第五話【 胎動発芽 】( 過去 )


 《一樹》

 子供のころから、俺の進むべく進路にレールが引かれてあった、などと思ったことはない。だが、神崎家の長男として、それに相応しいよう常に邁進するよう、励んでいたのは事実だろう。
 自由奔放の生活が許された弟の和馬、妹の和美とは違って、俺は幼年期のころから英才教育を受けてきた。父親である源蔵の要求は厳しかったが、俺自身、何の疑問を抱くこともなかった。「俺は長男なのだ」と、何度も自分の心に言い聞かせて・・・・
 俺は対外のことを、すぐに理解できた。周囲には天才、神童、頭脳明晰とさえ褒め称えられた。その意味では、和馬の護衛である真田直人と通じるものがあるだろう。ただそれが、戦場で人を殺すことと、平和な日本で教養を身につけること・・・・それぐらいの違いでしかない。
 もっとも、直人が来日した後も、この平和な日本で非凡な存在ではあったのだが・・・・
 そのため、幼年期に和馬が俺の背中を目指していたのと同様、俺はこの真田直人の背中を追いかけた。

 負けられなかった。
 負けたくもなかった。
 実の親子でもない直人が、源蔵の愛情を受けている。
 親子であるはずの俺には、期待をするだけ・・・・
 まだ足りないのか?
 まだ俺は高みを望まなければいけないのか?
 懸命に努力をする。最良の結果もついてくる。
 だが、俺が愛情で満たされる日は・・・・やってこなかった。
 和馬が、和美が、源蔵と笑って語り合っている。それを羨ましそうに見る俺がいた。一度も源蔵には、父親らしいことをしてもらった記憶がない。
 俺は自問する。
 俺はどうしたら、父親から愛される?
 俺は何をすれば、源蔵に認めてもらえる?

 俺は・・・・?

 その努力を重ねた甲斐もあって、俺は私立名門中学校に入学をする。ここを卒業できた対外の人間は、エリートとしての人生が保障されている、それぐらい競争率の高い激戦校。
 そこに俺は首席で入学を果たす。無論、入学した後にもトップの座を譲るつもりはない。
 それぐらいの気構えで俺は望んだ。
 俺はまだこのとき、神崎源蔵を本当の父として、信じて疑っていなかった。俺だけに向けられる厳しい視線と態度は、あくまでも神崎の長男としての、期待の表れなのだと・・・・
 神崎家が本当の家族なのだと、
 俺は神崎、一樹なのだから・・・・・
 ・・・・と。



「一樹さま、ご立派でございます」
 初めて中学の学ランに袖を通した俺に、仁科勘治朗が慇懃な微笑みを見せてきた。
 護衛の郷田を玄関に待機させたのは、間違いだったかもしれない。
「世辞は寄せ、勘爺!」
 俺はこの初老に入ろうというかという、この執事が大の嫌いだった。
 次期神崎家当主の可能性のある和馬にも平気でオベッカを使う。この遜った姿勢には、何度、反吐を吐きたい気分になったことか。数えるのも面倒だ。
「いえいえ」
 何が、いえいえだ。
 俺は内心の苛立ちを募らせ、掌の裏で失せろ、という仕草を見せる。が、耄碌した爺には無意味な行動だったようだ。更に俺のほうに進み出て、狡猾な言葉を口にする。
「ううっ、このお姿を亡き一輝さまが見れば・・・・」
 俺がこの耄碌した爺の言葉を聞き逃していれば、この後に起きる神崎家の骨肉の争いはありえなかったことだろう。或いは当主の座を和馬が占めたとしても、俺は喜んで、弟をサポートする人生だったかもしれない。
 それはそれで面白そうではある。無論、今となっては不毛な想像であったが。
「一輝(かずてる)だと!?」
 誰だ、それは?
 神崎家には俺以外に、源蔵、和馬、和美。別荘に大御所の桜。そして故人としては、俺たちの母に瑞穂・・・・神崎の系譜それ以前は曖昧だったが、俺の知る限り神崎家には全く関わりがない名前だった。
「おい、勘爺。その一輝っていうのは、誰のことだ?」
「ふぉふぉふぉ・・・・気になりますかな?」
 燗に触る笑みだ。
「もし一樹さまにお教えしたら、わたしのその後は・・・・」
 ちっ、と舌打ちも打ちたくなる。
 俺が当主に就任した暁には、まず、この見苦しい爺を追放する。親父の古い親しき間柄だか何だか知らないが、その取り入ろうとする態度が気に食わない。
 だが、それも聞き出すほうのほうが優先か。
「解かった、解かった。悪いようにはしないさ」
「それを書面にして、貰えますかな?」
 食えん爺だ。とも思ったが、所詮は耄碌爺だ。近づけさせなければ害も少ないだろう。俺の視界に入ったら、眼を閉じればいい。
 俺は書面にして、二つ折りにする。だが、すぐに渡さない。詰まらない話で老後の安泰を保障してやるほど、俺は甘くはない。
「それで・・・・一輝とは誰のことだ?」
「ふぉふぉふぉ、実の父親に対して、誰とは・・・・一樹さまも酷いお方ですな」
「なっ!」
 一瞬、金槌で頭を叩かれたような衝撃を憶えた。
 実の・・・・父親だと!?
「いい加減なことを口にするなぁぁ!」
 俺はバン!と、机を叩いた。
「いえいえ、本当のことですとも」
 寒気がする笑み。常に耄碌爺だと思っていた勘爺が、このときばかりは妖怪爺にしか思えなかった。それも悪魔のような・・・・

 勘爺の言っていたことは本当であった。
 入学式の後、俺はその帰りに病院へと送って貰った。そして血液検査、DNA鑑定・・・・その全ての検査において、俺が源蔵の実子である可能性は無と診断される。
「・・・・・」
 郷田が車を運転する中、良く街角で目に付く、ありふれた家族の光景が目に入る。母親に見守られ、兄妹が仲良く遊んでいる。普段なら全く気にも留めない光景が、俺には何故か心に響いた。
 俺は一体・・・・何をしてきたんだ?
 そして、何を求めてきたんだ・・・・?

 それから数日後して、勘爺の言った一輝という男が、鳳家の嫡子、鳳一輝のことだということが解かった。
 俺は財布から依頼料を支払い、一輝に関する報告書を受け取る。
「助かった。すまない」
「いえいえ、これからも是非、桂木探偵所次期所長(自称)、この二階堂進にご依頼ください」
 二階堂は特に「に」を強調する。何か、トラウマでもあるのか?
 実はこのとき、この桂木探偵所には、エースにして所長代理たる天城小次郎がおり、この二階堂進とは犬猿の仲でもあった。無論、そんなことを俺が知る由もなかったが・・・・
 俺はきちんと整理された報告書に目を落とす。
 当時の俺が十五歳であり、一輝が亡くなったのは十六年前。母体のなかでの時間を考慮すると、確かに俺の父親である可能性は否定できないだろう。
 だが、その場合、源蔵は身重な母を娶ったことになる。
 ・・・・何故だ!?
「郷田、車を出してくれ」
「はっ!」
 郷田聡は俺に付けられた直属のSPだ。護衛という任務は、和馬の直人と同じだが、郷田は基本的に寡黙で忠実。白いワイシャツに神崎の家紋が施された黒いスーツを着用し、黒いサングラスをかけている。和馬が昔、「ターミネーター」「シティーハンターの海坊主」とかと言って、郷田を困らせていたように、大柄でいかにも、という雰囲気が確かにある。
「何か?」
 思わず苦笑していたようだ。
「いや、確かにアーノルド・シュワルツェネッガーに似ているな、と」
「はっ、ありがとうございます」
「褒めてないぞ」
「・・・・・」
 だが、和馬が直人に絶大な信頼を寄せているように、俺もこの郷田に絶大の信頼を寄せている。神崎家の長男、ということで誘拐されそうになったときは、まさに命がけで護ってくれたこともあった。

 意外にも鳳家の墓地は、神崎家代々が眠る墓所と同じ、慶応聖徳寺にあった。元々、神崎家と鳳家の親交関係があったのだから、不思議ではなかったが・・・・
 先に神崎家代々の墓を参拝する。
 母さま・・・・俺は、俺の父親は鳳一輝なのですか?
 無論、返事などない。母の神崎瑞穂は、今から十年前、妹の和美を難産の末に出産し、そのまま神崎の家に帰らぬ人となってしまった。当時一歳の和馬は当然として、俺もおぼろげではあるが、母の記憶が微かに残っている程度だ。
 次に俺は鳳の墓標の前に立った。
「郷田、お前は知っていたのか?」
 敢えて俺は主語を抜いた。
「はぁ?」
「そうか・・・・」
 正直、少し、ホッとした自分を確認する。
「なら、いい」
 郷田の知る限りだと、現在神崎家に居る人間(守衛、執事、メイドなど)は全部、源蔵に代になって一新されたということだった。唯一の例外が、仁科勘治朗だけである。和馬の護衛、真田直人でさえ、源蔵が当主に就任した翌々年である。
 鳳一輝とは一体、どんな人物であったのだろうか?
 もし生きていれば、俺を実の息子として歓迎してくれただろうか?

 そんな不毛な考えをしていたころ、俺の背後から「一輝?」という驚きの声があがった。老人夫婦の声のようだ。
 郷田が懐に手を伸ばす。が、俺はそれを片手で制した。鳳家の墓地で俺を「一輝」と見間違える・・・・つまり、それは。
「俺は神崎一樹です」
「かず、では・・・・」
 俺の推測は正しかった。
「では、一輝と瑞穂さまのぉ・・・・」
「そういう・・・・ことに、なるのでしょうか・・・・」
 正直、複雑だ。
 未だ鳳一輝という人物が、どんな人物であったのかなど知らない。そもそも数日前まで、名前や存在さえも知らなかったのである。それを実の父親と断定するのに、多少の戸惑いは禁じえない。
「鳳一輝・・・・俺の父親の、ご両親ですね?」
 背後に佇む郷田だけが、俺の発言によって驚く番であった。

 俺は郷田を伴い、鳳家の屋敷の居間に案内された。
「これが・・・・」
 正直、驚きの連続であった。
 鳳家といえば、神崎家が台頭するまで都内有数の家柄であったはずだった。その当主が住居とする屋敷の人間には、全くの覇気がなく、建物のそれにしても廃墟と見間違えるほどだ。
 俺は一輝の両親(正確には御祖父母)から、何冊ものアルバムを受け取り、暫くそれだけに目を奪われた。時折、二人で写っている女性は、間違いなく、神崎瑞穂・・・・俺の母だ。
「どんな人物だったのですか? 俺の父は?」
 写真で見る限りは、多少の鼻持ちなところが燗に触ったが、確かに長身で美形ではあった。俺の容姿は父親からの遺伝だったのかもしれない。
「色々と欠点なところもあったが・・・・いい子じゃったぁよ」
「本当に瑞穂さまとも、愛し合っていた」
「それが・・・・あんなことがあって」
 鳳家の両親としては、悲嘆にくれるしかなかっただろう。神崎家の大御所、神崎桜の意向によって一方的に婚約が破棄され、もはや結納まで済ませていた瑞穂は、氏素性も知らない人物と結婚してしまったのだ。
 その数日後に、鳳一輝は服毒自殺を遂げていることからも、彼にとって婚約者を寝取られたことに、よほど口惜しかったのではないだろうか。
 唯一の後継者を亡くした鳳家は、急速に活気がなくなり・・・・神崎家の台頭もあって、今では肩身を狭くして生き永らえている。
 そんな現状である。
「俺は・・・・」
 その両親に何と言っていいか、解からなかった。
 同情はする。両親たちの怒りも理解できる。婚約者を寝取った源蔵に非があることにも。だが、現実に俺はその源蔵の息子として育ち、扶養されている身でもある。
 その俺が何を言える?
 俺はどうすればいいのだ?
 学校では天才、神童などと呼ばれ、頭脳明晰とも言われた俺であったが、初めて直面するこの難問には、容易に光明さえ見出せずにいる。そして誰も俺に答えてはくれない。
 老夫婦に夕食を振舞われた。世代の離れていたこともあって、中々共有できるような話題も少なかったが、俺は喜んで話を聞いた。特に鳳一輝と神崎瑞穂の、俺の両親についての話題には興味が絶えなかった。
 俺の母は、俺が五歳のときに死去している。ようやく俺の自我が確立され始めるころであり、俺は曖昧にしか母を記憶していなかった。神崎の家にも飾られた母の写真を見て、美しい女性だと思っていた。俺にとってはまさに理想的な母親像である。
 鳳の屋敷に宿泊していくことも勧められたが、さすがにそれは辞退した。残念がる老夫婦に、「また遊びに来ます」とだけ告げた。



 鳳家の屋敷を辞去して、神崎の家に到着するまで、俺は一言も口を動かすことはできなかった。今日一日だけで俺は精神的に参っていたのかもしれない。
「到着しました」
「郷田・・・・今日のことは誰にも言うな」
「・・・・解かりました」
 元々寡黙な護衛である。そんな男がそう約したのだ。誰にも告げることはないだろう。
 俺は郷田の開いたドアから降り立ち、神崎の家を見る。
 都心にも関わらず、庭園に囲まれた豪邸。見慣れた光景だった。
 俺にはもともと、この家に居場所などなかったのだ。
 くっくくくく・・・・
 幼年期の自分を省みて、俺は乾いた笑みがこぼす。
 俺には何もなかったというのに・・・・
 余りにも自分が滑稽だった。

「あ、兄さんお帰り・・・・遅かったね。やっぱり中学校ともなると、違うのかな」
 めずらしくクッキーを銜えた和馬が出迎える。スナック菓子などに見向きもしない弟にはめずらしい光景だ。
「いちにぃ、いちにぃ」
 俺をそう呼ぶのは、この世で唯一人。妹の和美だけである。
「クッキー焼いてみたの、かずにぃも美味しいって!」
 和美は俺に向かって皿を差し出す。
 なるほど、と思った。和馬が菓子を食べるわけが理解できた。
「いちにぃも食べてみてよ。ねっ」
「・・・・」
 俺は無言のまま視線を逸らし、階段へと向かう。
 慕ってくれる弟に妹には悪いと思った・・・・いや、赤の他人だ。赤の他人だと思わなければ、俺の抱いた復讐はこの場で挫けてしまう。
 正直に言えば、俺は和馬を嫌ってなどいない。憎もうと思っても、これまで一緒に生活してきた時間がある。家族なのだから当然だ。それに基本的に和馬は兄思いであり、その性格は温厚。憎めるはずがなかった。
 無論、妹の和美とてそうだ。
「ねねっ、いちにぃ、一個だけでも食べてみてよ」
「俺に障るな!」
 意図的に振り払った手は、偶然にも突き出されていた皿に直撃する。
「あっ・・・・」
 赤い絨毯の上に散らばるクッキーに、俺も和馬も、和美もただ唖然とする。次第に和美は涙を浮かべ、散らばるものを拾う和馬。
 故意にではなかっただけに、その光景が心に痛かった。
「兄さん、何かあった?」
 俺は非難がましい視線を敢えて受け止めた。
 ・・・・和馬。
 神崎の家では、兄弟が仲違いすること自体、そうめずらしいことではなかった。神崎家を世襲するのは、必ずしも長男とは限らず、優秀な弟や妹がいれば、それが跡目をつぐ慣わしである。
 神崎家の当主の座をめぐって、様々な陰謀や暗躍が兄弟間にあったともいう。
 俺はこの仕組みは最善の方法であると思っていた。当主の無能は、その個人だけでなく、その家全体の悪影響を及ぼすであろうからだ。
 その意味では、俺と和馬の友好的な関係のほうが、むしろ異例なのだといえた。
「お前には関係のないことだ」
「兄さん・・・・?」
 これまでと違って非友好的な言動に、和馬も衝撃を覚える。俺は無言のまま踵を返し、その背後に郷田が着いてくる。
「兄さん!」
「黙れ。俺に話しかけるなぁ!」
 俺は足早に階段を駆け上がる。そして二階に到達すると思わず、壁を殴りたい衝動にかられる。これより七年後、弟が壁に行ったことを、俺も実行していた。
 俺の拳から流れる血は赤かった。
 神崎一樹であり、鳳一樹でもある、俺の血は・・・・

 それでも最初の一ヶ月は、多少の演技と心の武装が必要であった。慕ってくる弟妹たちに悪態を吐き続けるために、俺は心の仮面を被らざるをえなかったのだ。
 次第に弟と妹は、俺から距離を置くようになっていた。時間と慣れが、俺たちの溝を深めてくれる。俺は更に孤独になった。
 これでいい・・・・これで。
 俺には最初から、弟妹など居なかったのだと、自らに何度も言い聞かせていた。


《源蔵》

 大きな汽笛の音が船体を揺らした。
 神崎家が所有する豪華客船、《エンシェント マーティリアム号》が太平洋の大海を横断している。そのデッキ廊下に一人の男が佇んでいる。
 流れるような潮風が心地よい。
 神崎家の家紋の入った黒のスーツはSP仕様と同じものであったが、シャツだけは派手な真っ赤。少し短めの頭髪は寂しくなりつつあったが、まだ黒々として、身体の衰えは微塵もみせない。
「ふぅ。三ヶ月ぶりの日本か・・・・」
 和馬たちは元気にしているだろうか?
 神崎家の当主である私、神崎源蔵は、基本的に行動する人であった。
 神崎グループにも、優秀な人材がいることは解かっている。手足のように指示すればよいものを、元々苦労人でもあったころのこの悪癖は、当主になった後にも変わることはなかった。年齢的にも、もはや矯正は不可能だろう。
 今回は中東の支部設立を目指しての出航であったが、結果は芳しいものではなかった。まだ日本国内でも安泰とはいえない神崎家(神崎グループ)の状況では、ここが限界であったかもしれない。
 神崎家の世界進出は、私の次の世代に持ち越されそうだな。
 一樹か、和馬の・・・・どちらかが。
 和美の可能性も皆無ではないが、当分は嫁に出すつもりも、婿をとるつもりもなかった。
 入港後、申請ビザ関連を会計部に一任し、二人の参謀と、二人の護衛ととも車に乗り込んだ。三ヶ月も会社を空けていたこともあって、やることは山積みだ。
 今、私の推進する事業の中で一番に重要視しているのが、名門草薙家との結びつきである。本来なら、都内で有数の資産家である神崎家でも迂闊に手の届かない名家だ。
 資金難に悩む草薙家に娘が一人。草薙弥生、当時14歳。(新春会はこの二年後に実現する)もし神崎家に草薙の血を入れることが叶えば、神崎の地位も揺るがないものになることだろう。
「この好機・・・・逃す手はないな。宜しい。すぐにその案件を開始してくれ」
「はっ。婿入れでしたら、早急に話が整いましょうが?」
「フン、それはナンセンスな話だな」
 私は参謀の提案を一蹴した。
 私は草薙の家に神崎の血を入れたいのではない。神崎の家に草薙の血を取り込みたいのである。これは似ているようでいて、その実、全く意味が異なっている。
「草薙のほうから娘を差し出させるよう、手回しだけは怠るなよ」
 二つの眼で二人の参謀を睨む。
「それは手抜かりありません」
「とことん、草薙を追い詰めて見せましょう」
 よろしい。と、私は頷く。
 このときの私はまだ健康体(病状は潜伏期間中)そのもので、残された寿命の長さより、これからの未来、神崎の進展のみだけに思いを馳せていた。もし、私が未来を覗き込むことができる、もしくは残りの命数を計ることができていたのなら、私は一樹ないし和馬を、婿入りさせたことであろう。
 この二年後に新春会を遂げ、和馬(当初は一樹の予定だったが)と、弥生嬢が婚約することになるのだが、それはその先にある、当主の座をめぐる一樹と和馬の戦い。そのほんの序曲に過ぎなかったのだから。
 そう、遠くない未来・・・・名門草薙家が断絶された全ての元凶は、この私の欺瞞から発してしまったのである。
 無論、そのころの私はこの世の人ではなかったが・・・・

 それから二、三の指示を出し、神崎グループ本社で溜まりに溜まった当主の仕事をこなして、神崎の家に帰宅できたのは八時を悠に回っていた。
 和馬、和美の歓迎を受けて、やっと二人の様子がややおかしいことに気付いたのは父親ならではあろう。母親の瑞穂なら、二人の表情一つで事態を悟ったのに違いない。
「兄さんが・・・・」
 和馬の説明から、一樹も反抗期に入ったのか、と思った。このとき、まだそれほどの危機感を覚えてはいなかったのは確かだった。
 事態の重さを悟ったのは、直人に視線を向けたときだった。息子のように育てた男とは、視線を交わすだけで十分であった。黙っていても、言いたいことが理解できる、長い付き合いである。
「それほどまで、か・・・・一樹の変貌は」
 直人は瞼を閉じた。当の和馬や和美でさえ、その理由は定かではないという。
「一樹と会う必要があるな・・・・」
 思わず右腕の古傷が・・・・火傷が痛んだ。完治には医師も匙を投げるほど、かつて鳳一輝の虐待によって受けたものだ。その一輝の面影を受け継ぐ一樹に会うたびに、私は思わず右腕を庇ってしまうのだった。


《一樹》

 そんな俺の態度に、久しく神崎の家に帰宅した源蔵は、自らの部屋に俺を呼び出した。およそ三ヶ月ぶりの再会である。
 前に会ったときは父親だと思っていた男が、今では赤の他人でしか思えない。
 変われば変わるものである。
 今でも和馬や和美には多少の抵抗を覚えていたが、この男には一切のそんな感情は湧かなかった。
「それで、俺を呼んだ理由は?」
 白々しく切り出し、俺は目の前の男を睨んだ。
 実の父親から母を寝取った男。それだけの理由で俺を迫害し続けた男だ。
「最近、お前の行動がおかしいと、和馬たちが言うのでな」
「・・・・・・・・」
「何があった?」
 俺は憮然としたまま、予想通りの質問を受けた。
「ふん。俺が何をしようと、俺の勝手だろうが・・・・」
「私はお前たちの父親だぞ」
 父親? 父親だと!

 不謹慎にも、ある小説の一場面を思い出した。
 銀河英雄伝説のアドリアン・ルビンスキーに詰め寄る、実の息子ルパート・ケッセリンク。この親子の相対した場面がまさに今だった。
 俺たちが実の親子ではなかった、という、その一点を除いては・・・・

「何を今更・・・・」
 グツグツ、と俺の腸が茹でるように熱く滾った。
「一樹?」
「確かに戸籍上では、あんたは俺の親父かもしれない・・・・」
「なっ!」
 明らかに源蔵は狼狽した。これでこの会話における主導権は俺が握ったものも同然である。
「俺の父親は鳳一輝・・・・あんたは俺の実の父親から母を寝取り、神崎家を乗っ取った。ええ? 違うのかよぉ!?」
「ん、それは・・・・」
「今更、何を取り繕う?」
 俺は源蔵の弁明を拒絶した。
 起きた過去はどうやっても覆らない。そしてその過去を俺は知った。
「だが、和馬たちはお前の兄弟でもあるんだぞ!」
「ああ、あんたの血を受け継いだな」
 俺にとって源蔵だけが復讐の対象ではないのだ、と改めて宣告する。
 俺は絶対にこの男を許さない。こ
 絶対に許してやるものかぁぁ!


《源蔵》

 一樹が退出するまで、私は立ち尽くしたまま、何の反論することもできなかった。
 一樹たちの母親である神崎瑞穂を、MCNを駆使して寝取ったのは、紛れもない事実であり、そのことで鳳一輝が服毒自殺を遂げてしまったことは、わたしの中でも不本意ではあった。
 その過去の過ちが、今も尚続いていたのだ。
 一樹が主張したように、私は息子とした一樹に父親らしいことは何一つしてやれなかった。一樹と相対するたびに、私に屈辱を強いた一輝のことが想起される。
 たったそれだけで・・・・
「源蔵さま・・・・」
「郷田か・・・・情けないところを見られたものだな」
「いえ。源蔵さまの心境も理解できるつもりです・・・・ですが」
 一樹の心境も理解できる、か・・・・
 わたしはゆっくりと椅子に腰をかけた。僅かに右手が震えたのは、一樹との相対した名残だ。あれで十四歳なのだから恐れ入る。
「暫く見ないうちに、恐ろしい男になったものだな」
「はっ! 今から将来が楽しみではあります」
 久しぶりということもあって、寡黙な男がめずらしい。
 男子三日会わざれば、刮目して見よ、とは良く言ったものだ。
 それも私に対する憎しみが、一樹の成長を促進しているとすれば、それはそれで静観しておくことが一樹のためでもあるかもしれない。それを見守ることが、一樹の父親としての努めかもしれない。
「郷田・・・・アレを頼む」
「はっ!」
「和馬に比べて頭も切れるし、先を見通す目にも優れているだろう。だが、私を憎む・・・・ということは、過去に縛られている。つまり姿勢が後ろ向きになっている、ということだ」
 再び寡黙になった男が頷き、私はとりあえず満足した。
 わたしは知らなかった。
 この後に、一樹と和馬の当主の座を巡る骨肉の戦いが、壮絶かつ壮大なものにまで発展していってしまうことを・・・・そして、わたしに残されていた時間が、それほど残されていなかったことを・・・・わたしは知らなかった。


《一樹》

 それから数年が過ぎた。

 名門中学を首席のまま、一度としてその座を明け渡すことなく、俺は高校に進学した。このころには、俺の不遜な態度が板につき、和馬は聞き流し、和美はすすり泣くようになってきていた。
 既に俺の中には、家族を家族と思う心は完璧に払拭されていた。
 高校生活でもその不遜な態度が気に入らないのか、何度か、校舎裏や放課後の屋上に呼び出された。別に顔に傷がつくのは構わなかったが、殴られてやらなければならない義理もない。いずれも入院はしないで済みそうな程度で返り討ちにしてやる。
「その程度か。興ざめだな・・・・出直して来い!」
 それが四度続くと、二度と俺を呼び出そうという愚かな男は学校内に存在しなくなった。逆に女からの呼び出しが増えてしまったが・・・・

 そんな中で俺が和馬の許婚、草薙弥生を初見したのは、東京大学受験の日のことであった。
 あれが和馬の・・・・許婚だと!!
 俺は思わず、目を見張らずにはいられなかった。
 俺が草薙弥生という存在を強く認識したのは、和馬の許婚になったからではなく、ごく最近の出来事であった。

「一樹、お前のトップの座も、もう危ういかも知れんぞ」
 職員室にめずらしく呼び出した担任の第一声は、衝撃的だった。
「何!?」
「この間の都内統一模試、あと二点・・・・向こうが簡単な初歩的ミスをしてなければ、逆転されていたことになる」
 それは即ち、満点ということになるのだが。
 別に常に成績でトップをとることに執着していたわけではなかったが、これまで他者を圧倒的大差で突き放してきた矜持もあって、俺はその存在に好感を抱いていた。
 唯一の例外に、親友ケイル・マイスナーが過去、俺の成績に届きそうではあったが・・・・やつは米国に帰ってしまった。日本に滞在していた留学生であり、俺とケイルは同等な存在として、知的刺激を交換し合い、互いに高めあったものだった。
 次に現れたやつも、ケイルと同様、俺にとって最高の好敵手となってくれるかもしれない。
 俺はそいつに期待した。
「で、そいつは何処の誰だ?」
 この時点で俺は、そいつを男だと決め込んでいた。それだけにその聞き慣れていた名前にも関わらず、衝撃を覚えずにはいられなかった。
「星稜女子、草薙弥生だな。最近、向こうのほうではかなり噂らしいぞ。夏ではテニスのインターハイを制し、まさに才女出現だな」
 ・・・・草薙弥生。和馬の許婚に間違いない。
 またしても、和馬か。
 俺は拳を振るわせる。俺のドス黒い感情が胸中を占める。
 学力、運動神経・・・・およそ数字化にできるものなら、俺は異父弟を遥かに凌駕してきている。・・・・なのに、何故、和馬だけはあれほど人に愛されるのか。それが和馬の持つカリスマとでも言うつもりなのか。
 ふざけるなぁ!
 俺は誰よりも異父弟を恐れていたのかもしれない。異父弟の異能を理解していたのかもしれない。だが、それを認めてしまうには、俺の矜持たるプライドが許さなかった。

「あの・・・・落としましたよ?」
 それが俺に初めて話しかけた、草薙弥生の言葉だった。無論、弥生は俺が和馬の兄だとは知らない。弟は一度として、神崎の家に連れてきていないのだから、当然ではあろう。
 もうすぐ腰まで届きそうなほどの長い黒い髪。ウエストは細く、それでいて女性としての身体もほどよく、その瞳には知性が伺える。
 これが、和馬の許婚だと・・・・
「あのぅ?」
「あ、ああ、すまない」
 落とした受験票を受け取り、俺は礼を言って踵を返す。
 まさか、異父弟の許婚に見惚れていた、とは口が裂けても言えない。
 元々、草薙の新春会には俺が呼ばれる予定ではあった。
 だが、既にそのころの俺には、源蔵に対する憎しみと恨みだけしか残されていなかったこともあり、そんな男の道具になることなど、俺には到底に我慢できるはずもなかった。
 だが、このときばかりはさすがに、それも早計だったな、と後悔を憶えていた。
 せめて写真だけでも見て、処女だけでも奪っておくべきだったな。
 俺は和馬と違って、女性には多少の免疫がある。いい女だと思えば声をかけ、大抵の女は俺の容姿に落ちた。金銭を握らせて抱いたこともある。抱いた女が妊娠すれば、堕胎費や、認知こそ拒絶したが出産費用は捻出してやった。騒がれても面倒なだけだ。
 試験終了後、俺は草薙弥生を呼び止めた。
 草薙弥生は俺の中でも、いい女だと認めている。落とせるものなら、異父弟の許婚の身体を味わってみるのも面白いかもしれない。
 だが、俺の申し出を聞くと、これまでの女たちとは違って、俺の容姿でも金銭でもなびかない女だった、ということが解かった。
 左手の薬指に填められた指輪を見せる。
「申し訳ありません。そういうことでしたら、わたしには既に心に決めたかたがいますので」
 拒絶されたのは初めてのことではなかったが、ここまで完璧に言われたのは、初めてであったかもしれない。拒絶されたことには腹がたたなかった。むしろ、俺の中で弥生の評価は上がったぐらいである。
 だが、その相手が和馬だった、ということが腹立たしい限りではある。そもそも、和馬が新春会に行けたのも、俺が出席を断ったからだ。弥生に「本来なら、お前の尽くすべく相手は俺だ!」とぶちまけたくもなった。
 くっ・・・・掌に汗が。
 俺にとって、それが初恋であったかもしれない。




 草薙弥生を和馬から寝取る・・・・

 その考えが俺の頭に浮かんだのは、何の因果は知らないが、実の父親から母、瑞穂を寝取った源蔵が、末期癌と診断されたときである。
 俺は電話で和馬からとりあえず一命は取り留めた、と聞かされ、安堵の溜息をついた。もし現時点で源蔵が死ねば、次期当主の座は和馬が継承する可能性が高い。家名だけなら草薙家は、鳳家や神崎家をも遥かに凌駕する。そして、和馬に比べて数でこそ俺に声明する支援者は多かったが、名門草薙家に匹敵するだけの材料もなかった。
 草薙弥生を和馬から寝取る。残された源蔵の寿命を考慮すれば、それが一番手っ取り早い手段だろう。
 問題は方法と人選だ。
「さて、と・・・・どうやったものかな」
「は?」
 運転中の郷田が首をかしげる。「すまん、独白だ」と言いつつ、俺はその前に郷田を説得する必要を感じていた。いや、一日や二日程度の間で済ませられるものなら、休みを与えるだけでもいいだろう。
 その病院に向かうまでの間、俺は草薙弥生を和馬から奪う算段を進めていた。


 【 草薙弥生・陵辱計画 】


 俺はこの計画のために、高校時代の同期四人に話を持ちかけた。

 まずは三年時クラスメイトであった、柴田誠。医大に通う医者の卵で、実家が病院を経営している。ケイルが帰国した後の、俺の一番の親友でもある。
「あのよぉ、一樹。お前の頼みだから聞いてやってもいいけどよぉ。俺らのメリットは何よ?」
 誠の追求は当然だ。俺は彼らに協力を仰ぐわけだが、弥生をレイプするのは俺一人だけだと限定させなければならない。輪姦すのとは、わけが違うのだ。
「とりあえず、金銭だな・・・・そして、俺が神崎の当主になった暁には、神崎グループの医療系列、その全てをお前に任せてもいい・・・・」
 親友とはいえ、一つ間違えれば犯罪者である。これぐらいの条件を引き出さないと、危ない橋を渡らないだろう。
「まぁ、いいぜ。最近、睡眠薬だけで美人患者を犯すことにも飽きてきたころだったし・・・・」
 ・・・・こいつはどの道、犯罪者だったか。

 次に声をかけたのは、木崎伸介。
「おまえ、誰よ?」
 その無礼な口調だったが、俺は思わずニヤリとした。
 こいつとは特に親交はなかったが、その声だ。一緒に暮らしている俺でさえ、一瞬、「和馬か?」と、聞き間違えるほどである。こいつには弥生を呼び出す役をやってもらう。
 弥生本人なら、さすがにばれる可能性もあるが、幸い、和馬は草薙の両親とは交友が少ないはずである。弥生不在時を狙えば・・・・
「まじ手伝えば、五百万。貰えるのか?」
 伸介自身、トラックドライバーで家もそれほど裕福ではなかったことが、俺にとって幸いだった。誠とは違い、金銭だけで喰らいつく。運送系列は神崎グループの心臓であり、それを任せるには相応の信頼と実力を求めなくてはならない。

 次が計画の肝になる、近藤雅人だ。
 こいつとは多少の付き合いがあったが、特に親しかったというわけでもない。撮影関連の仕事につき、既に何本かこの世に送り出している、その道のプロだ。こいつには主に、俺が弥生をレイプする撮影を頼むことになる。
「ああ、誠の奴から話は聞いている・・・・あいつには、高校の借りがあったからな」
 持つべき者は親友だな、と思った。
 俺は綿密な計画を打ち明け、互いに算段を練った。
「可能か?」
「まぁ、不可能じゃないな・・・・最悪、エコーを偽造することになるかもしれないが・・・・まぁ、やってみるよ」
「頼む」
「だが、条件は一つだけある」
 繊細さを伺わせる顔立ちが俺に向けられる。
 映像を撮る者にとって、それは必要最低限知っておかなければならないそうだ。
「その女・・・・美人か?」

 最後に声を掛けたのは、田村浩二。こいつとは父親の業種(貸し倉庫)で、神崎とは何かと縁がある。俺の願いには断ることはできない。こいつには弥生レイプ現場の場所提供確保が目的だった。
「だと・・・・防音とか、人目のつかないトコがいいか」
「それが理想的だな。確保できそうか?」
 計画には、早急に資材を搬入しなければならない。俺はその倉庫を一ヶ月間、俺名義で借切るということで話はついた。


 こうして計画のための四人には話をつけたが、もう一人・・・・俺には手駒が必要であった。草薙家との直接交渉である。
 その信頼しなければならない大切な役目を、忠実な郷田に任せるのが、一番妥当ではあっただろう。が、俺は郷田には内密で話を進めていたし、何より、この男にはさすがに荷が重過ぎる。
 能力、というよりも、性格で、郷田には向かないのだ。
 俺は自室に仁科勘治朗を呼ぶ。俺が毛嫌いするこの執事を自室に呼ぶのは初めてのことだ。この仁科を呼ぶことは余り気が進まなかったが、弥生を・・・・草薙家を手懐けるためには、この老獪で狡知な執事を引き込む必要があったのだ。
「これは一樹さま、わたくしめをお呼びとかで・・・・」
「全く。お前は俺の期待を背かないな」
 入室早々、俺の機嫌が悪くなり、気分が滅入る。
 だが、ここは自重しなければならない。
「お前、和馬との当主戦、俺を支援する・・・・と言ったな?」
「はぁ・・・・確かに。ですが・・・・」
 俺は片手を上げ、老人の言葉を遮った。この男と長々と会話する気も義理もない。
「なら、俺に協力しろ。もし成功させれば、俺が当主になった暁には、お前にも甘い汁を吸わせてやる」
 今度は公文書を予めしたためておき、勘治朗のほうに放り投げる。
「はぁ、・・・・で、わたしは何を成功させればよろしいのでしょう」
「草薙家との交渉・・・・和馬と弥生の婚約解消だ。方法と条件、時期はおって指示するが、これはしびれ薬だ。草薙の両親に手渡して置け」
「うひひひひ・・・・なるほど。そして新たな婚約ですな」
 この老人が無能ではない証明ではあろう。俺の弥生陵辱計画こそ気付いてはいなかったが、草薙家との交渉する全容は読めたようである。
 草薙の家が交渉に応じ、お手付けを認めた上で、俺が弥生を抱いてやれば、その時点で婚約が成立するのである。そこに弥生自身の意思が挟む余地はない。新春会で和馬を拒めなかったように、令嬢とは生まれながらにその家の商売道具なのである。
 俺としてはいっそ、弥生と結婚してやっても構わなかったのだが・・・・まだ源蔵が正式な当主である以上、神崎家の実権はやつにある。弥生との婚約は当分、公表しないほうがいいだろう。
 和馬に俺の婚約者だと紹介する日が、紹介したときの和馬の表情が今から楽しみではある。
「そのかわり、一つだけお願いがございます・・・・」
「なんだ?」
 もうこの際だ。何でも言ってみせろ。対外のことは許してやる・・・・そのつもりではあったが、さすがに次の要求には二の句が告げなかった。
「一樹さまが当主に就任された暁には・・・・和美さまをわたくしめにくだされ」
「なっ!」
「一晩でも、一生でも構いませんぞ・・・・」
 それはそれで雲泥の差だが、男は明らかに後者を要求している。
 如何に異父とはいえ、仮にも和美は妹である。また母の面影もしっかりと受け継いでもいる。それがこの老人のおもちゃになるのだと思うと、俺の不愉快指数は我慢の限界を超えた。

 ちぃ、と大きな舌打ち。
 これも当主の座を手に入れるためか。
 神崎家の当主に治まれば、その全てが俺の思いのままとなる。かつて大御所である桜が、母を源蔵に宛がったように・・・・俺が神崎の当主として命じれば、和美には拒絶することは許されない。路頭に迷うことを引き換えに、「神崎」の姓を捨てない限り、絶対である。

「いいだろう。だが、一晩だけだ。一晩だけ和美の身体をお前にくれてやる!」
 俺には弟妹などいない・・・・そう見切りをつける、いい機会だったのかもしれない。
 その手始めに、和馬から草薙弥生を寝取る。
 俺は神崎の家に復讐するために、悪魔にも鬼にもなろう。
 この後の一年後、俺のその心のうちは、和馬が宣告することになる。このとき、さすがの俺にも思いにも寄らなかったが・・・・


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