CHAPTER 08  告白



「もえみ、最近何か調子悪そうだけど、大丈夫?学校で何かあった?」

長い風呂からあがってきた早川もえみに、母親が声をかける。

「えっ、別に・・・。大丈夫よ。そんな風に見える?」

もえみは極めて明るく振舞いつつ、母親にそう応える。

「・・・そう、それならいいんだけど・・・。」

母親は、あの嵐の日以来、娘の様子が何かおかしいのを気付いている。ただ娘が言いたくないのであれば、それはそれでいいとも思っている。思春期の悩みというぐらいに感じていた。

(・・・ごめんなさい・・・・お母さん・・・。)

もえみは親にも友人にも、あの日の事そして、それ以後のことも話していない。

あの日のことを知っている新舞貴志も、新学期以降もえみに起きている凌辱劇については知らない。

(あんなこと・・・新舞くんにも言えない・・・。)

そう思いつつ、ベッドに倒れ込む。

(でも・・・・でも・・・新舞くん・・・新舞くん・・・助けて・・・・。)













テルルルルルルルルッ

その翌日の朝、もえみの部屋で電話が鳴る。

「う・・・うーーん・・・・。」

もえみは目を覚ました。

まだ外は暗い

(・・・は!・・・もしかして・・・あの男!!)

もえみの頭の中を山田の声が甦る。

「俺たちに逆らうんじゃねえよ。」

もえみは一気に覚醒する。慌てて受話器を取る。

「もしもし・・・」

もえみは緊張して電話を取る。

声の主は明るい声だった。山田ではない。

「今・・・大丈夫?」

優しい声である。

「ん・・・・大丈夫・・・・?・・・弄内くん!」

久しぶりに聞く弄内洋太の声だった。













天野あいはドタドタとしたうるさい足音で目が覚める。

「ヨータ!?」

あいは飛び起きて部屋を飛び出す。洋太が出かける準備をしている。

「学校へ行く気になったか、ヨータ!!」

そう呼びかけるあいを無視して、着る物を選んでいる。

「ヨータ!学校行く気になったんだろ?違うのか?」

あいがいう。

「学校は行かないよ。・・・デートなんだ。」

洋太は吹っ切れたような笑顔であいに振り返る。

「もえみちゃんとデートなんだ」

あいはその洋太の様子に驚く。

「で・・・でもデートったって今日は平日だよ。学校があるのに・・・。」

あいはもえみの性格から考えて学校をさぼって出てくるとは思わなかった。

「関係ないよ。もう我慢したり、待ったりするのやめるんだ。」

洋太の顔が真剣になる。

「一からやり直すつもりなんだ。今までの生活を全て壊して、・・・また・・・あの場所から・・・やり直すんだ。」

(そうさ。もう、もえみちゃんに悲しい目にあわせてはいけないんだ。そのために・・・そのために・・・最初からやり直すんだ。)

洋太の頭の中では、初めてもえみと貴志と3人で遊んだ冬休みの最後の日・・・洋太が結果としてもえみにふられた日の様子が思い出されていた。

(冬休みのあの日を、・・・やり直すんだ。)

洋太は着がえを終え、出かけようとする。

そこに、あいが止めにかかる。

「ヨータ!ホントに行くのかよ!!まさか、もえみちゃんと付き合うつもりじゃねェだろうな!!」

「そのつもりだよ。」

洋太がさらっと答える。あいは洋太の考えが読めない。

「一寸待てよ、はやまるな!モノには順序ってもんがあんだろ!!彼女はまだ貴志くんの彼女なんだぜ!!」

あいのその言葉に対し、洋太の顔が急に厳しくなる。

「関係ない!」

鋭く、怒ったかのように洋太は応える。そんな洋太の考えが、あいには読めない。

「あの人なりにいろいろ考えてんだから、もう一寸待った方が・・・」

「考えてるもんか!!あんな奴が、何考えてるってんだ!!」

洋太が怒鳴る。

あいはそんな洋太の様子に驚く。洋太は決して自分の親友を悪く云うような男でなかったからだ。

「ヨータ・・・ヘン。ヨータじゃないみたいだ・・・。」

あいが心配して洋太を見つめる。

そんなあいに洋太は背を向けたまま、吐き捨てるかの様に言う。

「あいつはなァ・・・もえみちゃんを売ったんだ!あの嵐の日、あいつはもえみちゃんが襲われるのを知っていたんだよ!!」

あいの中を衝撃が走る。

(そんな・・・・・・。)

あいには新舞がそんなことをする男とは思えなかった。

愕然としているあいを置いて洋太は家を出ていってしまう。













もえみは学校の教室にいた。そして今朝の洋太からの電話の内容を思い出していた。

「朝の9時に「マサーズ」で待っているから。」

洋太の電話での声を思い起こす。「マサーズ」とは昔もえみがアルバイトをしていたカフェである。

「え!?でも、今日は学校が・・・。」

言いかけるもえみの声を遮り洋太は電話を切ってしまった。

もえみは腕時計を見る。ちょうど9時を過ぎたところであった。

も えみは新舞の事が好きであった。しかし、その新舞の親友である洋太の事も友人として好きであった。洋太にはこれまで新舞とのことで何度も相談にものってもらっていた。そうした中で、もえみの中のどこかに、洋太のことを友人以上に想う気持ちがあった。しかし、もえみはそんな自分の気持ちに気付いていなかった。

もえみは迷っていた。













カフェ「マサーズ」。

時間は11時半を回っていた。

「来ないか・・・。」

洋太はずっともえみのことを待っていた。

出かける前にあいが言った言葉が、甦ってくる。

「もえみちゃんは彼氏でもない人とデートするために学校サボる子じゃねーよ!」

その記憶のあいに向かって洋太は返事をする。

(へっ、そんな事はわかってるよ・・・。だからこそ来てくれたら奇跡が起きるかもしれねェじゃねェか・・・。)

その時、洋太の背後から女性の声が話しかけてくる。

「お客様、大変お待たせいたしました!」

その聞き覚えのある優しい声に洋太が振り返る。

「ご注文の不良娘でございます。」

明るく笑った私服姿のもえみの姿がそこにあった。

「ありがとう」

洋太はゆっくりと応える。

奇跡が、奇跡が起こったと洋太は思った。













「学校休んでるって聞いたけど、どうしたの?だめじゃない、また留年しちゃうよ!」

もえみは洋太の前に座るとちょっと厳しい顔で洋太に言う。洋太はそんな風にもえみが注意してくれるのが嬉しい。思わず笑みがこぼれる。

「もえみちゃん、昔ここでバイトしていたね。」

洋太は冬休み最後の日のことを思い出している。

「あっ、そうやってごまかすか!」

もえみははぐらかされた気がした。

「でも・・・こうやってサボってる私もエライこと言えないか・・・。」

もえみの気持ちも何か和らぐ。そうなのである。もえみは洋太に対しては気持ちを許していろいろ気楽に話が出来る。そう、それもあの冬休みに貴志と洋太と3人で遊んだその時からである。

(でも、弄内くん・・・嵐の日の私のこと知ったら・・・うまく話せなくなっちゃうのかな・・・。)

もえみは恐怖でぶるっと震える。もえみにとって洋太はそれだけ重要な友人であった。

「今のまま、あの頃に戻れたら、上手くやれるのにな・・・。」

洋太がボソッと言う。

「え?」

もえみは洋太が何を言おうとしているのかわからなかった。

洋太は笑みを浮かべるだけであった。

「出ようか。」

洋太はもえみを促し、「マサーズ」を出た。もえみも慌てて洋太に続く。

洋太は遊園地の方に向かっていく。

歩きながら、洋太はもえみに言う。

「スカートじゃないんだね?」

もえみは一瞬ドキッとする。スカートをはこうとすると襲ってくるあの恐怖が頭をかすめる。

「うん・・・なんとなく最近スカートじゃない気分なんだ。」

もえみは明るい顔を装い、洋太に応える。

「そっか。スカート姿しか見たことないからさ・・・。でも似合っているよ。」

「ありがとう・・・。」

もえみは明るく応えられたか心配に思いつつ、言う。

(でも・・・違うの。ホントは・・・本当は怖くてはけないの・・・・。)

山田の獣欲に歪んだ顔が思い浮かぶ。

もえみはその記憶を今は忘れようとする。

(弄内くんには・・・弄内くんには知られたくない・・・!)

もえみはその想いの正体に気付いていない。

プールの前まで来たとき、洋太の足が止まる。

「これからサ、プールで泳ごうと思うんだ。」

「え!」

この提案にはもえみが驚く。

「だって、水着もってないよ、やめよっ!ね!」

もえみは慌てる。もえみは怖くて素肌を出す格好が出来ない。でも、そのことを洋太に知られたくはない。

「売ってるよ。買えばいい・・・。」

洋太は拘っているのか、そう提案する。そうなのである。洋太は冬休みに3人で遊んだ日の再現をしようとしていた。その日は確かにこの温水プールで遊んだのだった。

「でも・・・。」

「お金持ってないの?」

もえみは正直に言うしかないと感じる。声のトーンが落ちる。明るくふるまうことが出来ない。

「・・・そんなんじゃなくって・・・・・・。肌・・・出したくないの・・・。」

噛み締めるように、ゆっくり言う。身体が震える。

(気付かれる?!・・・・お願い・・・それ以上、言わせないで・・・!!)

もえみは、洋太に水着を着られない理由を知られたくなかった。

「そぉ・・・じゃあ、やめようか。」

洋太はあっさり応える。

洋太は、もえみのあの嵐の日の傷が深いことを改めて知る。男性である洋太にとり、女性が強姦されたときのキズがどのようなものかは想像できない。しかし、そのキズの深さはかなり凄まじいものだと感じている。表向き明るく振舞うもえみであるが、その内実が深い深いキズになっていることを改めて実感し、プールへ誘った自分の軽率さに後悔する。

また、それとともに貴志への憎しみも広がる。

(貴志・・・。俺は今日、お前の遠慮を捨てる!もえみちゃんに交際を申し込むぜ!もう、おまえも他のどんな男も信用できないから・・・俺がもえみちゃんを守るんだ!)

洋太は決意を新たにする。

「ねェ・・・・」

もえみは思い切って洋太に尋ねる。

顔が緊張でこわばる。

「あの・・・聞いたかナ?あいちゃんから・・・。私が・・・その・・・台風の日に・・・・・。」

(知られたくない、知って欲しくない、弄内くんには・・・!でも、知られていたら・・・私は・・・!!)

もえみの心が揺れる。

(私が汚れた体であること・・・弄内くんには知られたくない・・・。)

その裏にある自分の感情の正体をもえみは気付いていない。尋ねてから、緊張で心臓がドキドキする。

「台風の日?台風がどうかしたの?あいのヤツ、なんにも言ってなかったナ・・・で、なに?」

洋太は知らない振りをする。もえみのキズを更に深めたくなかった。

一方のもえみは洋太が嵐の日に起きたことを知らないかったことに安心する。

「え?あ!いい!聞いていないなら別にいい!!」

もえみは笑ってごまかす。

「あっ!なんなのォ?気になるなァ、言ってよォ!!」

洋太はわざとおどける。

「ダーメ!何でもないって!!」

洋太は思う。

(忘れよう、もえみちゃん、あの日のことは。貴志がどうしたとかそういうことの一切をもえみちゃんには話さずにいよう・・・。これ以上キズを深めちゃいけない・・・。)

洋太はもえみを傷つける全ての事から守りたいと、心の底から思っていた。でも、一方のもえみの心の中には新舞貴志しかいなかったのであるが。

洋太はもえみをさりげなく、公園の眺めの良い丘の方に連れ出す。そこは冬休み最後の日に、もえみが新舞に告白をした場所、つまり洋太がもえみに失恋した場所である。

洋太はここで、もえみに告白することで、これまでの全ての関係をゼロクリアにしようと考えていた。今日、もえみが来てくれたという奇跡が、洋太にとって告白を成功させる自信になっていた。

そして、もえみも気付いていた。

今日の洋太がもえみを連れ出したコースはあの冬休みの日と同じコースであったことを。

「あっ、ここも久しぶりだね・・・。」

もえみは思う。

(「マサーズ」から、あのプール・・・そして最後にこの丘。冬休みに弄内くんと新舞くんと三人で遊んだ時をまるで再現しているみたい・・・。そしてここで新舞くんに告白した・・・。今思えば、彼が冷たかったのは、あの時からずっとだ・・・。でも、もう違う。彼は私を助けてくれた。そして汚れた私も受け入れてくれた。もう私には新舞くんしかいない・・・。)

もえみは洋太の様子を見る。

(それにしても、弄内くんは・・・どういうつもりなんだろ・・・?)

もえみは洋太の気持ちを知らない。というか全く気付いていない。彼女の心は新舞にしかなかった。

洋太は震えていた。

いよいよもえみに自分の想いを、これまでの自分の想いを伝えようとしていた。しかし、ここまで来て急に自信が無くなってきていた。心臓がドキドキ高鳴っていく。

(ここからまた、始めるんだ!俺が告白すれば何かが変わるはずだ!このままではいけない、変えなきゃダメなんだ!)

洋太はここにきて勇気がしぼんでいくのを感じていた。でも言わなくてはいけない気持ちは強まっていく。

もえみもそんな洋太の様子の変化を感じていた。心臓がドキドキしてくる。何とかこの雰囲気を変えたくなって、洋太に声をかける。

「弄内くん・・・。占いの館には寄らなかったね・・・。」

そうである。あの3人で遊んだ日にはこの丘に来る前に、占いをしたのだった。

「あ・・・あそこの占い、よく当たるだろ・・・。」

洋太が言う。

「結果がわかってしまうの、怖いから・・・。」

洋太は遂に核心に触れるようなことを口にしてしまう。動悸が早まり、頭の中が混乱していく。そして口だけが勝手に動いていく。

「け・・・結果って!?」

もえみの心臓もドキドキと高鳴っていく。

洋太が何か重要なことを言おうとしていることを感じ取る。

「も・・・もえみちゃん・・・俺・・・・。」

洋太が口火を切ろうとする。

その緊張感にもえみ自身も耐えられなくなってくる。

(も・・・弄内くん、何を言おうとしているの?・・・やだ・・・怖い・・・・・。)

もえみは緊張のあまり、洋太に背を向けてしまう。

「・・・ずっと・・・・・・。」

洋太がゆっくりとしゃべる。

もえみはその心臓の高鳴りに耐えられない。そのまま走って逃げたい衝動に駆られ出す。

とその時、公園の方から洋太を呼ぶ大きな声が聞こえてくる。

「ヨータァ!!!」

ビクッとし、その声の方を二人が振り返る。

あいが立っていた。

大きなジェスチャーで洋太のことを呼んでいるようだった。

「何で、あいのヤツ・・・こんなとこに・・・。」

洋太は驚いていた。

「行ってやって!」

すかさずもえみは洋太に告げる。

「こんなとこまで来るのって、普通じゃないでしょ!行ってあげて!!」

もえみは先ほどの緊張感から解放されたく、洋太にそう告げる。

「しょうがねぇな。」

洋太は一瞬逡巡するような表情を浮かべるが、もえみに背を向け、あいの方に向かっていく。もえみは先ほどの緊張感から解放されほっとする。

洋太とあいは丘の入り口のところで話を始める。

もえみは、丘の上で1人座り込む。

(何だったんだろう、さっきの弄内くんの様子・・・。)

もえみは考える。

(でも、あいちゃんも来たし・・・何かさっきの雰囲気になるのも怖いし・・・どうしよう、このまま帰っちゃおうかナ・・・。)

と、背後から人が近づく気配を感じる。

(え!)

もえみに恐怖心が走る。嵐の日以降、もえみは背後から近づく人の気配が怖い。自分を襲うものが突然現れたように感じてしまうのである。

「あっ!」

もえみが振り返るとそこには新舞貴志が立っていた。

「なんだ・・・新舞くん・・・。」

もえみはほっとする。背後の人物は自分を襲う何かではなく、それどころか自分を守ってくれる大事な人、新舞だったからである。もえみの顔に笑みが浮かぶ。

しかし、新舞はそんなもえみに微笑みかけることはなく、何か厳しい顔をしていた。

「心の準備をして聞いて欲しい・・・。」

新舞はもえみの予想に反した言葉を紡ぐ。

「え?」

もえみの心に不安がよぎる。こんな新舞を見るのは久しぶりであった。

「貴志!!」

丘の入り口で洋太が叫んでこちらに来ようとしていた。その洋太をあいが必死に押さえている。

もえみは何が起こっているのかよくわからない。

「何が・・・どうなっているのよ・・・いったい・・・。」

もえみはこの良くわからない状況を新舞に尋ねる。

何かおかしい、洋太からの呼び出しも、新舞やあいの出現も、そして、今怒り狂うように暴れている洋太の様子も、全てもえみの理解の範疇を超えていた。

しかし、新舞は厳しい顔をしたままだった。数秒間、もえみにはもっと長く感じられたが、二人は見詰め合う。

やがて新舞は、ゆっくりと噛み締めるように言う。

「付き合うの・・・やめないか?」

(え!?)

もえみの身体の中を激しい衝撃が走る。

頭の中が真っ白になり、何を言われたのかよく理解できない。

心臓が再び高鳴っていく。

(何?なんて言ったの!?新舞くん・・・!)

「な・・・なんで?」

もえみはやっとのことで、声を絞り出すように聞き返す。

「俺はもうお前と付き合う事はできない・・・。」

新舞は表情を変えずに言う。

「嵐の日の事?それが原因なの?」

もえみは爆発しそうに鼓動する心臓の痛みに耐えながら聞く。

(やっぱり・・・あの日・・・・あの日、私の身体が汚れてしまったことが許せないの・・・!?)

もえみは原因をそこにしか見いだせない。

「そんなんじゃない!そんな事じゃないよ」

新舞はそれを否定する。が、もえみにはその言葉はきこえない。

汚れてしまった自分を受け入れてくれる唯一の人間、新舞を失うことはもえみにとって、絶望しかない。

「いや・・・・ひとりにしないで!!」

もえみは新舞に懇願する。

「・・・だめだよ。」

新舞は顔をそむけ、ぽつりとそういう。

もえみの頭の中は、汚れた自分、汚れてしまったから新舞が離れていくとしか感じられない。何としても彼を繋ぎとめたかった。

「助けてくれたのに!・・・・・・・嵐の日、助けに来てくれたのに・・・どうしてこんな事言うの!!」

もえみは、自分の身体が汚れてしまったことを、新舞は許してくれていると思っていた。また、そう思うことがもえみをあの悪夢の後においても彼女の精神の均衡を保らせていた。

しかし、それに対する新舞の答えは、もえみにとり衝撃だった。

「助けたのは・・・俺じゃないよ・・・。俺はノコノコ後から行っただけなんだ・・・。」

(えっ!)

もえみの頭の中はもう真っ白だった。

絶望感がじわじわと彼女の精神を蝕んでいく。

「ウソ・・・どうしてそんなウソつくの?」

信じたくない事実がもえみを襲う。

「ウソじゃねェ・・・あの日、お前が学校に行く事を知ってたの、もう一人いるだろ!」

「・・・・も・・・弄内くん?・・・だって弄内くん、あの日の事、知らないって・・・。」

もえみは新舞のいうことが信じられない。

「・・・ったく、どういう単純さだ・・・。」

新舞の言葉の雰囲気が変わる。怒りを感じているような非情な言い方になっていく。

「知らねェって言ったら知らねェのか!!気ィつかってフリしてんのかも知んねェだろうが!!あの日だってそうだ!嵐なんだから練習があるんだかないんだか電話しなくたってわかんだろ!!」

新舞が感情に押し流されたかのように、もえみに怒鳴りつける。

「もう・・・うんざりだ!!」

最後に新舞は吐き捨てるようにそう言い、その場を去っていく。

もえみは完全にショック状態であった。体中から力が抜け、その場に座り込んでしまう。何が起こっているのか、何が起こったのかよくわからない。ただ、自分が頼れる唯一の人間・新舞貴志に拒絶されたという事だけがわかっていた。

(汚いから・・・私が汚いからなの・・・?!)

もえみの身体が激しく震え出す。

新舞は洋太に近づいていく。そして新舞を睨みつけている洋太にも言い放つ。

「てっきり、俺の事をもえみに話してると思ったゾ。洗いざらい話せばお前の得だろ。」

その言葉が洋太の怒りを呼び込む。

「みそこなうな!恩で気をひくつもりはない!そんなつもりでここに来たんじゃねェ!!」

洋太は怒鳴り、そして放心状態のもえみに近づく。

新舞は静かに去っていく。

あいは、どちらについていくか悩んだ末、新舞の後を追う。

もえみや洋太に対し、冷たく言い放った新舞の本心がその言葉どおりでないことをあいは感じていた。もえみや洋太の事も心配であったが、今は新舞の事も心配であった。













もえみはガタガタと震えながら、その場に座り込んでいた。

もう何も考えられなかった。

自分を、自分を守ってくれた、そして自分を、こんな汚れてしまった自分を唯一受け入れてくれていると思っていた新舞に捨てられた。その事実だけがもえみを襲っていた。

洋太が優しい顔で近づいてくる。そして、もえみの前に座る。目線の位置を合わせ、洋太は優しくもえみに言う。

「ガマンしてるとどんどん胸が痛くなっちゃうから、泣いた方がいいよ。」

もえみが顔を上げ、洋太の顔を見る。震えは止まっていない。もえみが洋太と目が合った瞬間、大量の涙がもえみの目から溢れ出す。

「うう・・・・・・」

軽く嗚咽しながら、もえみは泣き出す。

その瞬間、洋太にとり今までどんなに頑張っても言えなかった一言が、洋太の口から自然にポロリと出てくる。

「好きだよ・・・もえみちゃん・・・・。」

それは不思議な程自然に、息を吐くタイミングで出てきた。

しかも、洋太自身が驚くほど頭は冷静になっており、その言葉が今は涙に流れてしまうことも理解していた。

もえみが驚いて、しかしゆっくりと顔を上げる。

一瞬何が起こったかわからなかった。洋太と目が合う。

「以前・・・もえみちゃんと此処に来た時から好きだったんだ・・・。」

洋太はすらりとずっと押し込めていた思いを口にしていた。今までどんなに頑張っても口に出来なかった洋太の本当の気持ちを。

「・・・付き合って欲しい・・・。僕の手でもえみちゃんを守りたい・・・・・。」

もえみは涙を流しながら再び、うつむいていく。

新舞に拒絶されたショック、そして洋太の思わぬ告白、もえみの頭の中はもうグチャグチャだった。

「いじめないで・・・・・・・・。」

やっとの思いでもえみはその言葉を口にした。

「わからないよ・・・。」

もえみはげんこつを作り、前に座る洋太の膝を叩く。

「今は、何も考えられないよ!」

もえみは更に強く、何度も洋太の膝を叩く。

「なのに、どうしてそんな事、言うのよ!」

そして洋太の膝の上に泣き崩れる。

洋太はわかっていた。タイミングが悪すぎるということを。













続く


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