□ Page.7 『川辺の魔女』 □

 

「お・・岡本ちゃんやん」

真っ白になった頭の中。
その復旧の目処すら立たぬまま、舞子は1人ふらふらと歩いていた。

「そういや、家こっちやったんやっけ?」

これが夢ならどんなにいいか。
時間を戻すことができたらどんなにいいか。
時折舞子の脳裏をかすめるのは、そんな実体のない思いだけ。
1番の友達を失ったショックは、ただただ今の舞子を粉々に打ち砕いていた。

「・・・?・・岡本ちゃん・・・・?」
「・・・・・・」

だが突然、の第三者の関与により、舞子の心は現世に呼び戻される。

「(すぅ〜〜〜〜・・)おー!かー!もー!とー!ちゃあああん!!!!」
――ガバッ!
「・・きゃぅっ!?」
いきなり後方から肩口に抱きつかれ、舞子は小さく悲鳴を上げる。
沙弥と分かれてからここまでのおぼろげな記憶を一瞬で手繰り寄せ、振り向いた先にはTシャツ・半ズボンとラフな服装をした叶浦はじめの姿があった。

「あっ・・・・はじめちゃんだ。ど、どうしたの?」
「・・・・・・。・・そりゃ、ウチの台詞やで・・・」
余りのぼけっぷりを前に、はじめは思わず三白眼の呆れ顔。
だが、今の舞子の表情の奥にはただならぬ喪失感が浮き上がっている。
それを感じ取れないはじめではなかった。
「なぁ・・何かあったんちゃうん?」
「え・・いや、別に・・・」
「隠しても無駄や。その目、泣いた直後なんとちゃうんか?・・なぁ、ウチに話してみぃひん?絶対、他言したりせぇへんし・・相談に乗るで?」
「う・・・・・うん・・」
舞子ははじめと特に親しい間柄ではなかったが、普段からわりと好感を持っている相手ではあった。
自分の意見をしっかり持っていて、いわなくてはいけないことはズバッというが、その反面、周りに対して柔軟に気を使うこともできる。
それが、舞子から見たはじめの印象だった。
だから、結局舞子ははじめの申し出を受けることにした。


        ▽        ▽        ▽


そよそよそよそよ・・
山神村の外れを流れる、水の透き通った小川。
その清流に臨む大きな岩の上に腰を下ろし、2人は水の中に素足を浸す。

「うはぁ〜〜♪やっぱ、気持ちぇぇなぁ〜♪」
「うん・・そうだね」
まさにはじめのいう通りだった。
ひんやりとした小川の水は、肉体的にも精神的にも疲労困憊の舞子を優しく癒してくれる。
すいすいと足で水を掻く。
パシャッと飛沫を上げて足を水中から蹴り出す。
そして、また浸す。
無意識にしていた動作は、それができるだけの活力が既に回復したことを示している。
するとそこで、舞子はいつの間にか自分がまた大粒の涙をこぼしていることに気づいた。
気づいてしまうと今度は嗚咽が止まらなくなる。
大自然の冷気に触れ、頭を覆っていたうやむやがかき消された時、本能から送られた命令が露になる。
舞子は声を上げて泣き出していた。

「・・・もうええの?」
「・・うん、ごめんね・・・あと、ありがとう」
「あはは、気にせ〜へん、気にせ〜へん。たまには泣いてもええやん。何せ、うちら思春期の乙女なんやし・・な♪」
やっと泣き止んだ舞子を元気付けるように、はじめは舞子のすぐ目の前で人差し指を立て、ニカッと笑顔を作ってみせる。
舞子の表情がそれにつられて柔らかくなってきた頃合を見計らい、はじめはさっそく本題を切り出すことにした。

「で・・・一体何があったん・・・?」
「あ・・うん・・・・えと、これは絶対誰にもいわないでね?」
「もちろんや、わかっとる」
「・・実はね――」
うつむき加減に舞子は事の内容を、包み隠さず語りだす。
水面に移る自分の表情が見えないように、しきりに足で水を掻きながら・・。

「はぁ〜〜・・・そ・・・そりゃ、たしかにショックや・・ねぇ・・・」
一通りの事情を話し終わる。
余りの凄絶な内容に驚いてか、あんぐりと口を空けた呆け顔のはじめだったが、舞子は間髪要れず言葉を続けた。
「ねぇ、はじめちゃん。私どうしたらいいのかなぁ・・・?」
「んん〜・・そうやなぁ・・」
切羽詰った顔で覗き込んでくる舞子から、はじめは一度視線を空に逃がす。
そして、すぐまた向き直る。
舞子たちの言葉とは違うイントネーション。
優しく諭すような口ぶり。
一連の話を聞き、はじめが打ち出した答えを口にし始める。
「岡本ちゃん・・今は下手に動かん方がええかもしれんよ・・・?」
「そ・・・そう・・なのかな?」
「だって、氷川ちゃん『私の幸せ』とまでいってたんやろ?もう、力技で押さえるにはちょっと行き過ぎや。かかわればかかわるほどこじれる関係って、世の中結構あるもんなんやで?」
「え・・・じゃあ、私は・・何もできないの・・・・?」
一途に覗き込んでくる舞子の眼差しに、多少たじたじになるはじめ。
だが、今度は逆に舞子を覗き込むと再び言葉を続ける。
「なぁ、岡本ちゃん・・・処女やろ?」
「・・・えぇっ??」
意外な場面での不意打ち。
性に対する恥じらいは本能に刻まれたデータだ、さすがに今の舞子も面食らう。
だが、そこから続くはじめの言葉は特に浮ついた色など帯びてはおらず、むしろ何かを仕方なく割り切ったような冷たい響きすらあった。
「ウチらの年代からすると、セックスってやっぱ憧れやもんなぁ。特に経験が浅い内ほどその憧れは強く、ある種麻薬や。・・・岡本ちゃんかて、この言葉の意味わかるんちゃうか?」
「あ・・・・・う、うん・・・・・・・・・わかる・・よ・・・?」
「今の氷川ちゃんは、いいようにそこにつけいられてラリってるんよ。きっと内心じゃ、普段から岡本ちゃんも含む周りの女子に対して強烈な優越感を感じているはずや。そしてそれが何よりも快感で、癖になってもうてる・・」
「・・じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「だから、今はどうしようもあらへん・・・」
一瞬の沈黙。
――ブウゥゥゥゥ・・・ン
そこを狙ったように2人の後ろを通り過ぎるエンジンの音が、静寂に更なる重さを与える。
会話の成り行きに不安と落胆の色を隠せず、混乱し始めつつある舞子だが、はじめはひたすらゆっくり丁寧に諭し続けた。
「少なくとも今は、氷川ちゃんの中では岡本ちゃんより男どもの方が比重でかいんや。残酷なようやけど・・氷川ちゃんには一度痛い目見てもろて、自分で過ちに気づくように仕向けた方がええ・・」
「やっ・・・やだよ・・・・沙弥が酷いことされて泣くところなんかみたくない・・・」
「や・・まあ、別にそうなると決まったわけでもあらへんけどな。せやけど、もしそうであったにしろ、今のうちに痛い目見ておいた方が、長い目で見れば氷川ちゃんのためになるんやで・・?」
「・・で、でも・・・・」
「こーゆうんは『はしか』みたいなもんや。過ちに気づくのが遅れれば遅れるほど、それは取り返しのつかん過ちになる。現実的な話、今ならアホな大学生だか社会人だかで済む話も、もし行き過ぎてヤクザとか絡んできたらどうするつもりや?下手すりゃ、一生にかかわることになるで」
「・・・・・でも、でも・・・!」
「例えば、氷川ちゃんが男どもに騙され、孕まされて捨てられる。これって、えらい酷いことに違いはないけど、裏ルートで変な店に売り飛ばされて一生を台無しにされるよりは遥かにましや。心と体に大きな傷は負っても、地獄には落ちんからな。元々、こんな問題は無傷で回避はできへん。遅かれ早かれ、氷川ちゃんは痛い目見ることになるんや。それやったら、いかにその傷を小さく済ませるかを考えるのが一番冷静な答えなんとちゃうんか?」
「・・・・・・」
「ええか・・・岡本ちゃんが氷川ちゃんの親友として今やるべきことは・・見守ってやることやと思う。そして、いつでも戻ってこれる最後の逃げ場所を確保しておいてやることやと思う・・・・・・・・以上が、ウチからのアドバイスや」
「・・・・・・」
舞子には、その話が余りにも恐ろしいものに聞こえていた。
話を聞く限り、はじめは自分より数十倍は波乱も満ちた人生を送ってきたのであろうことがわかる。
だから、同い年とはいえはじめは人生の大先輩にあたるわけで、その彼女が語る言葉には重みがあるのだ。
まるで空が落ちてきたかのような重圧に押し潰され、舞子は無言のまま喘ぎ続けるしかなかった。

「ほれ、元気出しィ!今はとにかく様子見や。もしかしたら、事なきを得る可能性だってあるし、もしもまた何か起こってしもうたら、その時はウチもできる限り力になったる。それは絶対約束するから、な?」
「・・・う、うん・・」
先の見えない不安に怯える舞子。
その頭をはじめは抱き寄せると、落ち着くまで優しく撫で続けた――


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