第35話  魔神


 魔天宮大広間。一時的野戦病院と化したこの部屋ではまだ怪我の治療が続いていた。比較的怪我の軽い(といっても顔面を盛大にすりむいた程度と軽い打撲程度)の四バカは顔に包帯を巻かれただけで放置されていた。その間にチビたちへの治療が行われ、チビ竜たちの泣き声がこだまする。
 「いちゃいの、いちゃいのぉ!!」
 傷口の消毒を受けたエンが大粒の涙を流して痛がる。それはライやチイも同様で、ランやスイにいたってアリスに縋りついて大泣きしていた。唯一無口のまま傷の手当てを受けていたのはヒョウだけであった。そのヒョウも傷の痛みに眉をしかめたりしている。
 「みんな、大丈夫〜?」
 間延びした口調で唯一無傷のアンが心配そうに妹達の様子を伺う。怪我らしい怪我一つしていないアンを大粒の涙を目に溜めたエンが睨みつける。
 「アン姉ちゃん、何で怪我してないんだよう?」
 「そうだ、そうだ!!あたいたちは痛い思いしたのに!!」
 「そう言われましても〜」
 妹達の問い詰めにアンは困った顔をする。自分だけ怪我をしなかったのは経験の差だが、それを妹達に説明しても分かってはもらえないだろうし、アン自身もよく理解していない。どうしたものかと、小首を傾げていると、エンたちはさらに問い詰めてくる。
 「どうやったら怪我しないで戦えるの?教えてよ、アン姉ちゃん!」
 「そんなの〜こうやってぴゅ〜っとかわしてぇ、ぼ〜んと攻撃すればぁ〜」
 身振り手振り交えて説明するアンであったが、あまりに抽象的過ぎてエンたちには理解できない。それはヒョウやアリスたちも同様で、乾いた笑いを浮べてアンを見つめる。当のアンはそんなことに気付いた様子もなく、相変わらず身振り手振りを交えて説明していた。
 「・・・というわけです〜。わかりました〜?」
 「「「「わかるかぁぁぁっっ!!」」」」
 満足した表情で説明を終えたアンであったが、アンの説明が理解できたものなど、ここには一人もいない。思わずエン、ライ、チイ、ヒョウの四人が大声で突っ込んでしまう。その突込みを受けたアンは首を傾げて困っている。
 「あの〜わかりませんか〜?それは困りました〜」
 本気で困った顔をしたアンはどうしたものかと考え込んでしまう。自分にはこれ以上どう説明していいのか分からない。困り果てていたアンはふと名案を思いつく。
 「そうですわ〜。言葉で分からないのでしたら〜実戦で〜」
 「いえ、それは結構です、アン姉様!!」
 自分の思いついた名案に手を打って喜んだアンであったが、そのアンは瞬時にヒョウにだめ出しをされてしまう。その後ろではエンたちも同意している。折角の名案を否決されたアンは頬を膨らませ、上目遣いに睨みつけてくる。
 「何でだめなんですか〜〜〜?」
 「何でも、です。折角ですが、今アン姉様の実戦に耐えうるものが居合わせていません」
 頬を膨らませたアンが文句を言ってくるが、ヒョウはきっぱりと理由を述べて実戦をやらせないことを告げる。そこまで言ってちらりと部屋の隅で立たされたまま待っている四バカのほうに視線を移すが、こちらも首を横に振って拒絶する。よってアンの提案は完全に否決されてしまった。
 「折角名案だと思いましたのにぃ〜〜」
 頬を膨らませて文句を言うアンではあったが、それ以上のことは言わない。エンたちも下手なことを行って自分達に御鉢が回ってこないように黙っている。四バカも黙ったまま冷や汗を浮べている。奇妙な沈黙が支配する部屋を引き裂いたのはチイであった。
 「そうだ!そこの四人!!」
 先ほど視線に入ったことで思い出したように四バカに詰め寄る。黙ったまま嵐が通り過ぎるのを待っていた四バカは突然チイに呼ばれたことにまた冷や汗を流し始める。
 「さっきヘンな技、使ってあたいたちを苦しめただろう!!」
 「そうだ!肉何とかって技!!アレくちゃかったんだぞ!!」
 チイの言葉にライも同意する。それはあの場にいたみんなの同意であった。確かにあの場は四バカのあの技で助かったが、臭い匂いを撒き散らしたのは紛れもない事実である。そのことを追求された四バカなだらだらと冷や汗をたらしながら、しどろもどろになって言い訳をする。
 「アレしか手が・・・」
 「問答無用!臭い思いをあたし達にさせたんだから・・・」
 「わたしの〜実戦にお付き合いしてくださるということで〜〜」
 四バカの言い訳を一刀両断にしたエンがどうしてやろうかと考えていると、アンが先ほどの話を蒸し返してくる。一瞬にして同情の眼差しで四バカを見つめるエンたちだったが、それを止めようとは誰もしない。嬉しそうな笑みを浮べてにじり寄るアンに四バカな情けない悲鳴を上げて頭を振る。
 「そのくらいになさい、アン・・・」
 そんなアンを呼び止めたのは怪我の治療を終え、ようやく眠りについたランを抱きかかえたアリスであった。アリスに止められてはアンもしぶしぶ諦めるしかなかった。助かったと胸をなでおろした四バカにアリスはにっこりと笑って言葉をかけてくる。
 「ホウル、カウル、ピウル、チウル。あなた達は少し常識を身につけたほうがいいようですね」
 「えっ?それはどういう・・・」
 「そうですね。色々と学ぶことがあるでしょう?まずは九九の一の段をマスターなさい!」
 にっこりと笑って四バカにそう命令するアリスに四バカな悲鳴を上げる。
 「あ、アリス様!そんなことしていたらいつ終わるか・・・」
 「だめです!暗記するまで運動もプロテインも厳禁ですよ!」
 「げぇぇぇぇっっっ!!」
 なんとも情けないことを言う四バカだったが、アリスはその訴えをにっこりと笑って却下する。もっともその目が笑っていないことにレオナは気付いていたが。死刑宣告にも似たことを宣告された四バカは悲鳴を上げるがどうにもならない。四バカの困る様子にエンたちは溜飲が下がったのかこちらも笑みを浮べる。
 「笑っている場合じゃないですよ?エン、ライ、チイ!あなたたちもお勉強です!」
 「え〜っ!!お勉強、嫌い!!」
 「だめです!今日中に二桁の足し算の計算、100問解くように!!!」
 突然自分達の方に話を振られたエンたちは不満を口にする。しかしアリスはきっぱりとそれを切り捨てる。その様子をアンはあらあらと笑ったまま、ヒョウは当然だといった表情で、ランとスイはアリスとアルセイラの胸の中ですやすやと寝息を立てて聞いていた。
 「なんであたいたちだけなんだよ!ランやスイだって・・・」
 「ランもスイももう問題を解いてからお出かけしました!」
 ランとスイも巻き込もうとしたチイの言葉もアリスの一言でばっさりと切って捨てられる。あまりに情けない顔をするチビ竜の様子にほかの巫女姫たちの間からは苦笑が漏れる。しかし、これも彼女たちのためと助け舟は出そうとはしない。進退窮まったエンたちは顔を見合わせると脱兎の如くその場から逃げ出そうと駆け出す。体力勝負ならアリスより自分達の方が上であることをよく知っているからだ。
 「あっ、待ちなさい!!」
 「やだよぉ!!お勉強なんてやるもんか!!」
 全力で大広間から逃げ出そうとする三人だったが、その進行方向を誰かが遮ってしまう。慌てて止まろうとするが止まることはできず、行く手を遮ったものに突っ込むと、三重追突事故を起こして三人とも床に尻餅をついてしまう。
 「勉強は大切だぞ、三人とも・・・」
 出入り口を塞いだのはレオナであった。腰に手を当てじろりと三人を睨みつける。その後ろにはユフィナトアやヒョウ、アンも控えている。体力勝負では勝てそうにない相手である。他から逃げ出そうと後ろを振り返った三人が見たのはにっこりと笑ったアリスの笑顔であった。ただし、目は笑ってはいない。
 「さあ、計算200問、解きましょうね?」
 「数が増えてる〜〜〜」
 「逃げようとした罰です!!」
 「ふええええええんっっ、エリウス〜〜〜助けてよ〜〜〜」
 情けない三人の叫びが魔天宮にこだまする。その三人に助けの手が差し伸べられることはなかった。助けを求めた当人は今、まさに戦いの最中にあったのだから。



 「獄炎の炎よ、わが敵を焼き尽くせ!”フレイム・ランス”!!」
 「裁きの雷よ、かの者を裁け!”サンダー・クラウド”!!」
 エリウスの放った炎の槍とザンバッシュが放った雷の雲がぶつかり合う。お互いの魔力が相殺しあい、二つの魔法が閃光を放ち、消滅する。その瞬間にエリウスもザンバッシュもお互い次の行動に移っていた。お互いに新たな呪文を唱え相手に向かってゆく。
 「輝ける光よ、総てを打ち砕く剣をここに!”シャイニング・ソード”!!」
 「総てを切り裂く鋼の刃よ、今こそここに!”メタル・ブレイド”!!」
 光の剣と鋼の剣がぶつかり合う。光の剣は鋼の剣を砕き、砕けた鋼の剣の破片がエリウスに襲い掛かる。その破片をエリウスは避けたり、光の剣で叩き落してゆく。その間にザンバッシュは新たな呪文の準備をする。
 「酸の空気よ、総てを溶かし尽くせ!”アシッド・レイン”!!」
 ザンバッシュの呪文が完成し、エリウスの周りに酸の空気が発生する。空気は雨となり、触れれば溶ける酸の雨がエリウスの体に降り注ぐ。物体に当たった酸が放つ煙でエリウスの姿は見えなくなってしまう。その煙が晴れるのをザンバッシュは距離をとって見つめていた。
 「なるほど。さすがにいろいろな呪文を使える・・・」
 煙が晴れた向こう側でエリウスな平然とザンバッシュに言い放つ。そのエリウスの周りにはバリアのようなものが張られ、それが酸の雨を遮ったようだ。酸の雨が触れて消滅していないところをみると、魔法的なものであることは間違いない。それを見たザンバッシュは悔しそうな顔一つせずに肩を竦めてみせる。
 「やはり、この程度の呪文では貴方を倒せませんか・・・」
 ふうと大きな溜息をつくザンバッシュはまるで悔しがっているようには見えない。むしろ何か切り札のようなものを持っていてその余裕が感じられる。それはエリウスの方も同じで真正面からザンバッシュを見据え、微動だにしなかった。お互い相手の動きを予測しあい、思考をめぐらす。
 「このままにらみ合いを続けていても不毛でしょう?お互い切り札を使って決着をつけませんか?」
 よほど自信の切り札に自身があるのか、ザンバッシュは彼の方からそんな提案をしてくる。その提案にエリウスはしばし考え込んでしまう。確かにこのままにらみ合いを続けていても意味がない。ザンバッシュがどんな切り札を持っているか分からないが、切り札は切ってしまえば、そこまでである。
 「いいだろう・・・この戦い、終わりにしようか!!」
 あえてザンバッシュの提案に乗ることで戦いに終止符を打とうと考えたエリウスは大きく頷く。それを見たザンバッシュはニタリと笑う。まるで自分の勝利を確信したかのように。
 「では、こちらから・・・」
 そう言うとザンバッシュは隠し持っていた何かを取り出す。それはいくつにも分かれた肉や血、鱗であった。その色からエンたちチビ竜のものだとエリウスは理解した。おそらく先ほどの戦闘で手に入れたものだろう。そのためか、アンの鱗や肉は含まれていない。
 「闇黒竜の血肉が手に入らなかったのは予定外でしたが、これでわが野望が叶います」
 ザンバッシュは嬉しそうにそう言うと、持っていた血肉を地面にそのまま落とす。さらに呪文を唱えると、血肉の落ちたところに魔法陣が発生し、落ちた血肉を地面の中に取り込んでゆく。さらに呪文を唱えてゆくと、地面の中で何かが脈動を始める。
 「なにか・・・いる?」
 地面の中に何か別の生命体を感じたエリウスは警戒する。それが何であるかは分からないが、ザンバッシュの切り札であることに間違いはない。警戒するエリウスをよそにザンバッシュの呪文は最高潮に達し、地面の中で脈動するものを召喚する。
 「産まれ出でよ!最強の魔竜よ!!」
 ザンバッシュの血からある言葉と共に地面の中から巨大な竜が姿を現す。エンたちのような単色ではなく六色の鱗を持った竜であった。その鱗の色はアンを除くエンたちのものであった。その竜の姿にエリウスはしばし言葉を失い、その姿を見つめる。
 「ドラゴン・ゾンビの応用か・・・」
 「その通り。肉体は死した神竜から作り出し、そこに生きた神竜の血肉を加える。これで最強の器の完成です!」
 ザンバッシュは嬉しそうに足元で脈動する魔竜を見つめる。それは長年の夢がかなった者の歓喜の眼差しであった。ザンバッシュはこの最強の器を作り出すために苦心を重ねてきた。しかし、生きた神竜には手が出せず、死骸から作り出したドラゴン・ゾンビには彼の求める力は存在しなかった。
 「神竜の血肉を得たこの器は限りなく、いや神竜さえも越える器となったのですよ!」
 狂気の笑みを浮べたザンバッシュは勝ち誇った笑いをあげる。自分の勝ちを信じて疑わない笑いに対してエリウスはふうと小さく溜息をつく。
 「何ですか、その溜息は?」
 「いや、こんなことをしても無駄なのにと思ってね・・・」
 「どういう意味ですかな、それは・・・」
 バカにされたと思ったザンバッシュはこめかみをひく突かせながらエリウスを睨みつける。エリウスはその視線を平然と受け流すと、何故無駄なのかをザンバッシュに説明する。
 「ドラゴン・ゾンビが毒のブレスしかはけなかったのはその肉体に魂がなかったからだ。そしてそのドラゴン・ゾンビもまた魂がない。つまりは・・・」
 「神竜の力は使えない。そう仰りたいのでしょう?そんなこと知っていますよ」
 エリウスの説明を黙って聞いていたザンバッシュはエリウスの説明が予想の範囲内であると分かると、また勝ち誇った笑みを浮べる。その態度の変化に今度はエリウスの方が訝しげな表情を浮べる。ザンバッシュの余裕がどうにも附に落ちなかった。
 「確かにこのままではただのドラゴン・ゾンビ。ですがこうすれば!!」
 ザンバッシュはそう叫ぶとドラゴンゾンビへと降下してゆく。額のところに降り立つとそのままずるずるとドラゴン・ゾンビの体内に引きずり込まれて行ってしまう。その様子を見ていたエリウスの額に始めて汗が浮かぶ。ザンバッシュがやろうとしていることの意味がわかったからである。
 「まいったな・・・こんな・・・」
 ”どうです?これで最強に竜が誕生したのですよ!!”
 あきれた顔をするエリウスにドラゴン・ゾンビが顔を上げ語りかけてくる。その目には生命の光が宿り、その声は先ほどまで会話をしていたザンバッシュのものであった。つまりザンバッシュは自らをドラゴン・ゾンビの魂としたのである。それを証明するように、命の息吹を失ったリューシアの遺体が地面に打ち捨てられていた。
 「まったく、まさかそんな手を・・・」
 ”このための魂移動の秘術だったのですよ。この肉体さえ手に入れば神体に戻っていないあなたなど敵ではない!”
 勝ち誇ったザンバッシュは一歩前に出る。ザンバッシュという魂を得たドラゴン・ゾンビの肉体からは徐々に生命力があふれ出し、その力を取り戻してきていることがよく分かる。このままここでじっとしていてもやられるだけと、エリウスの方が先に動く。空に舞い上がると一気にそこから後退する。
 ”逃げる気ですか?逃がしはしませんよ!!”
 後退を始めたエリウスをザンバッシュが追撃する。最強の肉体を手に入れたザンバッシュは強気であった。だから下手な小細工は使わずに一直線に追撃してくる。もちろんエリウスが後退したのには理由があった。ザンバッシュが捨てたリューシアの遺体を戦闘に巻き込まないためである。
 「この辺りまで来れば・・・」
 リューシアから十分に離れた位置まで後退したエリウスは反転するとザンバッシュを迎え撃つ。炎の槍と大量に召喚すると、一斉にそれをザンバッシュ目掛けて放つ。四方八方から迫る無数の炎の槍を避ける術がザンバッシュには存在しなかった。炎の槍をことごとくその体で受け止める。
 「この程度でやられる奴では・・・」
 いくら炎の槍を喰らったからとはいえこれでおとなしくなるとはエリウスも考えてはいない。身構えていると、案の定ザンバッシュは炎の槍を弾き飛ばして動き出す。その体には傷一つついてはいなかった。その様子にエリウスは溜息を漏らしてしまう。
 「まったく、大抵にモンスターは倒せる攻撃だったのに・・・」
 一撃でしとめられる自身はなかったとはいえ、あの攻撃に耐えうるとは思いもよらなかった。ほぼ無傷、先ほどの攻撃をレジストした上に鱗で弾いたことになる。つまりザンバッシュの肉体は限りなく成竜である神竜に近い耐性を持っていることになる。
 ”今度はこちらから行きますよ!!”
 今度はザンバッシュのほうが動く。大きく息を吸い込むと灼熱の炎を吐き出す。すさまじい熱量の炎がエリウスに襲い掛かる。かわしきれないと判断したエリウスはシールドを張ってその攻撃を受け流そうとする。しかし、炎の力はエリウスをシールド後と押し切ろうとする。その力の奔流にエリウスは眉をしかめる。
 ”隙あり、ですよ!!”
 ザンバッシュはそう叫ぶと追撃するように雷をエリウス目掛けて打ち落とす。雷鳴が煌めき炎に集中していたエリウスを直撃する。その攻撃でシールドが消滅し、雷に打たれたエリウス目掛けて炎も襲い掛かる。二つのブレスがぶつかり合い、大爆発を引き起こす。
 ”くくくっ、どうですかな?”
 勝ち誇ったザンバッシュは爆煙を注視する。この挨拶程度の攻撃でエリウスを倒すのは不可能であることは不可能であることはザンバッシュも理解している。事実エリウスはその爆煙の向こう側から姿を現す。しかし、無傷というわけではなかった。服の半分は焼け焦げ、顔をはじめからだのあちこちに火傷を追っていた。
 「さすがに、やばかったな・・・」
 ”さすがのあなたも神竜の力には敵いませんか!!”
 「確かに神竜のブレスは効くな・・・」
 平静を装ってエリウスは返事をするが、内心相当焦っていた。今の攻撃がぎりぎりのところで新たなシールドを張ることで難を逃れたが、次もうまくいくとは限らない。それにザンバッシュが先ほどのブレスを全力で撃ったとは考えにくい。もしそうならまともにやりあうのは危険すぎる。どうこの危機を乗り切るか、エリウスは考え込んでしまう。その様子にザンバッシュは自分の勝利を確信する。今のエリウスには神竜の力を宿した自分を倒す力はない。今考え込んでしまっているのが紛れもない証拠であると。
 ”ならば、時間は与えませんよ!!”
 大きく羽ばたくとザンバッシュはエリウス目掛けて突っ込んでゆく。その動きにエリウスは対処するが、逃げた側の腕がエリウスに襲い掛かる。避けそこなった爪の一撃がエリウスの肩に食い込む。鮮血を撒き散らしながらエリウスの肩が抉られる。激痛がエリウスの肩に駆け巡る。その痛みにエリウスは顔をしかめる。
 ”くくくっ、いいですよ、その表情・・・”
 痛みに顔をしかめるエリウスを見てザンバッシュは嬉しそうに笑う。さらに両手を無闇に振り回して攻撃してくる。その不規則な攻撃と痛みがエリウスの回避行動を遅らせ、腕を、足を鋭い爪が切り裂いてゆく。その度に鮮血が舞い、エリウスの表情が歪んでゆく。
 ”どうです、圧倒的な力の前にひれ伏す心地は?”
 爪を振るい、ブレスを吐き、尻尾を振るう。その圧倒的な攻撃にエリウスは反撃の糸口すらつかめずにいた。そんなエリウスをあざ笑うかのようにザンバッシュは攻撃の手を緩めようとはしなかった。ひたすら攻撃を繰り返し、エリウスを切り刻み、痛めつけてゆく。
 (やばいな・・・このままじゃぁ・・・)
 時を追うごとに怪我が増し、回避行動が取りにくくなってゆく。このままではいつかザンバッシュの攻撃をまともに受けて行動不能になりかねない。それだけは避けなければならない。しかし、ザンバッシュの攻撃はとどまるところを知らず、ひたすらエリウスを追い詰めてゆく。
 (無詠唱で使える魔法ではザンバッシュを倒すどころか、傷もつけられないだろうな・・・でも呪文詠唱を許してくれるほどバカじゃないと思うし・・・)
 打つ手ない状況にエリウスは眉をしかめる。このままでは本当にやられかねない。何とか起死回生の一手を打とうと試みるが、そう簡単に打たせてくれるほど九賢人は甘くない。そうこうするうちにザンバッシュの噛み突きがエリウスに迫る。すんでのところでこの攻撃をかわしたエリウスだったが、そのかわした先でザンバッシュに捕まってしまう。
 「しまっ・・・」
 ”はははっ、捕まえましたよ!!”
 強烈な力で締め付けられ、地面に叩きつけられる。息も出来ないほどの衝撃が何度も何度もエリウスに襲い掛かってくる。しばらくエリウスの体を弄んだザンバッシュは勝ち誇った表情でぐったりとしたエリウスを地面に放り出す。地面に叩きつけられたエリウスは大量の血を吐き出し、ぐったりとしてしまう。
 「ぐっ・・・まず・・・い・・・体が・・・」
 何度も地面に叩きつけられたり、握りつぶさんとされたために全身の骨が折れたり、ひびが入ったりして激痛が全身を駆け巡る。指一本動かすこともつらい。そのままぐったりとして動けないエリウスに追い討ちをかけるようにザンバッシュが何度も何度も踏みつけ、踏みにじる。
 ”ひゃはははっ、いい様ですね、エリウス王子!!”
 手も足も出せず痛めつけられるエリウスの様子にザンバッシュは歓喜する。ついに自分達が勝利するときが来た、ザンバッシュはそう確信した。そして止めをさすべく大きく息を吸い込む。灼熱のブレスでエリウスの存在をこの世から消し去るために・・・
 ”さようなら、創世神ヴェイグサス!!”
 すさまじい熱波と共に灼熱のブレスがエリウスを包み込む。獄炎がエリウスの肌を、髪を焼いてゆく。逃れることができず直撃で喰らったことを確認したザンバッシュは勝利と歓喜の笑いをあげる。
 ”勝った!わたしは勝ったのだ!!”
 げらげらと笑い狂喜するザンバッシュ。その足元で燃える炎の固まりにある変化が現れていることに、ザンバッシュは気付いていなかった。燃え盛る炎は勢いがいつまで経っても衰えず、それどころかさらに火の勢いを増す。そこに到ってようやくその異変にザンバッシュは気づく。
 ”なんだ、なにが起こっていいる??”
 エリウスを取り巻く炎は猛然と燃え盛り、その色を赤から青に、そして紫に色を変えてゆく。呆然とその光景を見つめていたザンバッシュはその色がさらに変わっていくのに気付いた。紫からさらに濃い色、それは闇の色であった。燃え盛る黒き炎が辺りを破壊してゆく。それはまさに荒れ狂う炎の塊が総てを薙ぎ払い、焼き尽くす様、そのものであった。
 ”何なのですか、これは・・・”
 予想外のことにザンバッシュはただ呆然と事の成り行きを見守っているしかなかった。そしてエリウスを巻き込んだ炎はさらに勢いを増し、黒き太陽と化す。それは大地を消滅させ、大気を歪ませてゆく。そのあまりの禍々しさに、ザンバッシュは思わず息を呑む。今自分の目の前で一体なにが起こっているのか彼には理解できなかった。


 同時刻、ユトユラ国境線。
 「むっ・・・この気配は・・・」
 「ケイト、これって・・・」
 「ああ、あのときのエリウスの気配だ・・・」
 ユトユラ国境線に軍を配置していたストナケイトとアルデラは遠くに感じた禍々しい気配に気付き、そちらの方角を見つめる。遠く離れてはいるようだが、その気配は間違いなくエリウスのものであった。
 「あのとき・・・私たちと模擬戦をしたときのことですね?」
 「ああ。あの時あいつは俺たちに負けて・・・」
 かつてエリウスがストナケイト、アルデラに模擬戦を申し込み、大敗したことがあった。そのときのことをストナケイトたちは思い出し背筋が寒くなる思いをしていた。
 「まずいですね・・・下手をしたらアルセルムが・・・」
 「そうなる前に母上たちがどうにかしてくださるだろう。だが、もしものときは・・・」
 ストナケイトとアルデラはお互いに見つめあい、不測の事態がこないことを願うのだった。


 同時刻、ヴェイス皇国ダークハーケン城。ここでもその気配に気付いているものがいた。
 「ううっ、怖いの・・・」
 「ステラ、怖いことはないぞえ・・・エレナ、これは・・・」
 「ええ、間違いないでしょう。エリウスが暴走しています・・・」
 自分達と同じくその気配を感じ取ったステラを宥めながら、ヒルダは自分の隣に座るエレナに問いかける。そのヒルダの問いかけにエレナは静かに頷く。エリウスの暴走。それがどれほどの被害をもたらすかをヒルダもエレナもよく心得ていた。かつてストナケイトたちとの模擬戦に負けたエリウスはその力を暴走させ、模擬線の戦場となった場所を破壊、いや、消滅させてしまったことがあった。その場所は今も草一本生えてはいない。
 「どうするのじゃ?このままではエリウスは・・・」
 「もしものときはわたくしが出ます・・・」
 エレナは静かに、それでいてきっぱりと言い放つ。かつての暴走もその異変に気づいたエレナによって納められた経緯がある。しかし、今回は目の前で起こっている暴走ではない。エレナがその場所を特定してそこに駆けつけるまでにどれほどの被害が出るか判ったものではない。
 「おとなしくなってもらうのを願うばかりじゃな・・・」
 遠く彼方で暴走を続けるエリウスの気配にヒルダもエレナもそれが収まるのを願うばかりであった。


 同時刻、魔天宮。ここでは大騒ぎになっていた。
 「こわいの、こわいのぉ〜〜」
 「ううっ、こんなの、こんなの・・・」
 大気を震わせるその波動を感じ取ったチビ竜たちは脅え、アリスたちに縋って泣き震えていた。それはアリスたち事情のわからない巫女姫たちも同様であった。ただ分かっているのはただならない力の波動、それがどこかで暴走していることだけであった。
 「なんと言う力の暴走だ・・・」
 「こんな力がこの世界に存在するのか・・・」
 力の波動の感じる咆哮を見つめながらレオナとユフィナトアは冷や汗を流す。他の巫女姫たちもその力の強大さに震え上がった。そんな中アリスだけは両手を合わせ、ただひたすら祈っていた。何かに縋るように、何かを諌めるように、一心になって祈り続けていた。
 「エリウス様・・・どうか正気に・・・」
 その力の源を感じ取ったアリスはエリウスが正気に戻ることを祈っていた。このまま力の暴走が続けば際限なく大地も大気もエリウスに食い尽くされてしまう。それを押さえるためにもエリウスに正気を取り戻して欲しかった。だからひたすらに祈り続けた。
 「エ・・・リウ・・・ス様・・・」
 その祈りが通じたのか、アリスの体に淡い光が灯る。その光は遠い大地で奇跡を起こしていた。


 ”何なのですか、この力は!!?”
 触れるもの総てを消滅させてくらい尽くす黒い太陽。その存在にザンバッシュは恐れ後退った。この黒い太陽を滅しようとすでに持てる総てのブレスは放っている。しかしどのブレスも効果はなく、それどころかその力のすべてが吸い尽くされるのがオチであった。どうすることもできないザンバッシュは後退するしか手はなかった。
 ”これがエリウス皇子の・・・”
 ザンバッシュはその力の強大さに恐れ戦いていた。まさかこれほど強大な力を秘めていたとは思いもしなかった。しかも最悪なのはその力の源であるエリウスにそれを制御する力がなかったことである。暴走する黒い太陽はこの世界を飲みつくそうとしているようにさえ思えた。
 ”これをこのままにしておくわけにはいきませんね・・・”
 折角エリウスを倒したというのに、暴走した力によってこの世界がなくなってしまっては何の意味もない。何とかして黒い太陽を押さえ込むしかなかった。だが、その手立てをザンバッシュは持ち合わせていなかった。歯噛みして悔しがるザンバッシュの視界に淡い光が降り注ぐ。
 ”なんですか、これは・・・”
 見たこともない光の粒が大地に降り注ぐ。大地に降り注いだ光の粒は消え去った大地を甦らせ、歪んだ大気の流れを元に戻してゆく。その信じられない光景をザンバッシュはただ呆然と見守っていた。さらに光の粒子は黒き太陽を覆い尽くしてゆく。光と闇が相殺し合い、黒い太陽の勢いが徐々に衰えてゆく。
 ”しめた。これで・・・”
 黒い太陽の消滅を予感したザンバッシュは歓喜の表情を浮べる。何者の仕業かは知らないが、これで災いの種が消えることになる。労せずしてことが成就しそうなことにザンバッシュはニヤリと笑う。そんなザンバッシュの眼の前で黒い太陽は勢いを弱めてゆく。
 ”これで世界は・・・んっ?なんですか、これは・・・”
 自身の完全勝利を確信したザンバッシュだったが、ある変化に気付き首を傾げる。黒い太陽が消滅してゆくのをやめたのである。また勢いを取り戻すのかとも思ったが、どうもそれとも違う。収縮した黒い太陽は徐々にその形を変え、腕を,足を,翼を形作って行く。
 ”ま、まさか・・・”
 自分の勝利の歓喜もどこへやら、ザンバッシュの表情が曇ってゆく。人の形を成してゆく黒い太陽が何であるかをザンバッシュは気付いていた。それは他の誰でもない仇敵であることを・・・
 ”エリウス・・・ヴェイグサス神・・・”
 忌々しげに呟くザンバッシュの声に答えるように黒い太陽はその姿を完全に変化させる。鍵爪を持った大振りの両腕、長い爪の生えた両脚、蝙蝠の羽に似た翼を持った黒い悪魔。それが今ザンバッシュの目に前に存在するものであった。
 『ここ・・・は・・・』
 ようやくその変体が止まったエリウスはその目を開ける。黒い肉体に赤い瞳が怪しく灯る。うつろな眼差しで辺りの様子を伺ってゆく。さらに自分の体を見つめ自分になにが起こったのかを理解してゆく。そして最後に大きく息を吐くとザンバッシュを睨みつける。
 『どうやら僕は暴走したみたいだね・・・』
 ”そうですよ。暴走し、総てを飲み込む存在となるはずだった。なのに何故正気に・・・”
 『誰かが・・・誰かが語りかけてくれたんだ、この僕に・・・』
 エリウスはそう言うと自身の胸に手を当てる。自分に騙りかけてきたものが何であったのかを思い起こす。やさしく自分を包み込むような存在、それを暴走していたエリウスは感じていた。
 『母上・・・いや、アリス、君か・・・』
 自分を正気に戻してくれた存在を感じ取ったエリウスは心の中で感謝の言葉を告げる。あのまま正気を取り戻せなければ、世界を崩壊させていたかもしれない。そう思うとアリスへと感謝の念は止まらなかった。
 『さてと、第二ラウンドと行こうか・・・』
 ”それが魔族としての貴方の姿ですか?”
 『そうだ。もっともさっきみたいにコントロールしきれなければ暴走する不安定な力だけどね・・・』
 エリウスは自嘲気味に笑うと、片腕を軽く振ってみる。大気を引き裂いた風がザンバッシュの頬をかすめる。スッパリと切り裂かれた頬からじわりと血があふれ出す。エリウスは手首の様子を見ながら自分の体の状態を確認する。自由に動かせることが分かると、満足そうに頷く。
 『今度はさっきみたいのはいかないよ・・・』 
 手首の状態を確認しながらエリウスはザンバッシュを見つめる。その表情にはもう負けないという意思が込められていた。それはザンバッシュも同様であった。先ほどまでの力ならばいざ知らず、今のエリウスの力ならば自分の方が勝てるはずである、という自信がザンバッシュの中に渦巻いていた。
 ”先ほどまでのような力は感じられない。これならば・・・”
 今の自分でも十分に倒せる。宗踏んだザンバッシュは勢いよくエリウスに向かってゆく。そのザンバッシュをエリウスはギロリと睨みつける。赤い瞳に射抜かれたザンバッシュは思わず身を竦める。体が恐怖で萎縮し、思うように動いてくれないのである。
 『ふむ、眼力はまずまず使えるようだな・・・次は体のほうか・・・』
 言うが早いかエリウスは一気に移動する。ザンバッシュとの距離を詰めたエリウスの右腕がその横面を思い切り張り倒す。勢いよく吹き飛ばされたザンバッシュは土煙を巻き上げて吹き飛ばされる。さらにエリウスは追い討ちをかけるべく、先回りをしてザンバッシュの体を蹴り上げる。
 ”がばはぁぁっっ!!”
 大量の血を吐き出しながらザンバッシュは大空高く蹴り上げられる。エリウスはそれを見つめながら自身も高々と跳躍し、これを追撃する。一瞬で目の前に現れたエリウスにザンバッシュは爪を振って反撃しようとする。しかし、その男反撃もエリウスは悠然と受け止めてしまう。いや、受け止めただけではなくその腕を引きちぎってしまう。
 ”びぎゃはぁぁぁっっ!!”
 奇声を上げて痛がるザンバッシュにエリウスはその引きちぎった腕を投げつける。鋭い爪が腹部を貫き背中まで突き抜ける。さらにエリウスはそのがら空きになった腹部に拳を叩き込んでゆく。何発も、何発も拳を腹部に叩き込み、ダメージを与えてゆく。
 ”そんなバカな話・・・信じられるかぁ!!!”
 口から大量の血を撒き散らしながら、怒声を上げてザンバッシュはエリウスに挑みかかってゆく。野太い尻尾を振り回してエリウスを吹き飛ばそうと攻撃を試みる。しかし、エリウスはその攻撃をもあっさりと受け止めると、片手でザンバッシュの巨体を持ち上げると、そのまま投げ捨てる。
 ”ぐはぁぁぁっ!!!”
 『まだ信じられないかい?なら信じられるようにしてあげるよ!』
 黒い光は仰向けに倒れたザンバッシュの顔を掴むと無理矢理地面から持ち上げる。メキメキと嫌な音を立てて締め上げながら、そのがら空きの胴体にまたしても容赦なく拳を叩き込んでゆく。その一発、一発が深々とザンバッシュの胴体にめりこみ、骨を砕き、その体を痛めつけてゆく。
 ”がああああっっ!!”
 『これでどうだい?』
 エリウスの猛攻に大量の血を吐き出しながらもがくザンバッシュにエリウスはもっとも強烈な拳を叩き込む。肘までめりこむような攻撃にザンバッシュの体は地面を砕いて減り込んでゆく。ザンバッシュの動きが止まったのを確認すると、エリウスは翼を広げ大空を舞い上がる。
 『これで終わりにしましょう・・・』
 エリウスの叫びに呼応するかのように彼の右腕に黒い光が集中してゆく。混沌から産まれた黒い光は輝きを増し、映ウスの右手の中で収縮してゆく。エリウスはそれを思い切り動くこともままならないザンバッシュ目掛けて放り投げる。迫り来る黒い光にザンバッシュは悲鳴を上げる。
 ”ぎゃはぁぁぁっっ!!ぞ、ぞんあぁ・・・”
 『残念だったな。もっと己を精進させていれば勝てただろうに・・・』
 哀れなものを見つめるエリウスの眼差し、それがザンバッシュがこの世で見た最後のものであった。ザンバッシュに命中した黒き光はその体内に消えてゆく。そしてその存在を内側へと引きずり込んで行く。ザンバッシュがいかに足掻こうともそれを押しとどめることはできなかった。
 ”ぞんな、ぞんなばがなぁぁっっっ!!!!”
 ザンバッシュは恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げる。神竜の死骸から生み出された物体はどんどん体の内側に引きずり込まれ、この世界から消滅する。後には何も残ることはなかった。それを見届けてからエリウスは大きく息を吐き、元の人の姿に戻ってゆく。怪我も癒え、破れた服も元通りになっていた。
 「アリスに助けられちゃったな・・・」
 笑みを浮かべてエリウスは辺りの様子を伺う。自分の暴走で辺りの景色は変わってしまっている。アリスによって一部の地形は元に戻っているが、それでも先ほどの戦闘でかなりの被害を出してしまっている。自分の暴走に激しさにエリウスは改めて震え上がる。
 「まあ、暴走している姿をチビたちに見られなかっただけでもよしとするか・・・」
 とはいえ、自分の力の暴走が引き起こした被害にエリウスはまた溜息をつく。この力を制御できるようにならなければ、神体に戻ったときに取り返しのつかないことが起こるような気がしてならない。改めて自分を鍛えなおさなければならないとエリウスは決意する。



 「エリウス〜!お帰りなさ〜い!!」
 「おかえり〜〜!」
 「おか〜えり〜〜〜」
 「お帰りなさいなの・・・」
 「・・・なの・・・」
 「お帰りなさいませ、エリウス様・・・」
 「まあ、まあ。エリウス様。お帰りなさい」
 魔天宮へ戻ったエリウスをまず出迎えてくれたのは元気いっぱいになったチビ竜たちであった。エンが、ライが、チイがエリウスに飛びつき、ランとスイはその裾にすがり付いてくる。ヒョウは淡々と、アンはいつものように間延びした口調で出迎えてくれる。先ほどまで怯えていた者達とは思えないで迎え方である。
 「ただいま、みんな・・・」
 そっとチビ竜たちの頭を撫でてやりながらエリウスはそう返事をする。それが嬉しくてチビ竜たちは破願してエリウスに抱きついてくる。そんなチビ竜に遠慮するように巫女姫たちもその周りを取り巻きながら、嬉しそうに微笑みながら涙を浮べている。そんなみんなの出迎えが嬉しくてエリウスはようやく笑みを浮べる。
 「ご無事のご帰還、なによりです」
 代表してレオナが声をかけると頭を下げる。それに習って他の巫女姫たちも同じように頭を下げる。それを手をあげて制したエリウスはアリスに歩み寄ると彼女に声をかける。
 「アリス、君のお陰で助かったよ。ありがとう・・・」
 エリウスの言葉にアリスは顔を真っ赤にして恐縮してしまう。そんなアリスの頭をそっと撫でるとエリウスは彼女をひょいと抱き上げる。そしてそばに控えていたアルセイラの耳元でそっと囁く。
 「アルセイラ、君の相手はまた今度にさせてくれ。今日は・・・」
 エリウスの言葉にアルセイラは顔を赤らめながら素直に頷く。それを確認したエリウスはアリスを抱きかかえたまま部屋から出てゆく。その後をエンたちがついていこうとする。もちろん一緒に寝るためである。それに気付いたエリウスはくるりとエンたちのほうに向き直ると、首を横に振る。
 「今日はダメだよ。エン、ライ、チイ、ラン、スイ・・・」
 「ええっ?なんでぇ?」
 「アリス様も一緒じゃないか!!」
 「エリウス様と一緒におねむ、したい・・・」
 「したいの・・・」
 エリウスのダメ出しにチビ竜たちは口々に文句を言い始める。さすがに来てはいけない理由を教えるわけにはいかず、エリウスは困り果てた顔を、アリスは顔を真っ赤にして俯いてしまう。仕方なく他の巫女姫に助けを求めようと顔を上げるが、皆そっぽを向いてしまい助けてくれそうにはなかった。
 「なんで、なんで?」
 「何で一緒におねむしてくれないの??」
 唇を尖らせて食い下がるチビ竜たちを推しとどめることはエリウスにはできそうもなかった。困り果てていると、ようやくレオナたちがエンたちを抱き上げてくれる。
 「エリウス様を困らせるものではない。今宵は私たちが一緒に寝てやろう・・・」
 「ええ〜〜?レオナ様の腕、硬いから寝にくいよ〜〜」
 レオナの申し出にライが思わず本音を漏らしてしまう。その一言にレオナの眉が大きく飛び跳ねる。ライはまずい一言を言ったと慌てて口を塞ぐが解きすでに遅し。こめかみに血管を浮べたレオナはライの耳たぶを掴むとそのままxずるずると引きずってゆく。
 「レオナ様、痛いよ〜〜」
 「ふふふっ。いい子ね、ライは。たっぷり一緒に寝てあげます。エンたちもわがままを言うならそうするけど?」
 迫力ある眼差しでにらまれてはさすがのエンたちもそれ以上我儘は言わない。助けを求めるライを見送りながらエリウスはホッと息をつく。そしてアリスを連れて寝所へと戻るのだった。
 「二人っきりでかわいがってあげるのは久しぶりだね・・・」
 ベッドの上にアリスを寝かせるとエリウスはそういいながらそっとその髪を撫でてやる。何気ない行動なのだが、アリスにはとても心地よく、嬉しいものだった。そんなアリスの髪を弄びながらエリウスはそっとその唇を己の唇で塞ぐ。不意にキスされたアリスは少し驚いた表情を浮べたがすぐにそれを受け入れる。
 「たっぷりとかわいがってあげるからね・・・」
 「エ、エリウス様・・・」
 エリウスの宣言にアリスは顔を真っ赤に染める。そんなアリスを愛しそうに抱きしめるとエリウスはもう一度口付けをする。その口付けをアリスは黙って受け入れお互いに舌を絡めあい、貪りあう。舌と舌が絡み合い、お互いの唾液が混ざり合っていやらしい水音を奏でる。
 「んんっ、んんっっ・・・」
 アリスはうっとりとしてそのキスを楽しむ。その間にエリウスは手早くアリスのドレスを脱がしてしまう。白いドレスの下からさらに白く肌理の細かい肌が現れる。その肌をエリウスは口付けを交わしたまま指先で堪能する。指先がアリスの感じる場所に触れるたびにアリスの口から甘い声が漏れ、体を震わせて反応を示す。
 「んっ、んっ、んんんっっ!!」
 指先で肌をなぞっていたエリウスのてが違う動きをみせる。手の平で柔らかく実った乳房をやさしく揉みあげてゆく。その指の動きにあわせてアリスの口から甘い声が漏れてくる。その声をもっと聞こうとエリウスは強弱をつけて胸を弄り、先端の突起を軽く摘んだりする。
 「んぁっ・・・あああっ・・・」
 アリスのかわいらしい唇から甘い声が漏れる。それにあわせてピンク色の突起は硬さを帯び、頭をもたげてくる。そこを指先でいじくりながら、そっと舌先で突付くとさらに甘い声が漏れ始める。
 「くふぅぅっ・・・ああああんっっ!!」
 唇で挟み込んだ乳首を軽く啜り上げながら舌先で転がす。硬く勃起した乳首は赤みを増し、喜んでいることを教えてくれる。エリウスは唇と下で乳首を弄びながらゆっくりと手を下げてゆく。淡い茂みを掻き分けてしっとりと濡れそぼった股間に指先を差し込んでゆく。
 「んっ、ここも十分濡れているみたいだね・・・」
 「ふああああっ、そ、そこは・・・」
 指先が大陰唇を撫で上げるたびにアリスは頭を振って体を震わせる。じっとりと濡れたそこからはさらに愛液が滴り落ち、エリウスの指先を濡らしてくる。その愛液を指先に絡めるとエリウスはゆっくりと指をアリスの膣内へ潜り込ませてゆく。キツさと暖かさが指を包み込む。
 「んはぁぁっ・・・エリ・・・ウス様〜〜」
 膣内を蠢く指の動きにアリスは切なげな声を上げ、エリウスに抱きついてくる。エリウスの指がこれまでの経験で覚えてきたアリスの弱い箇所を一箇所、また一箇所と掘り返すたびにアリスの腕の力が強まり、甘い声を上げる。指が動くたびに愛液が滴り淫らな水音を奏でる。
 「あくっ・・・あああっ・・・そ、そこ・・・」
 「気持ち、いい?」
 悶えるアリスの耳元でエリウスがそう尋ねると、アリスは恥ずかしそうに顔を赤く染めながら小さく頷く。指先に感じられるアリスの潤いが十分であると認識したエリウスは状態を起こすと、アリスの両腿を抱きかかえ、ズイッと一歩前に体を突き出し、アリスの股の間に自分の体を潜り込ませる。
 「そろそろ、いいね?」
 エリウスの問いにアリスは少し困った顔をしたが、すぐに顔を赤くしたまま小さく頷く。それを確認したエリウスは大きく勃起した自身を掴むと愛液が滴り落ちるアリスのヴァギナにそれを宛がう。二度、三度、あふれ出す愛液を擦り付けると、ぐっと体を前に押し出してアリスのなかに侵入した行く。
 「ふぐぅぅっ!!あああああっっっっ!!」
 ペニスの侵入にアリスは体を大きく震わせる。膣肉を押し広げて入ってきたペニスの硬い感触にアリスは切ない声を上げる。エリウスは自身がアリスの最奥まで達したことを確認するとゆっくりと、それでいて力強く腰を振り、アリスの体を貪る。アリスもまた、膣内を蠢くペニスの感触に酔っていた。
 「あああっ、エリウス様、エリウス様〜〜〜!!!」
 エリウスに縋りつき絶え間なく襲ってくる快感の波をアリスは懸命に耐え抜こうとする。エリウスもペニスを締め付ける感触にじっと耐えながらアリスの最奥を懸命に叩き続ける。ペニスが動き、ヴァギナをかき回す淫らな水音と喘ぎ声が二人をより高めてゆく。
 「エリウス様、もう・・・もう!!」
 「うぐっ、アリス・・・イくよ・・・」
 「あああああんんんんっっっ!!!」
 エリウスに縋りつくアリスの腕の力が一際強くなる。同時にペニスを締め付ける力も強くなり、引きちぎらんばかりに締め付けてくる。その締め付けに耐え切れず、エリウスはアリスの子宮内に己の欲望を思い切り吐き出す。熱い欲望が子宮を満たしてゆく感触にアリスは震え上がりながら極みへと達する。達したアリスはエリウスに縋りつきながら脱力し、エリウスもまたアリスを抱きしめたままその事後の快感に酔いしれていた。このことが及ぼす重大事のことなど露も知らずに・・・


 「ぎゃははははっ!!あと少し、あと少しだ!!」
 男は眼の前の燭台を見つめて大笑いする。すでに火が灯った燭台は八台。棺桶を縛る鎖も残すところ後三本まで減っている。総ての鎖が砕け、総ての燭台に火が灯ったとき男の野望が達成される。
 「くくくっ、がははははっっ!!!」
 馬鹿笑いをし続ける男。その眼の前の棺桶の淵が少し開き、その奥に赤い光が灯っていることに男は気付いていなかった。その赤い瞳がじっと男を見つめていることを・・・


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