【鬱屈とした城内】
人馬と西風の月13日 10:00 キルヒハイム城内



相変わらず曇天の中にあるキルヒハイム。
城内、美しい石牢のような廊下をドスドスと踏みつけるかのように歩く1人の男の姿があった。
血の様な真紅の髪を短く刈り上げ、顔つきと肉体は幾多もの戦場を駆け抜けてきた歴戦の勇士のそれ。
年もまだ25前くらいで、良くも悪くも若さに満ち溢れている。
彼は名をバソリー・ランカスタといい、名実共にゲルニスの片腕と呼ばれる重臣だった。

「ええい、どけッ!」
バソリーは玉座の間へと続く扉の前で一度足を止めると、静止しようとする兵士たちを頭ごなしに怒鳴りつけ、中へと入っていく。
苛立ちを露にした視線の先、兵士や老臣たちに囲まれたゲルニスの姿があった。 

「陛下!」
「ったく、朝から騒々しいぞバソリー・・」
「今一度、陛下に申し上げたい事が御座います!」
 ゲルニスは『やれやれ・・』と、1つ溜息をつく。
用件はわかっていた。
「わかっておる・・・どうせ、またセイルの事であろう・・?」
「いかにもで御座います!何故、陛下はあのような無能極まりない者を、あそこまで取り立てるのです!?あの小僧が来てからというもの、私はどうでもいい事にばかり労力を取られ、まともに任務を行えません!!」
革命の日まではただの新兵に過ぎなかった少年、セイル・ベントローイ。
今はゲルニスに気に入られ、将軍の1人に名を連ねてはいるが、無論その仕事に見合うだけの知識・実力など持ち合わせてはいない。
本人は一生懸命なのだが、その無能ぶりは確かに目に余るものがあった。
つい先日も、バソリーが秘密裏に町の商人と交わしていた密約を、別の重臣たちの誘導尋問にかかり、あっさりとばらしてしまったのだ。
そして、問題なのはこの程度の事が決して珍しくないという事。
更に、主君たるゲルニスがセイルをほとんど咎めようとしていない事だった。
「奴は一平卒すら勤まらぬ餓鬼なんですぞ!あんな奴を将の座に据えておいては、全軍の指揮に関わります!!」
護衛兵が怯えるほどの剣幕でまくしたてるバソリー。
言っている内容は正論であるが、現キルヒハイムにおいてはゲルニスこそ法。
彼の娯楽こそ最も優先すべき事項であった。
「そんな事は勿論わかっておる。わかった上での采配なのだ。お前ほどの者が、もう少し心を広く持てんのか・・」
「わかっておられるならば、何故現状を変えようとなさらないのです!」
「お前の方こそ、もう少し理解してくれ・・」
「何をです!?」
「まあまあ・・落ち着きなされ将軍・・」
目の前での『若者』2人の言い合いに口を挟んだのは、先程から怪しげな含み笑いなどを浮かべ、やり取りを見守っていた老臣たち。
国の政を取り仕切り、城内でも様々な謀でその地位を確固たるものにしている長老たちだ。
「バソリー将軍は哀願動物など飼育した経験はないのですかな?王にとって、セイル殿はまさにそれじゃ」
「哀願動物は従順で愛らしいければ、むしろ手がかかるくらいが一番可愛いので御座いますよ・・」
「セイル殿にそこまでご立腹というのでしたらば、愛らしい仔犬と思えばよろしかろう」
そこに並ぶ10余人の老臣たちは、口々にセイルを擁護する発言を繰り返す。
彼らにとっても、セイルは哀願動物であり、利用価値のある存在でもあったからだ。
バソリーもその事はよくわかっていた。
わかっているからこそ頭にくる。
しかし、それこそ老臣たちの思う壺であった。
「貴方々があの小僧を利用して、我らのプライベートまで覗き見ている事はよく知っているのですよ!」
「ほう・・それはまたけったいな事を申される・・」
「キルヒハイム1の名将ともあろう貴方様が、少々神経質になりすぎではありませぬか?」
「それに・・もし、仮に将軍の言う通りだったにしても、それは我々に非があるのですかな・・?」
「知れた事!何を馬鹿な事を・・」
「バソリー将軍。戦場を生きるために必要なものと、宮廷内に生きるために必要なものは違いますぞ?そこら辺はおわかりか?」
「左様。例えば、戦場で己の力のなさを振りかざして身を守ろうとする者がいたら、将軍はこれをお助けになりますかな?それと同じ事・・」
「由緒あるランカスタ家の当主ともあろう貴方様が、そのような事知らないはずはありますまい?妹君のラピュワー殿は、そこら辺、実によくできていらっしゃるではありませぬか」
「ぬぬぬ・・・!!」
1のミスを100の痛手にするのは、老臣たちの手練手管。
剣を取っては天下無双の豪傑も、腕力を使わぬ勝負では彼らの敵ではない。
容易に反論の術を削ぎ落とされ、あっという間に歯軋りと唸り声だけの丸腰状態にされ、勝負ありとなる。

「ああ・・それはそうとバソリー。ラピュワーに頼んである新しいキマイラの方、そろそろ期限が近づいているのだが、滞りないのだろうな?」
「と、特に難儀しているとは聞いておりませぬが、そういう事でしたらこれよりカスプール塔に赴き、様子を見て参ります!御免ッ!」
見かねたゲルニスの助け舟に乗り、バソリーは来た時以上の剣幕で部屋を出て行く。
『ヒヒヒ・・』と醜悪な含み笑いを浮かべる老臣たちを、ゲルニスは静かに諌めた。


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