第36話 捜索


 「んんっ・・・あああっ・・・」
 魔天宮の一室。そこから女の甘い声が漏れてくる。大きなベッドの上、一組の男女が裸で絡み合い、唇を重ね合わせる。とは言っても一方的に攻めているのは男性の方で、女性の方は完全に受身に廻っていた。男の舌の動きにあわせて舌を絡め、男の愛を受け止める。いまの女性にはそれが精一杯であった。
 「アルセイラ、もっと力を抜いて・・・」
 「ああっ・・・エリウス様・・・」
 エリウスの腕に抱かれたアルセイラはうっとりとした表情で彼の言葉を受け止める。そんなアルセイラを抱きしめたままエリウスはまた彼女の唇を自分の唇で塞ぐ。アルセイラの口の中に入ったエリウスの舌が彼女の舌を絡め取り、絡み合った唾液がクチュクチュといやらしい音を奏でる。そのエリウスの舌使いにアルセイラがうっとりとしていると、エリウスの右腕が動く。背中を伝い、ゆっくりと豊かなアルセイラの乳房に触れる。
 「ふあああっ・・・」
 「力を抜いて、アルセイラ・・・」
 手が胸に触れた瞬間、アルセイラの体が反応を示す。緊張に体が硬直したように感じたエリウスはアルセイラの耳元でそっと囁く。その言葉にアルセイラは頷き、体の力を抜く。アルセイラの力が抜けたところでエリウスはやさしく胸に手を這わせる。その柔らかなふくらみを確かめるように。
 「んんっ・・・あふっ・・・」
 エリウスの指使いに合わせるようにアルセイラの口から甘い声が漏れ始める。その声をもっと聞こうとエリウスは強弱をつけてアルセイラの胸を愛撫する。強く握ったり、優しく揉んだり、乳首を強く摘んだり、やさしく押したり。様々なパターンでアルセイラの胸を愛撫する。
 「あっ、あっ、あああっ・・・エリウス・・・様・・・」
 甘い声を漏らしながらアルセイラは悶える。やがて乳首が完全に硬く勃起する。硬くなった乳首を指先で擦りながらもう片側に顔を近づける。エリウスの息が乳首にかかっただけでアルセイラの体はヒクヒクと反応を示す。すぐに乳首を舐めたりはしないでその周囲から丹念に舐めてゆく。
 「ふくっ・・・あああっ・・・」
 エリウスに抱かれたまま乳首を愛撫されたアルセイラは彼の腕の中で腰をくねらせ、悶え、喘ぐ。そんなアルセイラを軽く抱き締めながらエリウスは皺の一本まで舐めるように丹念に乳首を愛撫してゆく。その度にアルセイラの口からは甘い喘ぎ声が絶え間なく漏れてくる。
 「エリ・・・ウスさ・・・ま・・・あの・・・頭がボーっとして・・・」
 「もうイきそうなのかい?」
 切なそうな顔で訴えかけてくるアルセイラにエリウスはもう限界が近いのかと尋ねてみる。しかし、アルセイラは自分がどうなっているのかまるでわからず、ただ首を横に振るだけだった。しかし、アルセイラの体は小刻みに震え、限界が近いことを表していた。ならばとエリウスはラストスパートに入る。
 「はうんんっ・・・ああああっっ・・・」
 硬くしこった乳首を唇で挟み込むようにして刺激する。するとアルセイラは頭を振って悶え始める。咥えたまま舌先で乳首の先端を舐めてやると、ビクビクと震え、快感の感じ取って行く。更なる快感を与えようとエリウスは強弱をつけて胸を愛撫する。
 「いやっ、ダメ・・・体の奥から・・・あああああっっっ!!」
 産まれて始めて味わう絶頂にアルセイラは戸惑いながらその光の彼方に意識を追いやってしまう。ビクンビクンと震えながら絶頂を味わい、エリウスにもたれかかる。そんなアルセイラを抱きしめたままエリウスはしばしの休憩に入る。アルセイラの方は初めての絶頂に呆然としたままエリウスに抱かれていた。
 「どうだった、アルセイラ?」
 「えっ?あ、あの・・・眼の前が真っ白になって・・・なにがなんだか・・・」
 初めての絶頂に戸惑ったアルセイラは恥ずかしそうに顔を隠してエリウスの問いに答える。そんなアルセイラが愛しくてエリウスはギュッと彼女を抱きしめる。最初そんなエリウスの抱擁に戸惑ったアルセイラだったが、その体に感じられるぬくもりに落ち着きを取り戻し、エリウスにもたれる様にその暖かさを感じるのだった。
 「さあ、続きをはじめようか・・・」
 「えっ?あっ・・・そんなところ・・・」
 アルセイラを抱きしめていたエリウスの手が下に伸び始め、お尻を伝って股の間に入り込んでくる。その感触を感じたアルセイラは体を硬直させてそれを拒もうとする。しかし、エリウスイは巧みに指先を使ってアルセイラの緊張を解きほぐし、脚の力を抜いてゆかせる。
 「んっ、かなり濡れているね・・・」
 「ああああっ、ダメです。そのようなところ・・・」
 エリウスの指先が硬く閉じられた股の中心に来ると、指先でなぞってその湿り気を確認する。その指の感触にアルセイラは恥ずかしそうに頭を振りながら顔を朱に染めて悶える。エリウスの指先はそれでやめるようなことはぜず、割れ目に沿って擦りあげ、徐々に中に指を割り込ませてゆく。
 「ああっ!!そ、そんな!!」
 「大丈夫、怖くないよ・・・」
 膣内に割り込んできた指の感触にアルセイラは体を強張らせて戦く。エリウスはそんなアルセイラの背中をやさしく叩きながら落ち着かせようとする。アルセイラを落ち着かせながらエリウスに指はゆっくりと奥へと入り込んでゆく。熱く、ぬめった感触に指が包まれるのを感じながらエリウスはゆっくりとあまり強くならないように注意しながらアルセイラの膣内を指でかき回してゆく。
 「ふあああっ、エリウス・・・様・・・」
 「ほら、気持ちいいだろう?」
 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めたアルセイラが悶えると、エリウスは優しく問いかける。その言葉にアルセイラはコクコクと頷き、その指の動きを受け入れて行く。アルセイラが指の動きに感じている間にエリウスはゆっくりと挿入の準備に取り掛かる。腰の位置をずらして挿入しやすい位置へと移動する。
 「あの・・・エリウス様・・・」
 「大丈夫。力を抜いて・・・」
 お腹の当たりをすべる硬く熱いものの存在にアルセイラは少しおびえた表情でエリウスに訴えかける。するとエリウスは優しく微笑みかけて彼女をリラックスさせようとする。そんなエリウスの笑みを見たアルセイラは小さく頷き体の緊張を解す。体のあちらこちらを撫でながらエリウスはアルセイラの両足を広げさせ、挿入しやすい位置まで自分の腰を移動させる。その間彼女が緊張したり、おびえたりしないように気遣いながら慎重にことを進める。
 「アルセイラ、いい子だ・・・」
 「エリウス・・・様・・・」
 優しく髪を撫でてやるとアルセイラはうっとりとした表情を浮べる。さらにエリウスは緊張させないために優しくキスをする。完全にアルセイラの体から力が抜けてゆくのが彼女を抱くエリウスには手に取るようにわかる。その瞬間を見計らって狙いを違わずに硬いものを彼女の中に押し込む。
 「うっ・・・ああっ・・・痛いっ!!」
 異物の侵入にアルセイラは顔をしかめて悲鳴を上げる。体が引き裂かれそうな激痛に涙し、エリウスにしがみついてくる。そんな彼女をやさしく抱きしめながらエリウスはゆっくり気遣いながらペニスを埋没させてゆく。やがてもっとも固い場所をエリウスは一気に奪い去る。
 「ああっ!!ひぐっっ!!」
 激しい激痛のあとエリウスのペニスは完全にアルセイラの中に飲み込まれる。彼女の中は焼けるほど熱く、心地よいものだった。その感触を味わいながらエリウスは腰をすぐには動かさず、アルセイラの神を優しく撫でて、彼女の痛みが収まるのも待ってやる。
 「気持ちいいよ、アルセイラ・・・」
 「ああっ、エリウス様・・・」
 キュッと締め付けてくる膣の感触にエリウスは気をやりそうになりながら、必死になって耐え、アルセイラをやさしく抱きしめる。そんなエリウスに優しさに包まれながらアルセイラは徐々に呼吸を整えてゆく。彼女の呼吸が整いだしたところでエリウスはゆっくりと腰をスライドさせ始める。傷ついた膣を傷付けないように気遣いながら。
 「うぐっ!!ふあっ・・・あああっ・・・」
 いくらゆっくり動かしても傷ついた膣をペニスが動くことはアルセイラに痛みを与える。しかし、エリウスのペニスが膣壁を擦るたびに痛みとは違う感覚が混じり始め、それがアルセイラに甘い声を上げさせ始める。その声がはっきりと聞こえるようになったころにはエリウスの腰はしっかりとアルセイラを突き上げるようになっていた。
 「アッ、アッ、エリウス様、エリウス様・・・んんっ!!」
 うわ言のようにエリウスを求めるアルセイラの唇を塞ぐと、エリウスは最後に向かって動きを早めてゆく。アルセイラの中も終わりを告げるかのように締め付けを強くしてくる。二人はお互いを求め合い、終わりに向かって突き進んでゆく。もはや誰にもそれは止められなかった。
 「ああっ、エリウス様〜〜〜!!!」
 悲鳴のような絶叫を上げてアルセイラが大きく飛び跳ねる。そして体を小刻みに痙攣させて極みに達したことを示す。エリウスもまたアルセイラの子宮に己が欲望を吐き出し、満たしてゆく。お互いにその感触に酔いしれ、味わいつくす。
 「・・・・・・エリウス様・・・」
 アルセイラはエリウスのぬくもりを確かめるように彼に縋りつく。そんな彼女を愛しそうに抱きしめたまま、エリウスは残りの巫女姫のことを考えていた。特に自分の元から姿を消したフェイトのことを・・・




 「まだ、フェイトは見つからないのか!!?」
 フィラデラは苛立った口調で斥候たちを問い詰める。ダークハーケン城に戻って早一週間、予備軍を総動員してこの地にやってきたはずのフェイトを探させているが、いまだこれといった手がかりを得られずにいた。そのためフィラデラは爪を噛んでイライラとした表情を隠せずにいた。
 「この地に来てない・・・ってことは?」
 「それはない。ゾフィス様とオリビア様の情報網に引っかからない地はこの大陸には存在しない」
 椅子に座ったまま暇そうにあくびをするアンナの疑問をセツナは否定する。セツナは壁に背中を預けたまま目を閉じ、じっとしている。リリスも椅子に座ったまま本から目を離そうとはしない。今は自分が口を挟むべきところではないと心得ているのだ。リューナはダーク・ハーケン城に戻ってきたからと、リューノのもとへと行っている。
 「じゃあ、どこにいるんだよ?予備軍を総動員してヴェイス全土を探させているんだぜ?」
 「それで見つからないなら、いる場所は限られてくる」
 暇で暇で仕方がないアンナはあくび交じりにセツナに問い返す。セツナはまるで動かずに自分の意見を述べる。そのセツナの意見にフィラデラも頷く。これだけ探して見つからないとなればいる場所は限られてくる。人が寄り付かない場所。そこに身を潜めている可能性が高い。それがセツナとフィラデラの結論だった。
 「となれば、隠れている可能性が高い場所は全部で四箇所・・・」
 「シュバルト山、ジュギールの谷、腐霧の森、そしてクワンバック島・・・ですか?」
 セツナの言葉にフィラデラは静かに頷く。どこもヴェイスの中でも人が寄り付かない場所として有名であった。そこならば見つかる心配はないだろう。フィラデラは取り出してきた地図とにらめっこを始める。ここは一気に攻め立ててフェイトを見つけ出すか、少人数で地道に探すか、どちらを選択するかを悩んでいた。
 「なら、あたいはクワンバック島に行くぜ!!」
 「では、某はシュバルト山へ・・・」
 「あたしは腐霧の森に参ります」
 ようやく出番だと言わんばかりにアンナは椅子から飛び降りる。もう自分がいく気満々であった。それはセツナやリリスも同様であった。各々愛用の武器を手に取りフィラデラの命令を待っている。自分から行く場所を宣言されてはそれを拒否するわけにはいかない。フィラデラは溜息をつくと大きく頷く。
 「わかりました。リューナにはジュギールの谷へと行ってもらいます」
 フィラデラの許可が出ると、アンナを先頭に各々捜索の地へと向かってゆく。残されたフィラデラはリューナにジュギール谷へと向かうようにという命令を伝達すると、もう一度地図に目を落とす。ほかに見落としているような場所がないか調べ直してみる。
 「あとはセツナたち任せということですか・・・」
 ほかにフェイトが潜んでいそうな場所は見つからず、探しに出たセツナたちからの報告待ちという状況にフィラデラは溜息をつきながら果報を待つのだった。



 ヴェイス皇国の首都イーザスの北に位置する孤島、クワンバック。この狭い孤島であるのは小さな遺跡ひとつしか存在せず、人も魔物も一切住み着かない。いや、住み着くことができなかった。その理由は一定時間になるとこの島が沈むことにあった。そのため誰一人ここに居つくものはいなかった。
 唯一この島に存在するその遺跡もほとんどが土砂に埋まってしまい、奥のほうの探索はされずじまいであった。ゆえに誰かが隠れるとは誰も思わない場所のひとつである。



 「ここがクワンバック島かぁ・・・」
 クワンバック島に上陸したアンナは辺りを見回しながら感心したように唸る。まだ島が沈むまでには時間がある。この狭い島の中を探索するだけなら十分だろう。自分が乗ってきた船を岸に固定すると、アンナはまず島の外周部から探索してゆく。岸沿いに歩くアンナは30分ほどで元のところに戻ってくる。
 「本当に狭い島だな・・・」
 あきれた口調でアンナは顔を上げる。この一周の間、誰にも会うことはなく、どこからも気配を感じることはなかった。となれば相手がこの島にいるとすれば、まだ自分には気付いておらず、こちらから気配を感じることのできない場所、遺跡の中しか考えられなかった。
 「まあ、仕方がないか・・・」
 愛用の鎚を肩に担ぎなおすと、アンナは遺跡の入り口へと歩いてゆく。狭い遺跡の入り口から奥を覗き込む。暗闇でも見通せるアンナの目を持ってしても、奥に何があるかまるで分からなかった。土砂に埋もれた箇所までの探索は終わり、罠は全て取り外されている。アンナは安心して奥へと進んでゆく。
 「これが遺跡の中か・・・」
 遺跡の中に入ったアンナは中のじめっとした感覚に眉を顰める。島自体が海に没するのだから、遺跡の中が湿っぽいのは仕方がないことである。とはいえ水が苦手なアンナにはあまりいい印象はもてなかった。だからといってそれで仕事を放棄する気はない。奥へ奥へと進んでゆく。
 「んっ?ここは・・・」
 奥へと進んだアンナは歩みを止める。奥へと進む通路の半分近くが土砂に埋もれているのだ。通れないわけではないが、足場がかなり悪い。何より崩れてまだ間もないようだ。その様子を観察しながらアンナは鼻を鳴らす。
 「こいつは・・・当たり・・・かな?」
 おそらくこの崩れた土砂が最奥だったところだろう。そしてそれが崩れたことによって奥へと勧めるようになったわけである。つまりこの奥にフェイトが潜んでいる可能性が出てきたのである。アンナは鎚を構えると慎重に土砂を越えてゆく。この先にフェイトがいるなら気を抜くわけには行かない。
 「確実にふん縛らないとな・・・」
 もう逃すわけには行かない。その思いを秘めてアンナは慎重に歩を進めてゆく。相手の奇襲に備え、相手の気配を確実に察する。そのために慎重に慎重を重ねる。一本道の通路をゆっくりゆっくりと進むアンナはやがて大広間まで到達する。しかし、その広い大広間には誰も存在しなかった。辺りの様子を伺っていたアンナは大きな溜息を漏らす。
 「なんだよ、はずれか???」
 何もない大広間の様子にアンナはぼやくしかなかった。仕方なくこの場をあとにしようとするアンナだったが、すぐにその歩みを止める。背後で何かが動く音が聞こえたのだ。何がいるのかと振り返らずにその気配を読もうとする。しかし、どうやっても相手の気配を感じることができなかった。
 「気配がない・・・ってことは敵はゴーレムか何かか??」
 鎚を構えて振り返ったあんなな自分の目の前を覆い尽くす巨体に絶句する。鋼鉄の固まり、そう呼ぶのにふさわしい鉄の巨体だった。その姿に驚いたのがアンナの反応を鈍くする。ほんの一瞬、その一瞬が命取りだった。鋼鉄の豪腕がアンナの小さな体を捉える。
 「がふっっっ!!!」
 アンナは軽々と吹き飛ばされ、壁に激突し、床に叩きつけられる。何とかすぐに起き上がり、追撃は免れたが、全身に激痛が走り動きを鈍くする。鎚を使って大きく跳び退り相手と距離を取る。そこでようやく相手の姿を確認することができた。
 「やっぱ、アイアン・ゴーレムか・・・」
 アンナはその敵の姿に舌打ちをする。鋼鉄の巨人、この世界でも屈指の防御力を持つ怪物である。並みの攻撃力ではその表面にすら傷をつけられない。そしてアイアン・ゴーレムの恐ろしいところは防御力だけではない。攻撃力も高い厄介な相手なのである。
 「ここに来たのがあたいでよかった・・・」
 痛む体を押さえながらアンナは少しホッとする。こういった防御力の高い相手にはパワーファイターの自分が一番適任であることはアンナ自身が一番よくわかっていた。他の四人ではこいつを一人で倒すのは難しいこともアンナが一番よく理解していた。
 「こんな化け物、ここにいるはずないからな・・・奴さんが仕掛けた罠か・・・」
 本来ゴーレムは宝物庫の番になどに使われるモンスターである。それを何もない大広間にこんな化け物を残して置く必要性はまるでない。ならばそこから導き出される答えは一つだ。ここに来た誰かを足止めするため、または倒すためにフェイトが仕掛けて置いたに違いない。
 「まあ、敵さんがアイアンゴーレムじゃあ、こっちも全力で行かないと・・・やられる!!」
 折れたアバラを擦りながらアンナは気合を入れ直す。そして魔力を集中させ、それを開放してゆく。アンナの体が甲に包まれ甲虫の姿に変わってゆく。高い防御力と攻撃力を備えた”土甲”のアンナのもう一つの姿である。完全に変身を終えると、アンナは手にした鎚を握り直す。
 「本気で相手してやるぜっっっ!!!」
 鎚を振りかぶると跳躍し、アイアン・ゴーレムに襲い掛かる。一気に距離を詰めると、その鋼鉄の胸板に鎚を振り下ろす。鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡り、その衝撃にアイアン・ゴーレムが大きく仰け反る。着地したアンナは間髪いれずに二発目をその膝に叩き込む。二度目の轟音。アイアン・ゴーレムは体勢を崩して土煙を巻き起こして地面に仰向けに倒れこむ。その様子をアンナは距離を取って見守るのだった。
 「つっ・・・たく、硬いやつだ・・・」
 アイアンゴーレムを殴りつけた手の痺れにアンナは顔をしかめる。パワーには自信があったがそのパワーだけでこの化け物を倒すことは難しい、改めてそれを実感させられる。当のアイアンゴーレムの方は何事もなかったかのように立ち上がり、アンナ目掛けてこぶしを振ってくる。その攻撃をかわしながらアンナは手の痺れがなくなるのを待ち、手の痺れが消えたところで反撃に移る。
 「表面は硬くても、こういうのはどうだ??!」
 アンナは鎚の握りを短くすると、大振りの拳をかわし、アイアンゴーレムの懐へと飛び込む。伸びきったこぶしを支えながらその肩口に体重の乗った一撃を見舞う。またしても鈍い音が響き渡り、アイアン・ゴーレムが仰向けに倒れこむ。アンナはさらにその肘に二撃目を叩き込む。鈍い金属音がもう一度響き渡る。
 「これで・・・どうだ!!?」
 ようやくアイアン・ゴーレムから距離を取ったアンナはしばし相手の様子を伺う。のっそりと起き上がってきたアイアン・ゴーレムはすぐにアンナへの攻撃を再開する。痛みを感じないアイアン・ゴーレムはその動きに変化は見られなかった。しかし、アンナにはその変化がよくわかった。ニッと笑うとアイアン・ゴーレムの攻撃をかわしながら、何度も、何度も肩口目掛けて攻撃を繰り返してゆく。やがて蓄積されたダメージが目に見えて効果を表してくる。小さなひびが肩口に走り、徐々にそれが広がってゆく。痛みを感じないアイアン・ゴーレムはそれでも拳を振るい続けるので、自分からその傷口を広げてゆく。
 「よしよし、そのまま、そのまま・・・」
 自分の予測どおりゴーレムが自滅してゆくことにアンナはほくそえみながらゴーレムの攻撃をかわす。あと数刻もすれば腕は砕け散り、ゴーレムの攻撃力は半減する、そう思っていた。そしてその通り、腕は肩口から砕け散り、失われる。予想外だったのはその取れた腕がアンナの方に吹き飛んできたことだった。もう左腕に集中していたアンナは飛んできた腕に対応しきれず、その腕をもろに体に喰らってしまう。
 「がぶっ!!ごはっっっ!!!」
 お腹の内容物が逆流してくる感覚と、肺の空気が全て吐き出される感覚にアンナは一瞬眩暈を感じる。さらに先ほど痛めたあばら骨が痛み出し、アンナの集中力をそいでくる。そこにゴーレムの左腕の攻撃が放たれる。避けそこなったアンナはそん攻撃をまともに受け吹き飛ばされる。土煙を巻き上げて十数メートル吹き飛ばされたアンナはその場に倒れたまま動くことが出来なかった。硬い甲羅に覆われたアンナの体にはひびが入り、その攻撃のすごさを物語っていた。
 「くそ・・・こんなはずじゃ・・・ふっ・・・はははっ、はははははっっ!!」
 全身がズキズキと痛み、まともに動けそうにない。対するアイアン・ゴーレムの方は片腕は失っているが、痛みを感じてはおらず、まだまだ戦えるはずである。この危機的状況にアンナは思わず笑い出してしまう。普通の人なら恐怖に気がおかしくなったのではないかと思われるような笑い方だった。
 「おもしれぇ。おもしれぇよ。こういうワクワク感・・・」
 ズキズキと痛む体を押さえながらアンナは立ち上がる。心の奥底からこみ上げてくる高揚感がなんともたまらなかった。抑えることの出来ない戦闘への昂りがアンナに笑みを浮べさせていた。”五天衆”に入って以来、こんな高揚感を味わったことはない。
 「これだ、この高揚感だ・・・」
 死をも恐れない気持ちの昂りにアンナは昔のことを思い出していた。昔、まだドワーフ族の村にいた頃、好戦的だった彼女は廻りのドワーフ族の戦士たちに次々に喧嘩を売って歩いていた。そのこと如くに勝った彼女は次に狙ったのが当代でも屈指の剣士と名高いストナケイトであった。
 「でもそれは叶わなかった・・・」
 ストナケイトに戦いを挑もうとした彼女を制したのがクリフトであった。エルフ族の優男に自分の闘いを制されたアンナは怒り来るって彼に襲いかかった。しかし結果は彼女の予想に反するものだった。まるで歯が立たなかったのである。全ての打ち込みは受け流され、切り替えされる。
 「何度命を失っていたことか・・・」
 その戦いの中、アンナは不思議と気分が高揚していた。こんな強敵と戦える喜び、それをはじめて味わったのである。そして動けなくなるまで戦ったアンナはブシンのもとで”爆鬼破砕”を学び、そののちセツナたちと共にクリフトの元につき、”五天衆”に名を連ねることとなる。
 「あのときの高揚感だ、これは・・・」
 クリフトと戦り合って以来感じる、命を削るような緊張感。その緊張感にアンナは酔いしれていた。その高揚する気分を抑えきらなかった。脇腹の痛みも、全身が砕けたような痛みも全てが嬉しくなってくる。今眼の前の強敵を倒せるという喜びに変わってゆく。
 「”爆鬼破砕”重爆砕!!」
 構えなおした鎚が変形してゆく。四つに分かれ、そこに力場を発生させて巨大な鎚を作り出す。その巨大な鎚をアンナは軽々と振り回してアイアン・ゴーレムに襲い掛かる。対するアイアン・ゴーレムの残った左腕を振るって応戦する。あんなの鎚とアイアン・ゴーレムの左腕が激突する。
 「うがああっっ!!!らぁぁぁっっっ!!!」
 ぶつかり合った鎚と拳はお互いにその力を拮抗させていた。そんな中アンナは絶叫して鎚を振るう。”爆鬼破砕”はブシンが編み出した武術の中で破壊に特化した武術である。それは相手の武器であったり、関節であったり、肉体そのものであったりもする。それらを力と気合で打ち砕く。それが”爆鬼破砕”という武術であった。
 「うるっ!!ぐらぁぁぁっっっ!!!」
 誰にも負けない、そんな気合を込めてアンナは絶叫する。その絶叫に呼応してアンナの鎚が力を増す。アイアン・ゴーレムの腕を押し返してゆく。それでも退かないアイアン・ゴーレムだったが、徐々にその腕に亀裂が走ってゆく。力のぶつかり合いに肉体の方がついていかなかったのである。
 「でやはぁぁぁっっっ!!」
 アンナの一際大きな絶叫と共にアイアン・ゴーレムの左腕は砕け散る。いや、左腕だけではない。そのまま、胸を、足を、顔を砕いてゆく。全てを砕かれたアイアン。ゴーレムはその動きを止める。あとには大きな鉄の塊が残っているだけであった。アイアン・ゴーレムを砕いたアンナは鎚を元に戻すと、その場に腰を落として大きな溜息をつく。
 「まったく・・・とんでもないやつだったぜ・・・」
 強敵との戦いを終えたアンナの顔は満足感に満ち溢れていた。もう体に力など残っていない。動くことも出来ないまま、アンナはそのまま倒れ伏し、眠りについてしまう。静かな、静かな眠りに・・・



 猛毒の霧に包まれた森に蝶の羽根を持った少女が降り立つ。森といっても木々に葉は多い茂ってはいない。葉のない森を常に猛毒の霧が覆い隠し、立ち入るものの肉体を腐らせ、その命を奪う。ゆえに誰もこの森には立ち寄らず、だれ一人この森に近寄るものはいない。
 「なるほど、ここなら・・・」
 腐霧の森に降り立ったリリスは自分の体を見つめながら頷く。今の自分は魔力の障壁で体を覆い、腐敗の毒からその身を守っている。おそらく生身であったならモノの数分、いや数十秒で息絶えていたに違いない。このような場所にいられる人間など限られている。
 「・・・あの子ならここにいることも可能・・・か・・・」
 自分以上の魔力を持ったフェイトならばこの地に今の自分と同じように魔力の障壁で体を守って身を潜めていることもできるだろう。それだけの力を彼女は持っている。そのことは共に魔術を学んだリリスが一番よく知っていた。その彼女を説得し、エリウスの元へと連れて帰るために自分はここに来たのである。
 「さてと・・・どこにいるのかしら・・・」
 リリスは辺りの様子を伺いながら歩を進め始める。霧が濃いため先を見通すことは困難である。そんな中を細心の注意を払って先へと進んでゆく。やがて森が開け、池へと出る。そこが腐霧の森を覆い尽くす猛毒の霧の発生場所であった。猛毒の池、ここの水が霧状になってこの森を多い尽くしているのである。
 「ここがこの森の中心になるのか。・・・あの子だって生きるためには水が必要なはず・・・」
 ならばこんな森の中心にいるはずがない。水を得るためにもっと森のはずれの方にいるはずである。ならばここを探しても時間の無駄である。そう考えたリリスは池に背を向けその場をあとにしようとする。そのリリスの背後で池の水が大きく盛り上がり、何かが飛び出して彼女に襲い掛かる。
 「なんだ、こいつは!!?」
 その気配を感じ取っていたリリスは羽根を広げて大きく飛び上がる。先ほどまでリリスがいたところは巨大な蛇の頭が食いちぎっている。その正体を探ろうとするリリスのまた池の中から2体、3体と蛇の頭が飛び出してきて、彼女に襲い掛かる。その攻撃をリリスは彼に宙を舞って回避する。
 「・・・7,8,9・・・9頭の蛇だと・・・ヒュドラか、ここの主は!」
 顔を覗かせた強敵の登場にリリスは驚きを隠せなかった。獲物を追って姿を現した9頭の蛇はリリスに襲い掛かってくる。その攻撃をかわしながらリリスはどうしたらいいものかと考える。このまま逃げてしまっても問題はないだろう。しかし、下手をしたらフェイトを説得しているところをこいつに襲われる可能性がある。それは避けねばならない。
 「だったらここで・・・」
 リリスは空中で体勢を整えると、両手に魔力を集中させてゆく。そのリリス目掛けてヒュドラは首を伸ばし、噛み付いてくる。その攻撃をかわしながらリリスは両手に集中させた魔力を開放して行く。
 「風よ、刃となれ!!”ウィンド・エッジ”!!」
 力強い言霊と共に魔法が完成し、九つの風の刃がヒュドラに襲い掛かる。そのうちいくつかはその体表でかき消されてしまったが、かき消されなかった分は体を引き裂き鮮血を撒き散らせる。しかし、その傷も致命傷には程遠いものであった。それを見たりリスは小さく舌打ちをする。
 「こんな低レベルの呪文では効果がないわね・・・」
 ならばと次の攻撃に移る。両手に溜めた魔力を胸の辺りに集中させ、そこに精神を集中させてゆく。集中した魔力はやがて雷を帯び、どんどん大きくなってゆく。生み出した雷の玉をさらに分散させ、無数の雷の槍を生み出す。それをすぐには打ち出さず、さらに大きく、強大なものへと変質させてゆく。
 「雷よ、かの者を裁く槍となれ!!”ライトニング・ジャベリン”!!」
 リリスの力強い言霊と共に無数の雷の槍がヒュドラ目掛けて解き放たれる。ヒュドラもそれを迎撃するように口から毒を吐き出してくる。毒のブレスのいくつかが雷の槍を打ち消し毒々しい色の煙を上げる。打ち消されなかった槍はヒュドラの体を貫き、ヒュドラは絶叫を上げる。
 「やった・・・のはいいが・・・」
 ヒュドラに大きなダメージを与えたリリスだったが、彼女もまた顔をしかめる。ヒュドラの放った毒のブレスがバリアを越えて彼女の肌に触れたのである。猛毒を受けた左腕はすでにどす黒く変色し、痺れて感触がなかった。その範囲はどんどん広がってきているように思える。
 「このままじゃまずい・・浄化の光よ、不浄なるものを清め癒せ!”ピュリフィア・ライト”!」
 リリスはすぐさま浄化の光を呼び起こし、左腕の毒を浄化してゆく。光を浴びたどす黒い左腕は浄化し元の白い肌に戻ってゆく。それにあわせて痺れもなくなってくるのがわかる。リリスはホッと胸をなでおろすと、雷の槍を受け、その痛みに悶えるヒュドラを睨みつける。
 「厄介な毒を持っている・・・」
 いかなる毒も跳ね返すバリアだと思っていたリリスにはヒュドラの毒のブレスでダメージを受けたことは予想外であった。それは毒のブレスは通じないからと不用意に近付いて魔法攻撃ができないことを意味していた。ならば、ブレスも届かない長距離から魔法で射抜くしか手はない。
 「そうなると、使える呪文の種類は限られてくる・・・」
 同じ長距離魔法でも広範囲魔法は腐霧の森を破壊してしまう可能性がある。そうしたらここにいるかもしれないフェイトに逃げられてしまう可能性がある。それではここに来た意味がなくなってしまう。長距離から確実に相手の力を奪わなければならない。唇に指を当てたリリスは薄く笑みを浮かべると羽を羽ばたかせてヒュドラから離れる。
 「ここならば・・・」
 ヒュドラの姿がやっと見えるくらいの長距離まで後退したリリスは両手を前にかざし、意識を集中させてゆく。再び魔力が両手の中に集中してゆく。ただ先ほどと違い集中するほどに魔力の塊は小さく圧縮される。高密度の魔力がリリスの両手の中に集められてゆく。
 「太古に封じられし星の光よ、今こそ来たりて我が敵を撃ち貫け!!”スターダスト・レイ”!!」
 リリスが失われた古代魔法の一つを唱えると、両手に収束された光がヒュドラ目掛けて解き放たれる。その一撃はヒュドラの首を易々と打ち貫く。さらにリリスはその両手を横に凪ぐ。ヒュドラの首を打ち貫いた光はその動きにあわせて横へと動いてゆく。そこにあるほかの8本の首を引き裂きながら。
 「・・・くっ、しまった・・・」
 光の収まった手で額に浮かんだ玉のような汗を拭いながらリリスは悔しそうな顔をする。渾身の力を込めた”スターダスト・レイ”でこの戦いを終わらせるつもりでいた。しかし、ヒュドラの首の一つを落としきることができなかったのである。一本でも首が残っていれば再生してしまう。
 「早くしないと・・・」
 苦しそうに顔をゆがめながらリリスは動こうとする。すでにヒュドラの首は再生を始め、切り落とされた傷口からは新しい頭が再生しようとしていた。早く残った一本を切り落とさないと元のもくあゆみである。ここまでにかなりの魔力を消耗してしまったリリスに残された魔力からみても、再生されてしまったら同じ攻撃方法は使えないだろう。
 「今しか勝機はない!!」
 そう悟ったりリスは羽根を羽ばたかせて一気に距離を詰める。残された魔力で最後の一本を切り落とさなければならない。そのためにはヒュドラに最大限近寄らなければならない。両手を合わせ魔力をそこに集中させながらリリスはヒュドラ目掛けて飛び込んでゆく。リリスが高速で飛び込んでくることに気付いたヒュドラは残された最後の一本の首をもたげて迎撃してくる。その間にも切り口からは新しい頭が再生されてきていた。
 「光の刃よ、我が手に宿りて敵を裂け!”レイ・ブレイド”!!」
 両手の魔力が剣となる。それをかざしてリリスはヒュドラに襲い掛かる。これを打ち落とそうとヒュドラはブレスをはいてくるが、これをリリスは済んでのところでかわしてゆく。
 「これで、ラスト!!」
 リリスの光の刃がヒュドラの最後の一本の首を切り裂く。鮮血を撒き散らしながらヒュドラの首は大地に転げ落ちる。同時に切り口から鼻先を覗かせていた新しい頭の再生は止まり、全ての首を失ったヒュドラの体はその動きを止める。轟音と共に大地にその巨体を横たえ、その命を終えるのだった。
 「まったくこんなのがここにいるなんて・・・」
 リリスは大きく息を吐くと、両手の光の剣を消す。ヒュドラの生命活動が完全に停止していることを確認すると、安堵の息を漏らす。これでようやくフェイトの探索に専念できるのだ。
 「早く、探さないと・・・」
 フェイトを探そうと歩き出したリリスだったが、数歩歩いてすぐに膝を折ってしまう。噴出す汗を抑えることが出来ない。体中に激痛が走り、痺れが体の自由を奪ってゆく。眼の前がくらみ、意識が徐々に遠のいてゆくのがわかる。それが自分の肩口から起こっているのもリリスにはよくわかっていた。
 「一発くらい耐えられると思ったんだが・・・」
 変色した肩口を押さえながらリリスは悔しそうな顔をする。どす黒く変色した肩口はヒュドラのブレスを受けたことを意味していた。そして今のリリスにはその毒を浄解する力は残されていなかった。ただ毒が全身に廻っていくのを待つしかない、そう言う状況であった。
 「御免、フェイト・・・」
 リリスはそう呟くと前のめりに倒れ伏す。どこが全身に廻り、体の自由を奪ってゆく。眼の前はかすみ、うつろになってゆく。リリスの意識はそこで途絶える。深い闇のそこへと消えてゆく。深い、深い闇の中へ・・・



 「ここがジュギールの谷かぁ・・・」
 足元に広がる深い渓谷を見ながらリューナは感慨深げに呟く。当たりの美しい光景からは想像ができないほど人が立ち寄らない谷間、それがジュギールの谷であった。谷というのは通称で、実際には大地に走った亀裂のことである。深くどこまでも続く亀裂の中にはいってゆくものはいない、だから誰もここには近寄らないのである。
 「まあ、いるとすれば横穴のどこか・・・だろうな」
 リューナは大きく息を吸い込み、変身するとその高い跳躍力を生かして谷間へと飛び込んでゆく。岩壁から突き出した足場を利用して下へ下へと降りてゆく。当たりに注意を配り横穴を見逃さないように気をつけながら。
 「食料や水のことを考えるとあまり深いところにはいない気がするんだけど・・・」
 いくら魔術に長けたフェイトであっても食料や水を作り出すことはできないだろう。ならば自分で取りに行くにしろ、使い魔やゴーレムに取りに行かせるにしろ、そんなに深いところでは持ってくるだけで一苦労にはずであるとリューナは当たりをつけて探すことにする。
 「んっ?あそこ・・・」
 リューナがその横穴を見つけたのは捜索開始からしばらくしてからのことだった。深さは五メートルほどのところ、岩肌に隠れて上からでは見つけにくい位置にある横穴だった。ここならば水や食料を調達しに行くのも楽そうである。ここにいると当たりをつけたリューナは横穴の入り口へと降り立つ。
 「う〜〜ん、結構深そうだな・・・」
 その横穴は意外に奥まで続いており、先は暗くてよく見通すことができない。隠れ散られるのも困り者だとあたりに注意しながらリューナは奥へと進んでゆく。奥へ奥へと歩みを進めるリューナは自分の周りに感じられる気配に気付く。それは自分の回りをつかず、離れずの位置で見張っている。
 「誰かいるのだけは間違いない・・・か」
 リューナは自分を見張るものの正体を見極めるべくスピードを上げて走り出す。肉体強化された自分についてこれるものはほとんどいない、距離を置いてその正体を見極めてやろうと計ったのである。
 「これくらいなら・・・って、追いついてきている???」
 リューナは驚きを隠すことができなかった。引き離したと思っていた相手は自分の真後ろにぴったりとついてきている。変身した自分の速度についてこれるものがこんなところにいるとは想像もしなかった。仕方なくその場に立ち止り、相対することにする。たとえ相手が誰であろうとも正面から撃破してやろうと身構える。
 「出てきなさい!いることはわかっている!」
 構えを取ったリューナは暗闇の中に隠れ姿を現さない敵にそう声をかける。もし出てこないようなら自分から飛び込むつもりでいた。すると相手はすぐに姿を現す。その姿を見たリューナはまた驚くことになる。闇の中から姿を現したのは自分にそっくり、いや自分自身であった。
 「なんでわたしが・・・」
 驚きを隠せず呆然とするリューナにもう一人のリューナはにやっと笑い襲い掛かってくる。そのスピードは自分と同じくらい早いモノであった。鋭い肘打ちがリューナの顔面に襲い掛かる。それをぎりぎりのところで回避したリューナだったが、そのがら空きの腹部に膝がめりこむ。
 「ぐふっっ・・・・」
 激痛が腹部に広がり、リューナは思わず前のめりになる。そのアゴにもう一撃膝が入る。鋭い衝撃と共にリューナの体が宙に浮く。その場で一回転した敵は止めとばかりにリューナの胸元に渾身の蹴りを見舞ってくる。まともにそれを喰らったリューナは数メートル吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。背中から全身に砕けるような激痛が走る。その激痛に顔をしかめながらリューナは何とか体勢を整える。
 「うぐっ・・・いまの・・・技・・・」
 今しがた敵が使った三連続技、それにリューナは見覚えがあった。双天武拳、双天舞脚のコンビネーション技。それに間違いはなかった。相手が双天の使い手なのか、それともたまたま似た技のコンビネーションだったのか、そこは判別がつかない。ならばとリューナはこちらから攻撃に移る。
 「双天舞脚”瞬”・・・」
 リューナはまず高速で動いて相手をかく乱しようとする。隙ができたところに攻撃を見舞う。そのつもりでいた。ところが敵の姿もリューナの視界から消える。予想外のことにリューナが戸惑っていると、背後から強烈な殺気を感じる。反射的にリューナは背後に蹴りを見舞う。
 「双天舞脚”爆”!!」
 振り向き様のリューナの蹴りと背後に回った敵の蹴りとが空中で激突する。拮抗した力は大爆発を起こし、双方を吹き飛ばす。空中で体勢を整えたリューナは無事着地すると、また驚愕の表情を浮べる。
 「間違いない・・・いまのは双天舞脚”爆”・・・」
 強大な破壊力を持った自分の蹴りと拮抗する力を持った蹴り、拮抗した力が起こした爆発。それは間違いなく相手が双天舞脚”爆”を使った証拠であった。これで先ほど相手が使った技も双天であり、相手が双天の使い手であることは紛れもない事実であった。
 「それも前に戦った紛い物ではない・・・」
 リューナは顔をしかめる。かつて戦ったルドオールの騎士のように中途半端な技の切れではない。自分並みに完成された力の持ち主であることは間違いない。それほどの使い手が自分やセツナ以外にいるとは予想もしなかった。驚きと共に、興奮もリューナの心にはあった。それほどの使い手と戦えるとは思いもしなかったからだ。
 「そろそろ顔を見せてくれないか?」
 興奮気味に敵に声をかけると、ようやく相手が姿を闇の中から現す。フードを目深にかぶり、顔はよくわからない。しかし相手に隙がないことだけはいやが上にもよくわかる。構えを解かず、警戒も解かずに相手を見据える。すると相手は目深にかぶったフードを取り始める。その下から現れた顔を見た瞬間、リューナは言葉を失ってしまう。
 「どうしたの?この顔がどうかして?」
 口元に笑みを浮べて問いかけてくる相手にリューナは答えることができなかった。動悸が早くなり思考が麻痺してしまう。眼の前の相手がなんなのかまるでわからない。唯一つリューナにはわかっていることがあった。この戦いが途方もなく苦しいものになることだけは・・・


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