第五章【混迷の大地】正義の旗を掲げて・・・

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 アースティア史に残るフリーデルの戦役の勝敗が決する頃、シンルピア帝国領の国境に、帝国屈指の要害と呼ばれるローゼンカバリーでは、新たに十万以上もの増援部隊が集結していた。
 この時点では、いまだフリーデルの戦いの勝敗はおろか、正確な戦況の優劣も定かではなかった。が、劣勢もしくは敗退ならば、彼らは文字通りの増援として、優勢ないし勝利しているのならば、功名を自重して後詰としての役割が、彼らにはある。

「雲行きが怪しくなってきたな」
「こりゃ・・・一雨来るぞ」
 一人の兵士が遥か上空の暗雲を見上げて、嘯く。
 特に意識しての発言ではなかったが、余りにも不吉であり、フリーデルの敗戦を予期されるものが微妙にあった。
 つい先刻までの晴天が嘘のように思えるだけに・・・
 一兵卒でそうであったように、また彼らを指揮する士官たちも、フリーデルの結末を意識せずにはいられなかった。もっとも、彼らは兵卒らと同様、ただ予期するだけでは済まされない。その場合の対策を練り、反抗作戦を展開しなければならないからだ。
「まず・・・」
 増援部隊に配属された一人の男が一同に促す。男の名をサトーといい、帝国内では勇者一行ほどではないが、最近になって士官の階級に任じられたばかりの下級将校である。体躯才幹が際立っている訳ではなく、智将とも猛将といったタイプの人物ではないが、頬に深く刻まれたような傷跡があり、端正整った顔立ちなだけに、精悍な雰囲気を抱かせる男であろう。
「我が軍が敗退していた、その時の事だけを考えるべきです」
 実際にもし、帝国がフリーデル戦役に勝利していた場合、彼らは後方で進軍する後詰であり、それからの行動を考えるだけの時間の余裕もある。
「自軍の敗北を・・・そうも簡単に予期するのは如何なものかな?」
「それに指揮するのは、かの大戦の英雄殿ですぞ」
 閣僚会議室に新任士官を中傷まがいの発言が渦巻いた。
 確かに、誰もが口の端も乗せ憚りがたい結末を口にしたのは、サトーの軽率な発言であったかもしれない。だが、彼はそれらの中傷に片手を上げて制した上で一同を見渡した。
「無論、勝てていることに越した事はありません。その場合、我々は後詰としての責務をまっとうし、その後の行軍を思案する時間的余裕も十分にありましょう」
 ・・・故に先鋒隊が敗退している事だけを考慮する事に釘を刺した上で一同に訴えるように激した。
「貴方がたは、敵将・・・カルロス・ハーミット、いや、カルロス・パフリシアの実力を知らなさすぎる!」
 これまでにも帝国軍部の要請によって、ロンバルディア王国の情報提供でカルロス・パフリシアの恐ろしさを・・・最大の障害は国王カリウス・パフリシアよりも、その王弟の方を再三再四、警告していたが、それでも帝国軍はあの男を過小評価している傾向がある。

 不意に男は微笑し、頬に刻まれた印象的な傷が際立つ。
 サトー・マクスウェルとカルロス・パフリシア(当時は旧姓ハーミット)の出会いは、長距離狙撃用ライフルの標準越しである。無論、お互いに名を明かして面を合わせたわけでもなく、まだ当時は大手の構成員と新参の腹心という立場で、それがすぐに後日の禍根になった訳でもなかった。
 だが、三度目の暗殺が失敗に終わったそれ以降、彼の人生はその日を境にして、躓き、そして更に暗転していく。
 当時、闇組織として既に最大勢力となりつつあったロンバルディアを前に、彼の組織におけるあらゆる産業が多大な打撃を受け、日を追うごとに状況は悪化していった。
 そのモンゴック内で彼を当主とした組織で再起するも、まずまず順調な日々が続いたある日、あの勇者アデュー・ウォルサム一行の到来である。
 見た目は、大人が一人、少年少女三名の一行である。それは下部構成員だけでなく、闇組織に属するほとんどの人間が美味いカモに見えた事だろう。
 再三のロンバルディアからの報復に弱体化し、その反抗作戦を展開するよりも前に、勇者一行来訪によって止めを刺されてしまったサトーのアレックスは、二度と再起できないほどの打撃を被ってしまった。
 ちなみに・・・
 後日・・・そのアレックスを屠った勇者一行は、闇組織ロンバルディアの当主、カリウスの罠に嵌り、公然の場でパッフィー・パフリシアがレイプされたという。帝国軍にそのアデュー・ウォルサムが臣従している状況と、かつての取引相手の闇商人から取り寄せた画像から、その風説に間違いはないだろう。
 サトーが懸命に立ち上げたアレックスを潰した勇者一行。その勇者一行の眼前で、パッフィー姫がカリウスにレイプされた事で、勇者一行への溜飲は下げられたが、それだけに、ロンバルディアの怒涛な急成長=その実際の指導的立場にある、カルロス・パフリシアの辣腕に警戒せねばならなかった。

 周囲は沈黙して、サトーの発言を・・・少なくても、勝っている場合の時間的余裕という一論には同意して、サトーの次の発言を見守った。




 清々しい波風がそよぎ、ここ王都ロンバルディアにあるカリウスの別荘にも、遅まきながら春の到来を予兆させる朝日が照らした。
 かつて一年前、この建物で大陸の英雄アデュー・ウォルサムを捕らえ、その眼前で大々的に、パッフィー・パフリシアを破瓜した事もある、記念すべき由緒ある建物である。
 この日、カリウス・パフリシア一世は広大なベッドに身を沈めながら、上機嫌であった。その横には、この滞在予定一週間もの間、常に抱かれ続けた小柄な少女の肢体が覘ける。
 (この一年で大きく変わったものだな)
 形式的にとはいえ、カリウスとパッフィーが実の親子でありながらも、晴れて夫婦になっている。無論、その事実を知る者は、カリウスと僅か一部の人間だけが知っている事実だが・・・
 だが、それ以上に、パッフィー自身がカリウスという男を心身共に受け入れてしまっている事が、その形式以上の変化といえるだろう。結界によって仲間と現世から隔離し、彼女の身体の開発も手伝って、次第に順応的に刷り込ましていった事が効を奏した。
 そして、パッフィーは自分の娘でありながら、実際には、実の妹にも該当してしまう、パティ姫の出産など・・・
 カリウスが勇者一行の来訪を聞き、パッフィーをレイプしてでも奪うと心してから、計画していたそれ以上に、順調に事を運べてきたとカリウス自身も認めなければならない。


 昨夜遅くまで激しく求められたパッフィーは、まだ深い眠りの中にあった。
 この一週間、昼夜問わず抱かれ続けた彼女である。抱き続けたカリウスの絶倫もさながら、それを受け止め続けた彼女も、さすがに疲労の色を禁じえなかった。
 そう、食事中であろうが・・・入浴中であろうが、である。
 排卵期を迎えていたパッフィーの身体に、この一週間に渡って、カリウスの全てを受け止めた以上、彼女の再妊娠は確定であろう。
 その昨夜も激しく求め続けた幼な妻の寝顔を一瞥して、
 (王位をカルロスに譲って、こんな生活も悪くはないかも知れんな)
 カリウスが半ば本気に、そんな事を思っていた。
 元々、彼には王位とか、功名に名を馳せるといった野心には全くと言っていいほど、興味がなかったカリウスである。国王としての政務追われる日常からは解放され、パッフィーと二人、娘のパティ、そしてこれからも生まれてくる家族たち・・・静かに隠棲を望んだとしても、不思議ではなかった。
 それでも在位中にその責務を放棄するほど、カリウスは無責任でも凡王でもなく、ソリッド開発部門から早急に送られてきたという新型最新鋭機《ギザー改式》のデータを閲覧する。

 最新鋭機《ギザー改式》
 現在、ロンバルディア王国の主力機《ギザー》の流れを汲み、その機体の最大の特性でもある汎用性を、この後継機《ギザー改式》も踏襲している。機動、射撃、格闘の各フォームに瞬時変形し、ミストショットライフルに自動連動砲弾など、火力にも申し分ない。だが、それ以上にこの機体の特筆事項は、稼動システム、電動磁気モータードライブ方式であろう。
 二足歩行のこれまで従来のソリッドとは異なり、この《ギザー改式》は地表を滑空するのである。まさに画期的な技術であろう。
 この新稼動システムによって、この《ギザー改式》は単独戦闘だけでなく、奇襲・強襲にも適した、戦術を選ばない機体になったのである。

「ほぉ・・・」
 幾つかのページに至って、さすがのカリウスもこの最新鋭機のスペックに、性能武装に驚きを禁じえなかった。
「カ、カリウス・・・?」
「起こしたか」
 モニターから視線を外し、まだ昨夜までの疲労の色が伺える少女に振り返ると、少女に一杯のコーヒーを求めた。まだまだカリウス好みの味には至らないが、それでも日々向上している様子が、その室内に漂う独特の匂いからも解る。
「また・・・一段と腕を上げたようだな」
「えっ?」
 パッフィーも一女の母になったとはいえ、まだ十七歳にも満たない少女である。コーヒーの味に疎い事に変わりはないが、褒められれば嬉しくないはずがなかった。
 既に魔導師としての才能は失われ、例えその道を奪ったような男の称賛であっても・・・
 穏やかな空気には無粋な新兵器の画像を眺め、一口、二口啜りながら、カリウスは静かに、先ほどまで抱いていた思いを彼女に語った。
「王位をカルロスに譲ろう、と思う・・・」
「!?」
 それはパッフィーも無論、腹心であり、当のカルロスでさえも知る事はない話である。彼女が驚きに言葉を失っても無理はなかっただろう。
 王宮の片隅でもいい、誰に気兼ねする事もなく・・・
「もしくは、山荘にひっそり、という生活でもいいか・・・」
 今まで以上の贅沢はさせてはあげられないが、それでも一生を優雅に暮らしても困らないぐらいの個人資産はある。またロンバルディア王国の国民にとっても、政治に無関心なカリウスより、全てにおいて有能な実績を上げている弟の方が国民のためともいえよう。
「カリウス・・・」
 振り向いた彼女の頬が僅かに色気づいていた。
 カルロスとの逢瀬がなくなるのは(正確には、カルロスに心を、カリウスに身体を許しているパッフィーである)精神的に辛いが、それでも連日ようにカリウスに求められ、抱かれ続けられる日々を夢想して、パッフィーは途端に頬を朱に染め、カリウスだけを受け止めてきた股間から、淫蕩の雫が滴り落ちるのを実感した。
 既にパッフィーには、カルロスから満たされる心の充足と、カリウスから求められる身体の充足は、今の彼女の全てである。


 ・・・だが、
 その時、その新型新鋭機を映し出していたモニターが突如切り替わり、四十代相応の男の蒼白した表情が現れた。ロンバルディア王国の宰相にして、かつてパッフィーたちを唆し、カリウスに献上せしめた一因でもあるマードックである。
「どうした、マードック?」
 尋ねながらも、内心でまさかの敗戦を予期した。
 カリウスとパッフィーがこの別荘で滞在するのは、パッフィーの排卵期を想定して、妊娠を確実なものにする明日までである。故によほどの火急な連絡事項が発生しない限り、マードックが通信を送るような野暮な真似はしないだろう。
「・・・た、只今・・・迎撃軍・・・が、戻り・・・ました」
「・・・・敗けたか」
 “まさか”とは、思いはしても口にはしなかった。元々ロンバルディア王国とシンルピア帝国軍には大きな兵力差があり、カルロスの有能さ、ガンドルフの指揮能力は疑う余地もない。
 また、ここで一敗地にまみれても、ロンバルディア王国には十二分な経済力があり、カリウスの駆る《リューソーサラー》がある。損害を早急に埋め、カリウス兄弟さえ出陣すれば、どんな戦況も覆す自信が、彼らにはあった。
「・・・・いえ・・・・帝国との・・・・フリーデルでは・・・・戦勝との・・・・」
 だが・・・通信の不調子のためか、途切れ途切れに聞こえた、マードックの返信はカリウスの予期を覆した。それと同時に、カリウスは緊張した。緊張せざるを得なかった。
 戦争に勝ち、それでも尚、宰相がこの時期に通信をよこすのだから。
「・・・・・・」
 カリウスの手から、コーヒーカップが落ち、
 着衣を身に纏おうとするパッフィーも、動きが止まった。

 【時空の魔導師】と称えられたカリウス、聡明なはずのパッフィーにも一瞬、マードックが口にした一言を思考で何度も反芻しながら、その言葉を理解するに、かなりの時間を要せねばならなかった。


 カルロスの・・・・戦死、を。



 ロンバルディア王国が現在、急造している新宮殿スパイラルラビリンスの完成がいよいよ迫りつつある今日、それまでに仮王宮(カリウスの私邸)の中核である謁見の間では、「フリーデルの戦い」から帰還していたガンドルフ、ファリスといった主だった主将たちが連なり、急ぎ玉座に戻りし若き王に膝を折った。
 ガンドルフは全身傷だらけの重傷、ファリスに至っても、頭に鮮血で赤く染まった包帯が巻いてあるなど・・・無傷の者は皆無である。如何に「フリーデルの戦い」が激闘であったか、戦いに参加していない諸侯にも痛感せずにはいられなかった。
 だが、急ぎ駆けつけた若き王の視線は、重傷のガンドルフ、ファリスを通り抜け、彼らより上座にあるべきはずの者に向けられていた。
 正確には・・・その男が立つべき地表を、である。
 まるで現実から目を背けるように、琥珀の瞳が閉じられる。
「な、何が・・・あった・・・?」
 国王の言葉は僅かに震えていたが、誰もそれを不審に思う事はなかっただろう。また、戦勝報告でありながら仮王宮に占める空気は、傍目から見た者には、まるで惨敗を喫した雰囲気に思えたことだろう。

 確かにロンバルディア王国は、ある意味において勝利を収め、
 そして、またある意味においては敗北したのかもしれない。

 アースティア中央大陸の覇権をかけた両大国による戦い。シンルピア帝国侵略軍とロンバルディア王国迎撃軍とが、初めて激突した戦い「フリーデル戦役」は、開戦当初においては帝国軍の圧倒的優勢ではあった。
 帝国軍の主力最新鋭ソリッド《L3》は、絶大な火力と豊富な武装、運動性能を誇り、中長距離戦においての砲撃戦においては、無類の戦果を上げた中長距離砲戦仕様に特化した機体である。
 だが、劣勢に拍車をかけるような後退を続ける王国軍も、ただむざむざと帝国軍に屠られるためだけに後退を続けていた訳ではなかった。
 ロンバルディア王国軍の主力機である《ギザー》は、最新鋭という肩書きを帝国の《L3》に譲りはしたものの、第二世代機の先駆けの機体であり、近接戦闘・高機動戦・砲撃戦の三タイプに武装を換装させる事が可能な汎用機である。この特性を活かした一点突撃戦法から、《L3》が不得手と睨んだ近接戦闘に持ち込んだのである。
 そう、ロンバルディア王国の巧妙な戦術と、ロンバルディアの主力機《ギザー》の汎用性を前に、戦局は大きくロンバルディアへと傾いていく。
 なまじ帝国軍の《L3》の砲撃による火力が高いだけに、同士討ちを恐れ、高機動用から近接戦闘用に換装した《ギザー》の部隊が次々と突撃を繰り返し、《L3》を討ち取っていく。

 フリーデルの戦役における帝国軍は、帝国軍の増援部隊が予期していたどんな仮想より、現実はもっと深刻で、最悪とも言うべき戦況であった。
 ロンバルディア王国と開戦した戦場から、既に帝国軍は後退に後退を重ね、これまでに占領下にしてきた領土も奪い取られ、帝国本土までの撤退も余儀なくされていた、のだから・・・
 このロンバルディア軍の猛追撃に、帝国軍が尚も壊滅の憂き目を免れているのは、アデュー・ウォルサムが駆る《リューナイト》と、サルトビの《リューニンジャ》の存在が極めて大きい。もしこのアースティア最高峰の二機の奮闘がなければ、帝国軍は霧散するが如く秩序を失い、全滅していた事に疑う余地もなかった。

 その帝国軍の後退を尻目に、二万五千の《ギザー》近接突撃部隊を率いる黒い漆黒の機体があった。ロンバルディア王国迎撃軍の総大将であり、王弟カルロス・パフリシアが駆る《リューロード》だ。
 次々と帝国軍の《L3》を屠っていくその黒い機体は、帝国軍将兵にとって、まさに死神のそれそのものではなかっただろうか。相手に与える威圧感と恐怖は、《ギザー》などと比べ物にならないものであった。
 恐怖に駆られた《L3》の一機が中距離炸裂砲を連発し、ミストショットライフルを乱発し、火炎放射を浴びせる。が、そのいずれも漆黒の機体に着弾する事はなく、流れ弾の大半が味方機を爆散させ、長槍クーゼによって装甲を貫かれる運命からは抗えなかった。

「あ、あれは!!」
 長槍で《L3》を貫いた漆黒の機体に、アデューの鼓動が高まる。

 先年、アデューはロンバルディア(当時はモンゴックの街)の港倉庫(現カリウスの別荘)でカリウスが駆る《リューアークメイジ》ないし《リューソーサラー》と相対しているが、カリウスの機体は多くの味方機の後方にあり、戦い自体もそのカリウスの魔法によって終焉を遂げている。
 つまり、アデューたちにとっては、黒い機体だった、としか覚えていないのも無理はなかった。また、この戦いはロンバルディア王国とシンルピア帝国の命運を賭けた戦いであり、兵力に劣っているロンバルディアにとっては正念場である。カリウスが出陣している、と想定していたとしても当然であろう。
 そして、《リューロード》は、カルロスが譲り受けるまで、カリウスの愛機であった事もあり、《リューソーサラー》に類ずる所があって当然ともいえた。
 いくつもの偶然が折り重なって、彼は断定した。
「あ、あれは・・・あ、あれは・・・」
 無意識に同じ言葉を反芻する。

 拘束された眼前で、苦難の戦いを潜り抜けてきた戦友であり、恋人にもなりつつあったパッフィーをレイプした薄透明色の男。
 彼女を破瓜した嘲笑。
 無理矢理に膣内出しされ、木霊した彼女の絶叫・・・
 自分が抱きだした、パッフィーへの邪な邪念。
 レンヌの両親を殺害し、彼女までも破瓜した非道な男。

 「最高の処女マンコだったぜ、勇者さんよ・・・」

 パッフィーが・・・・

 レンヌが・・・・



 (はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・)
 破瓜されていく二人の少女の場面がフラッシュバックし、ライトグリーンの瞳が虚ろに見開き、荒い吐息が《リューナイト》の機体を占めた。
 二人の少女の悲鳴がアデューの胸中を引き裂いた瞬間、
「き、・・・貴様だけは・・・」
 (はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・)
「貴様だけはぁ、絶対にぃぃぃぃ!!」
 怒号したアデュー自身、自分が何を口走っているのか、口走ろうとしているのか、定かではなかった。ただそこにあるのは、怒り、恨みにも似た負の感情・・・そして、嫉妬にも似た罪悪感に渦巻く、どす黒くも度し難い塊であった。
「カリウスぅぅぅ!!!」
 ――その瞬間、青赤白の鮮やかなトリコロールから、金色の光を纏った神々しい機体へと変化を遂げた。
 一方のカルロスの方も、凄まじい勢いで向かってくる雄敵の存在に、体勢を・・・彼もリューの中でも最強のリューとされる《リューエンペラー》に姿を変えて、迎え討つ。
 (ほぉう、今度は上級転職を温存しておいたようだな・・・)
 リューの上級転職は例外なく、その機体性能を向上させる素晴らしい力ではあるが、それは激しい体力の消耗に繋がる諸刃の剣であり、それはアデューだけでなく、カルロスたち全てのリュー使いに通ずるところである。
 先年の、パッフィーを捕らえて陵辱しようとする戦いに、彼らがカリウスの魔法によって一敗地にまみれたのも、この上級転職の酷使によるものが大きい。
 最終的な勝利(パッフィー・パフリシアのバージンブレイク)は揺るぎなかったであろうが、ああも、順調に事を運べた彼らの敗因の一端がそこにあった。

 長剣テンペストと長槍クーゼが激突し、アースティア最高峰に位置付けされる機体が激突する。その余波は周囲の戦場を圧倒し、続いて衝撃波が多くの機体を揺るがした。
 カルロスとアデューが直に激突するのは、まさにこれが初めてである。兄のカリウスや、ガンドルフ、マルトーから話は聞いていたが、聞きしに勝る戦闘能力である事は、その一撃のテンペストの斬撃からでも解る。
 (・・・い、いや・・・実際に・・・)
 周囲も圧倒する一騎討ちに、カルロスは冷静に、相手の急成長を認識していた。相手は今も、その一撃一撃ごとに、成長を遂げていっている。その様子に、改めてその成長速度に舌を巻く思いであった。
 (負ける・・・とまでは言わないが・・・)
 だが、今は勝てた、としても・・・数年後、いや、半年後は?
 カルロス・パフリシアが三十六歳に対し、アデュー・ウォルサムは未だ十六歳である。カルロスは年齢的に脂が乗って、既に完成された最強の男ではあるが、アデューは年齢的にいって、これからが本格的な成長期である。初代勇者ラーサーの息子であり、大陸を席巻しつつあった覇王ギルツの甥弟子という生まれながらの才能を差し引いても、際立つ強い力と末恐ろしいまでの成長速度であろう。

「カリウスぅぅ!!」
 長槍クーゼの穂先で足許を払われた《リューパラディン》は、その体勢を崩しながらも、信じられない体勢から斬撃を繰り出す。恐るべき身体能力と執念であろうか。
「重閃爆剣(メテオ・ザッパー)」
 (だが・・・これは・・・)
 狂気な力だ。
 勇者の最終秘技とされるだけに、大山も軽く吹き飛ばすであろう、凄まじい破壊力を誇る重閃爆剣であるが、そんな大技を牽制もなしに繰り出してくる事が、彼が冷静さを欠いている証拠であろう。
「そういえば、ちょうど一年ぐらい前の事であったな」
 幸い、戦う以前から相手は冷静さを欠き、また、カルロスをカリウスと思い込んでいる。ならば、それを煽ってやる事など造作もない。
「フフフッ、パッフィー姫とて、俺に処女を捧げられて光栄に思うべきであろうなぁ」
 【処女】という言葉に、アデューの心は過敏に反応を示した。
「貴様も何故、パッフィー姫を抱いて・・・純潔を奪っておかなかったのかな? ああぁ〜そうか、その前に俺が奪ってしまったからか・・・」
「き、貴様ぁぁぁ!!」
「そのパッフィーも、今ではいい声で喘ぐようになり、身体の具合の方も更に良くなってきていたぞ」
「い、言うなぁぁぁ!」
 カルロスの思惑通り、案の定、アデューの攻撃から精彩が影を薄め、ほぼ直線の斬撃になりつつある。その一撃一撃に秘める攻撃力は、直撃すればカルロスもただではすまないだろう。が、直線なだけに予測も容易であり、予測さえできれば、事前に回避するのはカルロスでなくても不可能ではない。
「貴様もパッフィー姫を・・・我が妻となったパッフィーを犯してみたかったのだろう!?」
 カルロスは正確に、アデューの心理を看破した。
 無論、男であり、恋心を抱いた女性と結ばれていない状況では、そんな邪な心境を抱いたとしても、男である以上、その思想は異常ではない。むしろ、抱かない方が異常なのだ。
 だが、アデューにはその自覚も認識もなく・・・カルロスの正鵠を射た嘲弄は、愚直なほどまっすぐな彼の心の毒素を晒け出した。

 アデューはまさに力任せに、渾身の突撃「最終覇翔斬り(ファイナルクラッシュドーン)」を繰り出し、《リューパラディン》の機体が輝かしい光を放って飛翔する。

 アースティア最高峰の性能を誇る二機のリューが擦れ違い・・・
 その瞬間・・・勝敗は決した。

 崩れたのは技を仕掛けた《リューパラディン》であった。片膝をついた姿勢に長槍クーゼによって刻まれた機体から、ミストが放出される。
 まさに、まるで本当の鮮血のように・・・
 そして実際に、アデュー・ウォルサムは《リューパラディン》の負った四肢から鮮血を噴き出していた。
 リューは搭乗者の動き、そのものを具現する。何十倍のパワーに何十倍のスケールで・・・・そして、リューの負った負傷は、そのまま搭乗者の傷にもなるのだ。
「技の速度、角度、なによりもその瞬発力は素晴らしいの一言に尽きるが・・・残念だったな」
 尚も闘志を見せようとしつつ、機体と身体がついていってない雄敵に対し、カルロスは長槍クーゼで突き下ろす姿勢を見せる。後はこのまま、長槍を突き下ろすだけで、アデュー・ウォルサムのトドメとなろう。
 その刹那。

 パッフィー・パフリシア蹂躙懐柔計画の妨げになる可能性だけでなく、ロンバルディア王国にとって、近い将来、恐るべき敵になるであろう少年。その事に疑う余地はない。カリウスに仕える弟としては、この少年を今のうちに・・・災いとなる前に、災いの芽のうちに摘んでおくべきだろう。
 だが、その一方で、後日・・・その恐るべき成長の行く末を見届けて、見定めてみたいという、度し難い武人の・・・・今、最強無敵と目されている自分だっただけに、その思いが鬩ぎあっていた。

「・・・」
 (だが、自分は・・・兄の宿願の妨げになる障害は排除しなければならない・・・)
 頭を僅かに振って、手にする長槍に力が篭る。だが、その僅かな時間の逡巡が、アデューの生命の窮地を救った。
 カルロスの長槍は尚も立ち上がろうとしていた《リューパラディン》に突き下ろされる事はなく、上空に向けて掲げられた。今一人の雄敵が強襲してきたのだ。
 《リューニンジャマスター》のこと、サルトビだ。
「アデューぅ!!」
「ふん、そうだったな、貴様も帝国に居たんだったな」
 カルロスは長槍でサルトビの攻撃を受け止めつつ、渾身の蹴りを《リューパラディン》の頭部に叩き込む。
「ぐはっ・・・」
 無防備な体勢の頭部に受けた重い一撃は、アデューの意識を刈り取り、《リューパラディン》から《リューナイト》に、そして、その直後に機体がテンペストへと戻っていく。
 だが、カルロスの意識からは、既にアデューの事はなかった。いや、正確には気を失ったアデューなどに関わっていられるだけの余裕がなかったのだ。
「俺が居る限り、これ以上アデューには手を出させん!」
 (クッ・・・このマスターも・・・相当腕を上げているようだな)
 打ち合う事、僅か数合。
 たったそれだけで、アデューと同様、この男も相当な修練をあれから積んだのだろう。
「カリウス、貴様に一騎討ちを申し込む。ここで俺に討ち取られるか、俺が敗れてアデュー共々お前に屍を晒すか・・・・」
「フフッ、自信満々のようだが、まぁ、良かろう。気を失った男など後からでもなんとでもなる」
「勝負だぁ!!」
 冷静さを欠いていた背景を除いても、アデューに比べてサルトビは相当な策士である。これでサルトビは自身がやられるまで、カルロスは意識を失っているアデューに手出しはできない。また、既にカルロスは、上級転職システムでかなりの時間、それに伴いかなりの体力を使っているのだ。
「まぁ、ハンデとして、妥当か?」
「ほざけっ! 俺は貴様を越えている」
 目まぐるしく機体と怒号を交差させて、互いの武器を打ち合う両機。周囲を囲む互いの味方にさえも、その動きを捉えることは困難を極めたであろう。
 だが、十数度目の打ち合いで、僅かにカルロスの反応が遅れた。
 確かに疲労もある。だが、それ以上に・・・・・・
 アースティア世界でも最強の攻撃力と最高の防御力を誇る《リューエンペラー》ではあるが、スピードだけにおいては、《リューニンジャマスター》の性能に及ばない。即ち、同タイプの《リューパラディン》より、機動性に勝る《リューニンジャマスター》の方が、相性が悪いのだ。
 もっとも、あくまでサルトビの卓越した俊敏性と敏捷性があって、の事ではあるが・・・
「くっ、」
 兄のカリウスは例外として、カルロスがたった一機にこれほどまで翻弄されたのは、初めての体験であったかもしれない。
 この場面をカリウスが見れば、さぞ驚きの声を・・・思考を送ってくるだろう事が想像につく。
 飽きる事なく切り結びながら、機体が離れた隙に《ニンジャマスター》が武装の一つ、飛びクナイを投げ、瞬く間に巨大手裏剣を投じる。
「ふん、小細工を!」
 カルロスはクナイを叩き落とし、造作もなく手裏剣を回避する――そこに忍者刀が抱えた《リューニンジャマスター》が飛翔してきていた。
「秘術! 轟乱舞斬(パイルエクゼクター)!!!」
「ちぃ!」
 《リューエンペラー》が辛うじて身を捩るも、片腕の手甲を削り取られ、ミストが放出(即ち、搭乗者カルロスも負傷)する。
「ちっ、仕留めそこなったか・・・」
 周囲はまだ帝国軍惨敗寸前の戦場である。すぐに部隊を掌握して、全滅する前に撤退の指揮を採らなければならないだろうが、サルトビは決して目前の決闘に焦るつもりはなかった。
「だが、お前の動きは見切ったぜぇ! 次は確実にぶっ殺して・・・」
「ふふふっ・・・・」
 突然、押され気味の皇帝の名を冠するリューが削られた左腕を眺めながら微笑を零した。
「俺が傷を貰うとは・・・一体、何年ぶりの事かな?」
 常に常備している針術に用いる針を手にしながら、琥珀の瞳に僅かな迷いがある。この技を・・・ニードルスプリングスを用いるのは久しぶりである。が、使用後は肉体の酷使の反動で、常に倦怠感に迷わされる諸刃の剣ともいえた。
 それだけに気乗りはしなかったが・・・
 だが・・・そうも言ってはいられない相手のようだ。
「大人気ないと思われても仕方もないだろうが・・・本気で行かせてもらおうか!」
 カルロスは指先で旋回させていた針を全身二十四箇所に突き刺す。無論リューもカルロスの動きを正確にトレースし、点のような傷跡から僅かにミストが流出していく。
「本気だと! へん、負け惜しみを・・・」
「予め言っておくが・・・加減はできんぞ!」
 サルトビが再び攻勢に転じた。先ほどは三段攻撃だったが、今度は更に多い多段攻撃を仕掛けた。案の定、カルロスはサルトビの牽制を軽やかに避けていく。
「貴様の動きは既に見切・・・」
 その瞬間だった。
 サルトビの視界からも、漆黒の巨体が姿を晦ましたのは・・・
「そうか、そうだったな」
 突如、《リューニンジャマスター》の背後に、《リューエンペラー》の姿が現れ、無造作に忍者刀の刀身を掴む。
「なっ・・・」
 サルトビの動体視力でも捕らえられなかったカルロスの動きは、まさに機体が瞬間移動したようにしか見えなくても不思議はない。ましてや、周囲のソリッド部隊には尚更の事であろう。
「刀から放せぇ、このバカ野郎がぁ!」
 手にする忍者刀を押そうが、引こうが・・・硬質なものに突き立ったようにビクともせず、カルロスが僅かに手首を捻るだけで、《リューニンジャマスター》の機体ごと横転させ・・・
「なっ!」
 体勢を崩して倒れこむ機体に目掛けて、漆黒の拳が迫る。
「!!!!」
 首を捻って辛うじて直撃を避けたが・・・・
「なっ!・・・なんだと!!」
 《リューエンペラー》の拳は軽々と大地を砕き、鋭利に地表を割った。
 即座に体勢を整えて立ち上がるものの、その砕き割った地表に、その破壊力に唖然とせずには居られなかった。
 (あんなものを喰らったら・・・い、いや、それ以前に何故、奴が急激に・・・)


 ・・・サルトビには、突如《リューエンペラー》のこと、カルロスの実力が飛躍的に向上したように思えたことであろう。確かに戦い当初に比べて、カルロスのパワー及びスピードは段違いである。だが、決してカルロスの戦闘能力が大幅に増大した訳ではないのだ。むしろ、上級転職からの疲労がピークを過ぎ、簡単な数値にすれば弱体化しているのである。
 では、何故、突如にして《リューエンペラー》の戦闘能力が向上したのか・・・・答えは簡単である。カルロスの卓越した実力をそのままに、ただ引き出せる力のリミットが外れただけなのである。
 古来、人という生き物は、50%から、せいぜい60%までぐらいまでにしか、その力を引き出すことができない体質がある。自己の肉体を損なわないように、無意識にセーブしてしまうのだ。無論、修練や鍛錬などによってその限界値は定かではないが、それでも70%程度が限度であろう。
 カルロスの最終闘技とされる“ニードルスプリングス”とは、各神経のツボを刺激・麻痺させ、その潜在限界値をリミッター一杯にするという、自らの肉体を損なう事も厭わない、諸刃の技なのだ。


 形勢は完全に逆転していた。
 元々パワーでも技量でも劣るサルトビが、唯一に勝っていたのがスピードなのだ。機動力と敏捷性ではあるが、潜在限界値を解放したカルロスの前ではなす術もなく、嵐のような攻撃に晒され・・・彼には何処から、どのような攻撃を受けているのか、理解すら出来なかった。
 (こ、これほどまでに・・・・実力差が・・・・あるのかよぉ)
 今、滴り落ちたものが、悔しさ余りの涙なのか、頬から滑り落ちた汗なのか、吐血したものなのか、サルトビ自身にも定かではなかった。
 嵐のような強烈な殴打によって、アバラの骨は何本かもっていかれ、不意にガードした腕の感覚も怪しい。もはやサルトビには、これ以上の戦闘はおろか、まともに動く事さえも不可能だった。
「サルトビ!!」
 そこに仲間の窮地を察して飛んできた《リューハイプリースト》の姿がカルロスの視界に入る。
「つッ、あれはハイプリースト」
 (・・・イズミか)
 アデューの《パラディン》、サルトビの《ニンジャマスター》、アースティア最高峰に位置するこの二機に比べ、イズミの《リューハイプリースト》は、全ての性能において、この二機に劣る事は否めないだろう。
 だが、それでも今のカルロスの状態では・・・戦闘の継続が不可能なのは、なにもアデューやサルトビだけでなく、このカルロスも同様の事であった。
 もはや立っている事もままならない《リューニンジャマスター》をイズミの方に放り、意識を喪失しているアデューを一瞥し、立て続けの連戦で酷使し続けた長槍クーゼを収める。
「パラディンにも伝えておけ!」
 イズミとしても、この場でカルロスを倒せる事が可能だとしても、それは望まないであろう。帝国軍の掌握もあるだろうし、何よりもアデューとサルトビの治療は一刻を争う、危険な状態である。
「パッフィー姫はそう簡単には返さん」
 少なくとも後、数年・・・パッフィー姫がカリウスとの子を、あと数人は産んで貰わなくてはならない。また、兄の彼女に対する執着心は相当なもので、例え彼女が定員数を越えた出産を終えても、容易に手放すとは思えない。
 兄にとって最愛であったマーリアの生き写しような、彼女を・・・・
「もしそれでも奪い返したければ、奴もお前も、もっと精進するのだな・・・」
 ―― その瞬間だった! ――



 《リューエンペラー》の腹部を、一本の光状が貫いたのは!!!



 いくらカロルスが疲弊していても、また帝国製ソリッド《L3》の火力がソリッドとは思えない火力を擁していても、現在のアースティア世界、最高の防御力を誇るはずの、《リューエンペラー》の装甲を突き破る事はありえないはずだった。
 だが・・・
「ぐはっ!!」
 (しまった・・・帝国にはまだ、奴が居た・・・)
 《リューエンペラー》の強固な装甲を貫いた威力、およそかなりの長距離からにも関わらず、この精巧な射撃。そして何より、この鋭く研ぎ澄まされた殺気・・・この三点からだけでもカルロスには、引き金を引いた男を割り当てる事ができた。いや、それらを可能とする人物は、広大なアースティアの世界においても、その人物だけに限られていた。

 ―― かなり離れた山岳部から ――

 帝国製の《L3》にも似た機体・・・サトー・マクスウェルが搭乗する《リュースナイパーカスタム》が、超長距離狙撃用ロングレンジパルスライフルを構えていた。(正確には《L3》の方が、《リュースナイパーカスタム》に似ているだが・・・)
「フッ、一騎討ち!?」
 その言葉に嘲るような、侮蔑の響きがある。
 持ち掛けたのはサルトビの方からであったのだが、この男には・・・このサトー・マクスウェルの関知する所ではなかった。
「戦場で甘い事抜かしているんじゃなねぇよ」
 ライフルを一度リロードして、素早く照準。そして間髪入れず、即座に第二射を放つ。超長距離狙撃用ロングレンジパルスライフルの火力と貫通性、狙撃距離は素晴らしいものがあるが、一度狙撃した後、リロードして弾を充填しなければならない。
 (次は何処撃ち抜いて欲しい! 足かぁっ! 腕かぁっ!)
 片脚の動脈部を撃ち抜いてやった機体に、もはや自分の射線から逃れられる回避運動は不可能だろう。
「はん、戦争に卑怯も糞もねぇ。要は、勝ちゃいいんだよ!!」
 (クククッ・・・この一瞬一瞬が、たまらないぜぇぇぇ)
 雨が落ちてくる前に、落雷が付近に落ちたが、サトーの狙撃は僅かなズレもなく、照準にある漆黒の的(機体)を撃ち抜く。
「殺気を感じられるだろう?ええ? ほら、避けてみやがれ!!」
 確かにカルロスという男は殺気を察知して、弾道を避けるのは不可能ではなかっただろう・・・実際に彼自身が、この特殊能力のせいで、暗殺に失敗している。
 だが、ここは数多の殺気が渦巻いている、戦場である。木の葉を隠すなら森の中、という諺があるように、数多の殺気が渦巻く中で、一つの殺気を断定することなど、無理な注文であろう。ましてや彼は、退けたとはいえ、アースティアでも最高峰の戦士たちと連戦した直後である。
「さぁ・・・さようならだ。カルロス・パフリシア・・・」
「き、貴様!!」
 突如、女性らしき怒声がサトーの研ぎ澄まされた聴覚に入る。
 こちらに向かって遥か上空から一機の機体が射線上に急接近してくるが、距離にして到底、狙撃に間に合うはずがない・・・

 彼女の到達より早く、サトーのライフルが火を吹いた。



「そ、そんな・・・」
 一方、大軍を指揮しつつ、勇者一行とカルロスとの一騎打ちを見守っていたガンドルフは、思わぬ結末に暫く唖然とせずにはいられなかった。
「か、カルロス様・・・」
 元々数で劣るロンバルディア王国であり、一気に戦況を覆したのは、カルロス率いる近接《ギザー》隊の進撃あっての事である。その近接《ギザー》隊が混乱状態に陥ると、瞬く間に戦況は盛り返されていく。
 帝国本土からの増援もあっただろう。また、帝国の《L3》は突撃機動近接戦法の前に一敗地にまみれたとはいえ、砲戦だけに限れば、ロンバルディアの主力機である《ギザー》にも勝るのだ。
 現に開戦当時、砲戦では圧倒的に有利であったように・・・
「い、いかん・・・このままでは、我が方が全滅する・・・」
 歴戦の猛将は総大将の安否と回収に駆けつけたかったが、総指揮官としての職務がそれを許さなかった。
「全軍後退の準備を・・・ファリス隊にも伝達。殿は俺が受け持つ故、速やかに撤退せよ・・・と」
 ロンバルディア王国軍にとって今回のフリーデルの戦いは、あくまでシンルピア帝国侵攻軍の撃退であり、現在、帝国領は目前に迫っている。帝国領にまで侵攻する行軍予定はなかったし、また追撃続きで兵士たちの疲労も、機体への補給も深刻的な問題ではある。
 迎撃軍としての責務は十二分に果たしたであろう。
「撤退だ、撤退だ。深追いして、被害増すのは、愚の骨頂であろう。我々は迎撃軍としての責務を果たしたのだ。祖国では皆の家族がお前を待っているぞ!!」
 部下を叱咤激励しつつ、《リューソルジャー》は大盾と戦斧を片手に、敵陣への特攻を試みた。数多のミストショット、実弾が大盾を叩いたが、突撃速度は少しも緩む事はなく、味方の撤退時間を稼ぐために、戦斧を振るった。
「総指揮官まで失ってたまるかぁっ!!」
「え、援護射撃を怠るな」
 ガンドルフ直属の部隊の中には、総司令官の命令を無視してでも、その場に踏み止まり懸命の援護射撃も、増援を得て一度盛り返してきた帝国軍の砲火の前に、次々と機体を爆散していく運命から逃れられなかった。
 (カルロス様・・・・カルロス様・・・・今、参りますぞ!)
 帝国軍に突撃し、懸命に戦斧を振るうガンドルフは、尚も遥か前方で撃たれている漆黒の機体を見やった。まだ《リューエンペラー》が確認できる以上、カルロスは間違いなく生存しているのだ。

 カルロスとガンドルフの出会いは、同じ闇組織・・・マフィアとしては極普通の出会いを果たした。そう、互いに敵勢力の構成員として・・・
 その意味では、彼は帝国の禄を食んだサトー・マクスウェルと同じ、共通の経緯を持っているといえるだろう。だが、それ以降に彼ら選択した立場は、全く正反対のものだった。

 (い、今・・・・今、参りますぞ・・・)
 《リューソルジャー》には《リューエンペラー》ほどの防御力はなく、ソリッドとはいえ、《L3》の火力が直撃すれば、《リューソルジャー》もガンドルフもただでは済まない。満身創痍の肉体に鞭打って、それでも直撃は良く防ぎ、《L3》の壁を退け、次第にカルロスとの距離を縮めていく・・・・

 (い、今・・・)
 だが、無情にも・・・
 長い、長い、一瞬の刹那であった。
 ガンドルフが到達する遥か前に、《リューエンペラー》の左胸・・・人体で言えば、心臓部を撃ち抜かれたのは・・・

「あ・・・・あっ・・・・」
 受け入れ難い視界に立ち往生する《リューソルジャー》に、《L3》の集中砲火が襲う。
 ・・・その瞬間、
「うぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!」
 突如、《リューソルジャー》が雄叫びを上げ、輝かしいばかりの光だけに包まれた。
 大盾はそのままに、戦斧はグレートアックスに、そして機体は白銀の大鎧を身に纏う、重厚なリューの姿であった。
 その名も《リュージェネラル》・・・リューの将軍である。その防御力だけを取れば、アースティア界でも最高の強度を誇り、あの《リューエンペラー》の防御力をも凌駕する、アースティア最高峰の一機である。
 この歳になって上級転職を果たすリュー使いは珍しくはないが、この最高峰の機体を持ってしても、カルロスが倒れた地まで届くのは不可能であった。そもそも、《リュージェネラル》に上級転職する以前に、ガンドルフは満身創痍の肉体であり、ファリスの《リューファントム》自らが血路を開いてくれてなければ、ガンドルフも還らぬ人となっていた事だろう。



 かくして・・・・フリーデルの野には、シンルピア帝国軍とロンバルディア王国軍、両軍の機体の残骸と、数多の屍が残り・・・両軍夥しいばかりの被害を出して終結を見る。
 シンルピア帝国軍を帝国領まで押し返し、敵の増援に合わせて急遽撤退した。そのロンバルディア王国軍に対し、シンルピア帝国軍もそれ以上、追撃するだけの余力はなく、軍を引いては負傷者の収容、部隊の編成に当分は尽力を上げなければならないだろう。





 既に戦場の上空は暗雲だけに覆われ、まだ雨こそ降ってはなかったが、時折激しい稲光が無数の屍を照らしていた。
 そのフリーデルの戦場から少し離れた山岳部では、二人の男女が決闘を繰り広げていた。いや、正確には戦いの帰趨は既に決着し、後は男の愉しみだけが繰り広げられようとしていた。
「ほぉっ〜〜これは、また・・・」
 (魔族にしては旨そうな身体をしていやがるぜ・・・)
 激しく損壊したドューム・・・《ダークローズ》から、美しい搭乗者の姿が現れたとき、男は頬に傷がある口元を僅かに歪めた。
 確かに《ダークローズ》はかつて、《リューナイト》とも互角の戦いを繰り広げた機体ではあるが・・・上級転職を果たしているリューと遣り合うには、さすがに分が悪すぎた。
 ましてや、剣に・・・銃である。
 サトー・マクスウェルもまた《リュースナイパーカスタム》から降り立ち、負傷して立つ事もままならない女魔族に向かって歩み寄る。
 男は手持ちの弾から選んで装填し、剣を杖にして辛うじて踏み止まっているマルトーに向かって、ゆっくりと構えた。
「殺すなら、殺せ・・・」
「慌てるなよ、お前もすぐに逝かせてやるさ・・・」
 剣を杖にして辛うじて立っているマルトーには、避けられる術も距離もない。彼女はまるで死を観念したかのように、表情に死の恐怖を微塵も見せず静かに佇んだ。
 唯一の心残りは、ロンバルディア本国に置いてきたアーレス、ウェンディ、セリナのまだ乳飲み子にも過ぎない子供たちの事だ。だが、カリウスにとって子供たちは、甥姪の関係にあり、また純粋な魔族である自分とは違って、人間たちに迫害されるような心配はない。
 (カルロス・・・私もすぐに・・・)
 だが、マルトーに着弾するよりも早く弾丸は粉状のように拡散し、彼女には発砲による外傷は、傷一つ受ける事はなかった。
「き、貴様・・・なぶる・・・つも・・・り・・・」
 激昂するマルトーが突然、自身の異変に愕然とした。片膝から崩れ落ちるように伏せ込み、口調の呂律も定かではない。
「な・・・何ら・・・ち、ちきゃらがゃ・・・」
「俺の弾にも色んなものがあってな・・・」
 今回、サトーが用いたのは俗に言う弛緩弾の改良である。有効距離と殺傷力こそ皆無に等しいが、即効性麻痺を誘う効果があり、相手の自由を奪うのに最も適した弾丸ではあろう。
「俺が愉しむ前に、自決されても、まぁ、興醒めだからな・・・」
 これから今暫しお世話になるマルトーの見事な身体を一瞥しては、露骨に卑下な笑みを浮かべた。
「こ・・・こぉにょ・・・ひ、れちゅ・・・な!」
 彼女が懸命に抗議するも呂律の回らない口調では、サトーにとっては滑稽でしかなかっただろう。
「だから言っただろうぉ? すぐに逝かせてやるぜ、とな。こっちのマグナムで、だがな」
 はち切れんばかりの股間を握り締めて、頬の傷を歪めて、下品な笑みを漏らした。暗殺を担う狙撃者たる彼の悪癖と言ってもいいだろう。狙撃するまでの忍耐から解放された直後、サトーは異常なまでに興奮し、誰それ構わずに女を抱きたくなるのである。まして念願でもあったカルロスを暗殺した直後であっただけに・・・・・・

「や、にゃめろ!! み、見るなぁぁぁ!」
 四肢の感覚を麻痺させられたマルトーの抵抗など、歯牙にもかけず、サトーは女魔族の衣服を容易に剥ぎ取り・・・・・・魔族などにしておくには勿体無いほどの身体を一瞥し、既に我慢の限界を越えている怒張を曝け出す。
 およそ人のものとは思えないほどの、強大な逸物である。他を圧倒する大きさという意味では、カリウスのものと遜色しないであろう。
 もっともこちらは、様々な薬物や如何わしい性具などで、強化されていたものではあるが・・・
「フフフッ・・・今から、たっぷりと咥えさせてやるぜぇ!」
 愛撫する余裕など、サトーにはなかった。
 無論、サトーは知る由もなかった。が、これまでにこの女魔族が唯一に受け入れた男は、先ほど暗殺したカルロスだけであり、この事実を知っていれば、さぞこの男は愉悦に興奮したであろう。
 もっとも、そうでなくても、犯されるマルトーになっては、何の慰めにもならなかっただろうが・・・・
「や、やめぇろょ!!!!」
「そらぁっ!」
 その瞬間・・・マルトーは愛した男を殺した、男のペニスを受け入れてしまった。いや、受け入れさせられてしまったのだ。
「や、やめろょぉ、にゃめろ、やゃめぇぇぇぇ・・・」
「クククッ、いいもん持っているじゃないかぇ? ええっ? いい締め付け具合だぜぇ〜」
 サトーは激しく己の分身を出し入れ、手にしている銃口を魔族の乳首をかすめる。
「ククク、硬くしこらせやがって・・・そんなに俺のマラは気持ちいいかぁ?」
 犯されながらも彼女は懸命に頭を振り続けたが、如何に魔族とはいえ、生態上は女である以上、男を受け入れれば愛液を分泌する。
「いい締め付けだぁ、もう果てちまいそうだぜ・・・無論、膣内でな」
 (膣内!?)
 マルトーは蒼白した。
 これもサトーの知る所ではなかったが、魔族とは、身体が性感を感じてしまえば、排卵が始まってしまう生体なのだ。今や、陵辱されているはずのマルトーの体内では、愛した男を殺した男の、その遺伝子との結合を待ち焦がれている状態であった。
 ――四肢を麻痺させられたマルトーには、どのようにしても、サトーの膣内射精から免れる・・・即ち、この憎き仇との子を宿す運命から抗う術はなく・・・・


 再び静粛に包まれた周囲の中で、サトーは愛用の煙草に火をつけ、大量に放出したスペルマが逆流してくる、マルトーの女体に視線を向ける。
「ちっ、俺としたことが・・・」
 一度、性を放出した事で、普段の思考力を取り戻していたサトーは、いくらいつもの病的な禁断症状とはいえ、女魔族を抱いた事に自己嫌悪せずにはいられなかった。
 そのマルトーは、弛緩弾の効果もあるのだろうが、膣内射精された瞬間を境に、まるで死んだようにぐったりとしているままだ。
「まぁ・・・確かに、魔族にしておくには、勿体無いぐらい・・・愉しませてもらったし、な・・・」
 頬の傷を歪ませながら、銃創に弾丸を装填する。

 激しい落雷が天空と大地を揺るがし、突如にして激しい轟音のような豪雨が大地を叩きつけた。
 足許には膣口から銃弾を受けた、女魔族の亡骸が転がり、先ほどまで懸命に愉しませてくれた口から、夥しい鮮血が溢れては雨と滲んでいく。
「くくくっ・・・」
 (雷雨か・・・因果なものだな・・・)
「はっ、ははははははぁ!!!」
 サトーは荒れ狂うような暗雲を見上げて、不敵なまでの笑みを浮かべた。
 発砲した瞬間、激しい稲光が迸り、サトーには忘れ難いあの光景、あの瞬間を彷彿させずにはいられなかった。




 彼にとって雷雨は、まさに吉兆であるようにして思えなかったのも無理はなかっただろう。かつて彼は、このような雷雨の中、アースティア史上でも稀に見る極上の名器・・・それも貴重な処女を思う存分に犯したのである。



 そう、あのレンヌ・カスタネイド皇女の処女を・・・


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