その16
ティーカップにしずしずとお茶を入れるミレル。
そんなメイドで奴隷な姿を楽しげに見つめるカイル。
お茶会の準備が終わると、ミレルはカイルの前に跪いた。
「お茶の準備が終わりました、カイル様」
頭を低く下げるミレル。
「ふふっ、相変わらず用意がいいな」
「ありがとうございます」
そう言った後で、顔を赤らめるミレル。
「さて、ミレルも席につくといい。僕の姫として、ね」
「ありがとうございます、カイル様」
ミレルは立ち上がると、その雰囲気をがらりと変えた。
そこにいるのは、メイド服を着た、美しい一人の姫。
優雅な身のこなしで、空いた席に座るミレル。
その表情には、先ほどまであった、奴隷としての媚びは欠片もない。
むしろ、高貴な姫としてのプライドと華美さを、その躰にまとっている。
「ククク、どうです父上? まさしく芸術品だと思われませんか、ミレルのこと?」
「うむむむむ……」
おもわず唸るガリウス。
「ミレルをここまで調教し尽くしてしまうとは、わが息子とはいえ、そら恐ろしい奴じゃの」
「そう言って頂けると、何よりです」
邪悪な笑みを浮かべるカイル。
「さあミレル、父上にケーキを」
「はい、にいさま」
にこっ、と微笑むと、ケーキを切り分け皿に載せ、ガリウスの前に差し出すミレル。
「今日は、蜂蜜とブルーベリーを使ったケーキです。ぜひともご賞味してください、とうさま」
嬉しそうに笑うミレル。
「本当に、美味しそうなケーキだな。まったく、お前は果報者だな、カイルよ」
「ええ、僕も本当にそう思ってますよ。本当に、僕にはもったいないぐらいの姫だと」
ミレルを見つめながら答えるカイル。
二人とも同時に顔を赤らめた。
「まったく、ノロケおって」
思わず苦笑するガリウス。
「まあ、お前達がよろしくやっているのなら、それはそれでよい。アリシアは何かとうるさいが……」
「まだ、アリシアをモノにしてないんですか、父上?」
軽い、驚きの表情を浮かべるカイル。
「そうはいうが、すでに屈服していたミレルとは違って、あやつめはなかなかにしぶとい。肉体はすでにワシに屈服したが、その心はまだ完全に隷従しておらん」
「ふーん、そうなんだ……」
アリシアと聞いて、口元に冷笑を浮かべるミレル。
「苦労なさってますのね、とうさま。なんでしたら、ミレルがお手伝いさせて頂きますけど?」
「そうですね、そうなさった方がよいかもしれません」
「カイル?」
驚きの声を口にするガリウス。
「どうか、ミレルを助手としてお使いください。ミレルのテクニックはローザ仕込み。すでにローザより、いろいろな責めの手法まで習っているそうですから」
「ふむ。だが、……なぜワシを手伝う気になった、ミレル? それはお前の母親を裏切るということなのだぞ」
その問いに、邪悪な笑みを浮かべるミレル。
「にいさまとの仲を引き裂こうとしたかあさまを裏切ることなんて、今のミレルにはなんでもないことですわ。いえ……」
さらにその瞳に邪悪な暗い炎を燃やす。
「ぜひとも手伝わせてください。……ミレル、かあさまにはたぁっぷりと貸しがありますから。ミレルをいいように騙して利用したかあさまが許せないんです」
「ククク、よほど僕との仲を妨害されたのが気に入らなかったようだね?」
「だって! かあさまが妨害していなければ、もっと早くから、にいさまにご奉仕できたのに、気持ちよくしてもらってたはずなのにっ!!」
「ククク……」
満足げに笑うカイル。
ミレルの言葉は、ミレルの洗脳が完全に成し遂げられた証。
みずからが望んだことにせよ、ミレルのかつての価値観は作り替えられ、カイル絶対至上主義者となっていた。
今のミレルはカイルの命令ならば、母親であるアリシアを殺すことすら辞さないであろう。
それほどまでにミレルの心はカイルによって手を加えられ、支配されていた。
「まったくお前は可愛いよ、ミレル。そんなにも僕の奴隷になりたかったんだとはね」
「あっ、あうんっ……」
顔を赤らめうつむくミレル。
「父上、いかがですか? 今のミレルは父上のご期待に添う働きをしてくれると思いますけど」
「ふぅむ……」
考えぶかげに相づちを打つガリウス。
「それに、考えてみるといいと思われませんか? 母であるアリシアを調教するミレル、実の娘のミレルに調教されてしまうアリシアの痴態を」
「それは、いいかもしれんなぁ」
カイルの言葉に、邪悪な笑みを浮かべて頷くガリウス。
「でしょう?」
同じく邪悪な笑みを浮かべるカイル。
「うふふ、かあさま、ミレルに調教されると知ったら、どんなお顔をされるかしら?」
邪悪な期待に胸を膨らませて、楽しそうに笑うミレル。
その表情からはタブーや良識というものが、いっさい抜け落ちていた。
そんなミレルを楽しげに見つめるカイル。
「フフフ、僕も参加させてもらおうかな? ミレルと一緒にアリシア義母上を虐めるのもいいかもしれない」
「こやつ、好きものめ。いっておくが、アリシアはワシのものだからな」
「よくわかってますよ、父上。父上の楽しみを邪魔するようなことはしません」
「そうです。とおさまのお手伝いをするだけで、邪魔はいたしませんわ」
顔を合わせ、微笑みあうカイルとミレル。
「でも、手伝う分だけは楽しませて欲しいです」
ミレルの舌が、そのくちびるを淫らに撫でる。
「まあ、それぐらいならいいであろう。だが……」
邪悪な笑みを浮かべるミレルを見つめるガリウス。
「本当に、すっかり変わってしまったな、ミレルは」
「いけませんか?」
面白そうに問い掛けるミレル。
「わたしとしては、にいさまに相応しい相手になるように努力しただけなんですけど」
「ククク、まったく……カイルよ」
「はい?」
「お前は本当に果報ものよ」
「ええ、それだけは自信をもって言えます!」
部屋中に三人の楽しい笑い声が響き渡る。
その後で三人は、優雅にお茶を楽しみながら、アリシアの調教について、邪悪な笑みを浮かべながら語り合ったのだった。
王宮に一人残されたアリシア。
その前にかしずく一人の初老の男。
「準備はどこまで済んでいますか、ヴィラン?」
アリシアが問い掛けると、男は頭をあげた。
「ほとんど終わりました。あとは、ご命令を待つばかりです」
「そうですか」
物憂げにつぶやくアリシア。
「なんとか成功させねばなりませんね。あなたの活躍に期待しております」
「ハッ」
ヴィランは声を上げた。
「時期はわたしが計ります。今しばらく待っていなさい」
「わかりました」
「それでは下がってよいですわ」
そう言って手を振るアリシア。
「……どうしたのです?」
その場を動こうとしないヴィランに、いぶかしげな表情をするアリシア。
「お約束を確認したいのですが」
ヴィランの言葉に眉をひそめるアリシア。
「わかっています。この企てが成功すれば、わたしはあなたの妻となります。それでよろしいでしょう?」
「国王に、とも言われましたが?」
「くどいっ! わたしの言葉を疑うというのっ!!」
「あなたには前国王の長子、ミレル様がおいでだ」
「だから、ミレルを国王につけると?」
ヴィランの言葉に、厳しい表情を向けるアリシア。
「ミレルのことは、すでに考える必要はありません」
「……なぜですかな?」
「ミレルはすでに、カイル王子の軍門に降りました。もはやリーフシュタインの王子としての資格はありません」
「ほう、それは?」
楽しげに笑うヴィラン。
「あの子は、もはや時間稼ぎの道具としての使い道しかありません。ですから、もはや気にすることはありません」
「それはなによりです」
「わかればここより退出しなさいっ!」
「わかりました、アリシア女王閣下」
含み笑いをしながらそういうと、ようやく退出するヴィラン。
それを見送るアリシアの顔は、憂いに沈んでいた。
「あの人がいるときは、忠勇で誠実な騎士だったのに……」
アリシアはその場で、重いため息をついたのだった。
「あなた、こんなことをしてもあなたが戻ってくることがないことは百も承知です。それでも……」
悲しみに眉を振るわせるアリシア。
「あなたが守ろうとしたリーフシュタインは、わたしの手できっと復興させてみせます!!」
アリシアは決意も新たに、心の中に誓ったのだった。
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