第3話 最強無敵のママ、登場!!


 第一の魔物を無事倒したりのんだったが、その疲れと緊張から完全に意識を失ってしまっていた。意識が無ければセツナがりのんの体を動かして帰れるのだが、どういうわけかその直後りのんとセツナの融合が解けてしまう。
 解けてしまってはセツナがりのんの体を動かすことは叶わなかった。いくら耳元で怒鳴りつけてもりのんが目覚めることは無かった。途方にくれるセツナを他所にりのんはすやすやと眠り続ける。
 さすがにこのまま道の真ん中で眠らせておくわけにもいかないが打つ手のないセツナにはどうすることも出来なかった。
 『誰か助けて・・・』
 「そこにいるの、りのんちゃんですか??」
 「!!!」
 途方にくれるセツナの声に答えるものが1人だけあった。暗闇の中方懐中電灯を手にひょっこり顔を覗かせたのはりのんの姉、りさであった。道路の真ん中でクウクウと寝息を立てて眠りこける妹の姿を見つけると、ほっと安堵の表情を浮べる。
 一方のセツナは自分がここまで近付かれるまでりさの存在に気づかなかったことに驚きを隠せなかった。りのんと似た感じのするりさの登場はセツナには驚きと不安が入り混じったものとして捕らえざるを得なかった。
 浮かべ手すぐに手に持っていた携帯電話でどこかに連絡を取り始める。その会話からりさがりのんの姉であると踏んだセツナはそこでようやく警戒を少しだけ解くことにする。少なくともりのんに危害を加える気はないことだけは分かったのは収穫だった。しばし電話の相手と話し込んでいたりさは携帯を切り、ポケットにしまうと、いまだ眠ったままのりのんをそっと抱き上げる。そして愛しそうに優しく抱きしめると、そのまま家路につくのだった。
 その一部始終を見ていたセツナは訝しげな表情を浮べながらりさの後についてゆく。融合は出来ずともりのんから離れているのはりのんにとってもセツナにとっても危険と判断したからだった。
 (・・・・・こやつには我は見えていないのか?それとも・・・)
 抱き上げられたりのんのお腹の上に座ったセツナはりのんを抱いて運ぶりさをちらりと見上げる。りさはセツナの姿に気づいている様子はなく、気にすることもなく家路を急いでいた。本当に見えていないのか、それとも訳があって見えない振りをしているのか。その判断はセツナにはつかなかった。
 そうこうするうちにりさは長い石段のあるところに差し掛かる。りさはりのんを抱きかかえたままその長い石段を悠然と足早に駆け上がってゆく。その姿は日頃からかなり鍛え上げていることをセツナに教えてくれた。
 りさはりのんを抱きかかえたまま息一つ切らすことなくその長い石段を登りきる。そこには朱色の鳥居がセツナを出迎えてくれた。そこがどこなのかは分からなかったが、セツナにはそこがりのんの家であり、とても神聖な場所であることだけは理解できた。辺りを見回すセツナを他所にりさはりのんをつれて奥にある家に入ってゆく。
 「母様、只今戻りました」
 「お帰りなさい。りのんちゃんはまだ??」
 「はい、とても疲れているみたいでぐっすりと・・・」
 家に入ると朱袴の巫女がりさを迎えてくれる。にっこりと誰もが癒される笑みを持って迎えられたりさは深々と頭を下げて大事に抱えたりのんをその女性に見せる。りさに眠りこけるりのんを見せられた女性はころころと笑い出し、りのんらしいと言ってのける。そして自分から手を出すといまだ眠り続けるりのんをりさから受け取る。
 「あとはわたくしがやりましょう。りさ、お風呂に入れますよ」
 「はい、母様。ではあとはよろしく・・・」
 りさは朱袴の女性、自分の母親にりのんを預けると、そそくさと家の奥へと姿を消す。その後ろ姿を黙ったまま見送っていた母親はりさの姿が完全に見えなくなるのを確認すると、その視線をりのんのお腹のほうに移してくる。そしてそこに座り、自分をじっと見つめてくるセツナを見つめ返すのだった。
 「それで、あなたはどこのどなたでしょう?」
 『ふむ、あなたには某が見えているようだ・・・』
 りのんの母、りおが自分の姿を見れると確信したセツナははじめて言葉を発する。りおはまるで驚く様子もなく、セツナの存在を受け入れる。その様子からセツナはこの女性の器の大きさを感じ取っていた。そしてこの女性ならば自分の話に耳を傾け、信じてくれるだろうと感じていた。
 同時に自分が感じた疑問、特にりのんが”双天舞脚・瞬”や、”閃夢舞刀・桜”を使えたことについて答えてくれる、そんな気がしてならなかった。
 「このままではなんですので、まずはりのんのを部屋へ・・・」
 『ふむ。それもそうか・・・」
 未だに眠り続けるりのんを布団に寝かした方がいいと感じたのはりおもセツナも同じであった。だからセツナはりおの提案にすぐに応じる。セツナが自分の提案を受け入れてくれるのを微笑を浮べて見つめていたりおはすぐにりのんを部屋へと連れて行く。そしてすでに準備されていた布団に寝かしつけると、セツナをつれて部屋を後にする。
 「ではこちらで・・・お茶でもお呑みになりますか?」
 「いや、結構。この殻では物を掴むこともままならぬ・・・」
 「あら、それは不便ですわね・・・」
 セツナをつれて今に戻ると、りおは急須を手にしてセツナに尋ねてくる。その申し出をセツナは頭を振って断る。そして手身近にあった湯飲みに自分の手をかけて持ち上げる仕草を見せる。もちろん小さな姿のセツナでは湯飲みに抱きついて抱えあげる格好になるが、そんなこと関係なかった。
 湯飲みに手を回し、抱きつこうとするがその手は湯飲みをすり抜けてしまう。それを見ていたりおはなるほどとナット奥顔になる。魂だけの存在のセツナにはモノを掴むことは出来ないということだった。だからお茶を出されても呑むことができない。だから断ったのである。そのことを理解したりおは急須を引っ込める。
 「ではなにがあったのか、お話しいただけますか?」
 『うむ。われもあなたに尋ねたいことがある。よろしいか?』
 「ええ、かまいませんよ」
 重々しく頷くセツナにりおは満面の笑みで答える。しかしその動作には一片の隙も感じられない。その笑みがセツナの意識を分散させ、動きを封じてきていた。それはまるで父ブシンに対峙したときのような感覚であった。この妙齢の女性にそんな威圧感を感じるのは意外だったが、りのんのことを考えると少し理解できる気がした。
 セツナはりおを試すことをやめ、自分のこと、こちらの世界にきた理由、来てすぐに怒ってしまったこと、りのんの置かれた境遇について事細かに話す。そこには欠片の嘘も含まれてはいなかった。りおに嘘を言う必要性はなかったし、この女性には隠しだてなく話をしたい気がしていた。
 「・・・・・そのようなことが・・・」
 『我の目的のためにはりのんの強力が不可欠なのだが・・・』
 「あの娘が協力すると自ら申しているなら致し方ないでしょう。それにあの娘にもいい修行になるかと・・・」
 『その修行のことでご母堂にお伺いしたいことがある』
 「??なんでしょう??」
 セツナの話を聞き終えたりおは意外にもあっさりとセツナへの協力を受け入れてくれる。その態度にセツナは少し拍子抜けした感じがしたが、少なくともりのんが自分に協力してくれることをりおが咎めるという心配はなくなったということだった。その会話の中でセツナはある気になる言葉を聞き逃さなかった。
 『今しがたご母堂は修行と申されましたな?修行とは??』
 「”五神天冥”、その修行です」
 『”五神天冥”・・・』
 聞いた事のない言葉にセツナは首を傾げる。だが、その”五神天冥”が先ほどりのんが”双天舞脚・瞬”や、”閃夢舞刀・桜”を使えたことに関係があるように思えてならなかった。しばし悩んだセツナだったが、意を決してりおにそのことを問いただそうとする。
 『”五神天冥”とはいったい?それがりのんが”双天舞脚・瞬”や、”閃夢舞刀・桜”を使えたことと関係が?』
 「・・・・・やはり”双天”や”閃夢”のことをご存知でしたか・・・」
 セツナの言葉にりおはしたり顔で大きく頷く。その仕草からセツナは今自分が聞いた事の答えが”五神天冥”という言葉に含まれていると感じていた。そしてそれによってセツナはある仮説を立てていた。それは父ブシンがこの世界から流れてきたものであるということ。その説が正しいならば父が使う武術の元になった武術がこの世界にあってもなんら不思議ではない。そんなセツナの仮説を裏付けるようにりおは言葉を続ける。
 「セツナちゃん。その技は誰から?」
 『父ブシンから学びました』
 「ブシン・・・そう、たくみちゃんはいまそう名乗っているのね?」
 『????たくみとは??』
 「その前に改めて自己紹介。遊部りのんの母、遊部りおともうします。旧姓九頭龍院りお・・・」
 『九頭龍院・・・・では・・・』
 「九頭龍院武神(たくみ)の姉、つまりあなたの伯母ですよ、セツナちゃん」
 りおはにっこりと笑ってそう答える。同じ技が使える以上何かしらの繋がりを感じていたセツナはりおの言葉に驚く様子は見せなかった。むしろ当たり前のことのように思えていた。りおは伯母であるならば父の技を知っていてもおかしくはない。そしてりのんがその技を使えたこともまた納得のいくことだった。
 『そうですか、父上の・・・』
 「でも30年以上も前にいなくなった武神ちゃんにこんな可愛らしい娘さんがいたなんて・・・」
 『某も驚きです。まさか融合したのが某のいとこだったとは・・・』
 セツナの存在を嬉しそうに笑いながら受け入れるりおにセツナも驚きを隠そうとはしなかった。同時に自分がりのんとこれほどまでに綺麗に融合できた理由の一端を垣間見た気がしていた。それが血のなせる技、その一言で済ますことが出来ない気もしたが、そう思わずにはいられなかった。
 「で、武神ちゃんはお元気??」
 『はい。いまも武の道を極めようとして折られます』
 「そう。あの子は”五神天冥”の四神までしか学ばなかったのに頑張っているのね・・・」
 武神の無事を聞いたりおはまた嬉しそうな顔をする。30年以上も前に突然姿をくらまし、以来行き方知れずのままである弟が今も無事で武術の道を進んでいるのが嬉しくて仕方がなかった。そんなりおの言葉にセツナはまた首を傾げる。今しがたりおは言った武神が四つまでしか武術を習っていなかったという話が本当ならば、数があわなくなるからである。
 『あの、りお殿・・・”五神天冥”とはどのような武術で・・・??』
 「あら、セツナちゃんは知らないで使っていたの?まずは投げと関節の技”爆鬼破砕”・・・」
 『・・・・・』
 まずは一つ目。”爆鬼破砕”については変化はない。そのことを確認したセツナはりおの言葉に耳を傾ける。
 「二つ目は遠距離の相手を討つ技”雷華射闘”・・・」
 二つ目から名前が違っていた。セツナが習ってきたのは”雷華瞬弓”弓を使った技である。しかし本来の技は弓だけに限定せず、ありとあらゆる遠距離攻撃を極めた技であった。やはり本来の武術は自分が学び、知る技とは大きく違っているとセツナは感じていた。感じながらさらに耳を傾ける。
 「三つ目は武器を使った技”閃夢武鳳”、四つ目は打撃の技”双天風撃”・・・」
 ”閃夢舞刀”も刀に武器を限定せず、槍や薙刀などの武器を駆使した武術のことであった。そして”双天”は舞脚と武拳を一つとした武術であり、元々は分かれた武術ではなかった。そしてセツナはある期待に胸を膨らませていた。これまでセツナが学んできた技以外にあと一系統技が存在することが分かったからである。それこそが父ブシンが知らない技であることは間違いなかった。そのことを早く知りたいと願うセツナは身を乗り出してりおの言葉に耳を傾ける。
 『で、最後は??』
 「それが武神ちゃんが学ばなかった最後の系統、呪符を使った技”万帝符殺”・・・」
 『”万帝符殺”・・・』
 初めて聞く技名にセツナは興奮を隠し切れずにいた。どんな技なのか、どういった効果があるのか。早くそれを聞きたくてさらに身を乗り出してりおの言葉に耳を傾ける。しかしりおはそこまで話したところで言葉を止めてしまう。これ以上は話せないことなのかとセツナが落胆しかかったところでセツナはりおの視線が自分に向いていないことに気付く。どこか別のところをじっと見つめているような、意識が別のところに行っているのがありありとしていた。
 『どうかなさったか、りお殿?』
 「・・・・・りのんに何かあったようですね・・・」
 どこに意識が言っているのか気になったセツナはりおに問いかける。するとりおは今しがた自分たちが出てきた部屋の方に目をやりながらポツリと答える。その言葉を聞いてセツナははじめてりのんの異変に気づく。いま居る部屋は少しりのんの部屋から離れていたが、その声はここまで聞こえてきていた。
 『しまった!!まさか!!』
 りのんにまずいことが起こった、そう感じ取ったセツナは慌ててりのんの部屋の方に飛んでゆく。その後ろ姿を目で追いながらりおもゆっくりと後についてくる。現在霊体であるセツナには扉やふすまは関係ない。そこをすり抜けてりのんのもとへと急ぐ。そしてそこで予想通りのものを発見する。
 「んんっっ、あああっ・・・」
 床の上に寝かされたりのんが甘く、熱い吐息を漏らしながら喘ぎ声を上げる。とろんと蕩けるような表情を浮べ、小さな手でその幼いヴァギナを必死になってかき回す。その表情には意識はなく、無意識の内に自慰行為をしている様子だった。とはいえ、そういった知識がないためか、的確に自分の感じるところを愛撫できず、あまり気持ち良さそうには見えない。
 「ふぐぅっっ・・・んんんっっ・・・」
 辛そうに歯を喰いしばり、さらに指でヴァギナを愛撫する。もどかしさに涎をたらしながら必死になって自分のからだの疼きを押さえ込もうとする。まだ膨らみもない胸はだけ、そのピンク色の突起を布団に必死になってこすり付けてそのもどかしさを追いやろうとしていた。
 『やはり・・・・』
 「これはどういうことで、セツナちゃん??」
 『先ほど戦った魔物の体液、それに催淫効果があったのだと・・・』
 その淫らに悶えるりのんの姿を目の当たりにしたセツナは自分の浅はかさに顔を歪ませる。相手は淫獣に近い存在、その体液に催淫効果がないと、どうして言いきれただろうか。そしてもう一つはセツナの改造された体、これに毒物は通用しない。それがりのんが体液を浴びても大丈夫という過信を生んでしまったことにセツナは悔しさを堪え切れなかった。
 『それがしに毒が効かないからと言って・・・不覚!』
 「今更言ってもはじまりますまい・・・」
 りのんの淫らな姿を目の当たりにしながらりおは大きな溜息を漏らす。まさか自分の娘の、それもまだ幼いそういった知識を持ち合わせていないはずの娘の自慰行為を目の当たりにするとは思いもしなかったのだろう。そんなりおやセツナを他所にりのんは自慰行為を続ける。
 「ふぅぅぅっ!!」
 小さな指で幼いヴァギナをかき回し、少しでも強い快感を得ようとする。体の中心から込み上げてくる熱さはさらなる快感を求め、りのんの意識を蝕んでゆく。噴出した愛液は細い手首にまで垂れてきて、布団に大きなシミを作り出してゆく。幼い手はさらなる快感を求め、無意識の内にその顔を覗かせ始めたお豆に伸びてゆく
 「んくっ、んくっ、んんんっっ!!!」
 片方の指で膣内を擦り上げながら、もう片方の指で真っ赤に膨れ上がったクリトリスを優しくつまみあげる。ぴりぴりとした快感が体中を駆け巡り、りのんは思わず体を震わせる。今にもイきそうになりながらその寸前で止まり、何度も何度もそれを繰り返す。体は熱いくらいに火照り、汗が玉の様に噴出していた。
 「全く、敵の置き土産に流されるとは・・・」
 『申し訳ない。某の体と融合しているゆえ、毒は効かぬと思っていたのですが・・・』
 愛娘の痴態にりおはあきれた表情を浮べて大きな溜息を漏らす。そんなりのんをかばうようにセツナは自分の体と融合したゆえの油断を告白する。融合人間と化したセツナには毒は効かない。毒が体内に入ってもそのそばから解毒してしまうからだ。その体と融合したりのんには毒は効かない、セツナはそう思い込んでしまっていた。
 しかしそれは勝手な思い込みでしかなく、融合したセツナの体は毒を解毒することはなかった。自分の油断からりのんに恥ずかしい思いをさせたとセツナは悔しそうな顔をする。そんなセツナはりおは手で制する。
 「いいのですよ、セツナちゃん。ちょうどいい機会です・・・」
 『は???』
 「”万帝符殺”、どのような技か、教えて差し上げましょう!」
 『え???あの・・・』
 「武神ちゃんはこの技を習うことなく消えてしまいましたからね・・・貴方には倣う資格があります」
 自分の知らない技をあっさりと教えてくれるというりおにセツナは驚きを隠せなかった。しかし、せっかく教えてくれるというのだから学ばない手はない。りおの顔をじっと見据え、大きく頷き、その一挙手一投足見逃すまいとじっと見つめる。
 セツナがじっと見つめているのを確認すると、りおは懐から数枚の符を取り出す。そしてそれを構えると何事か唱えだす。その詠唱に答えるように腑には光が宿り、力が宿ってゆく。
 「”万帝符殺・毒破浄解”!!!!」
 十分に力が漲ったところでりおは符をりのん目掛けて放る。投げられた符はまるで意思があるように舞い、りのんの周りにちょうど星の形を描くようにしてその動きを止める。そこでさらにりおが呪を唱えると、符と符が光で通じ合い、りのんの体を包み込んでゆく。
 「浄・解!!!!」
 気合のこもったりおの叫び声と共にりのんを包み込む光はその輝きを増す。その輝きに押し出されるようにしてりのんの体から黒い何かが噴出してくる。それが完全にりのんの体からはなれたところでりおはさらに気合を入れる。光は押し出された黒い影を押し包み、かき消してゆく。
 全てが終わったあとには何も残ってはいなかった。先ほど放ったはずの符も跡形もなく消え去り、毒の痕跡も残されてはいなかった。あとには安らかな寝息を立てるりのんだけが残されていた。先ほどまでの激しい自慰行為が嘘のように穏やかに、安らかな寝息を立てている。それはりのんの体を犯していた毒が完全に消え去ったことを意味していた。
 「これが”万帝符殺”の技よ・・・」
 『これが・・・』
 「符に呪を込めて様々なことをなす技。他の技とは大きく違うから気をつけてね?」
 『”万帝符殺”・・・呪符を用いた技・・・』
 はじめて見る技にセツナは心躍らせていた。正直なことを言えばこのような技を見るのは初めてではない。自分が生まれ育ってきた世界には魔法という名の奇跡が存在している。その奇跡を符というものを媒介にして成し遂げているに過ぎない。しかし、この技のもっともすごいところは符を使いこなせれば誰にでも使えることだった。
 しかも上手く使いこなせれば符の続く限り、何度でも技を使うことが出来ることだった。魔法のように魔力が尽きたら使えなくなるということはない。その点は魔法よりも優れていたし、魔法が使えないものでも使える点も優れていた。
 しかしセツナは今この技について考えることはやめておくことにした。確かに自分が知らない技を学ぶことは重要である。しかしそれは自分が生まれた世界に戻ることが出来るとき、りのんの体から尾のが体を取り戻したときの話である。今すぐに学び、覚えなければならないものではなかった。その長いときの中で学べばいい話である。
 『して、りお殿。りのんのことですが・・・』
 「りのんちゃんにそのセツナちゃんが追いかけてきたやつらを倒させるってこと?」
 『左様。どのようにすれば・・・』
 「う〜〜〜ん、りのんちゃんって未熟すぎちゃって、”桜”と”瞬”がやっとだからねぇ・・・」
 『では、無理と・・・』
 「技については少しずつ覚えさせていけば済む話だろうけど、その間を考えると・・・」
 セツナはまずこの世界に逃げ込んできた魔物たちをどうにかすること、それが最重要であることを忘れてはいなかった。そのためにもりのんの協力は不可欠である。りのんが使える戦力であるかどうかを確かめる質問をりおに投げかけてみると、りおは困った表情を浮べてしまう。
 それは母親がそんな騒動に愛娘が巻き込まれてしまうことを嫌うといった表情ではなかった。今の娘に出来ることが少なすぎて困ったといった感じの表情であった。事実りのんに出来ることはあまりに少なすぎた。その少ない中でりおは愛娘にできることを考える。そして答えはすぐに出た。
 「技で対抗できないなら、力で対抗するしかないわよねぇ・・・」
 『力と言ってもりのんは非力すぎでは?』
 「そうでしょうね。だからブースターが必要なの」
 りおはそう言うと部屋のふすまを閉め、もと居た部屋へと戻ってゆく。そしてその部屋の押入れを開けると、ゴソゴソと何事か探し始める。なにをしているのかとセツナが見つめる中、りおはひとつの木箱を取り出す。厳重に封をされたそれをセツナの見えるところまで出すと、慎重にその封を解いてゆく。
 『これは・・・』
 木箱の蓋を開けた瞬間、セツナはそこから感じられる力に驚きの声を上げる。そこには力が満ち溢れていた。その正体を確かめるべく、セツナは木箱の中身を覗き込む。そこには一本の小太刀が大切に保管されていた。朱色の柄のその小太刀の刃は銀色に輝き、力に満ち溢れていた。しかし、その刃を見ていたセツナはあることに気付く。
 『りお殿。この小太刀・・・』
 「お守りの小太刀・・・遥か昔に打たれた一品です・・・」
 『何と見えぬ美しさ・・・しかし、この刀・・・』
 「ええ。刃を潰してあります。それでもこれだけの力に満ちているでしょう?」
 そう言って小太刀を手にするりおはにっこりと笑って見せる。確かにりおの言うとおり、その小太刀の刃は全て削られていて何かを切るということは叶わないようになっている。しかしその刃のない小太刀の発する力は刃のある刀の持つそれを遥かに越えていた。それほどの一品であった。
 「これをりのんに持たせましょう・・・どう?」
 『なるほど・・・これならば・・・』
 りおの言葉にセツナは大きく頷く。りおの言わんとしていることが良く理解できたからだ。この一品に自分の持つ力を上乗せしてりのんに使わせる。一撃の破壊力を最大限にまで高めさせて敵を倒そうというのである。確かにいまのりのんには技の質も数も決定的に欠けている。その欠けている部分を力で押し切ろうというのだ。
 『ふむ。しかし、力押しにも限界は・・・』
 「心得ています。そこであなたにも協力していただきますよ?」
 『それがしに出来ることでしたら、何なりと・・・』
 「では夜寝ているとき、りのんに技を教えて欲しいの。精神がリンクしているのならば難しくないでしょう?」
 『確かに・・・では今宵から少しづつ・・・』
 りおの申し出をセツナはあっさりと受け入れる。そのときの2人の笑みは邪悪なものそのものであった。そんな2人の邪悪な取引も知らずに、りのんは幸せそうな笑みを浮べて眠りこけるのだった。




 「ううっ・・・眠いよ〜〜〜〜」
 「どうかしましたか、りのんちゃん??」
 「うん、何かこう、眠くって・・・」
 あの騒動の翌日、眠そうな顔をして大きなあくびをするりのんの様子にまあやは心配そうに声をかけてくる。そんなまあやにまた大きなあくびをしながらりのんは答える。昨晩から始まった夢の中での修行はなれていないりのんに精神的な疲れをもたらしていた。そしてそれは夢の中でのことと思いこんでいたりのんはどうして自分がこんなに眠いのかが分からずにいた。
 「昨日、やっぱりわたしも一緒にいたほうがよかったでしょうか?」
 「あ、ううん。大丈夫!昨日のことはもう大丈夫だから!!」
 心配そうな顔をするまあやは昨日りのんを残してかえってしまったことを気にしていた。自分が一緒にいれば助けに慣れたかもしれない、そんな思いがまあやをの心配をさらに大きなものにしてしまう。そんなまあやを慰めるようにりのんは手を振って自分が元気であることをアピールする。もちろんそれはまあやを気遣ってのことだけではなかった。
 (まあやちゃんに昨日のこと、ばれたらあのお兄さん、どんな目に合わされるか・・・)
 昨日自分に如何わしいことをしてきた男のことを思い出したりのんは、まあやに昨日何があったのかを教えることが出来ずにいた。教えれば魔物に操られて自分に如何わしいことをしてきた男がどんな目にあわされるか、わからないからだ。もちろんこれは比喩ではない。
 実際に昨年、この辺りに幼女を狙った痴漢が出没していた。そいつはこともあろうか、まあやの眼の前でりのんのお尻を撫で回したのである。そのときのまあやの形相はすさまじいものがあった。すぐさまどこかに連絡を入れボディガードの怖いお兄さん達を呼び出すと、すぐさまその男を拘束させてしまったのである。
 『りのんちゃんのお尻に触るなんて・・・生まれてきたことを後悔させてあげる・・・』
 心まで凍てつくような声でそう宣言すると、まあやはボディガードのお兄さん達にその男をどこかに連れて行かせる。その後、その男の姿は誰も見たものはいない。まあやにどうしたのかと尋ねても『今頃、東京湾でリゾートを楽しんでいる頃ですよ』と真顔で答えるだけだった。その言葉の意味はわからない。ただそれ以上のことは聞いてはいけない、そんな気がしてならなかった。そんなまあやだからこそ、昨日のことを知られるわけにはいかなかった。
 「ほらほら、チャイム、鳴ったわよ!」
 教室のドアが開き、担任の鈴木先生が教室に入ってくる。まだ若い先生でりのんはこの若い先生がとても好きだった。皆が席に着いたことを確認すると、鈴木先生は小さくせきをする。
 「え〜〜、今日は皆さんに新しいお友達を紹介します。どうぞ」
 鈴木先生は転入生が来たことを教えてくれる。どんな娘だろうとワクワクと見つめるりのんに答えるように、教室に1人の少女が入ってくる。艶やかな縦ロールの金色の髪、意地悪そうに映るほど釣りあがった眼、傲慢不遜を絵に描いたような表情、それはどれをとってもワガママ娘にしか映らない少女であった。その少女を見た瞬間、肩にいるセツナが何か舌打ちしたような気がしたがそれを気にしている余裕はりのんにはなかった。それほど教室に入ってきた少女の第一声は衝撃的なものだった。そしてその言葉を聞くと同時にまあやはボソリとつぶやくのだった
 「エリザベス=リンゲージで〜〜す!みんな、わたくしに土座衛門しなさ〜〜イ!!!」
 「ばか・・・」


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