□ Page.8 『宙ぶらりん』 □
舞子と沙弥の関係に大きなひびが入った日から、1ヶ月ほどが過ぎていた。
残暑は次第にその勢いを弱め、やがてやってくる次の季節を匂わせ始める。
季節の移り変わりとシンクロするように、舞子の周りでも何かが変わりつつあった。
「沙弥ちゃーん!ウチら今度の日曜あたり『スパイマン』観に行くんだけど、一緒にどう〜?」
「あ、最近私、ちょっと忙しくって・・」
「舞子もくるんだけど・・・こない?」
「本当にごめんね・・・」
「そっかぁ・・・わかった。じゃ、また次の機会にね」
昼休み、舞子がトイレから戻ってくると、友達グループの1人が沙弥とそんなやりとりを終えたところだった。
また、沙弥は教室に舞子が戻ってくるのを見ると、今度は自分が出て行ってしまう。
舞子は廊下に消えていく沙弥の後姿を見て、1つため息をこぼした。
「舞子、お帰り〜」
「あ、ただいま〜」
グループの1人に声をかけられ、仕方なく舞子も輪の中に戻ることにした。
「なんか、最近沙弥ちゃん付き合い悪いよね・・」
「バッカねぇ〜。舞子と沙弥、今ケンカしてるんだよ?」
「舞子ってば、沙弥からはじめちゃんに乗り換えたんだよね?」
「えぇ〜!?そ、そうだったの〜?」
「でしょ、舞子?・・・というか、傍から見てると、そうとしか見えないんだけど・・」
「あ・・・うん、はじめちゃんとは最近いろいろ縁があるかな・・」
独特の困り笑い。
そこに含まれた『その話題、それ以上は突っ込まないで』というメッセージは仲間たちの脳裏に暗示のように伝わり、自然に話題を変えさせてしまう。
毎度毎度愛嬌のあるこの表情も、今回の事情に関してだけは裏に秘める重さが違った。
(・・・・・・)
結局、舞子ははじめのいう通り、しばらく沙弥の好きにさせることにしていた。
沙弥から聞いた話は、あれからも時折相談を持ちかけているはじめ以外は、誰にもばらしてはいない。
舞子が危惧していた『このことが例の新聞に取り上げられる』ということもなく、少なくとも今は静かな展開が続いていた。
――大きく開いてしまった溝が埋まることもないまま。
「あ、そういえば知ってる?先週の最後のプールの時の盗難事件、犯人はウチのクラスの吉田だって噂」
「え?A組の志田さんのが盗まれたやつ?」
「そうそう。なんか、見てたコがいるみたい・・」
仲間の1人が不意に小声で切り出した話題は、すぐにグループ全員を巻き込み小声のまま続いた。
「うわぁ、吉田ってああいうタイプがいいんだぁ〜」
「いや、どうでもいいけど、なんかそれって、めちゃめちゃ志田さんに失礼な言い方なような・・」
「べ、別にそういう意味でいってるんじゃ・・」
「でもさ、吉田ってやっぱり盗んだパンツを自分の部屋でかぶったり舐めたりしてるんだよね・・」
「履いてたり・・」
「うわっ、キモっ!でも・・・・まあ、どうあれ、想像するとかなり『くる』ものが・・・あるよね?」
「・・う、うん」
「・・『くる』ね」
「・・すぐそこに本人の姿が確認できるだけに、なおさら・・・ね」
舞子たちは同じタイミングでうなづきあうと、気づかれないように目線だけを近くで仲間と笑いあっている男子に向け、ひそひそ話を続けた。
1ヶ月前、舞子も経験した下着盗難事件だが、あの後も何度か発生していた。
例の新聞の記事によれば、ほとんどが同一犯の仕業ではなく、あらゆる検証の結果、毎回別の犯人の仕業である可能性が高いのではないか、とあった。
A組の女子と舞子がターゲットとなった最初の事件が引き金となり、それを内心羨ましいと思っていた男子たちが、それぞれ密かに思いを寄せる女子の下着を狙ったのではないかというのだ。
1度や2度ではなく何度も起きている以上、それはある種文化となり生徒たちの中に浸透する。
今では別段珍しい話題でもなく、普通に雑談の肴になっていた。
――ドサッ
そんな時だった。
すぐ近くで何かが落ちる音。
舞子が例の男子から視線を戻すと、机の上に置いてあった自分のカバンが床に落とされていた。
そして、そのすぐ奥に立つ1人の女子の姿――それは隣のクラスの長森棗だ。
舞子は一瞬ドキリとする。
「あっ、ごめんね」
だが、棗が次に見せたアクションは、舞子が危惧していたものとはかなりかけ離れていた。
棗はすぐさま腰を下ろしてカバンを拾うと、床についた部分を手で何度かはたき、彼女のものとは思えない丁寧な口調での謝罪の言葉と共に机の上に戻したのだ。
「あ、いいよ、気にしないで」
「・・有難う」
そういうと、棗はすっと通り過ぎてゆく。
彼女は、このクラスにいる友達のところへ遊びに来た途中のようだった。
舞子もよく知るクラスメートの男子と、すぐに雑談に花を咲かせ始める。
「・・・・・・」
力の限り呆ける舞子に、他の仲間たちは何やら不思議な視線を向ける。
「舞子、どうしたの?」
「え・・いや、なんか・・長森さん、えらい雰囲気変わってない・・・・」
1ヶ月前は、笑いながら舞子の腕にタバコを押し付けるようなワルだった長森棗。
今さっきの彼女がそれと同一人物だとは、舞子にはとても思えなかった。
「ああ、長森さん、梶本と付き合い始めてから大人しくなったよね〜」
「タバコとかもやめたらしいし」
「ほぇぇ〜・・・・そ、そうだったんだぁ・・」
『梶本』というのは、ちょうど今棗がおしゃべりをしている相手、梶本大介(かじもとだいすけ)だ。
陽気で運動神経があり、成績もよく、男子の中では結構目立つ存在といえる。
その彼が長森棗と付き合うというのは意外だが、あの棗の変わりようを見ればうなづけなくもない。
恋心が彼女を変えたのだろう。
「(でもさ・・)」
そこで仲間の輪の中心に、その中の1人がズズイと身を乗り出す。
これ以上ないくらいわかりやすい『ひそひそモード』だ。
「(あの2人、もうヤッちゃってるのかなぁ?)」
「(どうだろ・・・あの長森さんだからこそ、どっちともいえないよね〜)」
「(余裕でヤッちゃってそうな気もするし、思いっきり純愛路線モードにも見えるし・・・)」
「(う〜〜ん・・私は、まだなような気がするなぁ、今の長森さんを見てると・・)」
ここ最近になって、仲間内の会話もかなり趣向が過激になってきたなとは思いつつも、舞子もちゃっかりノリノリで意見を述べていた。
『長森棗は、まだセックスをしていない』
そんな舞子の言葉は、予想であると同時に願望でもあった。
沙弥の一件に関しては今も深く頭を悩ませているが、それとは全く別の次元で、舞子のセックスに対する強烈な憧れは健在だ。
『できることなら、自分も早く体験して仲間を出し抜きたい』
それこそが密かな願望。
だが実のところ、それは舞子のみならず、この輪の中にいる女子全員共通のものなのだ。
皆、お互いそれに気づきあいつつも、あえて口に出さずに見えない火花を散らしあう辺りが、何とも微笑ましい青春模様であった。
▽ ▽ ▽
放課後。
舞子は下駄箱掃除の当番だったが、それが終わった直後におしゃべりな友達に捕まってしまい、1人教室に戻ったのはそれからかなり経ったあとだった。
――ガラガラ・・
どうせ誰もいないだろうと踏んで、だれ気味の表情で開けた扉。
しかし、その中に入るなり、舞子は不自然な笑顔を作っていた
今、一番微妙な関係の相手がそこにおり、しかも、もろに視線が合ってしまったからだ。
それはもちろん、氷川沙弥その人であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何ともいえない沈黙。
だが、やがて沙弥は視線を逸らすと、カバンを持って足早に教室を出て行ってしまう。
沙弥の足音が階段の奥へと消えると、あらゆる疲れが一度に舞子を襲った。
「ふぅ・・・」
深いため息。
舞子は自分の席に腰を下ろし、机に上半身を投げ出す。
頭だけを横に向け、視線を宙に泳がせる。
そこで片方のお下げが力なく頬を伝い落ちると、またため息をついた。
憂鬱だった。
だが、その憂鬱の内容は、沙弥が自分に対してとる態度や、沙弥の身に悪いことが起こらないかという不安だけではない。
正直なところ、嫉妬も少なからず含まれていた。
「・・・・・・」
現在、沙弥が身を置いているのは恐らく安全な環境ではない。
大きすぎるデメリットと背中合わせだ。
だが、とりあえずそこを考えないとするならば、沙弥のいるのは舞子の憧れて止まない場所なのだ。
舞子たちが、1日も早くと出会いを切望する行為――セックス。
沙弥はそれを毎日のように堪能しているのだ。
しかも、相手は年上の男3人。
体位を変え、場所を変え、シチュエーションを変えてと、それこそありとあらゆる趣向で楽しんでいるのだろう。
少なくとも、舞子が本人の口から聞いた分だけで、4P・野外プレイ・膣内射精だ。
その余りの奔放振りは容易にうかがえる。
――ふん、何よ?羨ましいなら羨ましいって素直にいったらどうなの?
以前、舞子は沙弥にそんなことをいわれた。
その時は、混乱するばかりで何とも思う余裕などなかったが、今なら沙弥のいった通りの言葉をいえないでもなかった。
『羨ましい』と。
「・・・・・ふぅ」
舞子は重たいまぶたをゆっくりと閉じる。
だが、それでも窓の外から差し込む日差しが眩しく、窓と反対側に頭を反転させる。
そして、しばらく周りに人の気配がないことを確認すると、頭の中で本能の望むままに妄想を作り出し始めたのだ。
それは、3人の男たちと淫らに激しく体を重ねあい、動物のように互いに歓喜の声を上げあう沙弥の姿であった――
→進む
→戻る
→Pubertyのトップへ
|