第15話 総力戦


 第四の関陥落から一週間。シーゲランス帝国は追い詰められていた。第一から第四までの関をことごとく打ち破られ、さらには虎の子の海軍を敵国の王城攻略のために派遣しながら全滅。帝国内にはもはやこれまでという雰囲気が漂い始めていた。圧倒的支持を集めていたストラトス王子の人気も、もはや地に落ち和平の道を閉ざしたものと陰口をたたかれるほど低迷していた。最早ストラトスには勝つ以外自分の生きる道がなくなっていた。そのためにはどんな非常な策も実行するつもりでいた。
 「前線に送った陽動部隊はどうなっている!」
 イライラした口調でシーゲランス帝国第一王子ストラトスは側近に尋ねる。ヴェイス軍の侵攻を止め、その戦力を削ぐために、陽動部隊を派遣したのだが、その成果が一行に表れる気配がない。側近は少し困った顔をしたが、素直に陽動の失敗を告げる。
 「各地に散った陽動部隊はことごとく失敗に終わっております」
 「失敗だと?何故だ?魔族に支配された各地の地元民を取り込んで反乱を起こす手はずになっていたはずだが?」
 支配された地元民を徴兵し、その戦力をそがせようとたくらんだストラトスだったが、予想外の結果に驚きを隠せなかった。どこの地元民も魔族からの支配脱出を望んでいるものと思っていたからである。しかし、側近から帰ってきた言葉はストラトスの想像をはるかに超えるものだった。
 「ヴェイス軍は侵攻ルートにある都市や村をその支配下に置き、むやみな接収や殺戮などを行っておりません。しかもけが人がいれば治療し、食料が少なければ分け与えるほどでして・・・」
 善政を強いたヴェイス軍と自分たちを見捨てて逃げたシーゲランス軍。どちらの味方になるかは火を見るより明らかだった。反乱の扇動を託された陽動部隊の兵はことごとく民衆に裏切られヴェイス軍に捕縛されたというのだ。これにはストラトスは激怒した。自分たちは魔族に支配された民衆を助けるために戦っている。その自分たちを民衆が裏切ったのだ。
 「もうよい!そのような連中、戦争後見せしめのために皆殺しにしてくれる!!」
 イライラしたストラトスはそう吐き捨てると、副将のファティナに第五の関の状況を尋ねる。ファティナは報告書を手にストラトスに逐一報告する。
 「防壁の増強は完了しました。固定式大型バリスタの設置は明日中には。帝都及びその周辺より強制徴兵した兵員およそ3万にはすでに鎧と武器の配布は終了。基礎訓練の段階に入っています」
 「敵軍の進行状況は?」
 「ゆっくりとこちらに進軍中。遅くとも3日後にはここに着くと思われます」
 3日後の決戦を思いストラトスはほくそえむ。この関に備えられた兵器の数々、兵士の数は他の関とは比べ物にならないほど多い。また壁も三重に囲われ攻め込むことは難しい。鉄壁の防御を誇るこの関をヴェイス軍が突破することは不可能だ。ストラトスにはその自身があった。
 「あとは我々が敵将の首を取れば・・・」
 ストラトスは起死回生の策として、敵本陣へも突入を決めていた。関で敵の動きを止めている間に自分たちが敵将・エリウスを強襲。その首を取るというものだった。そのためにも陽動作戦を成功させたかったのだが、いまさらどうすることも出来ない。
 「まあ、この程度どうということもない。やつらの悔しがる顔が目に浮かぶわ!!」
 ストラトスはもう自分たちの勝ちを信じきっていた。だが、彼は知ることになる。自分の策などすでにエリウスに見抜かれていたことを。そしてこの鉄壁を誇る第五の関がわずか二人の敵にあっさりと打ち破られることを。ただいまは自分の勝利を疑うことはなかった。

 3日後、進軍したヴェイス軍は第五の関のバリスタの有効射程距離のぎりぎり外側で進軍を停止していた。打って出ようともせず、ただじっと第五の関と相対するだけだった。
 「どういうことだ・・・何を考えている・・・」
 ヴェイス軍の左翼に回りこみ、崖の上から様子を伺っていたファティナはそう呟いた。血の気の多い妖魔が関に突入。乱戦となっている間に自分たちと王子の率いる部隊が敵陣に突入、敵将・エリウスを打ち倒し、囚われのサーリア姫を助け出すこととなっていた。だが、そのヴェイス軍に動きがないのだ。
 「恐れをなしたか・・・それとも・・・」
 「お前らの策を読んだだけの話だ。エリウス様がな・・・」
 自分の独り言に答えるものがあったことにファティナは驚き後ろを振り返る。そこにはヴェイス軍の鎧を纏った青年が佇んでいた。武器も持たずにじっとこちらの兵を品定めしている。ここまで近付かれるまで気づかなかったことは問題だが、敵は一人、即座に撃破指示が全軍に伝達される。
 「この!死ねっっ!!」
 数人の兵が剣を抜き青年に襲い掛かる。青年はそれを避けようともせずに正面から受け止める。それを見たファティナはホッとする。ここまで忍び込んできたほどの腕の敵だったが、さしたる力はなかったようである。その安堵の表情はすぐに驚愕のものに変わる。
 「この程度か、帝国親衛隊というのは・・・」
 片手で騎士たちの一撃を受け止めた青年はその手を払い退ける。襲い掛かった騎士たちはその力にことごとく尻餅をつくのだった。その倒れた騎士たちを見下ろしながら青年は一言呟く。
 「魔素、開放・・・」
 その言葉に答えるかのように青年の外見は変貌を遂げてゆく。外見は二足歩行の蟻。だが、その指は鋭い鉤爪が生え、全身硬角質の鎧と化している。その姿はまさに魔獣だった。ファティナは悲鳴にも似た叫び声をあげる。
 「化け物め!!」
 その言葉を聞いた少年は口の部分を動かして笑ってみせる。まるで馬鹿にしたように、見下したように笑って見せる。ひとしきりそんな行為をした青年は一言だけファティナに言い放った。
 「化け物・・・か。お前らと俺、どっちが化け物かな?」
 その青年の言葉に騎士たちは怒りを覚える。自分たちがこのような魔物よりも恐ろしい生き物だといわれるのが不満で、許せないことだった。数人の騎士が剣を振りかざし襲い掛かる。その攻撃を受け流しながら、両手をだらりと構えた青年は、豪腕を振りかざして襲い掛かってきた騎士たちに反撃を加える。
 「おら、おら、おらぁぁ!!」
 腕で脚で打ち据え、爪で鎧を引き裂き、次々と敵をなぎ倒してゆく。あっけに取られていた他の騎士たちも剣を抜いて応戦するが、見事な身のこなしで騎士たちの攻撃を見事に受け流しながら、腕を脚をへし折り、戦闘不能にしてゆく。見る見るうちに騎士たちは腕を押さえ、足を抱え込んだまま動けなくなってしまう。
 「おい、おい。もっとちゃんと戦ってくれよ・・・」
 青年は溜息混じりにそういいながら、指でかかって来いと挑発する。その挑発に怒った騎士たちが無謀な突撃をし、同じように戦闘不能に至らされる。そんな戦いの中、ファティナは最後方で相手の動きをじっくりと観察しながら弱点を見極めようとしていた。この化け物を打ち倒すには隙をつくしかないと判断したのだ。
 「相手の動きをよく見なさい!攻撃を放つ瞬間、ガードが下がります、そこを狙いなさい!」
 青年の弱点を見つけ的確に指示するが、その隙を狙えるほどの腕前を持った騎士はここにはいなかった。正直なところ、ファティナ自身もそのわずかな隙を狙えるかどうか自信がなかった。それほどわずかな隙で、それ以外付け入る隙は見当たらなかった。
 (くっ、わが師、カルラ様だったら・・・)
 今は亡き師匠ほどの腕前を自分が持っていればこの青年を倒すことも出来たかもしれない。しかし今の自分はまだそこまでの腕前を持ってはいない。
 (ならば数でせめて無理矢理隙を作るしかない!)
 そう思い至ったファティナは一斉攻撃を指示する。いかに青年が兵であろうと、必ず隙はできる。それを信じての作戦だった。次々と繰り出される剣。青年はそれをかわし、受け止め、弾き返す。数の差を物ともしない動きで隙を見せない。一人、また一人と打ち倒されてゆく仲間を見つめながらファティナは自分も前線に立つ。
 「このままむざむざとやられえたまるか!!」
 (そうだ、このままやられてたまるか!あの方のためにも!!)
 ファティナは心に誓った人への思いと共に剣を振るう。だがその攻撃は男にかすりもしない。まるであざ笑うかのようにミリ単位の見切りまで見せ付けられる。しかも、いくら攻撃を繰り返しても男の動きは鈍りはしなかった。
 「くそ、疲労さえさせることが出来ないのか!!」
 あまりの力の差にファティナは苛立ち、単調な攻撃を繰り返す。そんなものがこの青年に通じるはずもなく剣をへし折られ、腹部を痛打する。薄れゆく意識の中でファティナは青年の名を尋ねる。青年は視線を動かそうとすらせずに一言だけ呟く。 
 「我が名はゼロ。Type-0。新型融合人間試作品零号なり・・・」
 ゼロの言葉を最後にファティナの意識は完全に没する。後に残された騎士たちもゼロの前にかなうはずがなく。全員討ち果たされるのだった。身動き一つ出来ない騎士たちを見下ろしながらゼロは変身を解く。
 「新しい実験体が手に入った・・・」
 ゼロは笑みを浮べると、小さな虫かごを取り出す。そしてその口を開くとキーワードを唱える。次々と倒れ動くことの出来ない騎士たちが虫かごに吸いこめれてゆく。ファティアも含め全員を吸い込むとゼロは虫かごの口を閉め、それを腰に下げる。
 「任務完了・・・」
 ゼロは抑揚のない声で言うと、踵を返してその場をあとにする。後には折れた剣が幾本も物悲しそうに転がっているだけだった。

 「クソ、やつら何をしているんだ・・・さっさと攻撃を開始しないか!!」
 計画通り事が運ばずストラトスは苛立っていた。予定通りならばすでに敵将エリウスの首を上げているはずだった。ところがヴェイス軍はまるで行動を起こさず、進軍をやめたまま動こうともしない。我慢できなくなったストラトスは今すぐにでも突撃しようとして配下の騎士たちに推しとどめられていた。
 「しかし、奴らどういうつもりでここに留まっているのだ?」
 いくら考えてもストラトスにはエリウスの考えが読めなかった。何の意味もなくここに留まっているようにさえ思えてくる。そんなストラトスの疑念に答えるような声が背後から聞こえてくる。
 「エリウス様はお前たちを動かすためにここに留まっていおられるのだ。ここに留まっていれば、苛ついたお前が必ず何かしら動きを見せると踏んでな」
 その澄んだ声にストラトスは背後を振り返る。そこには複雑な細工の施された長い杖を持ったダークエルフの少女が立っていた。少女はストラトスの顔を見ながらくすくすと笑っている。
 「な、なにがおかしい!!」
 「貴方ごときがエリウス様の首を上げる?おろかにも程があるわ。エリウス様はすでに貴方の策などお見通しよ」
 ダークエルフの少女の言葉にストラトスは怒りに震える。自分の策に穴などないと叫ぼうとした瞬間、少女が何事か呪文を唱える。呪文の詠唱が終わると、遥か天空から巨大な隕石が第五の関目掛けて降り注ぐ。その隕石が落ちた瞬間、第五の関の中心で大きな爆発が起こる。
 「ば、ばかな・・・・」
 ストラトスは唖然と崩れ行く第五の席を見つめるしかなかった。”メテオ・フォール”。攻撃呪文の中でも最大級の破壊力を誇る呪文の一つである。この呪文の唱えられる魔術師など限られている。その中でダークエルフの少女といえば一人しか存在しない。
 「ヴェイス軍・・・第二軍団・・・大将軍・・・フィラデラ・・・=ビー・・・」
 途切れ途切れになりながら騎士の一人が、少女の名前を呟く。”冥界の大魔道師”その異名は誰もが知っていた。少女はその呟きには答えようとはせず、手にした杖をストラトスに向ける。
 「さあ、ストラトス王子、貴方の頼みの綱、第五の関は落ちました・・・降参なさいますか?」
 無駄なことはやめて投降しろとフィラデラはストラトスを脅迫するが、ストラトスはそれを拒絶する。確かに関は落とされたが、まだ逆転の可能性が残されていた。目の前に敵の大将軍がいるのだ。いかに強大な呪文を唱える少女とはいえ一斉にかかれば捕まえることぐらいできるはずだ。
 「貴様を捕まえてヴェイス軍を撤退させる!かかれぇ!!」
 ストラトスの意を受けた騎士たちがフィラデラに襲い掛かる。魔術師は接近戦に弱い。そう読んでのことだった。しかしフィラデラが何の策もなく、敵に姿を晒すはずがなかった。彼女の足元から2体、3体と鉄の騎士が姿を現す。そいつらが騎士の攻撃を受け止める。
 「おろかね、何の策も無しにここに来ると思っていたの?」
 フィラデラは馬鹿にしたように言い放つと、呪文を唱える。雷が煌めき、鉄騎兵に行く手を阻まれた騎士たちに降り注ぐ。その強烈な電撃を浴びた騎士たちは消し炭と化し崩れ去ってゆく。いかに攻撃を仕掛けようとも、鉄騎兵に攻撃を遮られ、その手痛い反撃を受ける。
 「うぐぅ・・・なんだ、そいつらは・・・」
 「防御に特化した私のオリジナルゴーレム”ディフェンサー”。一切攻撃は出来ないけど、いかなる攻撃も防ぎきってくれる。それがどういうことか分かるでしょう?」
 フィラデラの言葉にストラトスは悔しそうな顔をする。つまりはいかに攻撃を加えようとも無駄ということである。そしてその間にフィラデラが強力な呪文を唱え、襲ってきた敵を撃破する。いかにゴーレムが攻撃力皆無とはいえ、世界屈指の魔術師が攻撃魔法を繰り出してきたら、おつりが来る様な攻撃力である。
 (ど、どうする・・・後ろに下がって弓で・・・いや結果は同じだろう・・・なら・・・)
 攻撃手段を失ったストラトスはどうしたものかと考え込む。今の状況ではフィラデラを捕まるどころか触れることすら出来ない。色々と考え込むうちにふとある結論に至る。いかに防御に優れたゴーレムとはいえ三体しかいない。これを押さえ込んで他の騎士が大回りで突入すればいかにフィラデラでもどうすることもできないだろう。
 「お前たち、いいか・・・」
 ストラトスは取り急ぎ回りの騎士たちに指示を下す。その指示を受けた騎士たちは行動を開始する。まず体格のいい騎士三人が一斉にゴーレムに襲い掛かる。力強く打ち込み、そのまま押さえ込む。その騎士たちとゴーレムを避けるようにして、数人の騎士がフィラデラ目掛けて突入する。
 「呪文詠唱を開始していてはどうすることも出来まい!!」
 ゴーレムに押さえ込まれている騎士への攻撃呪文を唱え始めていたフィラデラは、完全に不意を衝かれた形となった。そのフィラデラを押さえ込もうと、騎士たちが迫る。だがフィラデラはまるであわてていなかった。
 「”スペルワード、一時停止、ディレイト・スペル起動!キーワード、”愚か者に死を!!”」
 瞬時にフィラデラの”遅効呪文”が発動する。フィラデラから無数の風の矢が襲い来る騎士たちに放たれる。逆に不意打ちを喰らった騎士たちは次々と見えない風の矢を体に受けて吹き飛ばされる。その間にフィラデラは呪文を再起動させ、ゴーレムの動きを封じていた騎士たちに雷を降らせる。
 「ぎゃあああっっ!!」
 絶叫を上げて雷に打たれた騎士たちが地に倒れ伏す。次々と打ち倒されてゆく部下たちをストラトスは悔しい思いで見つめているしかなった。全ての部下が討ち取られ、後は自分だけとなってしまった。
 「どうなさいますか、ストラトス王子。降参なさるなら今のうちですが?」
 「馬鹿にするな!これでも一国の王子、自分の引き際は心得ている!」
 ストラトスは剣を構えると、フィラデラに襲い掛かる。フィラデラは鉄騎兵でそれを防ごうとはせず、するりとストラトスの横をすり抜ける。そして懐から三つの水晶だまを取り出し、鉄騎兵の胸元のくぼみにはめ込むと、また距離をとるのだった。
 「その勇気は賞賛に値しますわ。では、こちらもそれなりの余興でおもてなし致しましょう・・・」
 フィラデラはそう言って呪文を唱える。その呪文に答えるように鉄騎兵の体が変化を始める。これまでの防御に徹した姿と違い武器を持ち、攻撃できる方に変化する。一体は斧を、一体は槍を、残る一体は剣を手にしていた。その姿にストラトスはどこか見覚えがあるものを感じていた。
 「なんだ、この感覚は・・・どこだ、どこで見かけたんだ・・・」
 鉄騎兵の構えに何かを感じ取りながらストラトスはそれを思い出すことが出来なかった。そんなストラトスに斧を持ったゴーレムが襲い掛かる。全てを薙ぎ払い、打ち砕くような一撃。防御すら弾き飛ばさんばかりの一撃。それはストラトスにとって覚えのある一撃だった。
 「ゴルザド将軍の攻撃?なんだ、このゴーレムは?」
 自分の武術の師であるゴルザドの攻撃は彼がよく知るものだった。ゴルザドの斧は一撃必殺。全てを薙ぎ払い、打ち砕く。それを眼の前の鉄騎兵は再現しているのだ。困惑の表情を浮べていると、斧を持ったゴーレムが下がり、代わりに槍を持った鉄騎兵が攻撃を仕掛けてくる。風を引き裂くような一閃。目にも留まらぬ一撃がストラトスの脇を掠めてゆく。
 「今度は、ルドルーラの槍術だと?どうなっている?」
 帝国一と恐れられたルドルーラの槍を必死に受け流しながらストラトスは完全に混乱していた。最後に攻撃を仕掛けてきた剣を持ったゴーレムの動きにも見覚えがあった。その動きは間違いなくカルラのものだった。だが、カルラが死んだことはヴェイス軍に解放された兵の証言で明らかだった。
 「まさか、貴様!三人の遺体を・・・」
 「そんなことしませんわ。カルラ将軍はまだしも、残りお二方は今も健在ですわよ?」
 三人の遺体から作り出したゴーレムかと思ったストラトスは声を荒げたが、フィラデラはそれをあっさりと否定する。その言葉を鵜呑みにするわけにはいかなかったが、嘘を言っているようにも思えない。そうなるとますますこの鉄騎兵の正体が分からなくなってくる。
 「答えを教えて差し上げましょう。私のオリジナル・スペル”スキル・コピー”によって技をコピーし、それを鉄騎兵に読み込ませたただそれだけの話・・・」
 彼女の言う”スキル・コピー”などという呪文ストラトスは聞いたことがなかった。ならば彼女の言う彼女のオリジナル呪文である可能性が高い。もしそれが事実だとすれば自分は今帝国三大将軍を相手に闘っていることになる。それでもストラトスは引く事は出来ず、戦いを挑むのだった。
 「どうやらスキルだけではなく、癖までコピーしてしまっているようだな!そこっ!!」
 気合のこもったストラトスの一撃が鉄騎兵の胸元に決まる。騎兵にデータを与えていた水晶が落ち、鉄騎兵の動きが止まる。各自の癖を覚えていたストラトスはその隙を狙ったのだった。三個の水晶が地に落ち、鉄騎兵も動きを止める。一方のストラトスも無傷というわけではなく、あちらこちらに切り傷を作り、ぽたぽたと血が滴り落ちて地面を赤く染め上げる。それを見たフィラデラは笑みを浮べて拍手する。
 「お見事。さすがシーゲランス帝国の王子。どこぞのエセ勇者とは違いますわ。ではこれでどうでしょう?」
 フィラデラはそう言うと、杖を捨て短く呪文を唱える。何をするつもりかとストラトスは身構えるが、その瞬間フィラデラの姿が消える。辺りを見回すストラトスの背中に強烈な一撃が見舞われる。数メートル吹き飛ばされたストラトスは何とか身を起こすが、今度は腹に重い一撃を喰らい宙に舞う。
 「がはぁぁ!!」
 したたかに背中を地面に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出す。全身がばらばらに砕かれそうな激痛に見舞われながら、何とか身を起こしたストラトスは自分の眼前で悠然と佇むフィラデラを睨みつける。
 「なにを・・・した・・・?」
 「”フル・スペック”身体機能の全てを倍加する呪文を唱えただけ。もっとも必要なかったみたいね」
 フィラデラは冷ややかな笑みを浮べてストラトスを見下ろす。確かに能力を倍加していなくてもストラトスの敵う相手ではなかっただろう。だからといってここで諦めるほど出来た人間でもなかった。よろよろと立ち上がると震える手で剣を構える。
 「まだ諦めませんの?でしたら・・・」
 またフィラデラの姿が消える。元々スピードのある彼女の能力が倍加しているのだ。とてもではないが目で追いきれるものではなかった。気配で交わそうとするが、気配すら読めない。突如眼前に現れた彼女はストラトスの胸に手を当てると”ディレイト・スペル”を発動させる。
 「ぐああああっっっ!!」
 全身を光の矢が貫く。激痛にストラトスは悲鳴を上げる。そんな彼を無視するかのようにまたフィラデラは姿を消す。右腕に業火が、左腕に雷撃が、両足に巨石が見舞われる。四肢を砕かれたストラトスの戦意は、さすがにくじけていた。もはやどうすることも出来ない絶望感に支配されていた。
 「ようやく諦めましたか?」
 「ああ・・・好きにするといい・・・もう、妹のところに・・・」
 「よろしいですわ。サーリア様のところに連れて行って差し上げます」
 諦め目を瞑ったストラトスにフィラデラはそう言うと”スリープ”の呪文を発動させる。その言葉の意味をストラトスが聞く前に、彼を眠りの闇が支配する。心の砕けた彼にはもはや抗うことは出来なかった。ストラトスの意識は闇に没してゆくのだった。
 「これにて終了です・・・・」
 フィラデラはそう言うとストラトスをいずこかに転移させると自身もあとに続く。あとには無数の屍と、砕けた武器、燃えるシーゲランス国旗だけが残されているのだった。

 そして3日後・・・
 シーゲランス帝国王都、コンドルアの目前にヴェイス軍は迫るのだった。これに対しシーゲランスは何の抵抗も出来なかった。頼みの綱の王子は倒れ、帝国屈指の将軍たちもことごとく打ち倒されている。おそらく各地に散っている軍をすぐさまここに集結させても、状況は変わらないだろう。
 「陛下、もはやここまでかと・・・」
 和平派の中心ロドリゲス公爵はシーゲランス帝国皇帝、リケルバウト=オーウェン=シーゲランスに和平の申し出を嘆願していた。ここにいたっては厳しい条件を突きつけられる可能性が高いが、それでもこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
 「市民の安全を第一に考えた場合、いかに不利な条件を突きつけられましても・・・」
 相手の条件面をなるべく飲むことで、譲歩を引き出したい。それがロドリゲスの本音だった。リケルバウトもまたこれ以上の戦争は回避したい思いでいっぱいだった。
 「ロドリゲスよ、その件はそなたに任せる・・・」
 「陛下・・・」
 「ワシはどうなってもいい。ストラトスもサーリアも失った今、ワシに何にすがって生きよというのだ・・・」
 落ち込んだリケルバウトは完全に脱力しきっていた。愛しい息子も娘も失ったのだ。年老いたこの皇帝にはあまりに過酷なことだった。そんなリケルバウトにロドリゲスはかける声が見つからなかった。
 「ワシの命が欲しいのならくれてやる・・・後のことは頼むぞ、ロドリゲス」
 リケルバウトは自らの命を絶つことで和平を成立させるつもりでいた。それを止めることはロドリゲスには出来なかった。ただ、首を下げて拝礼することしかできなかった。
 ”貴方の命を頂いても誰も喜びはしませんよ・・・”
 そんな声と共に空間が歪み、誰かが転移してくる。あわてたロドリゲスがリケルバウトを護ろうとする。そこに現れたのは三人の男女であった。うち二人の顔を見たロドリゲスは驚き、リケルバウトは喜んだ。
 「父上、ただいま戻りました・・・」
 「お父様、命を絶つなどと申されないで下さい・・・」
 力なく座り込んでいる父親にストラトスとサーリアが駆け寄る。死んだものと思っていた息子と娘の登場にリケルバウトは大いに喜んだ。同時に生きていたことを疑問に思うのだった。それはロドリゲスも同様であった。ストラトスは神妙な面持ちで語り始める。
 「フィラデラ将軍に敗れた私はもはやここまでと思っていました・・・しかしエリウス公の前に連れて行かれたとき、わたしの助命を願ってくれたのがサーリアでした」
 そこまで言うとストラトスは隣にいるサーリアをちらりと見る。死んだものと思っていたサーリアが生きていたことにストラトスは疑いも持ちながらも彼女と話を始める。その会話の中でストラトスは間違いなく彼女が自分の妹であることを確信するのだった。
 「そしてサーリアに課せられた使命の重さも知ったのです」
 寂しそうな視線をそっとサーリアに向ける。”巫女姫”としてこの国の、世界の秩序を護る彼女の使命、その重さをストラトスはそのときにようやく知ったのだった。妹を愛するあまりその優しさに気づかず、むやみな進軍をした自分を悔いた。サーリアは優しい笑顔を父と兄に向ける。それは昔とまるで変わらないものだった。
 「お父様、エリウス様はこれ以上の戦闘を望んでおりません。私一人がお望みなのですから・・・」
 その言葉にリケルバウトは何も言えなかった。国民全ての命と娘の命を引き換えにしているような気がした。だが、これは交換などではなく、”巫女姫”を元の場所に返す、ただそれだけのことなのだ。しばし考え込んだリケルバウトは大きく頷く。
 「わかった。エリウス公の申し出受けるとしよう・・・」
 「そう仰っていただき感謝します、リケルバウト閣下」 
 そう言って話に割り込んできたのは転移してきた最後の一人だった。言うまでもなくそれはエリウスだった。エリウスはリケルバウトに歩み寄ると恭しく礼をする。
 「エリウス公ですか・・・此度はわが国の・・・」
 「それ以上は仰らないように・・・我が願いは解放のみ。そのための進軍なのですから・・・」
 今回の戦争の起こりは国境警備隊による攻撃がきっかけである。たとえそれがエリウスによって導かれたものであったとしても、それを諌めておく義務をリケルバウトは怠ったと思っている。だが、エリウスはそのことは問わずにいた。エリウスはスッと目を細めると柱の方に視線を移す。
 「いつまでそんなところに隠れているつもりだい?決着を付けるつもりなんだろう?」
 やや怒気のこもった声でそちらに言い放つ。自分たち以外にも誰かいたことを知り、リケルバウトとロドリゲスはあわててそちらの方に視線を移す。ストラトスもサーリアもそちらを怒りのこもった眼差しで睨みつけていた。みなの視線が集中する中一人の男が柱の影から姿を現す。
 「お、おまえは・・・フィリップ・・・」
 長い戦争へとこの国を導いた張本人の一人である彼がこの場に来た理由は一つしかなかった。
 「久方ぶりだね、フィリップ=オーギス。裏切り者たる”九賢人”よ・・・」
 フィリップの方をじっと睨みつけながらエリウスは冷ややかに言い放った。”九賢人”のことを知らないロドリゲスは呆然としていたが、他の三人は三者三様の眼差しで見つめていた。
 「おぬしが”九賢人”じゃと?」
 信じられない表情を浮べてリケルバウトは言う。長年にわたり自分を支えてきてくれた一族の長が伝説の”九賢人”だとは思わなかったからだ。すぐに信じろというのが無理な話だった。
 「貴様の甘言に乗ったがために・・・しかも私の副官も貴様の息のかかったものだったとは・・・」
 ストラトスは怒りに満ちた目でフィリップを睨みつける。フィリップに甘言に乗ったがために妹の本質見抜くことが出来ず、戦争を長引かせてしまったのだ。さらに、セリア、ファティナといった副官が事あるごとに自分にヴェイス軍の非道を報告してきていた。それもまた、フィリップの策であった。自分子飼いの兵を副官に任ずることでストラトスを操ったのである。ストラトスがそのことを知ったのはつい先ほどだった。いまだフィリップに対する怒りは収まらない。
 「いつまでそのように力にすがって生きているのですか、あなた方は・・・」
 哀れむ眼差しで見つめるのはサーリアだった。”巫女姫”として目覚めた彼女は全てを理解していた。ゆえに世界を我が手にしたいと望む”九賢人”が哀れでならなかった。それぞれの眼差しを受け流しながらフィリップは余裕の笑みを浮べる。この状況でも度にかできる自信がある証拠だった。
 「長きに渡り貴方を、歴代皇帝を支えてきましたよ。いや、支えるというのには語弊がありますね。裏から支配してきたのですよ、この私が!」
 「歴代の?どういう意味だ・・・私が知る限り三代ルドルフ家は代替わりを・・・」
 「ええ。女に子供を産ませ、その子供がある一定年齢に達したら我が魂を移し変えてきたのですよ。”九賢人”はそうやって現代まで生きながらえているのですよ」
 フィリップはおかしそうに笑いながらリケルバウトの問いに答える。彼ら”九賢人”はそうやって悠久の時を生き、この世界を裏から支配してきたのである。だからといってそれが許されることではない。この世界の支配のために本来あるべき命を踏みにじってきたのだ。
 「何を考えているんだ、あなた方は!!」
 ストラトスは思わず激昂する。”九賢人”に対する怒りが激情に任せて吹き出してくる。しかし、フィリップはそんなストラトスの怒りにもどこ吹く風だった。
 「我々はこの世界の支配者。この世界は我々によって安定を・・・」
 「簒奪者の間違いだろう?」
 フィリップの言葉をエリウスが遮る。その言葉を聞くとフィリップの顔色が変わる。それまでの相手を見下したものから憎しみのこもったものになる。だがエリウスはそれを受け流して平然としていた。
 「支配者になりたくてなんでもしてきた下衆じゃないか。いまさら聖人気取りとはお笑いだね」
 エリウスはフィリップを、”九賢人”を馬鹿に仕切った態度で言葉を続ける。その言葉とともにフィリップの表情も険しさを増す。眉は完全に釣りあがり、憎しみのこもった目でエリウスを睨みつける。
 「支配者の地位が惜しくて僕に戦争を仕掛けさせる。とんだ聖人もいたものだ」
 エリウスは鼻で笑う。これでフィリップは完全に切れた。
 「この世界は我々が支えてきたのです。貴方はもはや用済み・・・」
 「用済みはお前らも一緒だよ。僕はただ愛しい娘たちを返してもらいに来ただけさ」
 エリウスはそう言ってサーリアの手を取って見せる。それは”九賢人”によって奪われた12人の”巫女姫”のことを言っているのだ。ならば彼女たちをつれて消えろとフィリプは言いたかったが、そうもいかない。12”巫女姫”が揃うことは創世神ヴェイグサス復活を意味する。それは同時に自分たちの支配する時代の終焉を意味することだった。そして自分たちの最後を意味することであることも・・・
 「ならば、貴方をもう一度無の闇に帰して差し上げましょう・・・」
 「悪いけどそこへはキミ一人で行ってくれ。ハイネンスが待っているよ」
 「私は死なない!私はこの世界の支配者だ!!」
 狂ったように叫ぶとフィリップは呪文を唱える。無数の炎の矢がエリウスに襲い掛かる。エリウスは落ち着いて防御結界を張り、これを無効化する。火の粉を撒き散らして炎の矢が四散する。エリウスはゆったりと構えたまま背後のサーリアに指示を出す。
 「サーリア、戦いが終わるまで皆を・・・」
 「はい、エリウス様」
 サーリアはエリウスの言葉に頷くと、胸元に手を当てる。背中から純白の翼が生え、手には鏡が握られていた。
 「鏡よ、我らにおよびし全ての災いを跳ね返したまえ!」
 サーリアの言葉に答えるように鏡が輝き、サーリアの周りに結界が張られる。それを見届けるとエリウスはフィリップに向けて駆け出す。一気に接近すると、右手を突き出す。間一髪かわしたフィリップだったが、かすった服が引き裂かれる。体勢を崩したフィリップの脇をエリウスの回し蹴りが的確に捉える。
 「ぐほああっっ!!」
 強烈な一撃にフィリップは数メートル吹き飛ばされる。その隙にエリウスの呪文が完成する。
 「光の矢よ、貫け!”レイ・アロー”!!」
 無数の光の矢がフィリップに襲い掛かる。だがそれがフィリップに達する直前にフィリップも持ち直し、防御行動に出ていた。
 「”我に究極の鎧を!!”」 
 フィリップの叫びに呼応するかのように淡い光が彼の体を覆いつくす。光の矢はその淡い光に遮断され消失してゆく。フィリップにはまるでダメージを与えられていなかった。しかしエリウスはその様子を見てまるであわてる様子はなかった。
 「”ディレイト・スペル”、内容は”アブゾリュート・アーマー”、究極防御か」
 呪文の効果を読みきったエリウスは間髪いれずに次の行動に出る。
 「戒めの風よ!彼の者を捕らえる監獄となれ!”スパイラル・ケイジ”!」
 フィリップの周りに竜巻が発生し、彼を締め上げる。”アブソリュート・アーマー”のおかげでフィリップにはダメージはない。しかし、フィリップを取り巻く風の監獄は徐々にその半径を狭め、ぎりぎりと彼を締め上げる。エリウスの狙いに気づいたフィリップは歯軋りする。
 「”アブソリュート。アーマー”の消失が狙いか・・・」
 ”アブソリュート・アーマー”はいかなる攻撃も無効化できる防御魔法である。だがその効果はある一定以上ダメージを受けると消える仕組みになっている。エリウスは風の監獄で常にダメージを与え、”アブソリュート・アーマー”を消失させようとこの呪文を唱えたのだ。
 「くっ、どうしたものか・・・」
 フィリップは青い顔で対応を迫られる。このままではいつか”アブソリュート・アーマー”は消失し、自身にダメージが来るのは目に見えている。しかしこの監獄を飛び出しても、そこに次の呪文が唱えられることになるだろう。どんな呪文をかけられたとしても”アブソリュート・アーマー”は持たない。
 「ならば飛び出して・・・」
 指輪を見つめながらフィリップは決意する。”ディレイト・スペル”でエリウスの攻撃を相殺し、この場から逃げ出すことにした。”巫女姫”を数人開放したエリウスの力は相当上がっている。もはや生身のままで戦えるほど甘くはなかった。自身の甘さを嘆きつつ、フィリップは撤退準備に入る。
 「”テレポート”!!」
 指輪に込められた魔力を開放しこの場を引こうとする。しかし、発動した魔力は何かに打ち消され、”テレポート”できなかった。あわてたフィリップは辺りを見回す。彼の周りを十二の星が取り囲み、発動した魔力を打ち消してしまったのである。
 「なんだ、これは?こんなもの聞いたことがない!!」
 「当たり前だろう?君たちに見せたことなど一度もないのだから。さあ、混沌の闇に帰るといい。”インフィニット・ケイオス”!!」
 星の作った結界の中に無の混沌が現れる。フィリップは必死にもがいて逃れようとするが、無は彼を逃さない。腕を脚を取り込み、消し去ってゆく。体を、頭を、命を、魂さえも無に帰す。無の混沌が消えた後には何も残っていなかった。フィリップという”九賢人”の存在そのものも・・・
 「では、お父様、お兄様・・・」
 サーリアはじっと父と兄を見つめる。今生の別れとなるわけではないが、やはり別れは寂しい。父と兄の手を取ってギュッと抱きしめる。そんな娘の、妹の肩を抱いてやることしかリケルバウトにもストラトスにも出来なかった。サーリアも肉親のぬくもりを肌に覚えこませていた。
 「エリウス公。サーリアを・・・」
 「姫は我が12”巫女姫”が一人。丁重にもてなしますよ」
 まだ心配そうなストラトスの言葉にエリウスは笑顔で答える。それを聞いたストラトスもようやく納得したのか、サーリアの手を離すのだった。
 「和平交渉の細部は後日こちらの文官をたてますので、そのときに・・・」
 エリウスはそれだけ言うと、恭しく一礼するとサーリアを連れてその場から姿を消すのだった。後に残されたリケルバウト、ストラトス、ロドリゲスはそれぞれあわただしく動き出す。この国の新しい平和はまだ始まったばかりなのだから。

 魔天宮。このヴェイス軍の移動要塞にフィラデラが呼び出されていた。もちろん今回の戦功についてである。第五の関を、ストラトス王子を破ったフィラデラにはエリウスから直接、褒美が下されることとなっていた。それを受け取りにフィラデラはエリウスの部屋へと向かう。
 「殿下、第二軍団大将軍、フィラデラ=ビー、参上仕りました!」
 「入っておいで、フィラ・・・」
 部屋の前で名乗りを上げるフィラデラにエリウスは部屋の中から優しい声をかける。エリウスの許可を得たフィラデラはドアを開け、室内に入ってゆく。室内にはエリウス以外誰もいなかった。大概”巫女姫”のいずれかがエリウスの相手をしているはずなのに、とフィラデラは思いながらエリウスに近寄る。
 「殿下、フィラデラ=ビー、参上いたしました」
 深々と頭を下げて礼をするフィラデラだったが、その手をエリウスが掴み自分の方側に引き寄せる。思いもしないエリウスの行動にフィラデラは抵抗できずに、彼の胸の中にもたれかかってしまう。状況を知ったフィラデラは顔を赤くして逃げ出そうとするがエリウスは力強くフィラデラを抱きしめる。
 「で、で、殿下?」
 「君へのご褒美、もらうといったよね?」
 エリウスの言葉にフィラデラは自分のいった言葉を思い出す。確かにエリスにそう宣言している。だが、それとこれとがどのような関係があるのかわからない。フィラデラを抱きしめたエリウスがそっと耳元で囁く。
 「君を抱いてあげること・・・それをご褒美にしてあげなさいって義母上がね」
 フィラデラはそこまで言われてようやく合点がいった。先日、ヒルデが渡した羊皮紙、アレにはそのことが書かれていたのである。とんでもないことを書くお方だとフィラデラが思っているとエリウスはそんな彼女を抱き寄せ唇をふさいでしまう。優しく包み込む様なキスにフィラデラの体から力が抜ける。
 「それとも、僕とでは不満、かい?」
 「・・・卑怯です。私の気持ちを知っていて・・・」
 エリウスの言葉にフィラデラはそう言って俯いてしまう。そんな彼女をベッドの上に寝かせると、もう一度キスをする。
 「はむっ・・・んんんっ・・・んっ、んっ、んっ・・・」
 今度は熱い口付けを。エリウスの舌が入り込んでくるのをフィラデラは嫌がらなかった。むしろ積極的に自分の舌を絡ませてくるのだった。ピチャピチャと舌と舌、唾液と唾液が交じり合い、絡み合う音が響き渡る。キスをしながらエリウスの手はもそもそと動き回り、フィラデラの長衣をするりと剥ぎ取る。
 「綺麗だよ、フィラ・・・」
 エリウスにそういわれたフィラデラは少し嬉しそうな顔をするが、手は胸元を隠してしまっている。肌はきめ細かいが、ダークエルフ独特の浅黒い肌とほっそりとした凹凸の少ない肉体を恥ずかしがっているのだ。それを理解したエリウスはそれ以上なにも言わずに、フィラデラの肌にキスをする。
 「んっ・・・あふっ、ああっ・・・」
 強く、優しくキスを繰り返す。フィラデラの体から徐々に力が抜けてゆく。エリウスはするりと力の抜けた腕の隙間から手を差し込み、ほとんど起伏のない胸を弄る。触った瞬間、フィラデラの体が大きく跳ね上がる。エリウスは気にせずに優しく包み込むように撫でまわす。
 「んんっ、あんっ・・・そ、そこ・・・ああああっ・・・」
 フィラデラは生まれて初めて味わう快感に、完全に押し流されていた。エリウスを受け入れ、ただひたすら彼との快楽を貪る。そんなフィラデラを愛しそうに抱きしめたままエリウスは彼女の小ぶりの乳首を口に含む。
 「はっ!ひゃんっ!!そこ・・・ああああっ!」
 すでに硬く先の尖った乳首をころころと舌先で転がすようにしながらエリウスはフィラデラの乳首を堪能する。唇でコリコリした感触を堪能し、強めに啜り上げたりもする。その度にフィラデラの口からは甘く切ない嬌声が奏でられる。それがエリウスには心地よかった。
 「ひぐっ!エル・・・そんなに・・・」
 ふと漏らしたフィラデラの言葉にエリウスは乳首から口を離して顔を上げる。じっと彼女の顔を見ているとフィラデラのほうは中断されモジモジとしている。何故中断してしまったのか分からずモジモジしているとエリウスは笑みを浮べて嬉しそうにこんなことを言った。
 「久しぶりだね、エルって読んでくれたの・・・」
 「えっ?あっ!!」
 それを聞いたフィラデラはようやく納得が言った。常に兄クリフトと共にエリウスの傍にいた彼女は、幼き頃はエリウスのことを”エル”という愛称で呼んでいた。だが、年を重ね、お互いの立場が明確になってくると、いつしか彼女はその愛称でエリウスを呼ばなくなっていた。自分の中にある思いと共に封じてしまったのである。
 「今だけはその愛称で呼んでくれるかい?フィラ・・・」
 「え、あの・・・その・・・はい・・・エル・・・」
 エリウスにそう懇願されたフィラデラは顔を赤く染めて小さく頷く。そんなフィラデラにエリウスはもう一度優しく口付けをするのだった。口付けをしたままエリウスの手が下へと延びる。下腹部より下、もっとも恥ずかしい場所へと指先が到達する。フィラデラの体に緊張が走る。
 「そんなに緊張しないで、フィラ・・・」
 耳元でそう囁くとフィラデラの体から力が抜ける。指先が割れ目をそっと撫で上げる。
 「ひゃぁん!!あああんっ!いうっ・・ああああっ!!」
 たったそれだけのことなのにフィラデラの体は痙攣し、震え上がる。膣の奥から愛液が滴り落ち、指先をぬらしてゆく。もう大丈夫だろうと、エリウスは中指をそっとフィラデラの膣内に押し込んでゆく。愛液で濡れたそこは狭く指一本でもキュウキュウと締め付けてくる
 「うくっ・・・ああああっ、エル、エル、エル!!」
 絶え間撒く襲い来る快感にフィラデラは頭を振って悶える。そして愛しい人の名前を連呼して幸せを噛み締める。そんなフィラデラをもっと喜ばせようとエリウスは指をさらに奥へ、さらに感じる場所を求めて進ませてゆく。溢れ出した愛液はエリウスの手を濡らし、手首にまで滴り落ちる。
 「そろそろ・・・」
 エリウスの囁きにフィラデラは顔を真っ赤にして小さく頷く。それを確認したエリウスは自分のペニスをフィラデラの愛液を擦り付け、彼女の足を左右に大きく開く。フィラデラは小さな悲鳴を上げてそこを隠そうとするが、その手をエリウスが遮る。エリウスに首を左右に振られたフィラデラはおとなしくその手をエリウスの背中へと回す。
 「いくよ・・・」
 エリウスはそれだけ言うとペニスの先端をフィラデラの膣口に押し当てる。その瞬間が来る事にフィラデラは体を硬くして待っていた。そんな緊張した状態で受け入れれば痛いだけである。エリウスはそっと両手でフィラデラの背中をさすってやる。スッとフィラデラの体から力が抜ける。その瞬間をエリウスは逃さなかった。
 「ひぐぅぅっっっ!!いたっっっ!!」
 ずるりとペニスがフィラデラの膣内に潜り込む。男を知らない膣が大きく押し広げられてゆく。その激痛にフィラデラはまたエリウスの背中に爪を立ててしまう。幾本もの赤い筋がエリウスの背中に刻まれる。エリウスのほうもその痛みすら覚えるきつさにすぐにでも果てそうだった。だが、さらに奥を目指さなければならない。ぐっと力を込めさらに奥にペニスを押し込む。
 「んくっ!いた・・・いたい!!!」
 最後までペニスの侵入を拒んでいたフィラデラの処女膜が陥落した瞬間、フィラデラはエリウスにしがみ付く。全身を引き裂かんばかりの激痛がフィラデラに襲い掛かる。その激痛から逃れようと彼女は必死にエリウスに抱きつくのだった。エリウスもそれに答えてフィラデラを優しく包み込むように抱きしめる。
 「フィラ・・・」
 腰を動かさずにフィラデラにキスをする。フィラデラもそれに答える。しばらくお互いの唇を貪りあう。ずきずきと痛む膣もようやく痛みが引いてきた頃に、フィラデラは無言のまま頷くのだった。それを見たエリウスはそっと、ゆっくりと、腰を動かし始める。
 「はぐ・・・ううっ・・・あんっ・・・あ、あ、あ・・・」
 痛みに眉をひそめていたフィラデラだったが、徐々に痛みに慣れてきて声に艶が戻ってくる。智と愛液が混ざり合いジュボジュボといやらしい音を奏でエリウスの動きを助ける。dが、フィラデラのきつさが和らぐわけではなく、エリウスは限界を必死に超えないように我慢するしかなかった。
 「あうっ・・・あああっ、エル・・・エル、もう・・・もう・・・」
 フィラデラの口からも限界を訴える言葉が漏れる。それを聞いたエリウスもさらに激しく腰を打ち付ける。お互い抱きしめあいそのときに備える。膣道がよりきつくペニスを締め付けた瞬間エリウスは限界を迎えた。
 「フィラ、もう・・・」
 「わたしも、わたしも・・・あああああああっっっっ!!!」
 エリウスがフィラデラの子宮に精液を放った瞬間、フィラデラも大きく痙攣して果てるのだった。絶頂を迎えた二人は抱き合い、お互いの存在を確かめ合う。もう二度と来ないこのときを惜しむかのように・・・

 「では殿下、私は任務に戻ります」
 行為を終えて一時間、フィラデラは長衣を纏い、ベッドで横になるエリウスに微笑む。エリウスも微笑みそれを見送るのだった。部屋を出たフィラデラは扉の前に立ち尽くし、ギュッと手を握り締める。先ほどまであったぬくもりが急速に失われていくのが怖かった。
 (ありがとう・・・ございました・・・エル・・・)
 心の中で追う呟くと彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。この戦いの果てに待つモノがなんなのか、彼女にはよく分かっていた。そしてそのとき自分がエリウスの隣にいられないことも。だからエリウスはフィラデラを抱き、その心に思い出を残してくれたのだ。
 (やっと、終わりに出来る・・・)
 幼き日より憧れ、恋してきた人とのひと時。それがフィラデラには生涯忘れられない思い出となるだろう。そしてこの先いかなる男性にも恋できないだろう。それでも彼女にはエリウスが全てであった。
 (殿下の望みを遮るものは全て焼き尽くす!!)
 新たな誓いの元、フィラデラは歩き始める。愛しき人の望むままに・・・

 漆黒の闇の中。棺の前にある燭台には四本目の火がともっている。そして二本目の鎖ははじけ飛ぶ。その光景を男は狂喜して喜んでいた。
 「いいぞ、計画通りだ。このまま行けばこの世に新たなる神が生まれる・・・それはわたしだ!!」
 狂気に満ちた笑いがこだまする。闇の中で男は笑い続けた。全てがすでに自分のものになったかのように・・・


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