【巨人の村】
人馬と西風の月2日 6:00 ゴッタバル村
この奇妙な常夏の大地。
見た事もない作物がたわわに実る畑。
その一帯にまばらに立てられた巨大なレンガ造りの住居。
リド・クジャの斜面の一部をえぐり、平らにした場所にその村はある。
ゴッタバル村、オーガたちの暮らす巨人の村だ。
「――ん、んん・・・!」
普段は絶対に人には見せない、間の抜けた表情でミュラローアは1つ伸びをする。
少々だるさはあるものの、今日は妙に体が軽い。
頭の中にはまだもやがかかっている。
「ふああああ・・」
そして、またもや間抜け顔の大あくび。
こんなにゆっくり寝たのは何年ぶりだろうと思うと、そこから少しずつ眠気が晴れてゆく。
どこかの部屋の中。
ぶっきらぼうなレンガの壁。
部屋の中にはこれといったものはないが、1つだけ気にかかること、それは妙な視点の高さだ。
そして再度、部屋をぐるりと見回そうとした瞬間――世界が思い切りぐらついた。
「え・・・きゃっ!」
「お・・・おっはようミュー姉!」
「えっ?ソ、ソネッタなの?どこ?どこにいるの?」
何故か自分の下から聞こえてくる声。
ハンモック上で大慌てしているミュラローアを見て、ソネッタがあははと陽気に笑う。
「・・でね、ミュー姉が脱水症状を起こしかけて倒れたところを、『彼ら』に助けてもらったってわけ・・」
「・・そうだったの」
ソネッタに呼ばれて部屋に入ってきた2人の男たち。
ミュラローアが初めて見るこの10〜12フィートほどの背丈と、岩石のような分厚い肌を持つ半裸の巨人族は、予想に反して優しそうな顔をしていた。
「初めましてオーガ族の皆様、先日は危ない所を助けて頂き有難う御座いました」
「我ら、敵じゃない者、助ける」
「お前とソネッタ、純真。見ればわかる」
礼儀正しく頭を下げるミュラローア。
一応、名を名乗るのはまだ控えておくつもりであった。
だが、オーガたちとの会話の中で彼らが信頼できる存在だとわかると、次第に警戒も解いていく。
その後、ソネッタの注文を聞き入れたオーガたちが振舞った熱帯野菜のスープ『メロドニク』は、ミュラローアを大いに喜ばせる美味であった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
食後、ミュラローアはソネッタと共に先程と同じつくりの部屋の中にいた。
壁からかかったハンモックの上では、シアフェルが未だ寝息を立てている。
「シア様はね、昨日オーガたちを怖がっちゃってパニックに陥っちゃったから、今は安眠を促す薬でお眠りになってもらっているの」
「睡眠薬・・・?それ、大丈夫なんでしょうね?」
「ああ、うん。大丈夫。それに、オーガたちもシア様の事はあまり気に入ってないみたいだから、はっきりいってお眠りになられていた方がここはうまくいくと思う」
「そう・・・・で、私に話があるっていうのは?」
「あ、うん・・・・その話なんだけどね・・・」
2人がここにいるのは、ソネッタの提案によるものだった。
つい先程『ちょっと、重要な話があるの』と切り出したソネッタの表情は、重い何かを思わせるものだった。
「ミュー姉・・・ここから先、あたしがいなくても大丈夫?」
「えっ?」
神妙な面持ちのソネッタが発した言葉に、ミュラローアは驚きを隠せなかった。
「あたし、ミュー姉が寝てる間にオーガたちに協力を求めてみたのよ」
「ふむ・・で、オーガたちはなんと言ってきたの・・?」
「うん・・・あたしが村の女になるなら、力を貸してくれるって・・」
ソネッタは、しばしオーガたちの事情や自分の考えについて話す。
オーガは男のみしか生まれない種族で、嫁は異種族の女を娶る事。
今までは、付近の自分たちと敵対する村から仕方なく女をさらっていたが、その村々も今はなくなり、だからといって望んでオーガの嫁になる者も少なく、今、村は深刻な女不足であるという事。
もし、ソネッタが結束の強いオーガ一族の一員となれば、仲間のためという大義名分が彼らを危険な任務にもかりだせる要因となる事。
その巨体に見合った怪力を振るうオーガたちはこの一帯の事実上の支配者であり、彼らの力は追っ手の足止めとして大きな力を発揮してくれるであろう事・・
「細やかな部隊まで全て足止めとはいかないだろうけど、目立つ大部隊なら、彼らは一網打尽にしてくれるはずよ。彼らは人間の兵士相手じゃ、まともな戦いなんか成り立たせないような強さだから」
「ま、待って!でも、そうであったにしても、私1人では絶対に限界があるわ。野営だってまともに張れない・・」
「ん・・・・そこは、大丈夫」
もっともな心配を口にするミュラローアに対し、ソネッタは何故か笑みを作ってこたえを返していた。
「実はね、ここを反対側に降りた山の麓にあるオーガたちの見張り小屋に、どうもシアフェル様のご一行が保護されているらしいのよ」
「・・えっ???」
思わず首をかしげるミュラローア。
多少もったいぶったあとソネッタが告げたのは、ミュラローアにとってこの上ないほどの朗報だった。
「何者かがシア様の名を語って、敵の目をひきつけてくれていたの。そしてね、5人いる娘たちの1人はこう名乗ったそうよ――『R.I.D』のティモット・モードって!」
「え・・ティモット?・・・・ティモットが無事なの!!??」
しっかりとソネッタがうなづくのを確認すると、ミュラローアは大粒の涙をこぼし始める。
『R.I.D』として尊き姫シアフェルを守るという任務のため、やむなく置き去りにした最愛の妹ティモット。
誰よりも心優しくおとなしい妹は、とても逃げ切れないものだとばかり思っていた。
立場上、シアフェルを最優先に考えなければならなくはあったが、心情的にはそれと同じか、むしろそれ以上に妹の事が心配だった。
そんな妹が、今も仲間たちと共に無事に逃げ続けている。
それは、親友ダノンを失ったミュラローアの心の傷を、一瞬だけでも忘れさせてくれるくらいの喜びだった。
「どうも、シャルキアがシア様に扮しているらしいの。ほら、あのコ、昔からそういう事にかけては上手だったし」
「うん・・・うん・・!」
「そこまではオーガたちが送ってくれるそうだから、逆に人数増えるよ。あたしがいなくても大丈夫・・・だと思う」
そこで、空気がわずかに沈む。
だが、何かを振り払うようにソネッタはギュッと目を瞑る。
再び見開かれた眼差しには、強力な支援を得るため、大任に身を捧げる覚悟の輝きが宿っていた。
「だから、ミュー姉――あたし、ここに残るね」
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