第六章【 崩壊の波動 】 ― 再会 王国編 ―

(1)

 
 春の終わりを予兆させるような、強い日差しが波打つ海面を眩しいばかりに輝かせる。
 今年は特に大漁であったせいであろうか、様々な猟師が港全体を駆け廻り、他国からの様々な特産物が船舶から港に運び出されては、市街地の方へと担ぎ出す水夫たち。その交易に勤しむ交易商たちの声が飛びかう中、一人の赤毛の少年が、港へと降り立った。

 港一体に漂っている独特な潮風が、昨年の春に嗅いだものと違うように思えてならないのは、当時と違って、恐らく彼自身が高揚しているからかも知れない。
「・・・・」
 昨年、ここを発つ時の彼は・・・・彼らは、周囲の光景を観賞するだけの余裕はなかった。目に入らないほどに落胆していた。そう、彼らの全員が、己の力不足を痛感せずには居られなかった。
「戻ってきたんだな・・・・」
 長く伸び始めてきた赤髪を掻き分け、昨年とは名称も、中央大陸における存在的役割も異なる、王都ロンバルディアを見渡した。
 昨年までのこの街の名称は、モンゴックであった。確かにアースティア中央大陸でも有数の経済都市ではあったが、現在では、この中央大陸をシンルピア帝国と二分する大国、ロンバルディア王国の王都である。
 王都ロンバルディアの中央区域に、広大な建設中の建築物が見えたが、あれが新王宮スパイラルラビランスである事は、彼にも・・・・アデュー・ウォルサムにも解った。
「あれが・・・・スパイラルラビリンス、っていうやつか」
 あの新王宮が完成した暁には、シンルピア帝国の帝都ルースパレスをも凌ぐ、大陸の中枢を担う事であろう。

 自然と視線がある方向へと向かう。
 相当に手を入れられたせいだろう。それは大きく異なる建物になってはいたが、彼には昨年のここで起きた陰惨な出来事を、一年過ぎたあの日より、忘れた日は一日としてなかった。
「無人か・・・・」
 不用心だなと思いつつ、同時にそれも無理はないとも思う。
 現在ロンバルディア王国は、帝国領に向けて進軍中であり、動員された兵力は限られている。恐らく、現在使用されていないこの施設に警護をまわせるほど、ロンバルディアには余裕がないのだろう。
 たが、施設の二階に辿り着く事ができる唯一の階段で、彼の身体には強烈な抵抗を感じた。踏み出そうとする足が進まず、押し出そうとする両腕も透明のような壁に遮られて、進み出すが事が許されなかった。
「けっ、結界!?」
 かつて彼は、この結界を目の当たりにした事がある。
 (まっ、まさか・・・・ここにパッフィーが!!?)
 彼が一抹の期待を抱いたのも無理はなかっただろう。
 かつてアデューたちは、ロンバルディア仮王宮となる前の、カリウスの私邸の地下に監禁されていた過去がある。その時、カリウスがパッフィーへの部屋に通じる道に施していたのが、この結界であったのだ。
 カリウス・パフリシアの血を持つ者だけが、通過を許される、という・・・・
 その結界の強固さは今のアデューにも身に染みている。一行の中でも一番体格の良く、膂力のあるイズミでさえも、弾き返されたほどである。
「じーさん、頼むぜ・・・」
 アデューは懐から「賢者の石」を手にした。
 これはロンバルディア(当時はモンゴックであったが)を脱したアデューたちが、カリウスが用いる結界を無効化にさせるために、亡き大賢者ナジーより託された宝玉である。
 その「賢者の石」を、目にする事ができない結界に押し当てた。その途端、手にした水晶が光り輝き放ち始めていく。
「くっ! 眩しい・・・・」
 余りの眩しさに、それはアデューの瞳を焼いた。


 次第に視力が回復し、恐る恐る手にしていた「賢者の石」を一瞥する。
 既に先ほどまでの光輝は失われていたが、彼の前を遮る抵抗も途絶えていた。結界が解かれたのだ。
 念のため、長剣テンペストを抜き放った。一階に警備兵の姿がなかったからといって、二階もそうであるとは限らない。もし、ここにパッフィーが居るとすれば、監視役が居たとしても不思議ではない。
 気配を絶って二階へと赴き、そして・・・・扉に手をかけた。



 昨年、彼はここにいた。
 戦闘の最中、カリウスの放った魔法に意識を奪われ、再び意識を取り戻した後、彼の眼前で繰り広げられたそれは衝撃的な現実であった。
 手にしていたテンペストが強く握り締められる。
 観衆が歓呼する中、パッフィーが絶叫をあげる中で、捕らわれた彼らにはどうする事も叶わなかった。
 眼前で破瓜され、パッフィーの身体に血染めのペニスを突き込まれ、膣内出しされていく光景を、ただ見せ付けられる・・・・それを見届ける事だけしか出来なかったのである。
 パッフィーを破瓜した時のカリウスの台詞が、彼女の危険日にも関わらず膣内出しした時のカリウスの嘲りを、アデューは一生忘れる事は出来ないだろう。


 無造作に投げ捨てられた着衣、取り落としたようなコーヒーカップが転がっているのが目についたが、そこは無人であった。

「パッフィー、必ず・・・・助け出してやるからな」
 テンペストを強く握り締めて、彼は固く誓った。
 現在、ロンバルディア王国の精鋭は、国王カリウスと共に、シンルピア帝国との国境にあり、例え、カリウスのあの結界が阻んだとしても、今のアデューの手には「賢者の石」がある。
 今の時こそ、パッフィーを救出する最大の好機であろう。帝国宰相ミストラルフがアデューに与えた密命である。
 旧パフリシア王国領を所領とするシンルピア帝国軍としても、早期に彼女の身柄を押さえておきたかった側面も確かにあったが、何よりも、彼らの心情と事情を汲んだのである。


 だが、アデューは知らなかった。
 ほんの数日前まで、この施設に二人が滞在していた事実を・・・・そしてこの地において再び、彼女が新たな生命を宿していた事実を。
 そして何よりも、どんなに強固な結界のそれ以上に、彼女との間に困難な壁が立ちはだかっていた事実を・・・・




 コンコン、
「どうぞ、開いておりますぞ」
 樹木製の扉が心地よい音を奏で、室内から頼もしさに満ちた男の声が伝わってきた。
「こ、これはパッフィー様・・・・お出迎えもせずに、失礼しました」
「いえ、私が勝手にお見舞いに来たのですから、ガンドルフさんはそのまま横になっていてください」
 ガンドルフはパッフィーにとって、ロンバルディアにおける数少ない理解者であり、同時に、カリウスに嫁ぐ前からも、変わらない姿勢を貫いてくれた数少ない人物である。
「てっきり、部下からの不定期的な報告だと思ったものですから・・・・大変失礼をしました」
 古今東西、臣下である者が最高の栄誉と思う事は、主君を我が客として迎える事である。確かにパッフィーは、ガンドルフの直接の主君ではなかったが、紛れもなくカリウスの正室なのであり、かつてはこのアースティアを救った英雄の一人なのである。
「しかし病室のベッドの上とは、退屈なものです・・・・戦列に復帰したファリスが羨ましい限りですな」
 今現在、ロンバルディア王国軍の主力は、遠く離れたシンルピア帝国との国境にあり、本来なら軍隊を指揮するのは彼、ガンドルフの職務ではあったのだ。
 だが、先の「フリーデル戦役」で負った負傷は癒えようはずがなく、彼が戦列に加わる事は叶わなかったのである。
「しかし王妃様自ら、見舞って頂けるとは光栄の至りですな」
「すいません、ついで・・・・なんですよ」
 パッフィーはあまりに畏まれるガンドルフに微笑んだ。
「まさか・・・何処かお怪我でも・・・・」
 気遣うガンドルフに彼女は頭を振って、真相を打ち明けた。

 その日、パッフィー・パフリシアには嬉しい出来事があった。
 彼女を担当する女医が、彼女に妊娠している・・・・しかもカリウスが待望している男児だと、診断したのである。
 特にここ最近、カリウスとは険悪とは言わないまでも、この前の一件もあって気まずい状態であったから、関係を修繕するには、いい報告になるだろう、と彼女は思えてならなかったのである。

 前回の排卵期中、一週間に渡って滞在した別邸において、昼夜を問わず営み続けた成果が報われたのであろう。そのために失った代償は余りにも大きかったが・・・・
 (きっと・・・・カリウスも喜んでくれる、よね? カルロスさん・・・・)
 パッフィーは吉報を報告できる喜びを噛み締め、新しい生命を宿したお腹に触れては、遠い戦地にあるカリウスの安否を気遣った。
 パフリシア・カリウス一世は今、精神的に危険な状態である。今まで頼りにしてきた王弟カルロスが戦死し、彼と間違われた上で、帝国の帝都ムーンパレスで晒し首に処されたのである。
 カリウスの激怒は、彼が寵愛するパッフィーにまで及んだのだが、彼の怒りは当然のものであり、パッフィーもその彼の暴行を甘んじて受けた。彼女にとって問題になったのは、その後である。
 その日以降、カリウスとパッフィーの関係は、微妙にギクシャクして、その数日前まで、一日中に渡って熱愛を重ねていた関係が嘘のように悪化してしまったのである。
「左様でしたか・・・・」
 ガンドルフは鎮痛な面持ちで陳謝したが、無理ならぬ事ではある。彼は「フリーデル戦役」においての戦果報告の途中で、意識を失っているのである。その後に起きた宮殿事情においては、カリウスが精神的ショックで倒れた、その報告の方がロンバルディアにとって重大事だった事もあり、彼女が相談を持ちかけてくるまで、二人の関係の変化を知りえなかったのである。
「確かにカリウス様は気難しい気性な方です・・・・が、きっとパッフィー様がお世継ぎを宿した、と知れば、さぞ喜ばれる事でしょう」
 ガンドルフは、亡きカルロスを除き、カリウスを良く知る人物であり、その彼が保証するのである。パッフィーとしては内心、少し残っていた不安が不思議と解消していった。
「お見舞いに来て、慰められる・・・・なんて、少し変ですね」
「フフッ、でしょうな・・・・では、改めて、おめでとうごさいます」

 数時間後、ガンドルフは一つの真実を思わぬ相手から知る事になる。そして、後にこの時の言葉が本当に良かったものであったのか、僅かな懸念を抱く事になるのだが・・・・


 ロンバルディア本営の広大な庭園が赤々と夕焼けに染まる頃、パッフィーは取り急ぎカリウスの私邸へと急いだ。ガンドルフのところに長居してしまったせいで、予定よりも帰宅が遅くなってしまったのだ。
「これじゃ・・・・母親失格よね」
 最近、昨年に出産したばかりの娘であるパティは、乳母や侍女たちに任せきりであり、彼女としても自己嫌悪の念に陥った。
 だが、僅かに聞こえた剣戟だけで、周囲の異変に気付く辺り、さすがはかつての勇者一行の一人であった、といえよう。広大な庭園の中で、二人の人間が縺れ合っていた。
 一人はロンバルディアの衛兵であり、もう一人は・・・・
「さぁ、パッフィーは何処だ?」
「ア・・・・アデュー!?」


 それはおよそ一年ぶりの再会であった。
 アデュー・ウォルサムとパッフィー・パフリシアの付き合いは、二年とそれほど長い期間のものではなかったが、それでも充実した濃い二年間であったのは間違いなかった。
 しかも両者の年齢が、もっとも著しく過敏な年頃だっただけに、互いに惹かれ合うのは、自然の流れであったかもしれない。


 暫く、二人の間に沈黙の空気が流れた。

「うぐっ、ヒィ―――ッ!!」
 その二人の間の沈黙を破ったのは、アデューによって組み伏せられていた衛兵であった。彼は唖然としていたアデューを勢いよく突き飛ばし、本営の建物へと駆け出した。恐らくは侵入者の報告を携えて、増援を呼ぶつもりであろう。
「くっ・・・行かせるかよぉっ!」
 突き飛ばされたアデューの動きは、俊敏かつ迅速だった。彼は体勢を整えるのもそこそこに、手にある大剣テンペストを衛兵に投げつけた。大剣は直線の閃光となって、衛兵の背中を貫き・・・・重鈍そうな衝撃と赤黒い鮮血が迸った。
 衛兵の断末魔は非常に短かった。その目の前の惨劇にさすがのパッフィーも思わず視線を背ける。
「こ、殺す必要まで・・・・なかったでしょう?」
 彼女の疑問を他所に、アデューは絶命した衛兵の背中から大剣テンペストを抜き取り、ゆっくりと振り返った・・・・
 唖然とする彼女に手を差し伸べて。
「迎えに来たんだ!」
「えっ?」
 アデューたちの経緯と先ほどの衛兵への質問を考えれば、彼がここにいる以上、その理由と目的は明白であっただろう。だが、パッフィーには彼が一瞬、何を言っているのか、理解できなかった。
「約束したろ。必ず迎えに来る・・・・って・・・・」
「アデュー・・・・」

 まだパッフィーが結界の中で監禁されていた頃、確かに彼女はアデューの叫び声を聞いたような気がした。だが、当時とあの時とでは、お互いの状況も環境も大きく異なってしまっている。
 たった一年・・・・たったの一年ではあるが、二人の間に過ぎ去った時間の流れは、想い合っていた二人の仲を決裂させるのに決定的だった。

「アデュー・・・・ありがとう・・・・」
 パッフィーは心から、そう言う以外になかった。彼が危険を顧みずにここまで侵入し、シンルピア帝国に仕えてまでロンバルディア王国と戦っているのは、単に自分のためだったのだろう。
 迎えにいく、助け出す、という、たった一つの約束だけを果たさんがために・・・・そのためだけに、彼やサルトビ、イズミの苦労は計り知れないものであった。
 それだけに、彼女の心は感謝の気持ちで一杯であった。
 だが・・・・
「でも・・・・もう、私の事は忘れて・・・・」
「えっ!? パッフィー?」
 思いも寄らない彼女の拒絶に、アデューは唖然とせずには居られなかった。彼は知らなかったのである。既にパッフィーはある程度の自由を得ており、自分の意思でカリウスの側に依存していたのだと・・・・
「私は・・・・もう、カリウスに抱かれたの。あの時とは、もう違うの!」
 これが数ヶ月前・・・・カルロスが未だ健在であった頃なら、彼女はもっと悩み、そして、アデューの手を取ったかもしれない。その意味では、アデューが来るのが遅かったのである。
「私はもうカリウスのものなの・・・・カリウスと結婚したのよぉ!!」
 大量の溢れんばかりの涙を零し、彼女はかつて・・・・いや、今も尚、心に秘めてきているアデューに微笑んだ。
「アデュー、貴方の気持ちは正直、嬉しい・・・・そして、貴方から結婚を申し込まれた時、本当に嬉しかった・・・・」
 その彼への想いは今でも偽りではない。だが、もはや彼女にはカリウスとパティを残して、アデューの元に戻る事など出来なかった。
「その貴方も結婚するんでしょう?」
 (確かレンヌ皇女だったかな・・・・美しくて、可憐な人だと、カルロスさんは言っていたけど・・・・)
 パッフィーとしては、アデューには幸せになって貰いたかった。いや、アデューだけではない。サルトビやイズミ、供に旅してきた大切な仲間たちには・・・・
 特にイズミは、パッフィーが課せられた【封印の魔女】としての使命によって、その半生を台無しにしているのだ。もうこれ以上、自分のために貴重な時間を費やすのではなく、自らの幸福のためだけに余生を送って欲しかった。
「私はもう・・・・カリウスからは離れない・・・」
 今、パッフィーがアデューと供にロンバルディアを離れれば、それは同時に、このアースティアの世界に、復讐と破壊の覇王を誕生させてしまうような、決して自惚れではなく、そんな気がしてならなかった。
「そっ、そんなに・・・・父親に抱かれていたいのかよぉっ!!」
 その時、確かに彼女が見せたのは、驚きの表情であった。だが、それ以上に驚かせられるのは、そう弾劾するかのように叫んだ、アデューの方であった。
「そっか・・・・もう、知っているんだ・・・・」

 勇者一行の一人、イズミはパッフィーの母国パフリシアに仕えていた経緯があり、カリウスの素性を知っていた、としても不思議はない。そしてそのイズミは今、シンルピア帝国でアデューたちと共にあるのだ。未だ多くの人が知る由もない秘事を、アデューが知り得ていたのも不思議ではなかった。
 だが、秘密というものは、相手が隠そうとしている場合にのみ、それは暴こうとする者の武器になる。過日、サトー・マクスウェルがレンヌ・カスタネイドとの面会において、両者の優劣を決定的にしたように・・・・

 そして、彼は気付いているのだろうか?
 今、彼が口にしたのは・・・・彼女の叔父を殺したから、一緒に帝国へ付いて来てくれ、と言っているのに等しいのだと・・・・
「なら・・・・どうして、帝国は・・・・カルロスさんを晒したの?」
「なっ・・・・」
 アデューは尚も動揺していた。カリウスはパッフィーにとって父親である、という事実は、彼の切り札とも言うべき正統性であったのだから、当然ではある。
 恐らくは隠されているであろう、と思っていた真実を知りながら、それでも救出を拒絶する彼女の不条理に、アデューは二の句が告げられなかった。

 「カリウスには私から説得して、帝国との和平を持ちかけてみる・・・・だから、今度は・・・・アデューとは、アデューと皇女さまと、カリウスと私、四人で・・・・笑って会いましょう?」
 このまま、ロンバルディア王国とシンルピア帝国の両大国が、どちらかが滅びるまで戦い続けるとすれば、また多くの将兵の命が失われ、より多くの悲しみと憎しみだけが残る事になるだろう。
 次はアデューが・・・・カリウスかも知れない。サルトビやイズミとて無事に終戦を迎えられる保証は、何処にもないのである。
「・・・・」
 そのパッフィーの懸命な言葉の半分も、今のアデューには理解できなかった。いや・・・・理解などしたくなかったのだ。

 ――と、その時・・・
 《ウゥォ――ォォォォォン・・・・・ウゥォ――ォォォォォ・・・・・》
「ひ、非常サイレン・・・・」
「くっ、見つかったか・・・・」
 夕焼けに庭園が染まった周囲が、俄かに騒がしくなった。ここまで到達するまでに、アデューが斬り捨ててきた衛兵が、たったの一人だけであろうはずがなく、ロンバルディア本営から非常サイレンが王都ロンバルディアの全土を響かせた。
「出でよ・・・・リューナイトぉー」
 アデューは大剣テンペストを掲げ、トリコロールの馴染の機体、《リューナイト》を召還し、おもむろに彼女の前に膝をついて掌を差し伸べる。
「アデュー・・・・」
「パッフィー、時間がないんだぁっ!」
「ごめんなさい・・・・」
 目前の見慣れていた機体に、彼女は頭を振った。
 (そ、そんなバカな事が・・・・)
 確かにアデューにも、王都ロンバルディアに侵入を果たす事だけで全てが解決するなどと楽観視してはいなかったが、まさか救出するべく彼女自身に拒絶されるとは、予想の範囲外であった。
 (そんなバカな事があって・・・・たまるかーぁっ!!)
 アデューは抑え切れない動揺と、衝撃的な彼女の意思、そして残酷なまでの現実に、《リューナイト》は《リューパラディン》へとクラスチェンジする。そして、手にする大剣を彼女の頭上に振りかざす・・・・
「・・・・重閃爆剣(メテオザッパー)!?」
 瞬間、パッフィーの表情が蒼白する。
 アデューの《リューパラディン》が可能にする最強の秘技。それを、生身の肉体を晒している彼女が受ければ一溜まりもなかっただろう。だが、大剣テンペストが生身の彼女の身体に到達するより早く、間に割って入る大盾が、爆炎の業火を受け止めた。
「くっ、リューのナイトよ・・・・」
 白銀の重厚な大鎧を身に纏う、《リュージェネラル》のガンドルフが、暴挙に暴走しようとする騎士を嗜める。
「貴様は今、誰に! その刃を向けたのか・・・・理解しているのかぁ!」
「うっ・・・・」
 (俺は今・・・・パッフィーを殺そう・・・・と、したのか?)
 アデュー自身、自分の行動が信じられなかった。そして、自分の愚行に蒼白する彼女の表情を、まともに正視する事が彼にはできなかった。
 (俺が・・・・)
 それでも無理矢理にパッフィーを連れ去ろうとする《リューパラディン》に、《リュージェネラル》が立ち阻む。
「邪魔をしないでくれぇ!」
「カリウス様にとって、パッフィー姫は大切なお方・・・・そう易々と渡せるものかぁっ!」
「そのカリウスは・・・・パッフィーの父親なんだぞぉ!!」
「父親!?」
 思わず反芻しながら、ガンドルフは得心がいった。
 未だにロンバルディアが闇の一組織であった頃、王都ロンバルディアがモンゴックという名で呼ばれていた頃、当主のカリウスが何故に、パッフィー姫だけに興味を示していたのか。
 敬愛していた亡きカルロスや、カリウスの仕草と対応から、何かあるとは思ってはいたガンドルフではあったが、さすがにその真相は予想外の衝撃以外になにものでもなかった。

 立ち阻もうとする白銀の機体に大剣テンペストを振りかざし、手にするグレートアックスが唸りを上げる。だが、大剣と戦斧が激突する事、僅かに数合・・・・それだけでガンドルフの身体は悲鳴を上げた。
「ぐぅっうおっ!!」
 くっつきかけていた骨が外れ、傷口が再び開く。
「だが・・・・だが、例えそれが真実であったとしても、私はカリウス様に仕える臣である以上、カリウス様の思想に従うまでの事だぁっ!」
「くっ・・・・」
 アデューは機体を翻して退き始めた。
 一つには、もはや満身創痍であったガンドルフの放つ気迫に圧された事もあったが、それ以上に王都を防衛する《ギザー》隊の姿を捉えたからである。
 ロンバルディア王国において、《ギザー》が今や旧式となりつつあるソリッドとはいえ、高い汎用性を誇る高性能な機体である事には変わりはない。如何に《リューパラディン》がアースティア最高峰の機体であっても、その稼働時間には限界があり、たった一機だけで王都守備隊を駆逐できるはずがなかった。

 《リューパラディン》の姿が完全に見えなくなったところで、《リュージェネラル》から《リューウォーリア》に姿を変え、彼が命がけで護った王妃の前に機体から降り立った。
「パッフィー様、ご無事でしたか・・・・」
「ガンドルフさんこそ、無茶はしないでください」
 確かに彼の存在によって、パッフィーは窮地を脱する事ができたのではあるが、元々、彼は戦えるような状態でないからこそ、この王都ロンバルディアに留まっているのである。
「いやはや、私の体は思いの他頑丈ですので・・・・私の体などより、貴女様の身体の方が・・・・今や、貴女の身体には・・・・」
「アデューの言った言葉は、他言無用で御願いします・・・・」
 ガンドルフを思わず目を見張った。驚きの度合いこそ異なったが、アデューが受けた衝撃と同質の驚きが襲った事だろう。
 そう、パッフィーは以前から、カリウスとの関係を・・・・肉親である事を知っていたのである。
 質問を追及したい衝動を憶えたガンドルフであったが、臣としての立場を省みて、その衝動を押さえ込んだ。それは王と王妃、二人の男女の問題であり、迂闊に臣たる者が口を挟んでよいものではなかったからだ。
「それからアデューへの追撃は、控えるように、伝令を御願いします」
「王妃様がそう仰せとあれば・・・・ですが、無用な心配でしょうな」
 確かに汎用性の高い《ギザー》ではあるが、飛翔能力はなく、到底《リューパラディン》を追えるものではない。また、例え追撃できた、としても、返り討ちにあうのが関の山であろうから。
 そして・・・・実際に、アースティア最高峰の機体と目される《リューパラディン》の退却を妨げられる事ができた者は、皆無であった。



  ―― そして、カリウスは・・・・ ――


 フリーダル平野を単機で滑空する機体があった。
 これほどまでの機動力に、ホバーリング機能を兼ね備えているソリッドなど、ロンバルディア王国製最新鋭ソリッド《ギザー改式》以外に、このアースティアには存在しない。

 限界速度を超えた操縦者の要求が、電磁磁気モータードライブ方式を用いた稼動システムに、耳障りな悲鳴と激しい振動を上げていたが、そんなものに操縦者は意に介さなかった。
 もし同乗者が居れば、「死ぬ気ですかぁっ!」と悲鳴にも似た泣き言を漏らしたことであろう。
 一つ操縦を誤れば、如何に最新鋭のソリッドとはいえ、空中分解は免れなかった事だろう。ともすれば、操縦者もただではすまされない。だが、駆動システムに過酷な要求を突き付け続ける男は、そんな事を恐れてはいなかった。・・・・彼の胸中は、既に異なる恐怖だけで一杯であったのである。
 これがまだ先月の頃の出来事であったのなら、彼の恐怖もまだ薄らいでいたのかも知れない。その当時は彼女の依存心も順調で、妻との夫婦仲も円満であったのだから・・・・だが、カルロスの戦死に伴い、彼は抑えようもない怒りを、彼女にぶつける事で溜まった憂さを晴らした。暴力を振るっては、久しく強引に犯したのである。そしてまた、病臥に伏せた自分を介抱してくれた彼女を、冷たく突き放し、あしらってしまったのだ。
 そう、もっとも最悪なタイミングで、王都を空けてしまったのだ。


 最前線にあった彼が、王都ロンバルディアの急報を受けた時、兵権をファリスに委ね、彼自身は《ギザー改式》に乗り込んだ。局地的な速度だけを取るならば、彼の愛機《リューソーサラー》の方に分があるが、長距離を踏破する事を前提にすれば、《ギザー改式》に勝る機体は現在のアースティアには現在しない。
 それでも数十日の行軍路を経て、王都ロンバルディアに到達するまでに二日間の日数を要した。その間、カリウスは一睡も取る事もなく、夜通しで機体を酷使し続けた結果ではあったが・・・・
「一体誰だぁー、最新鋭の機体を、こんなぁっ!!」
 ロンバルディアの本営地に到着、というより、墜落したに等しいような慌しい着地に、最新鋭の機体の耐久テストでも行ったような操縦に、《ギザー改式》の開発者や王都の衛兵は、搭乗者を怒鳴りつけようとした。・・・・が、機体から駆け降りた人物の姿に唖然とし、暫しの間を置いて慌てて敬礼を施す。
「か、カリウス陛下・・・・」
 このロンバルディア王国で最高の権勢を持つ主君であり、彼らにとってはまさに雲の上の人物であった。
「リューナイトはぁ!? いや、パッフィーは・・・・?」
 カリウスは駆け寄った下士官に畳み掛けるように問いかけた。
 これほどまでに取り乱した自分の姿を晒すのは、カルロス戦死の時を除いて、彼自身でさえ遠い記憶であった。かつて自分の失態によって、最愛の妹マーリアを喪った時でさえ、これほどまでに焦燥に駆られた事はなかっただろう。
 それだけに現在のカリウスにとって、パッフィーという存在は、極めて大きくなっていた表れであった。
「王妃様は、現在、ガンドルフ将軍の庇護下に置かれて・・・・」
「・・・・無事なの・・・・だな?」
 安堵の報告によって、カリウスの張り詰めていた緊張は解れ、同時に、極度の疲労感が全身に渡って襲ってきた。
 問い質された下士官が、倒れかけてきたカリウスの身体を受け止めて、唖然とした後に、愕然とする。
「へ、陛下? 陛下ァ――」
「誰か、衛生兵! 救護班を呼べぇぇ!!」
 駆け寄っていた衛兵の叫びが、遠くの出来事のように・・・・
 更に駆け寄ってくる足音が次第に遠のいていく、違和感を覚え・・・・

 ・・・・ロンバルディア国王は意識を失っていった。




 カリウスが見慣れた寝室のベッドの上で目覚めたのは、意識を失ってから丸一日が経過した、早朝の事であった。
「うっ・・・・こ、ここは・・・・?」
 カーテンの隙間から覗ける朝日が眩しく、身を起こす事さえも気だるく感じられた。
「気が付かれましたか? カリウス陛下・・・・」
「ガンドルフに・・・・マードックか・・・・」
 最高軍事司令官と宰相の表情を一瞥した、その途端、カリウスは突然に身を起こした。意識を失う前に聞いていた下士官の報告も、長い睡眠もあって、かなり曖昧な記憶となっていた事もある。何より、その彼女の顔を見ない事には、本当に安息の息を吸えないような気がしたのだ。
 だが、身を起こした彼は、左右翼の重臣二人に「パッフィーは!?」と問うような事はなかった。カリウスのベッドの上、そのカリウスの膝元でささやかな寝音を立てている少女の姿を認めたからだ。
「ずっと付き添っていたのです、もう少し休ませてあげてください」
「ああ・・・・そうだな」
 深い安息の溜息が一つ漏れると、カリウスは再び、まどろみの中に身を委ねていった。


 再びカリウスが目覚めたのは、その日の昼時である。室内に漂う独特の匂いが鼻腔を擽り、およそ数日間の空腹が睡魔を邪魔したのである。
 室内にはフィルターを手に、コーヒーミルと格闘する少女の姿があり、気を利かせたのであろうか、二人の廷臣の姿はなかった。
「・・・・何故、残った?」
「えっ・・・・あっ」
 思いがけぬ瞬間に声をかけられて、驚きの表情を浮かべたパッフィーは、微笑みを絶やさぬままカリウスのベッドにまで歩み寄る。
「さっきまで、ガンドルフさんやマードックさんが・・・・」
「・・・・」
 カリウスの視線を受け止めつつ、パッフィーは近くの椅子に腰掛け、カリウスの疑問に答えた。
「今の私は、カリウスの妻だから・・・・」
「ふん、詭弁を。口では何とでも言えるからな」
 だが、カリウスは不機嫌そうな表情を浮かべようとして、完全には成功しなかった。
 正直、パッフィーがロンバルディアに留まってくれた事は、カリウスには喜ばしく、胸一杯に嬉しかったのではある。だが、生来からの性格というものは容易に変える事はできず、どうしても素っ気無く振舞ってしまうのである。カリウスの欠点の多い、人格の一つであろう。
 そして、その対となるカリウスの心境を、パッフィーも良く理解していた。現に出陣前のトゲトゲしさが影を潜めて、久しく自分を見据える視線が、従来のカリウスのものであったのだから・・・・

 人格に未熟さを自覚する男は、眼前の少女を抱き締めた。
「すまない・・・・」
 カリウスにも、パッフィーにも、何に詫びているのか、何に対して謝罪しているのか、定かではなかった。今だけに限らず、これまでにも彼が彼女に対して詫びなければならない事が多々としてあったのだから。
「すまない、すまなかった・・・・」
 素直に感謝する事ができない、自分の狭量に詫びたのか、かつての仲間と袂を違えさせたものであったのか、それとも出陣前の彼女への暴行であったのか、それとも・・・・
 カリウスは謝罪しつつ抱き締め、パッフィーもその都度、カリウスの胸でコクコク、と小さく頷き続ける。

「カリウス・・・・一つだけ、一つだけ御願いがあるの・・・・」
「なんだ?」
 今の状況のカリウスには、彼女の願いならば、大抵の事は叶えてやるつもりだった。そう自分に思わせるそれだけのものを、彼女はカリウスに対して示したのである。
「帝国と・・・・シンルピア帝国と和睦して欲しいの・・・・」
 途端にカリウスの表情が半瞬、強張った。
「このまま帝国と、どちらかが滅びるまで戦い続けたりしたら、また多くの人が亡くなる。あのカルロスさんでさえ、逝ってしまった。次は他の誰かが・・・・もう私の大切な人たちを、亡くしたくはないの」
 チクリ、とカリウスの胸中に突き刺さるものがあった。確かに彼女の言葉の中にある「大切な人たち」とは、カリウスやガンドルフも含まれてはいたであろうが、それ以上に、シンルピア帝国に身を寄せている、彼女のかつての仲間の安否を気遣っているように思えたからだ。
「・・・・悪いが、それだけは・・・・できない」
 カリウスは頭を振って、最愛の彼女を引き剥がした。
 確かにカリウスは、アデューという少年に対して、嫉妬しているのであろう、と自覚はしている。だが、カリウスが彼女の願いを退けた理由は、それだけではなかった。
「帝国はカルロスの首を晒した・・・・それだけは絶対に、俺は許す事はできない。解ってくれ・・・・」
 搾るような、諭すような口調ではあったが、言葉の節々に、帝国への憎しみが滲み出ていた。
 カリウスにとって、カルロスという男の存在は、ただの双子の弟だったという枠だけでは収まり切らない、大きすぎる存在であったのである。それを不当に晒したシンルピア帝国には、自分(カリウス)と間違えたという愚かさを差し引いても、許し難い行為であった。

「それが・・・・娘の願いでも?」
 さりげない口調での哀願ではあったが、カリウスに与えた衝撃は、シンルピア帝国への拘りを頭の片隅に追いやるのに十分であった。
「なっ・・・・な、何故、それを・・・・」
 カリウスの驚きも当然のものではあった。パッフィーがその真実を知っているとは、思えなかったのである。カリウスも、数日前のアデューやガンドルフが受けた同等の衝撃を憶えずにはいられなかった。
「知っているよ・・・・カルロスさんに聞いたから・・・・」
「か、カルロスに・・・・」
 カリウスは愕然とする。
 カルロスが存命であった頃、パッフィーはカリウスと共に、別邸において一週間の滞在をし、その間、数え切れないほどに身体を重ねている。つまり、彼女はその時には既に、父と娘という近親相姦を認知していた、という事だ。
「お腹の中のこの男の子・・・・カリウスが切実としていたその理由も、この男の子がカリウスにとって、どういう存在意義があるのか・・・・その後、パティとどういう運命を共有していくのか・・・・」
「お・・・男の子!?」
 立て続けの驚きに、さすがのカリウスも唖然とし続ける。だが、パッフィーはそんなカリウスの戸惑いを他所に、まるで畳み掛けるようにして、言葉を紡いだ。
「出陣前のカルロスさんが、全てを教えてくれたもの・・・・」



「カルロスさんの故郷は何処なのですか?」
 それはカルロスが最期を迎える「フリーデル戦役」の出陣前、パッフィーと密談する機会を得られた彼は、兄へ繋がる思考をブロックした。
 彼女にいつかは告げなければならない真実がある。だが、カリウス自らが彼女に語る日は、恐らくありえないだろう。現状の関係が壊れる事を恐れて・・・・兄のその心境は、いい傾向だとは思う。
 問題なのは、隠していた真相を、他の人物・・・・特に、彼女のかつての仲間である、勇者一行によって語られた時、事態は最も最悪な方向へと転がり込む事であろう。
 それを見越しての、独断専行ではあったが、そのカルロスとて、まさかそれ自体が自身の遺言になってしまう、とは、予想の範囲外ではあった。
「私、まだまだカリウスや、カルロスさんの事、知らない事が多くて・・・・」
 彼女の疑問は最もなものであったが、それは当然である。カリウスと彼の過去とは、パッフィー自身の出生にも関わっており、敢えて触れる事がないように避けてきた問題なのだから。
「私と兄は、パフリシア王国の出身ですよ」
「えっ?」
 思わぬ共通点に、彼女の表情が驚きに、そして次第に喜ぶものへと変わっていった。が・・・・カルロスの次の一言によって、彼女の笑顔は途端に凍りついた。
「私と兄と・・・・そして、妹のマーリアと・・・・」
「マ、マーリア・・・・?」
 まだ心の準備が出来ていないだろうが、カルロスは捲くし立てるように、彼女にとって残酷な真実を突きつけた。
「私にとって貴女は、兄嫁であり、妹であり、姪なのですよ・・・・貴方の母親は、我が妹マーリア、父親は・・・・」
 パッフィーは余りの唐突な衝撃に、思考が麻痺し、次第にカルロスの言葉を理解していくに連れて、悪寒を憶えずにはいられなかった。
「そろそろ、貴女にも話しておく・・・・時期とは思っていました。貴女にしてみれば知らない方が幸せだった、のかも知れませんが・・・・」


 かつて遥か昔・・・・パフリシア王国が建国された頃(約一千年前)の事である。
 無所属ながら、独立不羈の魔導師がいた。他の多くの魔導師が宮廷に仕え、富と権力を横臥する中、彼はあくまでも家族と、大切な村民たちを護るためだけに、己の力を振るおうとしたのである。
 この時代にはまだ多くの魔導師が存在し、彼は後のカリウスほどに圧倒的な魔力を有していた訳でもなければ、強力な魔法が扱えた訳でもなかった。ただ・・・・彼の魔力の素養が異常なほど、周囲に比べて高かったのである。
 その彼の魔力の強さに魅せられた初代パフリシア国王は、宮廷魔導師として召抱えようとし、様々な特権と厚遇を約束する一方、彼の魔力を一族の血縁に取り込もうとしたのである。
 カリウスが認識している正史(第一章参照)でも記されているように、この時期のパフリシア王国は、まだ建国されたばかりの弱小国家に過ぎなかったのである。
 だが、彼は頭を振った。家族と村のためそれ以外に、力を振るうつもりはなければ、国王の娘を娶って、王家の系譜に取り込まれる事を嫌ったのである。
 袖にされた初代国王は怒り狂った。このままでは、王家の威厳も面子も丸潰れである。初代国王はこの男を手に入れる為だけに、彼の家族と村を質に取り、彼を格子付きの牢獄に監禁したのである。
 彼は生涯知る事はなかったが、怒り狂った国王は、彼を監禁した後、彼の家族を惨殺し、村を焼き払い・・・・彼の痕跡を完全に消滅させた。
 それでも怒りが治まらない国王は、彼を殺す事を決意するが、やはり、彼の絶大な魔力だけは惜しかったのであろう。そこで国王は王女の一人を宛がい、彼に娘との間に男児を儲けたら釈放する事を約束した。
 彼が家族のために力を使うのなら、これからの家族は、娘とその間にできた子供たちでしかないのだから・・・・

 初代国王にとって唯一の誤算だったのは、一族の血と彼の相性が極めて高く、生まれながらにして誕生した男児は、彼をも凌ぐ魔力を発していたのである。

 国王は嬉々として、用がなくなったとばかりに、彼と、その彼に抱かれて想いを寄せ始めてきていた実の娘をも刺殺したのである。
 そして二人の間に生まれた子供に、「カリウス」と名付け、教育する。宿命を課した、と言ってもいい。パフリシア王家の守護神として君臨する事を義務付け、また、より良い魔導師を輩出させるために、王家の血を受け継ぐ女性たちと、交わるように、幼年のカリウスに教育したのである。
 そう、近親相姦をあたかも当然のように、王自らがけしかけたのである。
 カリウスの許された事は、魔力の追求と強力な様々な魔法の開発、そしてパフリシアの血を受け継ぐ女性たちを孕ませる事だけであり、それ以外の事は一切、許されなかった。
 カリウスが成人した頃には、まさに完璧な生体殺戮兵器としての彼と、無感情のまま女性を抱き続けなければならない、無機質な二面性だけの彼であった。笑う事もなければ、泣く事もない。
「お前には感情は必要ないのだ。ただ他者よりも魔力を高め、それをより良く受け継がせていく事だけしか、お前は考える必要がないのだ!」
「お前はパフリシアの兵器だ。物だ。物に感情など必要があるか!」
「完璧に不必要な感情など捨てろ。完璧でないのなら、お前など誰も必要としない。不要だ! 不要な物になりたいのか!?」
 その初代国王の言葉を子守唄に、カリウスは命じられるまま、魔力を極限にまで高め、カリウスがカリウスであり続けるために、精神融合の魔法を開発させ、代々パフリシア王家の為だけに、カリウスは利用され続けたのである。
 そんな単純なまでに簡潔な生活、パフリシア王国の生体兵器として、カリウスは九百年以上もの時を過ごしてきていた。初代国王の課した宿命だけを胸に、彼は代々の国王に命じられるまま戦い、殺し、勝ち、そして女を無為に抱き、胤を宿らせ、産ませてきたのである。
 そして、極度の近親相姦を重ねていく事によって、カリウス・パフリシアの血脈も次第に出生率が低下し、いよいよ一本の糸になってきた時の事である。
 どんな緻密で盛大な計画においても、長き時をおけば、イレギュラーは発生する。初代国王の計画にとってそれが、次代のカリウスとなる肉体に、極度の近親相姦にも関わらず、双子の誕生が、それである。
 (僕も・・・・殺すの?)
 (なっ、なに!?)
 それが二人の、初めての思考による会話の始まりであった。
 弟にはすぐに解ったらしい。昨日までとは違い、それが兄の姿をした、実の父である事に。そして今、その兄の姿をしたカリウスが、殺意をもって弟のカルロスに迫っていた事を・・・・
 カリウスはこれまで、精神融合を果たした後、同世代の男児は全て抹殺してきた。一つの肉体があれば、彼には必要がなかった他の肉体であり、生かせておけば、どんなリスクを背負うか知れたものではなかったからだ。また童子を殺す事に、彼には罪悪感はない。そもそも、初代国王の教育によって、常に無感情な生体兵器だっただからだ。
 そのカリウスに無かったはずの心に初めて触れたのが、カルロスである。
 (今、俺に問いかけたのは・・・・お前か?)
 極度の近親相姦の果てに、同一のDNAを持つ双子だった二人だけに為せた、思考内会話がカルロスの命数を伸ばした。
 それからのカリウスは少しだけ変わった。カルロスや妹のマーリアが、他の子供たちと遊ぶ一方、相変わらず家内に引き篭り、魔力と魔法の探求の日々、他国の要人暗殺、魔族との交戦・・・・その宿命付けられた日常こそ変わらなかったが、カルロスとの思考による会話の回数が増え、それによって、マーリアへの見る目が少しずつ変わっていった。
 兄が妹を見る目ではなかった。それに気付いたカルロスではあったが、敢えて口には出せなかった。確かにカルロスでも妹が可愛い、と思ったものである。もっともそれは弟と妹として、だが。当時のまだ童子であったカルロスには、それが僅かに違うだけだと思ったのも無理はなかった。
 その誤解に・・・・カリウスがマーリアに欲情している、と気付いたのは、幼年学校を経て、宮廷勤めが始まってからだ。当然、宮廷内では、カリウスの近親相姦は有名であり、彼も一度や二度に留まらず、耳にしたものである。
 だが、カルロスは兄を諌める事はしなかった。
 一つには、カリウスのこの異常愛が、パフリシア王家が発露である事を知ったからであり、また、カリウスの異常な生い立ちに触れてしまったからである。だが、それ以上に・・・・それは歴代のカリウスを含めて、カリウスの初恋であったからかも知れない。
 マーリアは初代勇者ラーサーとの旅を経て、カリウスと結ばれた。妹が旅先で宿した、封印に関わる魔法の一つを条件に、カリウスに身体を差し出したのである。
 カリウスは近親相姦の罪悪感を憶える事なく、嬉々として、それまでに抱いていた欲情を、妹の膣内に吐き出した。
 その一方、カルロスはパフリシア王家に対して、怒りを憶えた。
 カリウスが守護する事によって、パフリシアは魔法大国として近隣諸国に睨みを利かせ、そのように生体兵器としての役割を押し付けながら、彼らはそれらを高みの見物にし、酒宴、パーティーに興じていたのである。
 更に唾棄すべきは、カリウスに近親相姦をけしかけた王家そのものが、その行為を浅ましい目で蔑み、愚弄していた事実であろう。
「こんな王国、滅びてしまえばいいのだ!」
 憮然としたカルロスは、直接的に手を下したわけではなかったが、後日にその有言を実行している。
 パフリシア王国が滅びた原因こそ、魔族の強襲ではあったが、妹マーリアの早逝によって、カリウスが戦える状態ではなかった事が最大の要因である。その意味では確かに、初代パフリシア国王の見識は正しかったのだが・・・・
 その時、カリウスに代わって、カルロスが戦っていれば、パフリシア王国は尚も健在していた事であろう。自惚れではなかった。魔力と魔法だけに関しては兄の足許にも及ばないが、この時点で、実戦指揮能力だけでなく、一個の戦士としても、兄のカリウスを凌駕していたカルロスである。
 だが、カルロスは祖国の為には動かず、敢えて見殺した。
 国家の窮地に、普段はカリウスを蔑み続けてきた廷臣たちが懇願してきたが、意趣返しにもほどある。カルロスは途方に暮れている兄への面会を認めず、また浅ましい連中を冷たく見放した。

 かくして、パフリシア王国は滅び、カリウスは尚もマーリアの早逝から立ち直れないでいた。ようやく人の心を取り戻し、愛する事を憶えてしまったカリウスだっただけに・・・・
 カルロスは、マーリアの直接の死因となったカリウスの性交に、恨む事はなかった。恐らくはマーリア自身も、犯したカリウスを恨んではいなかった事だろう。
「兄の失態は、パフリシア初代国王と、その子孫全員が負うべき贖罪であろう・・・・」
 その子孫の中には、カルロス本人、亡きマーリア、そして、次世代への器と期待される、当時乳飲み子のパッフィーも含まれている。

 この真相をカリウス本人は知らない。カルロスにおいても、王宮勤めで真相に触れていなければ、パフリシア王国崩壊の後、絶対の忠誠を長兄に捧げられていたか、彼としても決して定かではなかったという。
「パフリシア王国は滅びました。が、パフリシアの血が続く限り、私やマーリア、そして貴女を含めたその他、パフリシア王家に連なった多くの人間たちには、カリウス様個人に対して、贖罪していく義務があるのです」
 パフリシア王国が滅びた今となって、パフリシア王家の血を受け継ぐ女性が唯一の彼女の一人に、希望を押し付けるのは酷というものだが、パフリシア王家が祖国の利益の為に、「カリウス」という異端児を生み出してしまった以上、誰かがその業を負わなければならない。



 淡々と告げるカルロスの言葉に、パッフィーは衝撃を憶えなかった、といえば嘘になる。カリウスが自分を求めていたのが、先祖からの使命感であり、自分をレイプしてまで子供を産ませようとした真意が、次への世代へ繋げる為だけの中継点だったのだ、と宣告されたのだ。
「パッフィー姫は、千年という、途方もない時間を、生き続けたい、と思いますか?」
 その別れ際、カルロスは言った。
「私もですよ。特に、兄のように何の喜びもなく、生かされ続けるなんてゾッと、しますね・・・・ですが、カリウス様がまだまだ生き続ける、というのならば、私も・・・・」
 千年の時を利用される事によって無意味に生き、彼女たちの祖先の呪詛によってカリウスは生き続けていくのであろう。カルロスとしては、そのカリウスを常に支えていきたかったのだ。

 衝撃的な事実にパッフィーは、別邸でカリウスを受け入れつつも、カリウス自身が最大の犠牲者なのだと知り、そのカリウスのために・・・・そして、カルロスのために、多くの子を授かろう、と決意したのは、何も先祖の清算だけが理由ではない。
 既にパッフィーも、実の父とは知らされず、カリウスを愛してしまっていたのだ。
 カルロスに頼まれたからではなく、パッフィーもカリウスに尽くしていく決意を固め、そしてそれはカルロスの戦死に伴い、その思いは更に強固なものへとなっていった。


 このカリウスの知らない、彼の過去を、パッフィーは敢えてカリウスに伝えなかった。カルロスの遺言という事もあったが、実際にカリウスが聞いて喜ぶとは到底思えなかったからである。彼の人生意義そのものが、先祖パフリシア初代国王の暴挙によって利用されたものであったなどと、誇り高い彼の矜持が許すはずがないのだから・・・・
 パッフィーは再び、カリウスの胸に顔を埋めた。
「男の子・・・・出来たよ・・・・」
 それはカリウスがパッフィーを初めて犯した当初の性交目的であり、カリウスが永遠の時空を繋げる為の過程であるはずだった。
「・・・・」
 無言のまま、受胎報告を告げる彼女を抱き締める。
 カリウス待望の男児だと言うのに、それほど喜んでいない自分の心境に驚きを禁じえなかった。結果的にパッフィーをこの地に留めたカルロスの慧眼に驚き、近親相姦を知りながらもカリウスに身体を許していた彼女に圧倒され、感性が麻痺しているだけかも知れなかったが・・・・
 互いに見つめ合うと、どちらからでもなく、唇を重ね合う。
「んっ・・・・んっ・・・・」
 パッフィーの喉が鳴る・・・・娘の口内にカリウスの舌が割って入り、二人の舌と舌が触れ合い、絡み合い続けていく。無意識のまま、カリウスの手がパッフィーの膨らみに触れ、股間に触れようとする。
 (・・・・しまった、今は・・・・)
 思い留まるようにして、カリウスは幾度もなく揉んでは吸い続けてきた少女の胸から、手を退けようとする。その退けようとした手を、彼女の手が押し留めた。
「しても・・・・いいよ・・・・」
「だ、だが・・・・今は、お前は・・・・」
 カリウスの脳裏に、かつてパッフィーと同様、カリウスの種を宿し、無理をさせたが為に、母体共々死に至らしめてしまった光景が過ぎった。
「ううん、して」
 カリウスとパッフィーが初めて性交した時より、既に一年以上の歳月が過ぎ、その間に数え切れないほど彼女の身体を求めてきたカリウスであったが、パッフィーから求めてきたのは、この日が初めての事であった。
 確かに彼女の現在は、受胎が確認されたばかりの、安定期と呼ぶのに程遠い状態ではあっただろう。カリウスがかつて犯した失態を、彼に繰り返させない保証などなかった。
 それでもパッフィーは、カリウスを・・・・実の父親と知りつつ、カリウスという男を求めた。一つには、母マーリアよりも先の大戦で培った、健康体という自信があり、年齢的にもまだ発展途上の若さが、彼女にはあっただろう。だが、それ以上に・・・・
「あれが最後じゃ・・・・余りにも哀し過ぎるよ」
 無数の殴打を浴びて、久しく強引に抱かれた謁見の間の出来事である。あの時ほど虚しくも悲しい性交は、カリウスと結ばれて以来なかったのである。



 ―― この日の夜、ベッドで結ばれつつ、カリウスと夜明けまで語り合った一夜を、パッフィーは後々まで忘れる事はなかった ――

「お母さん・・・・どういう人だったの?」
 パッフィーは生誕とほぼ同時期に、母親を失っており、教えられた人物像でしか母親の姿を、思想を思い描けなかった。それもあって、その彼女の質問は、イズミにも良く問いかけたものであったのだが、やはり実の兄であり、今の彼女のように、身体を繋げた者にしか解り得ないものがあるだろうと思った。
「そうだな・・・・」
 カリウスの語るマーリアも、大筋でイズミと異なる点は少なかった。その感想に不満があった訳ではなかったが、パッフィーは思わず、憮然とする。
 確かに、カリウスに生き写しのように美しかった、と言われれば、娘としても嬉しい言葉であった。だが、カリウスの女としては、実の母親だったとしても、やや嫉妬してしまうのだ。
 だからかもしれない。カリウスの射精を身体で受け止めた時、パッフィーは意地悪な質問をぶつけてみた。
「私と・・・・お母さん・・・・どっちが好き?」
 カリウスの答えは無言だった。
「ごめんなさい・・・・」
「いや・・・・」
 近隣諸国や、かつての宮廷勤め(旧パフリシア王国)の廷臣から、冷酷冷淡と囁かれ、実直なほどまっすぐなカリウスとしても、答えたくない・・・・答えられない質問はある。感情を取り戻したカルロスの影響もあっただろう。特に死者と生者を比較する事を、カリウスは忌み嫌っていた。死者は口なしなのだから、と。
 三度目の射精が、パッフィーの膣内を満たし、極力、子宮を刺激しないように正常位だけに留め、細心の抽送であったのにも関わらず、パッフィーはそれの倍に値する絶頂に達していった。
「もうすぐ、お前の身体は完成する・・・・」
「えっ?」
 亡きマーリアの名器としての素地を受け継ぎ、先の大戦よって鍛えられた締り具合、男を受け入れる構造、包み込んだ体温、強烈な締め付けでありながら、極上の襞肉・・・・質素抵抗値の強いパッフィーの膣口が、ようやくにして赤々しく、更なる色香に染まってきた頃、カリウスはパッフィーの体内で実感した。
 如何に精力旺盛のカリウスであっても、一日に何度も射精できるものではない。それを可能にするのは、パッフィーの身体の名器である証拠であり、また、まだまだ開発できる余地が残されている、男の喜びがある証明であろう。
「・・・・ともすれば、今でも今までになく、もっとお前の身体に翻弄させられるのだろうな・・・・」
 抽象的な、それがカリウスの答えであった。



 幾度もなく膣内射精し、さすがのカリウスも疲れたのか、それとも、パッフィーの胎内を案じたのか、それは定かではなかった。
 その日、カリウス最後の濁流がパッフィーの身体を駆け抜けたとき、既に幾度もなく絶頂に及んでいたパッフィーは、心地よい疲労感を全身に、カリウスのペニスを身体で受け止めて、締め付けた。


 ―― パッフィーはこの時、知らなかった。
 それが、彼女が受け止める事が許された・・・・カリウスの最後の膣内射精である事に・・・・

 ―― この時、パッフィーは知る由もなかった。
 カリウスとパッフィー、二人に残されていた時間が・・・・二人を無残に引き裂く時間が、刻々と迫っていた事を・・・・






 夜明けの朝日が顔を覗かそうとしていた頃、
「帝国に和平の使者を送ろう・・・・」
「えっ? それじゃぁ・・・・」
 カリウスに微笑もうとする彼女を、彼は嗜めた。
「ただし、使者を送るだけだぞ。必ず和平が成立するとは保証できないからな」
 ロンバルディア王国としても譲歩できないものがある。
 まず、ローゼンカバリー要塞のあった地は、シンルピア帝国に返還しても構わない。元々、ロンバルディア王国の基本方針としては、領土拡張にはそれほど熱心ではない。勢力の拡大はあっても・・・・
 それに伴い、「フリーデル戦役」で得たロンバルディア王国の所領も、一カ国を除く返還までは譲歩もしよう。
 ただし、帝国がカルロスの処置に対して、冤罪を取り下げ、カルロスとロンバルディア王国の将兵に謝罪する事、この一点だけは絶対に譲れない条件である。
「うん・・・・そうだね」
 今、カルロスは「フリーデル戦役」最大の戦犯者として、帝都ムーンパレスにおいて、不当な晒し首に処されている。カリウスとしては、以前のように怒り狂う事こそなかったものの、だからといって容易に許せるものではなく、パッフィーとしても、そのカリウスの憤怒は理解できる。
「私も親書を・・・・書くね」
 カリウスは「誰に?」とは問わなかった。彼女の知己で、帝国中枢に位置する人物は、一人だけに限られているからだ。
「まだ・・・・好きなのか?」
「えっ?」
 カリウスは質問した後、自分の浅はかさを呪わずにはいられなかった。そもそもアデューとパッフィーを引き裂いたのは、他でもない。父親であるカリウス本人ではなかったか?
 そのカリウスが口にしていい質問ではなかったのだ。
「すまない。詮無き事を聞いた・・・・」
「ううん・・・・でも、どうなのかな?」
 パッフィーは正直に胸の内をカリウスに曝け出した。
 たぶん・・・・いや、恐らく、まだ好きなのであろうが、それは今も進行形なのか、それとも、もはや過去形なのか、彼女自身でも決めかねている。そんな状態なのだと・・・・
 ただ言える事は、彼女にとって、カリウスもアデューも失いたくない、掛け替えのない人物である。そして、戦死したカルロスも。

「・・・・で、私は答えたよ。今度はカリウスの番だね」
 その時の彼女が見せた微笑みに、カリウスは何故か、抗えない気がしてならなかった。

 人の心を完全に取り戻している、彼なのだから・・・・


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