その5

 「ずいぶんお楽しみでしたわね」
「あっ、ああ」
 ローザの差し出す杯を受け取りつつ、カイルは返事をした。
 ミレルは力尽き、失神した後、ベッドの上ですやすやと眠っている。
「愛、ですわねぇ……」
 ワインを口に含んでいたカイルは思わず吹き出しかけた。
「い、いや、僕は男なんかより、やっぱり女の子の方がいいと思うし、そもそもミレルを 抱いているのだって、まだ利用価値があるから!」
「はいはい、あまり大きな声を出すとミレルが起きちゃいますわよ」
 その言葉に、思わず口をつぐむカイル。
「まあ、カイル様はどうであれ、ミレルがカイル様を愛しているのは確実のようですわね」
 カイルの欲望の残滓を躰に残したまま、幸せそうな表情で眠っているミレルを見て、ローザはつぶやいた。
「カイル様の精液を喜んで身に纏うほどにね」
 カイルの目の前で舌なめずりするローザ。
「愛情は、使い方によっては調教する為の強力な武器となりますわ。どのような手段を使われたのかは知りませんけど、ミレルはすでにカイル様の恋の奴隷。いかようにも料理できますわ。たとえば……」
 カイルに耳打ちするローザ。
「……ふむ」
 カイルの瞳に邪悪な光が宿る。
「心、か?」
「はい。初めは躰から屈服させようと考えたのですが、予想以上に堅いですわ。ここはまずカイル様に協力して頂き、心から陥落させる方がよいかと」
「そうだな」
 愛おしそうにミレルを見つめるカイル。
「まさか、僕以外の男に反応しようとしないとは、思いもよらなかった。この娼館の娼婦のようにすぐに陥落して、誰にでも尻を振るようになるとばかり思ってた」
「……うふふ」
 カイルの言葉に、わざとらしい含み笑いをするローザ。
「な、なんだ、ローザ?」
「いえ、なんでも。……それにしてもこの子も可哀想ですわね。男の子でさえなかったら、大好きなカイル様と結婚して、ノーマルなセックスをして、子供を作って姫として幸せに生活出来たはずなのに」
「お前がそれを言うのか、ローザ?」
 目を細めて見つめるカイル。
「あら、いけません? わたし、この子のこと結構認めてるんですのよ。少なくともカイル様の女になる実力は十分にありますわ。それなのに、可哀想……せめて、カイル様の側で仕えることができるように、きっちりと調教してあげないと。うふふ」
 ローザの言葉に肩をすくめるカイル。
「ミレルは道具だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「それは、この子が男の子だからでしょう?」
「………………」
 しばし沈黙するカイル。
「いずれにしても性別を変えることは出来ない。らちのあかない話は止めて、そろそろ調教の手順について話してくれ、ローザ」
 そういったカイルの表情は、多分に苦いものを含んでいた。


 ミレルが再び目を覚ましたとき、ミレルは十字架にはりつけられていた。
 もちろん、裸で。
 ミレルの目の前にはローザが立っており、鞭を片手に楽しげに微笑んでいた。
 険しい視線でローザを見つめ返すミレル。
 ローザはそんなミレルを余裕の笑みで見つめていた。
「ずいぶん反抗的な視線だこと」
「わたしの躰、にいさま以外の人に好きにさせるつもりはない」
「あらあら」
 ミレルの言葉に、わざとらしくあきれた声を上げるローザ。
「カイル様に可愛がられて砕けたと思ったけど、しっかりと立ち直ってるし、面白い子」
 婉然と微笑むローザ。
「普通はあれだけ可愛がられたら、あとはなし崩しに肉欲に溺れていくだけなのにね」
「…………」
 ミレルは沈黙した。
「まあいいわ。あなたにカイル様が話したいことがあるそうよ」
 ローザの言葉に、ミレルの視線が揺らぐ。
「にいさま、が……」
「そうだ」
 背後からいきなり囁くカイル。
「あっ……」
 うろたえるミレル。
 硬い表情が一気に崩れ落ちる。
「ミレル、僕は実際どうしようか迷っている。君が女の子でない以上、殺してしまうのが一番なのだろう」
「にいさま……」
「でも、僕はそうはしたくない。となると選択肢は限られてくる。ミレル、僕の性欲処理の道具になる気はないかい?」
「…………」
 沈黙するミレル。
「なぜ返事をしない? もはや君が生き残るにはそれしかないというのに?」
「……にいさまに、抱かれるのは、きもちいいです。でも、道具として抱かれるのは、イヤです」
 つぶやくミレル。
「そうか、残念だよ、ミレル」
「にいさま……」
 ミレルの背後から正面に移動するカイル。
 顔を赤らめるミレル。
「あっ……」
「ホントにそれでいいの、ミレルちゃん?」
 今度はローザが近寄ってきて、ミレルの耳元に囁く。
「カイル様の性欲処理の道具になれるのよ? 光栄だと思わないの?」
「わたしが、……身分の低い女の子なら、そうなんでしょうけど……」
 目を伏せるミレル。
「わたしは、姫、だから」
「そう」
 次の瞬間、いきなり厳しい表情になるローザ。
「つまり、あなたにはカイル様を裏切った罪の意識がない上に、その代償を支払うつもりもないってことね!」
「えっ?」
 驚きの声を上げるミレル。
「とぼけちゃって。何が姫よっ! 男のクセにカイル様をたばかり、姫としてのうのうと生きてきた罪がわからないとは……」
 あざけりを含んだ声を投げかけるローザ。
「あなたは、カイル様を騙していたんですのよ!」
 その言葉に、衝撃を受けるミレル。
「わたしが、にいさまを、騙していた……」
「そうですわ」
 ミレルの言葉に、したり顔で呟くローザ。
「騙して……た」
 呆然と、ミレルは呟いた。
 そんなミレルの耳元で、さらに囁くローザ。
「罪滅ぼしをしなければなりませんね、ミレル」
「つみほろぼし……」
「カイル様は、あなたに性欲処理の道具になって欲しいと頼んでいるんですよ。わかりますか、ミレル、頼んでいるんです!」
「あっ、……ああっ」
 喜びとも、恐怖とも区別がつかない呻きを漏らすミレル。
「断ってもいいんですか、ミレル? カイル様を騙したあなたに、そんなことが出来るのかしら? 騙し、裏切った後で拒絶することが? カイル様を慕っているのでしょう、ミレル。そんなあなたに拒絶することが出来るはずがないっ! 違う?」
「……ちが、わない。ことわれない。ことわることができるわけがない……ごめんなさい、にいさま……」
 虚ろな表情で謝るミレル。
 ミレルの瞳から、強い反抗心を示していた輝きが、……消えた。
 それを確認すると、満足げに笑うローザ。
「ミレルは、ミレルは、にいさまの望むモノになりますから、ミレルを許して下さい……」
 虚ろな表情のまま、傍らに立っているカイルに懇願するミレル。
「そうか。いいんだな?」
「はい……」
 ミレルの返事を聞き、邪悪な表情を浮かべるカイル。
「では、まずはローザの命令に従え。そして、僕に奉仕するテクニックを身につけるんだ」
「で、でも……」
 戸惑いの表情を浮かべるミレル。
「あら、まだ反抗するつもり?」
「…………」
 ローザの囁きに、がっくりと首を折るミレル。
「わかりました……にいさま。言いつけに従います……」
「そうか。ではよろしくたのむぞ、ローザ」
「おまかせを、カイル様」
 そう言った後で、腕をミレルの裸の躰に絡みつけるローザ。
「ふふっ、これからはわたしのことを、ローザ様とお呼び。わたしの言葉をカイル様の言葉と思って従順に従うのですよ」
「…………」
「返事はっ?」
 パシィン、
 ミレルの尻を叩くローザ。
「…………はい」
「『はい、ローザ様』でしょう?」
「はい……ローザ様」
 言葉に感情を込めず、呟くミレル。
「まったくこの子は強情な」
 そんなミレルを楽しげに見つめる。
「そんな子には、まずは浣腸ね。わたしの前で臭いものをひりだしたら、そんな生意気な態度もとれなくなるでしょ」
 軽い口調で、ローザはつぶやいた。
「…………えっ?」
 ミレルの瞳が驚愕で見開かれる。
「うふふ、まずは恥辱の海にたっぷりと漬けてあげる。姫として、いいえ、人としてのプライドがどこまで保つかしら? うふふ……」
「いやっ、……そんなの、いやぁっ!!」
 ミレルの悲痛な叫びが、地下室の中へこだました。
 そんなミレルの姿を眺めつつ、カイルはひそかにほくそ笑んでいた。


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