第七章【 終わらない明日 】

(始まり)

 
 【魔王】ウォームガルデス。
 かつて、この広大なアースティア世界に恐怖と災厄を振りまき、このアースティアに営む人間ならば、誰もが耳にするであろう。まさに混沌と悪夢を象徴する破壊神である。
 だが、意外なほどにこの【魔王】の生態を理解する者は、まさに皆無であった。千年の時を生き続けた【時空の魔導師】カリウスや、膨大な知識を誇った【大賢者】ナジーでさえも、この破壊神の形態を解明することは困難を極めたものである。
 時に【大賢者】ナジーは、次のように【魔王】を説明している。
「とぉにかく強い、メチャクチャなほど強い!」
 と。
 そのふざけた様な論法はともかく、その評価が誇張されたものではないことは、初代勇者ラーサー、そして、先の大戦においてアースティアに勝利と平和をもたらせたアデュー・ウォルサムが証言する。
 それはまた、その世代に生を受けた者たちにも、共通の認識であろう。
 この【魔王】ウォームガルデスについて解っている、ことは・・・・
 先の魔王大戦における初代勇者ラーサー・ウォルサム一行との戦いにおいて、冷酷無比な精神と強靭な肉体とに分けられて、約二十年間に渡って封印され続けた。先の魔王大戦においては、魔族のアンデット、イクスズとヒュントを操り、ガルデス自身は【覇王】と称された不屈の騎士ギルツの肉体に憑依してもいる。
 最終決戦におけるアデュー・ウォルサムの一撃によって、【魔王】が消滅してしまったこともあって、それ以上の解明は不可能であった。もっとも、【魔王】が消滅した今となっては、誰一人その生態を究明していきたいと思う者は、皆無であっただろうが・・・・

 だが・・・・
「我が主君、魔王ウォームガルデス様・・・・」
 ひとすじの光も射さない暗闇の中で、尚もこの【魔王】を信望し続け、その復活を望む者がいた。正確には、魔族の男である。表面上こそ普通の人間と変わらない外見ではあったが、全身に生気が感じられず、顔色も血色が悪すぎるように青白かった。
 マルトーと同様、先の大戦を生き延びた人型魔族であり、現在のアースティア社会にも順応していたのである。
 正確には、【魔王】再降臨まで、静観を余儀なくされていただけ、ではあったが・・・・

 ―― ぽぁあぁ・・・・・
 突如、魔族の男の眼前にある、黒水晶が鈍く光った。
 《・・・・》
 先の最終決戦、アデュー・ウォルサムの手によって、憑依したギルツの肉体共々消滅したか、に見えた、【魔王】ウォームガルデスは、それより僅かに早く、この黒水晶の中へと逃げ延びていたのである。
 無論、ギルツの体を手に入れる以前の強靭だった肉体は、その憑依する以前のギルツによって一刀両断されており、現在はこの黒水晶以外に【魔王】の居場所はなく、かつてアースティア世界を震撼させた破壊神ぶりを発揮できようはずがなかった。
「魔王ガルデス様。黒水晶の中では狭苦しいことでしょうが、今少しの辛抱です。今少しお待ちくだされ・・・・」
 《・・・・》
 【魔王】ウォームガルデスが再降臨するためには、どうしても必要不可欠なものがある。それをこの魔族は弁えており、その為の準備には余念がなかった。
 再降臨するに必要不可欠なもの・・・・それは肉体である。無論、【魔王】が完全復活するには・・・・つまり、その圧倒的な破壊力を遺憾なく発揮できる、強靭な肉体が、である。
 現在のこのアースティア世界の中で、【魔王】の器に足る肉体の所有者は極僅かな数でしかない。その中には当然、勇者アデュー、サルトビといった【先の大戦の英雄】たちも含まれてはいる。だが、この例に挙げた二人の候補に憑依することに、【魔王】もこの魔族も良しとはしなかった。
 アデューも、サルトビも、強さと強靭さという意味だけでは、先の大戦に憑依したギルツに勝るとも劣らない戦士へと成長を遂げてはいる。だが、先の大戦による【魔王】ウォームガルデスの敗因は、憑依した肉体であるギルツのつまらない騎士道精神によって、が大きい。
 この同じ過ちを繰り返すつもりは毛頭なかった。
 次にこの魔族が着目した肉体の所有者は、【時空の魔導師】とさえ評された人物であった。ただし、これも魔族は候補から断念を余儀なくされている。確かに精神面においては、前者らの候補たちに比べて、魔にも順応できそうな人格の所有者ではあるが、禁断魔法《流星召還》メテオを操る【時空の魔導師】の由縁たる実力は本物であり、敵対するには余りにもリスクが高すぎたのである。
 だが、人間社会に交わるその間にこの問題を解決する方法を、この魔族は見つけたのである。何故カリウス・ハーミットが千年の時を生き、何故【時空の魔導師】と呼ばれたのか、を。
 その為に必要なものが二つあり、そのうちの一つは彼の手に落ちた。そして今一つの必要不可欠なものは、そう遠くない未来に手に入れることができるであろう。
 女魔族であったマルトーがそうであったように、魔族が現在のアースティア人類社会で生き延びていくには、相応の覚悟と精神的苦痛を伴ったのは当然である。
「ウォームガルデス様が降臨するまでの、今少しの辛抱よ」
 漆黒の暗闇の中で、魔族の嘲笑が不気味に響き渡った。だが、それは確かに【魔王復活】を予兆させる、ほんの前触れに過ぎなかったのだった。



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