第2話 もう1人の魔法少女、見参!!


 「・・・って、なにこれ???」
 変わってしまった自分の姿にりのんは大いに驚いていた。何でこんな姿になってしまったのかは分かっている。
 変身は魔法少女モノのお約束である。しかし彼女が驚いているのはその変身後の姿であった。薄い桜色のミニの着物はまだ許すことが出来る。可愛らしいし、和風魔法少女といった感じでりのんも気に入っていた。
 りのんが驚いているのはその手足についているものであった。手甲に肘当て、脛当てに膝当てとどう考えても魔法少女らしからぬ装備である。そしてもうひとつ気になったのは魔法少女お約束のステッキがどこにもないことであった。
 「どうして、どうしてステッキがないの???」
 「どうした、りのん?この装備、なかなかの出来ではないか・・・」
 「え??セツナさん??どこから・・・」
 「何を言っておる。そなたの中にわれはいる」
 辺りを見回したりのんだったがどこを見回してもセツナの姿は見つからない。首を傾げているが、間違いなくセツナの声はりのんの耳に届いていた。そこでりのんはようやくあることに気付く。
 セツナの声は自分の口から発せられている。つまりセツナは彼女の言うとおり自分と一つになっているということである。
 「すごい・・・でもどうやって戦うの?魔法のステッキもないのに・・・」
 「んっ?りのん、そなた、魔法が使えるのか?」
 「え?使えないよ?使えるわけないじゃない」
 「???では混ぜ魔法のステッキなど必要なのだ??」
 「だって魔法少女でしょう?やっぱり魔法で敵を倒さなくちゃ!!」
 りのんはそう言って自分の言葉はもっともだとばかりに大きく頷く。変身した魔法少女は大抵魔法のステッキを駆使して魔法を使い、危機的状況を脱している。
 つまりこの危機的状況もその魔法のステッキさえあれば乗り切れる、それがりのんの結論であった。しかし、セツナの言葉は非情なものであった。
 「そのようなものはないぞ?」
 「え・・・・?????」
 「そのようなものはない。われは魔法が使えないからな」
 呆然とするりのんにセツナはきっぱりと言い切る。魔法のステッキがない、つまり変身しても何の意味もないということである。ようは姿形が変わっただけで先ほどと何も状況は変化していないということ、危機的状況に何の変わりもないということである。ようやくそのことを理解したりのんは震え上がる。
 「そんあぁ・・・それじゃあ、変身した意味ないじゃない!!」
 「その代わり、拳や蹴りの破壊力は格段に上がっているぞ??」
 「そんなの武術の心得がないから意味がないぃぃぃっっ!!!」
 自分の置かれた状況にりのんはじりじりと後退する。変身したりのんにやや恐れをなしていた魔物だったが、姿形が変わっただけで何の意味もなしていないことがわかったのか、じりじりとにじり寄ってくる。確実に危険が迫ってきている、そのことをりのんは実感する。
 そんなりのんにセツナは手足を使った戦い方があることを教えてくれる。魔力のこもった手甲や脛当てがあるからその破壊力は相当なものになっているとの事だった。が、りのんは運動おんち、武術はもちろんまともな運動さえおたおたしてしまう女の子である。そんな武器があっても宝の持ち腐れ以外の何者でもなかった。
 「なんだと??拳で相手を葬る、その程度のことも出来ぬのか、そなたは??」
 「だから自分を基準に考えないで〜〜!!」
 事ここに至ってようやく自分が目の前に迫る魔物に対抗する術がないことをりのんは理解する。理解したからと言ってやれることはあまりに少なかった。まずやれるとこ、それは回れ右をして魔物に背を向けること、そしてよーいどんで走り出すことだけだった。
 セツナの力を得ているためか、走る速度は先ほどを上回っていた。
 あっという間に魔物を遥か後ろに置き去りにしてしまう。
 「すごい・・・こんなに早く走れるんだ、わたし・・・」
 「感動するのはあとにしたほうがいいぞ。やつめ、われらを本当の敵とみなしたようだ・・・」
 「え??」
 セツナの言葉にりのんはちらりと後ろを振り返る。遥か置き去りにされた魔物はその場から一歩も動いてはいない。ただここから見ても分かるほど、その目は真っ赤にぎらついていた。
 ギラギラと真っ赤に光る目で自分を睨みつけてきていた。その視線にりのんは背筋が寒くなる。何かとてもいやな予感がする、そう思ったのは束の間のことだった。瞬きをした瞬間、遥か後ろにいた魔物の姿がその場から消える。
 「え???魔物が・・・消えた・・・・???」
 「りのん!余所見をするな!!」
 「へっ??うきゃぁぁぁっっっっ!!」
 魔物が突然姿を消し、驚くりのんにセツナが注意を促す。その言葉に前を向き直ったりのんは先ほどまで後ろにいたはずの魔物が自分の遥か前で待ち構えていることを知り、慌ててブレーキをかける。信じられないほどのスピードで走っていたため、土煙をあげてりのんは停止する。
 止まったりのんは慌ててまた回れ右をして逃げ出そうとする。
 しかし、その足が走り出すことはなかった。足が動かず、その場で前のめりに倒れ伏す。
 「むぎゅっ・・・なに???」
 「しまった・・・捕まった・・」
 「えっ??きゃああああぁぁぁっっっ!!」
 何で自分がここに倒れたのか分からないりのんは涙目になって辺りを見回す。そんなりのんにセツナは非情な言葉を投げかける。その言葉にりのんは恐る恐る自分の足元を見る。そこにはぬめっとした触手が絡み付いていた。
 脛当てがあったお陰でその感触を感じなかったのだ。感じなかったのはいいが、それが言い訳ではない。りのんはあわてて触手を蹴りつけて引き剥がそうとする。が、いくら蹴りつけても触手は剥れなかった。その触手をはがそうともがくうちに他の触手も追いついてくる。無数の触手がりのんの体を取り巻く。
 「や、やだ・・・こわいよ〜〜〜」
 四本の太い触手がりのんの両手、両脚に絡みつく。必死になってもがくりのんだったが、触手が剥れることはなかった。体の自由を奪われたりのんの体を今度は細長い触手が何本も這い回ってゆく。服の上からではあったが、触手がモゾモゾと蠢く感触は気持ちのいいものではなかった。何とか逃れようと暴れるが、力の弱いりのんではたいした抵抗にはなっていなかった。
 「うううっ、気持ち悪い・・・」
 モゾモゾと足を這い回る触手にりのんは震え上がる。ぬめぬめとした触手が足首を伝って太股を這いずり回る感触は決して気持ちのいいものではなかった。しかし、触手はいくらりのんが嫌がっても離れることはなかった。むしろ小さな触手はどんどんりのんの体を這いずり回り、りのんの体を確かめているようだった。
 そんな体中を這いずり回る触手の感触にりのんは恐怖しか感じられなかった。
 ぞくぞくとした寒気が背筋を駆け上がってゆく。
 「ひぃぃぃん、やだっ!やだっ!やだっ!!!」
 「そのようなこと、言っている間に逃げ出さぬか!」
 「そんなの無理だよう!!」
 セツナが触手を千切ってでも逃げ出すように言うが、非力なりのんに無数の触手が絡みついたしまっていては叶わない。やがて触手はりのんの体を探るような動きを見せはじめる。まだまだ膨らみなど皆無の胸の上をモゾモゾと細い触手はその感触を確かめるように動き回る。
 先端からは酸のようなものが滴り落ち、りのんの服を溶かそうとする。幸いりのんが見につけている服はそこらの服とは違い、耐久度は抜群に高い。魔物の放つ酸ぐらいで溶けるほど柔には作られていなかった。己の放つ酸にりのんの服が溶けないと分かると魔物は触手を移動させ始める。
 「え?え?え?やだやだ!!そんなところから!!」
 服を溶かせないと分かった魔物は正面からの攻略を諦め、りのんの脇のほうに触手をまわしてくる。和服をイメージして作られた防具は脇のところに大きな切込みが入っている。そこから触手を侵入させてきたのである。そんなところから触手が入り込むことを想定していなかったのでりのんは悲鳴をあげて身を捩る。
 しかしそのくらいで触手が止まる訳もなく、やがて触手の先端がりのんのまだ膨らみすらない双丘の頂点にまで到達する。膨らみはなくとも性感帯は性感帯である。乳首を触手の先端でくわえ込みグチュグチュと弄ばれると、りのんは反応を示す。もっとも快感というものを理解していない幼いりのんにはそれはくすぐったいものでしかなかった。
 なかったがどこか熱いものも感じていた。
 「やだ〜〜〜そんなことしないで〜〜〜」
 めそめそと泣きながら身を捩るりのんは体の奥底に込み上げてくる熱いものに激しく抵抗していた。それがすごきいけないもののような気がしてならなかったからだ。それでも触手は止まらない。
 りのんの乳首を弄びながらほかの触手は別の箇所に狙いを定める。それはまだまだ色気のない白い下着に隠された秘密の花園、まだ誰も見たことのないりのんのもっとも大切な場所であった。そこを下着の上から触手がなぞり上げると、りのんは悲鳴を上げて絶叫する。
 「やだ、やだ、やだ!!そんなところ、触っちゃやだ〜〜!!!」
 大粒の涙をこぼしてりのんは激しく嫌がる。そこだけはどんなことをしても触られちゃいけない。そう思って激しく魔物の触手に抵抗する。しかし触手はりのんを逃さず、下着の上からでもその形が分かるほど何度も何度も擦り付けてくる。ビリビリと来る感触にもがき苦しむりのんをよそに魔物は最後の作業に取り掛かる。
 りのんの下着を脇に避けると、りのんのもっとも大切な秘所をむき出しにする。そして中位の太さの触手の先端がその入り口に狙いを定める。暴れて以降を続けるりのんの動きを封じきると、その触手で一気にりのんの体を突き刺そうとする。
 「やだ、たすけて!!りさお姉ちゃん、ママ〜〜〜!!!!」
 大切な家族に助けを求めてりのんが絶叫する。しかしその助けは現れるはずがなかった。魔物の触手はりのんの小さな入り口を強引にこじ開け、大切な膜を無惨に引き裂き、りのんの全てを奪いつくす・・・はずだった。触手がりのんの入り口をこじ開けようとした瞬間、眩いばかりの光が天から降り注ぐ。
 光りはりのんを取り巻く触手を全て薙ぎ払い、りのんを自由にする。さらに光は魔物を取り巻き、その身を焼き焦がしてゆく。その身を焼かれ魔物の悲痛な声がりのんの耳にも聞こえる。何とか助かったとりのんはホッとするとともに誰が助けてくれたのかと、光が放たれた方向に目をやる。
 「誰・・・??」
 りのんに襲い掛かっていた魔物の半分以上がその閃光によって消滅していた。地面に尻もちを着いたりのんが光りの放たれた方角を見ると、そこには1人に人影があった。薄い茶色の髪をツインテールに縛り上げ、りのんのようなミニの黒い着物を身につけている。手には手袋をはめ、顔はゴーグルで隠してしまっていて誰なのかわからない。
 そしてその手には身の丈よりも大きな大砲を持っている。この大砲が先ほどの光を放ったのだろう。その余韻ともいえる煙が砲口からまだ立ち上っていた。その姿を確認したりのんはセツナの問いかける。
 「あの子も、魔法使い・・・セツナさんの仲間???」
 「いや、この世界にはわれしか来ていないはず・・・いったい誰だ??」
 りのんの問にセツナは首を傾げる。融合人間を追ってこの世界にやってきたセツナであったが、他の仲間たちは今ももとの世界に残っているはずである。というか、この世界に来る孔は小さすぎてセツナしかこれなかったはずである。
 かろうじて通信や道具の受け渡しは可能なようだが、他の仲間が来たという報告は受けていない。つまり穴はいまだ小さく、仲間達が来れるほどの大きさはないということであった。つまり眼の前で巨大な大砲を構える少女はセツナの知りえるものではなく、どこの誰とも分からない人物であった。
 しかし、魔物にダメージを与えたのは彼女に間違いはなく、同時のそのダメージは魔法によるものだった。そのことだけは間違いがないことであった。
 「でも、助けてくれた・・・んだよね??」
 「たまたまかもしれぬぞ?」
 「たまたま???」
 「目的はこの魔物、それを倒すついでにお前も助かった、そう言うこと・・・」
 「うっ・・・そ、そうなのかな??」
 助けられたという思いが強かったりのんだったが、セツナの冷静な言葉にそうなのかとも思ってしまう。事実女の子は自分のほうには興味がないらしく魔物を睨みつけたまま、自分のほうは見ようともしていない。
 それでもりのんはその女の子が助けてくれた、そんな気がしてならなかった。体にか編み付いていた触手を引き剥がすと、りのんは一度距離を置く。また触手に絡まれては溜まったものではない。
 すると上空から魔物を睨みつけていた女の子がまた巨大な大砲を構えなおす。砲口に光が集まり、しばし狙いを定めると、その引き金を引き絞る。再び光の砲弾が降り注ぎ、魔物を直撃する。
 「BUGYUAAAAAAAaaaaaa!!」
 魔物の体の一部がまた天空から降り注いだ光の砲弾によって削り取られる。触手ごと体を削り取られた魔物は不気味な奇声を発してのた打ち回る。
 しかし黙ってやられているだけではなかった。数り取られ周囲に吹き飛んだ触手の一部が宙に舞い、蛇のようになって少女に襲い掛かる。不意を突かれた少女だったが、その後の行動は冷静そのものだった。 
 「エネルギー・バレット・・・」
 ボソリと小声で呟くと、その手にした巨大な大砲の側面に手をかける。するとそこから二挺の拳銃が引き抜かれる。オートマチック拳銃のような形をしたそれは少女の声に答えるように銃口に小さな光の塊を発生させる。
 そして少女はその二挺の拳銃を無造作に動かして襲い来る魔物を次々に光の弾丸で打ち落としてゆくのだった。
 「すごい、すごい!!」
 「喜ぶな、愚か者!あれはおとり!本命はこっちだ!!」
 「へっ??」
 華麗に舞うように二挺の拳銃を駆使して襲い車者を次々の打ち落としてゆく少女の銃捌きにりのんは思わず見惚れてしまう。そんなりのんをセツナが咎める。向こうがおとりで本命はこっち、その言葉の意味を確かめるようにりのんは正面を向き直る。そこには先ほどの少女の攻撃でボロボロの魔物が自分のほうに向ってくるところだった。
 「え〜〜??何で、何でこっちに来るの???」
 「当たり前。傷を癒すには力が必要。その力を補充するなら力の弱い奴」
 「それってもしかして・・・」
 「もしかしなくてもお前。まあ、我でもあるが・・・」
 「うそ〜〜〜!!」
 ようやく危機を脱したと思っていたりのんだったが、実はまた危機に瀕している事実を知り愕然とする。頼みの綱の少女は自分の周りを取り囲む魔物の蛇の対処が忙しく、こちらには気付いてくれていない。
 つまり助けてくれるものは誰もいないということである。すぐさま走って逃げ出したかったが、距離が近すぎてとてもではないが逃げ切れない。じりじりと近寄ってくる魔物にりのんはじりじりと後退してゆくことしか出来なかった。
 「まずいよ〜〜〜」
 「来るぞ、りのん!!」
 「えっ?きゃああああぁぁっっ!!あぐっ!!?」
 じりじりと後退するりのんに魔物は攻撃の機会を伺っていた。そしてついにその瞬間はやってきた。りのんのわずかな隙を突いて魔物が攻撃を仕掛けてくる。新たな触手が宙を舞い、りのんに襲い掛かる。その攻撃をセツナの声で察したりのんは慌ててかわそうとする。が、その足元が激しく滑る。
 ずるりと足元を取られたりのんは思い切り転び、後頭部を痛打してしまう。幸運にもその転倒で魔物の攻撃は回避できたが、後頭部を痛打してそこで意識が途絶えてしまう。道路の上に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなる。そんな大きな隙を魔物が逃すはずもなかった。さらなる触手を生み出すと、りのんの体を貪り、体力の回復を図らんと襲い掛かってくる。
 「SHUGT|YAAAAAAAA!!!」
 幾本物触手が気を失って倒れ伏したりのんに襲い掛かる。その触手に体を絡め取られ、またその体を貪られるかと思われた瞬間、りのんの体が消えうせる。襲い掛かった触手は空しく地面を叩き、魔物は消えたりのんを捜し求めて辺りを探し回る。
 しかしどこにもりのんの姿はなかった。
 「どこを探している?誰を探している??」
 魔物が探すものの声が魔物の懐深くから聞こえてくる。ゆっくりと自分の懐を見た魔物はそこにりのんが立っているのを見つけ、慌てて攻撃を再開しようとする。
 が、それよりもりのんの攻撃の方が早かった。真下から肘鉄で魔物のの体を叩き上げる。その小さな体から放たれたとは到底思えないような強烈な一撃に魔物の体が浮かび上がる。
 浮かび上がって動きを止めた魔物の頭頂部を今度は裏拳が強烈に叩き伏せる。地面に顔面から叩きつけられた魔物だったが、とどめとばかりに今度は正拳がその後頭部に叩き込まれる。魔物の体が大きく跳ね上がり、ブルブルと震えだす。
 流れるような連続技で魔物を叩き伏せたりのんは大きく息を吐くと、大きく跳び退り、魔物から距離を置く。距離を置いたりのんは今しがた魔物を殴りつけた自分の拳を見つめ、手首を確かめるように動かしてみる。
 「”双天武拳・連”・・・なかなか動かせるものだな・・・」
 今しがた放った自分の技名を呟きながらりのんは自分の手首に以上がないか確かめる。痛みは感じられず、手首にも拳にも異常は感じられなかった。その声、口調、顔つきは先ほどまでのりのんとは違っていた。それは間違いなくセツナ自身であった。りのんの危機に切ながりのんの体を動かして強烈な一撃を魔物に見舞って撃退したのである。
 一切の遠慮を廃した一撃だったので肉体への負担が気になったがそれは杞憂に過ぎなかったようだった。セツナは体の調子を確かめるように何度か体を動かしてみる。体には違和感はなく、自由に動かすことが出来る。
 「なるほど・・・りのんの意識がなくなると動けるのか・・・」
 体を動かしていたセツナは納得したように頷く。確かに今、りのんの意識はまるで感じられない。先ほどの攻撃の際、頭部を痛打して気を失ってしまったようだった。だから意識のなくなった体をもう一つの意識であるセツナが自由に動かすことが出来たのだろう。自分が戦えることを確認したセツナはギュッと拳を握り締める。
 そのセツナの背後から復活した魔物が音もなく襲い掛かる。新たな触手を生やし、セツナの体を手に入れようと襲い掛かってくる。が、触手がセツナの体に絡み付こうとした瞬間、セツナの体はまるで陽炎のように消えてゆく。
 「”双天舞脚・瞬”・・・こっちだ・・・」
 一瞬にして魔物の背後に回りこんだセツナは再度強烈な一撃を魔物に叩き込む。その一撃に魔物は肉片を撒き散らしながら近くのブロック塀にたたきつけられる。痛恨の一撃を喰らった魔物はその動きが止まる。そこでセツナの方も動きが止まる。セツナの意思通りに体が動かなくなってきたのだ。
 それはりのんの意識が戻ってきたことに他ならなかった。やがてセツナの意識は完全に体から離れてしまう。同時にりのんの意識が覚醒し、ゆっくりとその目を開ける。
 「あれ・・・私・・・」
 「気がついたようだな・・・当面の危機は去った・・・」
 「え??あっ!!もしかしてセツナさんが??」
 「ああ。お前が気を失うと我の自由に体お動かせるようだ」
 「そ、そうなんだ・・・」
 自分の体を他人に好きに動かされるという事実にりのんは少し寒気を覚える。セツナがその気になればりのんの体を自由に出来るということである。もっともセツナにはその気はないし、いかがわしいことをする人でないことはこのわずかな間でも分かっていた。それでも気持ちのいいものでないこともまた事実であった。
 「それはそうと、魔物は??」
 「ほれ、そこの壁に・・・」
 「あ、本当だ・・・って、なにこれ???」
 壁にたたきつけられて動かなくなった魔物の姿を見たりのんは驚きの声を上げる。先ほどまで人と獣の半々の姿をしていた魔物だったが、今は違っていた。メガネをかけた卑屈そうな顔をした少年がそこにいたのだ。まだ体の半分以上は魔物の対組織に覆いつくされている。しかしその顔は間違いなく人間のものであった。
 「人間???」
 「そうだ、これが魔物の種に取り付かれたものの正体・・・」
 「ええ〜〜???聞いてないよ??」
 「うむ。言っていない」
 はじめて知る事実にりのんは驚きを隠せなかった。そんなりのんにセツナは教えていなかったことを素直に認めてしまう。そうあっさりと認められるとそれ以上強く出れなくなってしまう。とはいえ、当面大切なことはセツナをとがめることではない。目の前にいる魔物の核にとらわれた少年を救い出すことであった。
 「ねえ、セツナさん?どうすればこの人、助けられるの??」
 「??助けるのか?そなたにひどいことをした男だぞ?」
 「そんなこと言ったって、この人だって魔物に取り付かれて・・・」
 「魔物に取りつかれて得たのは異能の力のみ。女に襲い掛かったのはこやつの真の望み・・・」
 「真のって・・・女の人と、その・・・したかったって事?」
 恥ずかしそうに言葉を選んで問うりのんにセツナは無言のまま大きく頷く。あまりにも単純な欲望だが、その卑屈そうな性格があふれ出してくる男の顔を見ているとどうにも納得してしまう。だからと言ってこのまま見殺しにもできない。りのんはもう一度セツナの問いただす。
 「どうすれば助けられるの??」
 「それは・・・」
 セツナが答えようとした瞬間、新たな光の柱が天空から降り注ぐ。魔物の放った触手を全て打ち落とした少女が再度その巨大な大砲で攻撃してきたのである。幸い、照準がずれたのか、わずかに肉体の一部を削っただけですんでいた。少女はさらに狙いを定めるかのように、手にした巨砲を変形させる。
 砲身の一部が左右に広がり弓のような形になる。ちょうど左右に広がった箇所に握りが現れ、少女はそこを握り締め構えを変える。ちょうど弓をいるような格好で大砲を構える。その姿にセツナは何か引っかかるものを感じた。感じたがそれ以上のことを考えている余裕はセツナにもなかった。
 少女が大砲を構えると、その先端には先ほどまでと違い黒い光が集中していた。見ているだけでもぞっとするような黒い光はさらにその力を増してゆく。明らかに必殺の一撃を放つ動作であった。
 「う〜〜む、急がんとあやつ、終わるぞ?」
 「終わるって??」
 「あやつが魔物から解放される方法は二つ、一つ目は魔物の核を砕く、これであの者は解放される」
 「もう一つは??」
 「魔物自体を倒す。つまり取り付かれているあの男を殺すということだ。これで魔物の核が解放される」
 「じゃあ、このままあの砲撃を受けたら??」
 「まあ、間違いなく逝く」
 とんでもないことを平然と口走るセツナにりのんは悲鳴をあげる。このままではあの魔物に取り付かれた男が死ぬというのだから仕方がない。慌てて上空から狙いを定める少女を止めようとするが、先ほどのセツナの言葉どおりなら彼女がこちらの言葉に耳を傾けてくれる可能性は限りなく低い。
 男を殺すことが目的なのか、それとも魔物を倒すことが目的なのかはわからない。
 しかし間違いないことが一つだけあった。あの子はなんの躊躇いもなく引き金を引く。それだけは間違いなかった。しかしりのんもこのままあの男を見殺しには出来なかった。りのんに残された最後の手段、それは少女よりも早く男に取り付いた魔物の核を破壊することだけだった。しかしそれが自分に出来るとは思っていない。りのんは自分の無力さに唇を噛み締める。
 「それでも・・・それでもこのまま見殺しになんて出来ないよ!!」
 自分の無力さを痛感しながらもりのんは諦めようとはしなかった。手身近にあった鉄パイプをおもむろに握り締めると、体の殆どを削り落とされた魔物目掛けて駆けて行く。そんな鉄パイプでどうにかなるとは思わない。それでも男を吹き飛ばし、少女の攻撃から護ることぐらいは出来るかもしれない。そんなわずかな望みをりのんはその一撃に賭ける。
 「えぇぇぇぇぇいいっっっっ!!」
 裂迫の気合とともにりのん渾身の一撃が魔物の胸元に決まる。その瞬間、上空からは黒い光が降り注ぐ。魔物を押しつぶさんとする超重力の柱が辺りを押しつぶしてゆく。その黒き光の中にりのんも魔物を巻き込まれてしまう。周囲のものをなぎ倒すような音がしばし響き渡り、やがて収まってゆく。
 辺りには散乱したゴミや、破壊された道路の残骸、標識などが辺りに散らばっていた。それは少女の攻撃のすさまじさを物語っていた。端から見ればりのんも魔物も少女の攻撃に巻き込まれて消滅してしまった、
 そう思われても仕方のない光景であった。やがて辺りを包み込んでいた土煙もその勢いをなくし、辺りを見通せるくらいにまでなってくる。辺りに人影は見当たらない。残っていたのは砲撃が直撃した箇所に真っ赤な宝石だけがだった。キラキラと輝きを失わない宝石の元に少女は降り立つ。そしてそれをおもむろに掴み取ろうとする。
 「!!!!!!」
 その瞬間だった。少女の手が宝石に触れると同時に宝石は音もなく縦に亀裂を走らせる。唖然とする少女を他所に宝石に走った亀裂は大きくなってゆき、宝石の表面全体に広がってゆく。そしてついには粉々に砕け散ってしまう。砕け散り、消え行くその姿はまるで舞い落ちる桜の花びらのようであった。
 自分の手の中でこなとなって消えてゆく宝石を呆然と見つめていた少女の耳に女の子の声が背後から聞こえてくる。
 「ううっ・・・何がどうなったの???」
 土煙がまだ舞う中からりのんが顔をのぞかせる。体や顔には汚れがつき汚らしい格好になってしまっていたが、いたって元気な様子だった。そんなりのんの姿に少女はわずかだけ表情を緩める。そのことにりのんは気づかなかった。りのんが気付くよりも早く少女の表情は元の厳しいものに戻ってしまっていた。
 そして少女を中心としてりのんと正反対の位置から今度は男が顔を覗かせる。先ほどの卑屈そうな顔をした男であった。すでに体を取り巻いていた魔物は欠片も残っておらず、元のただの少年になっていた。ただ、まだ意識は戻っていないらしく、だらしなく手足を引くつかせて泡を吹いていた。
 少年が生きていて魔物の核が砕け散った。このことはりのんの一撃が少女の一撃よりも早く決まっていたことを意味していた。そしてその一撃が魔物の核を破壊したことも・・・
 「・・・・・・・」
 少女はりのんのほうをもう一度見やると、無言のまままた宙に飛び上がってゆく。ある程度のところまで飛び上がったところでもう位置でりのんを見下ろすと、そのままりのんをそこに残したまま飛び去ってしまうのだった。あとに残されたりのんは少女がそれ以上何もしないで去ったこと、少年が無事であったことにほっと胸をなでおろす。と同時に、首を傾げるのだった。
 「でも、どうして助かったんだろう???」
 「そなた、何も覚えていないのか?」
 「え??う、うん・・・」
 どうして少年が助かったのか分からないりのんにセツナは驚きを隠せなかった。あの瞬間、りのんの位置から魔物と化した少年の位置まではどう足掻いても間に合わない距離であった。間違いなく少女の砲撃のほうが早く少年を打ちのめし、少年の命を奪い去っていたはずだった。しかし走り出した瞬間、りのんは信じられないことを成し遂げたのである。
 「”双天舞脚”瞬・・・そして”閃夢舞刀”桜・・・」 
 あの一瞬、りのんが無意識の内に繰り出した技名をりのんに聞こえないように呟く。あの瞬間、りのんは”双天舞脚”瞬であの魔物との距離をゼロにしてしまったのである。そして魔物の胸元に魔力のこもった鉄パイプを叩き込み、そのうちにある魔物の核を一撃の下に破壊したのである。
 破壊された残骸がまるで桜の花びらのように舞い散る技、”閃夢舞刀”桜。それがりのんが魔物の核を破壊した技であった。どちらもセツナ自身は使える技ではあったが、りのんにはそのことは教えていないし、何より自分の技のことを知っていたとは思えない。だがりのんはその技を持って魔物の核を破壊したのである。
 「りのん、そなた、いったい・・・」
 才能や偶然では片付けられない何かをりのんは確実に持っている。それをセツナはヒシヒシと感じていた。遊部りのん、彼女との融合は案外成功だったのかもしれない、セツナは今しがた起こったことを思い返しながらそんなことを考えていた。
 しかし、この世界に来た魔物の核はまだまだ残されている。そして先ほどの少女の件も残されている。りのんの正体もまたまだ謎のままである。まだまだ問題が山積している状況にセツナは大きな溜息を漏らすのだった。しかしその中で一つだけ光明を見出すことが出来た。遊部りのんという小さな、しかし確かな光明を・・・


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