんのよ、ガウリイ! 遅いじゃあない」
 食堂に入ってくるなり、リナがガウリイに声を掛ける。
 かなり怒っているようだ。
「すまん、つい寝坊して……」
 ガウリイはとっさに嘘をついた。
「ふうん、珍しいわね。ご飯のにおいがすると絶対に起きあがってくるガウリイが」
 リナの言葉に苦笑をするガウリイ。
「まあたまにはこんなこともあるさ。昨日ちょっと飲み過ぎたようだな」
「そう、なら食べましょうか」
「えっ? まだ朝飯を食べてないのか、リナ。てっきり朝飯はリナに食べ尽くされたとばかり……」
 驚きの声をあげるガウリイ。
「あんたねえ、わたしのことをどう思っているわけ?」
 リナが怒りの声をあげる。
「どうって……言って欲しいか、リナ?」
「ごはん、ごはん、楽しいな♪ さあ、食べようっと」
 まずいと思ったのだろう。リナはいきなり話題を変えた。
 リナの額から、汗が一滴伝っている。
 そんなリナを見つめるガウリイ。
 出会った頃は、少女というよりは悪ガキみたいで、女というものをまったく感じさせなかった。
 なんでも気軽に話しかけることが出来る相棒。
 やがてそれが、死線をくぐり抜けていくうちに、かけがえのないパートナーになっていた。
 リナのためなら、命を捨ててもいいと思ったことすらある。
 しかし、それはリナが女だからという理由ではない。
 そういう感情では見ていなかった。
 リナがリナであるから。
 そうとしかいえない理由で、ガウリイはリナを守り続けていた。
 しかし今は、ガウリイはリナの女の部分に戸惑いを覚える。
 悪ガキみたいな少女は、いつしか匂い立つような、大人の女へと変身していた。
 特徴的な栗色の髪。
 強い意志を秘めたその瞳。
 しなやかな、その体。
 唯一の欠点といえば、年齢の割には発達していない胸であるが、それもリナの妖精のような美しさを引き立てるアクセントになっていた。
「な、なによガウリイ、ジロジロ見て」
 リナは恥じらいながら両手で胸を押さえる。
 乙女の恥じらいをみせるようになったリナ。
 かつてのがさつな態度は消えて、今のリナは本当に可愛い。
「いや、美味しそうだなと思って」
「なによ? まだ料理が来てないのに、変なこと言わないでよ」
 リナがあきれた声を上げる。
「いや、リナの体が美味しそうだと思って」
「なっ?! い、いきなり何を言い出すのよ!!」
 腕をしっかり体に巻き付けて、顔を真っ赤にしながら声をあげる。
 かわいい、本当に。その柔らかな肢体ごと、思う存分に味わってみたい!
 ガウリイは心の底から思う。だが……
「いや、リナの体を見ていたら、なんだかにゃらにゃらの踊り食いを思い出して。ほら、リナの体ってなんとなくイメージが似ているから。つい、想像して……」
 とたんに乙女の恥じらいを投げ捨て、険悪な表情になるリナ。
「……どういう意味?」
 リナの眉がピクピク動く。
「い、いや、別に意味はない! き、気にするなよ、リナ」
 わざとらしくガウリイは言葉を継ぐ。
「そう、わたしはてっきり、にゃらにゃら並のスレンダーボディーだって当てこすられたのかと思っちゃった」
 妙に明るい声で喋るリナ。
「……リナ、べ、別に胸が小さくてもいいじゃないか。おれは全然、気にしていないから
な」
 とたんにリナのスリッパが飛ぶ。
「やっぱりそういうこと……ガウリイ、命が惜しいならそんなことは綺麗さっぱりわすれることね!」
 低い声で脅しをかけるリナ。
「はっはっはっ、馬鹿だなあ、リナは。いつも忘れているから、朝会ったときにリナの胸の小ささに感動できるんじゃあないか」
 明るい口調でさわやかに言い切るガウリイ。
「ぶっ殺す!」
 リナは素早い動きでフォークを放つ。
 それを上回る動きで回避するガウリイ。
「お、おい、冗談だ! 冗談だって!!」
「ちっ、やっぱり通常攻撃はガウリイにきかないか。ここはやっぱり呪文よね!」
「お、おい」
「バーストロンド!!」
 リナの声が食堂中に響きわたる。
 ガウリイはやってくる衝撃を予測して身構えた。しかし……
「……あれっ?!」
 リナは動揺の声を上げる。
「久しぶりで、呪文を唱え間違えちゃったかな?」
 リナは恥ずかしさで顔を真っ赤にしている。
 呪文を唱え間違えたのが恥ずかしいらしい。
 しかし、その瞬間ガウリイは気がついた。
 ゼロスがリナの呪文を封じたということに。
「それじゃあ、もう一度唱えなおして…………ディムウィン!!」
 リナの声が食堂に響き渡る。……しかし、それだけ。術は発動しない。
「うっ、そ、そんな……」
 リナの顔から血の気が引く。
 動揺をみせるリナ。
 つぎつぎと、知っている呪文を唱えていく。
 やがて、リナは哀れなほど取り乱していた。
 自分の魔法が発動しないことに……
 ガウリイは意外な思いにとらわれた。
 かつて、リナはマゼンダという魔族に魔力を封じられたことがあった。
 そのときリナは、動揺はしていたが、決してうろたえてはいなかった。
 しかしいまは、哀れなほど取り乱している。
「な、なんで、どうして! 力が、魔力が使えないなんて!!」
「落ち着け、リナ。あの日じゃあないのか?」
 心配そうな表情でリナをのぞき込むガウリイ。
 しかし内心では、現在のリナの意外な脆弱さを冷静に分析していた。
「ううん、そんなことはない。ついこの間終わったのはあなたも知ってるでしょう。……って何いわせんのよ!」
 リナが今度は別の意味で顔を真っ赤にする。
 相変わらず、こうゆうところは可愛いよな。
 ガウリイは思った。
「じゃあ一体?」
「わかんない。でも、まずいわ」
「……どうしたんだ、リナ。まさか前、おれに内緒で依頼を受けていたとか?」
 ガウリイの言葉に、弱々しく微笑むリナ。
「今朝起きていたら、これが机の上にあったの」
 リナは優美な便箋をガウリイに差し出す。
「ゼロスからの招待状。まあ、ゼロスそのものと戦うことにはなりそうもないけど、どうやらゼロスは何かとんでもないものを見つけて来たみたいね。このわたしを実験台かなんかにしようとしてるみたい。ホント、ふざけてるわ!」
 ガウリイは、リナの声の中にある怯えに気がついた。
 まるで、か弱い少女が、猛獣の前で見せるような、怯え。
 四年前、いや、二年前なら絶対に怯えなどみせなかっただろう。
 むしろ、覇気と気合いで、ゼロスの挑戦を受けていたに違いない。
 (リナは、ずいぶん弱くなったな。)
 ガウリイは軽い失望を覚えた。
 (いくらゼロスとはいえ、こんなに怯えるなんて。何故だ? ……そうか、おれが過保護にしすぎたせいか。そういえば、リナが呪文を使うのは、いつぶりだろう?)
 ガウリイは複雑な心境になる。
 それと共に、心の奥底に眠っているものが、目覚めようとしているのを感じた。
 あわてて邪な思いを打ち消して、差し出された便箋を受け取るガウリイ。
 ガウリイは便箋から手紙を取り出した。
「なになに、前略リナさん。下記の場所まで来られたし。あなたのために、最強の戦士を見つけてきました。手合わせを願います。なお、こられない場合は、この戦士を野放しにすることになるので、よろしく、ゼロス。……相変わらずみたいだな、ゼロスの奴も」
 ガウリイの言葉に頷くリナ。
「まったくだわね。相も変わらずいろいろ陰謀を巡らしているし。できれば、わたしの目の届かないところでやってくれればいいんだけれど」
 複雑なため息をつくリナ。
「それにしても、魔力が使えないのは致命的ね、ゼロスと渡り合うのなら。でも、行かなければ、あの陰険魔族、何をやらかすかわからないし。……まさかゼロスの奴、わたしの呪文を封じたんじゃあ……」
 リナの言葉にガウリイは内心感嘆する。
 さすがに、頭の冴えと切れは超一流だと。
「うん、考えられるわ。……ガウリイ、こういうことだから、とりあえず朝飯を食べたらこの手紙に載っている塔にいくわよ。いい?」
「ああ、わかった。取りあえず塔に着いてからそれからの事を考えよう」
 ガウリイは同意すると、テーブルの上に並べ始められた皿に手を伸ばした。


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