第六章【 崩壊の波動 】 ― 再会 帝国編 ―

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 一日して消滅してしまった帝国が誇る要塞、ローゼンカバリー要塞。その要塞を囲む天然の城壁から流れる遥か下流に、一機の《リュー》が流れ着いた。
「化け物が・・・・くそったれ!!!」
 全ての部下を失った男が倒れながら悪態をついた。その《リュースナイパー》は久しい陸地にも関わらず、暫く動く事さえもままならなかった。
「お、俺は・・・・死なんぞ・・・・」
 カリウスが放ったホノン系最強魔法ホノメガンによって、副官であったコリントを含め、彼はかつての部下の大半を失ってしまった。僅かに残るのは、帝都ムーンパレスに残留させた数名だけである。
 (あのカルロスの兄は、ただの飾り物ではなかったのか?)
 サトーのロンバルディア国王、パフリシア・カリウス一世の評価は確かに過小評価ではあったが、その王弟であったカルロスが余りの傑物であったが為に、そのサトーだけではなく、殆どの人間がカリウスという男を見誤っていた。
 もし《リュースナイパー》がソリッドにはない、魔法抵抗値を有していなければ、そして、近場に河川がなければ、サトーの運命もかつての部下たちと同様のものであっただろう。
「ようやく・・・・俺にも運が巡ってきたんだ。そう、簡単にくたばってたまるかぁっ!」
 ここでもしもサトーが戦死していた、としたら、彼に従属を強いられた者は歓喜し、諸手を上げて喜んだ事であろう。また、この後に起こるアースティアの歴史にも、大きな変更を余儀なくされた事だろう。
「俺は死なん・・・・死なんぞぉ――っ!!」

 後に、このアースティアを暗黒の恐怖政治へと貶めていく男、サトー・マクスウェルは、この時三八歳の青年であり、アースティア中央大陸の半分を版図に治めるシンルピア帝国、その上級将校に名を連ねたばかりであった。
 彼は、自身が運命に愛された男だと、自負する。それは確かに、困難と挫折を味わいつつ、その都度、再起しては暗躍していく過程は、あながち間違いとは言えなかったかもしれない。

 ・・・・彼こそ、後の・・・・第二のカリウスなのだから・・・・


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 大いなる剣のアースブレイドが突き立つ大地、この広大なアースティアの世界において、ほぼ同時期、因果な運命に翻弄されし二人の少女に、予期せぬ再会が待っていた。
 二人の少女は、ある意味において似たような境遇に生を受け、またある意味において、全く異なる過去を歩んできていた。
 少女の名を、パッフィー・パフリシアと、レンヌ・カスタネイド。

 パッフィー・パフリシアは、パフリシア王国の王女として生を受けながらも、【封印の魔女】としての運命も義務付けられ、乳飲み子の時に魔族の侵攻もあって、イズミに護られながら、流浪の旅を虐げられてきた。
 それから十四年。旅の最中で出会う少年、アデューとサルトビと共に、後にこのアースティア界を救う戦いへと発展させていく事になる。
 一方のレンヌ・カスタネイドは、アースティア中央大陸の半分以上を版図に治める大国、シンルピア帝国の皇女として生を受けた。生来から病気がちな体質もあって、帝都ムーンパレスから出る事さえもままならなかったが、それでも何不自由する事なく優雅な生活を送ってきた。

 全く異なるはずの、対照的な過去を歩んできた二人の王族であったが、お互いに共通の運命とも言うべき宿命が、彼女たちを待っていた。
 どちらの少女も、レイプにされる事によって破瓜され、レイプされる事によって、アースティア最高峰の名器と、絶賛されたのである。

 そしてまた、二人の少女が選んだ運命の選択はまた異なっていく。
 レイプされた男に迫られた、已む無き事情もあって、レイプした男のもとに嫁ぎ、愛する事を努めようとした少女と、レイプされた事を忘れようと努め、そのトラウマを克服する事で他の男に嫁ごうとする少女に。
 パッフィーとレンヌの選択は、どちらが正しかったのか、は現時点では解りようがない。いや、そもそも正しい答えなどなかったであろう。

 帝都ムースパレスと、王都ロンバルディア・・・・中央大陸を二分する大国の首都において、二人の少女に待っていた予期せぬ再会は、この後のアースティアにどう影響していくのか、現時点において予想できる者は、未だ存在しなかった。



 アースティア中央大陸において、最大の版図を誇るシンルピア帝国。
 皇帝トュエル・カスタネイド・ジェームズ一世が崩御し、それと前後して、現在、帝国と交戦国であるロンバルディア王国から宣戦布告が発せられ、王都ロンバルディアを進発していた。
 皇帝崩御に際して、「フリーデル戦役」の人事が促進され、皇帝直属の師団(通称・近衛師団)を任せられる事が内定していた、サトー・マクスウェルが、残された唯一の皇族レンヌ・カスタネイドとの面会に迫られたのである。
「こんなに早く、この日が来るとはな・・・・」
 シンルピア帝国に仕えようと決めた時から、この日が来るであろう事は容易に予期する事ができていた。

 彼がレンヌ皇女と初めて会ったのは、今から二年前の初夏、この帝都ムーンパレスからさほど離れていない、皇帝直轄領にある山荘である。
 当時、彼女は十五歳の誕生日を迎え、両親に好きな山荘での滞在を強請ったのである。魔王ウォームガルデスとの戦いに終止符が打たれ、魔族の脅威がなくなった今となっては、両親もそれほど強く反対はせず、娘の希望を聞き入れたのだ。
 そうして、シンルピア帝国の皇女としてはまことささやかに、レンヌの誕生日が祝われる・・・・はずであった。
 だが、それもサトーたちの介入によって、ささやかな誕生会は壮絶な血生臭いものへと成り果てていく。彼女は絶命寸前の両親の前で、サトーに破瓜され、レイプされる運命を余儀なくされた。
 十五歳の誕生日に、初めての男にされてしまった男から贈られる、大量のスペルマは、彼女の幼いばかりの子宮を満たさせた。それからその一晩中、レンヌは幾人もの男に犯され続け、ヴァギナ、アナル、口と、男はレンヌの穴という穴に群がり続けたのである。

「さてと・・・・愛しの皇女様は、俺たちの事を憶えているかも知れんな」
 そんな投げ遣りな言葉に、背後に控かえる副官がビクッと震える。
「サトー隊長、やはり、皇女との面会は危険なんじゃないですかぁっ」
「クククッ・・・・さぁて、どっちかな?」
 皇女にとって自分は特別な存在である、という自負が彼にはある。レンヌ皇女はたった一つしかない純潔を、このサトーに捧げたのであるから・・・・それはアデュー・ウォルサムと婚約した今でも、彼女には、身体に刻み込まれた、忘れ難い苦い記憶であろう。
 サトーの背後にあるのは、同じ元アレックス時代の部下であり、またレンヌを輪姦した男の一人であるのだが、彼は隊長ほどに楽観視する事はできなかったようだった。
「バレたら・・・・我々は処刑されるんじゃ・・・・」
「だが、巧く立ち回れば、今後の出世が思いのままだぞ!」
 (また皇女の身体で愉しませて貰える、かも知れんしな)
 破瓜した時の皇女の表情を思い出し、愉悦な笑みが零れる。
 確かにこの再会は、危険と破滅の隣り合わせであろう。だが、サトーは微塵も恐れてはいなかった。皇女が自分たちに気付かなければ、それはそれでいい。よしんば気付いたとしても、サトーには一向に構わなかった。いや、むしろ思い出してくれた方が、今後の彼にとって、都合が良かったのではないだろうか・・・・

 無人の一室で二人は頭を垂れ、皇女の来訪は、それから間もなくの事であった。
「お待たせさせてしまったようですわね」
 レンヌはいよいよ出産を間近に控え、その足取りは軽快とは言い難い。だが、その彼女の表情はまさに幸せの女、そのものであった。
 その彼女の供に侍女が二人、衛兵が四人。それを確認して、サトーは一段と頭を垂れた。
「あなたが、サトー・マクスウェル師団長ですか?」
「はっ、この度、近衛師団長を拝命しました、サトー・マクスウェルであります。何卒、お引き回しのほどを切に願います」
 先ほどまでの不遜な言葉使いと違って、さすがに慇懃に応対する。
「後ろに控えますは、私が信頼する副官コリントでありまして、何かご用命があります時は、頼りにして戴けると幸いであります!」
「何卒、よろしくお願いします!」
 コリントは自分が隊長に信頼されていたのか、と思いつつも、一段と頭を垂れた。
 帝国の人事法には、上官と部下が望めば、ある程度の裁量が師団長クラスには許される。帝国第一師団を預かるアデューのもとに、サルトビ、イズミの面々が所属しているのが、その一つの例であろう。サトーはその特権を用いて、帝国に仕えているかつての部下から、コリントを副官に選出したのである。
「そんなに片意地はった言葉遣いじゃなくても構いませんよ、サトー師団長。さぁ、面を上げてくださいな」
「はっ!」
 両者はほぼ同時に、かつて輪姦した少女と相対した。
 サトー・マクスウェルは今年で三八歳になる青年で、ロンバルディア王国のカリウス、カルロスと同世代である。武人肌の引き締まった体格に、何処か飄々とした人格から、彼が一流の狙撃手であるとは想像に難しい。だが、先の「フリーデル戦役」においては、彼の銃口によって、アデューの《リューナイト》や、サルトビの《リューニンジャ》でさえ歯が立たなかった敵将カルロス・パフリシアを葬り、そしてまた、魔族であるマルトーの《ダークローズ》をも屠った凄腕である。
 それだけに標的の僅かな変化や、雰囲気を嗅ぎ取る能力に長けている。その凄腕の狙撃手と視線が重なりあった際、レンヌの瞳が僅かに慟哭したのを、サトーは見逃さなかった。
 (フフッ、さぁ、皇女さまはどう出る?)
 もし皇女が気付けば、サトーの読みでは、後日に呼び寄せる働きを見せるか、人払いを命じるか、の二通りであろうと睨んでいる。あの一夜の一件を帝国が黙秘した段階で、当の彼女が、迂闊に人前で切り出せるはずがないのだから。
「ああ、この傷跡ですな・・・・」
 彼は頬に深く刻まれた大きな傷跡をなぞった。
 本来なら、この程度の傷なら、治癒魔術「癒しの奇跡」などで容易に消せる傷跡であったはずだが、彼は初陣の際に負ったその傷を、敢えてそのまま残した。
 後日への戒めとして、である。
 それからの彼は、その傷跡を振り返る事で、狙撃手としての才能を開花させていったのである。それからの彼が仕留め損なったのは、この傷を負わせた人物、当時のカルロス・ハーミットだけであった。
 奇しくも、彼女がサトーと間違え、帝国が誤認して晒し首に処した、あの男であった。
「名誉の負傷、というほどのものではありませんが、一生残しておく事になるでしょうな」
 それは二年前、レンヌが破瓜される瞬間、彼女の視界には稲光によって深く刻まれた男の傷跡であった。

 サトーとコリント、そして、皇女は他愛もない会話を繰り返し、侍女や衛兵までもが笑いを絶やさなかった。が、その間、皇女の表情は事ある毎にサトーを凝視し、蒼ざめたままであった。
「私はこの後、師団長と直接、今後の打ち合わせをしたいと思います。お前たちは控えていなさい」
 レンヌは内心の狼狽を微塵も見せず、一同を見渡した。
 (来たな・・・・)
 男は傷跡をなぞって、慢心を嗜めながらも・・・・己の勝利を確信していた。


 皇女と残された一室で、どちらもが暫しの無言を貫いていた。
 (迷っているな)
 そんな皇女の心境がサトーには手に取るように把握できていた。恐らくは確信が持てないのであろう。ただ顔に傷跡がある男、というだけでは、この広大なアースティア界には五万といる。また、仮にそれが正しかったとして、それでは帝国軍が晒したあの首は、全く関係がないものになってしまう、政治上の恐れもある。
 そして逆に、皇女の憶測がはずれた場合、彼女は自身の抱えている忌まわしいあの記憶を、自ら暴露してしまう事になり得ないである。
 (フン、このままで埒が開かないな・・・・仕方がない、こちらから誘導してやろう)
 サトーは意を決し、たとえ話から真相を語り出した。

「ある王国に、三人の王子がおりました・・・・」
「えっ?」
 唐突なたとえ話に戸惑いを禁じえなかった彼女を他所に、サトーは発言を続けた。

 ある王国の王家に、三人の王子がおりました・・・・
 三人の仲が特に悪かった訳ではありませんでしたが、それでも至上の椅子は・・・・玉座は一つでしかありえなかったのです。次兄はその中でも権勢への欲求が強く、将才も人望も長兄を遥かに凌いでいたのです。ですが、個人の優劣だけで、至高の冠を次兄が戴けるはずもなく・・・・太子の座は長兄の手に渡ってしまう事になるでしょう。僅かに一年、遅く生まれた・・・・が、為です。
 次兄は、そんな長兄を謀殺する決意を固めました。と、ある組織に依頼する事によって・・・・
 さて、ここで問題です。それほど権勢への欲求が強い次兄は、末弟を放置したままにしておくでしょうか!?

「やはり、貴方だったのですねぇ!」
「・・・・・」
 サトーのたとえ話を皇女は正確に理解した。
「当時、俺の組織はアレックスと言ってな、まぁ、モンゴックでロンバルディアと遣り合いながらも、なんとか辛うじて存続していた小さな組織だった。もっとも、アデュー・ウォルサムに潰されちまったが、な」
 それが敵対するロンバルディアへの警鐘になってしまったのだから、皮肉な話ではある。アレックスが壊滅した事によって、勇者来訪を知りえたロンバルディアは、万全の態勢でおいて勇者一行を捕獲したのだから。
「貴方の与太話などに興味はありません!」
 皇女は毅然と立ち上がって、踵を返す。
 彼に明日はない。即刻、召し上がりを受け、当然、軍法会議もなく処刑されるであろう。少なくても、今のレンヌはそうするつもりであった。
「クククッ・・・・んじゃぁ、こんな話はどうだい?」
「だから、貴方の与太話などに・・・」
「幼い皇女様が、生んだばかりの赤子を殺しちまった、って話も、お気に召さないかい?」
 その瞬間、レンヌの表情が愕然とした。それが彼女の背中からでも、狙撃手である彼には明白であった。明らかに狼狽している内心を他所に、彼女は懸命に、平静を取り繕った表情と口調で問い返した。
「な、なんの事かしら・・・・?」
「クククッ、白を切るつもりか・・・・まぁ、それもいいがね・・・・危険日の皇女に、二十人近くの男が、一晩に渡って膣内出ししたんだぜ?」
 途端に、サトーの口調が激変した。
「妊娠しねぇ訳、ねぇーだろうがぁぁぁ――ァ!!!」
 突然の変調に、彼女は言葉が出てこなかった。
 アースティアの世界の医療に中絶技術はなく、受胎したアースティアの女性は、幾つかの例外を除いて、新たな生命を産み落とさなければならない現実が待っている。
 パッフィーがカリウスの種を宿し、出産しているのと同様に・・・・
「如何なされましたぁ!」
 室外に待機していた侍女や衛兵たちが、室内の異変に気付いて駆け込んでくる。幸いとも言うべきが、サトーの怒声は届いてはいない。彼とて、室外で待機している人間には聴こえない程度の計算はしてあった。
 秘密のカードとは、他に黙しておくからこそ、価値はあるのだ。
「い、いえ・・・・なんでもありませんわ」
 侍女と衛兵たちが不審に思いつつも、再び室外に退去するのを確認して、彼女はサトーの方に振り返った。

「私の排卵期を・・・・あ、貴方が・・・知るわけ・・・・」
 それがあるのだと、否定しようとした彼女が気付いた。
 そもそも彼らの目的は、両親の殺害にあったのであり、レンヌへのレイプ輪姦は、その副産物に過ぎなかったのである。それは先ほど、サトー自身がたとえ話で吐露していた。
 そして、それを依頼したのが・・・・帝国内部の身内、彼女の叔父なのである。同じ皇族である叔父の立場と人脈ならば、レンヌの排卵期など容易に把握できなくもないのだ。
「実際に結構、うまくいっていた・・・・」
 アレックスが末弟夫婦殺害の依頼を受ける条件として、報酬以外に二つのものを次兄に要求した。一つは近隣諸国にも評判名高い、レンヌ皇女の排卵期期間中である事。もう一つには、この一連の所業を競合する、ロンバルディアの仕業に仕立て上げる事であった。
 次兄は侍女やお抱え医師たちに、巧みに権力で脅しては、十分な金銭を与え、レンヌ皇女の排卵期を完璧に把握する事に成功した。そして皇女の誕生日を僅かな手勢だけで、山荘に滞在する日程を掴んだのである。
 かくして、レンヌは殺害される両親の前で破瓜され、最も危険日であったその日に、サトーの・・・・その他、二十人分の精液を、幼い子宮に注ぎ込まれたのである。
 唯一の誤算は、モンゴックでアレックスが壊滅してしまったため、有力なクライアントである次兄の推挙をもって、シンルピア帝国に身を寄せた彼らではあったが、他の組織で依頼していたという長兄への謀殺は露見し、その頃には次兄も、不治の病によって他界した後であった。
 つまり、シンルピア帝国に仕えたサトーたちは、有力な後ろ盾を失ってしまい、その後の出世も自身の才覚だけに頼らざるを得なくなってしまったのである。


「出産に立ち会った医師の証言も抑えてある。必要とあれば、赤子の遺体を掘り出してきて見せようか?」
 全ての証拠は揃っているぞ、と思わせる必要があった。そう、これはハッタリである。こればかりはいくらサトーたちが躍起に調べ上げてみても、レンヌの出産に立ち会った医師が浮び上がらなかったのである。
 ただ解っている事は一つ。皇女の出産それ自体が、記録から完全に抹消されてしまっている事である。またその前後、孤児として該当する赤子は皆無であり、帝国のとった方針によって、この一件と赤子の遺体は、闇に葬り去られてしまっていた。
 だが、これまでの会話の内容と、圧倒するサトーの様子から、レンヌはそれがハッタリには聞こえなかった。
「赤子の父親こそ定かではないが、母親ははっきりしているし・・・・この話を、そうだな・・・・アデュー師団長にでも聞いて戴くとしようか」
「ア、アデュー・・・・に・・・・」
 レンヌは、自分が絶望の絶壁に追い込まれたのを自覚した。
 確かにアデューには、レンヌが何者かにレイプされ、一晩中に渡って輪姦された事実は伝えてある。それを聞いて彼も、そんな彼女を懸命に慰めてくれたものである。
 確かに、例えレイプによる男女の営みであったとしても、排卵期に膣内出しされれば、女性は妊娠もするし出産もする。また彼女が目覚めるより早く、宰相ミストラルフが赤子を内々に処理してしまった経緯もあって、彼女にはどうしようもなかったのである。
 だが、レンヌが妊娠していた事。そして、出産していた事実をアデューに隠していた、それ自体が、彼女の致命的な弱みになってしまった。

 既にサトーとレンヌの形勢は、完全に逆転していた。
 もしも今、アデューにレンヌの秘事を知られてしまえば、最悪の場合、婚約は解消され、彼女がようやくにして掴みかけた幸せは、儚い夢となって消え去る事であろう。
 輪姦された過去を克服して、ようやく手にした幸せが・・・・

「さてと、状況を完全に理解して貰えたようで・・・・」
「私に・・・・どうしろ、というの?」
 観念したように、可憐な少女は瞳を伏せた。
「そうだな。まずはこいつに誓ってもらおうか」
 サトーは先ほどまでレンヌが座っていた椅子に腰掛け、己の股間を指差した。
「皇女が純潔を捧げた記念すべきこいつに口づけし、今後は、俺の奴隷として生きていくを誓約して貰おうか」
「そ、そんな事を・・・・」
 明らかな嫌悪感を示し、かつて彼女を破瓜した剛直が曝け出される光景に瞼が深く閉じられる。彼女が男性器を間近に見るのは、これで二回目ではあるが、明らかにアデューのよりも大きく、ゴツゴツとした、いびつな形状をしていた。
「んじゃぁ、そのボテ腹を犯されたいのかぁっ?」
 出産を間近に控えていたレンヌが、今、性交すれば、サトーのようなとてつもない剛直でなくとも、お腹にあるアデューとの子は、間違いなく流れるであろう。
「ぅぅ・・・・」
 今にも泣き崩れそうな皇女を見据え、サトーは己の危険な賭けに勝利した事を確信していた。
 (もう一押しだな・・・・ここらで駄目押ししておくか!)
「俺としても、アデュー師団長と皇女の政治上の立場をぶち壊すような真似はしないさ」
 確かにアデュー・ウォルサムには、組織(アレックス)を潰されたという恨みはある。が、その彼と皇女が結ばれようが、幸せな暖かい家庭を築こうが、そんな事はサトーの意に解する事ではなかった。
 サトーにはレンヌを利用して帝位を得るとか、これ以上に出世を果たそうという野望はない。それでなくても、今後は帝国諸侯として遇され、一生の生活に困らない程度の俸禄と特権が与えられるのだ。その意味では、サトーはパフリシア・カリウス一世と似た悪癖の所有者といえよう。
 少なくとも・・・・今のところは、だが。

 彼が求めたのは、あくまで物質的なものに限られた。即ち、レンヌ・カスタネイドの身体だけである。
 彼女は恐る恐る、かつて自身をレイプした男に歩み寄り、男が曝け出している、二年前に純潔を奪ったそれに顔を近づけていく。
「今後、俺の奴隷として誓うのだな?」
「・・・・はい」
 もはやレンヌには、サトーに従属を誓約するそれ以外に、他に残された選択肢はなかった。例えその選択が、更なる泥沼の深みへと連なっていたとしても・・・・
「では、皇女自身の言葉と口で、こいつに誓ってもらおうか?」
「・・・わ、私、レンヌ・カスタネイドは・・・・」


 それが、サトー・マクスウェルがローゼンカバリー要塞攻防戦に出陣する、一昨日の出来事であった。




  ―― その 帝都ムーンパレス において ――


「まっ、まさか・・・・」
 帝国宰相ミストラルフは、帝国軍の敗報に、暫く唖然とせずにはいられなかった。だが、敗報それ自体よりも・・・・
「よもや一日も持たぬとは、な・・・・」
 中央大陸の半分を版図に治めるシンルピア帝国でも、難攻不落と名高いローゼンカバリー要塞に、十万の迎撃部隊を増援に差し向けたのだ。例え敗れる事があっても、少なくてもロンバルディア王国軍に相応の損害を与え、暫くは持ち堪えるであろう、との計算が、帝国宰相にはあったのだ。
 だが、迎撃部隊の十万もの兵は、僅かな戦果を上げる事もできずに壊走し、帝都ムーンパレスに帰還を果たせた者は、その一割にも満たない惨敗であった。
 そして難攻不落を誇ったローゼンカバリー要塞は、一瞬にして陥落――消滅してしまったのである。
 三万五千の将兵たちを巻き込んで・・・・

「流星召還(メテオ)の使い手が、未だアースティアに残っていたとはな・・・・」
 それも、よりにもよってロンバルディア王国に・・・・
 当初、流星召還(メテオ)の魔法の報告を受けた時、帝国宰相は自分の耳を、そして次に、報告の正確性を疑ったのは無理もない。
 流星召還の魔法が余りの高度な魔法だっただけに、既に失われてしまった古代魔法として、書物だけに記載されて事で、その存在が確認されているはずの魔法であったのだ。
 だが、帝都に帰還した僅かな将兵たち複数の証言から、そして、ローゼンカバリー要塞が消滅した事実と統合して、それが真実なのだという事を認めざるを得なかった。
 それは同時に、シンルピア帝国の存亡に関わる危険を孕んでいた。
 ローゼンカバリー要塞を消滅させた「流星召還」が、もしも要塞にではなく、帝都ムーンパレスに墜とされていたら? という想像をしただけで、容易に大惨事になるであろう事が、帝国宰相の心を脅かしてならないのである。
「何か対処法はないものか・・・・」
 ミストラルフは帝国書庫室に赴き、魔法関連一連の書物の紐を解いた。
 シンルピア帝国は、かつて魔法大国とも呼ばれたパフリシア王国を所領としており、そこから大量の蔵書を押収させた事もあって、帝国書庫室には大量の書籍が保管されてあるのだ。
 ここはまさに、豊富な知識の宝庫であった。
「流星召還の魔法か・・・・」
 そこから目的の魔法が記された頁に、ミストラルフは見入った。

 ――流星召還(メテオ)の魔法――
 遥か昔に失われた、古代魔法の代表的存在である。
 遥か天空にある隕石を次元の門を介して、標的にぶつける、非常に攻撃力の高い魔法。流星の流れを長時間に渡って把握し、落下地点を長時間に渡って選定する。絶大な魔力と膨大な魔法力、そして空間認識力が求められる。そのため、現在使用できる魔導師は皆無に等しく、それは今年で七八歳を迎えるミストラルフでさえ、そう信じてきていた常識であった。

「な、こっ・・・・これは!?」
 その魔導書を食い入るように閲覧していた帝国宰相は、その流星召還の著作者名を一目見て、愕然とせずにはいられなかった。
「かっ、カリウス・パフリシア・・・・だと!?」
 ロンバルディア王国、国王と同姓同名である。
 パフリシア・カリウス一世は、旧パフリシア王国の王女パッフィー・パフリシアを娶った際、パフリシア姓を名乗っており、それまではハーミットという姓であった。そのためミストラルフが、偶然の一致だと思ったのは無理もない。
 そもそも、この魔導書が記されたのは、今から八百年以上も昔のものである。
「ふん、ハーミット・・・・隠棲者か。まぎらわしい事よ」
 それでも、その姓の意味する事に不吉さを感じていた宰相に、帝国書庫の奥から、彼の疑問に対する正解が返ってきた。
「同一人物ですよ・・・・恐らく」
「だ、誰だ!」
 ミストラルフは齢七八歳とは思えないほど、俊敏に翻った。
「ケホッ、ケホッ、私ですよ。技術開発部門のポンテです」
 シンルピア帝国科学局長、技術総監の肩書きを持つDr.ポンテは、今年で四七歳を迎える、贅肉を一杯に装備したような肥満男である。性格の評判もそれほど芳しくなく、ただでさえ暑苦しい雰囲気があり、そして異常なほど汗っかきなのである。
 新型ソリッドや、帝国主力機《L3》の追加設計をしている彼が、この帝国書庫室にいる事に不思議はない。実際に彼の手には、ソリッドや追加武装関連の資料を抱えている。
「貴公か・・・・」
 帝国宰相も、この男が余り好きになれなかった。
 だが、彼はイズミと同様、パフリシア王国の末端に仕えていた経緯もあって、パッフィー・パフリシアやカリウスとも、多少の接点はあった。
「それで、貴公はこの魔導書にあるカリウス・パフリシアと、ロンバルディア王国のパフリシア・カリウス一世が、同一人物だと言うのかね?」
「・・・・恐らくは、ではありますけどね。確証はありますよ」
「確証!? なんだね、それは?」
 ポンテは滴る汗を、既に湿っているハンカチで拭いつつ、帝国書庫室に捜し求めてきた本棚に向かい、宰相の質問とは異なる発言を返した。
「私もですね、最初は別人・・・・と、思いましたよ。あの伝説とて、眉唾ものでしたしね・・・・」
「伝説? いや、先に確証とは何だね!?」
 ポンテは自身が捜し求めていた本を手に取り、性急に問い質そうとする帝国宰相に振り返った。
「カリウスが、パッフィー姫を襲った事ですよ」

 一昨年の春・・・・当時はモンゴックと呼ばれた、王都ロンバルディアにおいて、パッフィー・パフリシアがカリウスによってレイプされた。それはこのアースティアにおいて、広く知れ渡る事実である。
 だが、何故にカリウスが、パッフィーをレイプしたのか・・・・そのレイプしたそれの一部始終を公表したのか・・・・後に彼女を王妃として娶ったのか、その後の行動の一貫性が謎ではあった。
 確かにパッフィー・パフリシアは、このアースティアを救った英雄の一人であり、【聖女】として崇められてきた少女である。時の実力者であったカリウスでなくても、彼女に欲情を憶えた、としても不思議な事ではない。
 では、何故、そのレイプした場面を周囲に晒す?
 では、何故、その後に王妃として娶ったのか?

「全ては、パフリシア王家に伝わる、伝説にあったのですよ」
 無論、パフリシア王国に仕えていたポンテとて、全ての概要を知り尽くしていた訳ではない。だが、確かにカリウスという男が、パフリシア王家とパフリシア王国を守護しており、その代償として、パフリシアの血を受け継ぐ女性を見返りにしていた、という噂である。
 次世代への器、次世代への肉体を求めて・・・・
「カリウスという男は、この近親婚、近親相姦を重ねて、代々パフリシア王家を守護してきたのです」
「では、パッフィー姫の父親、というのは・・・・」
 おぞましい、と帝国宰相は思った。如何に優秀な魔導師を輩出するからとはいえ、実の父親が娘を犯し、子供を産ませるなどと・・・・ミストラルフにはカリウスの行動が、正気の沙汰のものとは思えなかった。

 だが、この近親婚、近親相姦をロンバルディア王国に非を鳴らす事はできない。それはあくまでも、ロンバルディア王国の政策であって、帝国が圧倒的な武力を背景に戦果を上げたとか、ロンバルディア王国を屈服させなければ、その政策までに口出しできよう、はずがなかった。
 それよりも先に、帝国宰相の頭を悩ませるのは、如何にしてカリウスを亡き者にするか、ひいては、ロンバルディア侵攻軍を撃退するか、である。
 現在、ロンバルディア王国軍は、エタニア、バイフロストの軍勢と合流して、ローゼンカバリーのあったこの要害の地に橋頭堡を築きつつあり、いずれは帝国領に侵攻してくる事が明白である。
「だが、カリウス一人を亡き者にする事・・・・それこそが一番の困難なのだが・・・・。さて、どうしたものかな?」
 パフリシア・カリウス一世が、どれほどの魔導師であるか、はポンテの会話から得た収穫ではあったが、残念ながら、カリウスの実力を再確認できただけで、実際にロンバルディアに対するその手立てが見つかった訳ではなかった。


 新興国家に過ぎないロンバルディア王国が、ただの経済大国だけで留まらない理由の一つとして、軍事面にはガンドルフという、指揮能力に富んだ将帥があり、内政面においては、マードックという非凡な才能の持ち主が宰相という要職に用いている事が挙げられよう。
 また、いざ戦場においては、自ら《リューソーサラー》を駆るカリウスには、かつて【時空の魔導師】とさえ謳われた実力を兼ね備え、今や帝国においては、最も災厄な象徴にさえなり得ている。
「やはり、その場合はカリウス暗殺が、一番手っ取り早い・・・・かの」
 ここのところ敗戦続きであった事もあって、ミストラルフが暗い知恵、暗殺という手段を口走ったのも無理はない。だが、それが最も有効な選択の一つである、とミストラルフには思えてならなかった。
 確かにロンバルディア王国は、ガンドルフやマードックといった優秀な人材が適所に配置されており、一見、容易には隙が見当たらない。だが、それも国王カリウスという軸があってこそ、なのだ。
 実質の指導者であった王弟カルロスに続き、今、尚国王カリウスが亡くなったとあっては、その後にロンバルディア王国にあるのは、混乱と次の国王の座を廻る権力争いであろう。
 その間、シンルピア帝国には兵力を再編成する余裕が生まれ、ロンバルディアの内乱を高みの見物、ないし、どちらかに干渉して弱体化を図ってもいいだろう。
「それでは・・・・こんなものは如何ですかな? 宰相閣下」
 既にミストラルフの意識下では、既にDr.ポンテの存在は眼中になかったが、彼は妙案とばかりに一つの開発案を帝国宰相に差し出され、思わずそれに見入ってしまった。
 それだけの価値が、確かにそこにはあったのだ。


 帝国宰相ミストラルフが画策する、
 カリウス暗殺計画・・・・
 それが発動するのは、もう暫くの時間を要していた。


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