第四章【華燭の輪舞曲】

(4)

 新興国家となったロンバルディア王国が、本拠地モンゴックを中心とした確固たる基盤を軸に、その後の組織運営は順調そのもので、その支配体系は揺るぎないものであった。
 また新王宮スパイラルラビリンスの建設案が、ロンバルディア宰相に任じられたマードックから提案され、差し当たり今のところ、組織内に大きな不安的要素は見受けられなかった。だが、国王の弟にして、実質的には最高統括者でもある副王カルロスの懸念は、内側よりもむしろ、外部への存在に向けられていた。
 まず、シンルピア帝国の動向である。
これといって大きな動きこそ見せていない帝国ではあるが、国王カリウスとパッフィー姫の婚儀を期に、軍事力の増強が明らかにされた。間違いなく、ロンバルディア王国樹立を警戒したものであろう。
 婚礼の最中、強気な発言で帝国の人間を封じたカルロスではあったが、
「今は少しでも・・・時間が欲しいところだな」
「えっ!?」
 唐突なカルロスの独白に、側にいたパッフィーが驚く。
「あ、すいません。独り言です・・・」
 経済力だけならば、本拠地のモンゴックを始めとする経済都市を支配下に、アースティア全土に闇のネットワークを誇るロンバルディアに勝る国家は存在しない。その意味では、確かにアースティア世界の要ともいえる王国だろう。
 だが、あらゆる分野における生産力、広大な領土を支える軍事力においては、大国(旧シンルピア本土以外に、旧スレイヤー王国領、旧パフリシア王国領。ロンバルディアと比較して、約七倍)であるシンルピア帝国の方に分がある。
 今、帝国と事構えるのは、確かに時期尚早であろう。
 だが、この報告を聞いた副王カルロスは、帝国とロンバルディアだけに留まらず、アースティア全土を巻き込む、戦乱の時代への気運が高まりつつあるのを、感じずにはいられなかった。

 そして、それ以上に警戒しなければならない存在は・・・

 (勇者一行の足取りは、その後、どうだ?)
 そう、パッフィーにとって戦友にもあたる、勇者一行の存在である。
 パッフィーがカリウスに誓約した誓いを貫いている手前、こちらから手出しする気はなかったが、そのまま野放しして安心しているほど、カリウスもカルロスも楽観視していない。
 大陸屈指の権勢を握り、パッフィーの身体を手に入れ、カリウスとカルロスの思惑通りに、彼女を妊娠させる事に成功した。また、想像以上にパッフィーの心境は、唯一の男に傾いている。
 この現状を打破できる、とすれば、彼女のかつての戦友・・・特にアデュー・ウォルサム、一人だけに限定されるだろう。確かにパッフィーは、カリウスに身体を開き、遂には心までも開いた。もはやカリウスなしでは生きてはいけない身体にもなりつつある。だが、如何に彼女を快楽で篭絡させ、心身ともに捧げさせても、かつての大戦を戦い抜いた戦友と、アデュー・ウォルサムへの想いは、彼女から決して消える事はない。
 (マードックが手配した船体は、旧パフリシア領に停泊しました)
 (厄介な場所ではあるな・・・)
 旧パフリシア領・・・それは即ち、現シンルピア帝国領である。
 (敵の敵は、味方・・・という訳ではないでしょうが、彼らと帝国が提携する可能性は、極めて高いようですね・・・)
 (当分、目を光らせておく必要があるな)
 パッフィーがカリウスに誓った誓約を遵守している以上、こちらから手を出す気はないが、それでも彼らを野放しにして楽観視していられるほど、カリウスやカルロスも傲慢ではなかった。
 確かにここモンゴックから、遠く離れた彼らの足取りを追うのは、困難を極めただろうが、カルロスの情報網と魔法探知は、その彼らの足取りを完璧にトレースする事ができていた。
 (帯同していた女魔族はそこで一行から離れ、このモンゴックに単身、身を潜めています)
 (・・・)
 それは油断ならない事態だが、そこまで把握できている以上、既にカルロスの方で手は打ってあるのだろう。
 (勇者一行の方は、そのまま港から離れ・・・)
 思考内でトレースされた先に、カリウスは思い当たる人物がいる。
 (大賢者ナジーの許へ、か・・・)
 カリウスとは異なり、一代で千年以上の時を生き続けている、とされる時の大賢者である。カルロスは当然として、同じ時を行き続けているカリウスにも直接の面識はなかった。特に人と関わるのを嫌う性質らしい。
 ただ隠棲している大賢者の話は、パフリシア王国に仕えていた経緯もある二人にも聞き及んでいる。魔法全般に対する知識に関しては、カリウスに遠く及ばないものの、それ以外の膨大な知識に関しては、さすがのカリウス、カルロスでさえ、足許にも及ばない。油断ならない人物ではあったが、これまでカリウスの人生に干渉しない姿勢だった事もあり、お互いに見て見ぬふりを決め込んでいたが・・・
 (奴らをどう導くのか・・・見物では、ありますがね)
 (フフッ、導ければ・・・の話、だがな・・・)
 皮肉な微笑が聞き取れた。明確な理由は定かにはされなかったが、その返答からでも、兄の揺るぎない自信が窺えた。
「飽きられちゃったのかな?」
 紅茶を啜りながらも、兄と思考を繋げ纏めるカルロスに、パッフィーが問いかけた。
 それは突如、カリウスが彼女の部屋に(正確には彼女が監禁されている部屋ではあるが)赴かなくなった頃の事である。それまでは連日のようにパッフィーと面会し、街中に連れ添ってはショッピングをして、ある名士の屋敷には、カリウスの王妃として伴われもした。無論、その後は夫婦の仲よろしく、とばかりに睦まじい一夜が伴ったが・・・
「フフッ、そういう訳ではありませんよ」
 カリウスの側近にして、ロンバルディアの最高統制者たるカルロスが、彼女の疑問を耳にして微笑んだ。
「正確に言えば、そうですね。私が禁じた事になるのでしょうか?」
「えっ!?」
 ロンバルディアという国家の枠の中において、また私情を含めても、カリウスに忠実に温和な腹心であるカルロスが、一体何を禁じたのであろうか、彼女には思い至らない様子であった。
「勿論、パッフィー姫との面会を、です」
 パッフィーはカルロスからカップを受け取り、室内が香ばしい紅茶の匂いとハーブティーのそれだけに満たされる。
 小柄な身体でまだ目立たないが、一つの経過でもある悪阻(つわり)が始まる頃になると、下腹部も少し丸みを帯び始めてきている。まだ、彼女が妊娠している、と断定できる者は皆無だったが、未だカリウスは彼女の妊娠を敢えて公表しなかった。さすがに主治医と重臣の一部には、既に彼女がカリウスの種を宿している事実を打ち明け、それに伴う対応を求めたぐらいである。無論、口外は公式発表される時まで禁じられた。
 カリウスの絶対的権勢に、彼に子供が・・・ロンバルディアの後継者ができた、と知られれば、母子共々危険に晒される可能性がある。また、国母という立場が、身内からも孤立させてきた状況の障壁にもなりかねない側面的な問題もあった。
「正直に言えば、これ以上、パッフィー姫との性交は、お腹の子供にも影響を及ぼしかねません・・・ですが、カリウス様は・・・」
 微笑を絶やす事なく、彼は言葉を続けた。
「姫に会ってしまうと、性欲を抑えられない・・・我慢できないそうです」
 そのカルロスの語るカリウスの理由は、確かに微笑を誘う話だが、当のカリウスにしては地獄のような面持ちである。ましてや、パッフィーの身体が極上、最高の名器であっただけに、彼はこれから彼女の出産ないし、その安定期まで手が出せないのだ。
 カリウスの説得は、さすがのカルロスでも困難を極めた。また快楽によってパッフィーを堕落させた、この大切な時期に、この停滞は痛い。それでも・・・
「あれを繰り返される、おつもりで・・・?」
 冷ややかに告げられた弟の言葉が、カリウスの心を貫く。
 かつてカリウスは、パッフィーの母でもある、妹マーリアの身体に溺れていた過去があり、彼は取り返しのつかない失敗と喪失感によって、絶望に打ちのめされた経緯がある。
 そこから立ち直るのに一年以上の歳月を要しただけに、さすがのカリウスも潔く弟の言葉に従わざるをえなかった。


 旧パフリシア領湾に停泊した船艇から、下船したアデュー一行とマルトーはこの遠く離れた地で、モンゴックに残してきてしまった少女が、非道な男と結婚した事実を知った。
「ああ、パッフィー様・・・」
「クソッ、きっと強引に迫られたに違いないぜ!」
 そこに行き着いた経緯を、そして現状を知らない彼らには、そのように解釈する以外に他になかった。
「そ、そんな・・・パ、パッフィーが・・・」
 特にアデューが受けた衝撃は、彼らの比ではなかっただろう。
 彼はモンゴックに到着したあの日、無言のプロポーズを保留しており、パッフィーもそんな彼に了解した。だが、その約束が果たされるよりも前に彼女は、カリウスという男にレイプされてしまった。それもアデューたちの眼前で・・・見せ付ける、ようにして。
 そのパッフィーがカリウスと結婚する・・・いや、結婚した。先の大戦の最中から想い合っていたはずのアデューに、この状況を受け入れろ、というのも酷であっただろう。
 その彼の心境を察したのだろうか、一人、マルトーは単身でモンゴックに戻る事を一行に明かした。
「もっと詳細な情報が欲しいし、もし異変があった時に、近くに誰かがいなくては、話にもならん」
 確かにこの遠い地にあっては、仮に彼女が残虐な魔の手から脱する事ができた、としても、彼らにはどうする事もできない。その可能性は高くはないだろうが、情報も含めて誰か一人、モンゴックにいた方が望ましいのは確かだろう。
 だが、単身で再度潜入するのは、非常に危険が伴う。特にロンバルディアには、勇者一行は当然としてマルトーもマークされているだろうし、何よりも彼女は・・・魔族なのだ。
「・・・・・・」
「アハハハッ・・・・無理はしないさ!」
 そんなアデューたちの気遣いを、マルトーは心地よいと思いながらも、一笑に付した。単独な行動には慣れている。先の大戦の終焉からも、彼女は常に一人であった。そして、これからも一人でいる事であろう。
「そりゃ勿論、パッフィー姫を救出する事ができれば、それに越した事はないだろうけどさ」
 彼女の機体ダークローズには、飛行機能が搭載されている。イズミのプリーストが短時間、パラディンとマスターは、上級転職していられる間だけ、と、単独で最も潜入しやすく抜け出し易い機体ではあろう。また問題の例の結界についても、魔族であるマルトーならば解除する事も可能かも知れない。
「マルトー・・・」
 かつては敵味方と分かれ、生命を賭して戦った。また、今も尚、アデューが敬服している、亡き師父ギルツを悼む思いを等しくしている。それだけに彼女は信頼するに値した。
「絶対に、無理だけはいなでくれ・・・」
「玉砕するのは、私の主義じゃない。またモンゴックで会おう」
 秋の紅による夕日に羽ばたく彼女の機体を、一行は最後まで見送った。

 一行はその晩、港町で宿を取り、今後の方針を話し合う必要があった。モンゴックを脱した事実を聞きつけていた、シンルピア帝国の使者の訪問を受けたからであり、その内容は、とりあえず招きに応じてみるだけの価値があった。
「シンルピア帝国・・・か」
 【死霊犬】と呼ばれているだけに、あまり良い印象を持ちえない国家ではあろう。ましてや、アデューの生地であり、亡き師父ギルツが仕えていたスレイヤー王国。パッフィーの生地であり、イズミが仕えていたパフリシア王国の所領を治めているだけに、複雑な思いを抱かせる。
 とりあえず使者には用向きの了解を返答して、三人は今後の方針を話し合った。
 最終目標は・・・パッフィーを救出する。これだけは変わらない。その彼女に対し、強引に暴行したカリウスをどうするか、それはその過程に委ねる。この件に関しては、アデューとサルトビは殺害を強調したが、あくまで最終目標を最優先、という提案には同意した。
「敵は強力だ。ある意味、あのウォームガルデスよりも・・・」
 これまでの彼らの敵とは、主に個々の力と力による戦いであった。アデューとサルトビは大陸屈指のリュー使いであり、イズミに至っても、戦闘力においては、先の二人に劣るものの、僧侶としては第一級の戦力であろう。だが、カリウスは個人的な力を持ち合わせながら、彼の本当の武器は、絶対的な権勢による組織力と揺るぎない経済力にある。
 彼らが帝国の誘いを無碍にできなかったのも、この辺に理由がある。
 戦争に利用されるのも、その片棒を担ぐのにも、御免被りたい。が、新興国家となったロンバルディアからパッフィーを救出するのには、帝国に限らず、他国の力が必要なのは明白である。
「戦争か・・・」
「遅かれ早かれ、戦争は起きるだろうさ」
 赤毛の騎士の言葉に、漆黒の忍者が反論した。
 国政に関わらない彼ら(サルトビを除く)が、現在のアースティアの情勢に疎いのは仕方がないのかも知れない。また彼らは純粋にアースティアの平和を願って、魔王ウォームガルデスと戦ったのである。それだけに、先の大戦からの混乱が一段楽してきた今こそ、他国の混乱は同時に自国の利益であった事など、想像できるはずもなかった。
 そう、彼ら一行に関わりなく、アースティアは戦乱の時代を迎えようとしており、その中心的な国家が・・・大国のシンルピア帝国、経済界を抑えた新興国家ロンバルディアなのである。
「厄介だな・・・」
 自分たちだけが必ずしも正義とは思わない。それを敵対した師父、覇王ギルツの生き様から学んだ彼らである。だが、父親であるカリウスが娘であるパッフィーを強姦した。それは悪以外のなにものでもないはずだ。
 もし自分たちが、カリウス陣営に訴える事ができる完全な正義があるとすればそれしかない。
「だが、物証も確証もない!」
 全てはイズミの・・・推測と、王宮で耳にした噂だけである。
 その翌日、彼らが大賢者ナジーの隠棲する山脈に足を向けたのは、そんな事情からでもあった。千里眼と多くの知識、そして古くからのパフリシア王国と少なくない関わりのあったナジーならば、真実を得られると見込んだからだった。

 シンルピア帝国の居城、ルーンパレスへ向かう途上、大賢者ナジーが隠棲している山脈に辿り着いたのは、緑溢れる中央大陸にも、紅葉の季節に彩られようしていた頃である。
 帝国からの使者を麓の町で待たせ、彼らはナジーが隠棲している山脈に足を向けた。
 だが・・・
「おーい! インチキ爺!!」
「隠れてないで、出てきやがれ!」
 アデュー、サルトビの恐れ多い叫びが山脈に木霊する。
 かつてアデューは、ナジーに一命を救われた経緯もあり、その大賢者の力の一端は披瀝されたものの、この二人にかかっては時の大賢者も、ただのエロ爺であった。
 だが、大賢者が滞在していた家、その付近では彼らの求める姿を遂に見つける事は叶わなかった。
「何処かに出かけているのかな?」
「こんな大事な時に!」
 帝国の使者を麓の町で待たせている以上、そう長い時間が許されている訳ではない。
「とりあえず、もう日が暮れる。今日はここで宿泊し、ナジー様の帰宅を待とう」
 アデューとサルトビが罵りあい、イズミが宥めるようなかたちで提案した。もっとも、ナジーの住んでいた家の荒廃ぶりが気にはなかったが・・・

 野鳥を捕らえ、非常食と一緒に食事を済ませた彼らは、暖炉に火をくべながら、三人共に長旅の疲労から睡魔が襲いつつあった頃だった。
「よーう、アデュー。久しぶり、じゃな・・・イズミもサルトビも!」
 酷く陽気な、聞き覚えのある口調が室内を満たす。
「なんじゃ、パッフィーちゃんはおらんのか・・・残念じゃのぉ」
 だが、見渡す室内に、大賢者の姿は見られなかった。
「爺さん、何処だ!?」
「ナジー様?」
 この家は隠し扉や、隠し通路など様々な仕掛けがある。かつて彼らも、ここでナジーと鬼ごっこをした過去さえある、複雑な迷宮そのものでもある。
 だが、ナジーの返答は衝撃的なものであった。
「んっ、わしか? わしは今・・・あ、の、世、じゃよ」
 その相変わらずな陽気な口調、死しても元気旺盛な、はっきりとした声量に、現実から欠けているが・・・時の大賢者ナジーが、静かに息を引き取り、その長い生涯に幕を降ろしたのは、あの大戦の後・・・魔王ウォームガルデスの最期を見届けて、それから間もなくの事であった。
「あの世から、残留思念を通して、お前たちに語りかけておる」
「そ、そんな・・・ナジー様が亡くなっていた、なんて・・・そんな・・・」
「イズミ、生命というものには、どんな生命にも必ず終わりがあるもの。わしは千年以上の歳月を生きた。そして、魔王ウォームガルデスの最期をも見届ける事が、おまえたちのおかげでできた。満足じゃよ」
 そう諭す言葉にも、イズミだけでなく一行が落胆せずにはいられなかったのにも無理はない。あわよくばかつてのイズミのように、救出できたパッフィーの記憶も、あのモンゴック滞在期間の記憶を消去してもらうつもりだったのだが・・・・・・
 だが、思念だけでも会話できる事は有難かった。少なくても、あのカリウスへの確証を得られ、今後の方針を相談する事ができただけでも、ここまで赴いた甲斐があったというものだろう。
「ナジー様、是非・・・お聞きしなければならない事があります・・・」
「なんじゃ? 今更?」
 大陸を救った英雄一行に頼られ、その自分の死を悼まれた事もあって、ナジーの声質は上機嫌だった。
「爺さん、カリウスという男を知っているか?」
「カリウス・・・カリウス、と・・・」
「パフリシア王国で宮廷魔術師だった男です」
「あぁ、思い出したわい。あの男がどう・・・ま、まさか・・・・・・」
 この場にパッフィーの姿がない事。カリウスという男が、どのような手段によって、千年以上の時を生き続けているか、という事。
 大賢者ナジーでなくても、容易に察しがついた事であろう。
「あの男、生きておったのか・・・」
 それまでの陽気な口調に陰が落ちる。
 今から約十五年前、パフリシア王国が滅亡するその前後に、カリウスはその表舞台から完全に姿を消した。最愛のマーリアを失った事で絶望し、立ち直った以降も魔法を使う事もなかった。そのある意味おいては、確かに【時空の魔導師】としてのカリウスは、死んでいたのかも知れない。
 カリウスが魔法を使わなかった事、そして、再び闇社会でその名声を確立しても、人と関わりを避けて隠棲していた事が、ナジーの千里眼を持ってしても、その存在が叶わなかったのである。
 そのカリウスが生きていた事を察知できなかったのは、ナジーにとっても悲運な偶然の産物であり、悔いが残るだけの誤算でもあった。
 イズミはモンゴックで起きた一連の出来事を、包み隠さず話した。
 倉庫地帯での戦闘から、アデューたちが敗北。パッフィーが捕らわれ、その場でカリウスなる男の慰みものにされてしまった事実。マルトーの助力によって、監禁されていた地下から脱するも、彼女は今も尚、特殊な魔法の結界によって捕らわれている事。
 そして、余りにカリウスの権勢が強力である事。
 そんな老人の思惑を知る由もなく、イズミは一つの確証を求めた。
「単刀直入にお聞きします。パッフィー様の父親とは、カリウス、あの男なのでしょうか?」
「・・・・・・」
 沈黙は長かった。やはり、大賢者ナジーにとっても、衝撃と愕然に値する出来事なのであろう。ナジーとパッフィーの付き合いもまた、彼女が乳飲み子だった頃からなのである。
 (惜しい事を・・・パッフィーちゃんの、そのバージンブレイクまでは生き続けたかった・・・わい。し、しかも・・・想い合うアデューの眼前で、レイプするとは・・・なんというシチュエーションじぁ!)
 説明を聞きつつ、本能的にそう思ってしまう辺り、アデューとサルトビが曰く、ただのエロ爺の由縁ではあろう。
「・・・そうじゃよ。パッフィーちゃんの父親は、あの男じゃ・・・」
 予測していた回答ではあったが、アデューたちは愕然とせずにはいられなかった。ナジーは何故、彼女の母マーリアが、長兄のカリウスに抱かれなければならなかったのか、その経緯、理由を掻い摘んで語った。
「なんて・・・奴だ・・・っ!」
 魔法一つ。それだけで世界を護ろうとした女性の意思をいい事に、その兄が彼女の身体を自由にする。そんな不条理な行為に、カリウスへの怒りと蔑みだけが、サルトビだけではなく、その場で聞かされた全員を等しくした。
 だが、カリウスの手にある権力の力は強大だ。更にパッフィーが監禁されている厄介な結界もある。
「ナジー様、我々は今後、どうすれば宜しいのでしょうか?」
「そうじゃぁな。まずは帝国の話を伺い、全てはそこからじゃぁろうな・・・結界の方は、わしが思念の最後の力で、無力化できる水晶をお前たちに託そう」
 厳しく、困難な道のりが予測される。だが・・・
「必ず、パッフィーを救出して見せる・・・絶対に、な!」
 サルトビの言葉に、残りの二人が同意する。
「頼んだぞ・・・もう、お前たちと語り合える日はなくなろうが・・・お前たちの・・・健闘を・・・・・・」
 次第にナジーの思念が薄れていき、室内に輝かしいばかりの水晶球が浮遊する。それがアデューの掌に収まって・・・大陸の英雄は、ゆっくりと瞳を閉じてそれを受け取った。この水晶球こそ、大賢者の思念が最後の力を振り絞って、彼らに託された思いである事・・・


 それだけに、そのアデューの手にある水晶球は、実際以上に・・・・・・重たかった。


→進む

→戻る

悠久の螺旋のトップへ