【再会】
人馬と西風の月3日 17:30 リド・クジャ麓
リド・クジャのゴツゴツとした岩場の果て、そこに連なる平原との境に、オーガたちの見張り小屋はあった。
いや、小屋というのは彼らの表現だろう。
巨大な岩を泥と大きな木の葉で塗り固めて作ったそれは、小屋というより、もはや洞窟に近い。
松明で照らされた中は広く、簡易の炊事場や通気口もあり、ちゃんと雨風も凌げる。
それなりに快適な空間であった。
「お、お姉ちゃん・・」
「ティモット!」
ミュラローアはシアフェルを他の同僚たちに預けると、最愛の妹に駆け寄り抱きしめる。
相変わらず細い肩、ふわりとボリュームのある濃紺のショートヘアに大きな瞳。
このコロコロとした愛らしさは彼女ならではだ。
久しぶりに見る妹は、どこかたくましさも身につけているように見えた。
「お姉ちゃんが無事で、本当によかった・・よかったよぉ・・・」
「ティモット、それは私の台詞よ」
姉の無事な姿を目の前にし、ティモットの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
そんな純真な妹をみて、ミュラローアは少しだけ複雑な顔をした。
ミュラローアはティモットを目の前にすると、いつも自分が汚く見えてしまう。
何せ、任務とはいえ自分より未熟なティモットを置き去りにしたのだ。
だが、そのティモットが姉である自分の事を何より心配していたのは目に見えて明らか。
悲鳴と殺戮にまみれた反乱。
初めて体験する自然の猛威。
いつ来るかわからない追っ手。
怖いはずなのに。
いや、むしろ誰よりも怖がりな妹なのに、ティモットの瞳には強い光が満ちていた。
それは昔、自分を守るために恐ろしい父親に向かって行った時と何も変わらない純粋な心の強さに他ならない。
(このコには本当にかなわないわ・・)
愛しさと自責の念が、妹を抱く力を少しだけ強めた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「で、ミュー、ソネッタは?」
「あ・・その、ソネッタはね・・・」
あのあと、未だまどろみの中にいるシアフェルにティモットをつけ、他のメンバーは情報交換やこれからの動き方について話し合うことになった。
「ふーん、そっか。ま、ソネッタにしてはいい働きしたんじゃない?」
片手を腰元に当て、少々とんがり気味の発言を繰り返すのは、14歳の若さにして『R.I.D』きっての問題児、シャルキア・フュークリストだ。
大きな吊り目に切れるような細身。
腰元まであるのは、外側にツンツン跳ねた美しいブロンドヘア。
『R.I.D』の中では『派手』という表現こそふさわしい彼女は、体の小ささに反比例する存在感の持ち主。
自分の眼鏡にかなう同性は、例えシアフェルであろうがライバル視するほどの攻撃的な性格が、こんな状況でも自分のペースを保っている。
「・・そういう言い方、よくないと思います」
気の知れた仲間内ですら丁寧語を崩さないのは、かつて『書斎の精霊』の名で呼ばれ、ベストセラー作家の顔も持つ少女、オードリー・スコットだ。
上品なウエーブのかかったパールホワイトのセミロングを一度うしろでゆったりとまとめ、それを肩越しに前に降ろしている。
縁無し眼鏡の下には内気を絵に描いたような眼差し。
17才と『R.I.D』の中では一応中堅どころであり、雑学に長ける彼女だが発言力が薄いのは、大人しすぎる性格のせいだ。
「そうだぞ、シャル。あんたはちょっと黙ってな」
最後に口を開いたのはこの一行の最年長、18歳のラナフォン・ラパレッタだ。
下ろせば膝元まであるダークレッドのウエーブヘアを、高い支点で結わいて下ろす豪快なポニーテール。
そっけない瞳の奥に独自の色っぽさ、ジプシー育ちのソネッタとは違う町育ちならではのバイタリティ。
褐色肌が印象的な彼女は、下町の酒場ではちょっと名の知れた元アマチュアのダンサーだ。
ダノンほどのリーダー性はないが、持ち前の姉御肌でここまで別働隊4人を引っ張ってきたのは、このラナフォンだった。
「ところでミュー、他のメンバーの事についてどれだけ把握してる?」
「他の・・メンバー?」
覗き込むように聞いてくるラナフォンに、ミュラローアはすっと目を伏せた。
ソネッタとは違い、希望の持てない別れ方をした親友の顔が脳裏をよぎって消える。
「ダノンが・・私たちを逃がすために・・・」
「・・・・・・」
この事実を聞かされ、ラナフォンたちは皆一様に押し黙る。
シャルキアさえ、『信じられない』という表情でミュラローアを見返すほどだった。
城脱出の際、指揮を取ったのがダノンとファーナであった。
突然訪れた大混乱の中、ダノンとファーナは冷静さを失わず、仲間たちに次々と指示を出していた。
実際この2人がいなければ、一行は城から出る事もできずに全滅していただろう。
頭は回るも、こと運動方面に関しては全くダメだったファーナはともかくとして、知勇兼備の指揮官であったダノンがよもや真っ先に脱落していたとは、誰も予想もしていなかったのだ。
「・・・・・・」
沈んだ空気漂う中、ミュラローアは1つ溜息をつく。
こうなるのはわかっていた。
これは身近にシアフェルという制御できない存在さえなければ、正直に言うべきではない事柄だった。
ダノンからリーダーのバトンを手渡された身として、皆を引っ張っていかないといけないのに、こうしてすっかり意気消沈させてしまった己の采配の悪さがミュラローアには何より情けなかった。
「まあ、でもこれだけ残ってるだけでも儲けものなんじゃない?」
一番早く言葉を取り戻したシャルキアがそう切り出す。
それは空気が幾らか軽くなる言葉だった。
『R.I.D』きっての問題児は、また一番の負けず嫌いでもある。
皆の口を閉ざすこの沈黙にすらライバル心を燃やしたのであろう。
だが、ここで止まらないのが彼女の問題点であった。
「ああ、あとシェスも脱出には成功してたわ?ま、あのコ短慮だから、もう捕まってると思うけどね」
仲間がもう1人無事かもしれない。
そんな喜ぶべき情報を提示しておきながら、すぐにその希望に泥を塗る。
そして、事もあろうか『あはは』と笑ってのける。
「でも、シェスって頭に馬鹿がつくくらい生真面目だし、何かを始めるとすぐ没頭するタイプでしょう?もし捕まってたら案外、今頃、兵士たちの『お相手』に没頭してたりしてね」
目を爛々と輝かせ、次々と悪口雑言を並べ立てるシャルキアに、ミュラローアたちは『またか』と頭を抱える。
シャルキアがこうやって毒づくのは、時々あることだ。
この旅の中においても、城を追われ、命からがら脱出した直後などは特に酷かった。
何とか冷静な判断力を取り戻そうとする一行の中で、1人目つきに悪意を張り付かせ、それをぶち壊すような発言を連発した。
要は、これは自分のイライラを周りに撒き散らす八つ当たり行為なのだ。
このイライラの原因がダノンの脱落であろうことを、付き合いの長いミュラローアたちには容易に察することができた。
かつて城中において、ダノンの叱責の75%以上はシャルキアに向けられたものだった。
シャルキアにとって、毎回毎回自分が何かを主張するたびに、それをことごとく叩かれ、完膚なきまでに言い負かしてくれたダノンは、最も反発する相手であった裏側で、最も尊敬する相手だったのだ。
となれば、今回、シャルキアが受ける精神的ダメージの大きさが、他メンバーにも増して大きなものである事は確かだった。
「シャルキア、貴方がそこまで怯えきるなんて珍しいわね」
痺れを切らしたミュラローアが静かに一言言い放つと、シャルキアは荒い吐息1つだけを残し、その場を走り去っていった。
仲間との再会の喜びもつかの間、数えればキリがない不安要素を抱えつつ、この危険な旅を続けていかなくてはならない。
やがて立ち上がるミュラローアは、軽い目眩に身をふらつかせた。
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