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			 行間話【 恋慕 】(視点・琴乃初音) 
			 
			 私には物心があった幼少の頃から、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染の男の子がいた。 
			 ずっとこの幼馴染の彼に依存していたこともあったのだろう。その当時から彼に好意を抱きつつ、子供心に彼のお嫁さんになる、って口にしていたものである。 
			 弟の和人も呆れていたものであったが・・・・ 
			 ずっと一緒に居てくれたから、このまま一緒に居られる、って思っていた。彼が先に卒業するまでに、地元の小学校を一緒に通い、その帰りには日が暮れるまで、弟とも一緒に遊んだものである。 
			 実家の敷地に三人で作った秘密基地・・・・まだ残っているのかな? 
			 家族ぐるみでお祭りの屋台を見渡ったり、勉強を教わったり・・・・こんな時間が永遠に続く、と思っていた。 
			 
			 父様は多忙の人で、私もこれまでに数回しか会ったことがない。 
			 私の誕生日にも、父様は手紙一つと贈られてきたプレゼントだけで、少し悲しかった。私の家が他の家の家族と事情が異なる・・・・子供心に理解はしていたつもりだったが、それでも悲しかった。 
			 彼の家の優しそうなお父さんが・・・・誕生日会に駆けつけた友達の家の家族が羨ましかったのだ。 
			 そんなとき、彼は父様のところまで直接出向き、怒鳴り込んでいったのだという。今から思えば、凄いことだとは思う。その当時でも、この日本で父様に面と向かって糾弾できる大人は居なかった。それを小学生の彼がやってのけたのである。 
			 さすがの父様も唖然として、その日の予定を全てキャンセルし、私の誕生日会に駆けつけてきた。 
			 ・・・・私は泣いた。 
			 父様が来ない、と知らされても涙だけは見せなかったのだが、私はずっと泣き続けることしかできなかった。 
			 ・・・・嬉しかった。 
			 父様が駆けつけてきてくれたことも嬉しかったが、何よりも、父様を連れてきてくれた、彼の行為そのものが・・・・ 
			 
			 
			 彼が中学生になった途端、小学生時代に比べて疎遠となってしまっていた。隣の家(と、言っても・・・・結構歩きますけど)ということもあって、通学する彼の学生服姿を毎日、眺めているのが一日の習慣となっていた。 
			 たぶん、この頃から私の中で、淡い恋心が芽生えていたのだろう。 
			 そして私がこの彼への気持ちを自覚したのは、私が小学校を卒業した頃のことであった。 
			 彼の通っていた私立中学校への進学が決まり、少し早めに届いていた制服に袖を通して、彼の家の近くまで行ったときのこと。 
			(と、東京・・・・?) 
			 既に彼は地元の実家にはなく、都内の男子校、高校野球の強豪校へと進学を果たしていた後だった。 
			 交通の便に恵まれているとは、当時、ようやく中学生になったばかりの私には、それはまさしく絶望的な距離ではあっただろう。 
			 失意の中で実家に戻り、私は母様に泣きついた。 
			 
			「別にもう会えない、ってわけじゃないだろう?」 
			 弟の和人も不思議そうに慰めてくれたものだが、私は一晩中泣き続けるしかなかった。 
			 
			「そう。初音は彼のことが好きなのね?」 
			 その母様に告げられた言葉で、私は自分の気持ちを自覚する。 
			 でも・・・・ 
			 こんな辛い想いをする初恋なんて・・・・ 
			 
			 その母様が彼の両親から、彼の携帯の電話番号とメールアドレスを聞いてきて貰い、せめて彼が実家に戻る日ぐらいは、私にも教えて貰えるように頼んできてくれた。 
			 そのおかげもあって彼は、夏休みの数日、正月の三箇日の一年に二回、逢えるようになれたのだが、想いは更に募るばかりの日々が続いていた。 
			 
			 進路相談をされた際には、私は迷わず親元を離れて、都内の高校を選んだ。 
			 母様も私の気持ちを察してくれたのだろう。特に反対はしなかった。弟の和人も理解を示してくれて、応援してくれたものである。 
			「和馬さまには、相談しないの?」 
			 私は頷く。 
			 この年頃になると、私は父様が嫌いとなっていた。 
			 確かに世界を股にかけてビシネスをするとなると、実家は無論、母様や私たちと会える時間は減ってしまうのかもしれない。 
			 それぐらいのことは当時の私にも理解はできる。 
			 だが、父様は愛人だけで七人、愛妾を二百人。 
			 父様が認知した子供・・・・即ち、私や和人にとって異母兄弟となる子供だけでも、二桁に及ぶことになる。 
			「父様は嫌い!」 
			 途端に悲しい目を見せる母様。 
			「母様は哀しくないの?」 
			 悔しくはないの? 
			 父様はきっと今頃も、別の若い女性と・・・・ 
			 
			 父様と母様に纏わる逸話は、父様の愛人の一人であり、母様にとっては良き理解者でもあった千秋さんから、それとなく聞かされたものである。 
			 だが・・・・やっぱり父様は嫌い。 
			 少なくとも、現時点においては・・・・ 
			 
			 
			 そして念願の都内の高校であり、かつては母様も学んだ、という女子高に合格する。 
			 中学を卒業するまでに、同学年生や上級生(下級生もいたけど)にも告白されたり、交際を申し込まれたりもしたが、私が付き合いたいのは、たった一人だけであり、その彼はこの地にはいなかった。 
			 返事をしないのも申し訳なく、そのつど心は痛んだが、私は父様のようにはなりたくはなかった。 
			 その頃からか、両家の間に婚約の話が上がったのは・・・・ 
			 中学の卒業式を迎えたその日、先方から婚約の話が申し込まれてきたのである。 
			 私も驚いたが、母様も当然に驚いた。 
			 先方からの申し出を私は嬉しくは思う。 
			(でも・・・・いきなり、婚約って) 
			 
			 もっとも向こうの狙いは明白で、父様の存在とその影響力の恩恵を狙っての、政略的な意味合いがあったのだろう。しかも弟の和人は、現在、神崎家の次期当主継承候補第一位と選ばれたばかりのことである。 
			 
			 琴乃、貴女が決めなさい。と、母様が言った。 
			 姉ちゃんの好きにしたらいいよ。と、和人が言う。 
			 俺に口出しする資格はない。と、父様は電話で告げた。 
			 
			 そして私は・・・・ 
			 返答に窮した私の心境を理解して、母様は、せめて結婚ができる十六歳の誕生日まで、返答を保留させて欲しい、と先方に頭を下げてくれた。 
			 ならば、せめて・・・・結婚を前提に、正式な交際のお付き合いだけでも。と、彼は私の顔を見ながら、率直に申し込んできた。 
			 彼はもしかすると両親のために、交際を申し込んだのかもしれない。 
			 だが、待望の待ち人からの告白とあって、私は思わず感涙しつつ、その申し出を喜んで承諾した。 
			 
			 
			 
			 都内の女子高に進学した私は、部活の勧誘を断った。中学まで続けていたテニスを辞めてまで、彼と一緒に居られる時間を求めたのである。 
			 もっとも女子寮の門限は厳しい。 
			 門限の時間から彼の就職した定時の時間を引いたら、たったの一時間(しかも移動時間込み)って・・・・ 
			 母様は当時、実家から通い、時々ではあるが父様とも逢っていた、と聞いていたから、母様が少しだけ羨ましく思ったものである。 
			 勿論、母様の辛い過去を聞かされていただけに、一概には・・・・ 
			 
			 都内に進学して、三ヶ月・・・・その間に彼とデートしたのは、動物園に遊園地、博物館の僅かに三回だけ。彼も私の意志を尊重してか、強引に迫ってくる、ってことは、さすがになかった。 
			 お互いに多忙の中、交際という形式だけが整ったが、二人の仲は一向に進展を迎えることもなく、停滞したままの状態が三ヶ月も続くと、彼は母様に現状の相談と、私を抱く・・・・その認可を求めてきた。 
			 そして今回の、一泊二日の宿泊旅行計画が、こうして決まったのであったが・・・・まさか、その前日に私が生理を迎えてしまう、ことになるとは・・・・誰が予想できたことであろうか。 
			 また内藤課長からは、土曜日の休日出社を依頼される。 
			 私はこれらを口実にして、逃げたのかもしれない。 
			 確かに私は彼が好きだった。今でも彼に抱かれて、私の初めてを彼だけに捧げたい、と、心から思っている。 
			 でも、今すぐになんて・・・・ 
			 ・・・・もう少し、覚悟を決めるだけの時間が欲しい。 
			 せめて、もう少し・・・・ 
			 
			 
			 
			 彼に今日のデートの断りをメールして、僅かに一分、彼からの返信が届いた。 
			 既に宿泊旅行計画は、私が生理を迎えたために、母様に理由を説明して遠巻きに中止と決まっていたが、少しの時間でも私に会いたい、と思っていた彼は、休日出社後の私とデートを希望していたのである。 
			 勿論、恐らく何事もなければ、私だって・・・・ 
			 
			 休日出社、お疲れ様。 
			 こっちの予定も長引いて、少し遅れそうだったから気にするな。 
			 それより、明日は大丈夫か? 
			 一応、水族館の予約も済ませてあったし、ただのショッピングでも構わないぞ。 
			 もし無理そうなら、メールをくれ。 
			 ・・・・。 
			 本来なら、今頃はなぁ〜〜〜 
			 折角、弥生さんの許可だって貰えたのだし・・・・ 
			 俺は正直、早く・・・・お前を抱きたい。 
			 このままだと、俺・・・・ 
			 
			 
			「ひーくん・・・・ごめん、ね」 
			 私は退社したあと女子寮に戻って、着替えることもなく、ベッドの上に寝そべっている。 
			 特に今は彼に会わせる顔がない。 
			 
			 携帯を閉じてから、眼を閉じた。 
			 彼を想う気持ちは、少しも薄れてはいない。 
			 それだけに今は、今日の職場で課長とキスをしてしまったことだけで、頭が一杯となっていた。 
			 
			 内藤課長が嫌いだったというではない。むしろ気さくで優しく、好感が持てる、職場の理想ともいうべき上司ではある。部下の意見を尊重して、たとえ失敗があっても、それとなく修正してくれる。職場の上司として、尊敬に値する男性ではあろう。 
			 あくまでも職場の上司として、だが・・・・ 
			 これまでに内藤課長の仕事を手伝ったことは少なくなかったが、たとえ二人きりになっても、特別な男性として意識することはなかった。 
			(でも、どうして、急にあんなことを・・・・) 
			 あれはまさしく私にとって、紛れもないファーストキスである。 
			 過去の三回のデートでも、彼が求めていたものであろう。私の肩に腕を回して、こちらの出方を伺っていたのは解かっていたのだが、いずれも動物園、遊園地、博物館・・・・人前では、さすがにね。 
			(だから・・・・かな?) 
			 今日の職場は、完全な無人であった。 
			 休日出社だったのだから、前々から解かっていたことであるが、それだけにその場の空気に感化されてしまったのかもしれないだろう。 
			 でも、それだけで・・・・ 
			 あんなに課長を意識するなんて・・・・ 
			 あのとき、私は課長とキスをしてみたい、と思った。 
			 そして課長は、その私の期待に応えて、キスをしてくれたのである。 
			 
			 無論、私からせがむようにして求めたのであり、課長を責めるのは筋違いというものであろう。ましてその直後には、私が課長の唇を奪ったのであるから・・・・ 
			 し、しかも、私から舌を入れて・・・・ 
			 キスをしているとき、私の中には彼の存在はなかった。いや、あったのかもしれないが、少なくとも、あの定時のアラームが鳴っていなければ、キスを止めようとも思っていなかった。 
			 長い時間、濃密なキスをしていた私は、時間を忘れてしまうほど、まるで蕩けるような感覚を憶えずにはいられなかった。 
			 そして・・・・ 
			「んっ、・・・・」 
			《チュク・・・・》 
			 今でも、課長とキスをした余韻を思い出すと、私の股間は・・・・ 
			 あのとき・・・・課長とキスをしている際、私の股間は、濡れたのであろう。友達の体験談もあって、知識としては知っていたが、初めての実体験であっただけに自分自身の身体ながら、驚きを禁じえないでいた。 
			 それも相手は・・・・彼以外の男性に、である。 
			 ああ、あんなことをしておいて、明後日から、課長に会わせる顔が。 
			 できれば、誰にも言わないでおいて欲しい、と思う。 
			 彼にだって、そうだ。 
			 明日、デートに誘われているのに・・・・ 
			「あ、メール・・・・」 
			 
			 ごめんなさい。 
			 やっぱり、気分が優れませんので明日は寮で休みます。 
			 ・・・・。 
			 約束します。 
			 私の初めては・・・・私の純潔は、必ず貴方に捧げます。 
			 だから、もう少し・・・・ 
			 もう少しだけ、私に時間をください。 
			 
			 
			「・・・・」 
			 本当に自己嫌悪。 
			 生理が訪れてから間もない、ということもあって気分が重たい。 
			 
			 
			 それからすぐに彼から電話が掛かってきた。 
			《初音、今、メールを読んだけど・・・・大丈夫か?》 
			 勿論、男性である彼には、この重たい気分は理解できないだろう。 
			 だが、それ以上に私の心境に重く圧し掛かるのは、彼以外の男性とキスをしてしまった、後ろめたさからであろう。 
			 彼には本当に申し訳なく思う。 
			《それと・・・・》 
			「んっ?」 
			 彼は言いにくそうに口篭る。 
			「どうしたの?」 
			《なぁ、さっきのメール・・・・本当か?》 
			「ん?」 
			《・・・・俺に、初音の初めて・・・・を、って・・・・》 
			「・・・・うん」 
			 彼以外の男性に純潔を捧げるなんて考えられない。 
			 
			 私の友達の中にも、もう既に純潔を彼氏に捧げた彼女は少なくない。 
			 でも、未だにその彼氏と交際を続けている彼女は、意外と少なく、しかも、その別れてしまった原因の一端に、初Hしたことに通じているのである。 
			 聞いた限りでは、痛い思いをしてまで、たった一つしかない純潔を捧げたのにも関わらず・・・・である。 
			 私の身体だって・・・・彼に気に入って貰える、とは限らない。 
			 胸だって大きくはないし、私とのSEXが気持ちいい、とは限らないじゃない。 
			 やはり、気持ちの良い身体と、良くない身体はあるのだろう。 
			 何処がどう違うのか、気になるところではある。 
			 多数の女性と関係している人物を、一人だけ良く知っているが、その人物に聞いてみよう、とは思わない。 
			 絶対に!! 
			 父様に、なんて。 
			 だから・・・・いつか、覚悟を決めよう。 
			 後日、私の身体が良くなかったことで、この交際が解消されることになった、としても・・・・私のたった一つの純潔は、彼に捧げたい。 
			 たとえこの身体が粗品だったとしても、彼への想いだけは本物だから。 
			「うん。ひーくんに、必ず・・・・」 
			《メールにあった内容を、言葉にして誓える?》 
			 もう、ひーくんの意地悪ぅ〜 
			 でも彼の言い分も最もではあろう。 
			 彼女となった今でも・・・・結婚を前提とした彼に対して、未だ身体を許していない、私が悪いのだ。 
			「うん、じゃぁ・・・・」 
			《・・・・》 
			「琴乃初音は、貴方に純潔を捧げることを、ここに誓います」 
			 他に誰もいないとはいえ、さすがに恥ずかしい。 
			《神に、誓って?》 
			「・・・・神に誓います」 
			《それなら、待つよ・・・》・ 
			 私もその彼の言葉を聞いて安堵する。 
			《それじゃ、おやすみ》 
			「うん。ひーくんも、おやすみなさい・・・・」 
			 
			 携帯が切れて、私は再びベッドに寝そべる。 
			「キスしたことは、忘れよう・・・・」 
			 課長も、私なんかにキスされて迷惑だったことだろう。 
			 でも、謝罪すれば・・・・課長だから、許して貰えそうな気がする。 
			「うん。だよね・・・・課長、誰にでも優しいから」 
			 あれが私のファーストキスでした、と言えば、少しは気分も晴らしてくれるのかな? 
			 そして、ひーくんには・・・・ 
			 私は思わず毛布で顔を覆う。 
			「・・・・」 
			 今更ながら、彼へ誓った・・・・そして、神に誓った内容が思い出されて、恥ずかしくなったのである。 
			「ち、誓い・・・・たてちゃった・・・・」 
			 誓ったことに些かも後悔はしていない。それでも内容が内容なだけに、気恥ずかしさだけはどうしようもないだろう。 
			 ただそれだけに、彼に誓いをたてられたことが嬉しくもあり、そして本当に彼には信じて貰いたかった。 
			 この私の彼への想いを・・・・ 
			 
			 
			 だが、私は知らない・・・・知る由もなかった。 
			 既に私は課長とファーストキスを交わしていたのだが、その下の口の初めても・・・・そう、純潔の象徴である処女さえも、既に課長に確約してしまっていた、その事実を・・・・ 
			
  
			
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