第六章 慟哭・裏切りの黄昏・・・1

 五時のチャイムが鳴り終わると、クラブ活動を終えた乙女たちが、笑いさざめきながら一斉に校門の外へと溢れ出た。
 「ごきげんよう・・・」
 「ごきげんよう・・・」
 別れの挨拶があちらこちらで囁かれ、女生徒たちは三々五々、めいめいの家路へと着く。
 中には、校門前にズラリと並んだ出迎えの高級車に乗り込む者も多い。いつもと変わらない、蓬莱女学院の終業風景である。
 旧副都心部からやや西北側に位置するこの超名門校は、厳しすぎるほどの淑女教育で全国にその名を知られている。
 通学する女生徒たちにも良家の令嬢が多く、彼女たちの立ち居振る舞いは、乱れきったこの時代ではかえって滑稽とも映るほど優雅で折り目正しかった。


 「ごきげんよう、瑠璃花(るりか)さま」
 「ごきげんよう。また明日・・・」
 三枝瑠璃花は、別れを告げる級友たちに軽く会釈を返すと、校門前に出て辺りを見回した。頭の後ろで左右に括り分けた栗色の巻き毛が、夕日に美しく波を打つ。
 16才の瑠璃花は、この年齢にありがちな、やや野暮ったい印象の少女であった。
 その顔つき、体つきは十分に美しく、健康的だが、反面、心持ち鈍(どん)な子供っぽさも残している。
 あと1、2年もすれば余分な肉づきがしなやかに消え、素晴らしい美人に成長することは間違いないが、今の彼女は羽化する直前の蛹といった雰囲気だった。


 (お父様、まだいらしていないわ・・・)
 迎えに来ているはずの父の車が見当たらず、瑠璃花は所在なげに大通りの方を見やった。
 今日は珍しく、父が二人で食事をしようと誘ってくれ、瑠璃花は朝からそれを楽しみにしていたのだ。
 といって、父の遅刻を責める気分は全く起こってこない。それは、父が決してルーズな男ではないことを知っているからだ。ただ私立探偵という彼の職業には予定外の事態が付き物で、その結果、心ならずも時間を守れないことがあるだけなのだ。
 瑠璃花にとって三枝祐太朗は血の繋がった実父ではなく、母親の再婚相手、つまりは継父である。しかし祐太朗は実の父親以上の愛情を瑠璃花に注いでくれ、瑠璃花も彼になついていた。


 (・・・お仕事が長引いているのかしら?でもひどく遅くなるのなら私のコミュニケーター(携帯端末)に連絡を下さるはずだから、いらっしゃるまでここで待ってみよう・・・)
 瑠璃花がそう考えて傍らの街路樹の側へと移動しかけた時、その街路樹の下から人影がスッと現れて彼女に声をかけた。
 「瑠璃花ちゃん・・・」
 「?・・・・」
 呼びかけが不意だったので瑠璃花はギョッと身を引く格好になり、しげしげとその人物を見つめ返した。
 相手は若い女性で、ラメの入ったミニのワンピースに身を包んでいる。その派手な身なりのため、瑠璃花はそれが古くからの顔見知りだということに気が付くまで少し時間がかかった。


 「まあ、恵麻里さま・・・」
 「久しぶりね。元気にしていた?」
 その女性は、継父の古い友人の一人娘、早坂恵麻里だった。
 年齢は瑠璃花と二つほどしか違わないはずだが、その若さで私立探偵を独立開業しているというだけあって、瑠璃花よりも遥かに大人びた印象を受ける。
 継父祐太朗が、恵麻里の亡くなった親代わりに世話を焼いていることもあって、瑠璃花も中学生の時から恵麻里と親戚同様に付き合い、彼女を実の姉のように慕っていた。
 (それにしても・・・・)
 と、瑠璃花はやや訝しむ目つきになって相手を見つめた。
 恵麻里の着ているワンピースは胸ぐりが大きく開いた紫色の派手な物で、股下の丈も下着がチラリと覗いているほどに短い。
 崩れたところのない清楚な身なりを常としている恵麻里に、その下卑た水商売風のファッションはいかにも不釣り合いだった。


 「この格好、おかしい?」
 瑠璃花の視線に気が付き、恵麻里はややばつが悪そうにミニの裾を引っ張った。
 「普段はこんな服着ないものね。・・・ちょっとワケありなの。実は・・・・」
 「ああ、お仕事の御都合なんですね。つまり、変装ってこと?」
 「え、ええ、そうなの。今日は歓楽街で張り込みをしなければならなくて、その場にふさわしい格好をしてみたのよ」
 恵麻里は、瑠璃花の勝手な想像に慌てた様子でうなずいて見せ、
 「それより、ちょっと付き合ってもらえないかしら?急で申し訳ないんだけど、あなたにお話があるの」
 「私に?まあ、何でしょう?」
 思わず問い返しながら、瑠璃花は改めて相手の顔を見つめ直す。
 何故か恵麻里の態度は、どことなく硬く、ぎこちなさが感じられた。
 一見普段通りの理知的で朗らかな表情なのだが、時折フッと、これまでに見たことのない暗い陰りが差すのだ。
 (・・・お仕事でお疲れなのかしら?・・・張り込みの途中だとおっしゃっていたから、きっと緊張が続いていらっしゃるのね・・・・)
 瑠璃花はそう考えて曖昧に納得したが、真相は無論、その通りではない。
 恵麻里は今や、瑠璃花を地獄へと引きずり込もうとする冥界からの使者であった。
 クリス・宮崎の恫喝に屈した恵麻里は、彼女の命令を受けて、三枝瑠璃花を新たな獲物として拐かすために、この蓬莱女学園へと現れたのだから!・・・・


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