【水辺の少女】
魔女とせせらぎの月28日 7:00 リドベイ川

 

ファリオン村から更に東に行くと、ちょっとした森の中にある川に突き当たる。
火精の山リド・クジャ山から連なるこのリドベイは、対岸までが80m以上、緑に濁る中央の水深は40m以上という、ゼーペストリアでも5本の指に数えられる巨大な川だ。
しかしこの川の最大の特徴は、リド・クジャ山の火の精霊力を帯びた温かな湯が流れている事。
だが、それだけといってしまえばそれだけ。
人里離れているせいもあって、わざわざやってくる者も少なく、いつもは雄大ながらどこか寂しげな水辺なのだ。

しかし、今日は違っていた。
水辺近くの大きな木の枝を4輪の花弁が飾っている。
見れば、それは風に棚引く4つのマントと衣服。
すぐ近くには2頭の白馬、そしてその奥に一糸纏わぬ姿のシアフェルと『R.I.D』の一行の姿があった。

「シア様、今体を洗って差し上げますからね・・」
「・・うん」
「お体の方は少しずつよくなってきておりますから、もっと元気を出して下さいませ」
「・・・うん」
「今頑張れば、きっとアルティラ様にお会いできますからね」
「・・・ん」
いつまで経っても治り切らない病と、振り切れない追っ手から逃げるための強行軍のため、疲労と眠気に取り込まれていくシアフェルを、ミューが後ろから抱きかかえるようにして浅瀬に入り、その体を丁寧に洗っている。
そのすぐ横に控えるのは、ダノンとソネッタ。
皆、素肌を温かな湯に浸し、眠そうな目をこすりながらそれぞれ体を洗っていた。

「・・ダノン?シア様、お休みになられたみたい」
「いいわ。ドレスが乾くまで、このまま川に入っていて頂きましょう」
主が眠りについた瞬間、魔法から解けたかのように少女たちの声色はリラックスしたそれに戻る。

「で、ダノン?これからどうするの?」
「仮眠をとった後、リドベイ川に沿って上流に向かうわ」
「上流って・・リド・クジャ山じゃない!それに、あんなに暑いところに行ったらシア様が・・」
「シア様には耐えてもらうしかないわ。私たちは山の中腹にある、ある村を目指さなくてはならないのよ」
「・・オーガの村・・だね?」
「さすがソネッタね、その通りよ。この辺り一帯の統治者たるオーガたちに助けを求めるわ」
「・・オ・オーガ・・ですって?」
神妙な顔で会話を進めるダノンとソネッタの横、1人えもいわれぬ不安に目を細めるミュラローアがいた。
『オーガ』
それは凶暴な巨人族の名前だったはずだ。
暴力を好み、時折集団で人間の村を襲い、ものの数時間ほどで滅ぼしてしまう。
そんな忌むべき存在だったはずだ。

「ちょっと!気は確かなの、2人とも!?」
「大丈夫よ」
「大丈夫なんかじゃ・・」

――パシャン。

「!?」
かすかな水音が、瞬時に場の問答を流し去る。
今、兵士たちと遭遇すれば逃げる術はない。
侍女たちの中を、冷たい何かが過ぎって消えた。

「あ・・」
最初に音の主を見つけ出したのはミュラローアだった。
だが、その顔は驚くでもなく、凍りつくでもなく、ただ呆けているそれだ。
シアフェルを含む4人がいる浅瀬から少し離れた深みの方、水の中から現れたのは小さな少女だ。
やっと膨らみ始めた胸元を見ると、年の頃はまだ10歳前後であろうか。
そのウエーブのかかった不揃いな黒髪は、まるで手入れの跡がない。
だらしなく、しかし妖艶に足元まで伸びている。
そんな彼女は、あどけない青い瞳で4人をぼんやり眺めていた。

「・・あなたは、誰かしら・・?」
「・・・・」
そんなミュラローアの問いかけに、少女はただ黙って首を傾げるだけだ。
どこか非日常的な静けさが、そこにはあった。

「ヨーグ!この川にもいたのね・・!」
そんな沈黙を破ったのは、『R.I.D』内で最も自然に精通した少女だ。
彼女はすぐさま先輩の同僚2人に、この生き物について一通りの知識を話して聞かせる。
その話が終わった頃には、すでに謎の少女の姿はなくなっていた。

「それじゃあ、もしソネッタの言う事が本当なら・・」
「ええ。オーガ村までの旅路、彼女たちが大きな助けになってくれるかもしれないわね」
「じゃあ決まり。それに期待して、私たちは一休みしよっ」
リドベイの湯で身と衣を清めた一行は、そこからいくらか上流に向かった辺りの大きな木陰を今日のねぐらに決めると、それぞれ身を横たえた。


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