行間話【 不快 】(視点・琴乃初音)


 雨に打たれながら、駐車場にただ佇んでいる自分がいる。
 手首の時計を見れば、時刻は今日という一日が終わりを示していた。
 これまでに何人かの人が雨宿りを勧めてくれたり、せめて傘を手渡してくれようとしたが、私はそれを丁重にお断りした。
 今は、この雨に感謝したい気分だから・・・・
 この無数の滴は、心の中で泣いている自分を代弁しているかのようだ。もしくは実際に泣き出したとしても誤魔化してくれるだろう。
「・・・・」
 目の前のマンションを見上げれば、部屋の電気は点いていない。
 駐車場にも車はなかった。
 たぶん、課長は今ごろ・・・・



 今日は彼とデートの約束であった。
 会社を退社したときは、久しぶりの彼との時間ともあってつい嬉しくて、それだけに待ち遠しくて・・・・今までとは異なり、ビルの出入り口付近で彼の姿を待っていたほどである。
「たく・・・・会社の人には内密、って言っておいただろう!?」
「うん・・・・でも・・・・」
 私は彼の腕をとり、彼もそう以上の文句は口にしなかった。
 会社内では二人の関係を公表しない、という内密は、二人で決め合ったものである。彼は彼で新入社員という立場であり、そんな上下関係の色々な事情もあって、私と付き合っていることを懸命に隠したかったのであろう。
 私もそう・・・・学生アルバイトとして採用して貰った経緯もあり、その彼との内密には賛同的であった。もっとも、もう既に二人。課を預かる課長と事務長の柴田さんには、もう知られてしまっているのだが・・・・


 まず二人で映画を見る。
 学校の学生間では、この夏一の超期待作と話題であり、私も以前からこの日を楽しみにしていたのだが、内容が内容(恋愛系)ともあって、彼は途中から寝てしまっていた。
 起こすのも可哀想なので、そっとしておこう。
「あ、悪ぃ・・・・寝てた?」
「うん・・・・」
 終焉間際とあって、私は微笑する。
「熟睡してたね」
 彼は誤ってきたが、私は特に気にしない。
 夏休み限定で午前中からの勤務ではあるが、たった数時間の勤務時間が増えただけで大変なのである。まして彼のようにほぼ午前中から定時近くまで、外回りという仕事ともあって、その疲労は机に座している私の比ではないだろうから。


 それから二人で食事して、ショッピング。
 雲行きが怪しいから足早にではあったが、気に入った新しい衣服を購入し、彼の誕生日に贈るプレゼント(腕時計)を決め、楽しい一時を過ごした。
 彼へのプレゼントに腕時計と決めていたのは、母様もかつては父様に最初に贈った品が、腕時計だったと聞かされていたからだろう。
 母様は父様を心から愛している。
 それは娘の私の目から見ても、容易に察することができた。
 ・・・・なのに、母様は何故、平気なのだろうか?
 家庭を全く顧みない、父様の生活に・・・・
 きっと父様は今ごろも、私とたいして変わらない若い女性を侍らせていることだろうから・・・・


「・・・・」
 楽しいデートの最中に、二人の間で沈黙の時間が訪れたのは、一つの建物を前にしたときのことである。
 そういう施設がある、ということは知識では知っていたが、こうして実際に訪れるのは初めてのことであった。
「本当に・・・・いいの?」
「・・・・うん・・・・」
 彼の問いかけに私は頷く。
 私は既に覚悟を決めていた。
 もう彼に捧げられる純潔は、私にはない。
 もしかしたら、これが原因で彼との交際に終焉を迎えるかもしれない、最悪の恐れはある。だが、これ以上の先延ばしを試みたところで、事態は何も解決はしないのだ。
 もう・・・・私が課長に処女を捧げた事実は覆らない。
 その課長に捧げたことに後悔はない。
 私自ら望んでしてしまったことである。
 ・・・・しかも、彼が精勤する姿が見える、その目の前で。
 どんなに彼に申し訳ない想いを抱いても、もう私の身体は・・・・処女であったころには戻れないのだ。
(ごめんね、ひーくん・・・・)
 私は心の中で懸命に謝罪する。
 正直、彼とは別れたくはない。もう彼に処女を捧げる誓約こそ果たせない自分だが、彼が望むのなら、私は何でもするつもりであった。
 少なくとも・・・・このときは。


 緊張しつつも彼に伴われて、ラブホテルの一室に入る。
「・・・・」
 ドクンドクンと激しく脈打つ鼓動が彼にも伝わりそうで恥ずかしい。まるで何か悪い悪戯をしているような錯覚をする。実際には私の年齢上、利用不可の施設なのであったが、私はその事実を知らなかった。もし知っていたら、恐らくホテルの入館を諦め、彼の自宅に場所を移していたことだろう。
「初音・・・・」
 入室直後、さっそく彼は私の唇を求めてきた。
「・・・・」
「んっ・・・・」
 遂に私は憧れの彼と初めてとなる唇を重ねて・・・・だが、その時点で私は強い違和感を覚えずにはいられなかった。課長のときのキスとは違い、私の身体が全く感じないのだ。
 まるで、これは違う! と。
 彼の舌に絡められても・・・・
 ああ、きっと課長が上手いんだね。
 それをひーくんと比較するのは、酷というものだろう。
 ひーくんはまだ今日で二十歳になったばかりで、年齢は課長のおよそ半分でしかない。それだけに人生経験の差に開きがあるのも当然のことではあろう。
「初音、いいかい?」
 その確認を赤面しつつ頷いた。
 ひーくんとのキスは全く感じられなかったけれど・・・・本番のSEXともなれば、課長も褒めてくれたこともあるだけに、多少の自信はある。もっとも課長は誰にでも優しい人柄だから、そう言ってくれただけなのかもしれなかったけど。

 だが・・・・
 それは彼が避妊のゴムを付けたからか、どうかは解からない。
「い、痛いぃ!!」
「は、初音、最初だけだから・・・・」
 彼はその激痛を破瓜される痛みだと誤解していたようだ。
 確かに演技でも、少し痛いふりを試みるつもりではあったが・・・・
「痛・・・・い、いやぁ!!」
 けど、この激しい痛みは!?
 ひーくんとの接触では全く濡れない身体。
 激しい摩擦を繰り返すことによって強制される激痛。
 耐え難いほどに酷い、この違和感!!

「あがぁ・・・・」
「す、すごい、初音・・・・すげぇ、気持ち良い!!」
 ひーくんは喜び勇むしんで、ただ夢中に私の膣内を抉り続けている。
 そんな彼に純潔を捧げられなかった負い目もあり、私は耐え難い激痛を懸命に耐えようとした。
 彼が喜んでくれるのなら、それならいい・・・・と。
「初音、お前、凄い・・・・」
「・・・・」
「締め付け・・・・いい・・・・こ、こんな・・・・凄く・・・・」
 尚も夢中になって、ただがむしゃらに私を突き貫く。
「・・・・」
 私はその激しい苦痛だけでしかない、まるで地獄のような時間をひたすら耐え続けた。
 これは罰だ・・・・
 彼との約束を・・・・信仰する神にまで誓ったはずの約束を裏切った私に対する罰なのだと、自分自身に言い聞かせた。
「さ、最高・・・・初音、お前の膣内・・・・」
「・・・・」
「今までの、女の中でも・・・・特に・・・・」
「えっ!?」
 思わず表情が強張った。
 ただ激痛だけに我慢し続けている私だっただけに、その彼の口にした言葉には、激しい憤りを憶えずにはいられなかった。
「あっ・・・・」
 ただ快感だけを得ていた彼も、その失言に気付いたのであろう。
「い、いやぁ!! もう嫌ぁ!!」
 私は覆い被さっていた彼の体を突き飛ばし、脱がされた着衣や下着を身に着けると、そのままひーくんだけを残して駆け出した。
 自然と涙が溢れていた。
 ひーくんが別の女性と関係していた。
 ショックなことではあったが、そのこと自体、私も彼を責められないだろう。私も彼以外の・・・・ひーくん以外の男性と関係し、既に純潔を捧げてしまっていたのだから。
 でも、私がこんなに痛い思いをして懸命に我慢しているのに、彼はあんなにも嬉しそうに・・・・
 なんだか、とても理不尽のような気がした。
 寮に戻るわけでもなく、目的地もない。ただひたすら私は駆け出す。
 既に天気は豪雨となっていたが、私は気にも留めずに、とにかく走り続けていた。



 気がついたら、課長のマンションの前にいた。
「どうして・・・・ここに?」
 課長が優しいから?
 確かに慰めて貰える、とも思った。
 ひーくんとの初SEXは失敗に終わり、今日のデートほどに落胆する日はこれまでになかったことだろう。
「・・・・」
 でも・・・・課長に言えるの?
 その前に・・・・私は・・・・一体、どうしたいのだろう。

 天候は尚も雨足を衰えさせることはなく、絶景の夜景を見せてくれた部屋を見上げれば、まだ課長が帰宅していない事実を物語っている。カードを返却していない昨日までならば、館内に入ることもできただろう。
「・・・・課長は今ごろ、きっと・・・・」
 柴田さんとデート・・・・
 二人が以前から関係していたのは、薄々感付いてはいたけど・・・・何か、嫌。その当時はなんとも思っていなかったけど、今は特に不快だった。
 ここ最近、ずっと課長の優しさに触れていたからかもしれない。
 二人で一緒にいた時間が長かっただけに、その優しさに慣れてもしまっていた。
 その優しい課長をこの一カ月もの間、私はずっと独占していたのだ。

 白い車を見つけて思わず鼓動が高まり、再び涙が溢れだしてきた。
 その運転手が心配して私に駆け寄ってくる。
 ・・・・何だが、とても安心する。


 気がつけば、私は課長の胸元に駆け込んでいた。


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