「ほれほれ、とっとと進まんか!」
恵麻里は「サンクチュアリ」内の廊下を、老医師アゲットに追い立てられるようにして歩かされていた。
この施設の3Fには廊下に沿って六つの部屋があり、恵麻里が惨たらしい手術を施されていたのはその東端の一室だった。そして今、部屋から連れ出された恵麻里は、西側の端に向けて廊下を渡らされている・・・。
「うッ・・・ああ・・・・」
一歩足を進める度に、恵麻里は眉音を寄せてうめき声を上げる。
未だ一糸纏わぬ全裸のまま、両腕はバンドによって後ろに束ねられてはいたが、脚の縛めは外されている。歩行に不自由はないはずなのだが、しかし彼女の歩みは、まるで長期間ギブスをはめられていた傷病者でもあるかのように弱々しく、頼りなかった。
(・・・ま、まさかこんな・・・まともに歩くことすら出来ないなんて・・・あうッ!・・・い、一体どうすればいいの?・・・・)
恐ろしい魔の細胞を植え付けられたばかりの秘唇、そして一向に火照りの収まらない肉芽が異常な性感の発信地となり、一歩歩くごとにズキーンと脳天を突き上げるようなショックが襲ってくるのだ。
普通に歩くどころか、しゃがみ込まないようにするだけで精一杯で、恵麻里は歯を食いしばりながら、身を揉むようにヨチヨチと足を送るしかなかった。無論、走って逃げ出すことなどは出来そうもない。
「も、もうダメ・・・・」
廊下を半ば程まで進んだ所で、恵麻里は全身を苛む淫靡な感覚に堪えかねて、中腰に立ち止まってしまった。
「もう・・・歩けないわ・・・。お願い、少し休ませて・・・・」
逆Yの字に踏ん張った脚がガクガクと震え、今にもその場にへたり込んでしまいそうになる。
膣内の襞の一つ一つが、まるで官能という膿を一杯に溜め込んだ水疱になってしまったかのような、異様な感覚であった。これ以上一歩でも進めば、その刺激が水疱を破裂させ、汚れた膿がドッと溢れ出してしまう・・・・そんな奇妙な恐怖感が、恵麻里の歩みをためらわせていた。
「おいおいお嬢ちゃん・・・」
アゲットは苦笑を浮かべてかぶりを振り、
「ワシはお前さんに、無理やり山登りをさせてるって訳じゃないんじゃよ。部屋から部屋へ、ほんのちょっとした距離を移動してくれと言っとるだけじゃ。いくらなんでも、そのくらいのことが出来ないわけはないじゃろう?」
「で、でも・・・・」
「ゴールの部屋は、ほれ、すぐそこじゃ。頑張って進まんか!」
アゲットのかさついた掌が、汗に濡れた恵麻里の背中をドン!とどやすように押しやった。
「あッ!イヤッ!・・・」
悲壮な声を上げ、恵麻里はその場に踏みとどまろうと腰を落としたが、その動作がかえって局所には大きな負担となったらしい。
「あァァァーッ!・・・」
あえかな悲鳴と共に、恵麻里はなよなよと身悶えながら、尻もちを付く格好でその場にへたり込んでしまった。
「ううッ・・・うッ、うッ・・・」
震える肩の間へ深く首を折り、絶望しきったように嗚咽を漏らしながら、すり寄せた双脚を腹の下へと折り畳み、少しでも秘部を覆い隠そうとする。その部分がヒクヒクと痙攣し、まるで射止められた獣の傷口ででもあるかのように、新たな体液を流し出しているのが感じられた。
不安の通り、ほんの急な動作を強いられただけで、女体の芯が脆くも官能に爆ぜてしまったのだ。最前散々に気をやらされ、汚れた欲求を思うさま吐き出し尽くしたばかりの身体だというのに!・・・・
(・・・恥ずかしい!・・・これは本当に私の身体なの?・・・しかもこの淫らな感覚から、もう一生逃れられないなんて!・・・・)
耐え難い屈辱、そして羞恥と共に、決定的とも言える敗北感が、心を一杯に満たしてくるのを恵麻里は感じた。
あのクリスにも、ゾニアンによって無理やり屈辱的な絶頂へと導かれはした。しかしそれは、しょせん薬が効いている間だけの事だ。処女こそ奪われたが、薬さえ効力を失えば、いくらでも逆襲に転じるチャンスがあると思われたのである。
だが、バイオチップによるエクスタシーは違う。
アゲットの言ったとおり、それは恵麻里の肉体から永遠に消えることのない「呪い」なのだ。
もはや自分には、本当に「性の商品」として売られてゆく運命しか残されていないのかもしれない・・・・そんな絶望感が、胸を押しつぶすように膨れ上がってくるのだった。
「こらこらお嬢ちゃん・・・」
クックッと小さく笑いながら、アゲットは恵麻里の前に回り込んで見おろした。
「ワシのバイオチップがお気に入りのようで光栄じゃが、ガツガツ楽しむのはまた後にしてくれんかの。さっきも言ったとおり、その快楽はいつでも好きなときに味わえるのじゃから・・・」
「・・・・・」
「それに何しろ、クリスの奴が待ちくたびれておるのでな。お前さんに何か用があるんだそうじゃ。さあさあ、立つんじゃよ!」
仕方なく、恵麻里は震える脚に何とか力を込め、ようやくフラフラと中腰に立ち上がった。
普段ならば片手でも投げ飛ばせそうなこの老医師に、今の恵麻里は歯がみをしながらも素直に従うしかない。繰り返し浅ましく気をやる様を見られてしまったという負い目が、肉体的にだけでなく、精神的にも、彼女の抵抗力をくびきに繋いでしまっていたのだ。
「う・・・くッ・・・・」
呻き、喘ぎながらもトボトボと歩を運び、やっとの思いで西の端の部屋にたどり着く。20メートルそこそこのその距離が、恵麻里にはまるで広大な砂漠を横断してきたかのように感じられた。
「長い道のり、ご苦労さん。さあ、中へお入り・・・」
ニヤニヤとからかうように言いながら、アゲットがドアを開ける。
・・・そこは、最初に恵麻里が閉じこめられた部屋よりもひとまわり大きなオフィスルームだった。
室内には床一面にクリーム色の絨毯が敷かれ、最新式のデジタル端末が乗った事務机と書類棚が窓際に置かれている。
奥の壁にはガッシリとした木製のドアがはまっていて、もう一間、続き部屋が設けられているらしいことがわかった。
「ようクリス、こちらはひとまず終わったぞ」
アゲットは事務机の前に座っているクリス・宮崎にそう呼びかけたが、ちょうど電話中だったらしいクリスは、アゲットの方にちょっと片手を上げただけで、そのまま通話を続けている。
「・・・ええ、上手くいったわ。・・・ううん、大丈夫、間に合うわよ。・・・ええそう、じゃあ時間どおりに・・・・」
ふふっと含み笑いをしながら受話器を置き、クリスはこちらに向き直った。
「ご苦労様、アゲット。いつもよりも少し時間がかかったわね。何か不手際?」
「いやいや、手術は大成功じゃよ。あんまり見事な出来映えなんで、つい楽しみすぎてしまったんじゃ」
「あらそう・・・」
苦笑をし、クリスは椅子から立ち上がる。
「要するに、『獲物』は申し分ない健康体で、バイオチップはしっかり根付いたってことなのね?」
「そうじゃ。とりあえずは膣の周りだけじゃがな。・・・明日までに極端な拒絶反応が現れなければ、他の部分・・・つまり乳首や肛門にも移植をしてみよう」
(そ、そんな・・・・)
二人の悪魔の恐ろしい会話を聞き、恵麻里の顔から思わず血の気が引いた。
すでにまともに歩くことさえ適わない身体に、この上まだ淫らな改造が加えられるというのだろうか?・・・・
「まあ、震えているの?恵麻里ちゃん」
クリスが、蒼白になった恵麻里の顔をのぞき込むようにして言った。
「怖いことなんか何もないのよ。逆に、今よりももっと気持ちが良くなるの。フフ・・・バイオチップがどんなに素敵な魔法か、もうあなたにも分かっているでしょう?・・・」
「!・・・・」
クリスの視線が自分の股間に注がれていることに気付き、恵麻里は中腰の身体をさらに屈めるようにすくませた。
なだらかな下腹部の草むらには、心ならずも吹き出した淫らな汗が所々に滴のように溜まり、キラキラと輝いている。そしてその汗は、固く閉じ合わせた太股のあわい目に沿って粘い流れを作っているのだ。
恐ろしい悪魔の媚薬と人工細胞に脆くも打ち負かされてしまった自分の情けなさを思い知らされるようで、その部分を見られることは堪らない恥辱であった。
「フォフォ・・・どうじゃなクリス?お嬢ちゃん、すっかり大人しくなっとるじゃろう?」
と、アゲットが自慢げに肩をそびやかし、
「S・Tじゃろうが何じゃろうが、ワシの手術にかかればアッと言う間にこのザマさ。従順な奴隷が一丁上がりって訳じゃ」
「そうね、素直になったのは好都合だけれど・・・・」
微笑を浮かべたまま、クリスは恵麻里の顎を摘むように持って仰のかせた。
「でも、もうひと頑張り元気を出してもらわなくちゃ困るわ。・・・実はあなたに頼みたいことがあるの」
「た、頼み?・・・」
意外な申し出に、恵麻里はギョッとなってクリスを見上げる。
「そうよ、あなたにしか出来ないことなの。ぜひ引き受けて欲しいのよ」
「な、何をしろと言うの?・・・」
「簡単なことよ。私たちの仕事を・・・まあつまり非合法な仕事だけれど・・・ちょっと手伝って欲しいの」
「ば、馬鹿な!出来ないわそんなこと!」
驚き呆れ、叫ぶように恵麻里は言った。
「見損なわないで!あなた達の悪事の片棒をかつぐなんてとんでもないわッ!」
「見損なう?あなたこそ、自分のことを少し買いかぶりすぎてやしないかしら?」
クリスは嘲るように言い、
「今のあなたは正義を守るS・Tでも何でもないのよ。私たちに捕まって身体を作り替えられ、あそこからイヤらしい汁を垂れ流してる、単なるメスの獲物じゃない。せいぜい私たちのお先棒を持つのがお似合いだとは思わない?」
「な、何と言われても・・・」
恵麻里は後ろ手にされた上体を反らせ、気力を振り絞って相手を睨み付けた。
「それだけは絶対にお断りよ!例え殺されたって、言うことなんか聞くもんですかッ!」
クリスの下品な揶揄が、恵麻里のS・Tとしての最後の意地に、かえって火をつけたのである。
激しい怒りが肉体の疼きを一瞬忘れさせ、完全に萎えかけていた精神に新たな闘志が沸き起こってくるのを、恵麻里は感じた。
「フーン・・・」
困惑したようにかぶりを振り、クリスはアゲットに唇を突き出して見せた。
「『すっかり大人しくなった』が聞いて呆れるわ。この娘まだまだあきらめが悪いようよ」
「驚いたな。大した精神力じゃ・・・」
アゲットはばつが悪そうにうなずいて、
「バイオチップは完全に機能しておる。普通の女なら、立っているのがやっとで、とっくに抵抗する気力を無くしとるはずじゃが・・・。こりゃあこのお嬢ちゃん、本当に殺されたって言いなりにはならない覚悟らしいぞ」
「フン、だからといって引き下がるわけにいくものですか!」
クリスは腕を組み、眇になって恵麻里を見下ろした。
「どうやらこの娘には、自分の立場ってものをもう一度思い知らせてやる必要がありそうね。アゲット、あれをこの娘に見せてやって!」
「あれって・・・あれかい?」
アゲットは目を瞬き、意外そうにクリスを見た。
「そりゃワシは構わんが、お前さん、ありゃ後のお楽しみに取っておくと言っておったじゃないか」
「ええ、そのつもりだったけれど・・・」
クリスはうなずき、
「でも仕方がないじゃない。この娘は殺されるより辛い目に合わせないと、今すぐには言うことを聞きそうにないもの。・・・あまりのんびりとはしていられないのよ。急ぎの仕事を手伝ってもらいたいんだから」
「やれやれ、分かったよ・・・」
アゲットは鼻を鳴らすと、奥の壁のドアを開けて次の間へと姿を消した。
(・・・一体何をする気なの?また新たな媚薬や拷問具を持ち出すつもりかしら?・・・・)
恵麻里は想像し、恐怖に身を固くしたが、同時に不思議な、開き直りのような感情をも覚え始めていた。
そう・・・もしかすると、もうこの組織からは逃げられず、性の商品として売られてゆく運命も変えられないかもしれない。更なる肉体改造に狂わされ、再び泣いて許しを乞うこともあるだろう。
だがしかし、犯罪行為への協力だけは何としてでもはねつけてやればよいのだ!
それだけを貫き通せれば、S・Tとして生きてきた自分の、最後のプライドだけは守り抜くことが出来る!・・・・そう決意し、恵麻里はアゲットが消えた部屋のドアを睨み付けた。あの老医師が、その部屋から何を持ち出して来ようと、それがたとえ、更に強力なバイオチップであったとしても、出来得る限りの抵抗を試みるつもりだった。
「ほれクリス、受け取れ!」
ドアが開き、アゲットの右手がニュッと突き出された。
・・・が、その手に握られているのはバイオチップや媚薬ではなく、まして拷問具の類でもないらしい。
「?・・・・」
・・・それは明るい紫色に塗られた、ナイロン製らしいロープであった。一端がループ状になっていて、アゲットの手はその部分を握っている。
(この縄は何?・・・私をさらに縛り上げようというの?・・・・)
怪訝そうに見つめる恵麻里には構わず、クリスはアゲットの手からロープを受け取ると、それを強く手繰り寄せた。
「むぐぅううーッ!・・・・」
くぐもった叫び声が起こり、同時にドアが勢い良くこちらへ開かれた!
「あッ!・・・」
恵麻里は思わず驚愕の声を上げ、目を大きく見開く。
ロープの反対側には、恵麻里の両手を繋ぎ止めているのと同じ暗赤色の革バンドが付いていて、それが一人の人物の首をグルリと巻き取っていたのである!
まるで首輪をはめられた犬のように、ドアの中から引きずり出されてきたその人物とは・・・!
「し、静音ッ!!・・・」
悲愴な面持ちで、恵麻里は絞り出すような叫びを上げた。
・・・そう、そこに繋がれていたのは、彼女にとって一番の親友であり、かけがえのないパートナーでもある、静音・ブルックスその人の、惨たらしく全裸に剥かれた姿だったのである!・・・・
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