第五話『 トリプルティアラ 』

 
 『セントラル』と呼ばれる中央地区の繁華街。

 四条学区に繋がっているリニアの駅も抱え、この壮大な十階建ての建造物は、とある女学生が称したように、ショッピングモールをただスケールアップさせた感じではあろう。

 その居並ぶ飲食店の一つに『white album』と名付けられた喫茶店がある。

 世代を越えた歌姫が三人。国際ピアニストが帰国しては、稀に美しい旋律を店内のピアノで披露し、一時代を風靡した謎のギタリストも在籍している。

 この奇妙かつ、ある意味においては豪勢にすぎる喫茶店の店主が淹れるコーヒーの味は、『近代学園都市』において、赴いたら一度は飲んでおきたい逸品、と風物詩にされるほどの腕前である。



 一般の国民にも自由に出入りが許されている唯一の区画ということもあって、この『white album』では、主に各四条学区の学生寮に住む生徒と、本土に残っている家族らが待ち合わせに利用することが多い。

 特に本日は四条学区高等部の合同による入学式。

 店舗側もある程度の混雑は予測していたことだろう。

 だが、200あるテーブルが全て埋まり、カウンター席にも相席している状態は異常である。ましてそれが一つのテーブルだけに注目している光景は、まさに異様だっただろう。



「ねぇ、ねぇ。春希くん。かずさが何を弾けばいいか、って迷ってるよ?」

「だ、よなぁ……」

 謎のギタリストにして、店舗の支配人でもある彼。幾つもの難関を乗り越え、一人の歌姫と一人のピアニストと結ばれた人物であっても、想定外すぎる出来事だろう。

「もう店名に従って『white album』でいいか」

 幸い積もらなかったが、昨日は降雪日だ。

 全くの的外れ、季節外れではないはず。

 そしてそれは店舗の六名にとっては、特別な一曲。

「由綺さんにお願いするしかないか……」

 精神を患い、未だに外見は現役状態の彼女だが、それだけに一日中歌い続けることも不可能ではない。

「はい、はい。それなら春希くん。私も歌いたい!」

「いいよ。雪菜も行っといで……こっちは理奈さんと俺とでなんとか回すから……」

 それが無難な、そして最良の選択だと彼は思った。

 無論、店舗側としては、だ。

「なぁ、春希……どうなると思う?」

「……。やはり冬弥さんも気になりますか……あ、珈琲ブレンドが五つ追加です」

 二人は共通することがあった。二人の女性を同時に愛し、そして最終的に三人での、合わせて六人で生活していくことを選択した、選択させた苦い経験がそれぞれにある。

 だからその種の空気には敏だ。

「まぁ、頑張れ……若者」

 店内に美しい旋律が流れ、確かに一時代を風靡させ続けた歌が店内に響き渡っていった。





「…………」

 注目されるのは、このテーブルに着いた面子を見れば、当然のことだろう、と俺は改めて思った。

 俺の左から順に、まず西条高等部二年の『榊原郁子』である。傍若無人な性格はともかく、一つに結んだポニーテールに整った顔立ちに、しなるようなバランスの良い身体つき。その外見はまぁ、幼馴染の俺から見ても一応、美少女と呼んで過言はないだろう。

(仮にも、うちからのコンテスト出場経験者だしな)



 その隣が西条高等部二年の『本多祐樹』だ。俺のもう一人の幼馴染にして、このテーブルの席に着いた、俺以外の男である。

(祐樹がいなければ、なんて思わない。この場に男が俺一人なんてなったら、本当に理想を抱いて溺死しかねない。これはまさにそんな状況だ)

 だが、祐樹と俺には明確な差がある。

 精悍な顔立ちと力強い眼差し。細身な体だが、筋肉で引き締まった体格。強豪とされる我が西条サッカー部のエースにして、四条学区の中でも有数とされる資産家の一人息子。

 これでモテないはずがない。



 そしてその隣には、北条高等部の三年にして、北条学区が誇る『トリプルティアラ』のその一角。その中でも天真爛漫という言葉が、ぴったりと填まる超絶美少女が『北条初音』である。輝くような長い茶髪。スタイル抜群にして、短めのスカートから眩しいばかりの生脚。

 俺を含めた(祐樹を除く)男子生徒の視線は、彼女の大胆かつ健康的な大腿部に釘付けだ。

(その度に、郁子と謎の人物から不意の攻撃を受けたが…)



 その超絶美少女の隣に座ったのが、『トリプルティアラ』の一人にして、今期の、四条学区高等部の生徒会長を務める『上杉朋香』だ。

 彼女はこの学園都市の生徒なら、知らない者がいないほどの有名人。かの「上杉財閥」の三女。御令嬢にして気品と気高さを併せ持っている超絶美少女である。

 彼女の不運・・・と言っていいか、その惜しまない努力に対して、他の『トリプルティアラ』の二人が、余りにもハイスペックであることだろう。

 前髪を綺麗に整えた腰まである艶やかな黒髪。やや小柄な身体ながらも、胸は決して小さくはなく、黒のストッキングで描かれた脚線美。

(恐らくなんだが……処女じゃ、ないよな……)

 彼女の仕草一つ一つに、男を知った雰囲気を纏っている。

 まぁ、彼女はもう婚約者がいると公表されており、御令嬢ともなれば、婚前交渉があっても珍しいことではないのかも知れない。



 その可憐な生徒会長の隣には、『トリプルティアラ』の一人にして、学園都市史上初となる『ミス房総大付』五連覇という快挙を成し、来年の『ミス房総大』の大本命。優勝最右翼候補と目されている、『真田琴菜』、彼女も北条高等部の三年である。

 美の象徴。全ての異性の理想像。ミス・パーフェクト。

 完全に、そして完璧に完成された美の結晶。

 彼女の存在を知らない人間は、この学園都市では居ないだろう。彼女の姿は『学園都市チャンネル』(学園都市専用メディア)では何度も見かけるし、四条学区の男子生徒の大半が、その彼女の姿を待受画面に設定されているぐらいだ。

 また本土に向けて芸能アイドルとして売り出される、という噂も絶えない。これほどの美貌である。例え彼女に歌唱力がないとしても、女優として大成することは間違いない。

(実際……学園都市側とすれば、これほどの絶大な宣伝効果は他にないだろうしな)



 その隣は本日、西条高等部に入学した『宇喜多翔子』

 小柄な身体に相応しく、とても平坦な胸。華奢な身体でありながら、しっかりと締まった腰の括れ。もみあげの部分を伸ばした独特的な髪型。顔は非常に整っているし、強力なルームメイトの存在さえなければ、きっと彼女こそ今年の西条高等部、期待の美少女とされていたことだろう。

 学績も西条高等部においては、その深雪に次ぐ次席。評価の対象となる期末テストは各学期末にある。その二人の立場が入れ替わっている可能性もない、とは言い切れない。



 その隣に・・・俺の右隣に着席したのが、こちらも本日の入学式を経て西条高等部に入学した『南部深雪』である。

 透き通るような白い肌。艶やかな腰まである長めの黒髪。非常に均整の取れた可憐な顔立ち。華奢な肩から括れのある腰。そして年相応に発育させている胸。

 彼女だけはこうして『トリプルティアラ』と比較しても、少しも遜色することはない稀有な存在だ。

 東北の名家、「南部家」の一人娘。西条高等部を一般入試枠で受験して主席合格。全科目において満点という才媛。

(しかも、『処女』ときたもんだ……)

 これは彼女の『携帯端末・ミーティア』からも確認済み。揺るぎない確定事項だ。



 そして最後に、俺・・・『佐竹義久』である。

 西条高等部の二年。ただし、学績は非常に芳しくなく、特待が外れてしまえば、留年・・・いや、卒業さえも怪しくなってしまうだろう。

 顔立ちは決して悪くはない(はずだ……)だが、また良くもない。それはこれまでに一度として彼女ができず、告白されたことがない現実が物語っている。

 身長は祐樹とほぼ同じ、同世代の中では高い方だろう。

(間違いなく。俺だけが、場違いだよな……)

 学園都市を代表する美少女六名の中に、野郎が二人だけ。もっとも祐樹は本多家の嫡男にして、外見もイケメンだ。

 俺だけが並だった。本当に平凡な存在であり、このテーブルに着く資格があるのか、甚だ不安なところがあった。



 尚、このテーブルに、南条高等部に入学した超絶級美少女の『安東理奈』はいない。

 彼女は琴菜に向けて挑戦状を叩きつけ、誘いを退けて去って行った。

 もしこの場に彼女がいれば、現在の学園都市において四条学区を代表する、名立たる美少女が一人(東条高等部二年の井伊真由)を除き、集結していたことになる。

 更に俺の場違い感が強まったこと請負だ。





「それではお互いに自己紹介をしていきましょうか」

 その場を仕切ったのは、上級生にして生徒会長。この場でもっとも公明で相応しい人物だろう。

「私は北条高等部三年、上杉朋香と申します。何かお困りのことがありましたら、四条学区の垣根に拘らず、何でも私に相談して下さいね」

 と、優しい笑顔を見せる、理想的な生徒会長。

「ウチも北条高等部三年。北条初音ね。北条だから北条ってわけじゃないんだけどぉ……北条を受けた志望動機の一つにはなるんかなぁ……」

「私も北条高等部の三年。真田琴菜です。朋香や初音ほどに頼りにはならない先輩だとは思いますが、これもきっと何かの縁だと思います。よろしくお願いしますね」

 テーブルの椅子から起立して、長い黒髪が揺れ、それでも揺るがないのは絶対領域の幅。

 北条高等部の三人。その中でも最も有名であろう『トリプルティアラ』の挨拶が終わった。

「あたしは自己紹介する必要はないんだろうけど、一応ね。西条高等部の二年になりました。榊原郁子です」

 こちらからは郁子が口火を切った。

 先に先輩である二年から、という流れ。

 まぁ、当然だよな。

「西条高等部二年、本多祐樹」

「同じく西条高等部二年。佐竹義久です」

(本当に……この場違い感が半端ないぞ)

 俺だけは招待されていない、なんてことはないよな?

「本日、西条高等部に入学しました宇喜多翔子。中国地方岡山県から来ました」

 言葉少なめな自己紹介は彼女の素だろう。いや、これでも結構頑張った方だとは思うけどな。

「私も西条高等部に入学しました、南部深雪、と申します。東北地方青森県から来ました。よろしくお願いします」

 耳朶から脳髄を刺激する美声。それが優雅に一礼しては、音も立てずに着席していく。そこはやはり、名家のお嬢様に相応しい振舞だった。



 ここで改めてこのテーブルの、室内を説明しておく。

 室内・・・そう、部屋だ。

 横壁も天井も存在していないようには見える。実際にこちらの一挙手一投足に注目している周囲の光景は丸見えだったし、向こうからも室内の様子を窺うことはできる。

 勿論、テーブルの電流操作で完全防音(遮音フィールドと呼ばれるらしい)になっている。ここで大きな声で叫んでも周囲にその声が届くことはない。

 入り口付近にある基盤で電流を操作すれば、周囲の視界をシャットアウトにすることもできる。

(もしそんなことをすれば、周囲の落胆、俺と祐樹に向けられる怨嗟の念が半端ないだろう)

 次に室内のテーブルだが、ヘリの部分だけは黒いものの、中央部は中抜けのように薄透明色である。

 つまり、俺とは正対している『トリプルティアラ』の面々の、眩しいばかりの生脚(初音)黒い綺麗な脚線美(朋香)揺らぐことがない絶対領域(琴菜)が見放題となっている。

(正直、目のやりどころに困るぞ、これ……)

 注文もそれぞれだ。

 朋香、郁子が紅茶。

 琴菜、深雪がミルクティー。

 初音、祐樹、翔子がカフェオレ。

 俺がブラック。

(これでも俺だけ仲間外れだぞ。場違いだ……)





「郁子さん、本当にお久しぶりですね」

「確か……、中等部のコンテストの時だったからぁ、三年半ってトコぉ?」

「だね……」

 恐らく『トリプルティアラ』の面々が場を改めてまで知りたかったのは、間違いなく深雪のことだろう。

 俺がそう勝手に思っていたのは仕方のない。

 だが、話題は郁子との再会に花を咲かせていた。

「去年も、一昨年もですが……お会いできなくて寂しかったのですよ」

「ハハハっ……選ばれなかったし、……ね」

 郁子は苦笑したが、俺は知っている。

 例え西条学区の代表として選ばれたとしても、間違いなく郁子は辞退していたことを。

 学園都市における年末の一大イベント『ミス房総大コンテスト』及び『ミス房総大付コンテスト』の出場資格は、各四条学区の運営委員会によって決められる。

 人数は公平に、それぞれ各学区から五名ずつだ。

 だいたい夏頃に選定が発表され、年末のコンテストに向けて(主に学園都市チャンネルでの宣伝向け)のお披露目が行われ、超豪勢なホテルでVIP扱いを受けられる。またクリスマスには、出場者と関係者を集めたコンテスト発表会。その祝賀会などが開かれるのだと、俺は聞かされている。



「…我ながら、無謀な戦いに挑んだものだわ……」

 と、隣から独白が洩れてきた。

(…………)

 確かに幼馴染の郁子は、彼女らに比べれば幾分にも見劣りするだろう。

(幼馴染なだけ、俺の評価が厳しめなのかもしれないが)



 『榊原郁子』という少女の真価は、およそ普段から見目麗しい『トリプルティアラ』や『東海の至宝』とされた『井伊真由』とは違い、運動やスポーツなどで汗を流す健康的な、そして明るく活発的なその性格にこそある。

 『学園都市チャンネル』などのCM撮影。街頭に張り出されるポスター撮影など、およそインドア的なコンテスト方式では、余りにも郁子には分が悪かった。

 結果は語るまでもない。見るも無残な惨敗だったのだ。

 それもあって、郁子からは『ミス房総大付コンテスト』に出場したことを話題にすることはない。



「なぁ、琴菜ぁ………」

(ん?)

 初音がチラリとこちらを見たような気がした。

(やはり、俺、場違い?)

 お願いだから指摘しないで欲しい、って思った。

 黙っているし、発言も控える。

 ・・・だから、って。

「なんですか、初音。人目もありますし、余りはしたない真似をしますと、また朋香に怒られますよ?」

「見たいなら見ればいいじゃん。減るもんじゃあるまいし」

 そう言って、スカートを摘まんで捲し上げる。

 その瞬間、遮音フィールドに遮られているはずの、室外の驚愕が耳に聞こえたような気がした。

(水色と白の縞パン!)

「痛っ!」

 隣の郁子が、踵で俺の脛を蹴とばしたのだ。

「ん?」

「あ、いえ。な、なんでもありません……」

 だが、脛に伝わった衝撃は何故か、またしても二つ。

(……っ、気のせいか?)

 もう片方の深雪とは思えない。

 そうであったらいいな、という俺のその願望が、痛覚を錯覚させたのだろう。きっとそうに違いない。



「それで、何ですか?」

「いやぁ、さぁ……」

 凛と澄ました超絶美少女の会話。

 ミルクティーを口に運ぶ光景も絵になるし、さすがに様になっている。

 だが・・・初音の投じた爆弾は、そんな幻想を打ち砕く。

 四条学区の男子生徒にとって、核弾頭並の破壊力があったはずだ。

「琴菜ぁ、マジ、義久君みたいのはタイプやろぉ?」

「ぶっ。ゴホッ、ゴホ………」

 キシシシ、と暴露の初音。

 咽るのは完璧とされたはずの琴菜。

 その爆弾発言が全くの的外れでなかったことを証明するかのように、顔を真っ赤に染め上げたのが『ミス房総大付コンテスト』、史上初となる五連覇を成し遂げた超絶美少女。ある方面においては『トリプルティアラ』の筆頭にして、学績では四条学区で主席に君臨する、完璧にして究極の存在。

 それが俺を一瞥して赤面しているのだ。

(…えっ?)

 ええっ!!?

 今、絶対に何かを間違えている。

 きっと俺は何かと絶対に勘違いしているんだ。

 郁子と何かに足を踏まれているような気がしたが、痛いがとっても痛かったが、痛覚は完全に麻痺していた。

「何となく陽介の面影があるしぃ……」

(……誰、それ?)

 だが、その人物に思い当たる節があった。



 『天宮小百合伝説』ならぬ『真田琴菜伝説』の、その第一節とされるのは、意外にも彼女の失恋からなのである。

 史上初の『ミス房総大付コンテスト』を五連覇。学績では四条学区で五年連続の主席。才色兼備、完璧な超絶美少女とされる彼女であったが、中等部時代に失恋した、という噂は彼女の北条学区だけでなく、西条学区にも・・・俺の耳にも届けられていた。

 詳細は俺も解からない。

 噂はあくまで噂だし、伝説だって、言い伝えに過ぎない。ましてこれほどの・・・俺の知る限りでも(……南部深雪も含めて)彼女以上の美少女を知らない。いや、存在しないだろうと断言もできた。

(唯一、深雪と南条高等部に入学した理奈だけが、その域に届く可能性はあるけど……)

 だから、後に五連覇という快挙を達成させるほどの超絶美少女が、男に振られた・・・失恋したなんて話は、俄かには信じられなかった。





「しかし、これでいよいよ、解からなくなりましたね」

「何が、ですか?」

 俺の疑問に、朋香は紅茶を手に微笑む。

「北条の……琴菜の六連覇、という話です」

「そうやね。そっちの新入生総代も相当なレベルやし、さっきの南条の新入生も結構なレベルやったからなぁ……」

 南条高等部に入学した『安東理奈』である。

 男心を擽るツインテール。小柄な身体でありながら、全く持ってけしからん過ぎる豊満な胸。それでいて引き締まった括れの腰。ボンキュッボン(!?)である。

 顔立ちは非常に整っており、東北の実家は「南部家」に比肩するほどの良家。彼女はそこのお嬢様だ。

 正直、初対面の人物を「猿」呼ばわりする性根はどうか、と思ったが、その去り際に見せた人となりからして、決して陰湿な性格ではないだろう。

「……安東、理奈……」

 その名を口にして、深雪の表情が強張る。

 東北では「南部家」と「安東家」の関係は、まさに不倶戴天の敵でしかなかった。その両家に同時に生まれた娘。まして深雪は「南部家」にとっての一人娘である。

「東条の井伊真由さんも、彼女も侮れませんよ?」

 それは昨年の準優勝者。

 『東海の至宝』と謳われ、東条高等部から学園都市に進学してきた、これまた超絶級の美少女であり、昨年では本当に僅差の差で優勝の栄冠に届かなかった。



「彼女はあれから一段と、更に綺麗になっていましたね…」

 それは四条学区でも有名な話である。

 東条高等部に入学した『井伊真由』は、当時から誰もが認めるであろう、超絶美少女であった。それは彼女の出身である東海地方において、『東海の至宝』『東海の美姫』とも呼ばれた所以でもあろう。

 当然、東条学区は彼女に『ミス房総大付コンテスト』に選出し、エントリーさせた。北条高等部、当時四連覇中だった『真田琴菜』は強敵だ。だが、彼女ならば・・・と期待したのだ。

 その彼女に期待した気持ちは、俺にも解かる。

 もし昨年、五連覇を達成する『真田琴菜』がいなければ、俺も間違いなく『井伊真由』に投票したことだろう。

 だが、周知の如く・・・彼女は僅差で敗れた。

 超が付くほどの接戦。惜敗である。

 ほんの数票差で、彼女は栄冠に手が届かなかったのだ。敗北は例え惜敗であっても敗北。そして敗北を知った彼女は、更に美しさに磨きがかかった。

 それはもはや魔性の美しさと言っても過言ではない。

 これは非公式な噂に過ぎないが、真由はコンテストに敗れたその夜。自暴自棄になって男に走り、男に抱かれ、その精を膣に受けて、男を知った身体になることで、更にその美貌に磨きをかけた、とも囁かれている。

 噂である。真実は他の誰にも解からない。

 彼女自身、コンテストの後のことを誰にも話したがらないのだから、後は外野が勝手に想像、推測するしかない。



「僅差となった原因は、他にある」

 あくまでも淡々と祐樹が指摘する。

「北条学区は三人で、票を割り過ぎた……」

「あちゃぁ……やっぱり、なぁ……」

 ぺしっ、と額を叩いて払う初音。

 やはり彼女らにも原因は思い当たるのだろう。

 昨年のコンテストでは、北条学区が合計で五人、東条学区でも五人。それぞれに五人ずつ選出しているが、上位を占めたのは、琴菜、真由、初音、朋香・・・と順に続いている。

「まぁ、それも公正なルールなのですから、私たちには仕方ありませんね」

「昨年、先輩方はどちらに投票されたのですか?」

 唐突に翔子が祐樹と俺に問いかける。

「俺は誰にも入れていない。サッカーの公式戦で学園都市には居られなかったからな……」

 祐樹が所属する西条高サッカー部は、年末、公式戦続きで学園都市を離れ、本土に赴いていることが多かった。西条高サッカー部は四条学区の中でも強豪校と目されている。故に今年も本土で年末を過ごすことになると予想される。

「貴方がそうでしたのね……」

 朋香が微笑む。

「昨年、西条に競り負けたうちのサッカーの部のキャプテンが言っていたのよ。一年生にしては上手い、特にパスセンスと一瞬の判断力が素晴らしい一年生が、西条に入ってきていた、ってね」

「それは光栄です」

 朋香の惜しみない賛辞に、祐樹は淡々と口元を綻ばせた。

 一年生にしてレギュラー。卓越したパスセンスに一瞬の判断力・・・(俺は人型ゼロシステムと呼んでいるが…)危険察知能力長けた西条の選手と言えば、それは間違いなく祐樹のことだ。

「俺は……」

(………)

 賢い人物なら、同じ西条学区の誰かに入れた、と答えるのだろうか。空気を読める男なら、祐樹に倣って無投票と答えたことだろう。

 だが、俺は正直に答えていた。

「……真田琴菜さんに投票させて頂きました」

 と。

 俺は嘘偽りを忌む正直者でありたいと思うし、空気は全く読めないし、まして賢者には一番程遠い愚者である。

 ただその結果、郁子は烈火の如く怒ったし、昨年はいないはずの深雪は何故か不機嫌になり、俺以上の男からは何度も言われ慣れているはずであろう、琴菜は赤面しながら俯いてしまっていた。

(あれ……さっきの、冗談じゃないのか!?)

「「…………」」

「これは琴菜ぁ、超ぅ脈ありやでぇ!?」

 重々しくなった空気に溜息を吐いたのは、祐樹であり、質問を振った翔子であり、初音だけは火に油を注いでいく。



「非常に有意義な時間でありましたわ」

「こっちの分は、俺が……」

「いいえ。誘ったのは私の方ですので、ここは私の顔を立てて下さいな」

 朋香は祐樹の申し出を退けて、携帯端末で全員の清算を一度に済ませた。さすがは財閥の御令嬢といったところだろうか。

「…ありがとうございます」

 共に四条学区でも有数の資産家の子息女。これまでにも何度か面識があったのかもしれない。

 俺も祐樹に倣って頭を下げておいた。





 おこの郁子は無論、深雪の不機嫌は『white album』を出て『トリプルティアラ』の面々と散会した後にも暫くは続いていた。

「良かったですね、先輩」

「ん?」

「琴菜さんのような素敵な方の連絡先を教えられて」

 それは喫茶店を出た別れ際のこと。初音に強く背を押されたような形となったが、琴葉は俺と連絡先を交換した。

 彼女の連絡先は二つあり、一つは一般にも公開されている業務用。そしてもう一つは彼女個人のプライベート用の、非公開とされているもので、俺が彼女に教えられたものがそれである。

 恐らく北条学区の生徒でも、彼女個人の連絡先を取得することができた幸運の持ち主は少ない。ましてそれが男子生徒ともなると。

 だが、それは当然のように、郁子の(俺のIDとパスワードを知る)その手によって、既に俺の幸運は抹消されてしまった後なのだが。

「あ、あの……」

「何ですか? 先輩」

 彼女の視線がとても冷たい。

 その名の如くまさに雪のようだ。

「いいですよね、先輩は。ルンルンですよね!」

「あ、いや、そんなことは……」

「何ですか? 先輩」

 反論を許さない、先ほどと全く同じフレーズ。



 傍から見れば、深雪の不機嫌となっている理由は明白なのであろう。彼女は明らかなまでに、俺に好意を(何故だが)抱いてくれている。



 それが全く信じられない、俺。『佐竹義久』

 仏頂面でも、そんな表情も凄く可愛い『南部深雪』

 親友の不器用さにも、表情を全く崩さない『本多祐樹』

 不器用な展開に深い溜息を漏らす『宇喜多翔子』

 何故か強張った表情を浮かべている『榊原郁子』





 今日は西条高等部一年の入学式・・・

 俺たちの青春は、まだ始まったばかりのはずであった。


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