その15



「…………それが、どうかしたんですか、とおさま?」
 次の瞬間、ミレルの『気』がいきなり変化する。
 それまでのやわらかなものから、硬質で冷たいものに!
「とおさまにそんな当たり前のこと言われても、ミレルは当惑するだけです」
 言葉尻はあくまでも丁寧に、
 それでいて言葉の端々に、尖った、攻撃的なものが含まれていた。
「にいさまとわたしの事に、とおさまが口出しされるのは、ミレル……とっても不愉快です」
 その瞳に、熱くて何がドス黒いものが、たゆたい始める。
 サファイアグリーンの清らかな瞳が、何が別の、そう、まさしく『邪眼』へと変化していく。
 その変化に、驚きの表情を浮かべるカイル。
「たとえミレルがにいさまに嬲られ、殺して捨てられたにしても、それがとおさまと何の関係があるのです?」
「……ずいぶん、生意気なことをいうな、ミレルよ」
 邪眼を向けるミレルに対して、対抗するように言い放つガリウス。
「生意気? なぜそんなことを、とおさまに言われないといけないのです?」
 ミレルは冷酷な声で問い返す。
「わたしはミレル・リーフシュタイン。リーフシュタインなんです。とおさまにそんなことを言われる筋合いはありませんわ」
 ミレルの言葉に、眉を跳ね上げるガリウス。
「にいさま、ミレル嬉しい! にいさまの屋敷の地下室に繋いでもらえるのですね? どんな方法で嬲っていただけるのかしら? ミレル、期待で胸が高鳴っちゃいます」
「み、ミレルっ?!」
 驚愕の表情でミレルを見つめるカイル。
「いらなくなったら、遠慮無く捨てて下さいねっ! にいさまに使っていただけなくなったミレルなんて、ほんと、ゴミみたいなものですから……」
 優しくカイルに微笑むミレル。
 その微笑みには翳りがない。
 その狂気の言葉には相応しくない、
 純真な、姫の表情……
「み、ミレル……」
 カイルの躰に戦慄が走り抜ける。
「……ということですのでとおさま、そろそろこの部屋から出て行って頂けません? それとも、そう、そうね……にいさま、にいさまの屋敷にミレルを連れて行って下さいな」
 嬉しそうに微笑むミレル。
「まてミレルよ、国王であるワシの言葉が聞こえぬというのかっ!」
「わたしを使ってにいさまをいいように縛ろうとする、とおさまの言葉には従えませんっ!!」
 ガリウスとミレルの視線が激突する。
「父上、ミレル……」
 呆然とした表情で二人を見つめるカイル。
 ガリウスの横では、ローザが硬直していた。
「とおさま、ミレルをにいさまを縛る鎖として使うのをおやめください。そうすればミレルは、とおさまの前で今まで通り従順な姫を演じて見せますわ」
「……いつから気がついておった」
 目を細め、問い掛けるガリウス。
「わたしがにいさまの、魅力の虜になった頃から」
 冷静な声で答えるミレル。
「とおさまは何の役にも立たないわたしを、にいさまに会えるようにしてくれました。これだけでもう、確信できました。とおさまがわたしを利用するつもりなのが……」
 今度はカイルに対して気弱な笑みを浮かべるミレル。
「とおさまの策略だとわかっていても、にいさまに会いたかったわたしは、とおさまの策略に乗ってしまった。ごめんなさい、にいさま……」
「ミレル!」
「でも、とおさまが本心を明かされた以上、ミレルはもう遠慮する気はありませんっ!」
 しっかりとガリウスを睨みつける。
 その瞳には強靱な意志が宿っていた。
「ククク、……青いのう」
 そんなミレルに語りかけるガリウス。
「なにがですかっ!!」
「ワシの挑発に乗って、まんまとカイルの前で本性を現しよって……ククク、そこが青いというのだ。アリシアならこんな挑発は聞き流すであろうが、やはり経験不足よのう」
 次の瞬間、大笑いするガリウス。
「なっ、なにっ?!」
「カイルよ、お前が肉奴隷にしようとしているミレルは、こんなにも恐い女だぞ。知っておったか?」
「…………」
 無言で、首を横に振るカイル。
「ククク、知らぬであろう、知らなかったであろう。お前は、自分を破滅させる能力をもった相手を側に置きながら、それに気がつきもしなかった。お前もまた、青いのう……」
「えっ……あっ?!」
 思わず顔を青ざめさせるミレル。
「ククク、今頃気がついたか。アリシアの娘であるお前を、このワシが警戒していないとでも思っておったのか? どうじゃミレルよ。愛しいカイルの目の前で、美しき毒蛇の娘としての本性を晒した気分は? ククク」
「ああっ……」
 絶望の声を上げるミレル。
「そ、そんなっ?! まさか、にいさまの前でわたしのこと、暴くために……」
 戸惑い、困惑し、混乱し、おろおろするミレル。
 カイルに知られたくない姿を見られてしまった動揺に、ミレルはあたふたとしていた。
 ……そんなミレルを、いきなり羽交い締めにするカイル。
「にいさまっ?!」
「悪い子だ、ミレルは。ずっとその本性を隠していたんだね」
 すっと、股間に手をのばすカイル。
「あっ……」
「さっそく毒抜きから始めないと。……もう一度最初から料理してあげる、ミレル」
「あっ、あっ、あんっ……」
 ミレルの躰に手を這わせるカイル。
「ククク、……毒蛇と知って、それでもなお手をつけるか?」
「そうでなければ、父上の息子である資格はない、でしょう?」
 その端正な顔に、邪悪な笑みを浮かべるカイル。
「なんで父上がアリシアを娶ったのかと思ってたけど……」
 ミレルの躰をまさぐりながら、ガリウスに語りかけるカイル。
「いまなら何となくわかる気がする……」
「そうか、ククク」
「ええ、ククク」
 互いに邪悪な笑みを交わし合う二人。
 カイルはミレルを組み敷いていた。
「ありがとうございます父上。こんなに可愛い毒蛇を僕にくれて! もう一度しっかりと調教して、僕の道具として使いこなしてみせます」
 ニヤリと笑うカイル。
「だから父上も、アリシア義母さんをしっかりと飼い慣らしてくださいね」
「ククク、いらん世話だわ」
 そういいつつも楽しげに笑うガリウス。
「ローザよ」
「……はっ、はいっ!」
 ガリウスの言葉にローザはようやく呪縛が解ける。
「馬車を用意してやってくれ。ミレルをカイルの屋敷に送りこむ為のな」
「ありがとうございます、父上」
 その言葉に、嬉しげな声をあげるカイル。
「ミレル、聞いてのとおりだ。僕の屋敷についたら、たっぷりと仕込んでやるからな」
「に、にいさまっ!」
「ククク、ミレルは毒蛇なんだから、容赦はしないよ。絶対服従をその躰に刻み込んでやるっ! 主人であるこの僕に、牙を向けることがないようにねっ!!」
「こ、こわい……」
 カイルに組み敷かれ、わななくミレル。
 ミレルは、期待と恐怖の入り交じった表情を浮かべた。
 それをしばし見ているガリウス。
「さて、我らは出ていくか、ローザ」
 きびすを返し、歩き始める。
 あわてて後を追うローザ。
 その背後からは、ミレルの悲鳴と、カイルの嘲りの言葉が響いていた。


 三ヶ月後、ガリウスはカイルの屋敷を訪れていた。
「よくおいでくださいました、父上様」
 ガリウスの前に片膝をつき、深く頭を垂れている一人の少女。
 金髪が、肩の曲線を流れるように伝う。
 扇情的な、メイド服。
 スカートは、ギリギリのラインでカットされたミニスカートだった。
 その首には、服従の証である銀の首輪、
 その頭には、服従の証である銀のティアラが載せられていた。
 サファイアグリーンのその瞳は、いまは目蓋が閉じられていて見れない。
 美しい少女。
 一点の曇りもなく、完璧な服従の姿勢をとり続けている。
「久しぶりよの、ミレル」
「はい、ご無沙汰しておりました。この前は生意気な事をいって申し訳ありませんでした」
 さらに深く頭を下げる少女、いや、……ミレル。
 そう、それはカイルの屋敷で三ヶ月もの間、徹底的に躾られたミレルのなれの果ての姿だった。
「ククク、カイルめがそう言えといったのであろう?」
「いえ、違います」
 面白そうに問い掛けるガリウスに対して、落ち着いて答えるミレル。
「そうか? まあよい。いずれにしてもお前はカイルのものだからな」
「はい」
 ガリウスの言葉に、こくりと頷くミレル。
「お前はカイルに従順でありさえすればよい」
「はい」
 再びうなずくミレル。
「それにしても見事なものよ。ここまで完璧な肉奴隷は見たことがないぞ」
「その辺の肉奴隷とは、込めている愛情の量が違いますから」
 すました顔で答えるカイル。
「僕の愛情をたっぷりと注ぎ込んで作りましたから。その辺の肉奴隷と比べるなんて、ミレルと僕に対する侮蔑でしかありませんね」
「ククク、いいおるわ」
 楽しげに笑うガリウス。
「そろそろ立たしてくれぬか?」
「直接命令されればよいでしょうに……」
 苦笑を浮かべるカイル。
「いや、こういうことはたとえ親子でも筋を通しておかねばな。ミレルはお前の肉奴隷だから、お前が命令するがよかろう」
「わかりました、父上」
 ガリウスの言葉に苦笑を浮かべるカイル。
「ミレル、お立ち」
「はい、カイル様」
 すっと、立ち上がるミレル。
 それと同時に、その目も見開かれる。
 その瞳にあるのは、輝かんばかりの意志のきらめき。
 それを見て、思わずうなるガリウス。
「本当に調教し、躾けたのか?」
「当然です」
 ガリウスの疑惑の言葉に、答えるカイル。
「それにしては、瞳に宿る光が……」
「気になりますか?」
 クスリと笑うカイル。
「まるで、意志を持った人のようだと? 実際、ミレルから人としての意識は少しも消し去っていませんよ。でもそれだからこそ……」
 パシンッ、
 いきなりミレルの右頬を叩くカイル。
 驚くガリウスの目の前で、
 ……ミレルは嬉しそうに左頬を差し出した。
「ねっ? こんなこと、お人形さんじゃあしてくれないでしょ? ククク」
 軽くあごに手を載せ、右頬を差し出させる。
 そして、ゆっくりと手のひらで右頬を撫でるカイル。
「痛かったかい?」
「……痛かった」
「ごめんね」
「いいの……」
 カイルの手のひらでうっとりとなるミレル。
 その姿を驚きの表情で見つめるガリウス。
「お、おまえは……」
「驚きました、父上? この間もローザがきて愕然としていましたよ。こんなのは肉奴隷じゃないって……ククク」
 カイルの表情に邪悪な笑みが浮かび上がる。
「これも、ミレルが人並み外れて僕を愛してくれていたから……」
 ミレルに微笑みかけるカイル。
「意志のない人形じゃあなく、僕の肉奴隷になるという強固な意志の力を持った肉奴隷。いくら父上でも、こんなのは見たことがないと思いますよ」
 ついっ、と指さすカイル。
 ミレルはうなずくと、カウンターに近づき、お茶の準備を始めていた。
「自分で考え、自分で判断し、僕にとって最良の肉奴隷になる為に、常日頃から気を配ってくれているんですよ」
「うむむむむ……」
 思わず唸るガリウス。
「あの姿だって、僕の趣味にあわせて、……くすっ、自分から着てくれたんですよ」
 本当に、本当に嬉しそうに微笑むカイル。
「準備できました、カイル様」
 お盆を持ってしずしずと進み出ると、絶妙の角度で上品に頭を下げるミレル。
「どうぞお二人とも、あちらのテーブルに進んでください」
 上品な声で、肉奴隷としての媚びを最大限に含んだ声で、ミレルは二人に囁いた。
「さあどうぞ父上様、こちらへ」
 にっこりと微笑み、可愛く首を傾けるミレル。
「う、うむ……」
 そんなミレルを驚きの表情で見つめつつ、さかんに首を振りながら、ガリウスは勧めれるままにテーブルに向かったのだった。


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