第五章【混迷の大地】正義の旗を掲げて・・・

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 昨冬に積もりに積もった雪解けが、アースティアの世界に戦乱の時代を呼び覚ます頃、昨夏に樹立したロンバルディア王国、因果な運命にあった少女・・・パッフィー・パフリシアが、一人の女の子を出産した。
 その名も、パティ・パフリシア・・・
 父に【時空の魔導師】として名を馳せた、カリウス・パフリシア、母はその娘であるのと同時に、【封印の魔女】【聖女】と名高く崇められてきた英雄、パッフィー・パフリシア。
 まさに親娘による純真純血。そのどちらの両親の血を、より濃く受け継いだとしても、カリウスとパフリシアとの幾度もなく紡ぎあう血統からでも、優秀な魔導師になる事は間違いないだろう。
 ・・・後に、更なる近親交配の果てに、アースティアの世界に暗黒時代を呼び起こすための、その器される、運命に翻弄された悲運な少女の誕生であった。
 そして今回は、後にそのパティ姫のトリプルナイツと呼ばれた三人(兄姉妹)の誕生、アースティア史にも極めて珍しい一組の話である。


 ロンバルディア(旧モンゴックの街)は、アースティア西部一の大都市であり、東南は海路によって、北東は陸路によって繁栄する、中央大陸有数の要所であろう。
 この都市を守護するかのように、今現在、建造中の居城であるスパイラルラヴリンスが完成を見れば、シンルピア帝国のルーンパレスを越える、まさに名実共に、中央大陸最大の要衝となろう。
 その間、ロンバルディア王国の仮王宮は、ロンバルディア都市内にあるカリウスの私邸がそれである。個人所有の私邸とはいえ、ロンバルディアが闇組織に君臨していた拠点でもあって、広大な庭園からなる十分な敷地と、最新鋭の設備と頑丈な建物がそびえ立つ。これまでにも王国の中枢として、申し分ない機能を果たしてきたが、さすがに組織が大陸を二分する国家に成長を遂げた今となっては、やや窮屈になってきた感もある。
 その庭園に厳重な警備網を見下ろして、ロンバルディア王国初代国王であるカリウスはこの日、一時期は連日のように赴いた一室に、久しく足を運んでいた。
 カリウス・パフリシア一世は、今年で三十八歳になる青年ではあるが、実際の素性は、アースティア最強の魔導師であり、千年以上の時を、姿を代えて生き続けている男である。旧姓をハーミットといい、これはあくまでも便宜上、名乗っていたものに過ぎない。
 全ての事情を知る数少ない例外を除き、その全ての人は、カリウスがパッフィー・パフリシアを娶った際に、妻の姓を戴いたように思えたが、実際のところ、ハーミットを名乗る以前にして、彼は旧パフリシア王族であり、カリウス・パフリシアであった。
「パティ・・・!?」
 カリウスの娘であり、またその妻でもあるパッフィーの要望を耳にしたのは、彼女がいよいよ出産の時が迫った、その時が初めてであった。
「女の子、って、カルロスさんが言っていたから・・・」
「カルロスが・・・」
 カルロスが魔法によって、パッフィーのお腹に宿したカリウスの種が、女の子であるという事は、既にカリウスにも知らされてある事実である。が、その事実を弟がいつ、彼女に話したのか、それはさすがに知る由もなかった。
 カリウスは、弟カルロスにパッフィーとの性交を禁じられてから、よほどの事がない限り、妻の待つ部屋に赴く事はなかった。それはパッフィーが安定期を迎えたのにも関わらず、その日常は変わる事がなく・・・よほど[ マーリアの再現 ]という言動が堪えたのであろう。
「・・・どう・・・かな?」
 それが本来ならば、心に秘めていた・・・想い合う男との間で授かった子供の名前であっただろう事は、疑う余地はない。だが、カリウスにレイプされ、自らの幸せを切り捨て、自分とカリウス、カルロスの三人だけの小さな世界を受け入れた彼女には、もはや望むべくもない未来図である。
 その点において、カルロスの提案し実行したパッフィーへの錯覚、刷り込みは順調な経過である証拠であろう。
 また、この時点ではカリウスが知る事もなかったが・・・パッフィーのその要望と確認には、更なる深い真意があったのだが・・・・・・

 (パティか・・・)
 後にいずれ、カリウスがレイプする予定にある娘である。
 名前は体質を表すとも言われるが、それだけに名前とは、犯す男の心境にとっても、大切なファクターの一つである。過去にマーリア、パッフィーという母子を蹂躙したカリウスだけに、即答は避けた。
 (パッフィーの娘、パティ・・・)
 カリウスが未来永劫にして生きていくには、この後パッフィーを犯し、彼女に産ませていく子供をも、犯していく事が必要不可欠である。その第一級近親交配を繰り返し、繰り返していく事によって、カリウスは千年以上の時を生き続けてきたのである。
 パッフィーをレイプし、その彼女に産ませたパティを犯す。カリウスが悠久の螺旋を描くためには必要の行為であり、かつて妹のマーリアにも、そのようにして抱き、パッフィーを産ませたのである。
 (・・・・・・)
 だが、それがカリウスにとって、何故か・・・自身にも定かではない、釈然としないものを感じていた。

 とりあえず、その時点では命名を保留。カリウスは膨大な時間と大量の紙材を消費して、結局、パッフィーの希望した名前に決まったのは、何もシンルピア帝国の進撃する、近況報告が原因だけではなかっただろう。
 昨秋から新年にかけて、ロンバルディア王国とシンルピア帝国の間は、次代の担い手として、急速に両国抗争の気運が高まっていった。
 ロンバルディア王国、副王カルロスから(明らかな時間稼ぎではあるが)親善大使が帝国に派遣されたが、帝国がロンバルディアを不倶戴天の敵とする理由がもう一つ(レンヌ皇女レイプ事件)にあり、派遣された正使、副使共に帝国領を越えた辺りで音信が途絶えた。
 正使、副使共にとなると、殺された事はまず間違いないだろう。また、犠牲となった使者たちには気の毒ではあるが、帝国の方針がその一件からでも明白であり、ロンバルディアでも準備期間には事欠かなかった。
 この頃になると、さすがにパッフィーの監禁は解かれ、また、カリウスは彼女の妊娠、近日の出産を公表せずにはいられなかった。その分、警備の人数は大幅に増員され、それに伴い、国母となる彼女に向けられる視線は、以前に比べれば、自然と緩和した。あくまで、以前に比べれば・・・だが、少なくても「浅ましい女」と、見る視線を露骨なまでにあからさまにして、後日の不興を被ろうとする者は皆無であった。

「想像以上に厳重だな・・・」
 その敷かれた警備網、ロンバルディア王国の仮王宮(カリウスの私邸)を一瞥しつつ、漆黒の外套を身に纏った陰が嘯く。深々と被られたフードから、褐色肌と桜色の長い髪が僅かに覗ける。
 旧パフリシア領の港で別れ、単独で王都ロンバルディア(旧モンゴックの街)に潜入していたマルトーであり、先の大戦を戦い抜いた女魔族でもある。
 マルトーをアデューたちの仲間というには、かなりの語弊がある。確かに先の大戦を生き抜いた、という共通項はあるが、あくまでも敵味方として、であり、勇者一行(特にアデュー)とは、幾度もなく行く手を遮られ、剣を交えた間柄なのだ。
 彼女がこの地で捕らわれていた彼らを救出し、また、今も単独で潜入してパッフィー姫の救出の機会を窺っているのは、アースブレードの頂で受けたアデューの借りと、彼にとっても生涯唯一の師であり、今は亡き主君ギルツへの敬愛からである。
 王都に単独で潜入するのは、あの大戦後も一人だけで生き続けてきた魔族の彼女にとっては、それほど困難な行動ではなかった。が、それもこの仮王宮外周までで、その内部の状況や事パッフィー、カリウスの所在や情報を得るのは、容易な事ではなかった。
「しかも、今日も外出予定はなし・・・か」
 マルトーが得られた情報の中で、パッフィーがカリウスの種を宿した、妊娠したという王国が公表した事実もあり、それもあってか、ここ最近の彼女の外出はめっきりと減ってしまった。もっとも、その限られた外出も厳重な警護に護られ、必ず、と言っていいほど、カリウスと思わしき男(実はカルロス)が随員していた。
 (あの時は、好機とは思えなかったが・・・今となっては、あれがパッフィー姫を救出する絶好の機会だったのかも知れない・・・)
 だが、如何にマルトーが傑出した剣士であり、ダークローズが飛翔機能を備えた機体であったとしても、あの男・・・リューエンペラーを出し抜く事は容易な事ではない。玉砕する気はない、という彼女の信条であり、アデューと交わした約束でもあったが、その点においては確かに、静観が正解であった。

 ・・・パッフィー姫の妊娠。

 マルトーは、パッフィー個人の状況・・・カリウスにレイプされた経緯には同情を禁じえなかったが、力だけが全てを決する種族・・・魔族である彼女には、それも致し方のない出来事だと思わずにはいられない。カリウスが彼女の父親の可能性も、レイプされたパッフィーの人権も関係もない。勇者一行は負けたのであり、その代償に、パッフィー姫が辱めを受けるのも当然の事であろう。

 マルトーは今一度、遠く離れている仮王宮を見据えた。
 一度、あの建物内に突入したというアデューたちの体験から、パッフィー姫は強力な、特殊な結界によって護られているらしい。確かに結界程度なら、魔族であるマルトーにも解除が不可能ではないだろう。だが、単身で・・・あの厳重な警戒網を潜り抜けて侵入し、誰に見咎められず結界を解除し、パッフィー姫を救出する事は困難だ。いや、不可能だろう。
 あのパッフィー姫が、魔導師としての終焉を迎えていた事など知る由もなかったが、例え、彼女が往来の実力を発揮できたとしても、だ。
 手にした見取り図と厳重な仮王宮を見比べ、片手間に食材をかじる。
「やはり、侵入する機会を窺って、待ち続けるしかないか・・・」
「いえいえ、今すぐ招待して差し上げますよ」
「!!!」
 マルトーは愕然として振り返った。
 近くに人の気配はなかったはずだ。また彼女自身、大陸屈指の剣士であり、もし何者かが接近されていれば、すぐに察知できる・・・はずであった。
「後ろがガラ空きですよ」
 人を食ったような発言が、振り返った背後から発せられる。
「その声は・・・あの時の!!」
 聞き覚えのある声質だった。あの庭園で戦いを繰り広げた油断ならない相手であり、パッフィー姫が外出する際には必ず帯同していた男だ。
 国王カリウスの双子の弟であり、確かに外見上では、その兄と通ずるところが多々にしてある。だが、この兄弟を知る者ならば、まず見間違える事はなかった。その身に纏う雰囲気と、その口調が明らかに異なるからだろう。
 かつてカルロスは、自分と兄をこう評した事がある。兄のカリウス陛下は情の人であり、自分は理の人であると・・・
 なるほど、確かにカリウスは良くも悪くも激情家であり、自分の我を優先しての行動、言動が目立つのに対し、カルロスの方は冷静沈着、口調も丁寧、穏やかなものではあるが、その発言全てに、何かしらの計算が含まれている。
 無論、それをロンバルディア王国の人間ではなく・・・ましてや魔族であるマルトーが知る由もない。彼女は咄嗟に聞いていた情報と、目にしてきた現実とを統合し、間違えてしまっていた。
「これは・・・魔族の方に憶えていて下さって、光栄です」
 手にした長槍クーゼでマルトーの些細な動きまで牽制しつつ、その場と場違いのような微笑が浮かぶ。
「正直、こちらとしては、リューによる・・・無関係な民衆を撒き込みかねない、市街地戦は好みませんし、ロンバルディアに潜入している貴女も今後がお困りでしょう・・・・・・」
「・・・・・・」
「何よりも、私のリューの性能は、貴女も良くご存知のはず・・・」
 そのカルロスの指摘に、マルトーも反論できない。
 アースティア最強の機体の一つに挙げられる、リューエンペラー・・・以前に、その機体を前にして、完全な敗北を喫しているマルトーである。今、再戦を行ったとして、間違いなく同じく結果であろう事は、敗れた彼女自身が痛感していたところだ。
 また、その男の発言は、暗に互いのリュー(ドューム)を用いず、生身の白兵戦によっての勝負を持ちかけたものであろう。
「フッ、面白い!!」
「貴女が勝てば、私の命と、この場の自由・・・・・・私が勝てば、そうですね・・・その敗北を、その貴方の身体で支払って貰いましょうか」
 カルロスも決して木人ではない。色好みもあれば、性欲だってある。
 マルトーは魔族という種族を差し引いても、確かに成熟した肉体の、パッフィーとは、また異なる美しい女体の持ち主であろう。また、その外見とは別に先の戦闘においても、彼女の優雅な機体捌きに見惚れてもいたのだ。
 この件に関して、カリウスは異論を挟む事はなかった。カルロスにはパッフィーを(心身ともに)手に入れる為に、そして、手に入れた後も、少なくない負担を背負わせてしまっている。そこから反逆の芽生えになるほど、従来の兄弟に比べれば、大きく異なる関係ではあるが、弟の精神面をケアする事も、今のカリウスには大切な事であった。
 この兄弟を見間違えているだけに、そのカルロスの発言はマルトーの心を逆撫でした。
 (パッフィー姫だけではなく、この私をも手篭めにするつもりか! この男は・・・!!!)
 カルロスに愚弄された、と思ったマルトーは、慣れない自身の肢体を見る視線の不快さと、その苛立ち、腹立たしさを苛烈な斬撃によって表す。
「フン、出来るものなら、やってみるがいいさ!!」
 マルトーの長剣の峻烈な閃きが、戦闘開始の合図であった。
 長剣と長槍による闘い。リューとドュームでの闘いこそ、カルロスの駆るエンペラー・・・その最強の攻撃力と最高の防御力を誇る機体性能を前に完敗した彼女ではあるが、まがりなりにも先の大戦を生き抜いた、大陸屈指の剣士である。
 特に魔族である彼女は、個々の身体能力においては、カルロスに負けるとは思っていなかった。確かに彼女が自身の実力を本領発揮していれば、かつて敗れたアデューをも(さすがにギルツには遠く及ばないが・・・)匹敵する資質に恵まれた剣士である。
 だが・・・この生身による戦いの形勢も、明らかに彼女の劣勢、カルロスの優勢であったのは、互いの武器を交える当人同士が理解していた。
「見事な太刀筋ですが・・・今のは読み易い斬撃でしたよ」
「う、煩い!!」
「もう少し、冷静さを取り戻したほうが宜しいでしょう・・・」
「だ、黙れぇ!!」
 そのカルロスの忠告は正鵠を射ていたが、それだけに癪に障った。戦闘中に、まして今、必殺の斬撃を繰り出している敵に助言するとは、どこまで舐め腐った男であろうか、と。
 激昂していく彼女の苛烈な斬撃は、確かに強力ではあるが、それだけに単純な軌道に・・・本来の技量は鳴りを潜め、力押しの剣術になってしまっている。これでは如何にマルトーが屈指の剣士であっても、それと同等か、それ以上の実力を持つカルロスの槍術の前に、劣勢に追い込まれるのは、当然の事であった。
 (この激情ぶり・・・誰かに良く似ていますね・・・)
 (・・・フン!)
 言葉で揺さぶり、理想以上の展開に、それまで防御を重点にして望んでいたカルロスが、ようやくにして攻勢に転じる。
 投じた長細い飛針で牽制して間合いを開き、長槍を振るう。その攻撃自体は長剣で防がれたものの、カルロスはそのまま振り抜き、疲弊しつつあるマルトーの身体が跳ね飛ぶ。
 (な、なんという・・・膂力!!)
 彼女がかつて敗れた者たち・・・一撃の威力はあのギルツにもひけを取らず、飛針を用いた精巧な攻撃は、アデューのそれ以上だ。
 弾き飛ばされた身体をすぐさま体勢を整えるものの、既に勝敗の帰趨は決していた。
 (か、勝てる気が・・・しない・・・)
 彼女も本来の実力であれば、大陸屈指、一流の域に達する剣士である。それだけに戦いの正確な状況にも敏感である。
 降参か、逃走か・・・このまま、足掻いて敗北か。
 不本意な三択に迫られたマルトーであったが・・・その瞬間、背後から貫かれるような、熱い衝撃が彼女を襲った。
「かはっ!!」
 (な、なんだ・・・この矢は!?)
「何っ!!」
 鮮血が頬をうったカルロスも、思わぬ横槍に驚愕する。戦いを優勢に進め、余裕も窺えた彼でさえ、第三者の攻撃には気付き得なかったのだ。マルトーが不意打ちに気付けるはずがなかった。
 剣を杖代わりに、辛うじて立っている事ができた彼女ではあったが、それにも限界であった。魔族とはいえ、生体上は人間と大きく変わるところはない。胸部を貫かれた鏃から鮮血が滴り、出血に伴い、感覚と力が次第に麻痺していく。
「か、カルロス様、ご無事でしたか!」
 援護射撃で助けたつもりであろうファリスが、手勢を率いて駆け寄ってくる。その中には最新型試作機、ソリッド・ギザー改式も見受けられる。
「ファリス、貴様の仕業かぁっ!」
 余計な真似を・・・と思わずにはいられない。
 理のカルロスも、兄のカリウスと同様、戦いを嗜み、古風だが流儀を特に重んじる兄弟でもある。まして言葉にこそ出さなかったが、これはマルトーとの一騎打ちであり、持ちかけたのはあくまでカルロスなのである。
 ファリスは今年で二十一歳の若者であり、ロンバルディア王国の重臣に列挙されるほどの立場ではあるが、その付き合いの時間という長さでは、ガンドルフやマードックには遠く及ばない。重用する国王のカリウスよりも、カルロスに忠誠を誓っている傾向があり、今回も率直に、彼の身を案じての援護射撃であったのだろうが・・・
 (か、カルロス・・・?)
 マルトーはいよいよ意識が遠のいていく中、自分が大きな思い違い、人違いをしていた事実に、ようやくにして気がついた。
「クッ、今すぐ治療すれば、命に別状はないだろう・・・」
 マルトーが昏倒するよりも早く、カルロスに抱え上げられた。
 (魔族である私を・・・治療? おかしな男だな・・・)
 ファリスとかいう男の不意打ちは、彼女が迫害される種族、魔族である以上、確かに褒められた行為ではないが、非難されるべきものではなかっただろう。
 ・・・少なくても、マルトーはそう思っていた。



 マルトーはこれまでに、この男(人間)になら抱かれても良い、犯されても当然だ、と思った人物は二人いる。一人は亡き主君であるギルツ、今一人はアデューであり、その互いの男の共通項は、そのいずれにも彼女が単身で敗れた相手であった。
 それが実現しなかった理由として、まずギルツの方は・・・
 当時の、覇王への道を邁進する彼は、運命と神々への復讐鬼であり、少なくても、そのようにその最期まで振舞っていた。故にマルトーを一人の女性としてではなく、あくまでも一人の戦士、一個の手駒としてしか扱う事ができなかったのである。
 またアデューの方に関しては、既にカリウスに嫁いでしまったが、当時のアデューには、彼に相応しい少女の存在が傍らにあり、恐らく・・・いや、まず間違いなく彼も、マルトーを性的な対象として見てはいなかっただろう。良くも悪くも似た師弟ではある。

 力だけが・・・その勝敗だけが全てを決める、という極端な思考ではあるが、マルトーが異性を認める基準の一つに、自分以上の実力を求めた。
 そして・・・この日、彼女の中で三人目の男が芽生えていた。


 どのようにして侵入を果たそうか、試みていた建物内に抱え込まれ、適切な治療を受けた。そして、カルロスに痛み止めの針を打たれながら、意識を辛うじて繋ぎ止めていたマルトーは問わずにはいられなかった。
「カルロス・・・と、言ったな」
 問われた男はキョトンとした。
「そう言われてみれば、まだ互いに名乗っていませんでしたね・・・」
 戦闘中でも変わらない、相変わらずおどけた口調ではあるが、それが今となっては、それだけに恐ろしさをマルトーは感じる。
「私はカルロス・・・この度、姓をパフリシアに改めましたが、それ以前はハーミットと名乗っていました」
「また、その以前の姓は、パフリシアであったのだろう!?」
 その瞬間、カルロスの表情にこれまでにない感情が、一瞬だけ表れた。
 カルロスとカリウスは王位継承権こそ(求め)なかったが、系譜を遡っていけば、かつてカリウスが犯した、初代パフリシア国王の孫娘に突き当たり、確かにパフリシア王家の直系である。
「なるほど・・・やはり、あの男は全てを・・・イズミは全ての記憶を取り戻しましたか・・・」
 それに類する発言は確かに(兄とイズミとの間で)あったらしいが、二人の素性を勇者一行に語る事はなかったはずである。が、彼女がその事実を知っている。その情報源は、イズミの失われていた部分、その記憶が戻った以外にない。
「なるほど、相当きれる男のようだな・・・お前は・・・」
 その現実には唯一にしかない解答に突き当たった事を指しているのか、もしくはマルトーにその事実を認めても、大火ない事を見抜いての言葉なのかは定かではないが、恐らくこの女魔族にして最高の賛辞であろう。
「それで・・・ここで私を犯すのか?」
 先程の戦闘前に交わした口約を言っているのだろう。整然とした態度でありながら頬に僅かな赤みがあったが、生来の褐色肌もあって、さすがのカルロスもその彼女の感情は量りかねていた。
 マルトーの言葉は、確認であると同時に、また願望でもあったのだ。
「先程の勝負は、残念ながら無効ですね。ファリスの余計な・・・」
「・・・いや、あの不意打ちがなくても、私は負けていただろう」
 先の戦いではダークローズで敗れ、今回は、互いに五分であった生身の戦闘で劣勢した。魔族らしい潔い言葉ではあったが、それ以上に、一介の剣士として敗北した矜持が、マルトーを突き動かしていた。
「私にはアデューたちのように、カリウスという男が実の父親でありながらもパッフィー姫をレイプしたとか、父親の胤を宿したとか、には興味がない・・・いや、カリウスという男が、その目的をもって勝利した以上、むしろ当然の権利だとも思っている」
「権利ですか・・・」
 そう、カリウスには、パッフィー・パフリシアをレイプする権利があった。港倉庫で勇者一行に対し軍事的勝利を収めた権利。そして、旧パフリシア初代国王との口約による権利の行使である。
「それだけに、お前には、私の身体を犯す権利があろう・・・」


 魔族の唇と人間の唇が重なり合う。それは先の大戦もあって、アースティア史上でも初の快挙であったかもしれない。
 (少なくても、俺は聞いた事がないな・・・)
 千年以上の時を生き続ける兄の証言によって、少なくともカルロスとマルトーの行為を稀有なものだと物語っている。
 地味な黒衣の着衣を剥ぎ取り、曝け出された・・・数多の戦いで鍛え上げられた肉体でありながら、やはり、その二つの膨らみは、人間の女性と同様、柔らかさと形良い見事な双乳であった。
 その手にした膨らみ、質量に恵まれた乳房を掌に収め、カルロスは思わず絶賛した。
「想像していた以上に素晴らしいものをお持ちでしたね・・・」
「ば、ばかもの・・・そ、そんな事を、わざわざ口にするな!」
 マルトーが赤面しつつも険しい表情を見せる。
 夕暮れまでにはまだ時があり、窓には厚めのカーテンによって光量を抑えていてくれているが、完全な暗闇というには程遠く、そのマルトーの一挙一動に、絶えぬ関心と意外さを禁じえなかった。
 変わった女性だとは思っていた。それは魔族という、種族間だけの差だけではないだろう。恐らくは生来の彼女の性格、そのものに、カルロスの興味は尽きなかった。
 紅茶とコーヒーの好みが異なるように、如何に双子の兄弟であっても、性格、好みまでもが大きく異なった。
 兄のカリウスは、妹のマーリアや、パッフィーが代表するように、どちらかというと、美しさよりも可憐さ、成熟よりも半熟、小柄でスリムな体系を好む傾向がある。それに対してカルロスは、マルトーのような大人の女性らしい体系、健気よりも勝気な、健康美を好むところがある。
 兄と好みが異なる、そうなるように、幼少の時からそう形勢していたのかも知れない。如何に兄弟間とはいえ、同じ好み、同じ嗜好であれば、どんな兄弟であっても、必ず対立するものであろう。
「あっ・・・んっ・・・そ、そこは・・・ま、まだ!!」
 歴戦の女剣士の膨らみを弄びつつ、カルロスの手交は次第に彼女の下腹部へと目指していく。種族を問わず、男女が交わる洞穴へ・・・と。
 カルロスのじかに目にした可憐な、未だ男を知らないマルトーの身体の入口は、人間の女性が持つ器官と変わらなく見えた。少なくても、カルロスはそう・・・感じた。
 後日、それが大きな間違いな見識であった、と気付くのであるが・・・
 (み、見られている・・・)
「まだまだ、濡れ具合が足りませんか・・・」
「ま、まじまじと見るなぁっ!」
 亡き主君であり、今も尚敬愛していたギルツにさえ見られた経験がないだけに、マルトーは恥じ入って火を吹きかねない気恥ずかしさを憶えた。
 (ゆ、指が・・・舌で・・・)
 カルロスは、兄のカリウスほど性交に経験があった訳ではなかったが、それでも常人に代わらぬぐらいの技巧はある。
 確かにマルトーの身体は魔族であったが、外見上や性交するに関して、カルロスがこれまでに知る女性と、そう大差はない。性感帯もあれば、それを刺激すれば興奮する。男を知らない彼女には、これまでにない感覚が立て続けに襲い掛かった。
 (こ、こんな大きいものが・・・私の身体に・・・は、入るのか!?)
 他者を圧倒した兄ほどの剛直には及ばないものの、カルロスのそれも立派な怒張を曝け出し、唖然とする魔族の身体の入口へと宛がう。
「んっ、ーくっ!!」
 初めてだっただけに、マルトーは思わず覘けるようにして逃れようとするが、両肩を抑え付けられては、もはや結合から逃れられる術はない。
 ≪ ズブッ、ズブズブブゥ・・・≫
 処女膜はなかった。先の大戦だけでなく、激しい戦いの日々によって、自然と千切れてしまっていたのか、元々魔族にはそんな膜が存在しないのか、マルトーにもカルロスにも解るはずがない。
 だが、お互いがお互いに、初めての感覚を味合わせた。
 処女膜、破瓜の鮮血こそなかったものの、マルトーにとってカルロスは初めて彼女が受け入れた男である。
 またカルロスも、今までに性交した女性とは大きく異なる感覚があった。後にアースティア史に語られる、パッフィー・パフリシアとレンヌ・カスタネイド、二人の極上の名器たちには及ぶものではないにしろ、先の大戦で鍛え抜かれた肉質、充実なスリムボディは伊達ではない。その後天的な資質が、突き入れたカルロスを存分に酔わしていた。
「素晴らしい身体をしていますね」
「う、煩い・・・いっ、痛い・・・んだぞ!」
 整った美しい顔立ち、可憐な顔立ちが苦痛によって歪ませる事に、愉悦を憶えるのは、この兄弟が共通する数少ない悪癖の一つであろう。
「動きますよ・・・」
 受け入れただけでも、マルトーを襲ったこの痛みである。カルロスの言葉は地獄のような宣告ではあっただろう。だが、女魔族は激痛に表情を歪ませつつも、素っ気無く答えた。
「んっ・・・す、好きにしろ・・・」
 冷静に性交による身体を重ねるより、夢中でその身体を貪った時の方が、女性には・・・・少なくても、この女魔族には好ましいだろう。そう計算したカルロスは遠慮を捨てる事にした。
「いいのか?」
 肯定を表す頷きが一つ、カルロスの問いに返ってくる。
「この肉質・・・気持ち良過ぎて、抑えが利かないかも知れないが・・・」
「かっ、構わないと、言って・・・いるだろう」
 カルロスの告白を嬉しいと思うのだが、どうして自分はいつもそう、素っ気無く突っ撥ねてしまうのだろうか。男慣れしていない自分の性格に、マルトーは嫌悪感が募った。
 ≪ パァン! パァン! ≫
 互いに鍛え抜かれた身体の肉体が弾け合う。
 一度手に入れたマルトーを、更に苦難の表情に歪ませて見たくて、カルロスは容赦なく貫き、魔族の身体を抉っていった。


「パッフィー姫に、会わせて貰えないか?」
 性交の果てに数え切れない熱い濁流を受け入れたマルトーは、やや躊躇いの末に、唯一の男となったカルロスに打ち明けた。
 パッフィー姫に会ってどうする、という訳ではなく、何故そう口にしたのか、マルトー自身にも定かではない。これまでどちらか、といえば、勇者一行陣営に属しており、一つの決別する区切りとしてだったのかも知れない。
 だが、カルロスの返答は決して芳しいものではなかった。
「時期を見て・・・だな。お前とパッフィー姫、勇者一行は先の大戦繋がりであろう?」
 本来なら相対するべき魔族と勇者。カルロスやカリウスは、ギルツという男の存在を耳にした事はあったが、直接の面識はなく、勇者一行とマルトーの関係に大きく関わっていた事など知る由もない。ただ、その年端もいかない勇者たちが魔族と・・・少なからず、マルトーと接する機会は、そうは多くないだろう。
 パッフィーは現在、世間という世間から完全に隔離され、彼女にとって身近な人間といえば、カルロスとカリウス、後はせいぜい主治医とガンドルフ程度である。
 そこに先の大戦繋がりの、カルロスやカリウスでさえ割り込めない、関係を持つマルトーを会わせる事は、例の錯覚、刷り込みに支障を来す恐れさえある。
「そうか・・・」
 詳細を聞かされた訳ではなかったが、マルトーは潔く引き下がった。
「傷が完全に癒えるまで・・・いや、その後も、ここに留まりたければ、ここに居るがいいさ。そのうち、お前の希望も叶えられるかも知れないし・・・な」
 獅子身中の虫、の可能性も捨てきれないが、カルロスはその可能性が極めて低い、と思っている。マルトーは魔族とはいえ潔い性格であり、剣士としての誇り高いプライドも持ち併せている。事を起こすなら、堂々と、正面から向かってくるだろう。
 もしも、そのカルロスの推測が間違いで、また、予想外の血気に逸るのならば、その時は自分の力を全開にして、捻じ伏せればいいだけの事である。


 衣服を完全に整え、彼はマルトーを残して室内を退去した。
 シンルピア帝国の進撃の報告が続く中、ロンバルディアの・・・カルロスの課せられるものは、日が経過するごとに増していき、多忙を極める身である。
 だが、この数日後、彼はマルトーの許に血相変えて飛び込む事になる。
 その三日後・・・突如、兄からの思念が送られてきた。
 (おめでとう・・・やったな)
 (はぁ?)
 シンルピア帝国軍を迎撃出兵前の準備、ロンバルディアと隣接するエタニア王国、バイフロスト王国との不戦協定の凍結など、様々な決済に追われていた最中だけに、その唐突な兄の思考に戸惑いを憶えずにはいられなかった。
 (来れば、解るさ・・・)
 兄から送られてくる思念は、いずれも抽象的な祝福だけで、事態の把握には埒が明かない。仕方なしに兄の呼び出された、マルトーの許へ足を運ぶ。
 入室した瞬間、カルロスは室内で合唱する悲鳴のような鳴き声、叫び声に唖然として呆然とした。その凄まじい音響を奏でる小さな生命を抱えながら、マルトーは恥らったようにしながら、視線を逸らした。
 (こ、こ、これは・・・えっ!?)
 (三つ子だな・・・魔族と人間のハーフか)
 常に冷静沈着にして、全てを理詰め尽くしのカルロスにして、カリウスでさえも初めて見る弟の狼狽振りに、悪戯小僧のような表情で、唖然と佇む弟に解説する。
 確かに、人間の女性とヒューマン型魔族との間に、身体的な外見の特徴に大きな差はない。だが、生態的体系は異なり、人間の女性が妊娠するには、一定の周期にある排卵期に、受精する事によって受胎し、着床して初めて妊娠する。
 が、魔族の生態は、その種別にも異なるが、基本的にその発情した時が排卵の始まりであり、女性の胎内にいる期間も人間に比べて、非常に短いのである。それはカルロスが抱いたマルトーも例外ではなく、彼女はカルロスと性交したその三日後に、三つの命をアースティアに産み落とした。
「えっ・・・あっ・・・」
 (し、知っていたのですか・・・)
 (フフフッ・・・まぁ、いいじゃないか)
 恨めしそうな視線を、兄は微動する事もなく、微笑んだままだ。初めて見る弟の狼狽ぶりもそうであったが、それだけでなく、魔族であり、アースティアでも屈指の剣士との報告もあるマルトーと、そのカルロスとの子供である。どちらの親に似ても、優秀な逸材であろう。しかも一度に三人も・・・である。
 (俺も、お前に先を越されるとは、正直、思わなかったよ)
 パッフィーも既に臨月の時期を迎えつつあり、この数日が山場であろうと目されている。
 これまでカリウスの末裔は、受け継ぐ器であるカリウス本人、気まぐれで生かされたカルロス、次代の器を期待されたパッフィーの三人だけであったが、一挙に倍以上に膨れ上がったのである。既にカルロスを自分の分家と見なしていた事もあり、兄はカルロスの後継者誕生を素直に喜んだ。


 かくして、ロンバルディア王国迎撃軍が出陣する、その前後・・・ロンバルディア王国と、アースティアの未来を担う事になるであろう、若者たちが誕生していた。兄アーレス、姉ウェンディー、妹セリナ・・・後のパティ・パフリシアのトリプルナイツと呼ばれる三兄(姉)妹であり、そして、その数日の後に、彼らの永遠の主君であり、アースティア暗黒時代の器を余儀なくされる、パティ・パフリシアの誕生である。


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