【魔窟迷走】
魔女とせせらぎの月28日 22:30 サラマンドラの口
音も風も光も全て呑み込んで行くかのような、先の知れないこの暗い洞窟内。
シャッターを半下ろしにしたランタンの小さな灯りだけが、この暗黒の空間に人間の居場所を確保している。
「シア様、やっとお休みになられたわ」
そんなミュラローアの一言に、ダノンとソネッタは小さく胸を撫で下ろす。
天井にへばりつく不気味なコウモリの群れに恐れおののき、全て退治しろだの、城に帰るだの、散々駄々をこねていたシアフェルが、今やっと眠りに落ちてくれたのだ。
体力の消耗だけでも深刻だというのに、この上精神力まで削られるのは、いかな『R.I.D』の面々でもさすがにきつい。
不忠の行為かもしれないが、溜息の1つくらいは許して欲しい心境だった。
「少し、食べよっ」
ソネッタは腰の布袋からいくつかの小さな種を取り出すと、ダノンとミュラローアの掌に落とす。
ココリの種。
それはエルフの村から持ってきたもので、非常に栄養価に優れた携帯食だ。
3人は無言のままそれを口に運ぶ。
――ポリッ・・・・コリコリコリ・・・
口内で種を噛み砕く小さな音も、すぐにコウモリたちの羽ばたきの音に呑まれて消えていった。
「さて、私たちもそろそろ寝ましょう」
ミュラローアの言葉を受け、ダノンの細やかな指先がランタンのシャッターに伸びる。
「じゃあ、最初の見張りはミューに任せるわ。で、次に私、最後にソネッタよ」
「ちょっと待って。この頃、ダノン姉ばかり中継ぎやってない?今度はあたしにやらせてよ」
ダノンの決定に対し、珍しくソネッタが異を唱えていた。
毎晩の野営は3人交代で見張りを立てているが、夜中に起こされ、夜中に再び眠らなければならない2番目が最もきつい役柄なのだ。
そして、毎回さらりとその役を引き受けているのは、指揮官たるダノンその人。
彼女の著しい体力消耗は、ミュラローアやソネッタからも見て取れるレベルになっていた。
「ソネッタの言う通りよ。ダノンはこの頃酷く疲れているわ。今日は私とソネッタだけでやるから、ゆっくりと体を休めて」
「何言ってるの、私は大丈夫よ。いいから指示に従いなさい」
「ダメだよ、ダノン姉。お願いだから、せめて今日だけはあたしたちに任せてっ」
「貴方たち、私の言う事が聞けないっていうの?」
「で、でもっ!」
ダノンに食ってかかろうとするソネッタを、ミュラローアが目で制する。
ダノンは昔からこうだった。
一度こういう状態になったら、もう同僚たちの言葉ではてこでも動かない。
どんなに異を唱えようが、侍女長たる威厳で切って捨てられるのだ。
常に1番辛い役を引き受ける事で、外の侍女たちに文句を言わせない。
それが個性豊かなメンバーまとめてきた『R.I.D』リーダー、ダノン・クレイフェアーの手腕であった。
「(ソネッタ、今何を言っても無駄だわ。ここは静かに従っておきましょう)」
「(でも・・)」
「(大丈夫よ、私はダノンを起こさないから)」
「(なぁる・・・オッケー、それでいこう)」
「・・・じゃあ、私、起きてるからダノンも早く寝・・」
「シッ・・静かに!」
ミュラローアたちが裏で算段をしている間に、ダノンは別の気配に感づいていた。
それは洞窟の外にかすかに聞こえ始める、土を踏みしめる馬のひづめとブーツの音。
「・・・まずいわ」
この洞窟を見つけたときと同じように、ダノンはミュラローアたちを制すると足音を立てないように入り口の様子を身に向かう。
前回と決定的に違うのは、わずか5秒も経たないうちに戻ってきた事だ。
「シア様をお起こしして。必要最低限のものだけをまとめて。――早く!」
ミュラローアとソネッタは尻に火がついたかのように飛び起きて指示に従う。
想像するに易しい最悪の事態。
ヨーグの襲撃を免れた生き残りか、もしくは新手か。
ゲルニスの命を受けた兵士たちが洞窟前まで迫ってきていたのだ。
「おい、見ろ!馬が繋いであるぜ!姫様たちじゃねえか・・?」
「だったら嬉しいがなァ・・よし、ともかく洞窟の中だ」
侍女たちの心臓がこれ以上ないくらいに早鐘を打つ。
その心の中に深い影が落ち始める。
これは洞窟の入り口を封鎖されたも同然の状態なのだ。
「(どうする、ダノン?!)」
「(先に道が続いている事を祈って奥に逃げるしかないわ!さあ早く!)」
迫り来る恐怖の気配を察知してか泣き叫ぼうとするシアフェルを強引になだめ、一行は洞窟の奥へと疾駆する。
「奥だァ!奥にいるぞォ!」
遥か後方から男たちの声が響くたび、先を行く4人の背筋に冷たいものが走る。
だが、不幸中の幸いか道は途切れる様子は見せていない。
途中から昇り勾配にこそなっていたが、道は順調に先へ先へと一行を導く。
「ダノン姉!ここ、なだらかな階段になってる!」
「先が祭壇か何かだったら、ジ・エンドね。だけど、行くしかないわ!」
何者かに踏み鳴らされ、作られた階段状の道。
構わず駆け上った一行を、新たなる難関が待ち受けていた。
「ああっ!!」
ダノンが思わず驚愕の声を上げる。
そこにあったのは雄大かつ恐ろしげな光景であった。
地面は途切れ、底の見えない巨大な地下渓谷があんぐりと口をあけている。
ランタンの灯りを頼りに見渡すと、真っ暗闇へと伸びる大きな吊橋が1本見つかるが、下手にバランスを崩せば地獄へまっさかさまだ。
しかも、お約束とばかりにシアフェルが『渡りたくない』と駄々をこねようとする。
唯一の逃げ道とはいえ、ここを走って逃げるのはもはや不可能だった。
「ど、どうしようダノン・・・」
シアフェルを何とかなだめつつ、吊橋の縦ロープ伝いに橋を渡り始めているミュラローアだったが、その前進速度の遅さは予想を遥かに上回るものだった。
このままでは、捕まるのも時間の問題。
『暴漢どもに辱められるくらいなら、いっそシア様と共に飛び降りて死のうか』
そんな考えすら浮かび始めていた。
「よし、わかったわ」
ややあって、ダノンはある考えに行き着く。
この状況下でどんな打開策があるのか、とても思いつかないミュラローアとソネッタであったが、それでも今まで何度も救われてきたダノンの決定には期待せずにはいられない。
だが、その決定はやはりミュラローアたちが期待したほど甘いものではなかった。
「ここから先は2人に任せる。私が時間を稼ぐわ」
この場を切り抜ける方法があるとすれば、それは誰かの犠牲なしにはありえない。
ミュラローアもソネッタもどこかでわかっていた事だった。
ただ、それを言い出すための意志力が1番強かったのがダノンだったというだけ。
「ちょっと待って・・それじゃダノン、貴方が・・」
「そ、そうだよ・・」
「いいから――私のいう事を聞きなさいッッ!!」
ダノンはミュラローアとソネッタに一括を入れると身を翻し、有無を言わさず作戦を実行に移す。
今来た方向の闇へと消えてゆくダノンの後姿に、ミュラローアたちはただ黙って従うしかない。
溢れそうになる涙を振りきり、再び前進を開始し始めるのだった――
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
一方、シアフェル一行を追う7人の兵士たちは、ヨーグの罠をかいくぐった面々であった。
年の頃は皆30前くらい。
部隊の中では下っ端に位置する彼らは、水辺の少女たちの1番絞りを許されず、馬の番としてお預けを食っていた事が幸いし、あの恐るべき殺戮劇を脱する事に成功していたのだ。
そんな彼らは、ちょうど階段の前あたりにさしかかるところだった。
「ハァ・・・ハァ・・・・」
皆、目を異様なまでにギラつかせていた。
たまりにたまった欲求不満を吐き出せず、このまま何もなく使命を終えるくらいならば、むしろ、ヨーグと繋がったまま死んだほうがマシだったとさえ思うような面々なのだ。
だが、そんな肉食獣の吐息を吐く一行の前に、やがて1人の娘が立ちはだかる。
品のいいショートカット、完成された振る舞い、完璧なまでに整えられたスタイル。
それはもちろん、『R.I.D』リーダーのダノン・クレイフェアーだ。
「ようこそ、兵士さんたち」
まず切り出したのはダノン。
優雅な物腰で目を細める彼女に、兵士たちの視線が集中する。
「おぉやぁぁ〜?これはこれは・・こんばんは、『R.I.D』のお嬢様。お姫様はこの奥にいるのかなァ・・?」
「さぁ・・知らないわ」
今は1分、1秒でも稼がなければならない。
ダノンは今までの人生経験全てを総動員し、幾重もの蜘蛛の巣を張り巡らす。
力でかかれば容易く切られてしまう、だが、そうしたくなくなるほどの美しい蜘蛛の巣を張り巡らしてゆく。
「オイオイ・・・隠すとためにならないぜェ?」
「ためにならない・・?それは私にとって、どう『ためにならない』のかしら?」
「なんだァ・・?詳しく説明して欲しいのかァ・・♪」
「ふっ・・・クスクスクス・・・」
「あァん?何がおかしい!」
「貴方たち、意外と意気地なしなのね?」
「んだとォ〜〜〜?」
「女からものを聞きだす時はね、それなりの手順ってものがあるのよ・・」
そこですっと腰をくねらせ、上目遣いに挑発の笑みをかぶせる。
そこには18歳の少女とは思えぬ妖艶さがあった。
キルヒハイム健在だったころは、これで騎士の4、5人くらいは落としたものだ。
自分の体が持てる最強の武器である事を、ダノンはよく知り尽くしている。
張り巡らした巣は、まさに完成しつつあった。
「どうしても知りたい事があるなら――――カ・ラ・ダ・ニ・キ・イ・テ」
そこにトドメの殺し文句。
欲望に目を血走らせた兵士たち相手なら、これで充分――という読みだった。
だが――
「オイ待てや。コイツ、明らかな時間稼ぎじゃねえか」
我先にとダノンに襲い掛かろうとする仲間たちを1人の兵士が制する。
彼は、目先の欲望よりもう少し先の欲望の方が美味な事を知っていたのだ。
彼は水を差されて文句を言う仲間たちに、ダノン殺しの説明を加えてゆく。
「オイオイ、お前らちょっと冷静になれよ。コイツもこのまま連れて行ってよ、奥にいる姫様たちと一緒に頂いちまえばいいじゃねえか。なあ、そうだろ?」
ダノンの思惑を破る思わぬ伏兵。
彼の言っている事は間違いなく正論なのだから、更に性質が悪かった。
「なァ〜るほど、言われてみればそうだナ・・」
「他にも綺麗なお嬢様方がいるかもしれないしなァ・・」
「全員とっ捕まえたら、横1列に並べてよォ〜。俺ら皆で後ろからパンパン突くってのもいいよなァ・・」
先程の男を中心に、欲望という結束を更に固めてゆく兵士たち。
「ハハハ、残念だがお嬢様、お楽しみはもう少し後だ」
「あら、それならそれでもいいけれど・・甘い果実を食べるのに、旬を逃すと後悔するわよ・・・」
「ん、旬だァ〜〜?」
だが、ダノンもここであきらめるわけには行かなかった。
連戦の中で鍛え上げてきた男殺しの華麗な知恵が、傍若無人な力に破られるのは、ある種最大の屈辱でもあるのだ。
「んふふ・・・そうよ」
ダノンが口にしたのは、兵士たちの弱々しい理性の灯火をふっと吹き消しまう――まさに、魔女の呪文であった。
「私・・・今日、危険日なの・・・」
その呪文が呼び出したのは異様な沈黙。
それは嵐の前の静けさに他ならない。
「・・・・・・・へっ・・」
「・・・・・・・・へ、へへっ・・・」
次の瞬間、いきなり最大風速で吹き荒れるドス黒い嵐は、ダノンの白い肌をあっという間に呑み込んでいった――
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
闇へと続く吊橋。
ミュラローアたちが慎重な1歩を踏み出すたびに、ギシギシとそれを嘲笑うかのような音を立てる。
「いいですか、シア様。何度も申し上げておりますが、絶対にロープから手を離してはいけません」
「いいよもう・・・・シアはもう帰る。お城に帰る〜」
「シア様〜、もうお城はないんですよ」
渡り始めてから、もうどれくらいの時間がたったのだろうか。
ミュラローアたちは、3つの難敵と向き合う極限状態の中にいた。
1つは地獄の底へと誘う吊橋。
1つは泣きわめいては座り込む姫君。
そしてもう1つは、後方から響いてくる牡たちの猛り狂う声。
(ごめん、ごめんね・・・・ダノン!!)
終わりのないフェスタのように、兵士たちの声はボルテージを落とすことはない。
だが少なくとも、この声が鳴り響いている間は兵士たちは追ってこない。
酷い皮肉だった。
耳から体内に入り内臓をかき回すかのようなその声は、自分たちの安全を示すものでもあるのだ。
その声の下で今、ダノンがどんな目にあっているかを想像すると、ミュラローアはこみ上げる悔し涙を押さえる術を失ってしまう。
しかし今は、シアフェルと足元だけに意識を集中せざるを得なかった。
「あ、ご覧下さいシア様。あそこで橋は終わりですっ」
先導するソネッタがランタンを前に突き出すと、ミュラローアとシアフェルの位置からも橋の終わりがはっきりと見える。
やがて、危険な橋渡りを終えてたしかな足場を得ると、シアフェルとソネッタの2人は腰を抜かしたようにその場にへたり込む。
だが、ミュラローアだけはその2人の前、橋を向いて立ち尽くしていた。
「・・・・・・ッ」
「〜〜〜〜〜!」
遥か遠くから聞こえてくる、ケダモノたちの雄叫び。
ミュラローアには、それが自分たちとダノンを繋ぐ最後の糸に思えてならなかった。
彼女はしばしそれに耳を傾けていたが、やがて腰元から一振りのダガーを取り出すと、それを鞘から抜き放つ。
「ちょっ・・・ミュー姉、何を・・・・?」
「橋を、落とすわ」
「ダ、ダメだよミュー姉!」
ミュラローアを諌めようとランタン片手に立ち上がるソネッタは、何故かそのまま動けなくなってしまう。
手にしたランタンはカタカタと揺れていた。
今まで、ソネッタは同僚に対して畏怖を感じたことなどない。
ダノンに怒鳴りつけられようが、シャルキアに癇癪を起こされようが、それは決して畏怖というレベルの感情には通じないものだった。
だが、今は違う。
目の前のミュラローアに対して、明らかな畏怖を感じている。
「・・ソネッタ」
名を呼ばれただけで、ソネッタは震え上がる。
ミュラローアの顔つきは、いつものものとはまったく異なるものとなっていた。
例えるならば氷の魔女。
人としての情全てを捨て去った、美しき魔物。
「・・いいわね?この橋は、落とすわ」
ミュラローアは何もいえなくなったソネッタをよそに、橋を吊る強靭なロープのわずかなほつれを見つけ、そこにダガーの刃を落としてゆく。
――そして数分後、もうそこに橋はなくなっていた。
「さあ、シア様。もう少し辛抱して下さいね」
「うぅぅ〜〜」
「ほら、ソネッタもなにやってるの。いくわよ」
少々の休憩を挟んだあと。
そう言ってシアフェルを立ち上がらせる頃には、ミュラローアはいつもの彼女に戻っていた。
ソネッタは何か割り切れないものを抱えつつも、それについていくのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
吊橋を落として移動を開始し始めてから、15分ほどが経とうとしていた。
道はかなりうねってはいるが、今のところ1本道。
それに、何より進行方向からかすかな風が吹いてくるのが、一行の最大の推進力となっていた。
「・・・・・・」
何故か、ミュラローアは妙に言葉すくなになっており、代わりにソネッタがシアフェルをかまっていた。
『R.I.D』内で1番の体力自慢であるソネッタは、ミュラローアが思っていた以上に疲労しているのかと思っているが、実際そうではなかった。
ミュラローアが言葉を途切れさせたのは、つい先程、ある境界を越えてしまった直後からだった。
その境界とは、ダノンの肉体にたかっているのであろう兵士たちの声が、完全に聞こえなくなったところ。
ミュラローアにはそれがダノンとの、いや、最も慕っていた相手との完全な別離に思えて仕方なかった。
(ダノン・・・)
ダノン・クレイフェアーと出会うまでのミュラローア・モードの生い立ちは、非常に幸薄いものだった。
酒と女に狂った父ダルクが、元遊び女だった母ソフェアに産ませたのがミュラローアと妹のティモット。
ソフェアはミュラローアが8歳、ティモットが6歳になった時、ダルクの暴力から逃れるために姉妹を連れて家を飛び出すが、追ってきたダルクに『これは俺の取り分だ』と長女を奪われてしまう。
人の道を外れたダルクは、実の娘であるミュラローアを道具としてしか見ていなかった。
鬱憤晴らしに拳を振るい、花を売らせて酒代を稼がせ、歳も12を越えた頃には既にその肢体を自らの欲望の捌け口としていた。
当時のミュラローアは何も信じず、誰とも口を聞かず、ただ父の暴力のなすままになることしか知らない人形同然の状態であった。
ただ時折思い描くのは、自分がダルクの手に奪われた時、怯える母の横で父に噛み付いてまで阻止しようとしてくれた妹ティモットのことだけ。
あの時、もしダルクがティモットを奪おうとしていたら、自分は危険を犯してまでそれをやめさせようとはできなかったのではないか。
そんな自責の念もあってか、ティモットの幸せだけを祈る日々。
だが、ある時、ミュラローアに分岐点が訪れる。
ダルクは金欲しさにミュラローアを侍女として城に売ったのだ。
不幸のどん底にいたミュラローアには、一生城に忠誠を誓わされる生活すら、とても幸せなものだった。
生まれて初めての友達もできた。
ルームメイトのダノンだった。
当時からお堅い愛国心の塊のようだったダノンは、とても厳しい姉貴分だった。
まだ、右も左もわからないミュラローアにあれこれと言いつけては、失敗すると怒鳴りつけて平手を打った。
最初は『怖い人』という認識しかなかったダノンに初めて違う感情を覚えたのは、ミュラローアが掃除中に高価な彫像を倒してしまった時のことだ。
その時、ミュラローアはダノンにいつも以上の剣幕で怒鳴り散らされ、嫌と言うほどはたかれた。
だが、そのあと、何気なく出歩いた先で見てしまう。
自分の失敗を被り、侍女長に一生懸命頭を下げているダノンの姿を。
その瞬間、ティモットと分かたれた日に枯れ果てた感情が、ミュラローアの中に再び湧き上がった。
妹以外で、初めて愛しいと思う相手を見つけたミュラローアは、その後ダノンと共に精力的に働き、自分を磨き上げ、侍女の中でもエリートのみで構成される『R.I.D』の、更にそのトップメンバーの1人として選ばれるにいたったのだ。
――だが、そんな愛しい親友ダノンとも、今、別れを告げるべき時が来ていた。
ダノンを想う故の別れであった。
幼い頃から誰よりも国を愛し、誰よりも国に尽くして来たダノン。
その彼女が最後に言った『後は任せる』という言葉。
状況的に吐き捨てるように言った言葉ではあったが、その言葉が何よりも重い物である事を、付き合いの長いミュラローアはよくわかっていた。
あれこそ、今も昔も変わらない、ダノンのただ1つの意思なのだ。
だから、それを遂行してのける事こそ彼女に対するただ1つの報い。
先程、もう2度と表に出すまいと封印していた、1番恐ろしい感情を剥き出しにしてまで橋を落としたのも、また親友への愛のなせる業だった。
「ミュー姉!出口だ!出口があるよ!」
先を行っていたソネッタが、突如歓喜の声をあげる。
そう、今はそれを喜ぶべき時。
ミュラローアは最後に1度だけ後ろを振り向くと、一言残してソネッタを追った。
「後はたしかに任されたわ・・・・・・・・さようなら、ダノン」
一行が足早に立ち去ったあとも、その洞窟は物悲しさだけを湛え、静かにたたずんでいた――
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