第五章【混迷の大地】正義の旗を掲げて・・・

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 アースティア中央大陸の覇権をめぐる一大決戦を前に、シンルピア帝国軍十五万、ロンバルディア王国軍八万五千が、その国境を境にして対峙するように布陣した。
 十五万という大軍からなるシンルピア帝国軍は、およそ総軍事兵力の半分をこの決戦に投入し、総大将に次期皇帝候補に目されている、大陸の英雄たるアデュー・ウォルサム。前線指揮官にサルトビ、後方参謀にイズミなどを配置するなど、体勢は万全を期している。
 またこの戦いで一敗地にまみれても、尚、本国には約半分以上の余力が残されており、また状況に応じては、早急に支援部隊として投入できる構えを見せてもいる。
 帝国軍の主力機は、最新鋭の帝国製型ソリッド《L3》。帝国技術総監、Dr.ポンテが開発に携わり、従来のソリッドとは異なる駆動システムが導入され、運動性に優れた機体だ。主武装は、実弾、ミストショット、火炎放射の用途に応じた機能を誇るスナイパーライフル、両肩の中距離炸裂砲、頭部の近接武装に連式機動銃、などといった、中長距離砲戦仕様に特化した機体である。

 その一方、ロンバルディア王国の陣容は、総指揮官ガンドルフ大将軍、前線指揮官にファリス、総大将としてカルロス・パフリシアが従軍する。
 八万五千という数は、およそロンバルディア王国が現在動員できる最大戦力である。近海を隔てて隣接するエタニア、バイフロスト両王国と不戦協定によって、後背の憂いを絶っているとはいえ、王都を含め主要都市の守備隊を空白にする訳にもいかない事情もあり、これがロンバルディアのほぼ限界動員数であろう。
 ロンバルディア王国の主力機動兵器は、《ギザー》・・・帝国製の《L3》の登場によって、最新鋭の座から降ろされたが、近接、砲戦、機動の三タイプの武装に換装できる、汎用性に優れた機体である。
 《ギザー》の共通武装として、頭部の連式機動銃、対装甲カッター、重厚ボディと同様の硬質材の盾があり、近接仕様には長剣ロングブレード、砲戦仕様には長距離バスターライフル、機動仕様時にはエアブースターと連動したミストショットガンがある。
 また残念ながら、ロンバルディア王国の次期主力機となろう、最新鋭のソリッド、《ギザー改式》は、まだ試作段階で、この戦いに投入するには遂に間に合わなかった。
 だが、それ以上に総指揮官にとって、残念であったのが・・・
「やはり、カリウス様が参戦できなかったのは、痛いですな」
「・・・今更、総指揮官が泣き言を言うな」
 王弟カルロスがガンドルフの言葉を嗜める。
 ロンバルディア王国、初代国王たるカリウス・パフリシア一世は、アースティア史にも残るであろう、この一大決戦に参加する事は叶わなかった。
 実娘であり、また王妃でもあるパッフィー・パフリシアの産後の経過、そして何より、彼女の排卵期が迫っている今(あらゆる意味においての)世継ぎを設ける事は、ロンバルディア王国にとって、カリウスとカルロス兄弟にとっても、最重要かつ、最優先事項であった。
「兄には兄の事情もある。何も国王自ら出陣せねばならない訳でもなく、国王として世継ぎを設ける事も、今の兄には確かに課せられた義務でもあろう?」
「それは・・・そうですが・・・」
 シンルピア帝国軍に数で劣り、またソリッドの性能差も僅差・・・ガンドルフの心境も当然ではあろう。部隊の指揮能力、軍団の采配なら、ガンドルフやカルロスでも補えるが、何よりカリウスは、アースティア最強の魔導師であり、またカルロスと同様、最強の機体と目されている《リューソーサラー》の乗り手でもある。
「戦争は必ずしも数の多い方が勝つ、と決まっている訳じゃないさ」
「・・・まぁ、それは確かに・・・」
「総指揮官がそう、余りに弱腰ですと・・・兵の士気に関わりますよ」
 正論である事をガンドルフは認めた。
 戦いや戦争は、信念の強さだけで優劣が決まるほど単純なものではなかったが、指揮官が“負ける”と思って望んだ戦いや戦争などで、古来、勝利を収めたケースは極めて少ないのだ。
 “勝った”と思って、負けるケースは極めて多いのだが・・・

 カルロス・パフリシアはこの戦争・・・少なくても、この戦いにおいては、自軍の負ける要素を見つける事さえ困難であった。それほどまでに揺るぎない自信が彼にはあった。
 帝国の新型ソリッド、《L3》といったか。確かに運動性といい、その武装と火力といい、従来のソリッドを超越する機体ではあろう。だが、カルロスの見たところ、この機体を主力とした帝国軍のそこに付け入る隙がある。
 (なまじ、武装と火力に特化させてしまった、代償だな・・・)
 カルロスの思考に返答もなければ、会話が届いたような手応えもない。
 王都から国境まで離れてしまったためか、それとも別の理由と定かではないが、兄カリウスとの思考内会話が届かない。そもそも、兄のカリウスでさえ、予想外の産物とした特殊能力である。原因が追求できないのは当然の事ではあろう。
 これまでにも、こういうケースは幾度かあった。
 どちらかが何かに気を取られている時や、カルロスが以前に熱病にかかった時など、頻繁にではなかったが・・・・・・


 アースティアの後世にも残される、フリーデルの野での戦いは、両軍の激しい砲火によって幕を落とされた。
 砲撃戦は、シンルピア帝国軍の主力新鋭機《L3》の重武装が遺憾なく発揮される展開であり、ロンバルディア王国軍も《ギザー》を砲戦仕様に換装した機体で応戦する。
 《L3》の主要武器スナイパーライフルの射線が、《ギザー》の装甲を突き破り、その幾つかの機体は大破する。だが、その射撃を盾で防御、回避した機体がバスターライフルで、すぐさま応戦。
 戦いは砲戦による幕開けに、暫くそのまま両軍に少なくない損害を出しつつ、膠着状態に陥ったように壮絶な撃ちあいを繰り広げた。
「さすがに・・・射撃に特化したあの機体には、砲撃戦は分が悪いな」
「我が軍の方が、数で劣りますしね・・・」
 戦場を見渡すまでもなく、総指揮官と総大将が肯定しあう。
 シンルピア帝国軍は十五万という大軍に対し、ロンバルディア王国軍は八万五千・・・これが投入できる最大兵力であったが、帝国軍のおよそ半数でしかない。ただ打ち合うだけの砲撃戦では、軍団の兵数にも、機体の火力でも勝る帝国軍に分があるのは当然だ。
「では、手筈通りに・・・」
 カルロスは事前に協議した際に提案した、三部隊編成を示唆した。
 総指揮官ガンドルフが《ギザー》砲撃戦仕様部隊。およそ三万。
 総大将カルロスが《ギザー》近接戦仕様部隊。およそ三万。
 参軍将校ファリスが《ギザー》機動戦仕様部隊。およそ二万五千。
 尚、マルトーのダークローズは、本人同士の希望もあって、カルロスの部隊に組み込まれる。

 砲戦だけに膠着していた戦場が、突如、変化が起きる。
 帝国の火力に任せた砲撃に、必死で応戦していた敵軍が突如、後退を開始したのである。
「な、なに・・・後退するだと!?」
 後方参謀イズミが駆る《リュープリースト》が、思わず驚きの声を上げた。帝国軍の本陣で戦場を見据える赤毛の少年の《リューナイト》と、黒髪の少年の《リューニンジャ》も、敵の予想外の行軍に驚きを禁じえなかった。
 確かにこのまま砲撃による消耗戦は、数に劣る彼らの方に劣勢である。が、この《L3》は中長距離砲撃戦仕様であり、攻勢と追撃戦においてこそ、その真価が発揮される機体でもある。
 まさか・・・こうも簡単に、追討戦に持ち込めるとは・・・。いや、敵はただ、この不毛な消耗戦に体勢を整えるだけの、そのための後退かも知れない。
「どうする、アデュー!?」
「当然、追撃する!」
 このフリーデルの野はバーバブの大森林まで、平坦な平地続きだ。伏兵される心配もない。
 《リューニンジャ》が己の部隊を率いるために、本陣から離れる。
 アデューの判断は指揮官として間違ってはいない。帝国の《L3》の機体特性、優勢な戦況、地形など、どれをとっても、まともな指揮官であれば同様の指示を出した事であろう。
 だが、同時に・・・
「・・・よし、喰らいついた!」
 応戦しつつ後退し、更に後退を命ずる総指揮官ガンドルフが《リューウォーリア》の機内で嘯く。
「このまま緩急をつけて、応戦しつつ後退する・・・敵は大軍だけに、狙う必要はない、撃てば当たるのだからな」
 敵は扇状にして数も多い。《リューウォーリア》の中長距離武装はなく、応戦も《ギザー》のバスターライフルで、射撃が不得手の彼でも・・・まず、当たる。
 もっとも、追撃している帝国の《L3》が、自機の特性もあって、ガンドルフの三万も次々と撃ち減らされ、大破していく。
 《リューウォーリア》の隣の《ギザー》も、最初に飛来した実弾は盾を掲げて防御するも、続けざまに放たれたミストショットの一撃が機体を貫き、爆破される。
「ちっ、・・・なんとかファリスのいる部隊まで、持ち堪えろ!」
 カリウスだけでなく、カルロスにさえも信任されるだけはあって、ガンドルフの指揮能力は非凡なものがあった。そうでなければ、王弟を戦場に送り出しておいて、軍団の総指揮を委ねられるはずはない。
「よし!」
 遥か上空から戦場を見下ろしていた《ダークローズ》が、長剣を閃かせる。後退するガンドルフ部隊への、そして、それを待ち望んでいたファリス部隊への合図である。
「よし、我が部隊、突撃する・・・射撃はおざなりでいい、絶対に突進速度は保て! 勝利の女神が俺たちに下着をチラつかせているぞぉ!」
 ファリスの率いる部隊は、機動戦仕様の《ギザー》部隊である。
 ガンドルフ部隊が後退し、追撃する帝国軍・・・そのガンドルフ部隊を追い越し、帝国軍へと突撃するファリス部隊との接近速度は、当然にして相対速度で早まる。
 無論、接近するそれまでに、《L3》の砲弾が、まるで嵐がように襲い掛かるが・・・ファリスの部隊は盾を前面に掲げ、とにかく突進速度だけを重視した。
「し、しまった!!」
 帝国軍の後方、《リューナイト》が敵の思惑に気付いた時には、既に両軍共に肉薄させてしまっていた。
 《L3》の欠点・・・それは長所でもある、火力である。
 確かに追討戦や、撃ち合いには無類の攻撃力と多彩な武装、圧倒的な火力を誇る機体ではあるが、近接戦闘を犠牲させており、また乱戦には滅法弱い。その余りある火力が、味方をも巻き込む同士討ちになりかねないからだ。
 《L3》以外の、近接戦闘用の帝国製ソリッドも存在はしたが、所詮は旧型・・・ロンバルディアの猛反抗と、《ギザー》の性能の前に成す術もなく爆散していった。
 それでも、《L3》だけに統一された部隊の悲惨な状況に比べれば、遥かにマシであっただろう。少なくとも、旧式とはいえ、その性能を活かす事ができた、という意味においては・・・だが。
「む、無闇に撃つなぁ!」
「味方に当たる!!」
 乱戦にもなれば、十五万の大軍、圧倒的な火力もない。むしろ、大軍であっただけに、余りある火力であっただけに、帝国軍の混乱と悲惨さは憐れでもあった。
「道は開いたぁ! ファリス部隊に続けぇぇぇぇぇ!」
 カルロスの《リューロード》が咆哮を上げ、彼の率いる《ギザー》近接戦仕様の機体が、それぞれにロングブレードを顔面に掲げる。
 その間にガンドルフの部隊は再編し、機動戦仕様に機体を換装させて、追討戦に有利なポイントに移動・・・そして、再び砲撃戦仕様に換装させていく・・・・・・

 帝国本土にはまだ余力が残されている以上、まだこの戦争の行く末は定かではなかったが・・・・・・
 ともかく、このフリーデルの戦いの大局は・・・既に、決した。



「今日は外出するぞ・・・パティは侍女たちに委ねて、お前も準備を済ませろ」
「えっ!?」
 唐突なカリウス・パフリシアの言葉に、パッフィーは驚いた表情を見せたが、あやしていた赤ん坊を侍女に委ねて、夫の言葉に従う。
 パッフィーは今夜、パティ出産の後に、初めての排卵期を迎える夜だと推定されている。それは即ち、カリウスの性欲解禁を意味しており、恐らく今夜から、激しく身体を求められる事は想像するに難しくない。
 外出の準備を整えながら、パッフィーの身体・・・下腹部が僅かに火照ったように熱を帯びる。
 カリウスにレイプされてから、もうすぐ一年が過ぎ、それ以降も激しい性交を強要されていたパッフィーであったが、結婚初夜を境にカリウスの性交の姿勢・・・連結する身体の激しさはそのままに、それまでにない巧みな性交・・・よって、小柄な身体ながらも骨の髄まで、女に開発されてしまっていた。
 そんなパッフィーに、性交による胎児の悪影響が懸念される、という事で途端にカリウスの来訪は激減し、SEXの快楽を刻まれてしまったパッフィーは、得られない性の快楽の苦しみによって、幾度もなく身体を悶えさせていたのだ。
 (解っているのに・・・はしたない、と心では解っているのに、身体が勝手に・・・・・・)
 私邸の廊下を歩み、時折擦れ違う衛兵たちが最上礼で夫妻を見送る。国母となってしまった今のパッフィーに対し、以前のような浅ましい視線は今やない。
 庭園に出るにあたって、宰相マードックが衛兵を従えて待っていた。
「それでは留守の間、頼む」
「はっ、カリウス陛下」
 予め行き先を知らせてある事もあり、そして、そこで何を為す事も知らせてあっただけに、マードックは信頼する衛兵・・・そのほとんどが年老いた老兵や負傷明けの警備兵で、警護力に不安はあったが、中核をなす主力は戦場にあり、それも致し方のない事ではある。
「行って参りますね・・・」
「・・・・・・」
 マードックはパッフィーには何も告げず、また視線さえ向ける事はできなかった。結果的に・・・という事になるのだろう。この男はかつて、彼女をロンバルディアに・・・カリウスに売ったのである。無論、それを今更咎めるつもりは彼女にはなかったが、マードックのこの負い目の姿勢は、この後も決して変わる事はなかった。


「いよいよ、帝国との戦争が始まったようだな・・・」
 カリウスは庭園から王都に出た辺りで、パッフィーに語りかけた。
「戦争を回避する方法は・・・ないのですか?」
 その愛娘でもあり、妻でもあるパッフィーの疑問は、既に誰かしら口にしていた疑問でもある。実際に、あくまで時間稼ぎではあったが、カリウスやカルロスも和平の使者を派遣させてもいるし、既に滅ぼされた帝国とロンバルディアに挟まれた国家も、そのような動きはあったようだ。
 無論、結果は語るまでもない。
「ないな・・・もう、誰にも止められないさ」
 それだけにカリウスは、パッフィーの疑問を断言してのけた。
 実のところカリウスも、この戦乱の世は特に歓迎してはいない。そもそも、ロンバルディア王国やその母体となった闇組織ロンバルディアも、カルロスの趣味で始まったようなものである。
 彼がかつて旧パフリシア王国に仕え、その間、一度として王位継承権を求めなかった事からも、彼には権力による魅力とは皆無であった。あるのは魔法の探求、最強魔導師としての証明、パフリシアの血脈、後はせいぜい、美味いコーヒーの味ぐらいであろうか。
「カルロスの奴に任せておけば、まず負ける事はないだろう」
 カルロスの駆る《リューエンペラー》は、アースティアでも最強と名高い機体性能を誇る、かつてカリウスの搭乗機である。その攻撃力、防御力のいずれも他の追従を許さず、搭乗者のカルロスに至っても、優秀な魔導師であり、槍使い、針術師である。最強の魔導師であり、【時空の魔導師】と謳われたカリウスでさえも勝てるかどうかの、それほどの男である。
 また戦略戦術家としての才能においても、この弟に匹敵する人材を見つける事は、千年の歴史の中でも困難であった。また、軍団指揮能力に富んだガンドルフが総指揮官としてカルロスの補佐にあり、帝国軍に兵数で劣るとはいえ、まずロンバルディアが敗北するような予想する事さえ、カリウスには困難であった。
「まぁ、帝国の・・・お前のかつてのお仲間、そのお手並みを拝見させて頂くとしようではないか」


 パッフィーは、かつての仲間であるアデューたちが、王都ロンバルディア(旧モンゴックの街)を脱したその後、シンルピア帝国に落ち延びた事を、既に眼前の夫であり、唯一の男から聞かされていた。そして、想い合っていた彼が、帝国の皇女と婚約した事実も。
 正直、それはカリウス、カルロスにとっても意外であった。帝国がまさかそこまで勇者一行に肩入れするとは思っていなかったのである。無理もない。確かに先の大戦の英雄であり、希少なリュー使い、しかもアースティア最高峰の機体の持ち主ではあるが、唯一の皇族である皇女を娶らせてまで組み入れるとは、想像の範疇を遥かに越えていた。
 パッフィーの監禁の解かれた部屋で、久しく三人が集っていたある日の事である。
 テーブルの上に三つあるカップのうち、唯一のコーヒーを啜りながら、カリウスが腹部の目立ってきた少女に語りかけた。
「そうそう、お前のかつての恋人・・・アデュー・ウォルサムが婚約したそうだな!?」
「えっ!?」
 突然のカリウスの物言いに、さすがのパッフィーの表情にも驚きに弾かれた。
 シンルピア帝国方面に落ち延びた、とは以前に聞かされていたが・・・
「相手は帝国の皇族、レンヌ皇女だそうです・・・直接会った事はありませんが、皇帝唯一の皇族で、なんでも皇帝が目に入れても痛くない、というほどの可憐な孫娘とか・・・」
「そう・・・」
 カルロスの補足、この件に対して、パッフィーの言葉はそれだけであった。少なくても表面的には・・・
(・・・・・・)
 ならばせめて、パッフィーの心境を貶める材料に、とも思ったが、これもカリウスの予想を不発させた。もしくは、カルロスの刷り込みが完全に効を奏していた。既にパッフィーは、夫なったカリウスに順応で、自分の本来の幸福を切り捨てている。いや、カリウスとの未来に幸福を見出そうとするまでになっていた。
 既に彼女にとって、アデューという存在は、掛け替えのない戦友であると同時に、もはや自分に望むべくもない輝かしい存在であり、そして、過去の人であった。
 そのカリウスの言葉を聞いて、彼女は密やかに願う。
 (アデュー・・・どうか、お幸せに・・・)
 ・・・と。
 だが、時代は、戦乱の時代に突入し、アデューたちが落ち延びたシンルピア帝国と、ロンバルディア王国が大陸の覇権をめぐって争う事になってしまった。
「・・・」
 この時の彼女ほど、両国の人物の安否を願う、複雑な心境にあった人物は皆無であろう。唯一、それに近い心境の者がいるとすれば、それはマルトーであろうが、彼女は産後間もなくにも関わらず、カルロスの側に迎撃軍に従軍している。パッフィーは、彼女がカルロスに抱かれ、三つ子を出産した事さえも知らされていない。
 マルトーは、亡き主君ギルツへの気持ちには今も変化はなく、アデューたちには友誼さえ憶えてもいる。だが、現在の彼女の所属は、彼らから見れば明らかに背信行為であろう。その非難を甘んじて受ける覚悟はあり、その彼らとの決別を含めて、彼女は戦線に加わったのである。
 パッフィーがマルトーの参戦を知っていれば、彼女はそれを羨ましく思えた事だろう。かつての彼女も大陸に名を馳せた魔導師であり、アースティアでも有数のリュー使いでもある。戦いそれ自体を望む事こそなかったが、ここで何もできずに静観しなければならない、我が身に比べれば。

 流れる夕刻の景色に、パッフィーの表情は次第に蒼白する。
 (こ、この方角は・・・!!)
 カリウスと彼女を乗せた馬車が、王都ロンバルディアの一区画・・・ロンバルディア王国の経済力を支える港地帯である。昨年そこで、勇者一行とロンバルディアが抗争を繰り広げ、そしてまた、この公然の場所で、パッフィーがカリウスにレイプされた、陰惨な過去の場所でもある。
 あれから一年近くの歳月が過ぎ、当時の戦闘による形跡は綺麗に舗装、補修されて残されていないが、そこに刻まれた記憶が消える事はない。
 国王夫妻を乗せた馬車は、何気ない一つの倉庫前に停止する。
 夫に連れられて馬車から降り立つものの、当時の出来事が強烈に過ぎて、その足取りは重い。
 倉庫内もあれから大きく改修され、当時ほどの複雑に要塞化はされてなかったが、彼女はこの出入り口付近でカルロスに意識を奪われ、視神経を奪われたのである。その違いをパッフィーに解るはずがなかった。
 一階の出入り口と裏口に警備兵を配し、彼らは四交代制で、これ以上の奥への侵入者を警戒する事になる。
 二階は大部分が改善され、滞在する夫妻のための食堂、浴場などが設置されてある。料理人、従者たちも、ある壁面を境に立ち入りを禁じられてもいる。
 当然だ。これから三日三晩、国王夫妻は、この二階の半面と三階の一室だけで、王国の跡継ぎを・・・子作りだけに精励する事が決まっているのだから・・・・・・
 二階、三階と続き、かつてパフリシア王宮の一室を擬して作られた一室に到達する。
 やや少女チックな豪華なベッドが部屋の中央にあり、
「ここが何処だか・・・解るか?」
「・・・・・・」
 返答はなかった。が、その沈黙が、その彼女の表情が答えを物語っている。
 カリウスが部屋の片隅に赴き、何かの機器を操作する。
「!!!!」
 新たに映し出された壁面に思わず見入ったパッフィーは、即座に目を背けたが、それが一年前の・・・・・・当時を記録されたものである事が、その場面だけでも解ってしまった。
 それが例の画像ディスクのマスターであり、室内の映像をそのままに記録してある、それにはカリウスの姿を薄透明化もされていない、唯一のディスクである。
 一年前の彼女が泣き叫び、カリウスにレイプされていく・・・カリウスに破瓜されていった一部始終が収められていた・・・・・・
「これが・・・・・・が、言っていた・・・・・・」
「ん!?」
 モニターの周囲の歓声もあって、パッフィーの俯き呟いた言葉が男に届く事はなかった。
「何か言ったか?」
「今更、こ、こんなものを見せて・・・どうするつもりなのですか?」
 パッフィーは全てを捧げたはずの夫を非難しつつ、思わず涙を浮かべた。
 何故、こんなものを見せるのだろう・・・わたくしはカリウスに全てを捧げ(奪われ)た、のにも関わらず、今更にして、何故・・・
 カリウスが彼女をここに連れ込んだのは、彼の悪癖の一つであろう。当初はパッフィーの身体だけが目当てで、例え自分に献身的でなくても、その身体を自由にできれば、それだけで良かった。だが、人は欲望が満たされると、更なるものを求めてしまうものである。
 さしずめ、カリウスは・・・再び、彼女の望まない性交を強いて、その可憐な表情を歪ませてみたい、という児戯めいた欲情を憶えていた。
 また、もう一つの理由としては・・・旧パフリシア王宮の一室を擬したこの部屋から全てが始まった、と言っても過言ではなかった。カルロスに伴われて、この地に辿り着いて最初に購入したのが、この倉庫であり、この部屋なのだ。
 ここで彼はマーリア喪失の衝撃から立ち直り、そして、娘のパッフィーに望みを繋ぐべく、レイプする事を志した全ての発祥の地でもあった。無論、その事実を彼女が知る事はなかったが・・・
 彼は妻の非難に答えず、次の装置を発動させる。
 名義上“晩餐室”と呼んだこの部屋は、勇者一行を捕らえさせ、カリウスがパッフィーをレイプ・・・その身体の味を堪能するためだけに建設された部屋であり、この室内の記録だけでなく、その当時の室外の状況も記憶されてある一室なのだ。
「!!!」
 捕らわれて床に転がっている、かつての仲間たち・・・・・・
 誠実だった憲兵総監ウェンの、その陰惨な光景に顔をしかめつつ、盗み見する様子・・・・・・
 カルロスやガンドルフといった、彼女も見知っているロンバルディアの面々・・・・・・
 カリウスが機器から離れ、小柄なパッフィーの身体を抱き寄せる。
「今、この場に映っている連中の大半が、フリーデルの地に集っている」
 その事実を語るカリウスの言葉に、パッフィーは僅かな彼の苦々しさを感じた。
 (アデュー、サルトビ・・・イズミ・・・・・・)
 パッフィーとアデューたちとは、先の魔王大戦を共に勝ち抜いた戦友であり、その後も行動を、苦楽を共にしてきた仲間である。特にアデューに対しては、既に過去の人、と切り捨てていた彼女ではあるが、それでも特別な想いを抱いていた少年である。その想いが成就昇華できなかった分だけ、それはこの後も変わる事はないかも知れなかった。
 (カルロスさん、ガンドルフさん・・・)
 カルロスは現在の形式においても血縁関係であり、パッフィーが捕らわれの身となってからも、常に親切に接してくれた唯一の存在である。それだけに彼女が、カルロスの安否を気遣うのは当然の事であった。
 ガンドルフはロンバルディア王国、またそれ以前の闇組織ロンバルディアからの最重鎮という事もあって、ある程度の内情に精通しており、パッフィーがカリウスの妻となった後も、出産を控えて、監禁状態が解かれた後も、慇懃に接してくれた、数少ない人物である。
 その彼らは今、フリーデルの地で対陣している。カリウスも本来ならば、このアースティアの歴史にも残るであろう、この一大決戦に参戦したかったに違いない。かつては【時空の魔導師】として名を馳せ、今も最強の魔導師と自負しているが故に・・・
「俺に抱かれながらも、心は、他の男たちに想いを馳せるとは・・・」
「んっ!!」
 抱き締めた幼妻の唇を奪いながら、戦いの全権を信頼する弟と重鎮のガンドルフたちに委ね、久しく彼女の抱擁を解禁していただけに、カリウスはこれ以上にないほど興奮を憶えてもいた。
 カリウスが抱き寄せながら、その彼女の小柄な身体でありながらも、立派に発育している胸を手におさめ、強く揉みしだきする。
「相手にできなかった間に、随分といけない身体になったものだな」
「そ、そんなこと・・・はぁ・・・んんっ!」
 衣服越しからの接触ではあったが、カリウスは手にしたパッフィーの乳房を掴む指先に滑る感触を憶えた。
 彼女は既に妊娠、出産を経験しており、それまでにもカリウスの手や、口によって、彼女の身体は開発され尽くされている。僅かな刺激・・・いや、その僅かな刺激だからこそ、彼女は母乳を滴らせていたのだ。
 パッフィーの衣服を剥ぎ取る事もなく、彼は彼女を破瓜したベッドに押し倒した。少し急がなくてはならない・・・部屋周囲の映像はそのままであり、もう間もなく、捕らわれたアデューたちが目を覚ます頃である。
 およそ一年前と同様、昨年に比べれば幾分も長くなったスカートをそのままに、無造作に純白のショーツを彼女の両脚から剥ぎ取ると、その勇者たち一行の目の前に放り投げる。降下地点はかなり逸れたが、室内の状況は見事に再現させているかのようだ。
 幾分に触れ合った肉襞。幾度もなく貫いたはずのヴァギナ。そして、パティを出産してから、まだ一ヶ月も経過していないというのに、パッフィーの入口は美しい色合いの、処女であった頃のままである。
 (画像と見比べれば、やや染まったか・・・?)
 その程度である。
「カ、カリウス・・・が、画像を・・・」
「んん?」
「け・・・消して・・・お、御願い・・・」
 ≪≪ ピチャ ピチャ ≫≫
 画像と現実と、彼女の股間から旋律が奏でられ、画像のあの頃に比べれば、カリウスという男の味を知っただけに、牝の匂いが強く帯びている。
 久しくして味わった、パッフィーの身体で分泌された彼女の味・・・まるでカリウスを・・・男を興奮に酔わす成分を含んでいるか、のように、カリウスの怒張はズボンの中に納まりきれない、痛みを伴う。
「フフッ・・・そろそろ、お前のかつての仲間たちが目を覚ますぞ」
「ひ、酷い・・・」
 カリウスの冷淡な返答に彼女は、久しぶりの身体の充足を前に胸を高鳴らせつつ、カリウスの愛撫を敏感に反応を示しながら、涙目を向けた。これでは公開陵辱そのままではないか。
 それは昨年、カリウスに破瓜された時の映像であり、既に公開陵辱もされている彼女ではあったが、あの頃は視界が利かず、暗闇の真っ只中にあった。見えない時は見えない時で不安と苦痛であったが、視界の利く今はあの時以上だ。
 ≪ パッ・・・パッフィー・・・・・・!!! ≫
 過去の映像。過去の音声。と、意識では理解していても、彼女はビクッと大きく震えてしまった。解っている・・・解っているのだ。でも、身体は正直で・・・カリウスの存在に、身体が勝手に感じてしまう。
 ≪ では、いくぞ・・・・・・ ≫
「では、いくぞ・・・・・・」
 また現実と画像の音声が被る。いや、今のは画像だけなのか、それとも現実の夫の言葉なのか、快感に痴れる今の彼女には定かではなかった。
 幾重にも張り巡らされた肉襞を掻き分け、昨年まで幾度もなく受け止めてきたカリウスの先端が、パッフィーの子宮口にまで迫っていく。
 初めての、破瓜された性交をしてから、およそ一年・・・
 そして、国王夫妻の二人の男女が・・・この親子が身体を一つに繋げるのはおよそ半年ぶりの邂逅であった。
「ああっ・・・んんんっ・・・・・・」
 初めてだった映像の頃と、現実の今とでは、明らかに違う感覚が彼女を襲った。その当時はただ痛いだけの、悪夢のような男の行為であったが、半年ぶりのカリウスのペニス。忘れかけていた夫の剛直による、性交の快感が彼女の身体を打ち震わせた。
 そして、その久しく、忘れかけていた快感は、何も彼女だけではなかった。むしろ、カリウスの方が・・・・・このアースティア極上の名器だっただけに、その感慨深い思いは強かったかもしれない。
 (アデューに・・・イズミにもまた見られて・・・)
「相変わらず、素晴らしい身体だな」
「んんんっ・・・あああっ・・・」
 映像と現実は明らかに違った。少なくとも・・・パッフィーだけに限れば、その差は歴然であった。その一突き、その挿入されるたびに、パッフィーの身体には快感が駆け抜け、甘美の喘ぎを口走った。

 この半年間に(時々、合間に放出させてはいたが・・・、それでも、溜めに)溜めた濃縮なスペルマの濁流が、カリウスの先端から、パッフィーの膣内へと迸っていった。
 カリウスに再び膣内出しされた、受精された感覚が、パッフィーの身体の充足度を満たしていく。そして今まさに、カリウスの放たれた精子と、排卵したはがりのパッフィーの卵子が結合していく。
「ああっ・・・」
 (で、出来たかも・・・・・・)
 その受精されたそれが、受胎していくような確信めいた感覚が、久しくカリウスを受け入れた彼女を襲った。無論、それは彼女の錯覚に過ぎなかったかも知れなかったが、実際にこの時、カリウスとパッフィーの結びついた生命の結晶が、彼女に宿っていた瞬間であった。

 そう、パッフィーは再び・・・そして、カリウス待望の男児となる種を身篭った瞬間であった。

 そして、その瞬間・・・・・・

 カリウスとパッフィーにとって、数少ない身内の一人が・・・・
 この世を去った、その瞬間でもあった。


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