第一夜:濡れた下着


ある平日の朝、黒井美佐の通う女子高校の校門に息せき切ってかけつけているひとりの女子生徒の姿があった。もちろん、この学校の生徒で美佐と同じクラスで朝寝坊していたようである。太めの体型に長い三つ編みのおさげ髪を大きくはねさせながら、無人の校庭を横切って校舎の入り口に向かっていた。最初の授業が始まる5分前の予鈴が鳴り始め、その生徒は靴を上履きに慌ててはきかえて自分のクラスの教室への階段をかけ登っていた。
入り口にたどりついて前のめりになり、前方に垂れかかった両方のおさげ髪を背中に一度に払いながら教室に入ったその生徒は、平野雅耶(ひらの・まや)といった。ふたつに分けたそのおさげ髪はそれぞれ耳のやや上のところをそれぞれ黒いヘアゴムをちょうちょ結びにして巻いた、いわゆるツイン・テールにいったんした髪の束をさらに三つ編みにして、またその毛先を同じような黒のヘアゴムでゆわえていたが、ゴムの太さが上でまとめているものより少し小さかった。その毛先のヘアゴムは彼女のお尻のあたりにあり、またそこからも長い黒髪の束がスカートの下裾の先まで垂れていたから、髪をほどくと少なくともひざの裏をこえてしまうぐらいある長さである。
雅耶「おっはよう。みんな、はあはあ、まだ先生来てないよね。あら?」
雅耶が入ってきた時、急に教室が静かになった。
雅耶「どうしたの?みんな、なにかあったの?」
圭子「雅耶、この新聞記事読んでないの?」
英美「それに、けさのテレビニュースでもやってたよ。」
雅耶「いったい、なんのこと?」
江里「とぼけんなよ、昨日あんたが変なはげたじじいといっしょに駅近くのラブホテルへ入ってったの、あたしたち見たんだから。」
雅耶の回りには、矢島圭子、田村英美、三浦江里の三人が迫っていた。
雅耶「ええっ?わたしは昨日ならうちに帰って疲れてすぐ寝たよ。外へも全然出なかったし。」
圭子「この新聞記事の写真の顔に見おぼえないの?あたしたち顔は後ろで見てないからわからなかったけど、はげて眼鏡をかけているからこのじじいに間違いないわよ。」
英美「その男といっしょに歩いていたのがあんたよ。あんたのその超長い三つ編みの髪の毛で制服着ていたからこれも一目瞭然よ。ね、江里も見たよね。」
江里「そう、あたしたち、たしかに見た。うちの学校で雅耶みたいにこんな長い髪の毛の子ほかにいないし、三つ編みしてる子もほとんど見ないからね。」
江里が、雅耶のその三つ編みにしているかたほうの髪のなかほどを手づかみしながら言った。
雅耶「だけど、そんな、全然知らないよ。見たこともない男の人の顔だし、その人がどうかしたの?」
圭子「この記事にあるとおり、あんたと入ったホテルのなかで、死んでたんだってよ。それも、着ていた背広と下着だけがきれいに脱ぎ捨てられてて、身体が骨ばかりになって、火葬場で焼いたあとみたいにばらばらだっていう、猟奇的な殺され方だよ。服の中から免許証が見つかって男の身元はわかったんだそうだけど。そりゃあ、雅耶がこんなことまでやれる力などあるわけないと思うけど、だれかと組んで男を罠にでもはめてたんじゃないの?」
英美「そんで男からお金を奪い取り、分け前をもらってるとかさ。」
江里「ホテルの従業員の話によると、たしかにこの男がホテル代先に払って、やっぱりいっしょにいた女の子がすごく長い三つ編みしてたって言っているから、やっぱ雅耶のことじゃない。」
雅耶「し、知らないよ。もう、気持ちの悪い話、朝からやめってってば。」
そこへ、ようやくクラスの担任である女教師が入ってきた。
女教師「みんな朝からなんですか。ちゃんと自分の席について待ってないとだめじゃないの。」
ようやく輪が解けたが、雅耶だけが入り口の前に、うなだれてかばんを持ちながら立っているままだった。
女教師「平野さん、どうしたのですか、自分の席に着きなさい。」
雅耶「す、すみません。先生、気分が悪くなったんで、ちょっとトイレに行ってきます。」
女教師「そう、じゃあ、遅刻はつけないことにしますから、1時間目の授業が始まるまでには戻ってくるんですよ。」
雅耶「はい。」
雅耶がかばんを抱えながら教室を出ていった後、圭子たちが挙手して質問を始めた。
圭子「先生。」
女教師「なんですか。」
圭子「きのうの夕方、たしか駅前のラブホテルの前で先生がわたしとほかに江里や英美といっしょにいたの見つけて、こんなとこにいないですぐ帰りなさいって注意しましたよね。」
女教師「えっ?ああ、きのうの夕方のことね。」
英美「そのとき、雅耶の姿も見かけませんでした?」
女教師「平野さんですか?外では見てないわ。髪の毛長くしてるからすぐわかるけど、きのうは一度もあの子みたいに長い髪の毛の子は見かけてないし。」
江里「先生、わたしたちがいたその前のホテルで、事件があったこと知ってますよね。」
あえて、ただ「事件」と言って、「殺人事件」とは言わなかったが。
女教師「ごめんなさいね。ずっと忙しくてテレビも新聞も見てないから。」
圭子「なんだ、先生知らないのか。」
江里「知らないほうがいいかもよ。」
英美「そうよね、もし…。」
江里「ほんと、言わないほうがいいよ。」
圭子のとなりの席にいた江里は慌てて、「もし自分の学校の生徒が殺人事件を起したと知ったら」などと言ったら担任教師がうろたえてパニックになるかもしれないと思って、英美の言動をさえぎったのであった。
女教師「まあ、とにかく授業がすぐ始まり、一時限目担当の先生もすぐ来ますから私は出ますが、あんまり騒いだりしないように。」
一同「はーい。」
いっぽう、トイレにかけこんだ雅耶は、便器の一室に入ってハンカチを取り出そうとスカートのポケットに手を入れたが、ハンカチにまじって出て来た物を見て驚いてしまった。
雅耶「こ、これはなに?」
雅耶が手にしたのは、実は一万円札3枚であった。
雅耶「いったいいつのまにこんなお金を、どうしよう。学校にこんなお金を持ってきていたら怒られるわ。そうだ、かばんにしまっておこう。」
教室で席に着かなかった雅耶は、そのままかばんを抱えてトイレに入っていたが、あけて見るとなかには使ったこともない、しかも黒いふちの眼鏡が入っていたことがわかったのである。
雅耶「きゃあ、なに?ああ…。」
さきほど、圭子らに見せられた新聞記事に出ていた写真の男と明らかに同じ形の眼鏡だった。
雅耶「どうしてわたしがこんなものを…。」
雅耶はまた自分の三つ編みにしているかたほうの髪をすくいあげて毛先をつまんでいたが、そのなかには白いかたまりの破片も残っていたのだった。
雅耶「わたしの髪の毛のなかに…。」
そして、用足しをするために洋式の便器にすわろうとスカートのホックをはずしたが、その濃青色のスカートもいまは乾いているが色が変調している部分があり、なにかに濡らされていたようである。
雅耶「まさか、制服を着たままこの歳でおもらしなんて…。そういえば、ゆうべおふろに入った時にも下着が濡れていたし、おねしょでもするようになったのかしら。いやだわ。」

人食いおさげ髪…エコエコアザラク第17話「私」より二次小説

登場人物
黒井美佐(くろい・みさ)
平野雅耶(ひらの・まや):同級生
矢島圭子(やじま・けいこ):同じクラス
田村英美(たむら・ひでみ):同じクラス
三浦江里(みうら・えり):同じクラス
須田昌彦(すだ・まさひこ)雅耶が中学の時の元同級生
平野尋子(ひらの・ひろこ)雅耶の妹で中学生
池島利枝(いけじま・としえ)尋子の一学年下
小川素子(おがわ・もとこ)尋子の一学年上
平野吉幸(ひらの・よしゆき)雅耶の弟で小学生
薗田陽子(そのだ・ようこ)吉幸と同じクラス
紫藤悦子(しとう・えつこ)吉幸の一学年下
平野嗣美(ひらの・つぐみ)雅耶たちの母親

     
話はここで、前日にタイムスリップする。

ピピピピッ…携帯電話の音が今日もまた太陽の沈みかけた街角で鳴っている。
雅耶「はい、雅耶です。あっ、いま○○駅に着かれたのですね。じゃあ、その駅の改札口から正面にすぐ信号が見えます?そのつきあたりのところでお待ちしています。セーラー服着て三つ編みの髪の毛を背中におろして後ろ向いて立っていますから。」
駅から正面に見えるその突き当たりには、まさしくある私立の女子高校で夏用の制服を着ている少女が背中を向け、両手でかばんを持って立っていた。太った身体の上にはツイン・テールにいったんまとめてそれぞれ三つ編みにしたおさげ髪が垂らされていた。前髪も伸ばしているので髪の毛の量も多く太めにいずれも編まれてまとめられ、その毛先はスカートの下裾を少し越えるところまで届き、両方の三つ編みの髪をまとめたヘアゴムの位置もちょうどお尻のあたりにあった。その平野雅耶の後ろ姿を見つけて、中年の男性が近づき、声をかけていた。
男「もしかして、雅耶さんでいらっしゃいますね。」
雅耶「はい、そうですけど。」
三つ編みのおさげ髪を大きく振らせながら雅耶は男のほうを振り向いて答えた。男はめがねをかけたいかにもいやらしそうな顔付きをしていた。
男「ああ、やっぱりびっくりさせて申し訳ないですね。こんな私のような男に声をかけられたらあなたのような若い女の子なら、誰だってびっくりするでしょうね。」
雅耶「いえ、いいんですのよ。細かいことは気にしないで、さっそく行きましょう。もうすぐ行くってホテルに予約していますから。」
男「ほう。もう予約されていたのですか。手際がいい、それにいまどき礼義正しくて女らしいしっかりしたお嬢さんだ。」
雅耶「まあ、ありがとうございます。そんなふうにほめていただけることなんてめったにありませんからうれしいですわ。」
男「めったにないですか。こんなきれいなお嬢さんなのに。」
雅耶「ふふふ、いまは女子校で男の子はいないんですが、中学までずっと男の子たちからはブスとか気持ち悪いって言われ続けたんです。このとおり、顔やスタイルには自信がないわたしに申し込んでいただけるお方がいたなんて夢のようですわ。」
男「それはまた、ひどいお話でしたね。」
雅耶「だから、わたしは同世代の若い男の子が嫌いで…。」
男「それで私の申し込みにOKしていただいたんですね。」
ふたりは少し間をおいて歩きながら駅近くのラブ・ホテルを目指していた。この会話から察せられるように、中年男と女子高校生のやりとりは、いわゆる「援助交際」である。特に雅耶の通う女子高校ではその半数以上が自分のプロフィールを交際欄に掲載し、それらを見た男達が目当ての少女の携帯電話に申し込んでその際に男が支払う金額を決めて互いに会うシステムとなっている。互いの携帯電話には顔写真も入れることが原則となって、会うか会わないかも決め手になるが、雅耶のように女子側で写真を載せないで商談を成立させる場合もある。
雅耶「ところで、顔やスタイルに自信がなくて、写真も出さなかったんですが、わたしを見てがっかりしてませんか?」
男「私はべつに、ただあなたのプロフィールで髪の毛をお尻まで長くしているという文章があったので申し込んだんです。だから、あとは関係ないんです。いえ、決してあなたの顔とかが悪いと思っているわけではありませんよ、むしろ、きれいな人だなとほんとうに思っていますし。」
雅耶「まあ、そう言っていただけるなんて…。あら?うふふふ。」
男「とつぜんまた、急に小声で笑い出して、どうかされたんですか?」
雅耶「いえ、なんでもありませんわ。ちょっとした思い出し笑いなんです。」
男「そうですか。」
雅耶が笑ったのは実は、一瞬男の下半身に目が移って、男の性器がふくらんでいるのがわかったためである。事実、この中年男は昔からヌードなどよりも長い髪の毛をした女を見ると興奮し、雅耶のような特に三つ編みの黒髪を見るとまたすぐに性器が渤起してしまうのである。その髪のことを話題にして男自身も当然早くも自分で渤起していることには気づいていたが、雅耶に見抜かれていることにはまだわかってないようであった。
雅耶「この男、ほんとうにいやらしそうだわ。」
口に片手をあてながら雅耶の笑い方もだんだん不気味になりかけていた。
こうしてまもなく、雅耶が予約を入れていたというホテルに二人はたどり着いたが、この行動を後ろから目撃していた雅耶の同級生たちがいた。
圭子「ちょ、ちょっと、あれ、雅耶じゃない?」
英美「ほんとだ。長い三つ編みの髪の毛ですぐわかる。」
江里「あの子、かんたんにあんなハゲのすけべ男でもOKしちゃうのよね。」
圭子「いくら、お金をくれるからと言って、そうかんたんに処女をあげたくないよ。よほどいい男じゃないと。」
江里「わたしもそう。なんてあの子軽いのかしら。」
英美「いくら自分でブスで男にはもてないからと言ってたってね。」
江里「どうする?ホテル入っちゃったよ。」
圭子「いいかげん、注意しに行こうか。」
しかし、タイミングというのはあるもので、圭子たちも制服を着たままであり、すぐそこを学校周辺を見回っているという担任の女教師に見つかってしまったのである。
女教師「あなたたち、なにをしてるんですか。ここはあなたたちの来る所じゃないでしょう。それに、もう夜になるし、いいかげんに帰りなさい。うちは私立の女子高校だし、場合によっては退学になりますよ。」
三人の生徒「は、はい。」
結局、その場を退くしかなかった。
男と一緒にホテルへ入ってしまった雅耶は…。


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