第四話【 懐妊報告 】( 3月 )


 《和馬》

 都内の高級住宅地が居並ぶ一等地に、今にも崩壊しそうな不安を憶えるボロアパートがある。その105号室からは、肉と肉が弾け合う音に、若い女の喘ぎ声が、絶える間もなく鳴り響いていた。
「んっ・・・・んん、ああっ・・・・あっ、」
 女性の名を草薙弥生。草薙家の令嬢にして現役の東大生でもあり、今冬の試験においても、二番目の成績を修めた超才女である。
 その令嬢が無意識のままとはいえ、尻を突き上げて、男に犯されながらよがっていることなどと、普段の彼女の知る者に、想像できた人物は皆無であっただろう。
「そんなに気持ちがいいか?」
 意識のない弥生に返答はない。
 背後から両腕を掴む俺の、送り出した腰に合わせて、僅かに喘ぎを漏らすだけである。弥生が感じているのは、誰の目にも明らかだった。
 俺にとって最大の誤算は、弥生のこの感度の良さであっただろう。こんな老朽化したアパートの部屋である。隣室の部屋まで聞こえてしまっているのではないか、と、ヒヤヒヤものだ。
「ん、んんんんんっ・・・・」
 弥生が頭を上げ、弓なりになる。絶頂に達したのだ。
 これが生来の持って生まれた素質であったのか、それとも、一樹に開発された結果であったのか。今の俺には、定かではなかった。
 絶頂に達したことで、グチャグチャな弥生の膣内は、俺に更なる射精を求める。その締め付けに負けてなるものか、と更に抽送を繰り返す。
 俺は伏せられた写真たての、その横にある時計を見る。

 五時三十五分。 

 残された時間も、俺の体力的にも限界であった。
「あっ、あっ、あっ、い、いっ・・・・くぅー」
「こ、これで・・・・ラストだぁー」
 俺はこの日、七回目の膣内出しを弥生の膣内に見舞ってやった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」
 いくら休憩を挟んでいたとはいえ、サッカーでは期待の星と言われた、さすがの俺でも動けなかった。弥生の身体が名器(推測)であっても、激しい摩擦の繰り返しによって、奮闘し続けたペニスにも鈍痛を感じる。
 うつ伏せで放置された弥生の突き出す膣から、七発分のスペルマが溢れ出してくる。弥生の膣内は既に、俺の放ったスペルマでパンパンだった。
 今、弥生の腹を踏んだら、凄いことになるな・・・・
 弥生の精液噴射機!
 想像しただけでも試したくなる衝動を感じたが、弥生を完全に妊娠させるためにも、俺はその想像を断念した。

 まだ突き上げている股間から、白い白濁色の液体が糸を引いて落ちる。
 覚醒してから、精液の着いた蒲団に気付かれては面倒だ。
 テッィシュBOXから数枚取り、蒲団に落ちた液体を拭き、それを丸めて弥生の股間に押し付ける。蓋をしたことで多少は違うだろう。
「おまえのスケベマンコでも、さすがに収納しきれなかったか・・・・」
 意地悪く言ったものだが、排卵を迎えている弥生の膣内に、七発分のスペルマを子宮に詰め込んだのである。
 これで妊娠していなければ、奇跡に等しいはずだろう。

 俺は互いの汗でベトベトになっている蒲団に横たわり、その結果を待つことにした。
 弥生が受胎していれば、意識が覚醒する前に懐妊報告を行うことになっている。もし、奇跡的に受胎していなければ、彼女は身篭れなかった非を俺に詫びる手筈である。

 弥生の意識が覚醒する十五分前・・・・五時四十五分。

 弥生は無意識のまま起き上がった。乳房を露出させるほど捲りあがった衣服を脱いで、俺の寝ている前で一度全裸となる。
 思わずゾクリとする。その見事なまでのプロポーションを、俺は数時間かけて、たっぷりと嬲りものにしてきたのだ。
 箪笥から新しいショーツを取り出し、スペルマと愛液でグショグショのオマンコに穿き、替えの衣服を身に纏う。
 そして、俺の前で跪き、指折りを立てて頭を垂れた。
「ご馳走さまでした」
 と、深々と一礼する。
「お蔭様で弥生も、和馬さまの御子を身篭ることが叶いましょう。ありがとうございます」
 この六時間の苦労が実を結んだ報告である。
 俺は思わず口元を抑える。
「くっくくくく・・・・」

 漏らしたのは笑い声だ。それ以外にどんな反応をすればいい?

 今、弥生の身体には確実に新しい生命が宿っていっている。受精卵から受胎、妊娠へ・・・・そして、弥生はその過程を知らず知らずに生活をしていくことになるのだ。
 弥生は処女ではなかった。
 俺の滞在中の記憶を削除すれば、腹の子は間違いなく、兄貴の胤と弥生は思うことだろう。もしくは兄貴ではない、他の誰かという可能性も捨てきれないのだが。
 既に兄貴のほうには、弥生の胎児を自分の胤と信じて疑わないよう、MCNに記載済みである。たとえ兄貴が弥生に膣内出ししたことがなかったとしても、俺の胤とは知らず、本当の我が子のように喜び勇むに違いないだろう。
「おめでとう、弥生さん。兄貴の子として、立派な赤ちゃんを生んでよね」
 俺は祝辞を述べて、再び時計を見る。
「じゃ、飯でも食いにいくとするか」
 大きく伸びをする。
 今日の夜は長いものになる。弥生の妊娠が確実になったとはいえ、それで俺の気がすんだわけではない。今夜の一晩、俺は弥生を寝かせるつもりはなかった。予定通りに、一晩中かけて犯し続けるつもりであった。
 そのためにも、栄養のあるものを摂らなくては・・・・そうだ、肉がいい。これから妊娠し、出産を体験していく弥生の身体ためにも。

 時刻はもうすぐ、六時になろうとしている。
 そう、妊娠が確定したばかりの弥生が覚醒する時刻である。
 意思のない意識だけの、俺だけのお人形が・・・・
 俺の言葉だけに従い、明日には記憶を失う、お人形が・・・・



 《和馬》

 俺は食事を終えると、まだ食事を続けている弥生を席に残して、立ち上がった。
「食べ終わっても、ここで待っていろ。何か欲しいものがあれば追加してもいいから」
「はい」
 弥生は返答しながら、俺の言いつけ通りに、黙々と食事を続けている。
 クッククク・・・・
 下のお口だけで、もうお腹一杯だろうに。

 俺は席を外してから、携帯を取り出し、これからの目的地にかけた。
「お電話ありがとうございます」
 受付嬢だろうか、若い女性が電話に応対する。
「神崎和馬だけど、風祭支配人をお願いします」
「神崎和馬さま、ですね・・・・えっと、どういったご用件でしょう?」
「・・・・用件って、」
 思わず新入りかぁ、とも思った。
「とりあえず、名前だけでも取り次いで。名前だけで解かるから」
「あ、はい。少々お待ちくださいませ」
 暫くして・・・・時間にして、約十秒。
「も、申し訳ありません! か、和馬さまとはつい、知らず・・・・」
「あ、はいはい。とにかく繋いで」
「は、はい。すぐにお繋げします!」
《ピッ》
「和馬さま、うちの若い者が大変、失礼なことを・・・・」
「いや、別に気にしていないから」
 実際に良くあることだった。

 神崎家は主に運輸業を中心にして発展してきたが、第二十六代当主、父の源蔵になってから、あらゆる産業や事業を成功させてきた。
 今にして思えば、MCNの力があったんだな・・・・
 その中で和馬は、建築・不動産業、宿泊業、教育関連施設などの会社を父から譲り受けている。ついでだが、兄の一樹のほうは、運搬商社、金融関連、旅行関連商社など、僅かに俺よりも利権が高い。まぁ、長兄の特権ではあろう。

「これからそっちに行きたいのだけど、部屋、空いている?」
 俺はもう弥生のアパートでレイプするつもりはなかった。留守や喧騒のある昼間ならともかく、深夜であの感度はさすがにまずい。
「解かりました。すぐにスウィートルームの準備をさせておきます」
「着いたら、すぐに部屋に入りたいから、鍵は開けておいてくれ」
 仮にも現在弥生は、一樹の婚約者である。なるべく人目は避けたい。
「かしこまりました」
 何故、と野暮なことは聞いてこなかった。年の功、というやつかもしれないが、この場合は非常に助かる。
 俺は携帯を切って、これからスウィートルームの中で、手厚いもてなしを受ける人形に振り返った。

 俺と弥生は一年ぶりに二人きりでの食事を終え、タクシーに乗り込んだ。食事中も、その道中も無言の男女。気を利かしてくれた運転手の話題も、弥生は黙り込んだままだった。
 意識はあっても自我がないのだから、当然ではある。
「銀座の街も変わってくね・・・・」
「そうですね」
 車内では俺も迂闊なことは口にできなかった。弥生は俺の言葉だけに従う人形である。いつどんな言葉に反応するか、正直、神経を使うのだ。
 だが、確かに銀座に限らず、都内の主要都市は、まるでその季節に合わせて変わっていくようであった。

 銀座か・・・・

 このときの俺には、この「銀座」は、ただの都内にある一都市の名前に過ぎなかった。
 神崎和馬はこのとき、十五歳。
 俺がこの「銀座」という街で、運命的な再会(正確には初見)を果たすのは、尚かなりの年数の歳月が必要であった。


 俺たちは銀座にあるホテルの、その少し手前でタクシーを降りた。
 大学生である弥生はともかく、中学卒業したての俺が、ホテルに直行するのはさすがに問題があるだろう。
 また食事後なだけに、いい散歩にもなる。

 俺は支配人に告げたように、チェックインすることもなく、指定された部屋に弥生を連れ込んだ。
 ひとまず、シャワーを浴びるか。
 正午から六時間かけて弥生を犯し、俺も彼女も最後は汗だくだった。春の陽気で暖かい一日ではあったが、風邪をひく可能性も捨てきれない。
 まぁ、時間はたっぷりあるしな。
「弥生、シャワーを浴びてこい。服はここで脱いでいけ」
「はい」
 俺も服を脱ぎ始める。
 自我のない彼女が気にするはずがなかったが、俺は敢えて宣言した。
「俺も一緒に浴びるからな」
「はい」

 二人の男女が浴室に入れば、何も起きないはずがない。
 俺たちは互いの身体を(弥生の股間だけは少しおざなりに)洗い、身体の泡を洗い流すついでに、弥生の身体を壁際に押し付ける。
「ここなら、好きなだけ感じていいからな」
 雨のように振り注ぐシャワーの中、俺は弥生の太股を抱えた。
「俺の首に抱きつけ」
「はい・・・・あっ、うっ・・・・」
 俺は腰を弥生に押し当て、ペニスを膣に挿入していった。
 そこにはまだ、先の俺のスペルマが残っており、弥生のマンコはグシャグチャだった。それでも柔らかな肉襞は俺のペニスを包み込むと、驚喜したように締め付ける。
「くはっ・・・・いいっ・・・・あん・・・・もっと・・・・」
 弥生が俺に身体を預け、自ら腰を俺に押し当ててくる。
 俺は弥生の身体を壁際に押し付け、腰を突き上げる。
「俺とのSEXが気持ちいいのか?」
「は、はい・・・・」
「一樹とのSEXと、どっちが気持ちいい?」
「・・・・」
 返事はなかった。意識はあるが自我がないだけに、答えられないのかもしれない。
「答えろ!」
「痛かった、だけでした・・・・」
「一樹に処女を与えた、ってことだな・・・・それは俺との約束を破った、ってことだよな?」
「・・・・はい」
 俺はその瞬間、切れた。
 確認したのは俺の意思であったが、やはり面白くはなかった。
 俺たちは濡れた身体を拭くこともなく、シャワールームから出て、弥生の身体を、乱暴にベッドへ押しやった。その上に俺は覆いかぶさり、怒りに怒張したペニスを挿入させる。
「俺は許さない・・・・」
「はい・・・・うぐっ」
 乳首を指で強くひねり、弥生の表情が苦痛に歪ます。

 絶対に許してやるものか!!


 俺は一晩中、人形化した弥生の身体を犯し続けた。
 だが、どんなに激しく犯したところで、既に妊娠させてしまっている弥生には、もうこれ以上の精神的な打撃を与えることは難しい。
 正直、俺自身の復讐心が満たされないのだ。
 俺は更に何度も射精したヴァギナからペニスを抜き取り、その上の穴に宛がう。

 兄貴の性格からして、こっちは手付かずのはずだ!!

 俺はクリームもつけずに、アナルを犯していく。
 相当な激痛であったのだろう。弥生は虚空に手を伸ばして逃れようとする。一体、そこに何があるのか、俺には定かではないが・・・・
 そして、全く湿りっけのなかった穴を、一気に貫いた!
 血が噴き出す。
「あああ、ぐぅ! いいいぃたぁぁぁぁぁぁぁいい!!!」
 そうだ! それでいい。
 スィートルームに弥生の悲鳴が響き渡り、俺は狂喜したように腰を振り続ける。
「いやぁぁぁぁ、痛ぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁ・・・・」
 懸命に頭を振って泣き叫ぶ。悲鳴が室内に響き渡るのは、防音設備が完璧だからだ。
 そうだ。これだぁ・・・・これだよ。
 俺は弥生の泣き叫ぶような、その声が聞きたかったんだよ。
 アナルを犯し、腸内に射精すると、弥生の身体は背中越しにビクン、ビクン跳ねるように反応する。
 クッククククク・・・・
「まだ終わったわけじゃないぞ!」
 俺は弥生の髪を引っ張り上げ、今先ほどアナルバージンを奪った肉棒を突きつけ、咥えさせていく。
「んんんっ・・・・んっ!」
「ちゃんと綺麗にしてもらわないと・・・・な」
 弥生の頭を掴み、無理やりにフェラチオ・・・・いや、イラマチオさせていく。
「んっ、んっ、んんっ・・・・」
「丹念、丹念、しゃぶるんだよ! 舌を使ってな!」
 コクコク、と頷く弥生。だが、下の口ほど気持ちよくはならない。
 フェラチオについて、直人にもっと詳しく聞いておくべきだな。
「もういい! 下手くそめぇっ!」
 俺は弥生を非難したが、非は、弥生のタイミングを無視して頭を掴んでいた俺のほうにあった。もっともこの数時間後には解かることではあったが。
「やはり、お前の身体の売りは、このマンコだよ・・・・」
 アナルを体験させたこともあって、弥生の膣の締め付けは更に良くなっていた。そして俺は、今日、何度目になるのかさえ解からない、膣内出しを弥生の膣内に見舞った。


 翌日・・・・股間の刺激で目を覚ました俺は、時計を見て愕然とする。

 十時、五分過ぎ・・・・って!!

 今から着替えて弥生のアパートに向かったとしても、弥生の意識が完全に戻る正午には、時間的にギリギリであった。しかも弥生の覚醒時間を変えることもできない。最悪なことに、MCNの入った俺の鞄も、弥生のアパートなのである。
「まずい・・・・弥生、起きて着替えろ。すぐに出発するぞ」
「はい」
 寝付いていた俺のペニスを、ずっとしゃぶらせていた弥生は、スペルマが滴る口元を拭って着替え始めた。

 俺たちは来た時と同様、タクシーを拾って、急いでアパートに向かうようにお願いする。渋滞、道路工事、検問、何か一つトラブルがあっても、アウトだった。
 俺は自分の財布を開く。所持金は昨日、使ってしまった分を差し引いても、五十万近くある。足りなければ、後日に請求させよう。
「金は出すから急いでくれ、頼む」
「坊主、金は大切しな。急いでいるのは、解かったから」
 俺の切羽詰った態度に何かを感じたのだろう。運転手は金を受け取らずに、ただ速度を上げてくれた。

 幸い、俺たちが弥生のアパートに着いたのは、正午まで四十分も余裕があった。
「運転手さん、ありがとう・・・・」
「いやぁ、まぁ、これが俺らの商売だからなぁ」
 結局、運転手は俺からの追加料金を一切、受け取らなかった。
 そのタクシーの姿が消えてなくなるまで、俺はその後ろ姿を見届けた。
 いつかあの人を、俺の専属運転手にしたい。
 だが、その俺の思いは、遂に叶うことはなかった。
 後日、新聞の一面にあのタクシーが載るのである。巻き込まれ事故で、タクシーは大破。あの運転手は即死だったという。
 頭を垂れる俺に、直人は「この運転手がどうかしましたか?」と不思議そうに俺を見つめていた。


「弥生、部屋に戻ろう・・・・」
「はい」
 《ガラガラガラ》《ギシィギシィ》
 老朽化の進んだこの音が酷く懐かしいような気がした。
 105号室に入って俺は大きな溜息を尽くと、座り込んだ。
 半日、部屋を空けたせいか、老朽化されていたこともあって換気する必要もなかった。
「弥生・・・・」
「はい」
 もうすぐ、お前は・・・・戻ってしまうんだな。
 俺が弥生にしてしまったことは、もはや取り返しのつかないことだ。今でも妊娠させたことを悔やんではいない。勿論、堕胎させてやるつもりもない。
 俺の復讐は、正当なものだ。
 それでも・・・・
「もう一回、SEXしようか」
 最後はきっちり、優しく別れたかった。
 あの運転手が作ってくれた時間を、もっとも有意義に活用するためにも。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」
 吐息が熱い。
 俺は今までの中で、一番、弥生の膣内を感じていた。ただがむしゃらになって犯すのではなく、互いにゆっくりと高まっていくことで、俺は本当のSEXを体験しているのかもしれない。
 その俺の今までにない高まりが、弥生の身体にも伝わったのか、蒲団の中はまさにサウナ風呂のような状態だ。
「や、弥生・・・・」
「あっ・・・・は、はい・・・・」
「膣内に出すよ・・・・しっかり、受け止めて」
「はい」
 人形の弥生は俺の言葉に従った。
 弥生は絶頂に達し、ほぼ同時に、俺も弥生の膣内に解き放つ。
 弥生は爪が食い込むほど俺の背中にしがみつき、俺は弥生と口付けをして、SEXの余韻に浸った。

 時計を見る・・・・11時50分。
 シンデレラの魔法が解けるまで、もう間もない。

 俺は弥生に部屋着を着せ、蒲団で寝るように命じる。
 時間が来れば、自ずと覚醒するだろう。


 弥生妊娠計画。
 俺にとって、この計画の最後の誤算は、このSEXの余韻にあった。
 女は男よりも余韻に浸れる時間が遥かに長いのである。
 そして、この誤算は俺の想像もしない結果となる。
 そしてそれはまた、俺の激しい後悔と、新たな悲劇へと結びついていくことになるのだが・・・・



 《直人》

 夢を見た。

 ・・・・。
 ・・・・この世に神なんていない。

 わたしは神崎の家の三階にある、和馬さまの部屋の隣室でうなされていた。久しくも酷い、古い夢を見ていた。

 ・・・・オレは神なんて信じちゃいない。

 当時、ネムレス(名無し)と呼ばれていたころの、「死神」とさえ恐れられていた過去の夢だった。
「天賦の才、ってやつだな」
 当時のオレの上官、PMC所属のアリー・アル・サーシェスはそう言った。
 確かにオレは物覚えがよかった。それができなければ、多くの仲間のように死が待っている。必死だった。全てが命がけだった。
 全滅させた敵軍の真ん中で、サブマシンガンを抱えたオレがいた。無表情の頬には何人もの返り血で汚れているが、オレは気にすることもなかった。今日、何人の人間を殺したか、なんて、一々憶えていられない。

 殺さなければ、殺される・・・・
 殺られる前に、殺れ!

 それが何処の戦場においても、共通の掟だった。



 《ブゥゥゥゥン・・・・ブゥゥゥゥン・・・・》

 振動だけのバイブレーション機能とはいえ、それに気付かないほど深い眠りにはついたことはない。
 それは戦場育ちの悲しい性だ。
 わたしは携帯を手に取り、発信者非通知を確認する。
 間違いない。日時からしてグレンからだろう。
「もしもし・・・・」
《・・・・誰ダ!》
 そっちからかけてきておいて、それはないだろう、とも思った。
「少なくても、地球軍第八艦隊ハルバートン提督ではないようですね」
 応酬するわたしも、わたしだが・・・・
《・・・・》
 更に暫くの沈黙が続く。いつも煩わしいこの間も、仮眠とはいえ寝起きのわたしにはありがたかった。壁にかけてある大時計を一瞥する。
 午後二時十五分。十四時間ぐらい寝ていたことになる。
 ずいぶんと寝込んだものだ。
 和馬さまは今頃、復讐を完了しているころであろうか。

 わたしは草薙弥生が非処女、であると、既に断定していた。
 確たる証拠こそないが、その根拠は一樹の性格にある。恐らく和馬さまが婚約したときのように、契りを延期させることはしなかっただろう。
 これから和馬さまはMCNだけに頼らず、性交技術を向上させる必要があった。その意味においても非処女である彼女は、童貞の和馬さまにとって最高の教材になりえた。
 MCNは確かに、使い方次第であらゆる可能性が可能になるだろう。だが、かつて源蔵さまが過ちを悔いたように、必ずしも使用者のためになるとは限らない、負の要素も存在するのだ。

 寝起きのわたしに、グレンは時間を急かすようなまねはしなかった。
 それに感謝しつつ、わたしは非難の言葉を口にする。これがわたしの素の性格だった。無論、真田直人としての。
「わたしの携帯にかけてきて、声紋チェックもないでしょう」
「ソレハ違マスゼェ、直人サン」
 グレンが独特の言葉遣いでわたしの問いに答えた。声紋の解析が完了したのだろう。
「ワタシガ直人サンノ携帯ニカケル・・・・ダカラト言ッテ、必ズシモ、直人サンガ出ル、トハ限リマセンゼェ」
 その言葉には一理あった。そしてこの時点では、わたしでも気付けなかった。グレンはこの一連の鍵ともなった重要なことを、指摘していたのである。
「それで、何か解かったことは・・・・」
《ソレガ、少シ妙デシテネ・・・・》
 グレンは慎重に言葉を選んで説明していく。
「妙!?」
《エエ、直人サンハ神崎家側ノ人間デスカラ、恐ラク、草薙家ガ一方的ニ婚約ヲ破棄シタ、ト、思ッテイマシタヨネ?》
 そのとおりだ、と思った。
 そして、まさか、とも思った。
「草薙家の方では、逆なのか?」
《マァ、簡単ニ言ッテシマエバ、ソノ通リデショウ・・・・草薙家デハ、神崎和馬サンガ弥生嬢ヲ拒絶シタコトニナッテイマスカラ》
 グレンの話にはまだ続きがあった。
《マタ、弥生嬢ニハ、コウ言付ケシテイルヨウデス。DVDヲ見タヨ、ト言エバワカル、ト・・・・直人サンヤ和馬サンタチニハ、何ノコトカ、オ解カリデスカ?》
「DVD? 何のDVDだか解かるか?」
《ヤハリ、ゴ存知デハ無カッタ、ト。ナルホド・・・・》
 グレンは得心する。だが、わたしには説明不足過ぎる。
《コレデ大分、全テノ状況ガ読メテキマシタゼ》
「おまえにはそのDVDが何なのか、解かっているのだな?」
《私ノ腕ヲ舐メテ貰ッテハ困リマスゼ、直人サン・・・・マァ、入手シタノハ、私ノ手柄ダケデハ、アリマセンガネ》

 わたしの脳裏に天城小次郎という人物名が思い浮かぶ。
 そして、そのDVDを入手することができたらしい。
 和馬さまと弥生に関連するDVDなのだろうか?
《マァ、DVDノ話ハ、ヒトマズ、後ニシテオキマショウヤ》
 今、グレンを急かしても益はない。わたしは了承した。
「解かった。不明な点は後で詮索していこう」

《ソレカラ婚約ガ解消サレタソノ翌日ニ、弥生嬢ハ新シイ婚約ヲ結ンデイマスゼ・・・・マァ、直人サンナラ、誰トトハ言ワナクテモ、ゴ存知デショウガ・・・・》
 和馬さまには弥生自身が破棄、草薙家には和馬さま自身が破棄した、としている。これを可能にできる人物は限られてくる。そして、この二つの出来事で一番得した人物は、その中でも一人だけである。
 そしてその男は、今、草薙弥生と婚約している。
「神崎一樹だな?」
《和馬サント弥生嬢ノ婚約ガ解消サレル数日前、一樹サント草薙ノ間デ交渉ガアッタコトト、思イマスネ。実際、神崎カラ草薙ニ流レル金銭ガ、増額サレテイルコトモ確認デキマシタヨ》
「つまり、草薙の家が弥生嬢を一樹に売った、と言いたいのだな?」
《マァ、ソレ以外ニ考エラレマセンゼ。草薙家ノ経営難ハ我々ニモ有名ナ話デシタカラネ》
 恐らくはグレンの推測は正しい、とわたしも思った。
 草薙の両親は一樹の出した援助金増額の条件で、弥生の婚約者の対象を一樹に乗り換えたのだろう。いまに思えば、当時、源蔵さまが末期癌で倒れたころであり、新当主の座が和馬さまのほうに近い。そのことを懸念しての行動だったのではないだろうか。
 恐らくそれで一樹は、弥生を和馬さまから寝取ったのだろう。
 一樹は自らが糾弾する悲劇を、自らの手で繰り返したというのか。
 わたしは婚約を解消されたときの、和馬さまの表情を思い出す。
「待て・・・・」

 何かが、わたしの中で閃いた。

 今までの話を統括すると、弥生が和馬さまを拒絶しなければならない理由が見つからない。たとえ一樹に純潔を穢されようと、彼女自身は被害者なのだ。和馬さまに捧げると約した処女を奪われてしまったことで、確かに電話には出にくいのかもしれなかったが・・・・
「和馬さまは婚約を解消されたとき、弥生の携帯に連絡しているはずだが・・・・」
 一回目は通話中だった。二回目はコールされたが繋がらなかった。そして三回目は繋がった直後に通話を切られている。
 ここまで拒絶するのは異常であろう。
「何故、弥生は和馬さまをそこまで拒絶したのだ?」
《ソノ答エハ、サッキモ言イマシタゼェ》
「・・・・・・・・」

 つまり、弥生の手元に携帯はなかった、ということか。

「一樹はいつ、弥生の携帯を?」
 第一週、源蔵さま倒れる。
(この日が和馬さまと弥生、最後のデートの日となっている)
 第三週、和馬さまとの婚約が解消され、その翌日に一樹と婚約。
       その数日前に、一樹と草薙の家が交渉する。

「つまり、第一週と第三週の間に、何かあったのだな?」
《ソノ源蔵サンガ倒レラレテカラ、一週間後ノコトデスガ・・・・》
「ああ・・・・」
 わたしは頷いた。
 グレンはわたしのために少し間を置く。
 が、グレンの次の言葉には思わず絶句する。
 グレンは確かにこう言った。

《草薙弥生ハ・・・・、レイプ・・・・、サレテイマスゼ》
 と。


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