青井慎也は、彼の事務所が入っているビルの地下駐車場へ降り、そこに停めてある愛車にもたれて、何かを待っているかのようにイライラと身体を揺すっていた。
車は2021年製の黒いルノー・ハイブリッド。
彼が独立開業する以前から使用している物なのだが、共に死線をくぐった、戦友とも言うべきこの老朽車を、慎也はなかなか処分出来ずにいる。
それにこのルノーは父が乗っていた物と同型車で、シートに座っていると、何となく父の顔を思い出せるような気がするのだ。
しかし、優しく快活だった父も、そして母も、もうこの世にはいない。この国をズタズタにしたあの忌まわしい地震が、幼い慎也から両親を同時に奪ってしまったのだ。
その時以来、長く孤独の中で生きてきた自分だけに、一時は兄妹のように暮らした恵麻里を失いたくはなかった。愛しているということとは別に、その思いだけが、半ば強迫的に彼の胸を占めていた。
チチチチチチ・・・・・
左腕のコミュニケーターがささやくように鳴り、呼び出しランプが明滅する。慎也はスイッチを入れ、表示キューブを目の前にかざした。
「・・・・・」
キューブの中に、細かい緑の文字や地図などが超高速で配列されてゆく。
何者かが送信してきたそれらのデータこそ、慎也の待っていたものだった。
「フン、思いの外、時間がかかったな・・・」
愚痴めいた独り言を洩らしてコミュニケーターの通話を切り、慎也は表示基部に青く浮き出ているデジタル数字をチラリと眺めた。
・・・時刻は間もなく、午後二時を回ろうとしている。
彼はルノーに乗り込み、勢い良く駐車場を出た。車は真っ直ぐに、都心部へと向かうハイウェイの最寄りランプ(出入口)を目指していた。
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