□ Page.2 『ラブレター』 □

 

舞子はあのあと、教室に向かう前に保健室に寄ってきていた。
焼印のあとを隠すために、無人の保健室から包帯を拝借してきたのだ。
先程のことを大げさに話題にするのは色々な点で問題があると思った彼女は、この包帯の下を『今朝の台所での火傷』と偽ることに決めたのだった。

――ガラガラガラ・・

舞子が教室に入ると、教室は妙にざわめいていた。
教室の後ろにある掲示板辺りに、小さな人だかりができている。
早速興味を示した舞子は自分の机にカバンを置き、そこに向かった。

『1年C組 氷川沙弥 年上男性との乱れた交際?』
そこには1枚の張り紙がしてあり、そんな見出しの記事が書かれていた。
紙はA4のコピー用紙で、証拠写真と思しき映像も一緒に焼き付けられている。
内容は大体見出しの通りで、それが多角的に分析され、記事になっていた。
これはこの学年の名物で、こうして時々張り出される新聞だ。
毎回きわどいネタばかりを取り上げ、わりと信憑性も高いので張り出されるたびに話題になる。
だが、誰がいつどこでそんなネタを仕入れ・記事にし・貼り付けているのか、それを知る者はいなかった。

「うわぁ、マジかよ〜」
「あの氷川さんがねぇ・・」
あちこちから、そんなこそこそ話が聞こえてくる。
ふと席についている沙弥に目を向ければ、彼女もやはり冷たい眼差しに不機嫌な色を乗せ、窓から外を眺めている。
これは舞子もさすがに気分を悪くしていた。
沙弥と付き合いが長いからこそ、彼女がここまで垢抜けたことをするタイプではないと知っているし、真実はどうあれ親友が辱められるのは忍びないのだ。

「ねえ、ちょっと皆。毎回毎回、こんな根も葉もない噂で他人の気分を悪くするのはどうかと思うよ!」
らしくなく、感情的に口にしてしまった言葉。
舞子はそのあとの対処をどうしようか考えていなかったことに気づき、少し後悔するが、思いもしないところから助け舟が入れられた。

「そうやで、ちょっとはしゃぎすぎちゃうんか?」
他の生徒たちとは明らかにイントネーションの違うその発音は、ある女生徒の口から放たれたものだ。
下ろせば肩甲骨の辺りまであるボリュームのある髪をそれぞれ左右の耳の後ろ辺りで束ね、大きな眼鏡と八重歯が特徴的なこの女生徒は、名前を叶浦はじめ(かのうらはじめ)といい、数少ない山神村以外の出身者だ。
「大体、この写真かてコピーで画像も荒いし、パソコンで編集して作ったもんやったとしたかてわからへんのちゃうん?」
はじめの言葉には勢いがある。
一度その気になった彼女の勢いを削ぐのは、なかなかできることではなかった。
「あんたたちは面白がっとるけど、書かれた側からすりゃ、どうあれ大迷惑やんか。こんなん、悪質な嫌がらせやわ!」
はじめはずかずかと掲示板に歩み寄ると、記事を破りとり、ゴミ箱へと放り投げてしまった。
周りからは幾らか落胆したような声もあったが、大半ははじめに賛同するようにそれ以上騒ぐことはしなかった。

「ほらほら、もう花見センセくるでー」
さっさと話を流しにかかるはじめに、舞子はアイコンタクトで『ありがとう』と伝える。
するとまたはじめもウインク1つ返し、席に戻っていった。
はじめは、ある意味舞子に似ているといえる。
彼女はその言葉遣いや外見から多少目立つ存在ではあるが、それ以上に気さくでとっつきやすい。
男女に関わらず友達が多いのもそのおかげなのだ。


        ▽        ▽        ▽


その日の昼休み。
舞子が担任に頼まれて小用を済ませて教室に帰ると、朝に沙弥の話題で盛り上がっていた室内は、また別の話題に花を咲かせていた。
皆の雰囲気から察するに、話題の種類としては朝のものと近いのかもしれない。
しかし、今度のものは舞子にとって前者と決定的に違うところがあった――

「ねぇ、どうしたの?何かあったの?」
舞子は手近なところにいる、女子3人のグループに声をかけた。
話に夢中になっていた3人は最初ギョッとしたが、すぐに皆同じニヤニヤ顔を作る。
意味がわからず首をかしげる舞子に、3人はなかなか話を切り出そうとしない。
「え?何?私に関係あることなの?」
舞子は一瞬、朝の事件絡みのことかと思ってひやっとするが、それにしては彼女らの対応は変だ。
この3人は舞子とも普通に仲がいいし、自分が火傷を負ったことを喜ぶような連中でないことは確かなのだ。
「んん〜、なんかね?実は男子・・」
「ちょ、ちょっと貴理子!」
やがて1人が口を開こうとするが、すぐさま他の2人がそれを止めてしまった。
気になる部分で話が途切れるのは、舞子はたまらないむずがゆさを覚える。

「ちょっとぉ〜、何よ何よぉ〜。お〜し〜え〜て〜よぅ〜」
舞子が彼女特有の困り笑顔を作る。
何とも憎めないこの表情は、彼女が人間関係を築く上での最大の武器となるものだ。
人畜無害且つ愛嬌100%のこの表情で物を頼まれると、なかなかに断り辛いものがあるのだ。
「わかったわかったってば。んん〜・・・えとね、男子トイレの壁にね・・・」
「・・・?」
「・・落書きがしてあったんだって」
「落書きって・・どんな落書き??」
「・・・え?」
聞き返すと、相手の女生徒は何故か俯き加減に黙り込んでしまう。
こうなると、舞子は逆に不安になってくる。
要は、男子トイレの壁に自分に関する落書きがあったということだろう。
だが『男子トイレの壁』と聞けば、どこをどうとってもいいイメージなどない。
真相を聞きたい気持ち自体は変わっていなかったが、いつの間にかそれは怖いもの見たさに似たものへと変化していた。
「え?え?なんて書いてあったのよう・・?」
「んん〜・・・」
「ねぇ〜、カナちゃぁ〜ん・・」
「・・・・・・」
「ちょ、ちょっとぉ〜」
「よしっ・・・川田!!」
すると、問い詰められていた女生徒は、近くを通りかかった男子生徒を1人捕まえると、『盾っ!』とばかりに舞子の前に突き出す。
この男子にいわせようという魂胆なのだろう。
「なっ、なんだよ?」
「あんたが説明して、例のトイレの落書きの内容」
「あ?」
目の前の舞子を見て、その男子も一瞬ためらいはしたが、そこは女子とは構造の違う男子だった。

「ああ、トイレの壁にな、何か『岡本と犯りたい』みたいな内容の落書きがしてあったんだよ・・モロ名指しで、デカデカと」
「・・・あ」
そこで場に沈黙。
舞子の顔がカァッと赤くなる。
一瞬、頭の中が真っ白になり、どんなリアクションをとるか考えるのにずいぶんと時間を要してしまった。

「あ・あははは・・私、そんなにセクシィかな・・?」
苦笑気味にそんなことを言い、舞子は何やらうねうねと腰を動かして怪しげなポーズをとる。
同じことをナイスバディの外人モデルが大胆にやればセクシーかもしれないが、人並の舞子が恥ずかしそうにちょこちょこやっても何のことだかわからない。
「きゃははははは!岡本ちゃん可愛い〜」
「やべ、岡本。でも俺、今ちょっと萌えたかも」
「え・・えぇぇ〜〜!?」
「・・でもま、舞子じゃ全然セクシーじゃないけどね〜」
「・・あははー(泣」
その場は適当に流せたものの、午後の授業では舞子は何かと人目が気になってしまい、落ち着かない時間を過ごすこととなった。


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