その17



 数日後、ヴィランは王宮の中を一人で歩いていた。
 目的地は、アリシア女王の居室。
 ドレッド国に対する反乱と、リーフシュタインの復興に関する秘密の相談をする為である。
 すでに、準備は出来ていた。
 リーフシュタインに割拠する有力貴族の同意はすでにとっている。
 あとはアリシアを旗印に、反乱を起こすだけだった。
 口元が緩むヴィラン。
 貴族達には言っていなかったが、成功した暁にはアリシアを娶り、リーフシュタインの国王として君臨するという密約を、すでにアリシアと取り交わしていた。
 内心、自らの野心をギラつかせながら、廊下を歩くヴィラン。
 そんなヴィランの前に現れたのは、……ミレルだった。
「こ、これはミレル様……」
 あわてて頭を下げるヴィラン。
「あっ、ヴィラン近衛騎士団隊長……」
 ミレルもヴィランに気がつき声をかける。
 その言葉に苦笑するヴィラン。
「もと、……が付きますが」
「あっ、ごめんなさい。いまは無冠でしたわね」
 あわてて謝るミレル。
「いえいえ」
 すぐに、リーフシュタイン国王という肩書きを得ることになりますから。
 内心そうつぶやきつつも、しおらしくミレルに話しかけるヴィラン。
「ミレル様は本日はどうされたのですかな? お母上に会われる為に、来られたのですか?」
「ええ、それもありますけど……」
 ミレルの瞳の奥が、光る。
「実は、あなたにも用があって探していたんですの」
「わたしに?」
 いぶかしげな表情をするヴィラン。
「ええ」
 そういいつつ、ヴィランに近づくミレル。
「いったい、どういうご用件ですかな?」
 微笑みを浮かべながら問い掛けるヴィラン。
「用件は、えっと……」
 一瞬、視線を宙にさまよわせた後、ヴィランを見つめるミレル。
「?」
 そんなミレル姿に、いぶかしげな表情を浮かべるヴィラン。
「用件はただひとつですわ」
 懐からサッと、暗殺用の短剣を取り出すミレル。
「わたしの為に死んでください」(はぁと)
 ザクッ、
 油断をしていたヴィランの脇腹にミレルの短剣が突き刺さるっ!
「き、きさまぁっ!!」
 あわてて剣を引き抜き、ミレルに対して振るうヴィラン。
 しかしミレルは、すでに剣の届く範囲から離れていた。
「マンティコアの猛毒です。うふっ、すぐにあの世にいけますわ」
 楽しげに微笑むミレル。
「な、なぜだぁ!!」
 叫ぶヴィラン。
「だって、反乱なんて起こそうとするからですよ」
 軽く指を振りながら答えるミレル。
「がはっ!!」
 そんなミレルの目の前で、絶命するヴィラン。
 それを、あくまでも楽しげに見つめているミレル。
「近衛騎士隊長だったというから、もっと手強いとおもったんだけど……」
 微笑みを浮かべながらつぶやくミレル。
「意外に、あっけなかったわね。いくら油断をしていたとは言っても、歯ごたえなさすぎ」
 わずかに嘲りを含んだ笑みを浮かべるミレル。
 ヴィランが死んだことを完全に確認すると、
 ミレルはパチンと軽く指を鳴らした。
 その音を聞き、現れたのは三人の黒人の大男。
「ギーとズーは死体を運んで。ダーはここの痕跡を隠してね」
『ワカリマシタ、ミレルサマ』
 黒人達は、一斉にこたえる。
「頼んだわよ。終わったら、次はかあさまの部屋にいくから」
 ミレルはその瞳に狂気の光を宿し、三人に命令したのだった。


 トントントン、
 アリシアの部屋をノックする音が響き渡る。
「誰なの?」
『ミレルです、かあさま』
「ミレル?」
 外から聞こえてきた声に、意表をつかれるアリシア。
「今頃、何の用です!」
 きつい口調でアリシアは詰問した。
 窓に視線をやると、すでに日は完全に沈んでいる。
 いくら親子だとはいえ、面会の時間はとっくの昔に終わっていた。
『にいさまの別荘から帰ってきたので、あいさつに』
「そう」
 その言葉を聞き、思考を忙しく働かせるアリシア。
 ……無事に帰ってきたということは、ミレルが男であることはバレてないと思っていいわね。それなら、もっと時間を稼ぐことができるかも……
 いそがしく打算を働かせるアリシア。
『かあさま? 入っていいですか?』
 ミレルの言葉に、ハッとなるアリシア。
 今日は、ヴィランと反乱の最後の調整をする日であることを思い出したのだ。
「ミレル、明日また来なさい。今日は用事があるの」
『そう、……ですか?』
 悲しげなミレルの声。
『せっかくヴィラン隊長、いえ、元隊長も来てくれているのに。でも、わかりましたわ。また明日来ます』
「ヴィランが来ているのっ?」
 あわてて問い直すアリシア。
『ええ。でも、かあさまが……』
「そうであるなら話は別です。仮にも、リーフシュタインの近衛騎士隊長だった者をそのまま返しては、わたしの名前に傷がつきます。わかりました、いま扉を開けます!」
 そういった後、扉に近づくアリシア。
 本来なら、常時数人のメイドがいる部屋であるが、
 ……密談の為にアリシアは、メイド達を別室に遠ざけていた。
 ミレルの訪問に内心舌打ちしながら扉を開けるアリシア。
 そのアリシアの前に現れたのは、黒人の大男だった!
「お、お前はっ?!」
 てっきりヴィランがいると思っていたアリシアは、予想外の事態に瞬間、硬直した。
 そして、それで十分だった。
 微笑みながら見つめるミレルの目の前で、
 アリシアは三人の黒人達に猿ぐつわを噛まされ、
 体中を革紐で拘束されていった。
 その様子を楽しげに見つめるミレル。
 やがて完全に拘束されたアリシアは、ミレルの前に立たされていた。
「かあさま、油断しましたわね」
 にっこり、微笑みかけるミレル。
 そんなミレルを怒りと驚愕の表情で見つめるアリシア。
「やっぱり思ったとおりですわ。侍女、一人も置いていない……」
 室内を見渡して、くすりと笑うミレル。
「ヴィランと何を話すつもりだったのかしら、かあさまは? それとも、何かいけないことをするつもりだったのかしら? くすっ」
 そんなミレルの態度に、心底、驚愕するアリシア。
「さて、かあさまには眠っていただきますわ。これで……」
 瓶をアリシアの前にかざすミレル。
「これって、本当によく効くんですよ。わたしもこれを使われたことがありますから、よくわかるんです」
 蓋を外し、アリシアの顔に近づける。
 しばらくすると、
 アリシアの頭が、がっくりと前に崩れ落ちた。
 それを確認すると、廊下から白い衣装ケースを部屋に持ち込む黒人達。
 次の瞬間、アリシアをすかさず梱包しはじめる。
「さて、かあさまをローザの屋敷に連れ込みますか……」
「ワカリマシタ、ミレルサマ」
 うやうやしく頭を下げる黒人達。
 そんな黒人達に、明るく微笑みかけた後で、
 ミレルは先頭に立って、アリシアの部屋を後にしたのだった。
 邪悪な笑みを、その顔に浮かべながら……


 ローザの娼館はいつも通り盛況だった。
 ドレッド国随一の娼館。
 さまざまな身分の多くの男性達が、一時の快楽を求めて館の中に入っていく。
 そんな娼館の正面玄関に、りっぱな馬車が止まった。
 それ自体は不思議なことではない。
 多くは語られないが、じつはローザの娼館で楽しむ貴族はかなり多かったりするからだ。
 しかし次の瞬間、娼館に楽しみに来ていた人々が一様に驚いたのは、
 馬車から降りてきたのが、まだうら若い少女だったからだ。
 それも、金髪、緑眼の絶世の美少女。
 あまりに似つかわしくないその姿に、周囲のものは困惑を隠せなかった。
 さらにはその後ろに付き従う三人の黒人の大男達。
 三人は、白い大きな衣装ケースを抱えていた。
「おい、みろよあれ!」
「すごいな」
「……というか、ここを普通の宿屋と間違えてないか?」
 一人のやじうまの言葉に、一斉に周囲の者が頷いた。
 どうみても、そうとしか考えられなかった。
 高貴で優雅なその姿と、娼館という存在は、あまりに違和感がありすぎた。
 そうこうしている内に、しばらくして娼館の扉が開き、
 そこから現れた人物を見て、さらに一同は驚いた。
 館の主人であるローザが、お供を連れて現れたのだった。
 客に対して、絶対に直接迎え出たことはないと言われていたローザが……
「ようこそおいで下さいました」
 少女に対して声をかけるローザ。
「お世話になります、ローザ。しばらく滞在する予定ですから」
「部屋の準備はすでに整っております」
 うやうやしく受け答えをするローザ。
「じつは、あなたと会うのを楽しみにしていたんですよ」
 にっこりと微笑みかける少女。
 サファイアグリーンの瞳に暖かい光が宿る。
「あなたとは、実に一月ぶりの再会だから……」
 嫌みのない、微笑み。
「あなたに、今のわたしを見て欲しくて、それと……」
 口元が、微妙につりあがる。
「わたしの友人としての、あなたとの関係を、しっかりと、……確かめる為にも」
 意味深な少女の言葉に、思わず苦笑するローザ。
「よくわかっておりますわ。……最愛の友人として歓迎させて頂きます。では、中に入ってくださいな。一番上等な部屋を用意しておりますから」
「ありがと、ローザ」
 ローザに手を引かれて、館の中に入っていく少女。
 ローザと少女のやりとりとその姿に、周囲の一同は納得したような表情を浮かべた。
「どうやら、館の主人ローザの個人的な親友らしい」
「あの少女、彼女の職業を知らないんじゃないか?」
「それは、ありうるよな」
「でも、娼館の主人と貴族らしい少女、どうやって知り合ったんだ?」
「まあ、結局あの少女はここの『客』ではなかったということだよな」
「そりゃそうだろ? どうみても、そんな風には見えないよ!」
 口々に語り合う周囲の者。
 しかし周囲の者の思いとは裏腹に、
 少女はローザの職業を知っていたし、
 館が何をする所なのかも、当然知っていた。
 さらにいえば、
 少女はローザの娼館の『客』として、それも、もっとも『最上級の上客』として、ローザの娼館を訪れていたのだった。


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